Muw&Murrue

 夜明けの記憶
 B格納庫に重要ファイルを忘れた事に気付いたマリュー・ラミアスは、格納庫のロックをかけようとしていたマードックに間一髪、待ったをかけた。
「ごめんなさい。」
「どうしたんです?」
 浮いていた体を反転させて、マードックが眼を丸くする。苦笑しながら、マリューは事情を説明した。
「ファイル、忘れちゃって。鍵は私がかけときますから、休憩に入ってください。」
 悪いですね、と笑いながら、マードックが廊下を飛んでいく。その後ろ姿を見送り、マリューは中に入った。
 がらん、と広いB格納庫は主に、MAを収納しておくスペースである。が、現在アークエンジェルの主戦力はMSで、B格納庫が使用される事はほとんど無い。今後、MAの配備が無い状況におちいり、ここををどう使うか検討していてファイルを忘れたマリューは、そこここにぽつん、ぽつん、と散らばっている工具用ラックの上から、置き忘れたファイルを取った。溜息を付いて、艦橋に戻ろうと、ふと顔を上げると、巨大な機体が彼女の眼に飛び込んできた。
 オレンジ色の、まるで鳥のようなフォルムを持つ、機体。
 メビウス・ゼロ。
(そうか・・・・ここに・・・・・。)
 ぼうっとゼロを見上げながら、マリューはどこか嬉しそうな笑みを浮かべた。





「よーう、艦長しらねぇか?」
 アークエンジェルのエレベーター前で、下から上がってきたマードックに、片手を上げてムウ・ラ・フラガが訊く。
「書類にサイン、貰わなきゃなんなくてさ。」
 さっきから探してんだけど、いないんだよね、
 ひらひらと書類を振って、溜息を付くムウに、マードックはついさっきすれ違った艦長の行方を説明した。
「ああ、艦長なら・・・・・。」





 薄暗い倉庫にひっそりとたたずむゼロに近寄ったマリューは、そっとその手を伸ばして装甲に触れた。冷たい感触がてのひらにじんわり伝わった。ポッドの一つにこつん、と額をつけて目を閉じる。巨大な鉄の、炎色の鳥は、小さな人間を前にただ、静かに眠っている。
 瞳を閉じたマリューの瞼の裏に、一人の人が浮かんだ。
 ゼロに憧れて。でも、乗る事無く散ってしまった人。
 思わず名前を呟きそうになって、慌てて言葉を飲み込む彼女に、のほほんとした声が後ろから掛かった。
「TS−MA2mod。00・・・・モビルアーマーメビウス・タイプ・ゼロ式。」
 振り返ると、ムウがマリューを目指してふわりと宙を飛んでいた。
「現存するMAの最高峰だ。」
「少佐・・・・・・。」
 持っていた書類を差し出し、ムウが笑う。
「サイン、ちょーだい。」
「あ、はい・・・・・。」
 受け取り、ざっと眼を通して不備が無いか確認する。ストライクの弾薬補充に関する書類であった。サインする彼女を横目に、ムウは自分の愛機を見上げて眼を細めた。
「意外だなぁ。」
「え?」
 呟かれた言葉に顔を上げると、ムウが嬉しそうに笑った。
「マリューがこういうの、好きなの。」
 その言葉に、彼女はむっと顔をしかめると、持っていた書類を突き返した。
「失礼ね!こう見えても私、技術士官よ。」
 そういえば、そうだった。
 マリューはストライク他、GATシリーズの研究開発に携わり、あのハルバートン提督の愛弟子である。大尉まで26で上がってきたことを踏まえれば、彼女が電子工学に精通している事は明白だろう。そんな女が、MAやMSに興味が無ければ嘘だ。
「ゼロは芸術品だわ。」
 マリューはそっと機体を見上げ、うっとりとしたような眼差しで見詰める。
「教本で見て、一目ぼれしたもの。」
 凄く綺麗・・・・・。
 溜息混じりに呟かれ、ムウはちょっと嫉妬する。たとえ無機質な存在でも、マリューのあんな眼差しを独り占めするなんて面白くない。
 乗り手には惚れていないのか、訊こうとして、ふと、ムウのイタズラ心が首をもたげた。
「乗ってみる?」
「え?」
 ふわっと飛んで、彼女の手を取ると、ムウは強引にマリューを引っ張った。
