Muw&Murrue
- 休暇旅行 03
- 誘われた事に、別に嫌な気がしなかった。
「どうしたの?」
不思議そうな顔をする友人に、図書館から出て買い物に行こうとしていたマリューは「え?」と目を丸くした。
「金曜日には、なぁんか本当に嬉しそうにしてるから。」
いっつも待ってる人、ひょっとして彼氏?
探るように聞かれ、マリューは反射的に否定した。
「違うわ。バイト」
の依頼人、という言葉を飲み込み、慌てて言い換える。
「の先輩。」
「な〜んだ。そうなの。」
それに、更に友人が笑みを深め、マリューはきょとんとした。
「何?」
「え?だって、」
うっとりするように彼女が言う。
「彼、すっごくカッコよくない?」
「え?」
考えた事も無かったコトを、あっさり言われ、マリューの目が点になった。カッコいい?フラガ教官が?
確かに、彼の笑顔は見たことも無いくらい完璧で、思わず見惚れたこともある。
だが、それはどこか、本心の滲まない、作り笑いだと、今ならよく知っていた。
本当のムウ・ラ・フラガという人は、
「そうかしら。」
ちっともカッコいいとは思えないのだが・・・・・。
「ま、マリューがそう言うんなら、マリューの好みじゃないってことよね。」
軽い足取りの友人に、どきん、とマリューの胸が痛んだ。そして、痛んだことに当惑する。
「今度、彼、紹介してね?」
ええ、いいわよ。
そのセリフを、マリューは気軽に口に出来なかった。
「そのうちね。」
はぐらかして、戸惑う。
どうして自分は、即答しなかったのだろう・・・・・・?
そして、こういう日ほど、動転するようなコトが続くものだった。
「あ、マリューさん。」
いつものように買い物を終えて店を出ると、入り口で待っていたムウに出会う。彼に声を掛けられて小走りに駆け寄った。
「すいません。遅くなりました。」
持っている袋がいつもの倍で、ムウは目を丸くする。
「何?」
「え?ああ、ついでに明日のお弁当の分も買っておこうかな、って・・・・・。」
それに、ふっとムウが目元を緩ませたのに、彼女は気付かなかった。
「まさか、ホントに作ってくれるとは思ってなかった。」
「高いですよ?」
にっこり笑って告げられ、ちょっとへこむ。
「でもいっか。マリューさんのご飯、美味しいし。」
持つよ、と袋を受け取る雇い主の横顔をまじまじと見詰め、マリューはこっそりため息を付いた。
確かに、こういう時のムウはカッコいいと思う。
(どうして、フリーなんだろ・・・・・。)
そう考えて、思い当たる。
(そっか。その方が、後腐れなく女の人と付き合えるものね。)
それにマリューは、少し腹も立つし、寂しくもなった。
「何?」
ふと目が合い、マリューはなんでもありません、と目を逸らし、さっさと通いなれた道を歩き出した。きっと、彼にとって自分も、都合の良い女なんだろうな、とそう思ったから。
三ヶ月間、バイトをしてきて思ったのは、ムウという人物が口調ほど軽くない、ということだった。時々キッチンから、マリューはベランダで缶ビール片手にぼんやり空を見ている彼を目撃していた。
その後姿が、どことなく寂しそうで、一度、「何をみてるんですか?」と訊いた事があった。それに彼は、笑って、「流れ星でも見えないかな、と思ってさ。」と子供みたいな返答をした。
「それを見て、どうするんです?」
「別に。あんなもんかな、って思うだけだよ。」
「あんなもん?」
「人の一生。」
ごくごくたまに、ムウは意味不明なコトを口走ることがある。その時も、「ロマンチスト」とマリューはばっさり切り捨てたのだが、後から考えると、妙に寂しくなったのだ。
この人の、人生に対する思いは、そんな感じなのだ、と。
それから、マリューはムウ、という、得体の知れない存在に興味が湧いた。
一体、どうしたらこんなマンションに住めるのかを含めて。
それを知るにはきっと、もっと彼の深いところに、自分が立たなくてはならないのだろう。
都合の良い女、ではなくて・・・・・・。
(それって・・・・・・フラガ教官の彼女になりたい、ってコト?)
