Muw&Murrue
- 二週間後の大嫌い 03
- 夜が明けるのを眺めて待つこと二時間。近所のコンビニで缶コーヒを買うには多いが、24時間営業のファミレスで時間を潰すには足りない小銭しか持っていなかったムウは、廊下に屋根が有る事をありがたく思いつつ、ドアの前で時間を過ごした。
マリューの家に戻ろうかとも思ったが、それはムウのプライドが許しそうに無かった。
いい加減起きねぇかな、と何度目になるのか判らないチャイムを押すと、中で反応があった。
「あれ?フラガ教官?」
すっとぼけた声がして、チェーンが外れた。
「帰ってこないのかと思ってました。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
とりあえずどうしてくれよう、と青筋を立てて睨むと、にこお、とキラが笑った。
「これからマリューさん、朝食つくりに来てくれるそうですよ。」
向こうで食べてくるのかと思ったら、こっちに来てくれるんですね〜あはは〜。
そのために先に戻ってきたんですか?なんて告げるキラをムウは後ろから蹴倒したい気分になるが、涙が出るくらいの努力で我慢する。
とにかく寒い。
「・・・・・・・・・・・・。」
一言も発さず、バスルームに直行する。途中、思い立ったようにムウが振り返った。
「お前。」
「はい?」
「借りは返す主義なんだ、俺。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
やあだなぁ、何です?借りって。
笑顔のキラを視界から占めだす様に、ムウは力いっぱいバスルームのドアを閉めた。
「ねえ、どうしたの?」
「別に。」
「・・・・・・不機嫌。」
「そうか?」
のんびりと初秋の公園を歩きながら、マリューはやけっぱちな感じで歩くムウに溜息を付いた。
この先に、一週間ほど前に、キラと訪れた博物館がある。
マリューとムウ、それからキラは再びそこへと来ていた。
あれ以来、ムウはマリューの部屋に行っていない。またチェーンを掛けられたらたまらないというものだ。
その上、キラと生活をするようになって、二人の間は剣呑さを増す一方だった。
口論というか、棘を含んだ言い合いはいつもの事で、お互い小さな嫌がらせは終わる事を知らない。
ムウはこの間、キラが沸かした風呂に入ろうとして、それが水だったことに腹をたて、キラは、ムウから何気なく貰ったお菓子の賞味期限がかなり前に切れていたことに、その冷笑を深めていた。
そんな攻防も、マリューが朝と晩にご飯を作りに来る時だけ、緩和する。
もっとも、二人でリビングに残されて、することといえば、無言の席取りゲームだったりするのだが。
どちらもマリューの隣を得ようと躍起になり、白熱した試合展開になっていた。
この間はチェス。昨日は将棋。それからオセロやらカードやらで勝負し続けて、現在ムウが6勝5敗1分けで勝ち越していた。
一回ごとに相手がゲームの方法を選ぶルールで、今日の晩はムウが選ぶ事になっている。
何を選んで負かしてやろうかと、自分の得意分野を探していたムウは、ふう、と付かれたマリューのために息に、沈んでいた意識を引き上げた。
「貴方がこういう所に興味が無いのは知ってるけど、でも」
「マリューさん、今日からくじら石の復元模型、展示なんですよね?」
言い募る彼女を、キラの声が遮った。
「ええ・・・・・そうね。」
「実物大なんですか?」
「そういう話だけど・・・・。」
楽しげにするキラを横目に、マリューは恋人を見上げる。彼はちら、とマリューに視線を落とすと、「そうだな。」と投げやりに答えた。
「あんまり、というか全然全くこれっぽっちも興味ない。」
「・・・・・・・・・・。」
「二人で見て来いよ。」
「え?」
う〜ん、とムウは伸びをした。
「俺、見ててもしゃあないし。その方がいいだろ?」
やる気なく視線を逸らすと、ベンチが見えた。このところ、朝夕と結構涼しくなってきていた。だが今はそれほど寒くなく、心地良い天気が広がっている。昼前の暖かい空気を前に、昨日はあんまり寝てないんだよなぁ、とムウは欠伸を噛み殺した。
ベンチに向かって歩いて行く。
「ここで待ってるから。」
「・・・・・・・・・・・・。」
複雑な顔で眉を寄せるマリューが、何か言いかけるより先に、キラがぐいっと彼女の腕を引っ張った。
「行きましょう、マリューさん!ほら、もう入場者で、列できてますよ!」
「え?・・・・・・ええ・・・・・・。」
身体を博物館のほうに向けながら、マリューは首だけでムウを振り返った。それに、彼はにこっと笑うとひらひらと手を振る。
