Muw&Murrue
- 純情距離
- 港町によるのは、ゆうに二ヶ月ぶりだった。人気の無い離れ小島や、竜が棲むと謳われる遺跡や、とにかく人気の無いところを拠点にしていた所為で、クルーたちは補給に立ちよった町にわれ先にと飛び出していく。
帆にタールを塗っていたマードックは、「あんまりがっつくなよ!」と苦笑しながら叫ぶと、同じように甲板で網の補修をしているムウを振り返った。
「少佐は出ないんですかい?」
「俺?」
顔を上げて、それからニッコリ笑うと、船倉へと続くドアを指差す。
階段を下りた先にある会議室では、マリューがノイマンと一緒に海図と睨めっこをしているはずだった。
「まめですねぇ、少佐。」
マリューを待つ気のムウに、マードックが「いい事ですぜ」と笑った。
「気長にやるって宣言しただろ?」
網の解れを直すムウは、のんびりと答える。
「それで無くたって、俺嫌われてるし」
「誰にですか?」
丁度その時、航路の話し合いを終えたマリューがこつこつと甲板を歩いてきて、目を細めてムウを見下ろした。顔を上げたムウは太陽を背に、栗色の髪を海風になびかせる女にへらっと笑う。
「そりゃ、おっかない逃亡船の女性船長殿にですよ。」
「誰かしらね、それ。」
つん、と顔を背けて、マードックに帆の状態を聞く。網の補修を終えたムウが、それを畳みながら、船体の修理の話をするマリューの後ろに立った。
「そう。じゃあ、暫くは停泊してた方がいいのね。」
「ええ。ここんところ、嵐続きでしたでしょう?傷みが早くて。」
がしがしと頭を掻くマードックを見ながら、マリューはう〜んと腕を組んだ。
「ま、何はともあれ。」
その彼女の肩に手を置く。
「息抜きは必要だろ?」
顔を寄せると、あからさまに嫌そうな顔をしたマリューと目が合った。
少佐の態度を見ていたマードックの側に、さり気なくノイマンが寄りそう。
(殴られるに1000点)
(いや、投げられるだな、俺は。)
だが、この二人の賭けは、あっさりと裏切られた。
「・・・・・・まあ、それもそうですわね。」
え?
マードックとノイマン、それから当のムウも、その一言に目を丸くした。
賑わう港町の酒場には、海を相手に商売をするものばかりが集まる所為で、お世辞にもお行儀がいい雰囲気ではない。
自分たちの船のクルーも混ざるそこに、年若い、しかも美人のマリューがやって来たことで、その場に一瞬だけ好奇な空気が流れた。
だが、それも、近寄ってきた大男を、マリューが捻り上げてしまった事で一変する。
「まったく・・・・・。」
テーブルについて、ぶつくさ言いながら料理を注文するマリューに、ムウは改めて変な女とそう思う。
彼が手助けをするよりも先に、相手を捻りあげてしまったのだ。
一緒に居た自分の立つ瀬が無い。
(そういう方法で彼女を振り向かせる事は出来ないわけね・・・・。)
「少佐は何になさいます?」
声を掛けられ、う〜んと彼女を落とす方法を考えていたムウは、え?と目を瞬いた。
「ああ・・・・っと・・・・・じゃあ、とりあえずビール。」
「他には?」
「え?ああ・・・・・・」
シャツの腕をまくり、腰にエプロンを巻いた、若い女性が、二人のテーブルの前で注文を待っている。時々お尻を触ってくる男どもに軽快に怒鳴り返す彼女を見ながら、2、3料理を注文して、ムウはマリューを見た。
「・・・・・何?」
ふう、と息を付くマリューにムウは苦笑した。
「ん?や、だってさ。マリューさん、こう言うところ好きそうじゃないから。」
「そうでもないわよ。」
肩をすくめる。
「ああいう不埒なやからと一戦あるから面倒ってだけで。」
普通に料理もお酒も美味しいところが多いし、何よりにぎやかでしょう?
