Muw&Murrue

 凍れる夜の物語 02
 煌々と満月が輝くその夜。退屈を持て余していた領主は、お城の塔の自分の部屋で、首から下げている鍵をくるくる、くるくるさせていました。
「あ〜、退屈だ退屈だ・・・・。」
 びゅう、と北風が窓から吹き込み、その冷たさに、彼は眉をしかめました。傍にある呼び鈴の紐を引きます。
 すると、すぐに召使が飛んできました。

 黒い服を着た彼は、不機嫌な顔でたたずむ主人に丁寧にお辞儀をします。

「何事でしょうか、王子。」
「風か冷たい。」
「はい。」
「だから、今から夏にしてくれないか。」
 王子は十分に大人なのに、いつでも召使が呆れるような事をいいます。
「それは無理です。」
 召使は溜息を飲み込んでそういいました。
「無理?無理じゃないだろ?このボクが命令してるのに。」
 ボクに無理なんか無いさ。
 そういうと、彼はうれしそうに笑って召使に近寄ります。
「そうだよ。だってボクにはあんなに素敵な魔法使いがついているんだから。」
 ぎらぎらした目で見られて、召使は思わず一歩後ずさりました。それを見て、王子はふん、と鼻を鳴らすと、びゅうーと吹き込んできた北風を睨みました。
「早く連れてきて。」
 仏頂面で王子は命令します。
「早く魔法使いをここに呼んで!」

 かしこまりました、と頭を下げる召使を追い出し、王子は胸を張りました。
 これでこの厄介な北風ともおさらばです。

「ボクに出来ない事なんか、無いんだ。僕に逆らう者だって居ないんだ!」

 彼は凍れる夜空に浮かぶ満月をうっとりと見詰めました。
 あの月だって、自分は手にする事が出来るのです。

 一人で楽しくなって笑っていると、ちりんちりんと、壁に掛けてあった銀色の鈴が鳴りました。これは、このお城に通じる道を、誰かが通ると鳴るようになっているのです。
 王子は開いたままの窓から外を見ました。

 月明かりに浮かぶ、枯れた細い道を一人の人が歩いてくるのが見えました。

 栗色の髪の女性です。
 冬の夜空のようなドレスを着た、色白の一人の美しい女性が、ゆっくりと歩いてきて、門の前に立ちました。
「ああっ!?」
 王子は飛び跳ねて喜びました。

 なんと、彼女は王子が恋して恋してやまない、隣国の姫君だったのです。

 こんな時間に、たった一人で、濃紺の、夜のようなドレスをまとってやって来た彼女を、王子は快く迎え入れました。
「君がここに来てくれたという事は、そうか、結婚を承諾してくれたって事なんだね?」
 ニコニコ笑う王子は、お姫様を自分の塔へと案内しました。
 彼女は俯いたままです。
「そうだ、二人でお祝いしよう。それがいい。」
 王子は嬉しくて嬉しくて仕方がないといった顔で、召使にとっておきのお酒を持ってくるように命じました。
 ソファーに座る彼女の隣に腰を下ろし、王子は優しい目で彼女を見ます。

 それでも彼女は、自分の着ているドレスの裾をしっかりと握り締めたまま、一言も口を聞きません。

「どうしたのさ?つかれたのかい?ああ、それならそこのベッドで休むといい。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「それとも、ボクの素晴らしい話を聞きたいかい?この間、僕はすごい事をしたんだ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「ああ、それともゲームをしようか。見てくれよ、これを。駒が生きているチェスなんて、世界中でボクくらいしか持ってないんだよ?」
「あの・・・・・・・・・。」

