Muw&Murrue
- 本日は晴天なり 01
11400(良いよ、俺がやるからv)ヒット御礼リクエスト企画 version shinobuさま
空の青と、海の青は違うよな、と塩辛い風に吹かれながら、ムウ・ラ・フラガは甲板の縁に寄りかかり、後方に飛び去っていく海をぼんやりと見詰めていた。
空には羊雲が漂い、風が気持ちよく頬を掠めていく。
「お〜い、フラガ・・・・持ち場はどうした?」
振り返ると、コーヒーカップを二つ持った、隻眼の男がにやにや笑って立っていた。そのままゆっくりと歩いてくる。
「特に何も無いんだし、いいだろ、別に。」
差し出された陶器のカップを受け取り、湯気が風に攫われて流れて行くのを見送る。
「それより、あんたこそいいのかよ?バルトフェルド隊長。」
隊長、のところに嫌味を込めてアクセントをつけるが、彼はてんで気にした様子もなく、笑う。
「特に何も無いんだから、いいんだろ?」
同じセリフを返され、ムウは溜息を付いた。
「で?ガルシアのおっさんは?」
ずずず、とコーヒーをすする男に、「そうじゃないだろ、まず香りを楽しめ。」と指摘したアンドリュー・バルトフェルドは、背中を縁に預けて空を仰ぎ見た。
「相変わらず、躍起になってるよ。クルーゼごときに遅れをとるか、ってな。」
「どうだっていいのに、頑張るねぇ。」
やれやれ、とムウは肩をすくめた。
「仕方ないだろ?俺達の部隊は、とりわけ戦果が低いんだから。」
第二海域十八エリア所属 海軍帆船 レセップス。
辺境のこのエリアの巡回、警備をおおせつかっている彼らは、しかし呆れるほど手際が悪かった。
海賊を取り逃がした事は数知れず、襲われている客船に向かって砲撃し、あわや撃沈騒動を巻き起こしたこともある。
そのトップである、ガルシア指令官は、海軍でもエリートの第一海域エリア・ファーストの指揮官で、ヴェサリウス船長のクルーゼを目の敵にしていた。
彼の仮面がお気に召さないうえに、元・ガルシアの部下だったクルーゼに、あっさり追い越されたのが主な理由だ。
「ど〜でもいいでしょ、戦果なんてさぁ。」
そういって、やる気なく船縁にうつ伏せ、あ〜、空が青いなぁ、なんてのんびり呟くムウに、バルトフェルドは苦笑した。
「そういう姿を見てると、時々お前という男が何者か、忘れるよ。」
さらっと言われた一言に、ムウの全身が殺気だった。
「何が言いたい?」
にこっと笑って切り返され、バルトフェルドも負けじと笑む。
「おやおや、上官に対してその態度は、まずいんじゃないのかな?」
ちっ、と舌打ちし、ムウは起こした身体を再びうつ伏せた。
「何とでも言えよ。俺は今はしがない海軍十八エリア所属の、少尉なだからな。」
それに、バルトフェルドは肩をすくめた。
「笑えんな。」
ムウがここに居るのは、左遷されたからである。それは、この船に乗船しているほぼ全員が知っていた。だが、その理由を知ってるのは、指揮官であるガルシアだけである。
あれほど優秀で、軍の中でも知らない人がいないほどのこの男を、何故、こんな辺境に飛ばしたのか。
今なら、聞けるかもしれない。
そう思ったバルトフェルドは、真面目な顔をすると、ひたとムウを見た。
「なぁ、フラガ」
だが、それは発せられる寸前に、がばっと上体を起こしたムウの行動に阻まれた。
「どうした?」
その質問に答えず、ムウは床に転がっていた双眼鏡を引っつかむと、慌てて今まで見ていた海域を注視する。
「あらあら・・・・・こりゃ、びっくりだ。」
バルトフェルドに双眼鏡を押し付け、彼は足早に躁舵手の所に駆けていく。
受け取った双眼鏡を覗き込み、そこに現われたシルエットに、バルトフェルドは何ともいえない表情をした。
見間違えるはずの無い、その形。
その色。
遠く、豆粒のように見えるそれが、静かに静かに航行していく姿に、彼はひゅうっと口笛を吹いた。
「フラガ少佐!」
