Muw&Murrue

 あさまだき
「一緒に寝てもいい?」
 そう言って、毛布を抱えたマリューが戸口に立ったとき、ムウは返す言葉が無かった。
 ようやく医務室から出ることが叶い、戻った自室での出来事である。
「は?」
 唐突過ぎる彼女の台詞に、ムウはそんな言葉しか返すことが出来なかった。
 だが、それに構わず、マリューは持っていた毛布をムウが横たわる寝台の隣に敷いて、靴を脱いでさっさと潜ってしまった。
「・・・・・・・・・・。」
 呆気に取られてその様子を見ていたムウだが、毛布のふくらみを繁々と見詰めるうちに、ようやく頭が正常に作動し始める。
 彼は、少し痛む身体を起こすと、困惑したままマリューの側に近寄った。スプリングを軋ませて、ベッドに腰掛ける。
「ちょっとちょっと、艦長さん?」
 横向きに身体を丸めるマリューを軽く揺さぶり、ムウはそっと彼女の顔を覗き込んだ。
「いきなり押しかけてきて、訳ぐらいは話して欲しいんですけど?」
 そっと手を伸ばして頬に触れると、意外と彼女の肌は冷たかった。
「艦長さん?」
 少し力を込めると、彼女は嫌がるように首を振る。だが、それでもしつこく触れ続けると、観念したのか、ごろん、とマリューが寝返りを打った。
「どうした?」
 少し唇を尖らせて、マリューはぎゅうっとムウの腕にしがみ付き、またしても、顔を隠してしまう。彼女の栗色の髪に指を絡めて、優しく梳いてやりながら、ムウは溜息を付いた。
 彼女がこんな風に甘えてくる事なんて、めったに無い。めったに無いだけに、少しだけムウの気持ちをざわつかせた。
 とにかく、どうしても顔を見たい。
「なあ、マリュー。どうした?」
 優しく訊ねて、身体の下に手を入れる。びくり、とマリューの身体が強張ったが、それを気にするでもなく、ムウは彼女を一気に起こした。
「・・・・・・・・・・・。」
 俯く頬に掛かる髪。
 その下の顔が、今にも泣き出しそうなのを、懸命に堪えている事に、ムウは気付いた。

 何かに、不安になってるな・・・・・。

 彼女の細い肩をそっと抱き寄せて、ムウはあやすようにマリューの後ろ頭をぽんぽんと叩いた。
「何不安になんてんの?」
 努めて明るく言うと、見抜かれたマリューがぼそっと小さな声で答えた。
「恐くなったから・・・・・・。」
「うん?」
 すがりつくマリューの手に、力がこもり、ムウはそっと目を閉じた。浅いマリューの呼気が、身体を通して伝わってくる。
「恐くなったの・・・・・・。」
「どうして?」
「・・・・・・・貴方は・・・・・・・戦うのでしょう?」
「君も戦うだろ。」
「・・・・・・・・・・違うわ。」
「?」
「貴方は、戦うのでしょう?」
 意味が分からない。
 そっと身体をずらして、ムウはマリューを覗き込んだ。褐色の瞳が、涙に潤んでいる。
「どういう意味?」
「貴方を目指してくる。それはどうして?」
 その台詞に、ムウははっと凍り付いた。彼女が言うのは、ムウの宿命のライバルのコトだ。
 彼女は、ラウとの戦いの事を、言っているのだ。
「どうして・・・・・・かな。」
「戦う事を、決められているの?感じたら、撃たなくてはならないの?どうして?どうしてそれが貴方なの!?」
「マリュー・・・・・。」
「何度も考えた。不思議な運命だって、戦場のライバルっていうのはそういうものだって、納得しようとした。でも・・・・・それは・・・・・・貴方かあの人か、どちらかが死ぬまで続くって事なのでしょう!?」
「・・・・・・・・・・・。」
「どちらも・・・・・・相手の敗北を願って・・・・・・殺しあうなんて・・・・・そんなの・・・・・・・。そして・・・・・結果が・・・・・どちらかの死なんて・・・・・。」

 ああ、どうして。この女はこんなに優しいんだろう。

 ムウの胸に顔を埋めて、ぼろぼろと涙を零すマリューが、彼は愛しかった。
 ただただ純粋に、ムウはラウにあったら戦いを求めてしまう。相手の死を、求めてしまう。
 それは戦争じゃなくて、個人的な戦い。

