Muw&Murrue

 Strike Freedom! 04
 首を縮め、早足でやり過ごすだけだった冬の風が、背筋を伸ばして受け止められる程に柔らかくなってくる季節。その先にあるのは、暖かな春の日差しと新たな生活。
 新と旧が入り乱れる今現在で、ムウ・ラ・フラガは複雑な顔で隣にいる女の子を見ていた。
「もっと食べる?」
 彼はそう言って、幼馴染の女の子にサンドイッチの入っているパックを差し出した。美味しそうに頬ばって居た少女は、ぱっと嬉しそうに笑うと、こっくりとうなづいた。
「マリュー、付いてる」
 手を伸ばし、彼女の頬に指を滑らせて、ムウはまじまじと、公園のベンチに座っている少女を眺めた。

 栗色の髪の毛を頭のてっぺんでちょこんと結っているだけで、サイドのそれは、癖っ毛なのかあっちこっちを向いている。まだおしゃれにあまり関心がないらしい。リンゴのほっぺとはよく言ったもので、彼女の頬は冷たい風など関係なしにいつも赤い。背はこれから伸びるのだろうが、ふたつ年上のムウよりも小さいし、スカートから延びる足は棒っきれのように細くてまっすぐだ。

 自分のクラスメートとは明らかに違って、まだまだ幼さを残す十歳の幼馴染が、ムウは昔っから好きだった。

 いや、好きだった、というのは語弊があるかもしれない。ただ、幼馴染としてずっと一緒にいて、これからもずっと一緒にいるような気がしている、という方が正しいのかもしれない。

 そして、それは「恋」と呼んでいいものかどうなのか、十二歳の彼にはちょっとよくわからない感情なのだ。

(恋・・・・・じゃないと思うんだよな・・・・・俺、他に好きな子いるし)

 実は隣のクラスの子がムウは気になっていたりする。黒髪ストレートで、色白の、頭のいい子だ。ただ、ちょっと前まで同じクラスのふわふわ髪のおっとりした少女と「付き合っていた」から、ここでまた、別の彼女と「付き合う」のは正直気持ちが重い、というのが本音である。

 でも、向こうから告白されたら、付き合ってもいいかなぁ、なんて思ってたりもするわけで。

(だから、そうは思わないマリューは違うと思うんだよな・・・・・)

 どっちかっていうと、妹みたいな気がしているのだ。

 そんなことを考えているムウとは、対照的に、はむはむはむ、とおいしそうにチーズサンドを口にするマリューは、特に何も考えていないようで、彼女をお昼に誘い出したムウは、その彼女の態度に余計に気持ちを混乱させていた。


土曜日で学校もなく、したがって給食もない。家でメイドが作る昼御飯を一人で食べるのもなんだか詰まらない気がして、彼はスーパーで買ってきたランチボックス片手に、外で遊んでいたマリューを公園に誘ったのだ。
友達と約束があるの、と言ったマリューは家にいる母に「ユーリが来たら公園にいるって言っておいて」と伝言を頼んでムウにくっついてきた。
 サンドイッチをもらって、おいしそうにしている彼女を、ムウはじーっと見つめている。視線に気づいて顔をあげると、青空のような瞳に自分が映っていた。
「むーちゃん、食べないの?」
「え?あ、食べてるよ。」
 おいしいよね、卵サンド。
 慌てて口にするムウを見ながら、マリューはくるっと瞳を動かした。
「どうかしたの?」
「別に?」
「そう?」
「それよか、マリュー。ココア飲まない?」
 ぽん、とベンチから立ち上がり、お昼時でみんな自分の家に帰ってしまった所為か、人の居ない公園の向こう側を指差した。
 入口付近、滑り台の横に自販機がある。
「飲む」
「じゃ、これ持ってて。」
 スーパーの袋とサンドイッチのパックを彼女に持たせて、ムウは自販機の方に向かった。
「あったかいのね」
「はいはい。」
 歩いていくムウを見ながら、マリューは数度瞬きをした。

 一体どうしたのだろう。

(最近、むーちゃんとはあんまり遊んでないんだけどなぁ)

 たまに見かけると、ムウは女の子と一緒に歩いていることが多かった。

 綺麗な金髪を、綺麗に巻いて、くるくるした房が肩のあたりで揺れていた、目のぱっちりしたモデルのような女の子。そんな女の子と一緒に学校から帰ってきたり、放課後、学校のブランコのあたりに居るのを何度か見かけていた。

(あの人、むーちゃんの彼女かなぁ)

