Muw&Murrue

 Strike Freedom! 05






 これは一体どういう事だ。ウケを狙うにも程が有るだろう。
 と、いうか、ウケを狙う必要はどこにもない。


「なんだって俺がシンデレラ役なんだよ、ええ、おいーっ!!」

 悲痛すぎる絶叫に混じって、盛大な拍手が教室中に響き渡った。




「シンデレラ?」
「そう、シンデレラ」
「誰が?」
「俺が」

 仏頂面で言われた台詞に、マリュー・ラミアスはぶはっと吹き出した。そのままけらけら笑いだす幼馴染に、ムウ・ラ・フラガは更に更に不貞腐れた。

「いつまで笑ってんですかね、マリューさんはっ!」
 笑いやまず、お腹が痛い、とクッションを抱え込んで笑い続ける彼女の頭を軽く小突く。
 ようやく顔を上げたマリューが、「凄い楽しみですね、文化祭」とふふふ、と肩をゆすった。

 二人の通うシード学園には大きな三つの行事が有る。
 一つが体育祭で、その名の通り、全館上げてスポーツに取り組む行事である。二つ目が文化祭。これは体育祭と真逆で全館上げて芸術に取り組む行事である。
 そして三つ目が、シード学園名物の学園祭だ。
 これは普通科クラスのアークエンジェル館と、特進クラスのザフト・ミネルバ館が両館得意の分野で対戦する伝統的な行事で、一般的な学園祭と内容は似ているものの、派手さ、凝り具合が違っていた。

 そんな三行事の中の一つ、文化祭は大抵が一クラスで一つの舞台を作り上げて公演する。
 脚本も音楽も舞台装置も演出も、全部生徒が手掛けるそれは、体育祭とはまた違った団結力が求められる。
 既存のもののパロディから完全オリジナルまで。
 そんな中で、ムウのクラスは「シンデレラ」のパロディをやる事になったようなのだが。

 マリューの部屋に上がり込み、彼女のお気に入りの羊の抱き枕を抱えて不貞寝するムウの背中に、彼女はそっと尋ねてみた。

「シンデレラって・・・・・原作通りは厳禁だから、もしかしてあれ?シンデレラが男だったらバージョン?」
 それはそれで男女逆転で面白そうだ。だが、ムウはこちらを見ようともせずにひらひらと手を振る。
 どうやら違うらしい。
「じゃあ・・・・・女装癖のある男がシンデレラっていうやつ?」
 これにも無反応。
「・・・・・なら、本当に面白いから、ていう理由でムウがシンデレラに選ばれたの?」
 そう言うと、ゆっくりとこちらを振り返ったムウが「そうじゃなくて」と溜息交じりに切り出した。
「朝目覚めたら、シンデレラが男になってました、ていう話」

 再び、マリューの爆笑がその部屋一杯にこだました。



(アイツらぜってぇ、ぶっ殺す)
 元は女なんだから、言葉使いは女らしく!歩き方も女らしく!!
 周りに「キモイ!」と言われようとも、淑女はドレスを着るものよ!で通す!はい、じゃあもう一度!!

 ぱしぱし、と手にした教鞭をしならせて告げる監督(女生徒)に苛々しながら、ムウは貸された制服のスカートを履いて歩き方の指導をされていた。
 仕草から完璧に!とかなんとかふざけた事を言われる所為で、こんな目に会っている。

(泣きたい・・・・・)

 色々考慮されて膝下のスカートをはかされているが、物凄く心もとない。こんな様相でよく自転車に乗れるものだと、ムウは改めて女子を尊敬する。
(マリューもスカート履いてる方が断然可愛いけど・・・・・ミニとか超履いて欲しいけど・・・・・こんなに頼りないものだと思うと、それはそれで履いて欲しくないと言うかなんというか・・・・・)
「そこ!足開かない!!」
「っ」

 椅子に座る際、微妙に足を開いてしまい、慌てて膝を突き合わせる。
 それぞれ書き割りやら、垂れ幕やらを製作中の友人が、肩を震わせて笑っている。床に座りこんで作業をしている彼らを、人一人射殺せそうな眼差しで睨みつけ、ムウは溜息を吐いた。
「そんな男らしい溜息を吐かない!ほっと、こう、斜め下を見下ろす感じで!!」
「ああああ、もう!俺は男なの!!」
「今は全身全霊で女になり切りなさい!」
「っ!!!」