はっと思い当たり、彼女はどきりとした。
隣を歩くムウは、特に何も話しかけてこない。
黙って二人で歩いていても、特に間に困る事は無い。
呆けたように、隣を歩く彼を眺めていると、ふと気付いたムウが、マリューに視線を落とした。
目が、合う。
二人の心臓が、同じタイミングでどきり、とした。
「あの・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・何?」
マリューが、何かを言いかける、その時。
「あ、ムウ〜!」
その声が掛かった。振り返る二人の前に、マリューとは百八十度違うタイプの女性がたたっと走ってきた。勢いのまま、ムウの腕に自分の腕を絡める。
「ああ、何?」
ふと、ムウのまとう空気が変わって、マリューはぎくりとした。何が違うとは言えないのだが、明らかに、何かが違う。
「よかった〜!ねぇ、今日暇?暇よね?暇で決定!」
そのままぐいぐいと彼の腕を引っ張る。女の眼には、マリューは映っていなかった。
「これのどこが暇そうに見えるんだ?」
空いた方の手で、マリューの腰を抱き寄せるから、彼女はびっくりして目を丸くした。
「カノジョ?」
明らかに、目に敵意が浮かぶ。それに、マリューは本当に反射的に答えていた。
「違います。」
ムウの腕を振り払い、ぎゅっと唇を噛む。
「ふ〜ん、ねぇ、ムウ、行きたいお店、あるの!一人じゃヤだから一緒にいこ〜〜〜!」
「いや、だから、俺は」
「ムウだって行きたい、っていってたじゃない!」
上げられたデートスポットの名称に、思わず苦笑いする。
「いや、確かに行きたいとは言ったけど・・・・。」
それは君とじゃなくて、というセリフを彼は飲み込み、ちらっとマリューを確認する。彼女は微かに眉間に皺を寄せて、自分を睨んでいた。
それに、ムウは思わず舌打ちするが、女には聞こえていない。
「ねぇ、行こうよ〜〜〜。」
彼にしなだれかかる、派手な女の子に、マリューはすうっと表情を切り替えた。
「じゃあ、これ、お渡ししておきますね。」
「え?」
物凄く事務的に、物凄く冷たく言われ、彼はマリューを振り返った。ぐいっと持っていた買い物袋を彼に押し付ける。
「今日の分のお給料は要りませんから。」
そのまま、踵を返す。
「ちょっと、マリュー。」
腕を取り返し、マリューを掴む。
「マリューさん、です。」
「どっちでもいいよ!」
睨み上げるマリューに、ムウは一瞬逡巡し、
「俺、行く気ないし。」
言い切った。
「それを私に言わないで下さい。」
ああ、それもそうだ。
「俺、行く気無いから。」
それに、女はえ〜〜〜、と頬を膨らませる。
「その女、ムウのカノジョじゃないんでしょ?」
「まぁ・・・・・そう・・・だけど・・・・・。」
途端、歯切れが悪くなり、マリューは苛立たしそうにムウの手を振り払った。
「行ってさしあげてください。」
「けど、俺は、」
「私は貴方の恋人でも、友人でもありませんから。」
「・・・・・・・・・・。」
その一言に、すうっとムウの表情が冷たくなった。それに、酷く心が動揺するが、マリューはあえて笑顔を見せた。
「お邪魔は、したくありませんし。」
「あっそ。」
冷たい声。
急に、後悔するが、もう後には引けない。それに、自分とムウの関係は単なる『雇用』関係なのだ。
「失礼します。」
頭を下げて、マリューは踵を返し、走りたくなる衝動を堪えて、駅を目指した。
「・・・・・・・・・。」
その後ろ姿に、ムウは歯噛みした。持たされた買い物袋を力いっぱい握り締める。
「ねぇ、いこ!」
その誘いに、ムウは完璧すぎる笑顔を見せた。
帰り着いた狭い部屋。そこのベッドに倒れこみ、マリューは頭を抱えてうずくまった。胸が、痛かった。どうして痛いのか、大体の見当はついているが、それでも認めたくなかった。
彼は、自分の変装をいとも簡単に見破り、あっさりとマリューの心に隙を作って、入りこもうとし、それをマリューは阻止できなかった。
完全に、マリューの負けだ。
多分。
食事を作りに行く行為を、嫌だと思わなかった時点で、マリューは気付くべきだったのだ。
それが。
(あんな・・・・・態度・・・・・。)