「違う違う、俺、今少尉!」
怒鳴るバルトフェルドは、苦笑いし、何故こんな優秀な男を降格処分にしたのか、と内心怒りながらも、律儀に怒鳴り返す。
「フラガ少尉!第一戦闘配備だ!」
「りょーかい。」
響く銅鑼の音が、いままでの穏かな船の空気を、一瞬で慌しくした。
「船長!」
「来たわね。」
物見台から、九時方向を確認していた少年の怒鳴り声に、船の舳先で、同じように双眼鏡を覗いていた彼女は、表情を引き締めた。
「総員、第一戦闘配備!!」
指示を飛ばし、甲高い金属の鐘の音ががんがんと響きだした甲板を走る。大急ぎで司令室へと向かいながら、その際、躁舵手を見上げて、彼女は怒鳴った。
「面舵三十!!相手は海軍よ!絶対に近づけないで!!」
「了解!」
紺色の髪の青年が、律儀に敬礼を返すのに、彼女は思わず、眉間に皺を寄せて笑った。
「それ、軍みたいだから、止めてもらえるかしら?」
あ、と彼は手を降ろし、頭を掻く。
「すいません。どうも癖で・・・・・。」
「私たちは軍じゃないわ。いいわね!」
扉をくぐり、船底と甲板の丁度真ん中くらいにある、作戦司令室へと彼女は向かった。何か、自分たちだけの敬礼を作ったほうがいいだろう、と思いながら。
「マリューさん!」
扉を開けると、そこにはすでに、栗色の髪の少年と、金髪の少女が並んで立っていた。
「キラくん、カガリさん。」
「マリューさん、これは・・・・・・。」
酷く狼狽した様子のカガリに、彼女・・・・マリュー・ラミアスは笑って見せると、静かに切り出した。
「海軍に見付かったわ。」
「え?」
目を丸くするカガリに、でも大丈夫、とマリューはますます笑みを深める。
「でも、どうやら航行してるのは、あの間抜けなレセップスみたいだから。」
「戦闘になるんですか?」
カガリの肩に手を置いたキラが、厳しい表情でマリューを見た。それに彼女は、嘘を言おうとして、止める。
だめだ。彼には本当の事をいわなくては。
「そうならないように、努力はするわ。でも・・・・間違いなく、向こうはこちらを追ってくるはず。」
「アーク・・・エンジェル・・・・だからか?」
カガリの遠慮がちな呟きに、マリューはふん、と鼻で笑う。
「裏切り者の船、海賊アークエンジェル・・・・・・これを捕まえれば、さぞかしレセップスの評価もあがるでしょうね。」
不敵に言うと、マリューは棚から海図を取り出しテーブルの上に広げて、二人にルートの説明を開始した。
「もうちょっと行くと、西に流されるな。」
「はい?」
レセップスの躁舵手の横で、双眼鏡を覗き、白い船体に赤のラインが美しいその船を見詰めながら、ムウがぽつりと呟いた。
「ああ、海流のことですか?」
幸い、東からふく追い風を受けて、南に向かうお尋ね者の船との距離は格段に狭まってきている。
彼らを捕まえれば、自分だって階級があがるかも、とうきうきする中尉とは対照的に、ムウは面白くなさそうに腕を組んだ。
「なぁんか、気がのらないなぁ・・・・。」
「どうしてです?」
自分より階級が下なのに、自然と敬語になるの、少佐だったムウを個人的に尊敬しているからだった。それに、今は周りに口うるさいガルシア指令もいない。彼は司令室で、勢い込んで、バルトフェルド隊長と作戦立案をしているのだろう。
「あの船・・・・アークエンジェルだっけ?ジョシュア作戦で見捨てられたんだろ?そこから海賊に転身したっていっても、結局は義賊まがいの、裏の何でも屋だっていうじゃないか。」
ほっとけばいいのに。
そんな彼の言葉に、少尉はとんでもない、と眉を上げた。
「でも、一級の賞金首ですよ?捕まえれば二階級特進間違いなし!」
「二階級特進なんて、名誉の戦死だけで十分だよ。」
そう呟き、ムウはそこを離れて、船の後方に歩いていく。
彼の言葉は、いつもと同じように軽かった。だが、そこに混ざる微かな乾きに、少尉は首を傾げるのだった。
