Muw&Murrue

 二週間後の大嫌い 02
 勢い込んで乗り込んだマリューの部屋は、もぬけの殻だった。
 ただ、部屋にひとつのボストンバックが置かれているだけである。
「?」
 昨夜着ていた洋服がベッドに投げ出されていることから、彼女が着替えをしたのが分かる。ハンドバックも置いたままだ。
 心の中で謝りながら、そのハンドバックを開けると、中にはお財布も化粧ポーチも携帯も入っていない。
「・・・・・・・・・・。」
 鞄を持ち替えて出かけたということだろうか。
 玄関の靴箱をチェックする。
 黒いパンプスがいくつかと、夏に履いていたミュールが二つ。それとスニーカーが見える範囲には見えた。
 昨日履いていた物は、確かに靴箱に入っている。
「・・・・・・・・・。」
 着替えて、鞄も代えて、靴も代えて彼女は出かけたらしい。
 しかも酷く慌てた様子だった。

 そして、部屋の真ん中に置かれたボストンバック。

「・・・・・・・・・・・。」

 間違いなく、誰かに連れ去られたな、とムウは腕を組んで苦い顔をした。






 せっかく朝食を作ってきたのに、コーヒーショップでホットドックとコーヒーで朝ごはんをとりながら、マリューは溜息を付いた。
 向かいに座る人物は、そんな彼女の様子ににこにこ笑っている。
「・・・・・・笑い事じゃないわよ。」
 釘を刺すようにいうと、相手は肩をすくめた。それに、むっと眉を寄せるとその人物は、アイスコーヒーを飲みながら頼まれたからだと再度繰り返した。

 嫌になる。
 本当に。

 ついでだし、断る理由もなかったからと笑いながら告げる人物に、もう一度マリューは溜息をつくと、これからどうするのかをとりあえず尋ねてみた。
 相手は窓の外を見ると、博物館に行きたいと切り出した。ここからバスで15分の、こじんまりとした林の奥に、博物館がある。くじら石のレプリカがあるのだ。
「・・・・・・・・・。」
 お昼には絶対に戻ると、そうムウと約束している。お昼から用事があると、目の前の人物が言っていたからだ。
「時間的に余裕が無いわ。」
 そういうと、その人物は大丈夫ですと笑った。なんと、用があるのはその博物館だというではないか。

 嫌な予感がする。

「なら、一人で行けばいいでしょう?」
 諭すようにいうと、相手は首を振りニッコリと笑った。
「マリューさんに、是非説明してもらいたいんです。」

 にこにこにこにこ。

「・・・・・・・・・・・。」
 その笑顔に、マリューは渋面で溜息を付いた。




 結局マリューがムウの部屋に戻ったのは、午後2時だった。ソファーにねっころがって雑誌をめくっている恋人を、リビングに入った途端見つけたマリューは大慌てで駆け寄った。
「怒ってる?」
「うん。」
 ストレートにいわれて、フローリングにぺたんと座ったマリューは後ろに持っていた箱を差し出した。
「駅前のケーキ屋さん、限定のチョコレートケーキ、買ってきたの。」
「・・・・・・・・・・。」
「あ〜ん、ってしてあげるから許して?」