 ようやくお姫様が口を開きました。

「王子にお願いがあるのです。」
 お姫様は真剣な表情で彼を見詰めました。
「私と結婚する代わりに、王子様の大切なものを私に下さいませんか?」

 それに、王子は初めて戸惑うような仕草をしました。

「私はずっと王子様と一緒に居ます。その証に、あなたの大切なものを下さい。」
 真剣な表情で言われて、王子は言葉に詰まりました。
「よし、わかった。じゃあ、このチェス盤を君にあげる。」
 それに、お姫様は首を振ります。
「じゃあ、この七色に光る不思議な宝石を君にあげるよ。」
 お姫様は首をふります。
「それじゃあ、これ!いくら齧ってもなくならない、甘くて美味しい魔法のリンゴをあげるよ。」
「私の欲しいのはそれではありません。」
 お姫様は三度首をふると、真っ直ぐに王子様を見上げました。
「あなたが首から提げている、その素敵な金の鍵を下さい。」

 それはそれは大きく王子さまの目が見開かれました。

「これ・・・・・・?」
「はい。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
 王子はほとほと困りました。これは本当に重要なものなのです。
 これが無いと、明日の朝、狩場に出かけて、捕まえた獲物を誇らしげに周りに見せる事が出来ません。
「それを下さらない限り、私はまた、月と共に姿を消します。」

 王子は泣きたくなりました。
 そんなの反則です。

 散々迷った挙句、王子はしぶしぶ、首から鍵を外して彼女に手渡しました。
 受け取った彼女はにこりと微笑みます。

「ありがとうございます。」
「これで君はボクのお嫁さんなんだね?」
 疑わしそうに言われて、お姫様は小さく笑いました。そして、持っていた小さな銀色の鏡を王子に向けたのです。
「?」
 王子の後ろには開いた窓があり、そこに満月が浮かんでいました。
 それが鏡の中に映りこみます。

 王子の目が、吸い寄せられるように月に魅入られ、お姫様は静かに静かに囁きました。


 つきもほしも こおれるよるに あなたはそこでねむりなさい

 つきにだかれてねむりなさい


 王子のまぶたが急激に重くなり、彼は二言三言呟くと、そのままぱたり、と床に伏せってしまいました。


 さあ、用事は済んだ。


 お姫様は勢いよく立ち上がると、大急ぎでお城を出ようと、王子の部屋のドアを開けました。そのまま廊下を風のように走ります。

 スカートがほこりにまみれるのも気にせずに、彼女はひた走りに走って、お城を飛び出しました。
 枯れた木の葉が散る小道を、一目散に、門を目指して走ります。


 その瞬間。


 突然お姫様は誰かに腕を取られてつんのめりました。
 髪の毛を振り乱して振り返ると、そこには銀色の仮面をした魔法使いが一人、ぬっと立っていました。
 月明かりに金色の髪の毛が煌いています。

 しまった。

 そう思った時には、彼女はあっというまに仮面の魔法使いのマントに包まれてしまっていました。

「おやおや、こまったお人だ。あなたも。」

 すっぽりと着ているマントに彼女を包み込み、くる、と一回りすると、魔法使いはマントを広げました。

 ぽとり、とお姫様が持っていた鏡と、着ていた夜空のドレスが乾いた道に落ちました。

 そして、彼の手にはああ、小さなアイボリー色のウサギが。

 真っ赤な瞳を潤ませて、ウサギは魔法使いを睨みました。
 もうおしまいです。

「さあて、今度は逃がしませんよ?マリューさま?」

 魔法使いは低く笑うと、彼女の首を掴んだまま、お城へは戻らずに門から外に出ました。
 この先に、魔法使いの実験場があるのです。

 マリューは後ろを振り返りました。



 紺色のドレスと鏡と、それからマリューが一生懸命手に入れた罠の鍵が、ぽつりと落ちています。



 煌々と輝く白い月明かりの下で、それは悲しく見えました。

 ああどうか。

 マリューはじたばたもがきながら、涙ながらに祈るのです。

 ああどうか。
 誰か心優しい人。
 あの鍵をネオに届けてあげて・・・・・・・。


 そんなマリューの願いを聞き届けてくれる動物は、どこにも居ないのでした。







 朝になってもマリューは帰ってきませんでした。起きてずっとずっと待っていたネオは急に不安になりました。
 元気だったら。
 足に罠なんか付いてなかったら。
 彼は今にもここを飛び出して、彼女を探しに行くのに。