「目標、急速接近!ゴットフリートの射程距離です!」
物見台からの、通信管を使った報告に、マリューは砲撃手に指示を出す。
「相手に撃たせないで!」
「了解しました!」
「ゴットフリート、一番二番、起動・・・撃ぇぇぇぇぇぇぇ!!」
爆音が、司令室の床を揺るがした。
「撃ってきたぞ!!」
肉眼でも見える場所まで接近したレセップスは、船の真ん中から顔を出した二つの黒い砲身が火を吹くのを見て、大いに慌てる。
こちらの有効射程距離には、まだ遠い。
「あら〜、あんな距離から撃てるんだ。」
さっすが新型。
船の後方デッキでその様子を眺めていたムウは、すでに見物スタイルだ。少し高くなり、周りが見渡せるそこに、バルトフェルドが苦笑しながら登ってくる。
「あれ、おっさんのお守は?」
「フラガ・・・・仮にも上官に・・・・。」
彼は溜息を付くと、船の舳先を指差した。
「うわ〜、どうしたんだ、あの前世紀並みの甲冑は。」
白を基調とした、海軍の制服の上に、鉄製の鎧を付けたガルシアが、両腕を勇ましく振り回していた。その張り切りすぎな姿に、ムウは呆れてしまう。あれでは、戦闘しずらいだろう。海にでも落ちれば、一瞬で沈んで行く。
「戦にはあれがいいんだってさ。」
軽く答えて、バルトフェルドが指示を出しはじめた。
「ダコスタ、主砲を準備させろ!躁舵手、取り舵十五!大天使さまを追い込め!!」
「飛距離が足りないぞ?」
アークエンジェルは、レセップスから逃れようと、舳先を気持ち西に向けている。それに対しほぼ真横の東から来たレセップスが、北に舳先をむければ、自然と大砲の飛距離が長くなるのは当然だろう。
だがそれに、バルトフェルドがにやりと笑った。
「いいんだよ。当てるつもりはないんでね。」
主砲、撃ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
轟音と共に撃たれた、砲弾が、物凄いしぶきを上げて、アークエンジェルぎりぎりの海面に叩きつけられる。
それを見て、ムウは「ああ〜」と納得した。
「なるほど・・・・・・。」
「っ・・・・・面舵っ!!」
第一波は、海面。だが、次は当たるかも知れない。
マリューは次々に飛び込んでくる状況を冷静に判断しながら、操船の指揮を取る。
「マリューさん!!」
ここじゃ埒があかない!
進路変更のため、大きく揺れる船。その司令室から飛び出す間際、掛けられた声に彼女は振り返った。
「大丈夫よ、カガリさん。アナタたちを、きっと『水の歌姫』の所にお送りいたします。」
きっぱりと告げられ、カガリがぎゅっと唇を噛んだ。
「何か、私に出来る事があるか?」
「僕もお手伝いします。」
その二人に、マリューは綺麗に微笑んだ。
「気持ちだけ、貰っておくわ。」
踵を返して走る。
階段を一気に駆け上がり、臨戦態勢に突入している甲板に飛び出す。
「ノイマンくん!!」
「船長!」
舵を切る彼の横へすっ飛んで行き、微妙な位置で海面に落ちる砲弾にほっとする。
「こっちの砲撃は!?」
答える前に、ゴットフリートが火を吹き、やはりレセップスぎりぎりで落ちる。それに、マリューは舌打ちした。
「砲撃手!!ちゃんと目標を狙って!!」
舵の横についている通信管から激を飛ばし、白兵戦に備えて、クルー全員に武器を取りに行かせる。
と、三度轟音が轟き、そして、三度砲弾が海面に落ちた。水飛沫が、マリュー達に降り注ぐ。
「面か」
そこで、マリューははっと凍り付いた。
舵を切ろうとするノイマンを慌てて止める。
「まずいわッ!!誘導されてるッ!!!」
「え!?」
「おっと、あちらの船長さん、気付いたようだな。」
急に回避行動を停止したアークエンジェルに、バルトフェルドが哂う。
「性格悪いな、お前。」
「策士、と言ってもらえないかな?」
よ〜し、次は本気でどてっぱらに穴を開けてやれッ!!