 大義名分に名を借りた、ただの殺し合い。

 それを見抜いたマリューが、そんな運命にある二つの命を、悲しんで泣いている。
 そんな生き方しか見出せないのかと、泣いている。

 ただ、互いを滅ぼすための、生。

「マリュー・・・・・・・。」
 彼はそっと彼女の頬に手を掛けて、そっとその唇にキスを贈る。
 彼女の震える唇は、温かく、触れる肌は、生きている鼓動に溢れていた。
「俺は、こうやって、生きてる。」
「・・・・・・・・・・。」
「よく見ろよ?俺は、アイツを滅ぼすためだけに生きてるか?」
 にっこり笑うと、ムウは次々にマリューの肌に口付けを贈った。
「物食べて美味しいと思うし、眠かったら、勤務が面倒になる。整備が上手くいかないとイライラするし、艦橋で君を見かけたら嬉しくなる。抱きしめると気持ちがいいし、抱くと嬉しくなる。」
 ぽろっとこぼれたマリューの涙を、そっと唇で拭い、ムウは先を続けた。
「君に泣かれると困るし、笑って欲しいと思う。キラ達を助けてやりたいと思うし、未来がほしいと思う。・・・・・どうだ?俺って結構忙しく生きてると思わないか?」
 マリューの額にキスを贈り、ムウはその瞳を自信を込めて見つめた。
「俺は、アイツを滅ぼすためだけに生きてないよ。アイツはどうか知らないけどな。」
「ムウ・・・・・・・・。」
 それに、ようやく思いつめたようだったマリューの頬が緩んだ。
 それに、ムウがそっとマリューを抱きしめて囁いた。
「俺って、結構欲張りなんだぜ?」
「・・・・・・・・ええ。」
「だから、マリューが不安に思う必要は無いよ。」
「・・・・・・・・・・。」

 それでも、時が来たら、貴方は戦うのでしょう?

 その台詞を、マリューは飲み込んだ。
 それを覆すだけの愛を、自分に抱いてくれているのだと、信じたいから。

「な?安心して。俺はマリューの側にいるから。」
「ええ・・・・・・。」
 すがるようなマリューの抱擁に答えるように、ムウが彼女を抱きしめる。
 彼女をこの部屋に駆り立てた不安など、消してしまえとばかりに。
「側に居て・・・・・・。」
「ああ。約束する。」
 強く強く、ムウはマリューを抱きしめた。













 その言葉どおり。
 ムウが最後に選んだのはラウではなかった。
 ぎりぎりで、彼はマリューを振り返る。
 目の前に迫る、巨大な熱量も、目に痛い光も、軋む機体も、響くアラートもなにも気にならない。

 ただ、ムウはアークエンジェルを振り返る。

(泣くかな・・・・・・。)
 次々と破壊されていくコックピットの中で、ムウはただそれだけを思った。
 彼女のことだ。
 人前ではあまり泣かないだろう。
 取り乱したりもしない。
 彼女のことだ。
 堪えて、堪えて、堪えて。
 自分の前でしか、弱音を吐かなかった女だ。
 堪えて、飲み込んで、痛みと懸命に向き合って、そして乗り越えて、消化するのだろう。

 その手助けを、自分はしてやれない。
 もう、すがるような彼女の弱気な瞳に、「大丈夫だから」と笑ってやることも出来ない。

 こういう道を、選んでしまったから。

(帰るって、いったんだけどな・・・・・・。)
 はは、とムウは笑う。

 なぁ、マリュー・・・・ここは終わりじゃない。
 考えてみろよ?
 俺は今でも十分にマリューを愛してる。現に、こうやって君を護ってる。
 護れてる。

 凄いと思わないか?

 そんな俺達が、ここで終わるわけがないだろ?
 ここで終わっちまったら、俺の愛はどうなるんだよ?

 だからさ。
 きっとここは終わりじゃないんだよ。
 ちょっと離れ離れになるだけだ。
 まぁ、それも愛の試練ってことかな?

 なぁ、マリュー・・・・・だから、ここは終わりじゃない。
 ここで少し、君の側を離れるけど、絶対にまた逢える。

 また逢えるんだ。

 だから・・・・・・・だからさ。

 いつかきっと笑ってくれ。
 泣かないで。
 泣き続けなくて良い。
 大丈夫だから。
 俺は大丈夫だから。
 何度でも君を見つけて、君を捕まえて、君を愛するから。

 だから・・・・・・・・・・・。




 閃光が、一際まぶしく輝き、熱量が、宇宙空間に爆散する。



 これ以上無い愛しさを込めて叫ばれた一つの名前。
 それは辺りを揺るがし、宇宙を揺るがし、どこまでも遠く響き渡った。

 たった一つの願いを込めた、たった一つの叫び。

 愛する人を、呼んだ、ただそれだけの叫び。

 なのに、その名を持つ、たった一つの命は、応えてはくれなくて。

 神様。
 どうしてこんな試練を、与えるのですか?
 私と彼の愛と悲しみは、何を運命に与えるのですか?

 誰か・・・・・教えてください・・・・・。
 誰か・・・・・・・私とムウの愛には、一体どんな意味があったのか、教えて・・・・・・。




 ただ、宇宙がそこに広がっていて。涙だけが空を漂う。



 まだ、夜は明けない。



(2005/03/03)

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