Muw&Murrue

 本日は晴天なり 03
「あら?」
 少女は、夕日の中、こちらに向かってくる帆船を見て、軽く眼を見張った。
 彼女が暮らしているのは、小さな島。彼女が住む、石造りの塔以外には何も無いここに、やってくる者など、無いに等しい。

 むしろ、普通の者は来ては行けないと、定められていた。

「アスラン。」
 窓からその帆船を眺めていた少女は、この小さな塔の下に広がる野菜畑でトマトを収穫していた少年に声を掛けた。
「誰か来ますわ。」
「物売りの船なら、まだ当分来ませんが・・・・・。」
 手を止めて、彼は麦藁帽子の下から彼女を見上げた。不思議な色の前髪を掻き分けて、額の汗を拭う。
「物売りとは少し違うみたいです・・・・・。」
 なんでしょう?

 小首を傾げる少女に、少年は背負っていた籠を大地に下ろすと、庭の先のほうへ歩いて行った。
 防風林の先が開け、高台に出る。

 と、いっても砂浜から少し高くなっているだけなのだが。

「本当だ・・・・・・・。」

 夕日を正面に浴びた一艘の船が、こちらに向かってゆっくりと近づいてくる。
 目の前に広がる砂浜を目指しているようだ。

「どこの船だ・・・・・・。」

 白に赤いラインが特徴的なその船に、彼は眼を細める。

「アスラン。」
「姫!」
 と、後ろから声を掛けられて、少年は慌てて振り返った。ニッコリ笑った少女が彼の後ろに立っている。
「戻られてください。」
「でも・・・・・。」
「危険です。」
 目が恐い。でも、彼女はますます笑みを深めて、たっと砂浜に降りる小道を駆けて行く。
「姫!!」
 その後を、少年が大慌てで追って行った。





「船を止めて!」
 嵐をどうにかこうにか乗り切ったアークエンジェルは、それほど被害を被っていなかった。

 人的被害も・・・・・多少は目をつぶらなければならない。

「怪我人は?」
「一応、医務室に。」
「そう・・・・・・。」
 あの嵐で何人減ったのだろうか、とマリューは軽く唇を噛んだ。
 だが今は、そんな感傷にひたるよりも、今ある命を救うべきなのだ。
「ここで、カガリさまとキラくんを降ろすわ。その後、ヘリオポリスの港に向かいましょう。」
 てきぱきとノイマンに指示を出しながら、マリューは空を見上げた。今からヘリオポリスに向かっても、付くのは夜中だろう。

 知らず、溜息がでる。

 できれば日があるうちに入港したかった、というのがマリューの願いである。
「マリューさん。」
 補給や、病院への極秘の搬送を考えていたマリューは、その声にはっと顔を上げた。キラとカガリが彼女を見ている。
「ここが、目的地です。」
「ここが・・・・・・。」
 ゆるゆると暗くなる空の下、真正面に見える、小さな森と、その後ろの塔にカガリはぎゅうっと手を握り締めた。
「これで・・・・・アルテミスによる被害がなくなるのだな・・・・。」
 目を輝かせるカガリに、キラが冷静に告げた。
「でも、まだそうと決まったわけじゃない。」
「しかし。」
 良い募るカガリを制して、キラはくるっとマリューを振り返った。
「マリューさん。」
「・・・・・・・・・・。」

 まあ、何が言いたいのか、大体の見当は付く。

 彼女は困ったように眉を下げると、溜息を付いた。

「別料金になりますけど、よろしい?」
 それに、ぱっとキラの顔が輝いた。
「本当ですか!?」
「・・・・・アルテミスに苦労させられてるのは・・・私たちも同じですもの。」
 肩をすくめるマリューに、キラは「ありがとうございます!」と勢いよく頭を下げた。
「高いわよ?」
「はい!」
「船長!」
 そのやりとりを傍から聞いていたノイマンが、咎めるように声を荒げるが、ただマリューは肩をすくめるだけだった。
「では、明日の夕方、迎えに来ます。」
「本当にありがとう!!」
 一艘の小船が降ろされ、キラが縄梯子を降りていく。続いて降りようとしていたカガリが、くるっと振り返ると彼女の手をぎゅうっと握り締めた。

