Muw&Murrue

 Strike Freedom! 03
「フラガ先輩、付き合ってください。」
 体育館裏でもなく。中庭でもなく。玄関でもなく。部室でもなく。放課後の教室でも、保健室でもなく。
「・・・・・・・・・・は?」
「お願いします!」
 昼休みに騒ぐ自分の教室の、中央でそう言われ、「今日は愛妻弁当なんだよな。」と級友に自慢していたムウ・ラ・フラガの眼が点になった。
 一瞬で教室内の空気が凍りつき、クラスメートの視線が己と、己に向かって必死な様子で頬を染め見つめてくる女に注がれている。

「え・・・・・あ・・・・・。」

 確かに人より多く、「告白される」経験のあるムウだが、まさか教室のど真ん中でそれをやられるとは思っていなかった。思っていなかっただけに、束の間彼の思考はショートした。

 女子の一人が「ちょっと何あれ?」とひそひそ声で呟くのに、ようやく我に返る。

 目の前に立っているのは、肩までの栗色の髪の毛が緩やかにウェーブした、人形のように顔の小さな、可愛らしい少女。襟元のバッチが緑で自分より一個下の学年だと気付く。
 大きく、アーモンド形の灰色の瞳がかすかにうるんでいて、ムウの傍らで彼女を眺めていた悪友の一人が、恨めしそうに息をのんだ。
 頬が真っ赤で、いっぱいいっぱいの雰囲気が伝わり、ムウは下手なことは言わない方がいい、と、この際周りの状況は無視することにした。

「ごめん。俺、彼女居るから。」

 すぱん、と最大の断り文句を告げると、目の前の少女よりも、周囲にどよめきが起こった。

「ふ、フラガ・・・・・!?お、お前・・・・・.」「本気か!?本気なのか!?それ!?」「ちょっと、ムウ!そんな話聞いてないわよ!?」「信じられない!あんなに好きだって言ってたのはウソってわけ!?」「ムウ様の裏切りもの―っ!!!」

 ぽかんと口をあけて佇む、教室のど真ん中で告白した少女をよそに、周りに悲鳴と怒号が巻き起こり、男は「うるさいお前らっ!」と周囲に向かって怒鳴り散らした。
「俺だってなぁ!真実の愛の一つや二つ見つけられるっての!」
「愛妻弁当ってそういうことかっ!!一体誰だ!?お前のように面倒な男を引き取ろうと決意した女は!?」
「そうよ!!ムウの愛を独り占めした女は誰なのよ!?」
「貴様らなんぞに教えられるか、ボケ!!」
 喧々囂々と言い争っていると、不意に、ムウに公衆の面前で告白をした少女がぎゅっと手を握り締めた。
「・・・・・私は、知る権利があると思うんですけど。」
 か細い声に、はっと全員の視線が注がれた。女子の同情を引きそうなほど、悲しげで儚げな立ち姿に、男どもが動揺する。ムウだけが直感で「これはまずい」と悟った。

「や・・・・・アイツに迷惑かけるわけにはいかないから。」
「・・・・・可愛いですか?その彼女さん。」
「もちろん。」

 てめーコノヤロー!

 即答すると、手や足が飛んできてムウが「俺は絶対彼女だけは手放さないからな!」と、ひらりひらりとかわしながら叫んでいる。そんなムウの姿に、少女が「そうですか。」と低い声でつぶやいた。そのまましばらくうつむいていたかと思うと、不意に決意したように顔をあげた。
「なら。」
「え?」

 三度、視線が少女に集中する。

「愛人でいいです。都合のいい女でいいです。二番手に居させてください!」
 級友に殴られていたムウは、凍りついた教室の空気の中で、波乱の予感に頭痛がするのだった。








「ああ、知ってるわよ。エレノアでしょ?」
「何もんだ?」
 放課後、ダッシュでタリアの元に駆けつけたムウは、昼間に突然やって来て二番手宣言をした女の情報を収集しに掛っていた。

「どっかの財閥の娘さんで・・・・・可愛いことで有名よ。」
「金持ちのお嬢様かよ・・・・。」
 あー、と廊下の天井を見上げて、ムウは憂鬱そうに告げる。『欲しいものは金で買えると思っている』というのが、ムウの考える金持ちの思考である。この手の人種は、自分ではどうにもならないことがある、ということを理解するまで暇が掛る。
 苦苦々しい顔で考えるムウに、「あなたがどう考えてるか知らないけど。」とタリアが教室のドアに寄りかかったまま投げやりに答えた。
「あの子が二号になりたい、っていうんなら、本気で二号の座を狙ってくるような女よ。」
「手段問わずか?」
「まあね。」
 にっこり笑うタリアに、気が遠くなりながら、ムウはとりあえずお礼だけ告げてそこから立ち去った。