「・・・・・・・・・・・。」

 ぎゅ、とネオの心臓が痛くなりました。早く、早く。早くそこの赤いドアが開いて、そしてマリューが「ただいま」と笑いながら入ってきてくれるのを、今か今かと待っているのです。

 でも、いくら待ってもドアは開きません。

 ネオはそっと燃えている火に灰を被せて立ち上がりました。
 ずきり、と足が痛みます。
「・・・・・・・・・・。」
 微かに滲んだ血が見えました。でも、ネオは意を決してはしごに前足をかけました。
 左の後ろ足に突き刺さったままの銀の罠が、深く足に食い込みます。
 血が溢れて、紺色のハンカチを濡らしました。
 それでもネオは、体を引きずるようにして、マリューの家からはいでました。


 外は真っ白です。
 ネオの吐き出す息が、口から出て直ぐに凍りつき、さらさらに積もった雪の上に凍えて落ちました。
「マリュー・・・・・・・。」

 オオカミの自分が、ウサギのマリューを心配するなんて、変な話です。
 でも、ネオはどうしてもどうしてもマリューに逢いたくて仕方ありませんでした。

 ぽたぽたと、真っ赤な血が、真っ白な雪に跡を残します。

 ふと、ネオの目に、マリューが出かける時に背負っていたかごが止まりました。それは、ネオが出てきた入り口のよこっちょに置いてあります。
「どうして・・・・・・・・。」
 中を覗くと、たくさんの食べ物が、うっすらと雪をかぶって詰まっていました。

 ネオは必死に冷たい雪の上に鼻を突っ込みます。
 でも、あの、暖かくて、丸くて、ふわふわで柔らかいアイボリー色をしたウサギの、甘い香りはどこからもしません。

 ただ、雪の凍ったような冷たい空気が鼻の奥を掠めるだけです。

(マリュー・・・・・・。)

 悔しくて悔しくて、ネオは喉をそらして、明けたばかりの、白い空に吼えました。
 雪に曇った空を、時々思い出したような青空がかすめ、日が照ったりかげったりします。
 それを見上げて、空色の瞳で、ネオは力いっぱい吼えました。

 どうして帰ってこないのだろう?
 いいや、かごがここにあるってことは帰ってきたってことなのか?
 ならどうして家に居ないんだ?

 疑問ばかりが胸を焦がし、ネオはもう一度叫ぼうとして、物凄い羽音を聞きつけました。

「うわあ!?オオカミだ!!!」
 甲高い声が、樫の木の上のほうから聞こえ、それから何かが空を見上げていたネオの額にぶつかりました。
 ぽとり、と雪の上に落ちるそれから、カラスの匂いがしました。
 じろっと睨むと、こずえに止まっていた二羽のカラスがたじろぐのが見えました。
 ぎゃあぎゃあ喚くカラスにそっぽを向き、ネオはもう一度マリューの香りを探そうと、雪に鼻を突っ込みます。
 すると、微かに、直ぐ傍で、あの甘い匂いがしました。
 ぱ、と顔を上げてそこに飛び込んで来たのは、さっきカラスが咥えていたものでした。

 それからマリューの香りがします。

 ネオは慌ててそれを拾いました。

 小さな金色の鍵です。

「お前ら、これ、どこで拾ったんだ!?」
 大声でどなると、頭上のカラスがびくり、と身体を震わせました。青い目でひと睨みすると、あわあわとカラスが答えます。
「み、南の領主のお城だよ。」
「・・・・・・・・・・・。」

 ネオの目が大きく大きく見開かれました。

 じゃあ、これは。

 ネオは慌てて、自分の足に刺さっている憎い罠に、鍵を差し込んでみました。
 ぴったりです。
 ドキドキしながらまわしてみました。
 かちゃん、と軽い音をたてて、ずっとネオを悩ませていた罠が左足から外れました。
 傷口から血が溢れてきますが、痛みはすごく和らぎました。
 ネオは大声でカラスにお礼を言うと、ものすごいスピードで駆け出しました。

 マリューは嘘を言ったのです。

 金物師は鍵なんかつくってなかったのです。
 彼女はネオのために、わざわざ領主の所まで行って、この鍵を取ってこようとしたのです。


「マリューさん・・・・・・・。」
 走る金色のオオカミの胸を、不安ばかりが過ぎります。
 小さなアイボリーウサギなんか、ニンゲンにかかれば一ひねりです。

 彼女は無事なのでしょうか?
 それともマフラーにされてしまったのでしょうか?