「ちょっと・・・・・。」
 たとえ使わない機体でも、ムウはゼロの調整はしていた。そりゃ、ストライクのように毎日、というわけにはいかないが、手が空けばちょくちょく調整してやっている。
 長い間、自分の分身だったわけだし。
 ハッチのロックを解除して蓋を開ける。マリューの手首を掴んだまま、ひょいっと中に入るから、彼女は逆立ちしたような格好で頭から乗り込む羽目になった。
「きゃあっ。」
 その彼女の肩を掴んでくるん、と反転させて、ムウは彼女をコックピットに落とす。ぽすん、とムウの膝の上に落ちたマリューは軽く恋人をにらむと、ちらっと辺りを見渡した。
 見渡して、息を飲む。
 人一人分の収納空間に、様々な計器が邪魔にならないよう、計算されて並んでいる。正面のモニターは、MSのそれとは違い、小さく、よくこれで周囲を把握する事ができるものだと、感心する。そして何より。
「凄い・・・・・メビウスとは全然違うのね・・・・。」
 プロト・タイプであるゼロの、改良機でもあるメビウスのモニターは、ゼロより性能が上がり、サイズも大きくなっている。だが、操作が単純化されたせいで、内部の計器類がゼロより削減され、メビウスのコックピットはゼロよりもだいぶ広くなっていた。所狭しとならぶ、ポッドを操るためのシステムや、操縦桿が、マリューの眼には新鮮に映った。
「何?乗ったことあんの?メビウス。」
 ムウはハッチを閉めながら、物珍しげにきょろきょろと中を見渡すマリューに訊ねる。
「ええ。一通り、訓練は受けたわ。」
 技術士官が、機体のことを知らなくてどうする、というハルバートンの意向で、パイロット訓練の初期段階まではクリアーさせられていた。その事実に、ムウはへぇっと眼を丸くした。
「スコアは?」
「良ければ技術士官になってないわよ。」
「そりゃそうだ。」
 一方的に撃ち落される連合のMAだ。パイロット不足が叫ばれる昨今、腕のいい者はどんどん引き抜かれていく。それこそ、自分の意思など関係無しに。
 マリューがパイロットで、自分がその先輩だったら、と考えて、ムウは背筋が寒くなった。
 彼女が撃ち落される、なんて事になったらと、考えるだけで辛い。マリューが居ない未来なら欲しくない。
「君が技術士官でよかった・・・・・。」
「え?」
「いや、なんでもないでーす。」
 誤魔化すように軽く言いながら、マリューの前に、メイン・コンピューターにアクセスするためのキーボードを降ろし、機体を立ち上げる。死んでいた画面に光が戻った。
「これ、過去の戦闘データをメモリーしててさ。シミュレートできんだ。」
 次々にシステムを起こし、データを呼び出す。日付と時刻が表示され、その日の戦闘が三つあるモニターに映った。
 ムウの怒鳴り声が、画面から飛び込んできて、切迫した状況だと、マリューは理解した。キラの名が挙がる事を考えると、どうやらクルーゼ隊に追われていた頃の戦闘画面のようだ。
「んじゃ、ラミアス候補生。テストを始めてみましょうか?」
「私が?」
 振り返れば、彼がにっこり笑う。
「教官職蹴ってこっちに戻ってきたんだからさ。たまにはこーゆー気分も経験させてもらってもいいでしょ?」
「・・・・・・貴方が言うと、何故かイヤらしく聞こえるのよね。」
 半眼で言えば、心外だなぁとムウが溜息を零した。
「んじゃ、キラが言うと純粋になるわけ?」
「ええ。」
「純粋だけじゃ子供はできないぞ?」
「何の話をしてるのよっっ!」
「ほらマリュー、前、前!」
 彼女の怒りはあっさりかわされ、叫ばれた内容に前を向く。正面にランチャーを構えるバスターが映っていた。
「撃ってくるぞ。」
 冷たい声に、マリューは慌てて操縦桿を引いてペダルを踏み込む。ぎりぎりかわすが、機体の反応速度はバスターも高い。追い立てられる形に、どうすべきかマリューは必死で考える。ちらと教官を見れば、にやにや笑いながら面白そうにマリューを見ていた。
(この男はぁ〜〜〜〜〜ッ!)