 ちょっと自分の髪の毛に手をやって、外に跳ねているのを指に巻きつけて、マリューはくるくると巻いてみた。

 どうやったらあんな風にくるくるになるんだろうか。

 真剣に、お世辞にも綺麗とは言えない、普通の茶色の髪の毛を見つめていると、戻ってきたムウが、「はい」とココアの缶を差し出した。それは、マリューの掌にほっかりと温かかった。

「もうすぐ春だね」
 風が吹いて来て、ふわりと二人の頬を掠めていく。再び隣に座ったムウが、あわい色の青空を見上げて、溜息混じりに切り出した。
「そう言えば、むーちゃん、中学からシード学園だよね?」
「まあ・・・・・ね」
 ココアの蓋を開けて、一口飲みながらムウはぼーっと空の高いところを見つめている。風に、ひばりが舞っていた。
「すごいね。エスカレーターでしょ?」
「そうだけどさ・・・・・」
 なんとなく、ふてくされて見えるムウに、マリューは「行きたくないの?」とストレートに尋ねてみた。
「ん・・・・・まあ、なんというか・・・・・」

 俺も普通に普通の地元の中学にいきたかったかなぁ、なんて。

「どうして?」
 シード学園、すぐそこじゃん。

 指差した先、マンションの群れの向こうにシード学園の校舎の一部が見えた。
 中・高・大とエスカレーターで登ることができるこの学園は、この街の中心だった。この学園があったからこそ、これだけマンションが建ち、それに伴って人が集まり、ショッピング施設が増え、電車が止まるようになった。学園を中心に栄えてきたのだ。
 だから、この街の住人は、あの学校を目指したがる。高校、大学共に一般受験も可能だから、余所からもたくさん人が来るが、やはり幼い頃からあの校舎を見つめて育ったものは、あそこに行きたいと望むものだろう。
 ムウのクラスからだって、三分の一はシード学園の中等部に入学が決定している。

「・・・・・だってさ・・・・・マリューは、行かないんだろ?」
 それに、ムウはちらと幼馴染を見て、いくらか拗ねたような口調で聞いた。
「お金かかるからね。」
 対してマリューはあっけらかんと言ってのける。
「・・・・・・・・・・」
「高校からなら行っていいってさ。」
 にこにこ笑うマリューから目を反らして、ムウははーっと溜息をついた。
「だからいやなんだよ」
 ぽん、と持っていた缶を放ると、綺麗にゴミ箱に入った。それを見ながら、ムウが不満そうに口を尖らせた。
「マリュー居ないと詰まんないじゃん」
「でも、もし私がシードに入ったとしても、一年しか一緒にいられないよ?」
「高等部があるだろ?学祭だってさ、普通科のアークエンジェルとザフト特進のミネルバで別れて、校舎対抗じゃん。」
 大学部まであわせての一斉のお祭り!

「なら、高校からでいいじゃない」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 あっさり言ってココアを飲む幼馴染に、ムウは再び溜息をついて肩を落とした。
「マリューさ」
「うん」
「俺のことどう思う?」
「うん?」
 首を傾げる、十歳の少女に、ムウは真剣な眼差しで詰め寄った。

 自分はたぶん、マリューのことが好きなんだと思う。

 けど、それはいったい恋なのか違うのか。妹として好きなのか、隣のクラスの女の子に抱く感情と同じなのか。

 一緒にいたいと思うのの、大本の気持ちはどこからくるのか。

 それが知りたくて、ムウは真剣にマリューに聞いてみた。対して彼女は、数度瞬きをしたあと、眉間にしわを寄せてムウをにらんだ。
「どうって・・・・・普通?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 普通?普通って、なんだ?

「や・・・・・ごめん、普通ってどういう意味?」
「?」
 反対側に首をひねり、考え込むマリューに、少年は「じゃあさ」と咳ばらいをした。
「俺と一緒に居たいって思う?」
「うん」
「ほんと!?」

 思わず眼を輝かせて詰め寄ると、「じゃなきゃ一緒に居ないよ」とマリューは当然のことを告げるようにあっさり答えた。

「うーん・・・・・なんていうか、違うような気がするけど・・・・・俺って・・・・・マリューにとって何?」
「友達」

 迷いなく、すっぱり言われたセリフに、ムウはめまいがした。

「え・・・・・っと、友達・・・・・ああ、そう・・・・・そうね、友達・・・・・友達・・・・・」
「違うの?」

 じゃあ、幼馴染。

「まあそうなんだけど、そうじゃないというか・・・・・ほら、なんっつーか、お兄ちゃんみたい〜とか」
「むーちゃんがお兄ちゃん?」
 途端、マリューは思わず噴き出すと、けらけら笑いだした。
「確かにむーちゃんのが二個年上だけど・・・・・おにいちゃんって思ったことないな」
 やっぱり友達だよ、うん。