(マズイ・・・・・本当にマズイ・・・・。)

 ふらふらと廊下を歩いていると、不意に背後から「フラガ先輩」と明るい声をかけられて彼は振り返った。
 栗色の髪の少女が、華やかな笑顔を浮かべて走ってくる。
「彼女さんの所に行かれるんですか?」
「・・・・・・・・・。」
 視線が突き刺さってくる。二年でも人気があるそうだから、たぶん、この肌に刺さる視線の感じは男子どものものだろう。
「私にも紹介してください。」
「はい!?」
 思わずそう言い返すと、エレノアがムウの腕をとって強引に己の腕を巻きつけた。
「どんな方なんですか?やっぱり三年のお姉さまでしょうか?」
 フラガ先輩のクラスの女性の方、とっても素敵なお姉さまばっかりでしたものね。
「や・・・・・あのだな・・・・・」
「さ、まいりましょう?私が二号だって事をお知らせして、安心してもらわなくっちゃ。」
 何がだよ!?
 突っ込みながら、ムウは咄嗟に自分の愛する人との関係を守ることにした。
「それなんだけどな。俺の彼女、実は・・・・・。」









 カランカラン、とドアベルが鳴り、げっそりとやつれた男がふらり、とその喫茶店に入ってきた。
「おー、フラガ、どうした?」
「まあ、お顔の色がすぐれませんが、どうかなさいましたの?」
 FSNのメンバーである、バルトフェルドとラクスに迎えられ、ムウはぎこちなく片手をあげるとカウンターに座った。
「あれ?ムウさん、今日はオフですよね?」
 ムウはこの喫茶店でバイトをしている。その彼が意気消沈してここに来るのに、目を丸くした、FSN主要メンバーのキラがいそいそと彼の隣に腰をおろした。
「そーだけど・・・・・今日はここで待ち合わせ・・・・・。」
 ぐったりカウンターに伏せる男に、三人は目を見合わせた。幼馴染の彼女と交際を始めて、早半年。バイトのない日は浮かれ気分で彼女にべったりのムウが、今にも死にそうな様相を呈している。これは何かあったな、とキラが嬉しそうな笑みを浮かべた。
「もしかして、マリューさんに振られました?」
「違うわっ!」
 力一杯否定し、ムウはげんなりと肩を落とした。
「確かに振られちゃいないけどさ・・・・。」
「いないけど、なんですの?」
「ちょっと厄介な事に・・・・。」
 と、その時、再びドアベルが鳴り、「こんにちはー。」と甘やかな声がした。はっと顔をあげたムウは、自分の姿を探して辺りを見渡す恋人、マリュー・ラミアスに手を上げて見せた。
「こっち、マリュー。」






「はあ!?」

 実は今日教室で告白されて、なんかすんげーしつこくて、それで、マリューの身に危険が及ばないように、俺の彼女は地方の大学の女子大生、ってことになってるから。
 終始伏せ眼でそう言われ、マリューは開口一番に、そう言った。
 同様に、彼らを取り囲んでいた三人も「はあ!?」というようなまなざしをしている。
「おいおい、フラガ・・・・・お前、ちゃんと断ったのか?」
 呆れてものも言えない、という様子でバルトフェルドに突っ込まれ、「当たり前だろうが!!」とムウが必死に反論した。だが、マリューの眼差しは相変わらず厳しい。泣きたくなりながら、男は同じようなセリフを繰り返した。
「俺だってちゃんと彼女がいるから付き合えないっていったさ。けど・・・・・そしたらあの女・・・・・涼しい顔で『じゃあ、二番手にしてください』って・・・・・!!」
「なんですか、二番手って?」
 呆れかえるキラに、ラクスがのほほんとした笑顔で「愛人宣言ですか。」と恐ろしいことを言う。
「あいじん・・・・・」
 固まるマリューに、ムウは慌てて「んなもんにするわけないだろ!?」とわめいた。
「でも、向こうはその気なんですよね・・・・・」
「キラっ!!」
「ほんき・・・・・」
「だからマリューさん、お願いだから一々考え込まないでくれる?」
 テーブルに置かれ、真白くなるほど握りしめられている彼女の手に、そっと手を置いて、ムウが真剣な眼差しで言った。
「俺が愛してるのはマリューだけなの。付き合ってるのも、マリューだけ。ほかは要らない。二番手なんて必要ない!」
「それ、その子に言ったんですか?」
「もちろん。」
「で、なんだって?」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」