そんな古典的な手で俺が許すと思ったら大間違いだ大体俺のこと放っておいていったいどこ

「ダメ?」

「・・・・・・・・・・じゃ、ここ座って。」

 思案したのはたったの二秒。彼女からそんな風に申し出があって、蹴るなんて馬鹿げている。お皿とフォークを持って戻ってきたマリューが隣に腰を下ろし、真っ黒で黒光りする、甘い匂いのケーキを取り分ける。
 フォークで食べ易い大きさに切ると、刺したそれを「あ〜ん」とムウに差し出した。
 ぱくっとして、しみじみと幸せを噛み締めていると、不意にマリューの持っていたバックからけたたましい音が響いてきた。
 普通の電子音だ。
「着メロとか設定しないの?」
「それだと気付かないんです。」
 ぱっと電話を取る彼女をムウは大人しく待つ。
「ええ。・・・・・え?ちょっと!?駄目よ、大体用事が・・・・・・・・・・。」
 なにやらごにょごにょと話した後、マリューは力なく、溜息をついた。
「ええ。・・・・・・・・分かったわ。」
 五時には戻るわね。
 その台詞に、ムウが目を丸くした。携帯を切って鞄に放り込む彼女を、ムウは慌てて抱き寄せた。
「ご、五時に戻るってなんだよ!?」
「え・・・・あの・・・・・。」
「土曜日だぞ!?明日休みなんだぞ!?それを五時に戻るってっ!?」
 勢い込む恋人に、マリューは情けない顔をした。
「で・・・・でも・・・・だって・・・・・。」
「・・・・・・・・・・ボストンバック。」
 それに、ぎくん、とマリューの体が強張った。
「あれ・・・・・・何?」
「・・・・・・・。」
 視線を逸らすマリューに、ムウはすっと目を細める。
「今朝、マリューの部屋で見つけたんだけどさ・・・・。何?誰か来てるのか?」
 それに、彼女の表情が更に強張るから、ムウはじろっと彼女を見た。
「誰?」
「え?あ〜〜〜え〜〜〜。」
「友達?」
 それに、がくがくとマリューが頷いた。
「そう!友達!!ハイスクール時代の友達!!」

 明らかに嘘だとわかる言い回しに、ムウはにっこりと笑みを作った。

「マリュー。」
「・・・・・・・はい。」
「嘘つきはお仕置き。」
「だ、ダメっ!ダメです、ムウっ!!」
 そのまま押し倒されて、やっぱり好き勝手にされそうになって、慌ててマリューが叫ぶ。
「嘘付く君が悪い。」
 ちゅ、と細い首筋にキスをし、そのまま服を脱がせようとする。それに、本気で焦ったマリューがぽかぽかと彼の背中を叩いた。
「分かったっ!わかりました、嘘ですっ!!だから離してっ!!」
「本当の事、教えてくれる?」
 真っ赤になって自分を見上げるマリューに、ムウはそういい、そっと頬に手を当てた。
「〜〜〜〜〜。」
「いわなきゃ続行。」
「いいますっ!」
 自分の身体を取り返して、マリューはほうっと溜息を付くと、髪の毛と服の裾を直しながら、「これから家に来てください。」と渋面で答えた。




「あ、お帰りなさい、マリューさん。」
 そう言って勝って知ったるマリューの家の玄関から出てきた存在に、ムウは固まった。
 女の子のような顔立ちの、栗色の髪の少年が、エプロン姿でそこに立っていたからだ。

 紫暗の瞳が、ムウを映してちょっと大きくなる。

「ただいま・・・・・キラくん・・・・。えと・・・・・。」
 マリューは、ぽかんと佇むムウの腕を取ると、ぐいっと引っ張った。
「あの・・・・こちらは、ムウ・ラ・フラガさん・・・・・大学の近くのパイロット養成学校の教師で・・・・・・。」
 私の恋人、というセリフがマリューの喉に突っかかる。えと、と頬を染めて俯く彼女に、ようやく気付いたムウが、自分から名乗ろうと口を開けた。
 だが、それを少年が遮った。
「ああ、マリューさんの朝帰りのお相手ですね。」
 ぼん、と音が聞こえそうな勢いで彼女が真っ赤になった。
「き、きききキラくんっ!!!」
 あわあわするマリューに、「やだなぁ。」なんてニコニコ笑う少年と、ふとムウは目が合った。
「・・・・・・・・・・。」
 一瞬だけ、鋭い眼差しで見られる。
 ムウは嫌な予感がした。
 食って掛るマリューを、宥めているキラから取り返し、ムウはさり気なく彼女の肩を抱いて笑みを浮かべた。
「初めまして。マリューの恋人のムウ・ラ・フラガです。」
 再び視線が合う。ぱしっ、と軽い音がするのではないかと思うような剣呑な物がそこには混ざっていた。だが、ムウも少年も笑顔を崩さない。
「初めまして。キラ・ヤマトです。」
 ますます笑みを深め、それから清々しく彼は言い放った。
「マリューさんの弟です。」
 と。




