Muw&Murrue

 ニアミス
 落ちて訪れた虚ろなまどろみから引き戻されて、マリューはまだ、自分の体に絡まる熱に気付く。
 首に。腰に。胸に。足に。
 触れる確かな感触は、すごく暖かくて。しっかりと抱きしめられていることが、少しも嫌じゃなくて。
 それは、暖かい陽だまりの中に感じる心地よさに似ていた。
 微かに身体をよじるマリューに、彼女の暖かさに満たされていたムウが、耳元でそっと呟く。
「大丈夫か?」
 それに答えようとして、ふと、マリューの胸の内を何かが過ぎった。


 森林の匂い。夜の濃い香り。湿って、ぬかるんだ足元。放り出されたライト。痛み。孤独。不安・・・・・・。


「――――ねぇ、」
 思いついた風景に首を傾げながら、マリューがムウに訊ねる。
「そのセリフ・・・・どこかで・・・・誰かに言わなかった?」
「え?」
 思いもしなかった返事に、ムウの顔に動揺が走った。
 どこかで、誰かに?この状況で?この・・・・・こんな・・・・・・。
 どぎまぎしながら、何でこんな質問をするんだろう、とムウは思案する。これは新手の浮気調査方法とかなのだろうか?
 対して、普通じゃない質問をしたマリューは、しきりと首を傾げ、胸の中をよぎっていったイメージの正体を探している。
 あれは、なんだろう?あの・・・・深い森のヴィジョンは・・・・・。
「・・・・・・誰かに・・・・・。」
「え?」
 視線を宙に漂わせたまま呟かれた言葉に、あれこれ過去の全てを思い出していたムウが、どきりとする。マリューを愛してから、浮気なんてしていないのに、なんとなく動揺してしまう。そんな彼に構う事無く、マリューがぼんやりいした声で呟く。
「言われた事があるの・・・・大丈夫か、って・・・・・。」
 そのセリフに、ムウは先程より物凄く動揺した。
 どこかで誰かに!?この状況で!?この・・・・こんなぁっ!?
「だっ・・・・誰に言われたんだよ!?」
 マリューだって二十六だ。どこかの誰かとよろしくやっていたっておかしくない。おかしくないが・・・・あんなマリューを知ってる野郎が、自分以外にこの世に存在する事が、激しく納得いかない。
 が、やっぱりマリューはそんなムウの心中にまるで気付かず、ただぼんやりとイメージを追っている。かれの鋭い口調に、のほほんと彼女は答えた。
「・・・・・・誰か・・・・・。」
 酷く優しい人、だったと思う。
「誰か・・・・・ねぇ・・・・・。」
 呟いたムウの声の暗さと、抱きしめる腕にこもる力の強さに、マリューは、はっと現実に引き戻された。
「誰・・・・・だったんだろう?」
 ムウの顔を覗き込んで言えば、
「知りたくもない。」
 呟き、聞きたくないとばかりに、マリューの言葉をキスで塞ぐ。
 甘い感触に溺れながら、マリューはそれでも、ずっと昔に、あのセリフを自分に告げた声が、なんとなくムウに似ていた気がする、と、おぼろげに思うのだった。




 その声の答えは。これより数年前に埋もれている―――――




「全員整列!」
 月の無い、山間訓練所の夜十時をまわったグラウンドに、十五名の、士官学校の生徒たちが並んでいる。彼らはここでの半年の訓練の後、少尉としてそれぞれの部隊に配属されて行く。技術士官として入隊したマリュー・ラミアスも、例外なくこの半年の訓練に参加していた。厳しいサバイバル訓練から、基本的な戦術、銃の高度な扱い方、とより実戦に近い日々をクリアーし、都会に戻るのもあとわずか。
 最後の夜間訓練にも、気合が入る。
「これより一人ずつ、この山道を通り、山頂にある宿舎に向かってもらう。後方の者に追いつかれる、あるいは見付かるなどということなく、また、前方を歩く教官に見つけられないよう、追い越さずに辿り着けば合格だ。いいな。」
 は、と敬礼をしながら、追跡しながら追跡されるというハードなカリキュラムに、マリューは溜息を付いた。
 山間の夜は冷える。視界も悪い。五感中、視覚が当てにならない訓練ほど、大変なものは無い。
 覚悟を決めて、黒々とそびえる山を睨み、十五分ごとに闇の中に消えていく仲間を見送る。
(これで、夜間訓練は最後・・・・・。)
 しっかりしなくちゃ。
 今までの訓練を無駄にする事無く、きちんとクリアーできるようにと、彼女は気合を入れて出立時間を待った。