小さく笑う彼女に、どきっとする。
「じゃあもう一個。」
頬杖を付きながら、ムウはにやにやしながらマリューを見た。
「なんで俺を誘ってくれたわけ?」
「・・・・・・・・・。」
息抜きでも、と言ったときに、マリューは「じゃあ、少佐。付き合ってください。」と名指しでムウを差したのだ。
にこにこわらうムウを見た後、マリューはごほん、と一つ咳払いをし、ふいっと彼から視線を外した。
「手ごろな人が居なかったからですよ。」
ノイマンも居たのに?という台詞を、ムウは飲み込む。それをわざわざ言って、帰る、なんてことになったら面白くも無い。
やがてやって来た料理を前に、二人はグラスを合わせて乾杯した。
ここまでの航路の無事を祝って。
「それより少佐。」
「ん?」
トマトスープに入っている牛肉を齧っているムウに、マリューはどこか視線をそらしたまま、切り出す。
「なに?」
「・・・・・・・・・・食べたい物、あったら注文してくださいね。」
自分は炒めたご飯にチーズが乗っているものを食べながら、マリューがぶっきらぼうに言う。
「おごりですから。」
危うく飲んでいたビールを噴出すところだった。
「俺の?」
「私のです!」
へ?
「・・・・・・・ビール、おかわり要ります?」
何も答えないうちに、マリューが先ほどの店員を捕まえて、なにやら注文している。
「ちょ・・・・ちょっと船長?」
「じゃんじゃん食べてください。」
「はい?」
目を丸くするムウに、マリューは何かを言いかけるように口を開き、それからあっさりつぐんでしまった。
それからひたすらビールを煽りだす。
「ちょ、ちょっと、マリューさん、それくらいに・・・・・・。」
「いいんです!お祝いなんだから。」
「まあ、確かに今まで羽目を外せなかったし、あの嵐でよく生き延びたとは思うケド・・・・・。」
「それとは違うお祝いです。」
「・・・・・・は?」
お姉さん、ガチョウ追加!
「・・・・・・・・・・・。」
やって来たガチョウの丸焼きとマリューを交互に見て、ムウは首を傾げる。
「あの・・・・・。」
「食べてください!おごりですから。」
微妙にろれつが回ってきていないのを確認し、ムウはマリューが大して食べもしないで、ジョッキばかり空にしているのに気付いた。
(早く食べて連れ帰らないと・・・・・・)
一体全体何なのだ?
ガチョウを平らげ(!!)更に料理を注文しようとするマリューを押しとどめ、ムウは店を出ようと提案する。
これ以上彼女をここに置いておいては危険だと判断したのだ。
「じゃあお会計。」
「マリュ」
「私が払います!」
すっかり押し切られ、マリューにばかり払わせてしまったムウは、店を出ると、空にかかる三日月を見上げて溜息を付く。
しゃんと背中を伸ばして後から出てきたマリューに、ムウは掛ける言葉が無かった。
再び溜息を付いて、ムウは港に停泊しているアークエンジェルに向かおうとした。
その瞬間、腕をとられてつんのめる。
「んな!?」
振り返ると、マリューが強張った様子でムウを見上げていた。
「少佐。」
「なんでしょう。」
「今日は帰りません。」
「!!!」
固まるムウと、真剣な眼差しで彼を睨むマリューの間を、塩っ辛い風が吹き抜けて行った。
「ここで待っていてください。」
ムウの手を引いた彼女がやって来たのは、港付近にある簡素な宿屋だった。
丘に上がる事の無かった二ヶ月の所為で、ほとんどのクルーが、丘に外泊している。
久々の揺れないベッドを堪能しようというのだろう。
だから、別にムウがここに通されたのは、まあ理解出来る話である。
ただ、この部屋に何故マリューが自分を通したのかが判らない。
「・・・・・・・・・・。」
部屋にはベッドが一つと、窓際にテーブルと椅子があるだけの、シンプルな物だった。それでも安宿にありがちな薄汚れたベッドとかそういうのではなく、シーツもぱりっとしている。
そこに腰掛けて、ムウはう〜ん、と腕を組んだまま天井を見上げた。
そもそも何故自分をここに連れてきたのか謎だ。