 足の痛みより、胸の痛みの方が大きくて、ネオは力いっぱい走りました。

 そして、領主のお城に辿り着く直前に、は、と足を止めました。
 凄く近くから、マリューの香りがします。

 どこから・・・・・・・???

 かすかな彼女の香りを頼りに、ネオはいきなり左に折れると、一目散に木立の中を駆けました。





 小さな鳥かごに入れられたマリューは、耳をしょんぼりさせていました。
 魔法使いは、マリューをどうする気なのでしょうか。
 焼いて食べるつもりなのでしょうか?
 それともマフラーにする気なのでしょうか?
 考えただけで、ますますマリューの耳がしょんぼりします。

 思うのは、あの鍵がちゃんとネオに渡ったかどうかです。

 せっかく頑張ったのに、ネオに届かなかったら意味が無いのです。

 自分とは全然違う、金色の立派な生き物。
 青い目が澄んだ美しい生き物。

 マリューはしくしくと泣きました。
 ますます、ますますマリューの耳がしょんぼりします。
 だから彼女は、しばらくく気付かなかったのです。彼女の鳥かごが置かれている近くの窓を、誰かがかりかり削るのを。



 魔法使いの丸太小屋の煙突から紫の煙が出ているのを、ネオは見ました。
 あれが紫色をしている時は、彼は外出している時なのです。

 確かに彼女の香りはココからします。

 足の痛みなどすっかり忘れたネオが、うろうろと家の周りを歩き、ひょい、と一つの窓を覗き込みました。
 すると、ああ、彼女の小さな背中が見えました。
「!!!!」
 長い耳は、今では物凄く悲しそうに垂れています。
 ネオは痛む足など気にもせず、必死に立ち上がると窓ガラスを傷つけました。

 それでも彼女は振り返りません。

 魔法使いのコレクションとして、剥製にされてしまったのでしょうか?

 泣きそうになりながら、ネオは長い時間、窓をたたき続けました。そして、ようやく彼女が振り返ったのです。

 冷たいガラスが、中の暖かさに曇っています。その向こうに、まん丸に目を見開いた彼女が居ました。
 彼女が息をのむのが見えました。
 それから、悲しみに打ちひしがれていた耳が、ゆっくりと起き上がり、ぴん、と真っ直ぐになるのが見えます。
 ネオは嬉しくて嬉しくて、千切れんばかりに尻尾を振りました。
 彼女が泣きそうな顔で何か言うのが見えます。でも、マリューほど耳のよくないネオは首を傾げるばかり。
 マリューは暫く何かを叫んでいましたが、力いっぱい自分の入っている鳥かごを倒して、中から転がして窓の側に寄りました。
 ネオはガラス一枚向こうにいる彼女を助けようと、必死に窓ガラスを傷つけます。
 でも、マリューは悲しそうに首を振ると、籠の隙間からこつん、と窓に鼻をくっつけました。
 ネオも、自分の鼻先を窓ガラスに押し付けて、ぺろ、とマリューの口をなめてあげました。

 それはガラス越しでしたが、二人の気持ちはちゃんと伝わりました。

 ネオはぽん、と窓ガラスを蹴ると、雪の上に降り立ち、くるっとマリューを振り返りました。
 マリューが小さく頷くのが見えました。



 鏡。



 マリューはそう、ネオに呟きました。ネオもちゃんと、それを心得ていました。

 彼は一気に、領主の住むお城を目指して駆け出しました。






 そこは、領主とは名ばかりの、若いだけがとりえの王子の命令で、雪も消えて、すっかり夏になっていました。
 そんな魔法を掛けたのは、あの、怪しい仮面の魔法使いしか居ません。真っ白な雪を踏みしめてきたネオは、その様子に顔をしかめました。