戸惑いながら、マリューはキラに連行されて、くじら石から復元された、実物模型を見るために、朝から並んでいる列に付くのだった。
ふあああああ、と欠伸をして、空を見上げる。雲ひとつ無い快晴のそこを、飛行機雲が横切っていくのが見えた。
「あ〜・・・・・そういや明日、実習だったなぁ・・・・・。」
キレイな直線のそれを見ながら、ぼんやり思う。準備もあるんだよなぁ・・・・・しかも終わった後面倒だしなぁ・・・・・・。つか、帰ったらアイツがいるのか・・・・・それも頭痛の種だよなぁ・・・・。
(大体今日デートする約束だったのに、なんだよ、あの野郎、付いてきやがって・・・・・。)
彼の不機嫌の発端はそこである。
あの野郎、チェス、弱いよな・・・・・よし、今晩はそれにしよう・・・・・。
ぼーっとそんな事を考えているうちに、瞼が重くなって、気付くとムウはそのままベンチで眠り込んでしまった。
「マリューさん?」
「え?」
ちらちらと入り口を気にしていたマリューは、声を掛けられて、はっと視線を戻した。一階の奥のホールに、巨大な、羽の生えた鯨の模型が置かれている。見事な流線型に魅入っていたキラは、気もそぞろのマリューに眉をしかめた。
「どうしたんです?」
「ん?」
一瞬誤魔化そうかと思うが、それもあまり意味が無いので、マリューは苦笑して見せた。
「・・・・あの人、一人で放っておくとろくな事無いから・・・・。」
ちょっと肩をすくめてみせるマリューに、キラは苦笑した。
「興味ない、っていうんなら、仕方ないと思います。」
「そう・・・・なんだけどね。」
ちらちらと後ろを気にするマリューを、キラはひたっと見詰めた。
「あの・・・・・マリューさん。」
「ん〜?」
「・・・・・・・・あの人のどこがいいんですか?」
「え?」
直球で聞かれて、マリューはぽかんとした。そして、次の瞬間には、見る見るうちに真っ赤になる。その様子に、呆れたようにキラが眉を下げた。
そんな彼の様子に気付かず、マリューは視線をく羽の生えたクジラへと向けた。
「・・・・・・・・・・あんな感じ。」
「え?」
まっすぐにクジラを見たまま、マリューはそっと呟く。
「どこから来て、どこへ行くのか・・・・・どうして化石になってしまったのか・・・・・。」
私たちはこの、クジラの事を知らないわ。
穏かにマリューは続ける。
「それと同じ。私と全然違うのよ、彼。」
だから気になるの。
だから好きなの。
側に居たいの。
「目を離すと、どこかに行っちゃいそうで。」
だから、ちょっと不安なのかな?
「・・・・・・・・・・・・・。」
俯くキラに、マリューは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「ごめんね、キラくん。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「私ね・・・・・・凄く好きみたい。」
ムウのこと。
それに、キラがはっきりと傷ついた顔をして、マリューを見上げた。誤魔化しちゃダメだと、マリューは手を置いた、冷たい手摺を握り締める。
「キラくんが・・・・・・『あの人』を慕ってて、私と『あの人』が一緒に居るのが一番だと、そう思ってるのは知ってたわ。」
今でも、私の恋人は『あの人』だと、そう思っているのでしょう?
「・・・・・・・・・・・。」
理想のカップルだった。
生まれたときから、寄り添うのが当たり前のような、絵に描いたような二人を見て、キラはあれこそが恋人同士だとそう思ったのだ。
彼は優しくて知的で、物腰が柔らかかった。一緒に居るマリューを大きく包み込んでしまうような、包容力のようなものを、キラも感じていた。
姉さんを幸せに出来るのは彼だけだ。
そんな確信めいた物を、キラは二人の姿に見て育った。それに、キラは彼が好きだったし、彼と一緒に居るマリューの穏かなところも大好きだったのだ。
それが、壊れた。
一緒に来てくれと告げた彼を、マリューは跳ね除けた。
私は私の道があって、そこを生きたいの。
それを、彼女は絶対に譲らなかった。
初めて見た、喧嘩をする二人。
でも、喧嘩をしないよりはするほうがいい、と大人びた考えを持っていたキラは、特に気にも留めなかったのだ。
だって二人は理想のカップルで。
生まれたときから、寄り添うのが当たり前だったのだから。
でも、キラの期待は、卒業と同時に姿を消したマリューと、一人で旅立った彼女の恋人の別れによって砕かれたのだ。
それでも繋がっていると、信じていた。
だって凄く理想だったから。
なのに。
なのに彼女が選んだ相手は、あんなちゃらんぽらんな人で!