「夜間訓練かぁ・・・・。」
 中尉の階級章をつけた金髪の青年・・・・・ムウ・ラ・フラガが、官舎からグラウンドを見ていた。やる気なさそうに腕を組み、窓枠にもたれかかって次々と暗い山に飲み込まれて行くルーキーの無事を祈る。この深い、木々の作る蠢く闇に、見たくないものを見つけ恐怖する人が出るのは毎度のコトだ。MAパイロットの強化合宿に一緒に参加中の同僚が、面白半分に新人の恐怖心をあおっている。それを横目に、ムウは苦く笑った。
「よせよ。んなことしなくたって、要らない恐怖体験すんのは目に見えてんだからさ。」
 ぽん、と肩を叩いて諌めれば、にたり、同僚が笑う。
「バカ言え。二年前、俺達だってかなり脅されたんだぞ?」
 仕返し、仕返し、と笑う男に、半ば呆れて溜息を返した時、最後の新人を送り出した教官が、おーい、とムウに手を振った。
「そこのパイロット!」
 佐官クラスの教官に認められ、ムウと同僚は慌てて敬礼を返す。
「お前、金髪の!」
「は。」
「名前と階級を!」
「ムウ・ラ・フラガ中尉であります。」
「フラガ中尉!」
「は。」
「君に後方の監視を命令する。」
「はい!?」
 寝耳に水な命令に、ムウの目が点になる。それに、教官が豪快に笑った。
「俺の可愛い教え子たちをいじめることが出来るくらいなんだから、お前も暗闇を歩くくらい大丈夫だよなぁ?頼んだぞ!」
「ちょ・・・・・それは俺じゃ」
「上官の命令だ。逆らうなよぉ?」
「・・・・・・・。」
 じろっと隣の同僚を睨めば、笑いを堪えるのに必死で肩が震えている。その同僚に一撃くれてやって、「痛ぇよっ!」と怒鳴る声を背に聞きながら、溜息を付いてムウは官舎をで出た。
「あ〜〜〜〜〜、ついてねぇなぁ・・・・・。」



 マリューはついてなかった。女性、という性と、可愛らしい外見があだになった。
 つまり。
「ぐえっ!」
「うおっ!」
「どわぁぁぁぁ!」
 不信なうめき声と。
 どかっ!
 ばきっ!
 どんがらがっしゃん!
 不信な物音。
 どっから湧いてきたのかしらない、身の程知らずの不埒野郎を返り討ちにしたマリューが、ゆっくりと立ち上がる。ぱんぱんと両手の埃を落とし、彼女ははぁっと肩で息を付く。
「あんた達、十年早いわよ。」
 白目をむいてダウンする新兵を一瞥し、マリューは腹立たしそうに、足音高くその場を後にする。
(まったく・・・・男って・・・・・男って、男って、男ってっ!)
 なんとなく。
 侮辱されたような。バカにされたような。悔しい思いがマリューの足を早めさせた。涙ぐみそうになる目頭を隠すように、一心不乱に。
 こんなことはしょっちゅうで。でも、そうされる度に、自分が女性であることが嫌になる。ただそれだけで、普通に訓練もさせてもらえないのかと、腹立たしさが込み上げてくる。それをぶつけるべく、相手を返り討ちにする術を学んだのだが、ここまで来ると、情けない思いがよっぽど強い。
 あんなのが軍人?あんな、男が?・・・・・許せない。そんなの絶対に。
(だから!男は嫌いなのよッ!)
 そんな考え事をしながら、怒りと悔しさに任せて歩いていた所為で、彼女は重要な事項に気を配る余裕をなくしていた。
 状況、判断。
 彼女は先ほどまで降っていた雨のため、地面がぬかるんでいることを。そして、山中のため、足元が酷く覚束ないことに全く気付いていなかった。こんな初歩的なミスが、マリューを更なる窮地へと追い込む事となる。
「え!?」
 がっくん、と彼女は側にあった巨木の根に足をとられ。更に三メートル近くえぐれたくぼ地に、肩から落ち込んでしまったのである。
「―――――ったっ・・・・・。」
 最悪。
 その言葉が、脳裏にでかでかと浮かんだ。
 肩は痛いし、足はずきずきする。おまけに手にしていたライトは、転んだ弾みでその手を離れ、くぼ地の縁で輝いている。怪我の状態を確認したいが、月明かりも無い。真っ暗闇がどこまでも続き、ひんやりとした風が、彼女の頬を撫でて行った。
「・・・・・・・。」
 まいった。完璧に、お手上げ。」
 でも、こんな状況でも、山頂にある宿舎まで行かねばならない。命令は、絶対なのだ。
 彼女はどうしようか、と溜息を付いて、くぼ地を登る算段を立てるのだった。