いや、もっと言えば、自分と食事に出かけるマリューが不自然なのだ。
しかもおごり、だなんて。
振り返ってみると、確かになかなか楽しい時間で、満足している自分が居る。ただ、それが何故か胸に馴染まないのは、偏に「いつもと違うマリュー」の所為だろう。
大体、彼女が自分を遠ざける事はあるとして、自ら進んでつき合わせる事は無い。
「なんなんだよ、ったく・・・・・。」
半分だけ開いたカーテンから、月明かりがこぼれてくる。ベッドに寝っ転がったムウは、窓の向こうの仄白い三日月を見上げ、あれこれ考える。
だが答えは出そうに無い。
「・・・・・・・・・・。」
その時である。
不意に部屋にノックの音が響き、ムウは身体を起こした。遠慮がちにドアが開き、ムウは考えても仕方の無い事を、相手にたずねるという直接的な方法に打って出た。
「なあ、船長、これは一体・・・・・・・・・・。」
そこで、ムウの言葉は凍り付いた。
宿屋の一階は食堂になっている。
先ほどの酒場とは違い、旅の人も相手にするそこは、少しだけ落ち着いた感じがしていた。
ただし、やっぱり店の隅のほうには、自分の色を売って生計を立てているような女性も居るのだが。
その彼女たちを眺めた後、はあ、とマリューは溜息をついた。
それから、一人でカウンターに座ったまま、ジョッキのビールを煽っている。
カウンターの向こうのマスターが、苦笑するのが目の端に映ったが、気にしない。
おつまみの、薄く切ってあげたジャガイモを齧りながら、マリューはもう一度溜息を付いて、カウンターに突っ伏した。
「お客さん、寝るなら、部屋にしてもらえないかね。」
遠慮がちに声を掛けられ、むっとして睨む。
「寝てないんでしょ、まだ。」
「・・・・・・・・・。」
「なによう・・・・お金ならあるんだから、文句言わず、っていうか一人にしておいて。」
「けど・・・・・・。」
その時である。
奥のほうから、一人の男が近づいてきて、ぽん、とマリューの肩を叩いた。
「よ〜、ねえちゃん。」
「・・・・・・・。」
品の無い笑い方。マイナス50点。
にやにやわらう男の視線が、身体を滑っていき、マリューは更に30点とマイナスポイントを加算していく。
「いくら?」
合計マイナス100点だ。
「ああもう!」
下卑た笑いを浮かべる男をKOし、宿を出たマリューは階段に腰をおろして、ため息を付く。
「・・・・・・・・・・。」
そう。
別に自分がここに居る必要は無いのだ。
とっととアークエンジェルに戻ればいい。
ムウにお膳立てしてやったのだから、もうここに用事は無いはずだ。
そう思い、マリューは知らず、彼を連れて行った二階を見上げた。
「・・・・・・・・・・・・。」
中で何が起きてるのか・・・・・有体に考えればすぐわかることに、急にマリューは真っ赤になり、そして、ひどく胸が痛むのを感じた。
「って、別に私には関係無いし!」
ぶんぶんと頭を振って、やっぱりここに居るのはおかしいと、マリューはのろのろと階段から腰を上げた。
そうよ。
別に彼がどうなろうとしったこっちゃ・・・・・。
「船長!!!!」
その瞬間、ばん、とドアが開き、血相を変えたムウがいきなり飛び出してくる。そのまま、がっしりとマリューの腕を掴むと、強引に引き寄せた。
「ちょ!?」
声を荒げるマリューを他所に、ムウはそのまま踵を返して宿屋に戻ると、階段を一気に駆け上がる。
そのまま、先ほどムウを通した部屋にマリューを力いっぱい押し込めた。
「なんなんだよ、あれは!!!」
怒鳴るムウに、マリューは顔を背けた。耳まで真っ赤だ。
「何って・・・・・。」
「だから・・・・・いや、まあ・・・・けど、っていうかなんであんなの連れてくるかな!!」
しかもマリューが!!!
この際呼び捨てだ。
「だ、だって!」
いたたまれず、マリューは声を荒げた。
「ふ、船の皆、丘に着いたらまずは馬鹿騒ぎと女だって言ってたから!に・・・・かげつも女抱いて無いとおかしくなるとか言ってたから!!」
だから!!