「せ、正確には本当の弟、じゃないの・・・・・。」
 なんと表現していいのか分からない顔で見詰められて、小さく俯くとマリューはそう、切り出した。
 血のつながりは無いの、と説明し、マリューはムウにお茶を淹れ、苦く笑った。
「私の父と深い関わりのあった方の息子さんで・・・・でも、キラくんがまだ小さい時にご両親が亡くなられて。」
 それで家で引き取ったの、とマリューはちょっと目を伏せる。
「でもその後、キラくんのお母様の妹さん夫婦が、彼を引き取りたいとおっしゃって。」
 ずっと海外で暮らしていた所為で、自分の姉が亡くなった事も、息子さんが居た事もずっと知らなかったそうなのだと、マリューは悲しそうに話した。
「もともと・・・・・キラくんのご両親は、あまり人付き合いをするほうじゃなかったし、実家から勘当されてたから。」
「でも僕、五年くらいでしたけど、今でもマリューさんは僕のたった一人のお姉さんだと思ってます。」
「・・・・・・・・・。」
 台所から戻ってきたキラは、ニッコリ笑って、小さな小皿に移した物を手渡した。
「ビーフシチューなんですけど、味、いいですか?」
 味見をして、マリューはにっこりと微笑む。
「ん・・・・・もうちょっと塩コショウしてもいいんじゃない?」
 二人で額をつき合わせて話す姿をみて、ムウは思わず渋面を作った。
 自分以外に、あんなくつろいだ笑顔を見せるマリューが面白くない。
(って、いかんいかん・・・・・ど〜も最近嫉妬深くて・・・・。)
 そんな自分にはっと気付き、冷静に冷静にと深呼吸をする。彼は弟で、そして自分は大人なんだからと、言い聞かせようとして、ふとムウはキラを見た。
 大人びた横顔に、訊ねてみる。
「で、キラくんは一体いくつ?」
「14です。」

 そうは見えなくて、眼を丸くする。
「来年、受験生なのよ。それで・・・・・。」
「新しく出来る、マリューさんの大学の付属高校を受けたくて。」

 朝読んだ、新聞記事を、ふとムウは思い出した。

「結構競争率が高そうだから、こっちのある程度レベルの高い学校に移って、そこから狙うことにしたんですって。」
 ほんと、偉いわよね、キラくん。
 そういうマリューの台詞を、へ〜、と聞き流していたムウは、次の瞬間、はたと気付いた。
「って、ちょっと待て。こっちの学校?」
 嫌な予感がする。
 そんな表情を全面に押し出すムウに、キラは絶対に崩れない清々しい笑顔を返した。
「知り合いのところに間借りさせてもらう予定なんですけど、それでもちょっと準備が追いつかなくて、でも授業は後期から受けたいから、無理言ってマリューさんの所に」
「スト――――――――ップ!!!」
 そんなキラの台詞を、ムウが大慌てで押し留めた。
「じゃあなにか、キラ・ヤマトくん。君は間借りの準備が出来るまで、ここに住むっていうのか!?」
 笑顔の奥に怒りを込めた顔を向けられて、キラは鉄壁の笑顔を返す。
「はい。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「でも、二週間くらいだし。」
 にこにこ笑うマリューの腕を掴むと、ムウはぐいっと彼女を引き寄せた。その様子に、肩をすくめたキラがキッチンへと消える。
「マリュー・・・・・・あの歳頃がどういう人種か、わかってるのか?」
 ひそひそと囁かれたムウの台詞には、眼に見えない怒りが滲んでいた。
「何?急に・・・・・。」
 眉を寄せる彼女に、ムウは握りこぶしで訴える。
「思春期ど真ん中の男がだ、こんな美人で抜群のプロポーションの女性の部屋に寝泊りだ!?ふ ざ け る なっ!!」
 オオカミを野放しにするようなものだぞ!?