 小さな手だな、とマリューは苦く思う。
 こんな小さな手で、国を護ろうと必死にここまできたのだ。

「お気をつけて。」
「あなた方も!」

 ゆっくりと砂浜を目指して進む小船を見送り、マリューはぱん、と気合を入れるように頬を叩いた。
「じゃあ、本船はこれよりヘリオポリスへ向かいます!疲れてるだろうケド、頑張って!!」





 やってきた見知らぬ小船と、見知らぬ人影に、少女は駆け寄った。そのあまりに無防備な行動に、アスランが慌てる。
「姫!!!」
 叱責を込めて叫べば、振り返ろうとした少女の足が砂に取られた。
「あ・・・・・・。」
 くらっと傾く細いからだ。
 それに、カガリを船から降ろす手助けをしていたキラが、間一髪で受け止めた。
「ありがとう。」
「・・・・・・いえ・・・・。」
 抱き留められた少女が、キラを見詰め返す瞳は、海の色。真っ白な頬が綺麗で、思わず彼は赤くなって見惚れてしまった。
「あの・・・・・・。」
 船から降り、無事に砂浜に降り立ったカガリが、言葉を発する直前、アスランが強引に少女の肩を掴んだ。
「姫!」
「ああ、アスラン・・・・。」
 無理に引き寄せてたたらを踏む少女に、むっとキラが眉を寄せた。
「君達は一体何者だ?」
 翡翠色の瞳を鋭くし、少女を背後に庇った少年に、キラが表情を落とした。
「こちらは、オーブの次期国王、カガリ・ユラ・アスハさまだ。」
 キラの紹介ももどかしく、ずいっとカガリが身体を前に出す。
「我々は急ぎの用でこちらに参った。水の歌姫に会わせて欲しい。」
 夕日を浴びて、彼女の硬質な金髪がきらきらと輝いている。
「ラクスさまは」
「はい、わたくしですわ。」
 得体の知れないものに、ヘリオポリスの護りを担う巫女姫を紹介など出来ない。
 そう踏んだアスランが、嘘を言う前に、当の本人がにこにこと自己紹介をしてしまうから。
「姫!!!!」
 ひょいっとアスランの背後から顔をだしたラクスが二人に向かってにっこりと笑った。
「わたくしが水の姫巫女、ラクス・クラインですわ。」




「あれ?船長は?」
 ノイマンとの交代にやって来たトノムラは、甲板に彼女が居ないのをみて、眼を丸くした。
「今は休憩じゃないのか?」
 首から提げていた双眼鏡を彼に手渡したノイマンは、何気なく言う。
「でも、食堂にもいなかったぜ。」
「なら、部屋だろ。」
 珍しい事もあるものだ、とトノムラは首を傾げた。

 ジョシュアの一件以来、彼女は夜、随分遅くまで見張りを買って出ていたのだ。
 曰く、何者かが襲ってくるか分からない夜の警備体制を、この目で確かめておきたいというものだった。
 その彼女が居ないとは・・・・・・。

「船長も疲れてるんだろうさ。」
 ひらひらと手を振ってその場を去りながら、ノイマンは欠伸をした。
「嵐の後、ずっとここまでノンストップで走ってきたからな。」





「食事です。」
 シェルターから営倉に移されたムウは、自分の手首についている鎖をこれみよがしにマリューに見せた。
「何?これ・・・・・。」
「一応、規則ですから。」
 そっけない一言に、溜息を付く。
「俺、脱走する気なんてないんだけどね〜。」
「そのような言葉を、信じると思います?」
「普通は思わないよな。」
「・・・・・・・・・・。」
 あっさり認めて、腹減った〜、なんて言いながらシチューとパンに手を伸ばす彼を、マリューは繁々と見詰めた。