 うろ〜っとムウの視線が泳いだ。

 はっきりきっぱり、お前には望みはない、と言ったが『でもフラガ先輩の噂はかねがね聞いております。100%無いとは言い切れないのなら、少量でも可能性にかけたいです。』と笑顔でいいきったのだ、あの女は。
「どうやら、それでもあきらめない、って言ったようですわね、その女の方は。」
 ほう、とため息交じりでラクスに言われて、マリューが「ほんきもほんき・・・・・」と小さな声でつぶやいた。
「マリューっ!」
「で、ムウさんはマリューさんに身の危険が及びそうな気がして、彼女をでっち上げた、と。」
 苦々しい顔でキラが言い、「それしかないだろ!?」とムウが反論する。だが、それに反して、バルトフェルドが「失敗したな、フラガ。」とため息をついた。
「何がだよ?」
「ラミアスくんから離れた彼女像を作ったのは失敗だ。虚構がばれたらその女、どんな手段に打って出るかわからないぞ。」
「え?」
 ひき、と固まるムウを余所にバルトフェルドはにっこり笑った。
「彼女が居ても、二番手を謳う女だ。彼女の存在が虚構だと知ったら、恐らく、全力でお前に付きまとうだろうな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
 青ざめるムウに対し、今まで話を聞いて、眉間に皺をよせていたマリューが深い深いため息をついた。
「どうするんですか?一体。」
 重い沈黙が一同の上に落ちたのち、不意にラクスがきらりと目を光らせて、ぽん、と手を打ち鳴らした。
「それなら、こうすればよろしいのじゃありません?」







「え?紹介してくださるんですか?」
 二番手さんが来たぞー。
 教室の入り口でそう言われ、突き刺さるような視線の中を、うんざりした様子で歩き、エレノアの前に立ったムウは、打ち合わせを踏まえて、そう切り出した。
 この数日、彼女はひたすらムウにつきまとった。行く先々に彼女が居て、周囲に「自分が彼女だ」と言わんばかりのアピールをするのだ。
 いい加減うんざりするというものだ。大体、その間、ムウはマリューに会っていない。

 なぜなら、その間に、虚構だとばれないように、マリューはひそかに準備をしなければならなかったのだ。
 お陰で幼馴染にも関わらず、顔を合わせない日もざらにあったのだ。
 ムウの我慢も限界に来ている。

 今日も、なれなれしく腕を組んでくる女に、(俺、積極的な女好きじゃないんだよね・・・・・まあ、マリューさんがそうなのは好きだけど。)なんて心の中で呟きながら、ムウはにっこりと笑みを浮かべた。
「そ。紹介してあげる。」
「どんな方なのかしら。」
 ムウの内心など知らず、エレノアは余裕の笑みを浮かべている。そんじょそこらの女子大生に負けない自信があるのだろう。
 そんな彼女の様子に、ムウは一抹の不安を覚えつつ、こっそり溜息をつくのだった。







 恋人と愛人候補の会見をセッティングされのは、もちろんムウのバイト先の喫茶店だ。ただし、彼がここでバイトをしていることは伏せられ、バルトフェルド以下、いつものメンバーは素知らぬふりをすることになっている。

「雑誌で見て、良い雰囲気の店だと思ってさ。」
 マリューよりも先にやってきたムウとエレノアは、奥の席へと歩いていく。
 落ち着いた煉瓦造りが基調となったその喫茶店は、確かに雰囲気がいい。天井ではゆっくりとファンが回り、オレンジの明かりが室内を満たしていた。来客は少なく(これは問題だが)話をするにはもってこいだ。
 向い合せに座る二人の斜め後ろ、ムウからだけ見える席に、たまたま店にいたカップルを装ってキラとラクスが座り、この店のオーナーであるトダカとバルトフェルドが、彼女が背を向けるカウンターで必死に笑いをかみ殺していた。
「あの、一号さんは?」
 余裕の態度を見せるエレノアに、「今くるよ。」とムウは笑顔で答えた。
 それから、携帯のメールをチェックしながら、ムウは彼女の言い様に腹が立つのを我慢する。

