Muw&Murrue

 本日は晴天なり 05
 最果ての国、プラント。
 そこが一体どんな国なのか、誰も知らない。ただ、行って帰ってきたものは、プラントの事は話したがらない。

 何故か。

「話せなくなるんだよ。」
 オレンジの金属片をテーブルの上に置き、そこを囲んで少年少女四人とマリューが座っている。その彼らに、ムウが静かに切り出した。
「プラントの・・・・・技術なのか、呪いなのか知らないがな。話した者は死んでしまう。」
「・・・・・・・・・・。」
「そうやって、まあ、犠牲を得て、軍はプラントの情報を少しずつ集めてるんだ。」
 はっとマリューの顔が強張った。
「政府は・・・・・プラントを・・・・?」
「得体の知れない国だからな。そんなものを放置しておけないんだろうさ。」
 肩をすくめるムウが、ふと、その視線をアスランに向けた。空色の瞳に射抜かれて、彼が唇を噛んで俯く。
「まあ、そうやって得た情報の中には、俺達よりもずっと優れた技術に関するものもあった。それを研究して、彼らはプラントに対抗できるだけの兵器を作り上げる事に成功したんだ。」

 それが、コレ。

 そう言って、ムウはテーブルの上に置かれている金属片を指ではじいた。
「アルテミスの傘!?」
「正式には、メビウス・ゼロ。戦闘機、だな。」
「・・・・・・・・・・。」
 目を丸くするマリューに、ムウは笑う。
「知らなくて当然だよ。公式発表なんてできるような代物じゃねえからな。」
「え?」
 顔を上げるマリューに、ムウは苦く笑った。
「失敗作だよ。」
「・・・・・・・・・。」
「コイツを操れる者なんかいない。なにか・・・・プラントのものとは違って、何かが足りないんだよ。」
 制御する、何かがね。
「コイツが暴走し、まあ、結果生み出されたエネルギーが嵐を巻き起こした。」
「あんな、凄い嵐を?」
 キラの懐疑的な眼差しに、ムウは肩をすくめる。
「その仕組みが知りたかったんだけどな、これだ。」
 再び、視線をオレンジの破片に落とす。
「自爆・・・・・・。」
「ああ。でもそれは命令通のことだったんだろうな。」
 ムウは顔を上げると、まだ少しつらそうなラクスを見た。
「この機体、制御出来ないといっただろ?」
 こくん、とマリューが頷いた。
「出来る者が世界に四人いる。」
 はっとカガリとキラとマリューの視線がラクスに向き、彼女はきょとんと目を丸くした。
「わたくし?」
「もういいでしょ!?」
 そのラクスに代わってアスランが叫んだ。
「そうは行かないさ。君、プラントの人間なんだろ?」
「アスラン?」
 ラクスが驚いたようにアスランを見、そして、彼はきつく歯を食いしばったままムウを見た。
「暴走するメビウス・ゼロ。それの所為で被害は拡大。だから政府は取引したんだよ。コレから身を護る、制御するためのものを寄越してくれってな。」
 そのかわり、プラントへの関与はしないと決めてね。
「そんな・・・・・・・。」
 カガリが呆けたように呟き、悔しそうに手を握り締めた。
「そんな・・・・・・・それで・・・・・・わが国は・・・・・。」
「制御コードが歌なのか・・・・・それともその歌を歌える者が必要なのか・・・・まあ、今日見た感じでは後者だろうな。ま、アルテミス・・・・いや、ゼロが自爆しちまった今ではどうでも良いが。」
 ひたっとムウはアスランを見た。
「君は・・・・・・アルテミスの正体を知っていて、それで彼女を護る任に就かされたんだろ?だがあれは破壊されちまった。」
 事実上、プラントと政府の取引は無効になった。
 ただ。
 ただ、その制御の為にと送り込まれた者たちだけが残ったのだ。
 当然、そのまま、というわけには行かないだろう。
 ぎゅうっとアスランは唇を噛み締めた。
「ラクスをこちらにおいておくいわれはなくなりました。」
 はっとラクスが目を丸くした。
「彼女を、プラントへ連れて帰ります。」
「アスラン!」
 それに、ラクスが悲鳴のような声を上げた。
「姫自体に、何かの力があると、おっしゃいましたよね。」
 すっとアスランはムウを見る。彼は黙ったまま、ちょっと眉を上げた。
「それ以上の事を、こちらにお教えするわけにはいかないんです。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「貸し与えておいて、よく言うわね。」
 不意にマリューが低く呟いた。それに、アスランは手を握り締める。
「それが・・・・・プラントを守るため、ですから。」
「ラクスさんの意思は?どうなるの。」
 動揺がアスランの顔に走るが、しかし次には彼は冷静に切り替えしていた。
「彼女は、プラントのものですから。」
「アスラン・・・・・。」
 ラクスがその大きな瞳を見開いて、アスランを見つめていたが、彼はそれに何も答えなかった。

 その様子に、キラはきつくきつく両手を握り締めるのだった。






「何故、メビウスの事を?」
 ゆっくりと廊下を歩きながら、マリューは隣を行くムウに声を掛けた。
「ん?ああ・・・・・・。」
 ふと彼は視線を宙に彷徨わせる。
「適正。」
「え?」
「乗れって言われたんだよ。メビウスにな。」
「・・・・・・・・でも、アルテミスの傘が噂に上ったのは、20年近く前よ?」
 貴方、もしかして40?!
 素でボケるマリューに、ムウはがっくしと肩を落とした。
「なわけないだろ?・・・・・いくつか試作機があるんだよ。」
 ぞっとマリューの背中が凍り付いた。
 ということは。