 にこにこ笑うマリューを前にして、ムウは複雑な顔で固まった。

 友達。

(なんか・・・・・違うような気がするな・・・・・)

 ムウがシード学園に行きたくないのは、彼女との間に距離ができてしまって、その間に、この二つ年下の幼馴染に何か悲しいことが降りかかってしまうのではないだろうかと、無意識のうちに思ってしまっていることにある。
 ほぼ毎日顔を合わせているのが、今度は酷く遠くなってしまうような気がして落ち着かない。泣いていたら飛んで行って傍で支えてあげられるような、そんな位置に居たい。

(中学になっちまったら、そんなん無理だってしってるけどさ・・・・・シード学園じゃもっと遠いし・・・・・)

 再び黙り込むムウを見つめながら、マリューは不意に手を伸ばした。
「え?」
 彼女の小さな手が、自分の頬に触れて、ムウは弾かれたように身を引いた。
「?」
 唐突に距離を取られて、マリューの眼が点になる。
「あ・・・・・ごめん・・・・・」
 驚いてる彼女を前に、ムウは慌てて誤ると己の頬に手をあてた。
「何?」
「パン屑、付いている」
「え?あ?ああ・・・・・」
 力いっぱいこぶしでごしごしと頬をこすっていると、不意にマリューが立ち上がった。
「もうすぐユーリが来るから。マリュー、もう行くね。」
 サンドイッチありがとう。

 両手でココアの缶を持って立ち上がるマリューに、ムウは「あのさ!」と声を荒げた。

「俺・・・・・卒業して、シード学園行ってもさ・・・・・一緒にいてくれる?」
 思わずそう尋ねるムウに、マリューは「変なむ―ちゃん」と眉間にしわを寄せた。
「むーちゃん、最近全然マリューと遊んでくんないじゃん」
「え?」
「くるくるの可愛い女の子と一緒でしょ?」
「あ・・・・・」
 言葉に詰まるムウを見つめて、マリューは妙に大人びた口調で叫んだ。
「だから、きっとむーちゃん、マリューと遊ばなくなるよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「じゃあ」
「ちょっと待って!」

 走って行きそうなマリューの手を、ムウは反射的に掴んでいた。

「俺、誰とも付き合わないよ」

「なんで?」
「マリューが嫌だって言うんなら、誰とも付き合わないし、遊ばない」
 真剣な表情で言うムウに、マリューは首を振った。
「それは嫌」
「なんで!?」
「だって、むーちゃん、他の子と遊んでると楽しそうだし。友達一杯のむーちゃん、マリュー好きだも
ん」

「・・・・・・・・・・・・・・・じゃあ、友達は作るけど、女の子とは付き合わない」

「それも無理だとおもうなぁ」
 だって、むーちゃん、もてるじゃん。

 容赦ないマリューのセリフに、ムウは一瞬で泣きそうになった。このままでは、マリューはきっとムウのことなど忘れていくに決まっている。当の本人が、ムウに対してこんなに淡白なのだから。
 でも、ムウとしては、妹のような彼女を失ってしまうのは嫌なのだ。

「じゃあ、マリューがシード学園に入ったら、俺と付き合ってくれる?」

 こうなったら、それしか手はない。

 中学は諦めよう。マリュー自身、行く気はないようだし。でも、高校は来てくれるかもしれない。そうなったら、一緒にいられる方法は、もういっそ付き合ってしまえばいいのだ。
そう考えて、ぎゅっとマリューの手を握り締めて言えば、数回瞬きしたマリューが、にっこり笑って見せた。

「むーちゃんのこと、好きだったらね」

 じゃあね!
 手を振り、公園の入口に駆けていくマリューを、しばし呆然と見つめ、友達と合流するのを目にとめた後、彼は、一番重苦しい、三度目のため息を漏らした。
「何やってんだろ、俺・・・・・」

 一体俺は、マリューと何を約束したかったんだろうか?