 丸窓の外は雲ひとつ無い、満月がキレイな夜空が広がっている。その青白い月明かりの下で、ムウの金髪がちらちらと光っていた。

「貴方の事、思い出しました。」
「んあ?」
 もぐもぐとパンを頬張っていたムウは、マリューの唐突な一言ににっこりする。
「どっかでナンパしたっけ?」
「違います!」
 律儀に怒鳴り返し、溜息を付く。その顔がちょっと可愛くて、ムウはこっそり笑った。
「エンデュミオンの鷹。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「先の大戦で、大活躍された空軍のパイロット、なんだそうですね。」
「・・・・・・・・・・。」
「私はずっと海軍でしたから、知りませんでした。」
「昔の話だよ。」
 スプーンでシチューをすくって口に運ぶ。

 いわゆるエースパイロットの彼が、どうして海軍の、しかもレセップス配備なのか分からない。

「あの・・・・・・。」
「ん?」
「なんで、海軍に?」
「・・・・・・・・・・・。」
 いままでの飄々とした彼の雰囲気が、一瞬で凍り付いた。それに、マリューはしまったと息を飲む。
「君には関係ない。」
 ばっさり切り捨てられて、「そりゃそうですよね。」と小声で答えた。
「夜中にはヘリオポリスに着きます。そうしたら、解放しますから、もうしばらくここに居てくださいね。」
 立ち上がり、告げられた彼女の言葉に、ムウが目を丸くした。
「解放、って・・・・・・。」
「?」
「や・・・・・その・・・・・・・。」

 捕虜が辿る末路なんて、どれも同じだと思っていただけに、あっさり解放する、なんて言ったマリューに驚いたのだ。

「この船には、余分な人を養っておける余裕は無いんです。」
 例え捕虜でも。
「いや・・・・・・・でも・・・・・。」
「変な人ね?解放されるんだから、もっと喜ばないと。」
 くすくす笑われて、ムウは声を荒げた。
「それで、君たちはどこへ・・・・・・。」
「貴方には関係ないわ。」
 自分が告げたセリフを、そっくりそのまま返された。

 冷たい目のまま、マリューは静かにムウに言う。

「貴方に何があったのか知らないけれど、海軍になんて勿体無いわ。」
「・・・・・・・・。」
「これは、私の意見です。」
 告げて、マリューはくるっと彼に背中を向けた。そのまま部屋を出て行こうとする。
「命令違反だよ。」
「え?」
 突然言われて、マリューは彼を振り返った。ムウは彼女から目を逸らし、丸窓の向こうにある月を見ていた。
「やれ、って言われた事を、やらなかった。」
「・・・・・・・。」
「ただそれだけだ。」
 スプーンですくったシチューを口に運びながら、ムウはそう、静かに告げた。
「そうですか・・・・・・・。」

 それで、海軍のレセップス配備に飛ばされたのか・・・・。

 一種の左遷なのだな、とマリューはこっそり思う。
 でも。

「それをやらなくて、貴方は満足したの?」
「え?」
 皿から顔を上げたムウが、ちょっと苦笑した。
「まあな。」
「なら、いいじゃない。」
「・・・・・・・・・・。」
 にこっと笑うと、そのままマリューは部屋を出て行った。

 銀色の月明かりが、ゆっくりを床を渡っていく。

「・・・・・・・・・・・そっか。」
 一人残されたムウは、随分単純な理論だな、と皿を見詰めながら微かに笑う。それから壁に背を預けて、月を仰ぎ見た。
「そ〜だよな・・・・・。」






 石造りの塔の一階にある居間で、カガリはテーブルに額が当たるほど深々と頭を下げた。
「頼む・・・・・どうか、力を貸してほしい。」
 その様子を困ったように見詰め、頬に手を当てたまま、ラクスはアスランをみた。
「駄目だ。」
 間髪居れずに、アスランが答える。
「何でだ!?」
 顔を上げたカガリが食って掛り、それに彼はゆるゆると首を振った。
「姫をここから連れ出すことなど、出来るはずが無いだろう?」
「どうして!?」
「彼女は、ヘリオポリスの護りだ。彼女がいるから、人々は安全に暮らせる。」
「っ・・・・・・。」
 ぎゅうっとカガリが膝の上で手を握り締めた。それを横目で確認したキラが、酷く悲しげな表情でアスランをみた。
「なら・・・・貴方たちは、大勢の人の幸せよりも、自分たちの幸せを取るって言うの?」
 凍えるような瞳を前に、しかしアスランは自分を曲げない。
「そうなっても仕方ない。」
「この街の幸せと、世界の幸せとだと、お前はこの街を取るのか!?」
 ばん、とカガリがテーブルを叩き、それに、アスランが怒ったような眼差しをカガリに向けた。
「俺達が生きる世界は、ここだ。」
「・・・・・・・・・・・。」
「他の人間がどうのとは言わない。幸せになってもらえるのなら、それが一番良いというのも分かっている。だが、ラクスが離れて、その間にアルテミスがヘリオポリスを襲ったら、誰が責任を取るんだ!?」
「・・・・・それは・・・・・。」