 絶対助けなんか求めるもんですか!
 妙に意地っ張りな彼女は、急激に機体を反転させ、ぱっとガンバレルを展開させた。
 自分にそれが扱えない事は、十分に理解している。が、バスターは近接戦闘に向いていない。
 だから。
「!」
 あまりに思い切った戦闘プランに。ムウは呆れてしまう。自分の恋人が無鉄砲なのは知っていたが、まさかここまでとは思わなかった。
 彼女は展開したガンバレル、全てを囮にし、被弾しようがぶっこわれようがそのまま一気に撃ちかけ、バスターに真正面から突っ込んでいく。爆発するポッドを切り離し、単機のみでMSに突っ込むMA。まさに背水の陣というか、神風特攻というか・・・・。
 案の定。
 ディアッカくんの乗るバスターは確かに致命的なダメージを受け、戦線を離脱するが、ラミアス候補生の操るゼロのダメージも深刻で、帰還することもままならない。コックピット内はレッドランプで真っ赤に染まり、アラートがやかましく鳴り響いている。
 よって。
「こりゃ、スコア以前の問題だな・・・・・。」
 シミュレートを終了する電子音にかぶさるように、フラガ教官があきれ返って呟いた。
「相打ち・・・・ってか、帰らないとアークエンジェルが沈むぞ?」
 が、マリューは満足したようにムウを見上げる。
「あら、でも役割は果たしたわ。後はキラくんがなんとかしてくれるでしょうし。」
「あのなぁ・・・・・。」
「MAでバスターを撃退できたんだからもっと褒めてよ。」
 ほくほくと嬉しそうに笑うマリューにムウは複雑だった。この、自分の身すら省みない彼女の判断が、なんとなく嫌だったのだ。
 ただのシミュレーションで、負けん気の強いマリューが、自分に一矢報いろうとやったのは分かる。分かるが・・・・・。
「帰ってきて欲しいな、俺としては。」
 溜息交じりの呟きに、マリューがしれっと答える。
「甘いですよ、フラガ教官。」
「・・・・・艦長にだけは言われたくなかったな。」
「なんですって!」
 怒る彼女に、ムウはにやっと笑うと、操縦桿を握っている彼女の手に、自分の手を重ねた。
「戦闘、ってのはこうやってやるの。」
 よっく見てろよ。




 再びシミュレートを開始し、同じ場面、同じ状況がモニターに映る。正面にバスターが映った。
 だが。
「・・・・・・・・・。」
 マリューには、そのモニターの中で何が起こっているのか理解できない。画面はめまぐるしく動くし、ガンバレルを展開している所為で、外周モニターのすべてが、別の者を映し出しており、どれを見て、何を判断すればいいのかさっぱり分からない・ただ、操り人形よろしく、自分の手を取られて、あれこれ操作をされるが、それが何をどうしているのか全然分からなかった。
 そうこうしているうちにバスターが被弾。離脱を見送った所でタイムアップを告げる音が鳴り響き、シミュレートが終了した。
「これが、戦闘。」
 ひとっつもついていけなかった事に、悔しそうにマリューが唇を噛む。その顔を覗き込んで、ムウが笑った。
「最大重要ポイントはアークエンジェルを護りきる、って事かな。ここで俺が落ちたら、後が困るでしょ?」
 艦長さん?