「どうして・・・・・ですか?」
唇を噛み締めて俯くキラに、マリューは困ったように微笑む。
「キラくん・・・・・・。」
「どうしてですか!?あの人は今でも姉さんを愛してるんです!」
「・・・・・・・・・・。」
「僕、頼まれたんです!マリューの様子を見て来いって!心配だからって!変な男に騙されて無いか、とか、ちゃんと生活できてるのか、とか、そういうの、見て来いって!」
今だって彼、ずっとずっとマリューさんを思ってるんです!
「・・・・・・・・・・。」
ふ、とマリューの顔を、暗い影が通り過ぎる。俯いた横顔に、キラははっとした。
いつもの優しい表情はそこから消えて、どこかうんざりしたような、悲しげな色合いが浮かんでいる。
「終わってるのよ。」
ぽつり、といわれた言葉。
「私・・・・・もう愛して無いわ。」
嘆きにも似たその一言を、キラは信じたくなくて。
「終わってません!」
叫ぶと、彼はぱっと身を翻して駆け出した。
昼近くになると、ますます辺りは気持ちよさを増す。博物館へと足を運ぶ家族連れや恋人たちの物珍しげな視線など気にするでもなく、容姿端麗な男はベンチで爆睡していた。
口なんか半開きだ。
そんなアホ面を晒してる男は、次の瞬間、思いっきり頭部をぶたれて快眠からたたき起こされた。
「んなあ!?」
がば、と起き上がると、真っ青な顔で自分を睨んでいるキラを見つけた。
「・・・・・・・・・・貴様・・・・・・。」
一度ならず二度までも俺の睡眠をじゃまするとはっ!!!!!
もう、これは不当だ!
わざわざマリューと二人っきりにしてやったのに(ここには多少のマリューへのあてつけもある)、何をするんだてめえはっ!!!!
口をあけてののしるのと同時に手が出そうになる。そのムウの行動より先に、キラの怒声の方が辺りに響いた。
「貴方なんか、大ッ嫌いだ!!!!」
「・・・・・・・・・・・・はあ?」
そのまま、ぐしゃ、と顔を歪めて、彼は再びぽかり、とムウの頭を叩くと一気に走り出した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・をい。」
なんだあ?
ていうか、俺だってお前の事嫌いだっての。
唖然として、遊歩道を、公園の出口目指して駆け去るキラ少年を見送っていたムウは、鋭く名前を呼ばれて振り返った。
マリューが血相を変えて走ってくる。
「何だよ、あれ。」
渋面で自分の恋人に聞くと、マリューはおろおろとほほに手を当てた。
「私・・・・・どうしよう、何の配慮もしなかったの。」
「はあ?」
「だってキラくん・・・・・大人びてたから・・・・・でもまだ14歳なのよね。」
「ちょっと、マリューさん?」
「男女の事なんか、そんなにわからないわよね。」
「それは君もだろう?」
ぽかぽかと胸を叩かれて、ムウはゴメンゴメンと軽く謝った。
「で、何があったわけ。」
もう一度遊歩道に視線をやれば、走っていくキラの姿はもう見えない。
「・・・・・・私・・・・・・・。」
俯く彼女が、今にも泣き出しそうで、ムウはしばし思案した後、溜息を付いた。
家に帰ったわけではない。大体鍵はマリューとムウが持っているのだから。走りながら辺りを探し、ムウは広く整備された広場に出た。
両脇に、規則正しく並んだ銀杏の木が植わっている。その間に、四角い噴水が、碁盤の目状に敷かれた、コンクリートの石畳の上に広がっていた。噴水を中心に、同じように四角く区切られた池が、縦と横に・・・・十字に広がっている。そこに、探し人が立っていた。
水面が雲ひとつ無い空を映すそこを、彼は眺めているようだった。
もちろん、そんなはずは無いのだろうが。
息を弾ませていたムウは、一つ深呼吸をすると、彼の背中と十分に距離をとった。
「バーカ。」
背後に言葉を投げかける。びく、とキラの背中が震えるのが、ムウにはよく判った。
「お〜お〜、嫌だねぇ〜。これだからガキは。」
ば、とキラが振り返った。力いっぱいムウを睨んでいる。
「そういうのはいっちょまえか?」
「うるさいですよ!」