 しん、と冷たい沈黙が四人の上に圧し掛かった。

「この街が安全であるように・・・・・俺が考えるのはそれだ。」
「なら、他の人が犠牲になっても良いって、君は言うの?」
 キラの底冷えしそうな視線の前に、アスランは俯いた。
「そうやって街を護るのが、俺の役目だ。」
「・・・・・・・・・。」

 理想があって。それが叶えばどれだけいいかわからない。
 でも、それをかなえるために、自分たちの街を危険に晒すわけにはいかない。

 だって、アスランに課せられているのは「ヘリオポリスを護ること」だから。

「カガリ・・・・・・。」
 そっとキラが少女をみるが、彼女は歯を食いしばって先を続ける。
「私の国は・・・・・アルテミスによって、島の半分を海中に沈められた。」
 はっとラクスが顔を上げる。
「世界政府は、確かにアルテミスの実地調査をしているが・・・・・・彼らはアルテミスの原因究明に本腰を上げる気はないんだ・・・・・。」
 それぞれが、歌姫を持っているから。
「でも、私の国には・・・・・・・・・歌姫が居ない・・・・・。それに、歌姫なら、アルテミスを消せるというのに、どの姫も・・・・討伐には乗り出さない。」

 だから。
 原因を解明できないから。
 小さな国から被害を被るんだ。

「・・・・・・・・・・・・。」
「歌姫は、たった四人しか世界に存在できないという。ヘリオポリス、大西洋、ジブラルタル、カーペンタリア・・・・ここに彼女たちが居る限り、歌姫がオーブに生まれる事は無いんだ。」
 私の国が、アルテミスから護られる事はない。
 そう言って俯くカガリに、ラクスは悲しげに目を細めた。
 ぎゅうっとその桜色の唇を噛み締めている。
「だからこそ、彼女を手放すわけには行かないんだ。」
 二人から視線を逸らしたアスランが、すっと立ち上がり、塔のドアを開けた。
「お引取りを。」
「待ってください。」
 そのアスランを、歌姫本人が止めた。
「ラクス・・・・・。」
「・・・・・・・ではこうしましょう。」
 微かに微笑んだラクスが、そっとカガリの手を取った。
「アルテミスを、ここから近い海で迎え撃ちます。」
「ラクス!!」
 咎めるようなアスランに、ラクスはふんわりと笑って見せた。
「わたくしも、ずっと思っていたのです。何故、アルテミスが、わたくしたち水の巫女の歌声に弱く、それを聞くと進路を変えるのか。」
「・・・・・・・・・・・。」
「きっと、原因があるのですわ。だったら、その原因を取り除けば、アルテミスは消滅するはずです。」
「しかし・・・・・・。」
 焦るアスランを、すっと冷たい目でラクスは見た。
「アスランのお気持ちはよくわかります。でも・・・・・・。」
 それから、彼女はキラをみた。
「わたくし・・・・・・ここに居るだけの人生など、我慢できそうに無いんですもの。」

 手が触れたキラの感触。
 それに、ラクスはどきりとしたのだ。
 アスランとは違うひと。この島ではない、どこかから来たひと。

「アルテミスが消えれば、わたくしも自由になると、そうおもいません?」
 微笑むラクスに、アスランは何もいえなかった。
「姫が・・・・・・そうおっしゃるのなら・・・・・・。」
 呟くアスランに、ラクスはすこし寂しげに笑うのだった。