 喧々囂々と言い争いながら、ムウはこんな姿をマリューに見られるのかと思うと泣きたい、と心の底から思うのだった。




 とにかく疲れた、とぐったり「マリューのベッド」に寝そべるムウに、彼女は呆れる。
「どいてくれませんかね。ていうか、部屋から出て行って!」
 びしっと戸口を指す彼女はまだ、制服姿だ。
 ふかふかの羊に顔を埋めていたムウが、のろのろと視線を上げる。
「マリューさんとこは何やるの?」
 一向に起きる気配の無い幼馴染に、マリューが眉間にしわを刻んでいると、ぐったりしたような声が掛る。それに、彼女は「シンデレラ」とあっさり答えた。

 ぶはっとムウが吹く。

「え!?何何何!?マリューさんがシンデレラ役!?」
 がばっとベッドから跳ね起きて告げるムウに、彼女はふるふると首を振った。
「まさか。私は戦艦をつくる係よ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 今、何て言った?

「シンデレラ、未来バージョンでね。時は・・・・・えーと、なんとか70年。地球を離れてつくられた中立コロニーで、密かにM社と手を結んだ地球軍が最新鋭の戦艦を作ってて、それに搭載されるGeneral Unilateral Neuro-link」
「え?シンデレラだよね?」
「シンデレラです」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「シンデレラが宇宙で新人類と戦う話です」
 新人類代表が王子で。

 いやもう、前衛的だ。前衛的でよく判らない上に、シンデレラである意味が有るのかどうなのか。

「で、マリューさんは戦艦をつくる係なのね」
 じゃあ、舞台上では見れないんだ、とムウは溜息を吐く。
「でも私が作った戦艦は見れるわよ!」
 息巻くマリューに、そう言えば彼女はそういう、なんというか物を作るのが好きな部分があったなぁ、とムウは改めて己の幼馴染を見上げた。

 幼馴染。
 幼馴染でありながら、ムウの大事な人で、最近二人は恋人同士になった。

「・・・・・・・・・・・・・・・マリュー」
「ん?」
 楽しそうに話す彼女はムウに対して警戒心を抱いていない。
 男として見られていないのがまる判りで、ムウはちょっとだけ色を滲ませて手を伸ばしてみた。

 恋人同士の二人が狭い一室にいて、男はベッドに寝っ転がっているのだ。
 ちょっとくらい何かを期待しても良いだろう。

 そっと伸ばされたムウの手。その手を、マリューがふわりと微笑んで掴むと。

「!?」

 一気に下に向かって引かれる。

「ちょお!?」

 どすん、と床に落ちるムウに、マリューがにこにこ笑って戸口を指した。

「で、着替えるんで出て行って」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 あー、はいはい。俺の扱いなんてどうせそんなもんですよー。

 微妙に哀しくなりながら、ムウはすごすごとマリューの部屋から出て、ふと思いついたようにもう一度そのドアを開けようとして。

「・・・・・・・・・・・・・・・」
 がっちり鍵がかけられているのに、三度がっかりするのだった。




 文化祭まであと三日。
 ムウは思いっきり不貞腐れていた。不貞腐れて、中庭のベンチの上でひっくりかえっている。
 クラスメイトが持ってきたのは、広くデコルテの開いたドレス。
 それを着ろと抜かすのは、百歩譲って良いとしよう。だが、それから更に、ラストシーンに王子役の「男」とキスシーンを演じろと言われて、ダッシュで逃げてきたのだ。
 そのキスで、シンデレラは女に戻る。
 超超重要なそのシーンは、ムウがどう頑張っても削減される事は無さそうで、結果、彼は不貞腐れてここに居るのだ。
(あ〜・・・・・俺はノーマルだっての・・・・・)
 相手役は、何かとムウと因縁(?)が有るラウ・ル・クルーゼだ。普通シンデレラが男なら、王子は女子が担当すればいいだろう。それがよりによってなんで一体。
(むかむかしてきた・・・・・)