 力説するムウに、マリューは「呆れた。」というように肩を落とした。
「キラくんは私の弟みたいな存在よ!?そんなことになるわけ無いでしょ!?」
「甘い!!!大体マリューは男に対する認識が甘すぎるんだよ!!」
 そんなこと無い。

 彼らに変な目で見られるのが嫌で、地味な格好をしてきたのだ。

 かちん、ときてマリューが声を荒げた。
「絶対にムウが心配するような事にはならないわよ。」
 ふい、とそっぽを向くマリューに、ムウは「常識が無い!」と肩を掴む。
「大体、普通の兄弟でだ!姉と弟がこの歳で一緒の部屋で寝泊りするか!?」
「姉と弟が一緒に一人暮らしを始める例だってあるわよ。」
「その際、それでも寝室は別々だろ!?」
 この部屋のどこに、別部屋があるんだよ!!!
 怒鳴られて、き、とマリューはムウを睨んだ。
「キラくんはまだ14歳よ!?」
「14なんて立派に男だろうがっ!!」
「何でもかんでも貴方の基準で考えないで!」
「マリューは甘すぎなんだよ!昨日だって、平気で男と一緒にタクシーに乗って帰ってきてっ!」
「な・・・・・何も無かったんだからいいでしょ!?」
「よくねぇよ!!馬鹿!」
「ば・・・・・あ、貴方に言われる筋合いは無いわよ!夜中までオンナノヒトと仕事してたくせに!」
「春先の話だろそれはっ!」
「一緒にご飯食べたりしてたじゃない!!」
「それは、マリューがTVに出るなって言ってるのに出るから」
「あの〜〜〜。」

 白熱する口論をとめに入ったのは、当の本人のキラである。

「・・・・・・・・・・やっぱり僕、迷惑ですよね。」

 しまったぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!

 しゅんと肩を落としてそういうキラに、ムウは自分が思いっきり不利な事に気付いた。そういわれたら、マリューが何を返すかなんて眼に見えている。
「迷惑なんて・・・・そうじゃないのよ、キラくん。」

 ほ〜らみろ、ほ〜らみろ、なんだなんだ、この展開!!

「ムウがわからずやなだけで。」

 ああおいちょっとまて、俺は恋人として当然の権利を主張しただけなんだぜ、お〜い。

 これはもう、徹底抗戦だ、ときっとキラをにらむとちらっとムウを見上げた少年の、その紫暗の瞳に、ちかりと光るものを見る。
(こ・・・・・こいつっ・・・・・!!!)
「でも、僕の所為でマリューさんが迷惑するのは・・・・。」
 とどめ、とばかりに、上目遣いで言われた台詞に、ちょっとマリューが首を傾げると、ぽん、と両手を打ちつけた。
「じゃあ、」
 ああ、最後の審判が下される・・・・・。

 ムウは、どうせキラと一緒に暮らすんだとマリューが言い出すに決まっていると泣きそうな気持ちで考えた。
 だが。

 ムウの恋人はとんでもない判決を下した。

「ムウのところにキラくんが住めばいいのよ!」






 は?







 二人の目が点になった。
 だが、マリューはナイスアイディア!とばかりに一人でウキウキと話し出す。
「そうよそうよ、キラくんだって、女の部屋に泊まるのなんか嫌でしょう?それなら、同じ男の人の方が気が楽だと思うの!それに、これなら、ムウだって余計な心配しなくてすむじゃない?」

 そうよそうよ、そうしましょう!