行かないと、そう目を見て言ってくれたのに。
ただ一言、ムウに「いや、この女は俺の彼女だよ」と言って欲しかったのだ。
(そんなの・・・・言えるわけないじゃない・・・・。)
最初に否定したのはマリューだ。
言わせようとしたのもマリューだ。
あまりに卑怯な自分に、腹が立つ。嫌われて当然だと気付き、涙が競りあがってきて、マリューは思いっきり枕に顔をうずめた。
明日、あわせる顔がない。それよりも、お弁当の材料は全部ムウに押し付けてきてしまったのだ。
(・・・・・・・・・・。)
ふと、付けっぱなしのTVから、八丁堀のOPの曲が流れ出し、マリューはぼんやりと涙に曇った剣次郎さまを眺める。
たった一人でそれを見ている自分を発見し、マリューの胸が、切なさに焦げた。
今は勉学に勤しむ時と、そう、思っていたのに・・・・・。
自分の変化に戸惑いつつ、でも、もうすでにそれを受け入れている。
(フラガ教官・・・・・・・・。)
呟いて、マリューは苦しそうに呻いた。
どうして、気付くのが今日なのだろう。
どうして、もっと前じゃなかったのだろう。
マリューは布団をかぶって、そんなことを、永遠と考え続けるのだった。
朝の六時に、携帯の着信音でたたき起こされる。
マリューは眠い目のまま、誰からかも確認せずに出た。
「はい・・・・・。」
『俺だけど。』
それに、彼女の眠気が一気に飛んだ。
「フラガきょ」
『ムウでいいよ。』
電話越しなので、相手の様子がちっとも分からない。怒っているのだろうか?と必死に耳をそばだてて、携帯を握り締める。
「あの・・・・・・。」
『あのさぁ、今月分の謝礼、払いたいんだけど。』
「え?」
まだ、あと三回は、金曜日が巡ってくる。明らかに、早すぎる給与に、マリューがしゅん、と肩を落とした。
嫌われた。
その事実を、マリューは認めたくなかった。
「あの・・・・どうして・・・・・。」
『・・・・・・・・・・』
相手の沈黙が、痛かった。聞かなきゃよかったと、唇を噛み締める。
『とにかく、来てくれるか?』
「え?」
『今日の航空ショー。』
「・・・・・・・・・。」
目を伏せて、マリューは手を握り締めた。
『来いよな。』
そう告ると、あっという間に電話は切れてしまった。
「・・・・・・・・・・・。」
しばし、受話器を見詰めた後。ゆっくりと、彼女は立ち上がった。
昨日、散々悩みぬき、あげく、悩むのがバカらしくなったマリューは今の電話で、覚悟を決めた。
決意を込めて顔を上げる。
「よし。」
マリューはカーテンを勢いよく引きあけると、口元を引き締め、ぱんぱん、と顔を叩いた。
「女、マリュー・ラミアス、一世一代の大勝負っ!」
剣次郎様のキメ台詞を吐いて、彼女はバスルームに駆け込んだ。
「あれ、フラガ?どうした、それ。」
パイロットスーツに着替える彼の指に巻かれた絆創膏に、同僚が顔をしかめた。
「ん?ああ、俺の一世一代の大勝負の布石だよ。」
襟を留めて、にやっと笑う。
「おい、飛ぶのに支障があるものじゃないだろうな?」
それに、ムウは笑った。
「まさか。そんなんじゃないよ。」
ひらひらと手を振り、ロッカーから出て行く彼が、まるっきり似合わない風呂敷包みを下げているのにも驚いた。
「なんだよ、それ。」
「大事な大事なお弁当だよ。」
その一言に、これから天気が崩れない事を、切に願う同僚だった。
官舎を出て、入り口から入ってくる人の波に眼をむける。ムウが飛ぶまでまだ、だいぶ時間がある。その間に、なんとか決めたいムウは、時計を見ながら待ち人を探す。
長身、金髪、パイロットスーツで容姿端麗。
こんな人物が、入り口付近にうろうろしていて、目立たないはずが無い。
遠目に彼を発見したマリューは、ぎゅうっと両手を握り締め、背筋を正した。彼が飛んでしまう前に、何とか決めたい。
マリューは履き慣れない、ミュールに多少よろけながら、真っ直ぐに彼を目指した。
二人の視線が、ざわめく人々の中で絡んだ。
パイロットスーツの、見慣れないムウ。
水色のワンピースのスカートをはためかせる、見慣れないマリュー。
一瞬で、お互い以外の存在が飛んでいく。
真っ直ぐに、ムウが彼女を目指して歩いてくる。