 空はいい天気で、終わりゆく夏の色をしている。ゆっくりと沈んでいく太陽が、空の縁をオレンジに染め上げる放課後。
(・・・・・・・・・・・・・・・)
 多分、自分には拒否権など無いのだろう。今頃教室では別のシーンのチェックを始めている筈だ。
 ムウが戻れば、何事も無かったように劇の練習は再会される。

(なんか・・・・・すげー腹立つ)
「なにしてるのよ?」
「うわ!?」

 再び目を瞑って現実逃避をしようとするムウの額に、ひやりと冷たいものが触れて、反射的に彼は飛び起きた。

「あ」
 そこには、ジュースの缶とコンビニの袋を持ったマリューが立っていた。



 キスシーンの話をすると、彼女は例にもれず爆笑する。予想通りのリアクションに哀しくなる。
「あのね、マリューさん」
 身体を折って笑い続けるマリューに、しびれを切らしてムウが口を開いた。
「自分の恋人が、他の・・・・・しかも男とキスシーンを演じようとしてるんだぞ!?心配になったりしないの、普通!」
「何を心配するんですか?」
 それに、マリューはふふふ、と笑いを洩らしながら、至極もっともな切り返しをしてくる。
「・・・・・・・・・・・・・・・え?」
「あなたが浮気したって?いやいや、だってお芝居だもの」
 はー、笑ったぁ、とハンカチで目尻を抑え、マリューは「あ、そうだ」と手にしていたコンビニの袋からおにぎりをいくつか取りだした。
「これ。ムウ、結構遅くまで稽古頑張ってるから差し入れです」
 にこにこにこにこ。
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 何とも言えない複雑な気分で、ムウはそれを受け取ると深く溜息を吐いた。

「あのさぁ、マリューさん」
「なんですか?」
 コンビニのおにぎりは、海苔がぱりぱりで美味しいのよね、なんて言いながら、はむ、と頬張るマリューに、ムウはちょっと目を細めた。
 あれはそう、中学に上がるちょっと前の事だ。
 隣でおにぎりを食べている少女は、あの時はサンドイッチを頬張っていた。そして、友達と遊ぶ予定があるからと、さっさとムウの隣から居なくなった。
 あの頃と、彼女は何も変わっていないような気がしてくる。
「・・・・・・・・・・俺って、マリューの恋人だよね?」
 くるっと、栗色の髪に指を巻かれて引かれ、マリューは顔を上げた。夕空をバックに少し日影になった男が真剣な眼差しでマリューを見下ろしている。
「・・・・・そうね」
 目を瞬いて、少々考えて答える。それが何となく気に入らなくて、ムウは顔を寄せた。
「俺の事、好きなんだよね?」
「ちょ」
 近い。

 ムウの恋人は大学生だった筈だ。確かに自分は彼に対して、「負けませんから」発言をしては居るが、この距離は多分に不味いんじゃないだろうか。

「ちょっと!・・・・・こんな所見られたら」
「なんで?別にいいじゃん。俺達付き合ってるんだし」
「それで害があるからって、あなた、大学生の彼女がどうって」
「けど、俺だって」
「?」

 俺だって、いちゃいちゃしたい。

(そうだ・・・・・俺はいちゃいちゃしたいんだってのっ!!)

 怪訝そうに見上げるマリューを見下ろし、ムウはぐっと彼女の髪を握りしめる。

「なあ、マリューさん。俺、キスシーンしたくない」
「演じるだけでしょう?」
「そうだけど、ヤダ」
「そんなこと言って・・・・・クラスの皆困るんじゃない?」
「だから」
 今ここでキスさせて。


 は?