「俺が・・・・・・・・?」
「僕が・・・・・・・?」
 二人の視線が、ガチでぶつかる。二人の間に漂う微妙な空気に、しかし点で気付いていないマリューは一人、うきうきと続けた。
「そうよ!決定!いいでしょ?ムウ?キラくん?」

 殺人的に可愛く微笑まれては、ムウとキラに返すべき返答に選択の余地などあるわけがなかったのである。





「何で俺が野郎と寝起きを共にしなきゃならないんだよ・・・・・。」
 楽しいんだか楽しくないんだかな夕食を終えた後、キラを連れたムウは自分の部屋に帰って来ていた。リビングでは、マリューが嬉しそうに布団なんか用意している。
「僕、リビングで寝るんですか?」
「なんでイソーローにベッド提供しなきゃならないんだよ。」
 じろっと睨むと、キラがはあ、と肩を落とした。
「大体僕、勉強もしなきゃならないんですけど。」
「だから個室を寄越せってか?甘いな。この家の権利者は俺、」
「じゃあ、キラくんはこっちで。」
 と、剣呑な会話をしていた二人の間に、突然布団を一組持ったマリューが入ってきた。そのまま、ムウの寝室のフローリングに布団を敷く。
「って、マリュー!?」
「修学旅行みたいでしょ?」
 にこにこと笑うマリューに、ムウは涙した。

 何故だ!?
 何故俺が、こんな生意気な坊主と布団を並べて寝なきゃならんのだ!?

 そこで、はたっとムウが気付いた。
「そうか!この部屋をキラに提供して、俺がマリューのところに住めばいいんじゃないか!?」
 鋭い視線をキラから向けられるが、それを綺麗に無視してムウはマリューの手をぎゅっと握り締める。
 それに、くす、とマリューが笑った。
「それは駄目よ。」
「なんで。」
「ベッド狭いもの。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
「大体他人の家で一人暮らしなんて、したくないでしょ?キラくん。」
「え?」
 突然振られて、キラは思わず反応に詰まった。ムウから鋭い視線を向けられ、思わず睨み返すと、何を勘違いしたのか、マリューがその笑みを益々深めた。
「ほら〜、キラくんだって、あなたがいてくれた方がいいみたいじゃない。」
「ちが・・・・・・。」
「ま、マリューさん!?」

 こっちのデスク、どうせ使ってないんでしょう?キラくんの教科書とか置いておくわね!

 うきうきとキラが持ち込んだ参考書や教科書を並べなるマリューに、二人は思いっきり脱力するのであった。




「二週間くらい向こうの学校に居ればいいだろうが。」
「それで受験に失敗したらフラガ教官のせいですからね。」
「はっはっは・・・・・自分の実力のなさを他人のせいにするとは、まだまだ青いな、お前も。」
「・・・・・・・・。」

 薄暗い闇の中で、剣呑な視線がぶつかり合う。ああ、明日は日曜日だってのに、とムウは嘆いた。
 隣に居るはずの恋人は、道路を挟んだ向こう側の家に居る。

 会いに行こうか。

(そうだよな〜・・・コイツが寝ちまってからこっそり会いに行くか・・・・。)

 近所というのは涙が出るほどありがたい。そうだ、そうしよう、と決意も新たにそう思っていると、不意にキラの言葉が沈黙を破った。
「信じられないです。」
「・・・・・え?」
 声に混ざる不満を、ムウは敏感に察知した。
「・・・・・・・・・・・・。」
 それっきり黙りこむキラに、ムウは聞いてみる。
「何がだ?」
 馬鹿にしたような吐息を返されて、嫌な奴、とムウはそっぽを向いた。

 キラのその反応だけで、ムウは彼が言いたい事に気が付いたからだ。

「悪かったな。」
「何も言って無いですよ?」
「言ってるだろうが。」
「・・・・・・・・自覚、あるんですか?」
「無いね。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
 無いって言えるって事はあるんじゃないんですか、自覚。

 キラはもう一度溜息を付いた。それからムウに背中を向ける。

「なんで、マリューさん、貴方みたいな人のこと好きなんだろう。」
 やりきれないものの滲む彼の言葉に、ムウはふん、と鼻を鳴らすのだった。




「ム〜〜〜〜〜ウ!」
 パジャマにパーカーを羽織った恋人を、ムウはドアが開くのと同時に抱きしめた。
「言ったでしょ!?ベッド狭いって!」
「じゃあ、終わったら帰るから。」
「なんですか、その言い方は!!!」
 悲鳴のような声で抗議されるが、無視してムウは彼女をベッドまで押していく。
 後退し、彼女の膝がベッドの淵に当たった。
「む・・・・・・・・。」
 そのままぼふ、と押し倒され、続けて口付けられる。

 これ以上はダメだ、とマリューは進入する舌を噛もうと身構えた。

「っと。」
 間一髪で唇を離した男は、そのまま力を緩めずに彼女を抱え込む。
「ダメです!ムウ!わかってるでしょ!?」
「何が〜?」
「き、キラくんの教育上よくありません!!!」
「そうか?」

 じゅ〜〜〜〜ぶんに、アイツ、腹黒いぜ?