激しく睨まれて、それでもムウはしれっと流す。
「キラくんったら、コワ〜イ。」
「大ッ嫌いだ!」
「・・・・・・・・・・。」
さっきと同じ言葉を返されて、ムウは肩をすくめた。
「ま、俺もお前なんか嫌いだからいいけど。」
ざわ、と風が吹き、二人の間を通り抜けていく。ムウはそれを目で追った。右手には草原が続き、ちょっと行った先が小高い丘になっている。あちらこちらにビニールシートが見え、寝っ転がって本を読む人や、お弁当を広げる家族連れが見えた。
「何で・・・貴方なんですか。」
悔しそうに、押し殺された声が響き、ムウは視線を少年に戻した。彼はもどかしげに両手を握ってこちらを睨んでいる。
「な〜にが〜?」
「マリューさんの恋人です!」
「さあ・・・・・・・。」
肩をすくめる。
「俺もさあ、なんであんな良い女が俺の恋人なのかわかんないんだよね。」
「別れてください!」
「何で?」
さらっと返されて、キラはひるんだ。だが、声を励まして続ける。
「あなたは・・・・マリューさんに相応しくないからです!」
へ〜、とムウは感心したようにキラを見た。
「じゃあさ、誰が相応しいんだよ。」
知的で、物腰が柔らかくて、優雅で。優しくて、いつでも僕を助けてくれる。誇り高くて、崇高で、目的意識が高い・・・・あの人。
「あなたなんかより、10倍も・・・・20倍も相応しいんだ!!!」
「・・・・・・・・・・。」
駄々っ子のように、ぎゅっと目を閉じて言われて、ムウは呆れた。
「話になんねぇ。」
それに、キラが顔を上げる。
「あなたなんか、ちゃらんぽらんで、いい加減で、適当に生きてるだけじゃないですか!」
あの人はそうじゃない!世界に羽ばたこうとしてるんだ!あの人は・・・・あの人だけが、マリューさんを幸せに出来るんだ!!
「だから、話になんねえ!」
ムウは、キラに向かって力いっぱい叫んだ。
「なんだあ?お前、ソイツの事好きなのかあ?」
「尊敬してるんです!!!」
「・・・・・・・馬鹿じゃねえの。」
ばっさり切り捨てる。
「な・・・・・・。」
驚く彼に、ムウは呆れた、と言いたげに叫んだ。
「恋敵尊敬してどうするんだよ。」
「!!!!!!」
その一言に、キラが凍りついた。
紫暗の瞳が大きく大きく見開かれる。
その様子が、あまりにも滑稽だったから、思わずムウは大爆笑してしまった。
「な、なんなんですか!?」
喚かれて、「ごめ・・・・・。」と慌てて声を押し殺す。
ムウはひたっとキラを見た。
「お前、ほんとに馬鹿だな。」
「なっ・・・・・・・・。」
「失恋も出来ないのかよ。」
「っ・・・・・・・・・・。」
苦く、ムウが笑った。
「好きだったんだろ?マリューのこと。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「けどさ、マリューには恋人が居た。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
ああ、そうだ。
唇を噛み締めるキラは、胸の内で思う。
そうなのだ。
「ソイツに・・・・・・・勝ちたかったんじゃないのか?本当は。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「けど、馬鹿で単細胞で弱虫のキラ・ヤマトくんは、マリューの相手を思いっきり認めることで、自分が失恋するの、回避したんだよなぁ。」
あの人を、僕は好きだ。
尊敬する。
凄い立派な人だし、絶対にマリューさんを幸せにしてくれる。
あの人と、マリューさんが結ばれるのは、神の定めなんだ。
運命なんだ。
運命。
「だから嫌なんだろ?」
「・・・・・・僕は・・・・・・・・・。」
「マリューが、そいつの所を飛び出したのがさ。」
僕はせっかくあきらめたのに。かなわないとそう思ったのに。彼にならと譲ったのに。
俯いて、悔しくて仕方ない表情で唇を噛むキラとの距離を、ムウは縮めた。
手を上げて、一発殴ってやろうかと思ったが、悔しくて堪えた涙が目尻に滲んでいるのに気付いて、ムウはその手を頭に乗せてやった。