「何だこりゃ。」
 地面に打ち負かされている、新兵三人。完全にKOされているらしく、照らすライトの先で、白目をむいている。
 一人はどうも殴られたらしい。もう一人・・・・蹴られているようだ。そして最後の一人は。
「投げられたな。」
 幹に亀裂の入っている木の根元に、くたり、となる男を見ながら、大体の想像は付いた。後方監視には、そう言った不埒者の餌食となりかける女性兵士を助ける役割も、暗黙の了解のうちにあったのだが、この痛快なケースに、ムウは知らず笑ってしまう。
「骨のある新人が居たもんだ。」
 無線機で本部に事態を連絡し、救護班に来てもらえるように手配を完了させ、ムウは先を急ぐ。前を行く勇敢なる女性兵士に蹴倒され、殴り飛ばされ、投げられた不埒物が、他に居ないかどうか探しながら。
 と、真っ暗闇の中、輝く人工の光を見つけ、ムウは目を細めた。道からだいぶ逸れた木の根元が、ぽかり、と明るく輝いている。
(ライト?)
 罠、とかそういうのではないと思うが、側に誰かが倒れているかもしれない。なるべく足音を殺して、ムウは慎重にライトの側による。地面をくまなく走るパイプのような木の根。その根元に引っ掛かるように新兵に与えられたライトが、悲しく揺れていた。
 探るように辺りを照らし、人影が無いか確かめ、ムウの目がそこから数メートル先のくぼ地を映した。
(・・・・・・・・・・。)
 そおっとその端から下を覗き込み、自分のライトを下に向ける。
「お〜い、誰かいるかぁ〜?」



 上からの強烈な光と、間の抜けた呼びかけにマリューはほっとする。目の前に手をかざし、上を見上げて怒鳴り返す。
「はい!上から落ちてしまって・・・・・。」
 ゆっくりと移動していた光の帯が、マリューの真上で止まる。
「怪我は?」
「暗くてよく・・・・・肩と足をやられたみたいです。」
「救護班を呼ぶか?」
 救護班、だって!?
「要りませんっ!」
 反射的に怒鳴り返した声音が、つい鋭くなってしまった。救護班などに回収されたら、この訓練をクリアーした事にならない。あんなバカどもに気を取られたせいで、成績に響くようなことになって欲しくない。
「・・・・・ふ〜ん。」
 声の主は、マリューに光をあてたまま、なにやら思案しているようだ。
「俺は手を貸すことを禁じられててさ。ま、脱落者の回収が主な役目だし。ってワケで、俺はそこから君を助け出すことが出来ないんだ。手、貸すと君が脱落者になっちまう。だから・・・・・・。」
「わかってます!自力で脱出します!」
 百の承知の事実だが、はっきり言われると結構辛い。それでもマリューは気丈に怒鳴り返すと、理解を示したのか、光の帯がすうっと消えた。
 溜息を付いて、マリューはその場にうずくまった。肩と、足首。痛いのは嫌だが、どれくらい動けるのか把握しなくてはならない。
「っ―――――。」
 肩をまわし、更に足首を捻ってみて、折れてはいない事を確認する。腫れているかどうかは、再び訪れた暗闇では確認できない。でも、自分がどんな状態でも、死んでいない以上、そして、助けを求めない以上、自力で這い上がらなければならないのだ。ぽかり、とくぼ地の縁で輝くライトの明かりを見詰めながら、マリューの必死の挑戦が幕を落とした。



 救援を拒まれ、とりあえず先に進むことにしたムウだったが、その足取りは重い。声の感じでは若い女のようだった。顔は見えなかったが、栗色の髪がキレイだった。身が軽そうだから、這い上がってこれるとは思うが、怪我の度合いが分からない。支給された訓練服は迷彩柄で、上から見ただけでは出血の確認は困難だった。
(足と肩、って言ってたよな・・・・・・。)
 暗闇に、ぼんやりと浮かび上がっただけの彼女のラインは、おぼろげで。折れていたかどうかすら、分からなかった。元気に怒鳴り返していたから大丈夫だろう・・・・そう、思うように自分に言い聞かせるが、どうしても気になって仕方がない。
 それは、あそこに居たのが女だからだろうか?
(・・・・・・・・・。)
 推測だが、襲われたのは彼女だと思う。そして、返り討ちにしてやったのも、彼女だろう。でも、それって、いくら相手を後悔するような目に合わせたとしても、結構ショックだったりするのではないだろうか。
(・・・・・・・・・。)
 そりゃ、ショックだろう。そんな目にしょっちゅう遭っていたとしても、慣れるわけがないし。
 そんな彼女を一人、暗闇に残してきて良かったのだろうか。
「あ〜〜〜〜〜、もうッ!」
 がしがしと頭をかいて、ムウはくるっと踵を返すと一気に走り出した。