指揮を執るバルトフェルドの横で、ムウは何気に持っていた双眼鏡で、あちらの船のクルーを見た。
躁舵手の横に立つ、一人の女性。
「・・・・・・へぇ。女の船長なんだ・・・・・。」
栗色の髪を、バンダナでまとめ、慌てて手を振り上げる彼女に、ムウはちょっと笑った。
「結構必死、みたいだな、彼女・・・・・。」
しかしまぁ、昼行灯、と言われ続けたレセップスが、ここまで綺麗に海賊船を追い詰めるとは、とムウは嘆息した。
「なぁ、今回やたらと手際が良く無いか?」
船を横付けするように指示を出すバルトフェルドが、にやっと笑った。
「今回の作戦指揮は、僕が全面的にやってるからね。」
なるほど。今までの采配ミスは、ガルシアのおっさんの所為ですか。
肩をすくめ、ムウはもう一度慌しくなるアークエンジェルの甲板を見た。栗色の髪の女性が、大声で怒鳴っている。声まではまだ聞こえないが、きっと、凛とした、男勝りな感じなのだろう。
再び、ムウは溜息を付く。
「あ〜らら。お気の毒に・・・・・。」
「誘導!?」
接近してくるレセップス。だが、なかなか砲弾が当たらない。それにイライラしながら、マリューは噛み付くように怒鳴った。
「そうよ!!ここから少し西を、別の海流が流れいるの。その海流に乗ってしまったら最後、最果ての国まで連れて行かれるわ!!」
「・・・・・プラント、ですか!?」
世界の西の端にあるといわれる、謎の国、プラント。そこに行ったもので、帰って来たものはほとんど居ない。唯一の帰還者は、みな青ざめ、口をそろえて、「西に連れ去る海流・・・・ユニウス海流に気をつけろ」と言うのだ。プラントの内部を、一切話さずに。
「この海流には乗れないわッ!!あとほんの数メートルなのよっ!!」
そちらに追い込むように誘導されたのだ。
マリューは悔しくて歯噛みする。
全速力で振り切ろうにも、ここまで接近されるとそれも無理だ。
「船長!!突っ込んできますッ!!」
物見台からの報告に、マリューは顔を上げた。みるみるうちに、派手な黄色い船が接近してくる。
「対船、対白兵戦、戦闘用意!!迎撃開始ッッッ!!!!」
大きく船が揺れる。横付けられたその衝撃の後、クルー全員が、武器を手に、やってくる海軍と相対した。
板を船縁にかけ、そこを伝って、敵が大勢乱入してくる。
「ひるむなッ!!弓隊、撃ぇぇぇぇぇぇ!!」
一段高い所に配置された、弓を構えた者達が、マリューの合図で、いっせいに狙い撃つ。板を渡ろうとしていた何人かが、攻撃をまともに受けて、海に転がり落ちた。
「出やすぜっ!!」
「マードックさん!?」
降り注ぐ第二派の矢。その下を、船の整備士たちが、金槌やら、のこぎりやら、工具を手に次々と突っ込んでいく。そのまま、船縁で乱闘が始まった。
「船長は下へ!!」
隣のノイマンが、必死に船を動かし、少しでも距離を取ろうとしながら、マリューに促す。
「だめよっ!!それは出来ないわッ!!」
舵の後ろに飾られていた両刃の剣を外し、だんっ、とマリューは床をけって走り出した。
「船長!!」
「許せないのよ・・・・・軍って組織がっ!!」
叫ぶ彼女の後姿に、ノイマンは掛ける言葉がなかった。
大切な恩師を、失った。
それは、ジョシュアで軍に見放された、あの瞬間だ。
「船長・・・・・。」
栗色の髪を翻し、彼女は整備士たちを振り切った敵に突っ込んでいく。横からの攻撃を、すかさず沈んで回避し、そのまま、足払いを食らわす。転んだ相手を気にせず、続く、別の敵からの二撃目を刃で受け止め、弾き返した。
「ッ!!」
ひらひらと攻撃をかわしつつ、確実に自分の剣をヒットさせていく、マリュー。
「結構やるなぁ。」
そんな、まるで踊ってるような彼女を、のんびりとレセップスの船縁にもたれかかって眺めていたムウは、感心したように呟いた。
「おい、フラガ。お前は何のためにこの船に乗ってるんだ?」
隣に立つバルトフェルドの、呆れたような問いに、彼はにっと笑う。
「じゃ、ご期待に沿えるように、活躍してきますか。」
「ん?」
めんどくさそうにその場を離れる彼の様子に、バルトフェルドは眉を寄せ、そしてアークエンジェルを見た。
甲板に、群がる野郎どもを蹴散らす、一人の女性が居る。
「彼女は、手にあまるんじゃないか?」
全てを察した彼が、ムウに叫ぶと、振り返った男はにっこりと笑った。
「かもな。」
退避し、怪我の手当てを受ける同僚を横目に、ムウはひょいっと板に登ると、さっさとアークエンジェルに降り立つ。
「おっと。」
狙いうちされた矢を、ただ、勘だけでよけて、ムウはゆっくりとマリューの方へ歩きながら、彼女の身が、意外と軽く、半分なめて掛かっていた兵士たちが、本気になって彼女に突っ込んでいくのを見た。
「今更焦っても、カッコ悪いっての。」
一方マリューは、
(重いッ・・・・・・。)
打ち下ろされる一撃が、彼女が敵を倒すのと比例して強くなっているのに焦りだしていた。それでも、汗だくになりながら、剣撃を弾き返す。だが、思わずがっくりと膝を付いてしまった。
「貰ったッ!!」
振り下ろされる、敵からの攻撃。
「!!」
やられる!!