真っ直ぐに、マリューが彼を目指して歩いてくる。
二人とも、表情が硬い。
正面切って向かい合い、二人はしらず、深呼吸していた。
「・・・・・・・・あのな、」
出し抜けにムウが言う。その切り出された言葉を、別れとさっちしたマリューが大慌てで打ち消した。
「あのっ、あの私、」
言いかけるマリューの言葉の前に、と、ムウがそれに被せる。
「いや、マリュー、俺は」
「ダメっ、言わないで!」
「いや、言わせて貰う!」
「いや!!聞きたくないッ!それよりも、私の話を」
「そっちの話こそ聞きたくない。」
「いやよ!あの、私」
「黙ってッ!俺が言うッ!言わせて貰うッ!」
「違うの、私は、貴方がッ!!」
「俺は、君がッ!!」
一歩、マリューの方が早かった。だから、ムウは『貴方が嫌いです』と言わせるものか、と実力行使に出た。
「す・・・・・・・・・・・・・。」
マリューのセリフは。
いきなり腰に腕を回されて、引き寄せられて。
すんでのところで、その口付けによって、断ち切られた。
彼女の瞳が、大きく大きく見開かれる。
しばらく、軽いキスを堪能した後、ムウはそっと彼女を離した。ギャラリーが二人を横目で見て、顔を赤らめたり、微笑んだりしている。それを見つけたマリューの頬が、真っ赤になった。
「あ・・・・貴方って・・・・・人はっ!!」
ぺろっと自分の唇を舐めてから、顔を近づけ、ムウはにっこりと笑う。
「好きだよ。」
ああ、もう。
そのセリフだけで、ホッとして、マリューは自分の足元が崩れていくような感じがする。
じわじわと目尻に涙が溜まってきて、マリューは恥かしいやら、嬉しいやらで、眉を寄せて笑った。
「嫌われたと・・・・・思ってました・・・・。」
震える声で呟く彼女の、その目尻にキスをおとして、彼は笑った。
「まさか。何でそう思ったの?」
「だって・・・・・あんな態度・・・・・。」
「あ〜、アレはまぁ、俺も悪いしね。」
それより、とムウは力を抜いてマリューにもたれかかった。
「フラガ教官?」
「俺も、マジ緊張した・・・・・。」
「え?」
抱きしめる腕が微かに震えていて、マリューは更に驚く。
「緊張・・・・・・?」
「だって、」
顔を上げて、真面目に告げる。
「ひっぱたかれるの覚悟でキスしたから。」
本当に、この人は。
デリカシーの欠片もなくて、ホント無神経で。公衆の面前でキスしてしまえる、とんでもない男で。
でも。
「ひっぱたくかわりに。」
そんな風に、生きてみるのも、悪くないかも。
マリューはそっと、ムウの唇に、自分の唇を押し付けた。
「そういうのなら、大歓迎。」
離れたマリューの唇を追いかけ、塞ぐ。
何度も何度もそうやって。呆れた視線もものともせずに、二人は人ごみのど真ん中で抱きしめあった。
「っと、そろそろ戻らなきゃ。」
名残惜しそうにマリューの腰に腕を回したまま、彼は時計を見る。
「開会式?」
ハンカチを取り出し、そっとムウの唇を拭うと、彼が悪い、と頭を掻いた。
「口紅、落ちちまったな。」
珍しく化粧をしているマリューの華やかな口元が、少し褪せていた。
「気にしないで。それより、早く行かれたほうが・・・・・。」
「ん。」
走ろうとして、ムウは地面に置いたままの包みを思い出した。
「そうだ、これ。」
マリューに差し出し、彼は笑った。
「何です?」
「お弁当。」
「!?」
びっくりしてマリューが目を丸くした。それに、ムウが人の悪い笑みを浮かべる。
「誰かさんが、お弁当、すっぽかしたから。」
「もう!」
怒るマリューに、ムウははは、と軽く笑い、
「全部俺が作ったんだから、感謝するように!」
とビックリするようなコトを、さらっと告げる。
「本当に?貴方が?」
「そう。だから、今晩はよろしくな、マリュー?」
走り出す彼に、マリューはお弁当箱を抱きしめた。
「あのっ・・・・・。」
振り返る彼に、マリューは叫んだ。
「ムウッ!気をつけてッ!!」
それに、彼は一瞬目を見開き、そして全開の笑顔を見せた。
「今日のマリュー、すっげー綺麗だよ!!」
「バカッ!!」
ああ、どうしよう。
マリューは頬を染めてうつむいた。
(すっごく・・・・・・嬉しい!)