「だからってなんでマリューが俺にオンナノヒト用意するんだよ、えええっ!?」
「あ、あなたの・・・・・・。」
そこで、マリューの台詞がぷっつりと途切れた。
「・・・・・俺の?」
眉を寄せるムウを、ちらっと見た後、マリューは顔を真っ赤にしたまま、むきになって怒鳴った。
「あなたの誕生日だから!」
「・・・・・・・・・・・・・・・へ?」
「〜〜〜〜〜〜っ。」
あの瞬間、入ってきたのはブロンドに、半分脱げ掛けたような衣装をまとった女性だった。
一目で商売女とわかるようなそれに、ムウはぎょっとする反面、必死に説得にかかったのだ。
向こうだってプライドがある。
お金を貰って商売にしてるのだから、仕事をしない事にはなんとも言えない。
それに、相手はこんなにいい男なのだ。
だが、ムウとしてもプライドがあった。
大体、こんなお膳立てをしたのは自分が落とそうと画策している女性なのだ。
ここでどうにかなっている場合ではない。
どうにかこうにか彼女を追い返し、マリューを連れて事情を問いただそうとしたムウだが、この理由には唖然とするしかなかった。
「・・・・・・・誕生日って・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
俯く彼女の頭をしげしげと眺めた後、ムウは疲れたように溜息を吐き出した。
「も〜、俺いや・・・・・。」
そのまま、ぱったりとベッドに倒れこむムウに、マリューがかっとなった。
「な・・・・・なんですか、それ!人の好意を!!」
「食事に付き合ったり、驕ったり、オンナノヒト世話したりが?」
「・・・・・・・・・・それが・・・・・いいのかと思ったから。」
「・・・・・・・・・・・。」
倒れたまま、ムウは顔を上げてマリューを見る。相変わらず彼女は、俯いたままで手を握り締めていた。
本日、何度目になるか判らない溜息を、ムウは吐いた。
「マリューさん。」
「・・・・・・・・・。」
「とりあえずこっちきて。」
「・・・・・・・。」
一瞬だけうろたえるような仕草をした彼女だが、そろっと彼の転がる寝台へと近づく。
「あのさ。」
「・・・・・・・・・・。」
次の瞬間、ムウはマリューの腕を捕らえると、そのまま引き寄せて組み伏せた。
「ちょっ!?」
手を押さえ込んで口付ける。
(!?)
今までの触れるような口付けとは全然違う、いきなり深いものに、マリューは困惑した。
でも、されているうちに、猛然と腹が立って、気付くと思いっきり彼の舌を齧っていた。
「ってっ!?」
「ら、られのへいでふか!!」
ろれつが回っていない。
涙目で自分を見上げる彼女に、ムウは血の滲む舌を出してしれっと笑った。
「せんちょーがいけないんだぜ?」
男のじゅんじょー踏みにじるから。
そのまま、ふいっとそっぽを向く。
これほど悔しいことがあるだろうか。
好きな女から、女を紹介されるなんて。
「・・・・・・・・・。」
しかも、誕生日に。
「・・・・・・・・・ごめんなさい。」
不意に彼女が小さな声で謝った。見下ろしていたムウは、深く息を付くと、そっと彼女を抱きしめる。
「・・・・・・自分の女くらい、自分で見つけるし、第一。」
「?」
「俺の誕生日だっていうんなら。」
俺を祝おうって気が有るのなら。
「一晩だけこうさせて。」
「っ・・・・・・・。」
逃れようともがくマリューを抱きしめたまま、ムウはごろっと横になって、幸せそうに溜息を付いた。
「何もしないからvv」
「・・・・・・・・・そういう人が一番危険だって知ってます?少佐。」
「そうかどうか・・・・・・。」
楽しそうに彼が言った。
「今晩検証してみようぜ?」
絶対に寝るもんかと気を張っていたマリューだが、しかし飲んだアルコールと、揺れないベッドと、敷布の柔らかさに負けて、あっというまにムウの腕の中に陥落してしまっていた。
その様子を見て、ムウは小さく笑う。
「ま・・・・見当違いも甚だしい誕生日プレゼントだったけど・・・・・。」
結果オーライでよしとするか。
この次は、身体重ねる事が出来ればいいなぁ、と思いながら、ムウも柔らかい夢の中に落ちていくのだった。
(2005/11/30)
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