 白々と夜が明けていく。なんとか船名と認識コードをごまかして普通の船としてヘリオポリスに入港したアークエンジェルは、闇ルートから食料と燃料、弾薬の補給を開始していた。怪我人は全て病院に収容したし、回収する手筈も整えた。
 長い桟橋を渡って行き来される箱やら樽やらを見送るマリューの横に、ムウが姿を現した。
「眠れました?」
「同じ質問をするよ。」
 それに、マリューは肩をすくめる。
「全然寝てないって顔してるな。あんた。」
 指摘されて、マリューは眩しげに朝日を見やる。
「昼間、寝てますから。」
「ふ〜ん。」
 何気なく作業員を見やり、思案するムウを振り返り、マリューはぽん、と彼の肩を叩いた。
「フラガ少佐。」
「俺、左遷されて降格処分。」
「それでも、少佐、ですわ。」
 最終階級は。
「・・・・・・・・・。」
「貴方を解放します。」
「そりゃどうも。」
「ここからもうちょっと行ったら海軍基地があるわ。そこからなら、レセップスとの連絡も取れるでしょう。」
 指差された方向に目を凝らして、ムウは気の無い返事を返した。
「どうかな。あの嵐で沈んでるかもよ。」
「それでも、貴方は海軍所属なんですから、行けば身の振り方もわかるでしょ?」
「手続きとか、面倒〜。」
「・・・・・・・・・・。」
 改めて、マリューはムウを見た。いささか恐い顔をして睨み上げる。
「ここからなら、大西洋連邦に戻る船も出てます。それに乗られては?」
「無一文だし。」
「ここの海軍からなら、輸送船もでてますでしょ?」
「でもさあ、一々身分証明しなきゃなんねぇし。俺、ドッグタグもなんも嵐に持ってかれたぜ?」
「・・・・・・あの山の近くには空軍のパイロット訓練所もあると聞いてます。そちらなら。」
「出戻りなのに?行き辛いと思うんですけど。」
「・・・・・・・・・なら、アークエンジェルの無線を使って、レセップスに打診します。捕虜を返還しますから、取りに来てくださいって。」
「かっこわり〜。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
 しばし見詰め合った後、マリューは呆れたような表情で言った。
「なら、どうなさりたいんです?」
「こうなさりたい。」
 次の瞬間、突然抱きしめられ、口付けられる。
「んっ・・・・!?」
 腰と頭を固められ、マリューの身体が強張った。
 だが。
「うわっ!?」
 それもつかの間で、次にはマリューはムウを思いっきり投げ飛ばしていた。
「な・・・・・何するんですか!?」
 器用に受身を取ったムウが、「痛いって!」と突っ込むが、真っ赤になったマリューは聞いていない。
 作業中のクルーが荷物を取り落としたり足を滑らせて転んだりしている。その喧騒にひるむどころか、おかしそうに笑いながら、ムウがマリューを見上げた。
「いや〜、抱き合ったあの時が忘れられなくてさ〜。」
「な!?」
 がっしゃああん、と派手な音がして、整備兵が、持っていた工具箱を取り落とすが視界の端に見える。
「や〜、激しかったよな、あの時。」
「揺れが、ですよね!?」
 あちらこちらから派手な破裂音やら、物を取り落とす音やらが響いてきて、真っ赤になったマリューが、ムウの口を塞ぎに掛かる。
「あれ〜?そうだっけ?マリューさんったら、涙目で俺のこと見上げちゃって〜。」
「ご、誤解を招くような言い方は止めてください〜〜〜〜っ!!!!」
「五回もしてないよ?」
「な・・・・・何いいだすんですか、貴方は〜〜〜〜っ!!!!」

 傍目にはじゃれあってるようにしか見えない船長と少佐見ながら、船倉から上がってきたマードックが、がりがりと頭を掻いた。
「なにやってるんだ?船長。」
 側に居たノイマンに振る。
 それに、ノイマンは笑いを噛み殺して、
「新入りの少佐を歓迎してるんですよ、船長が。」
 と答えるのだった。

(2005/05/30)

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