 目が点になるマリューを余所に、ムウは髪を掴んでいた手を解くと、そっと彼女の腰に回す。

「ちょっと!?」
「ここでキスしてくれたら、俺、文句言わずにシンデレラやる」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 卑怯だ、と力一杯睨みつけるも、男はにこにこ笑うだけで堪えた様子は無い。
「ね?いいでしょ?」
 ちゅー、と迫る男から視線を逸らし、うろうろと辺りを見渡して、誰もいないのを確認すると、マリューは過分に「仕方ない」を込めて、ちゅっと唇にキスをする。
 直ぐに離れて、「さあ、これでいいでしょう!?」と口を開き掛けて。

 失敗した。

「っ!?」
 足りない、と掠れた声がする。そのまま伸びてきた手が、マリューの身体を抱きこんで強引に唇を塞ぐ。
 ただ触れあわせるだけのそれとは違う、キスに、マリューの体温が急上昇した。
「ふあっ」
 舌が触れてびっくりする。引こうともがく彼女を押さえ込んで、深く深くキスを繰り返し、押しやろうと突っ張っていた彼女の手から力が抜けた所で、ようやくムウは彼女を解放した。

「ぁ」

 小さく吐息を漏らして、呼吸の乱れるマリューが、真っ赤な頬に潤んだ眼差しでムウを睨みあげた。
「っぅ・・・・・んっ」
 非難するような台詞を吐く前に、言葉が喉につっかえる。一生懸命語を繋ごうとする彼女を見詰めて、ムウはもう一度彼女の髪を一房握りしめると、「これで、ちょっとは意識してくれたか?」と不貞腐れたような、でも赤い頬でマリューに告げた。

「どういう・・・・・」
「そのまんまの意味」

 再び、ちゅ、と唇にキスを落として、ムウはおにぎりを手に素早く立ち上がると、「マリューがやれっていったんだからな」と非常に不満そうに告げて大急ぎで教室めがけて走って行く。
 残されたマリューは、しばらく呆然とベンチに座りこみ、火照った頬がようやく元に戻ったのは、太陽もすっかり沈んでからの事だった。





 ムウが女装をしてシンデレラを演じると言う事で、文化祭当日の体育館は凄い有様だった。
 物珍しがる男子生徒から、ムウのファンの女子生徒まで。大量に詰めかけて、溢れかえるそこで、マリューもまた小さくなってそこに居た。
 時折ひそひそと「あれが幼馴染の」とか「宣言した」とか言われるが、もう大分慣れてしまった。
「モテる方が恋人だと色々大変ですわね」
 そんな様子に、ラクスがくすくす笑いながら告げる。
「もう慣れたけどね」
 肩をすくめるマリューに、「いいえ、慣れない方が良いですわよ」と酷く真剣な眼差しでこちらを見る。
 妙な迫力を感じるのはどうしてだろう?

「そう言うのに慣れてしまうと、男の方が調子づくだけですから」

 きっぱりと告げるラクス。キラと何か有ったのだろうかと、微妙に考えていると開始のブザーがなり、二人は黄色い歓声が上がる中、舞台に視線を戻した。

 物語の内容はいたってシンプル。
 目覚めると「男」だったシンデレラが、どうにかして憧れの王子様と舞踏会で踊ろうと躍起になる話だった。

(うあ・・・・・)

 事前に何度が見せて、とせがんだドレス姿に、マリューは正直な感想を抱く。だが、他のムウのファンやなんかからは「綺麗」という語まで飛び出してくるからびっくりだ。

(その感覚は・・・・・ないなぁ)

 物語は滞りなく流れて行き、ようやくドレス姿の180センチの男に見慣れた頃、舞踏会が始まった。
(うあ)

 再びその感想を抱くマリューとは対照的に、ラウと踊るムウに物凄い悲鳴が上がる。
 怒号なのか、黄色いものなのか・・・・・若干黄色いものが多い気がする。

(判らないなぁ〜)

 ムウが心底嫌そうだったのを思い出し、何となく複雑な思いで観ていると、ついに物語はクライマックスを迎えようとしていた。
 死んだように横たわる(?)ムウことシンデレラに王子が寄りそう。
 死んでしまったシンデレラに涙を流す王子。

「例えあなたが男でもわたしは・・・・・」

 一際凄い歓声が上がり、王子がシンデレラに向かってそっと顔を寄せていく。手が頬を撫でる辺りで、マリューは流れる荘厳な音楽すら聞こえない、慣性の渦の中に居た。
 多分、体育館の外まで漏れ聞こえているだろう、まるでアイドルのコンサート時に発生する歓声にひとしいそれに、マリューは急に音が遠くなるのを感じた。