「おいおい、女性相手に、複数は卑怯じゃないか?」
と、その瞬間、のんびりとした声が響き、マリューははっと顔を上げた。
男の、渾身の一撃を、片手だけで止めている、男がいる。
(味方・・・・・・?)
混乱したマリューは続いて目に入る、彼の白い制服に、ぱっと頭を切り替えた。
(海軍ッ!!)
「彼女は俺が引き受けるから、お前らは船の足、止めて来い。」
「はっ!!」
「いや、俺、お前らより階級下なんだけどなぁ。」
それでも敬礼した彼らは、船内に向けて走っていく。
「待てッ!!」
怒鳴り、追いかけようとするマリューの前に、ムウが回りこみ、おもむろに持っていた剣を構えた。
「おっと。アンタの相手は俺だ。」
「っ!!」
身長差が、結構ある。体力的にも、多分かなり差があるだろう。それに。
(さっきまでの奴らとは・・・・違う。)
隙が無い。
マリューは大きく深呼吸し、間合いを詰めるべく、駆け出した。
「キラ、いいのか!?私たちだけ、ここで、こんな風に護ってもらって!!」
「カガリ・・・・・・。」
詰め寄るカガリの真っ直ぐな瞳に、キラは俯く。外の物音はここまで響き、甲板が激戦の様相を呈しているのが、嫌でも分かる。
「でも、君を危険な目には・・・・・。」
と、ドアの向こうから悲鳴が上がった。
「!!」
「あ、カガリ!!」
我慢も限界に来ていたカガリが、勢いよく部屋を飛び出し、慌ててキラがその後を追う。
「貴様らッ!!」
勢いのいい、カガリの怒声が聞こえてくる。
「カガリっ!!」
部屋を飛び出し、階段の側まで一気に廊下を駆けたキラは、一人の少女を羽交い絞めにする海軍兵士に、後ろから強烈な回し蹴りを叩き込む彼女を見た。
「うわっ!!」
不意打ちに男は吹っ飛ばされ、思わず少女を放す。
「カガリさま!!」
彼女を背後に庇い、カガリは、階段を下りてきた三人の兵士を睨んだ。
「お嬢ちゃんは、すっこんでな!!」
「なんだと!?」
勢い込む彼女に、太い腕が伸びてくる。それを素早く取って、カガリは男を背負い投げた。
「て、てめぇッ!!」
さっき、散々マリューにこけにされた彼らは、もう我慢なら無い、といっせいに彼女たちに飛び掛る。
「カガリ様!!」
少女が叫び、流石に成人男子三人相手は分が悪い、とカガリが一発くらい殴られるのを覚悟した、瞬間。
「!!!」
一人が、腹部に。一人が、首筋に。そして、最後の一人が顔面に、肘うち、手刀、膝蹴りを一撃ずつ貰い、一瞬で床に沈んだ。
「キラ!!」
とん、と床に着地したキラが、ほうっと溜息をつく。
「無鉄砲すぎるよ、カガリは。」
「悪いな、キラ。」
「キラ!!カガリさま!!」
カガリの後ろに蹲っていた、海賊船に不似合いな少女が、慌てて立ち上がった。
「ミリアリア、どうしたの?」
キラのきょとんとした顔に、彼女はしかし、真っ青になり、悲鳴のような声を出した。
「下がってるんですッ!!」
「え?」
打ち合うこと、数合。
(この人・・・・・ッ!!)