 プラントへの非介入を呈示しておきながら、水面下ではそんな動きをしていたのだ。軍は。

 ぎりっと唇を噛み締めるマリューの頭を、ムウはぐしゃっとかき混ぜる。
「ちょ・・・・・。」
「だから俺も、嫌になったんだよ、軍が。」
「・・・・・・・・・・・。」
「そういう組織だってのは知ってたし、自国を護るためには軍備が必要ってのも分かるんだけどなぁ。」
 そう言って、ムウはふっとマリューを見た。
「護りたくて軍に入ったのにさ。勝手に実験パイロットになんかにされて、殺されるのは我慢ならないだろ?」

 確かに、そうだ。

 何かを護って、死ねるのならそれでもいい。
 でも、そうじゃない、信念の元に殺されるのはまっぴらだ。

 何のために生きて死ぬのか。
 生まれたからには、それだって自分で選びたい。

「さって、俺は夜勤だな。」
 う〜ん、と伸びをして、ムウはちらっとマリューを見た。
「君は、休みだろ?」
「ええ。」
「眠れそうか?」
 柔らかく訊かれて、マリューは軽く肩をすくめた。
「身体がくたくたですから・・・・・・。」
 多少は、眠れるかもしれない。
「添い寝でもしてやろうか?」
 にやっと笑って言われ、「結構です。」とマリューはぴしゃりと告げた。
 自分の部屋のドアの前で、彼女は振り返り、笑う。
「おやすみなさい。」
「あ、ちょっとまった。」
「え?」
 ドアを開けて中に入ろうとしたマリューに、すっと顔を近づけて、ムウは彼女の唇に口付けた。
「ちょ!?」
 軽く音を立て唇を放し、ムウは笑う。
「おまじない。」
「っ・・・・・。」
「これで今日はよく眠れるだろ?」
「最低です!!!」
「だぁから、それよく言われる。」
 ばん、と勢いよくドアを閉め、マリューはづかづかと室内を横断すると、ぼふっとベッドの上に倒れこんだ。
「も〜〜〜、信じられない!!!」
 枕に顔を埋めるマリューの耳は、しかし真っ赤だった。






 アスランとラクスを下ろし、船は一路オーブへ向かう。
 彼ら二人を複雑な顔で見送ったカガリは、船べりにもたれて溜息を付いた。
「・・・・・・・・政府の・・・・勝手な判断で・・・・・・。」
 手を握り締めるカガリに、マリューは苦く笑った。
「過ぎた事は仕方ないわ。」
「・・・・・・・・・・。」
「これから、どうするか、でしょ?」

 アルテミスは退治された。それと同時に、プラントの事と、政府のこと、軍のことが見えてきた。

 その傘下にあるオーブをどうするのか。

 正直、頭の痛い問題である。

 悩める少女の頭を、マリューはぽんぽんと叩く。
「大丈夫。」
「え?」
 顔を上げるカガリに、マリューは綺麗に微笑んだ。
「何とかなるわよ。」
 貴方にはキラくんがいるでしょ?

 それに、はた、と二人は甲板を見渡した。

「あれ?そういえば・・・・キラは?」





「何とかなりますかしら?」
 走るラクスは、頬を染めて訊く。
「大丈夫です。」
 振り返り、ラクスの手を引くのはキラだ。
「あっちに船を隠しておきました。ヘリオポリスに行けば船に乗れます。」
 そこから、どこへだっていけますよ。
「本当に?」
 海色の瞳を輝かせる少女に、キラは強く頷いた。
「ええ。どこへだって、行く権利があるんだ。僕達は。」
 強い言葉に、ラクスは心の底から嬉しそうに微笑んだ。





「まあ、あれだな。」
 マードック相手に、爆発の余波で多少傷ついた船首の修理をしながら、ムウは、一艘なくなった小船の、開いたハンガーを見る。
「若いってのはいいってことだな。」
「少佐だってじゅうぶん若いですぜ?」
 船首に取り付き、木槌を振るうマードックに、ムウは持っていた釘を渡す。
「そうか?」
「そうですよ。」
「そうかねぇ・・・・・。」
「少佐!!!」
「うわぁっ!?」
 振り返ると、鬼のような形相をしたマリューが、ムウを下から睨んでいた。
「あ・・・・と、なんでしょうか、船長。」
「あれ、ご存知でしたの?」
 指で指すのは、一艘足りない船。
「あ〜・・・・・・・スイマセン。」
 下手な言い訳はかえって事態を混乱させると、身をもって知っているムウは、素直に頭を下げた。
「キラくん、ですわね?」
「おっしゃるとおりです。」
 それに、マリューは軽く肩を怒らせた後、「しょうがないわね!」と深く溜息を付いた。
「あ、と・・・・俺の責任だからさ。」
「はい?」
「や・・・・・クライアントの一人を逃がしたわけだし・・・・・。」
「・・・・・・・・ラクスさん。」
「え?」
「幸せになると思います?」
 にこっと笑って言われ、ムウはちょっと目を伏せるとふっと笑って見せた。
「なるんじゃないの?」
「どうして?」
「望むように、生きようとする人ってさ。望まない人生が待ってても、結構楽しく生きられるからさ。」
「じゃあ、貴方の罰は無しにします。」
 微笑んで、彼女はくるっとムウに背中を向けた。

 海の風に、彼女の髪の毛がふわりとなびく。

 クルーに指示を出す横顔が綺麗で、ムウは息を飲んだ。

「あれ、落とすの苦労しやすぜ?」
 船首から上がってきたマードックが、にやっと笑ってムウの肩を叩いた。
「ああ。でも、時間はたくさん、ありそうだからな。」
 気長にやるさ。
 それに、マードックは豪快に笑った。
「やっぱり少佐、若いですよ。」




(2005/05/30)

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