「や・・・・やめなさい!馬鹿!」
「やだ。」
「ちょ・・・・・お願い!やめ・・・・あ・・・・・。」
「大丈夫大丈夫。」
「何がですかっ!!!!!」




 朝五時にアラームが鳴った。鳴り続けるそれを、ぽん、と叩いてとめると、マリューは「もしもし」と隣に寝ている恋人の肩を叩いた。
「ん〜・・・・・・。」
 もぞもぞと動く恋人。
「起きてください。」
「・・・・・・・・・。」
 だが次の間には、ぼふ、と音を立てて、彼は毛布を頭から被った。その様子に、マリューが眉を吊り上げる。
「起きなさい!」
「やだ。」
「昨日約束したでしょ!?」

 散々いいようにされて、腹の立ったマリューは、自分を見下ろすムウの頬っぺたを思いっきり捻ると、声を荒げて宣言したのだ。
「キラくんが起き出すよりも先にっ!自分の家に戻ってください!!!」
と。
 それに渋る恋人だったが、大ッ嫌いを連発するとしぶしぶ彼は承諾した。

 念のために、と目覚ましをセットしておいたマリューは、案の定、約束を反故にして、アラームの音にも起きようとしない恋人に目を細める。

 甘やかすから、ダメなんだ。

 ぎゅ、とマリューは手を握り締めた。

「いいましたよね?」
「ん〜・・・・・・。」
「ベッドが狭い・・・・・・・・っっっって!!!!」
「!?」
 次の瞬間、マリューはムウの背中を力いっぱい押した。そのまま彼はベッドから転がり落ちる。
「って!?マリュー!?!?!」
 毛布を身体に巻きつけた彼女が、般若のような顔でムウを見ている。
「・・・・・・・・・・・・。」
 抗議の声を上げかけた彼だが、思わず視線が泳いでしまった。
「あ〜・・・・・・・。」
「行って下さい。」
「けど、」
「行きなさいっ!!!!!!」
 びしい、と戸口を指差されて、ムウはそれ以上の反論を許されなかったのである。

「くそー・・・・・それもこれも全部あいつのせいだよな・・・・・。」
 五時の世界は青に満ちている。夜明けと夜がせめぎあっている感じだ。空気は澄んで、冷たい。
 川を泳ぐような感触の空気を切って、ムウは小走りに自分の家へと戻りながら、情けなさを噛み締める。
 だが、それも直ぐに怒りへと切り替わった。
「ムカつくからアイツもたたき起こしてやろうか・・・・・。」
 辿り着いた自分の家のドアに、彼は鍵を差し込んで回した。
「さみ〜〜〜〜。」
 強く引っ張る・・・・・・と。

「は?」

 がき、とドアが止まった。
「・・・・・・・・・・・・。」
 何度がぐいぐいと引っ張るが、そのたびに、がくん、とドアがつっかかり、10センチだけ開いて止まってしまった。
「・・・・・・・・・・・・・。」
 開いた隙間から、中の暖かい空気が溢れ、鼻先をかすめる。まだ開けぬ青い空気の中で、ムウはそこに鈍く煌くぶっといチェーンを見た。





 あんのヤロ―――――――――っ!!!!!!





 連打され、響くチャイムの音は、しかしキラの耳には届かなかった。

 なぜなら彼は、こんな事態をしっかり想定して、どんな音も通さない、モルゲンレーテ社製快眠グッズの耳栓をしていたからである。

(2005/11/05)

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