 今日、エレノアは『大学生の彼女』に見劣りしたくないと思ったのか、だいぶ大人っぽい格好をしていた。肩が出たワンピースに、ショールを羽織っている。ヒール高めの靴を履いている。ブランド物のハンドバックをきちんと膝に置いているあたり、育ちの良さを見せつけられた気がした。
(よしよし、ここまでは予想通り。)
 エレノアが自分のメイクを、もってきた鏡で気にするのを見ながら、ムウはちらと斜め前で、のんびりくつろいで会話をするラクスを見た。
 現役のトップ歌手でもある彼女が、にっこりと笑みを返してきた。彼女がこんな辺鄙な場所の喫茶店に居ても、違和感がないのは、ひとえに彼女の『格好』にかかっている。
 地味なワンピースを着ているだけで、サングラスも帽子も無いのに、彼女のオーラを消している。
 そんなラクスの『変装術』に、一同は目をつけたのだ。

 つまり。

 ドアベルが鳴り、はっとエレノアが顔を上げる。ムウが緊張した面持ちで振り返った。

 そこには。

「こんにちは。」

 ラクスお抱えのトップクラスのメイクアップアーティストの手により、大変身した彼女の姿が。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」

 可愛らしい栗色の癖っ毛はなりをひそめ、さらさらのストレートヘアーが肩甲骨まで伸びている。足もとをすっきりさせているのは、エレノアに負けず劣らずヒールの高い靴で、足首がほっそりして見えた。裾が透けて、華奢な模様が浮き出る、白いレースの付いた深い青の、膝上スカートに、大きめな襟と、胸元のきわどいラインまで開いた、ストライプのかっちりしたYシャツ。その上に着ているのは、ただの地味なカーディガンなのに、胸元が大きく開いているから、トータルして派手な格好ではないのに、ほのかに官能的に見えてどうしようもない。
 そして、彼女の眼にはなんと、黒縁なのに、全然やぼったくならない眼鏡が掛っていた。
 唇は、厚くぽってりと、赤いルージュがひかれ、グロスを乗せて光っていた。

 一言で言うなら、男子高校生を惑わせる、魅惑の女子大生、だろうか。

(なんだ、この設定は!?)
 ばくばく言う心臓を抑えて、ぎこちなく歩いてくるマリューを前に、ムウは顔をひきつらせた。眼だけで斜め前の席のカップルを見れば、「イエーイ」と二人が親指を立てていた。

 首に銀色のかわいらしいネックレスをした彼女は、精一杯大人っぽく見えるように笑みを浮かべた。

「こんにちは。二号さん。」
 そこに混ざるなんとかしようと頑張った、嫌みな響きに、ムウは背筋がぞくっとした。なんというか、これがあのマリューだろうか!?
(どんな演技指導したんだよ、おい!)
 ムウの動揺をよそに、数日間の特訓の成果を試すべく、すっと彼の隣にマリューは座り、やけっぱちな気分で甘い声を出した。

「それで、愛人さんを紹介してくれるんですって?フラガくん?」

 責められるのは好きじゃないというか年上女に良いようにされるのはいやだけどなんだこれ?マリューならいいんじゃね?つか、エロゲみたいなこの設定考えた奴出て来い!朝まで語り合おう、ほんとよろしくお願いします。

「先輩?」

 エレノアの声ではっと我に返り、ムウは虚構だとばれてはいけない、と胸を張った。
「紹介するな。彼女が俺の彼女で、マリア・ベルネスさん。」
 にっこりとマリューが笑った。男子高校生なんか目じゃない、オトナノオンナを演じて。

「フラガくんの彼女です。」

 彼女を強調して言われ、すっかり雰囲気にのまれていたエレノアが我に返ると、「どうも。」と背筋を正した。
 眉間にきつく皺がよっている。
「こんなきれいな方が、フラガ先輩の彼女さんなんですね。」
 笑みを浮かべるが、明らかに視線にとげが混じっていた。
「ありがとう。」
 だが、マリューはそれに負けず劣らず、意地悪な光を眼の奥に宿して、一生懸命大人の女を演じて答えた。
 それは非常に余裕しゃくしゃくの表情なのだが、内心はパニック寸前だ。
 ムウを呪いたい気分のマリューをよそに、エレノアは大仰にため息をついた。
「ごめんなさい、私の勝手なイメージで、フラガ先輩の恋人って、もっとお嬢様っぽい方かと思ってました。」としみじみ告げた。

「それがまさか、こんな・・・・・スイマセン、けばい女性の方だったとは。」

 ひき、とマリューの頬がこわ張り、ムウがばっとキラとラクスを見遣る。二人はブロックサインで「ムウさんのエロ本を参考にしました」と返してくる。

(よりによって何を参考にしてるわけ!?)