 荒く、肩で息を付きながら、マリューは額に浮かんだ脂汗をぬぐう。雨のせいで、地面のコンディションは最悪。掛ける足元、足元、みんな崩れてずるずると落ちる始末だ。だいぶ挑戦し、その度にずり落ち、マリューの体力もかなり消費されてしまっている。難所はここだけではないのだ。細い山道を、頂上まで登りきらなくてはならないのだ。無理、という言葉が、脳裏をかすめる。
 足も、肩も、悲鳴を上げている・・・・・・。
(ダメ・・・・かなぁ・・・・・。)
 でも、戦場では弱音は吐けないのだ。生きているのなら、生きなければ。重たい身体を引きずって、マリューはどろどろになりながら、くぼ地に手を掛け、身体を引き上げる。
 と、再び、輝く光が頭上で止まった。
 まぶしい・・・・・。
 目を細め、顔をそむける。
「・・・・・・・・。」
 ざざざざ、と斜面を下る音がして、はっと顔を上げると、頭上にあった光が、目の前にある。
「――――あの・・・・・。」
 強烈に眩しくて、顔を庇いながらマリューはおずおずと尋ねた。
「どうして・・・・・・。」
「どうしてって、そりゃ。」
 声の主が、なんでもないように言うと、マリューの服に手を掛ける。
 彼女の心臓が、一瞬で凍り付いた。
 先ほどの、襲われかけた光景が、ざあっと彼女の血を、足元まで叩き落す。恐怖と、それ以上の防衛反応から、慌ててその手を払おうとするが、それよりも先に、あっさりとTシャツを引っ張られてしまう。
(や・・・・・・・っ!)
 声が、出ない。
 が。
「あ〜あ、真っ青だぞ?」
 襟を大きく引っ張り、ライトを当てて中を覗き込んで言われ、マリューは呆気に取られた。
「・・・・・え?」
「痛そ〜・・・・・落ちる時、受身取れ、って習わなかったか?」
「あ・・・・はぁ・・・・・でも・・・・・。」
「バカだな。何のための訓練だよ、ったく。」
 叱られ、マリューは混乱したまま、スイマセン、と呟いた。手を服の中まで突っ込まれ、青くなっている箇所を押される。痛みに、マリューの顔が歪んだ。
「出血はしてないな。」
「・・・・腫れてますか?」
 触れる手が、別に嫌じゃないことに驚きながら、自分では確認できず訊ねる。
「・・・・・いや。けど、腫れてくるぞ、多分。」
 続いて足首を照らされて、今度はマリューも一緒に確認する。
「こっちもだな。折れては・・・・・いないみたいだ。」
 同じように触れられて、鋭い痛みに顔を歪めながら、マリューも頷き返す。
「ええ。多分捻挫でしょうから・・・・・。」
「どうする?」
「え?」
 ライトを足首に当てたまま、持ち主が訊く。顔は、よく見えないが着ている迷彩の腕章が、中尉の階級章であるのは分かった。
 ぎゅっとマリューは唇を噛んだ。
 脱落は、したくない。
 でも、自分の力ではどうしようもない。
 情けなくて、思わず俯くと、柔らかい声が返ってきた。
「負けを認めるのも、一種の手だぞ?」
「え?」
 驚く彼女に有無を言わせず、その人がマリューの手を掴んで背負う。
「ちょっと・・・・・中尉!」
「その怪我じゃ、ど〜考えたって登るの無理でしょ?」
 軽く言って、どんどん登っていく。人一人担ぎ上げて、滑りやすい急勾配をやすやすと上る上官が、マリューは羨ましかった。女の自分には、こんな真似、出来る日は来ないような気がしたからだ。
(女って・・・・・損なのかな・・・・・・。)
 背負われた上官の背中に、ぺたっとほっぺたを押し付けて、マリューはぼんやりそう思う。全て・・・・・そう、こんなことになったのは、自分が女だからのような気がする。でも、そうじゃない、とこの上官は言った。
 受身も取れず、何のための訓練だ・・・・・と。
「あの・・・・。」
「ん〜?」
「スイマセン・・・・・戻ってきてもらったりして・・・・・。」
 素直に謝れば、のほほんとした返事が返ってきた。
「別に。仲間を思いやるのも、戦場では大事なコト、ってだけさ。」