「あれ?マリューじゃん」
「え?」
 後ろから声をかけられて、マリュー・ラミアスは振り返った。

 雪交じりの風が緩くなり、冷たさの中に土の香りが混じるようになった、新旧入り乱れる季節のことだ。今年は受験生になる。だから、参考書の一つも買っておこうかと、本屋に立ち寄った彼女は、参考書を手にしたまま目の前に立つ男に目を見張った。
「ムウ・・・・・」
「何?もう受験対策?」
 子供のころはそんなに身長に差はなかった。だが、高一も終わりの彼と、中二の終りの自分ではずいぶんと身長差ができている。
「マリューさんは優等生だね」
 からかうように言われて、持っていた参考書をぼすん、と本棚に戻した。
「余計なお世話です」

 くるっと彼に背を向けて、さっさと漫画本のコーナーに歩いていく彼女の後ろを、小さく笑いながら男が付いてきた。確か買っている漫画の新刊が今日発売日だったはずだ。

「それより、ムウこそ何してるの?」
「俺は」
 並んで歩く男が何かを言うより先に、「ムウ〜!」と頭上から声がかかり、一人の少女が手を振っているのが目に留まった。
 その姿に、二人は足を止めた。本屋の二階から、膝上十五センチの超ミニなスカートの制服を着た少女が降りてきた。
 マリューがひそかに気にしている「くるくる」した巻き髪。茶色よりも色が薄く、派手な印象を受けた。そんな化粧もばっちりな彼女が「借りてきたよ」と持っていたレンタル用の袋を掲げて見せたあと、隣に立つマリューに目をとめ、不審そうにじろりと一瞥してきた。
「誰?この子」
 小首をかしげて言う彼女は、ムウの腕に自然と自分の腕をからませている。

 なんとなく、マリューは居たたまれなくなった。

「俺の幼馴染」
 対して、ムウはさほど気にする様子もなくそう言うと、マリューの髪の毛をくしゃっとする。
「して、俺の大事な人〜」
「はあ?」
「え!?」
 女の方が明らかに怪訝な顔をするのに対して、マリューはびっくりしたように眼を見張った。
「ちょっとムウ!?」

 いくらなんでも、彼女の前でそれはないだろう。

 慌てて弁解しようとするが、にっこり笑った男は「だって、俺の晩飯とか昼飯とか寝床とか提供してくれる人だもん」と更に火に油を注ぐような発言をする。瞬間、彼女の顔が真っ赤になった。

「それは単に、貴方が勝手にうちに上がり込んでるだけでしょう!?」
 様子に気づいたマリューがあわてて弁解を開始する。だが。

「幼馴染の特権ってやつだよね〜」
 にゃー、と笑って己を覗き込んでくる年上の幼馴染の発言にマリューはめまいがした。

 一体この男は何をいいだすのだろう。

「特権って・・・・・」
 わなわな震えるお姉さまから後ずさり、マリューは必死で言葉を探した。
「とにかく、お邪魔なようなので、私は帰りますね!」
 放電しそうな勢いでマリューをにらむ、こわあいお姉さまと「え?」と首を傾げるムウを交互に見た後、マリューは、逃げるように二人に背を向けた。

大急ぎでその場を立ち去ろうとする。

そんなマリューに聞こえるように、ムウと残された彼女がわざと声を高くした。
「なんか知らないけど!単なる幼馴染なんでしょう?あんなガキほっといてうち来て映画観よ〜」

 ・・・・・あんなガキで悪かったわね。

 思わず言い返しそうになるが、あれはムウの彼女だ。
(すんごく趣味悪いけど)
 彼女を悪く言われたら、きっとムウだって気分が悪いに違いない。
(私はただの幼馴染だしっ!もうこんなとこから早く出よう)

 さっさと漫画買って帰ろう。

 急ぎ足で店から出ようとして、不意にムウの声が耳に届いた。
「あ?お前、これ借りたの?」
 新刊は平台に積んである。掴んでレジに並ぶ。その間も、耳はムウの声を拾い続けた。
「これ、俺観ないわ。」
「なんでよー。この間、これ観たいっていってたじゃん」
 順番が来た。お金を払って・・・・・さあ、店を出よう!

 入口付近にいる彼らの横を、また通らなくちゃならないのが腹立たしいが、我慢するか。
 そそくさとそこを通り過ぎようとして、不意にムウの手が伸びた。
「!?」
 そのまま肩を掴まれ、強引に抱き寄せられた。
「ちょ!?」
「だってそれ、マリューと一緒にみる約束だもん」
 ね?

 ふにゃけた笑みを見せられ、マリューはその場に固まった。目の前の女の巻き髪が、蛇のようにのたうちまわるのを、マリューは見た気がした。

 お願いだから、彼女の前でそういう無神経すぎる発言をしないでほしい。

 本当に。

 頼むからっ!!!