 冷汗をかくムウをよそに、マリューは落ち着き払って返した。
「そうよね?そう思うでしょう?でも、彼がこう言う恰好が好きだっていうから。」
 ね?

 まぶしい笑顔で言われ、内心罵倒されていると知りながらも、ムウはエロ本に感謝したい気持ちになってくる。
「彼の好みになってるっていうんですか?」
 低い声で言われ、マリューはテーブルに両肘をつくと、なまめかしく見えるように顎を乗せた。
「そう。心も・・・・・カラダもね?」

 どこで覚えてきたんですか、そのセリフ!?

 鼻血を吹きそうになって手で顔を抑え、カウンターを見れば、笑顔のバルトフェルドが親指を立てていた。
(おまえかーっ!!!!)
(安心しろ、フラガ。質問内容に対しての回答案はすべてラミアスくんに渡してある。)

 ちくしょう、グッジョブ!!!

 舞い上がるムウをよそに、マリューは貴重な時間を割いてレクチャーしてくれた『大人の女性』を演じようと必死だ。
 元来彼女は真面目なのだ。そして、自分とムウの関係を守るためという目標まで掲げられているのだから、本気でやらないはずがない。
 カラダも、というセリフで、お嬢様なエレノアが固まっているのに、マリューは追い打ち、とばかりに『Bパターン』の作戦に打って出る。

「ね?フラガくん。お姉さんにいろいろ教え込んでくれたもんね?」
 あーんなことや、こーんなこと。
 うふふ、と笑って胸元に人差し指をつきたてる。体を不必要に摺り寄せてくるマリューに、ムウはノリノリで答えた。
「やだな、マリア・・・・・何言うかと思ったら。」
「だってそうじゃない。貴方ってば、ヤダって言ってるのに何・度・も・・・・・酷いのよね?」
 お陰で・・・・・。

 あごを引いて、上目づかいに彼を見上げる。その際、胸を強調すること。

 指南書通りにし、マリューは手を伸ばすとムウの耳を囲った。
 彼女に聞こえるような小声でささやく。

「おまけに毎日寝かせてくれないじゃない?」

 あ、だめ、俺。今日寝られない。本気で寝られない。ていうか、マリューん家夜這いに行かなきゃ駄目じゃない?これ。

 明らかに真っ赤になるエレノアに、マリューがとどめ、とばかりに笑いながら彼女を見た。
「だから、あなたの出番はないと思うけど、それでもいいんなら、私はかまわないわよ?二号さん?」
 でも、辛いのはあなたの方かもね?

 くすくす笑いながらムウの胸にもたれかかり、頬を摺り寄せる。

 どんな女性が来ても、気品と教養で自分の方が優位に立てると、妙な自信を持っていたエレノアは、赤くなったり青くなったりを繰り返した後、握りしめた両手を震わせる。

「ええ。そうね・・・・・それでも私はフラガ先輩の傍に居させてもらいますから。」
 あなたみたいに、そんな品のない関係じゃなくて。
 ぐっと胸を反らし、自分の育ちの良さを強調しようとするが、それに、マリューはくすくすと楽しそうに笑った。

「あら、二号のくせに生意気ね。愛人は愛人らしく、日陰で生きるべきじゃない?」
「なんですって・・・・・!?」
「そうでしょう?」
 斜めに彼女を見上げながら、マリューは口元に笑みを浮かべた。
「二号でいいだなんて、そんな台詞を吐けるくらいだもの。潔く負けを認める気もなく、そのくせ、一番になろうとする努力もなく、もしかして、なんて一番ありえない可能性にかけて、ずるずるずるずる、彼に付きまとう決心をしたんでしょう?」
 なら、好きに日陰を生きればいいわ。
「その代り、あなたは私がいる限り表には出てこれないのよね?」
 だって、二号って言ってしまったものね?
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
 青ざめるエレノアに、マリューはひらひらと手を振った。
「私、自分を二番で良い、なんて言う女に負ける気はしないから。」
 本当に相手が好きなら、一番を目指しなさい。いつでも戦ってあげるわよ?