 目を閉じて眠る(?)シンデレラに近づく王子。
 触れる手。
 艶やかな唇。

「っ」

 その瞬間、先日彼からされた深すぎるキスを思い出して、マリューはその場に硬直した。

 触れる唇の感触。傾れ込んできた舌の熱さ。蹂躙されて、身体の力が抜けていく瞬間・・・・・

「マリューさん?」
「っ!?」

 かあああああ、と真っ赤になって二人のキスの演技から視線を逸らしたマリューに、ラクスがそっと声を掛けた。
 居たたまれなくなったのかと、様子のおかしい彼女に、労るような視線を向けてくるラクスに、マリューは目を合わせられない。


 あんなキス・・・・・知らない。
 した事ない。


 舞台が暗転し、シーンが切り替わる。ドレス姿のムウが女性に戻り、ハッピーエンドを迎える舞台の最中、マリューは堪らず、心配するラクスを残して大急ぎで体育館を後にした。




(びっくりした・・・・・)
 唐突にあんなキスを思い出すとは。
 された時もどうしていいか判らなかったし、顔を合わせ辛かったが、当の本人が普通通りだったので、そんなものかと思っていたのに。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 数日経って思い出すと、物凄く恥ずかしい。
 しかも、演技中の二人にそれを重ねてしまうとは。
 しかもしかも、男同士だ。

(私ったら何考えてるのよ・・・・・)

 体育館の裏手の、芝生の上にしゃがみこんで赤い頬を隠すように立てた膝に顔を埋める。と、誰かがこちらに来る気配がして、マリューは咄嗟に近くの茂みに身を隠した。

「聞いた、あの歓声!」「すごかったよなぁ・・・・・」「なんの集まりかと思ったぜ」「これも全部フラガのお陰かな」

 がやがやと話しながら歩いて行くのは、どうやら公演を終えたばかりのムウのクラスの人間らしい。

「だー、もー、うるせえっ!」
(あ・・・・・)

 口々に「色んな意味で凄かった」を繰りかえす連中に向かって怒鳴るのは、当の本人の声。それに、マリューはそおっと茂みから顔を出した。
 まだドレス姿に鬘の男が、その辺に溜まっているクラスメイトに身振り手振りで「散れ!」と指示している。
 全員から激励なのか、お疲れさんなのか、小突かれながら、時に殴り返し時に罵倒を浴びせるムウは、やがてマリューからほんのちょっと離れた位置で溜息を吐いた。

 誰もいない、体育館横の芝生。そこで、男はおもむろに着ていたドレスを脱ぎ始めた。

(わわわっ)

 さんさんと午後の日が降り注ぐ、夏の終わり。パンツ一丁になるのかしら、となんとなくドキドキしながら見守っていたマリューはドレスの下に普通にスラックスを履いている姿を目撃して押し黙った。

 何となく・・・・・なんとなあああく、損した気分になるのはどうしてだろう。

(でも・・・・・こうやってまじまじと見るのは・・・・・久しぶりかも・・・・・)

 小学生の時の、プール授業以来だ。

 上半身裸の男は、傍に有った袋から自分のワイシャツを取り出して羽織っている。同時にネクタイを探しているのか、鞄の中をごそごそする姿から、マリューは目をそらせなかった。

 太っている、とは思っていない、それなりに引きしまった体躯。すらっとした手足。首筋。胸板。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 かああああ、とまたしても顔が熱くなるのを感じて、マリューは大急ぎで己の手で頬を煽ぐ。
 子供の時はあんなんじゃなかった。もっとまるっこくて、ふよふよしてた気が・・・・・って、当たり前か。
 ムウって十八歳何だし・・・・・

(十八・・・・・)

 再びちらっと視線を上げた所で、何気なく振り返ったムウと目が合う。
「!?」
 お互いぎょっとして身を引くのと同時に、マリューは大急ぎでそこから立ち去ろうと目論んだ。