「い、言ってない!ていうか、言ったとしても、今、彼女と観てくればいいじゃない!?」
 私は後で一人で観るから!
 裏返りそうな声でそう言えば、「なんで?」と真顔のムウが己を覗き込んでいる。
「な、な、な」

 びりびりと空気が振動している気がする。ちらと見れば、物凄い怒りの滲んだ眼差しが自分をとらえていて、マリューは泣きそうになった。

「なんでって!彼女さんが、せっかくムウと観たいって、借りてきた映画でしょ!?普通観るでしょ!?そして、こーんなにかわいらしい彼女さんなんだから、ずーっと一緒に居たいっていうか、なんか間違いとか起こしたいっていうか、思っちゃったりするのが普通でしょう!?」
 わけのわからないフォローを必死でするマリューを、抱きとめたまま、しげしげと眺めて、ムウはふっと小さく笑った。

 おそらく。

 マリューにしか見せないような、偉く、カッコいい笑みで。

「なんで?だってこの映画、マリューと観る約束だし。これ果たさなかったら、俺、もう二度とマリューと一緒に寝ること出来ないじゃん。」
 ねえ。

 その瞬間、その場の空気が絶対零度まで下がったのは言うまでもないだろう。










「マリューさ」
「・・・・・・・・・・・・・・・なに」

 疲れた。本当に疲れた。

 今まで高飛車で、マリューの事を「ガキ」呼ばわりしていたおねえさまが「一緒に寝てる」発言でショックを受けて泣き出し、そのフォローから、最終的にはムウの酷過ぎる別れ話に付き合わされ(マリューとの関係を認めてくれない限り付き合えない、という恐ろしい条件の話)、漫画一冊買って、そのついでに参考書でも、と思ったより道は想像を絶する時間を食ってしまったのである。

 とぼとぼと、同じ方向に向かって歩きながら、マリューはなんでか知らないが、上機嫌のムウの横でげっそりしていた。

「シード学園、受けんでしょ?」
「・・・・・ええ、まあ、一応」
 溜息混じりに言われるが、そんなの気にする風でもなく、ムウが「それって俺がいるから?」と能天気な発言をする。
「なんでそうなるのよ」
 対して、マリューは心底あきれ顔だ。溜息をつく彼女を見ながら、「だってさ〜」とムウが顔を寄せた。
「子供のころ約束したじゃん」
「え?」

 約束?どんな?

 眉間にしわを寄せるマリューに「覚えてないの?」とムウが真顔になった。
「シード学園に行くっていう約束?」
「シード学園に行ったら、っていう約束v」
「したかしら・・・・・?」
「しただろ!公園で!」
「公園?」

 全然覚えてない。

 腕を組んで、うーん、と考え込むマリューを、ムウはしばらく食い入るように見つめていたが、全然彼女が思い出さないのに、「もういいよ」と低い声を出した。
「え?」
「もういい!・・・・・ていうか、マリュー」
 数歩先を歩いていたムウが、くるっと振り返ると、彼女に指を突きつけた。
「マリューは忘れちゃってるかもしれないけど、俺はしっかり覚えてるからな」

 俺たちの約束。

 その笑みに、なんだかろくでもない予感がして、マリューは「あの」と声を荒げた。
「なんだか知らないですけど、私がシード学園に受かったら、っていうことなんですよね!?」
「そうそう」
「でも、落ちるかもしれないし」
「ないない」
「な・・・・・!」
「絶対受かってくれないと、俺が困るから」
「?」
 わけがわからず、首を傾げるマリューに、ムウはそっと近寄ると、ぎゅうっと抱きしめた。体に回された腕の長さや、胸板の広さに、マリューはびっくりする。

 知らなった。
 ムウって、なんか、こんなんだったっけ?!

 隣で寝てることも・・・・・あるけど・・・・・こんな風だったっけ!?

「受かったら、俺の話、聞いてくれな」

 一人どぎまぎしていると、耳元でムウのささやく声がした。その声の甘さと低さに、急に違和感とどきどきとめまいを感じたマリューは、ばっと体を離すと、反射的に言葉を口にする。

「き、聞く気があったら、ね」

 そんなつっけんどんな彼女のセリフに、ムウは呆れたように眉を下げると、次の瞬間噴出した。

「その言い方、十歳の時とちーっともかわんねえのな」
「?」
「いいよ、分かった。聞く気があるように、俺、ずーっとマリューの傍にいるからv」
「居なくていいわよ!鬱陶しいっ!!!」
「照れるな照れるなv」
「照れてませんっ!!!!!!」





 そうして季節は巡り、春が来る。そして、それからマリューの最後の中学生活が始まる。先に待っているのは、どんな未来なのか、今はまだ分からない、新旧混じった、桜の咲かない頃の話。

(2009/03/21)

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