 元の道まで登りきり、予想以上に軽くて、軍人とは思えないくらい、背中に柔らかかった存在を降ろして、ムウは彼女に笑いかける。
「今、救護班呼ぶからな。」
「中尉・・・・・。」
 ためらうような彼女の声に、ムウは全然構わず、さっさと連絡をつけてしまう。
「中尉っ!」
「ああ、はいはい。そう怒鳴るなよ。」
 木の根元にうずくまる彼女の顔は、山間の闇の中でよく見えない。でも、多分、可愛いのだろうな、とそう思う。その可愛らしい顔を泥だらけにして、咎めるように自分を睨んでいるのだろう。その彼女に、諭すようにムウが言う。
「懸命に任務を遂行しようとする意志は買うさ。でも、自分が使い物にならない状況では、ただの足手まといだろ?引き際も、見極められなきゃ、いっぱしの士官とは言えないぜ?」
「・・・・・・・・。」
 暗闇でも、彼女が俯くのが分かる。その彼女に、ムウは優しく笑った。
「自分を犠牲にするな。生き残れるチャンスがあるのなら、どんなにカッコ悪くても、それにすがれ。弱い部分を弱いと認める人が、真の意味で強いんだ。それが、女性としての弱さ、でもな。」
「・・・・・・。」
 返事は、なし。その沈黙が、彼女の悔しげな泣き声に思えて、ムウはしゃがんでそっと肩に手を置く。
「大丈夫か?」
 俯いて、肩を震わせる彼女は、顔を上げずにこくりと頷いた。その仕草が可愛くて、ムウは思わずよしよしと頭を撫でると立ち上がった。
「じゃ、大人しく救援を待てよ。いいな。」
「あの・・・・・中尉!」
 呼び止められて、再び歩き出したムウが振り返る。
「ありがとうございました。」
 告げられた言葉が、思った以上にしっかりしていて。それに、強くて。ムウはにやっと笑う。
 彼女はきっと、いい指揮官になる・・・・・。
 女性の指揮官・・・・・それもまた、いいかもしれない。
「ん。出世しろよ。」
「?」
 手を振り、暗闇に消えるムウに、彼女は慌てて敬礼を返した。最後の言葉の意味を考えながら・・・・・・・。





「カッコ悪くても・・・・・生き残れ、か・・・・・・。」
 気がすむまでキスをして、唇を離したムウが、そう呟いたマリューを見る。
「ん?」
 不思議そうに問うムウに、マリューは微笑んだ。
「なんとなく、思い出したの。・・・・・初めて憧れた男の先輩が言った言葉・・・・・。生き残るチャンスがあるのなら、カッコ悪くてもそれにすがれ、って。自分の弱い所を認めることこそが、真に強いということだ、って。」
 その言葉があったから・・・・だから私、ここまで来れたのかもしれない。アークエンジェルの、艦長として。
「ふ〜〜〜〜〜〜ん。」
 幸せそうに『憧れの先輩』とやらを思い出すマリューが面白くなくて、ムウがそっぽを向く。
「妬ける?」
 からかうように言うと、彼はきゅうっとマリューを抱きしめた。
「べつにぃ。」
「またぁ〜。実は妬いてるでしょ?ねぇ、ムウってば!」
 しつこく訊かれ、ムウはじろっとマリューを睨む。
「実はソイツが初めての人なの〜、とかいうオチじゃねぇよな?」
「バカっ!」
 ぽかっとムウの頭を叩き、でも、納得いかない顔をするムウのほぺたに、マリューはちゅっとキスをする。
「大体、その人と出会った場所が暗くて、誰か・・・・・分からなかったし。」
「暗い場所ねぇ・・・・・。」
 更に疑うような眼差しをするので、しかたない、とばかりにマリューはムウの頬に両手を添えて、しっかりと彼を見詰める。
「どうしてそうやって勝手な想像するかなぁ。そんなに私が、他の人に抱かれてて欲しいの?」
「絶対イヤ。」
 ぎゅーっと抱きしめるムウがあんまり早く返事をしたので、マリューは思わず笑ってしまう。
「単なる憧れ、よ?」
 腕に収まる存在に、それでも思い出にひたって幸せそうに言われ、ムウは、苦いものを噛みしめるような顔をして溜息を付いた。
「ソイツに、もしどこかで会っても、恋したりとか、するなよな。マリューは俺のもんなんだから。」
 その、拗ねたようなムウのセリフに、マリューは笑った。
「ええ、もちろん。絶対に。」










これもオリジナル設定爆発ですスイマセンスイマセン orz

(2004/12/30)

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