 なんだか変だ。
 このまま一緒に居てはいけない気がする。

「マリュー!?」
「失礼しましたっ!!!!」

 そのまま茂みから飛び出し、彼の横をダッシュで通り過ぎようとするマリューの手首を、ムウは慌てて掴んだ。

「きゃあっ!?」
「っと!?」

 勢い余って、バランスを崩す彼女を大急ぎで抱きとめて、ムウは慌てまくる彼女の肩に手を置いて顔を覗き込んだ。

「真っ赤」
「っ」
「なになにマリューさん・・・・・いままでずっと見てたの?」
 やーらしー。

 にやにや笑って告げるムウに、まさにその通りのマリューは反論できない。思わず視線をうろつかせたまま「だ、だから大急ぎで立ち去ろうと」と必死に語を繋ぐ。
「ふーん?」
「いいでしょ、もう!悪かったから離して!」
 覗き見なんて趣味が悪かったわ!ごめんなさい!!

 大急ぎで告げるマリューの、慌てる姿に視線を落としたまま、ムウは小さく笑った。

「別に・・・・・マリューさんになら見られても構わないんだけどね」
 肩をすくめ、彼女から手を離す。そっと顔を上げたマリューは柔らかく笑って見下ろすムウに、心臓がきゅん、と痛くなるのを感じた。

(あ・・・・・あれ?)

 いつも見慣れている幼馴染。
 マリューの事を抱き枕かと思うほど傍に置いて寝てる男。
 触れるようなキスをして、もっともっととせがんでくるようなしょうも無い恋人。

 なのに、今はどうしてだろう。

 全然違って見える。

「マリュー?」
 低音が名前を呼び、彼女は咄嗟に「失礼しました!!!」と叫ぶとダッシュでその場を後にした。

 思いもよらないリアクションに、ムウは唖然としたままその場に立ち尽くし、やがて奇妙に嬉しそうに笑っていそいそとシャツのボタンを留め始める。

「ふーん・・・・・そっか・・・・・」

 色気の無かった二人の関係。それに、ちょっとだけ差した色が、なんだかとても嬉しくて。

「可愛いな・・・・・ほんと」
 一人くすくすと、ムウは笑い続ける。

 少しは進展したのかなぁ、なんてにやけた顔で考えるのだが。

 それは甘かった。



「ちょ・・・・・ま、マリューさん!?」
「今日からムウは立ち入り禁止です」
「えええええ!?そ、それなくない!?ちょ・・・・・マリューさん!!!」


 ムウの自室立ち入りを禁止したマリューは、真っ赤な顔でドアノブを抑えて考え込む。

(どうして私・・・・・)

 まじまじと見た、彼の姿。
 そこにあった、少年から脱しかかっている男の姿。

(ば、馬鹿っ!!!)

 おーもーいーだーすーなっ!!!!

 がっちゃがっちゃとドアノブを揺すられるも、それを必死に抑えて、マリューはもう二度と彼と一緒になんか寝られないし、ベッドにも寝かせられないと、本当に今更ながらに思うのだった。

「マリューってばぁっ!!!」
「うっさいっ!!!」
















 というわけで、30万打リクエスト企画です!!

 デルタさまから

『リクエスト受付中とのことなのでフラマリュ小説をお願いしたいです。school days シリーズの甘いお話か、学パロで同級生設定のお話か、芸能人ムウ×一般人マリュさんのお話のどれかでお願いしたいです。』

 というリクエストを頂いたので、一年と9か月ぶりに(!!!)SCHOOL DAYSシリーズです!

 なんというか・・・・・三歩進んで二歩下がる、ような進展っぷりなこの二人。
 ようやくなんとなぁああく、エロいちゅーまで来ました(大笑)

 でもその所為で入室禁止令を喰らうって言うね!
 どのへんがシンデレラなんだとか、そういうあれは考えないようにお願いします(笑)

 そして、リクエストしてくださいましたデルタさま!

 ・・・・・5月からかなり遠いところでの更新となってしまいました(スイマセン)
 しかも甘いお話って・・・・・これ、甘い!?甘酸っぱいじゃね!?なテイストで orz

 す、少しでも萌えの役に立ちましたら幸いですTT



 にしても・・・・・久々にフラマリュパラレル書いたのですが・・・・・えー・・・・・色々おかしいかと思いますが、華麗にスルー推奨でお願いしますTT
 久々すぎて勘が・・・・・(え!?)




(2010/11/18)

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