真っ青な空に、開会式用の花火が打ちあがり、航空ショーが幕を開けた。マリューは草むらにシートを敷いて腰を降ろし、空を仰いでいた。
どこまでも青く、爽快なそこを、白い飛行機雲が真っ直ぐに伸びてゆく。
アナウンスが、次の演技者の名前を告げ、マリューは立ち上がった。
轟音を立てて飛行機が飛び立ち、ゆっくりと青空に軌跡を描いていく。
大きく大きく、それが空に浮かび上がり、見上げていたマリューの瞳から、知らず涙がこぼれた。
会場が、大きくどよめき、拍手が起こった。
「まったくもう!」
呟き、マリューは大輪の笑顔を見せた。
「・・・・・大好き。」
真っ青な蒼穹。
その、巨大な空間に描かれたのは。
大きな大きなハートマークだった。
「マリューッ!!」
強く名前を呼ばれて、涙に潤んだ瞳を開ける。自分を覗き込む、大切な人が、真っ青な顔で自分を見詰めていた。
「マリュ・・・・・・」
声がつまり、その人が、泣きそうなのを堪えているのことに、彼女は気付いた。
「少・・・・・佐?」
「よかった、大丈夫ですか!?」
自分の首筋にムウが顔をうずめた所為で、次に覗き込む存在がよく見えた。
「キラ・・・・・くん。」
私・・・・・。
ぼんやりする頭のまま、よく考える。
「倒れてたんですよ、廊下で。」
「倒れてた・・・・・?」
「ほら、磁気嵐のせいで・・・・・・。」
そこで、ようやくマリューは思い出した。突発的な衝撃に備える前に、艦に大きな衝撃が走り、吹っ飛ばされた事を。それで、頭を打って意識を失っていたのだろう。
「丸三日も眠ってたんですよ?」
キラの目元にうっすらと涙が滲んでいる理由が、それである。
「嘘・・・・・・。」
そんなに気絶している艦長なんて、前代未聞だ。
慌てて身体を起こそうとする、マリューを、がっちりとムウが押さえる。
「ダメだ。まだ暫く安静にしてろ!」
目が、恐い。
「で、でも、仕事が・・・・・・。」
今この瞬間に、地球軍が、ザフトが動き出したらどうするの?
そう訴える彼女の眼差しは、
「ダメだッ」
すごむムウの前に蹴散らされる。
「そうですよ、暫く休んでた方がいいです。」
「キラくん・・・・・・。」
二人に睨まれ、マリューはふうっと溜息を付くと、まだ自分を抱きしめるムウの背中に腕を回した。
「じゃあ、そうします。」
ぎゅうっと抱き合う二人に、キラはにっこり笑って医務室を出て行った。
残った大人二人は、自然と口付けあう。
「マジで、死ぬかと思った。」
柔らかく彼女を抱きしめたまま告げられ、大げさね、とマリューが笑った。
「大げさなもんか。ちっとも目をさまさねぇし。呼んでも呼んでも答えないし。」
よくみれば、ムウはすっかり疲れ切った表情をしていた。
「ずっと・・・・付いててくれたの?」
「ああ。時間が許す限りな。」
どうりで、とマリューは微笑んだ。
「ん?」
「凄く・・・・・・良い夢を見てた気がするの。」
ふわぁっ、と欠伸をし、ムウの胸と腕にマリューが顔を埋めた。
「どんな?」
その姿に、ムウもほっと安心し、安心した事で眠たくなる。
「・・・・・・・貴方のお弁当、食べ損ねちゃった・・・・・。」
幸せそうに呟かれ、弁当?と聞き返したときには、マリューはすやすやと眠りについていた。さっきまでの、死んだような横顔とは違い、どこかあどけなく、安心しきったその顔に、ムウは安堵の溜息を付いた。
そっと頬に口付ける。
「やれやれ。」
その彼女の隣に滑り込み、点滴の管に気を付けながら、ムウはしっかりと彼女を抱きしめなおした。
「マリューさんには、ちょっとした休暇になったみたいだな。」
俺には重労働だったけど。
そう呟いて、ムウもゆっくりとまどろんでいった。
(2005/01/21)
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