 冬なのに夏の光景なんて、不気味以外のなにものでもありません。

 ネオは門番が気に入らなかったので、お城の横から中に侵入しました。彼はジャンプが得意なのです。飛び上がり、前足を石垣にかけて、それからよじ登ると、彼は庭へと降りました。
 熱い空気が溢れていて、ますます気分がおかしくなりそうです。
 青々と草が茂る庭を駆け抜け、スミレの花を踏んづけて、ネオは門の前へとやってきました。
 マリューの匂いがどこかからします。
 ふんふん、と鼻で辿ると、門の横にある植え込みに、それは丸めて放り込まれていました。

 藍色の、冬の夜色の、布。

 ネオはそれを咥えて広げてみました。
「あ・・・・・・・・・・。」

 それは、ネオの足に巻かれているハンカチと同じ刺繍がされた、ドレスでした。
 それからマリューの香りがします。
「・・・・・・・・・・・・・。」

 そこでネオはようやく思い出しました。

 ハンカチに描かれている模様と、ツボに描かれている模様と、今ここにあるドレスの模様を、どこで見たのかを。

 ネオは震える胸で、さらに茂みの奥をのぞきました。
 ありました。
 銀色の鏡です。

 彼はそれを咥えると、ドレスをなるべく汚さないように気を付けながら背中に乗せると、もと来た道を大急ぎで戻りました。

 魔法使いより先に戻らねばなりません。

 彼女を助けるために。




 その銀色の鏡は、一晩中外に置かれていた所為で、月を閉じ込めていました。真っ暗な鏡面には、黄色い月がぽっかりと映っています。
 それ以外には何も映っていないのです。
 それをどうすればいいのか判らず、魔法使いの丸太小屋に戻ってきたネオは、まだ煙が紫なのにホッとしながら、三段しかない階段を上って丸太で出来たドアの前に立ちました。
 かりかり、と引っかいてみますが、表面に傷が付いただけでうんともすんとも言いません。

 ネオは諦めて、ほかの方法でマリューを助けようと立ち上がりました。その時、咥えていた鏡の角度が変わり、偶然にも鏡に映っていた月が、ドアを照らしました。
 まるで湖面に映った物の様に、がっしりした丸太のドアが揺らめきました。ゆらゆらゆれて、まるでそれが風が吹けば飛んでしまうような幻に見えたから、ネオは思わず前足をかけてみました。
 するとどうでしょう。
 彼はする、とドアを通り抜けたではありませんか。

 凄い鏡の威力です。

 ネオは大喜びで部屋の中を走ると、先ほどの窓辺に駆け寄りました。
 ぱ、とマリューが振り返りました。
「マリューさん!」
 ネオは嬉しくて叫ぶと、大急ぎで椅子に飛び乗り、無理やり齧って鳥かごを壊しました。

 小さなウサギを閉じ込めておくだけ。

 その魔法使いの間抜けな油断が功を奏しました。あっけなくひしゃげた鳥かごの隙間から、彼女は大急ぎで這い出ると、ぴょん、と飛んでネオの首筋に抱きつきました。
「良かった・・・・・無事でよかった!」
「マリューさん、それ、俺の台詞。」
 ウサギの耳が、首に当たってくすぐったくて、ネオは小さく笑うと、ぎゅう、と彼女を抱きしめました。
 小さくて、丸くて、柔らかくて暖かいマリューさん。
 涙の滲んでいる、赤い目の縁を、彼はぺろ、と舐めてあげました。小さくマリューが笑いました。
「足・・・・・大丈夫?」
 は、と気付いてマリューが言うと、ネオは「なんでもない。」と笑います。
 ぱたぱたと揺れる尻尾に、マリューは本当に嬉しそうに笑いました。
「さあ、これから大変だ。」
 そんなマリューの口をぺろ、と舐めると、ネオはニッコリ笑いました。ちょっと赤くなったマリューが真剣な面持ちで、ネオが持ってきてくれた鏡を拾い上げました。

 月を飲み込んだ鏡はずしりと重く、マリューはこれは大きなチャンスだと、深呼吸をしました。


(2005/11/17)

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