余裕でマリューの攻撃を受け流し、無駄なく打ち返してくる。それに、マリューは呼気を整えつつ、歯噛みした。
(遊んでるッ!!!)
こっちは、それこそ生きるか死ぬかの瀬戸際で戦っているのに、対して、この男は飄々と、マリューの反撃を楽しんでいるのだ。
「最ッ低!!!」
間合いを取り、思わず毒づく。
「それ、よく女の人にいわれる。」
女の人?
意外に思いながら、彼女は肩で息をした。対する男は、呼吸一つ乱していない。
「そうですわね。最低ですわ。」
真っ赤な頬で、汗だくになる彼女に、ムウはこっそり息を飲んだ。
想像以上に可憐な声もそうだが、体のラインが女性的で、柔らかいことに、更に驚く。
(へぇ・・・・・結構いい女かも?)
彼の目線が、自分の全身をくまなく通り過ぎていく。それを確認したマリューが、わなわなと肩を震わせた。
女、というだけで、どうしてこんな屈辱的な目に会わなければならないのだ!?
必死で戦う自分とは反対に、余裕しゃくしゃくで戦う男に、さらに、全身を繁々と見られて。
「男ってッッ!!!!」
「へ?」
可愛らしい顔を怒りと軽蔑に歪めて、彼女が突っ込んでくるから、ああしまった、とムウは軽く反省しつつ、慌てて剣を持ち直した。
「うわっと・・・・あぶな」
「危なくて当たり前ッッ!!」
顔面ぎりぎりで刃を受けるムウに、マリューは渾身の力を込めて切っ先を当てに掛かる。
(くっそ〜・・・・・上手くよけろよ?)
もはや彼女を傷つける気なんて、さらさらないムウは、このまま押しやられて斬られるのもゴメンなので、何とか上手く跳ね返そうと、片足を引いた。
その時だった。
「マリュー船長ッ!!!!」
ミリアリアの怒鳴り声が、甲板に響き渡った。
「気圧が、物凄い勢いで下がってますッッ!!」
「え!?」
思わず反応した彼女の一瞬を、ムウは逃さなかった。
「!?」
剣を弾かれ、その衝撃が、痛みとなってマリューの手を打った。思わず剣を取り落とす彼女に、すっとムウは切っ先を突き付ける。
「・・・・・・・ッ。」
「俺の勝ち。」
やり場のない怒りを込めて、マリューは彼を睨み付けた。その殺気だった目に、ムウはすうっと冷笑する。
「命は、大切にした方がいいぜ?」
「それは、アナタもおなじです。」
「?」
マリューは、声の限りに叫んだ。
「総員、第一戦闘配備レッド!!舵固定!!水密隔壁閉鎖!!」
その一声に、ただ、戦闘を繰り返していたクルーたちが、にわかに違う動きを見せ始めた。
「どういうことだ?」
まだ、切っ先を向けたまま、辺りを見渡すムウに、マリューはふっと笑う。
「早く、戻られた方がいいですわよ?昼行灯のレセップスに。」
「ああ?」
攻撃を受け流しながら、整備士やその他アークエンジェルのクルーが、次々に帆を降ろしていく。いままで威嚇するように突き出されていた砲身が、ゆっくりと収容され、変わりに、船の横から大きな翼が張り出してくる。
「フラガァっ!!彼女を連れて戻って来い!!!」
拡声器を手にした、バルトフェルドがムウに向かって叫んだ。船の様子がおかしいことに、嫌な予感を覚えたのだ。
「ああっ!!・・・・つーわけだからさ。」
怒鳴り返し、ムウは彼女の肩に手を掛けた。
「残念ですけど、私、あの船に乗る気はありません。」
強気な発言に、ムウはやれやれと溜息を付くと、彼女の身体を引き寄せ、
「なっ!?」
そのままふわっと横抱きに抱き上げた。
「!?」
「連れて来いって命令だしさ。」
「だから、無理なんです!!」
じたじたと暴れる彼女は、怒鳴った。
「もう、無理なんです!!!!!」
「え?」
(2005/05/30)
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