強張る彼を無視して、ぽんぽんと叩いてやる。
「男なら、失恋ぐらい恐がるなよな。」
「・・・・・・・・・だ。」
「ん?」
「嫌いです・・・・・・・ムウさんなんか。」
自分の恋敵。
「おうよ。俺も嫌いだよ、お前なんか。」
「キラッ!てめーっ!!!!」
ばん、とドアを開けて出てきたムウは、見事に粉まみれだった。リビングで朝食を出していたマリューはその様子にあきれたように目を丸くする。
「どうしたの?」
「アイツはどこ行ったーっ!?」
叫びながら、ずい、と袋をマリューに突きつける。
「なあに?これ。」
「ドアに細工しやがったっ!」
開けたら、袋に入っていた小麦粉の蓋が開いて、頭から被るような仕組みになっていたのだ。
ふるふると肩を震わせる恋人に、思わず吹き出しながら、マリューは外を指差した。
「キラくんなら、もう・・・・・・。」
窓に駆け寄り、ベランダに出る。学生鞄を持ち、制服姿のキラが、ムウに気付いて、あはは、と笑うのが見えた。
「貴様ーっ!!ぜってー許さん!!!」
「最後の勝負、僕の勝ちですね!」
「ふざけるな!昨日の一戦、一手待ってやったのは誰だっ!!!!」
「敵に情けをかけるなんて、ムウさんらしくないですよ〜。」
あはははは、と笑いながら駆けて行くキラは、その足で友達と合流している。
その姿に、むしゃくしゃしながらムウは部屋に戻ると、渋面でソファーに腰を下ろした。
そのまま粉まみれの金髪を拭う。
「ああもう、ダメ!ソファー汚れる!!」
途端、マリューから厳しい叱責の声が飛んだ。
「なんだよ〜、冷たいよな、マリュー。」
「さっさとシャワー、入ってきなさい!!」
怒鳴られて、しぶしぶ立ち上がると、すかさず近寄ったマリューが、「ああもう!」なんて言いながら、粉まみれのクッションをはたいている。
それを見ながら、ムウはふう、と息を付いた。
「ま、これでアイツとの共同生活も終りだからな。」
「・・・・・・・・・そうね。」
今日からキラはここに帰ってこない。間借りの準備が整ったのだ。部屋を提供してくれたのは、あの博物館の館長でもあるシーゲル・クラインである。
「彼が間借りする先には、同級生の子がいるらしいから。」
ここよりは、楽しいのかもね。
少し寂しそうな顔をするマリューに、ムウが小さく笑うと、
「俺も、ようやく・・・・・・。」
後ろから抱きついた。
「ちょっと!」
粉だらけになっちゃう!
「いいじゃん・・・・・・あ〜・・・二週間ぶりのマリューの感触だ。」
首筋に顔を埋めるから、「もう!」とマリューが渋面を作った。髪の毛が粉まみれだ。
「何するんですか!」
「マリューも道連れ。」
「ふざけないで!」
身体を離しに掛かるマリューを、ムウはひょいっと抱き上げた。
「ちょっと!」
「俺達、出かけるまで時間有るだろ?」
「ええっ!?」
「だから、シャワー、一緒に入ろうぜ。」
朝から何を言い出すんだ、この男はっ!!!
「もう!信じられません!」
「なあ・・・・・・・・。」
喚き、じたじたと暴れる彼女を、バスルームに連行しながら、ふとムウはマリューを見た。
「何で俺のこと好きなの?」
こんな事してるのに。
それに、呆れたようにマリューが溜息を付いた。
「貴方放っておくと、ろくな事が無いからです!」
「キラ〜!」
走ってくるトールに、キラは手を振る。愛想の良い彼は、新しい学校でも直ぐ友達が出来た。
「何?朝から楽しそうな顔してさ。」
「うん・・・・・いやね。」
粉まみれの大人の男を思い出して、キラはくっくと声を殺して笑う。
「なんだよ〜、教えろよ〜。」
「何でもないんだ。」
道を行きながら、キラはしょうがないかと、鞄を握り締める手に力を込めた。
自分はきっと、ずっと彼のことが嫌いなはずだ。
でも、それでいいのだと、教えてくれたのも彼だ。
そして彼もまた、僕を嫌いでいてくれる。
「大ッ嫌いだ!ムウ・ラ・フラガなんか!」
笑いながらキラはそう叫び、「はあ?」と首を傾げるトールと楽しげに学校に通うのだった。
(2005/11/05)
designed by SPICA