 哂いながら言われたセリフに、エレノアの顔からみるみる自信が奪われていく。胸がつきりと痛むが、マリューは自分にいろいろアイデアを出してくれた人々から「本当に欲しいなら戦うべきだ」と言われた言葉を思い出し、腹に力を込めた。
 ひたすら勝ち気で。強気に。笑って見せる。

「そんな度胸もないのに愛人宣言だなんて、笑っちゃうわね〜。ね、ムウくん。こんなお嬢様と遊ぶなんて言ったら、お姉さん、違う男にあんなことやこんなことお願いしちゃうんだから」
 ね〜?

「帰ります!」

 耐え切れず、といった様子で、がたん、と椅子を蹴立てて立ち上がり、エレノアは唇を噛んだまま喫茶店を飛び出した。
 からんからん、と乾いたドアベルの音が、辺りに響き渡り、店内に流れるクラシックだけが周囲を埋め尽くす。
 音があるはずのその場に、事情を知る者だけが残り、しばし緊迫した沈黙が落ちた。

 やがて長いようで短かったそれを、破ったのは、マリューの声だった。
「って、何するんですか、ムウーっ!!!!」
「え?」
 静寂を突き破り響いた、マリューの絶叫。胸元に抱き抱えていた恋人に、ムウはイタヅラを仕掛けたのだ。
 というのも、開いた胸元から指を滑りこませて・・・・・。
「いや、だって、他の男にヤルくらいなら」
「馬鹿っ!!あれはお芝居です!!!」
「ここはそういう店じゃないんだがね。」
 苦々しいバルトフェルドの一言に、「ていうかマリューさんかっこよかった!!!」とムウが抱きついた。
「あ、あ、貴方が悪いのよ!?こんな面倒なこと引き起こすからっ!!!」
 あ、ああああ、あんな、あんな・・・・・あんっっなセリフっ!!!

 さっきまでひたすら夢中で語った話の内容を思い出し、真っ赤になって慌てふためくマリューを、ムウは抱きしめて離さない。大きく開いた胸元に顔なんぞ埋めているからしょうがない。

「人の話を・・・・・聞いてるんですか!?」
「聞いてる聞いてる。」
「なにその軽すぎる言い方っ!!!」
「聞いてるって・・・・・そっか、うん。わかったよ、マリュー。」
「な・・・・・何がですか?」

 赤かった頬がさっと青ざめ、マリューは強い力で逃すまい、と抱きしめる腕から逃れようと身をよじった。だが、離れない。
 至近距離で見つめる、青い眼差しが、優越を浮かべてマリューを見下ろした。
「色々、教えてあげるからな?」

 その頭を、マリューは力一杯ひっぱたいた。







 凄い行き過ぎたレクチャーだった、とマリューは溜息をついて学校の廊下を歩く。16のマリューにしてみれば、あんな格好やセリフはまだまだ先の時点で言うべきもので、自分で言っていてぴんとこないどころか、気恥かしさの方が先に立っていた。それでも必死で演じたのは、すべてムウの為だった。

 それなのに、迫真の演技だった、違和感無かった、と称賛されればされるほど、なんだか気持ちが落ち込むのだ。

(あれは私じゃないというか・・・・・。)
 最後のセリフは、無我夢中で言ったものだし、確かにマリューの核心でもある。

 ムウの一番を狙ってくるのなら、全力で相手になってやる。

 それは、本当にマリューが思ったことだ。
 だから、かもしれない。
(・・・・・あれはやっぱりフェアじゃない。)
 ぎゅっと唇を噛み、マリューは顔をあげた。
 もやもやしたものがわだかまっているのを、払拭すべく、彼女は一気に、昼休みで賑わう廊下を駆けだした。




「私、フラガ先輩の二号、やめます。」
「・・・・・は?」

 いつものように賑わっていた昼休みの三年の教室に、その声は朗々と響き、ぴたりと喧騒が止まる。先日の告白から一転した彼女のそのセリフに、クラスメートの視線が二人に注がれる。
「あの?」
「私、あんな肉感的な美女に敵う気がしません。」
 途端、教室が爆発したように騒ぎ出し、悲鳴と怒号が再び巻き起こる。
「え!?ちょ・・・・・」
「あんなことやこんなことを教え込んだお体と別れるのなんて、フラガ先輩には無理でしょう?」

 不潔―!!フラガくん不潔!!!
 てめぇ、どんだけうらやましいんだこんちくしょう!!
 抹殺だ!抹殺しかない!!!

 わめき、飛び交うセリフに、ムウは青ざめ「おまえ、何を言い出すんだ、おい!?」と慌ててエレノアの肩をつかむ。
「本当のことでしょう?」
だが、そんなムウにかまわず、エレノアは可愛らしく首をかしげて見せた。
「到底私にはお相手つとまりませんから。それに、先輩のこと、よく考えたらちょっとカッコいいかな、って思ってただけなんで。」
 装備品ていうか、鼻が高いっていうか。
「落とせたら自慢って言うか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
 肩をすくめて言うそのセリフに、ムウは急速に白けた眼差しを送った。
「あのさ、お前・・・・・」

 その時である。

「私は二番なんか狙いませんからっ!!!」
「?」
 入口から絶叫が響き、ばっとクラス全員の視線が注がれる。エレノアが振り返り、立ち上がったムウがぎょっとする。
 そこには、ぜーぜーと肩を上下させる幼馴染に姿があった。

「あれは・・・・・」「たしかムウの幼馴染の」

「マリュー!?」
 驚いて駆け寄るムウに、きっと目をあげたマリューがぐいっとムウの頬に手をあてた。
「あなたが、どんな人が好みか知りませんけど!」
「へ?」
「肉感的な美女がお好みなのかもしれないけど」
「は?」
「私は・・・・・私は・・・・・」
「ちょ」
 そのまま、マリューはぐいっと彼の顔を引っ張り寄せると自分から唇を押しつけた。ムウの眼が徐々に大きくなり、ひとつゆっくりと瞬きをする。それにかまわず、目を閉じたまま口づけた女が、ぱっと顔を放した。

「あなたの一番を目指しますからっ!!」


 沈黙。のち。歓声。


「誰にも負けませんからっ!!!」
 大混乱する教室に宣戦布告をまき散らすと、振り返らず、マリューは駈け出した。
 顔はほてって熱かったし、心臓はばくばくしているが、すっきりして、気持ちよくて、マリューはただ夢中で廊下を走り続けた。








「俺の評判は地の果てまで落ちましたよ、マリューさん。」
女子大生を虜(?)にし、そんなのを彼女に持ちながら、二番候補でいいと可愛い年下の少女に言い寄られ、挙句、幼馴染からの公衆の面前でキスという衝撃告白。
「何そのエロゲみたいなシチュエーションって、そりゃあもう、クラスメイトから袋叩きですよ。」
 言いながらも、ムウは嬉しそうだった。マリューの部屋に上がり込み、男はこちらに背中を向けて椅子に座る彼女を抱きしめる。
「だって・・・・・。」

 昨日の自分は自分ではないのだから。

「私は私の言葉と姿で、対決したかったもの。」
「そりゃそうかもしんないけどさ。おかげで俺は」
「だから、悪かったわよ。」
 彼に体重を預けて見上げると、ムウはにっこりと嬉しそうに笑った。
「ん。だからさ、ちゅーして?」
「はあ!?」
「今日、してくれたでしょ?」
 もっかい。マリューさんから。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「あー、俺の地の果てまで落ちたイメージの回復はどうしてくれるわけ?」
「わかりましたっ!」
 声を荒げ、マリューは自分を見つめる深く、蒼いまなざしに視線を合わせる。
 そこに映るマリューの頬は、かすかに上気し、目元がうるんでいる。

 そんなかわいい彼女を視界に収め、恐る恐る顔を寄せるマリューを、椅子から立たせるように腰に腕をまわして、ムウは自分からもキスするように顔を寄せた。

 その瞬間。

「マリュー、ムウくーん、ご飯よ〜。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
 階下から、母親の声が響き、二人はぴしり、と固まった。

 とっさに返事が出来ない。と、階段を昇る音が聞こえ、マリューは迫る幼馴染をベッドに突き飛ばすとドアから顔を出した。
「今いきまーす。」
「あら、聞こえてたのなら、返事しなさい。」
「は・・・・・はーい。」

 ああ、結局今日も何もできないのか、とムウは一人遠い眼をし、いったい何時になったら彼女とあんなことやこんなことができるのだろうかと真剣に考え込んでしまうのだったそうな。



(2009/02/12)

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