 意地悪く訊かれ、マリューはムウから目を逸らす。
「お見事です。フラガ教官。」
 精一杯、柔らかく言うが、その声には無理が混ざっていた。それを面白がるように、ムウが追い討ちをかける。
「じゃあ、ご褒美にキスぐらいしてくれてもいいでしょ?」
「どこに、教官にキスする生徒がいるんです?」
 状況を逆手に取られてしまった。
「そういうこと、言う?」
「もちろん。」
「なら・・・・・・。」
 言って、いきなり彼女をぎゅーっと抱き締めた。
「してくれるまで放さない。」
「ばっ・・・・バカなこと言わないの!」
「このままずーっと二人っきりでいようか〜。」
 ね〜?マ〜リュ〜?
「ほんとにバカ―――――っ!」
 首筋にちゅっとキスをされ、このままではその場のノリで流れていきそうな感じがして、マリューは思わず助けを求めるように手を伸ばす。その手が、横にどけてあったキーボードに触れ、がたん、とそれが目の前に落ちてくる。思わず掴んだ拍子に、待機状態だった画面に光が戻り、再び絵が映った。
 シミュレーションでもない。
 ただのメモリーが、そこに浮かび上がった。
 雑音に割れた音声。
 それに、はっとムウが顔を上げた。
 上げて、凍りつく。
(え・・・・・・?)
 驚いてマリューが画面に眼をやると、そこには火花散る真空の宇宙が映っていた。



『ダメだ、これ以上防衛出来ない。』
『こちらレナード、大至急応援を・・・・応援―――――』
『防衛ライン、割られるぞ!うわぁっ』
『もたねぇって、どうすんだよ、おい!』
『機関区損傷、稼働率80%減・・・・・これまでだな・・・・・』
『・・・・・誰か・・・・聞いてるか、これ・・・・おい、俺、帰れないってアイツに・・・・・』
『くそぉぉぉぉぉぉ、死んでたま――――』
『お〜い、フラガ・・・・』
 ノイズに混ざる悲鳴、怒号、爆発音。虚空に散る光、花火、閃光。それらの中から、はっきりと自分の名前を呼ばれ、ゼロのコックピットで死に物狂いの抵抗をしていたムウは、慌てて周波数を合わせた。クリアーに、仲間からの音声を捉える。
「なんだ。」
 追ってくるジンをかわし、撃ちかける。そう反応する自分とは別のところで、妙に冷静に、声を聞いている自分がいた。
『ダメだ。もう・・・・飛べねぇわ・・・・・。』
「バカ言うなよ。まだまだ・・・・飛んでもらわんと、こっちが困る。」
 MSの背後を取ろうと、機体を急速に旋回させる。
『無理なんだ。』
 声の主が言って、笑う。その笑い声が妙に穏かで、ムウの背筋が冷たくなった。
「泣き言なんか、お前ににあわねぇよ。ほら、とっとと応援に来いって。」
 敵機の動きが、わかる。ムウは一瞬の隙をついて、ジンのバックを取った。
『多分・・・・無理だ。赤い・・・・玉がたくさん散ってる・・・・コックピットにさ・・・・。』
 そのセリフに、ムウの血が、足元まで叩き落された。
「お前・・・・・・。」
 声が、震えた。
 態勢を立て直そうとするジンを、執拗に追い立てる。
『綺麗だ・・・・・モニターに当たる度に・・・・花が咲くんだ・・・・深紅の、な。』
 赤い赤い血の色の。
 血で出来た薔薇が。
 それが、俺の命を吸ってどんどん咲いていくんだ。
「だから、聞きたくねぇっていってるだろ!?ちくしょう・・・・飛べよ、お前!助けに来いって!」
 怒鳴るが、相手はまるで聞かず、ははっと笑う。ムウの照準がずれた。MSは足を吹っ飛ばされ、宙で回転している。
『お前さ・・・・・知ってるか?人には・・・・越えられないものがあるってこと・・・・・。』
 コックピットに狙いを定めて、力いっぱいゼロの主砲を叩き込む。光の帯に貫かれたジンが、一瞬の後に四散した。
『コーディネイターでも、ナチュラルでも・・・・・死ぬことからだけは・・・・・・逃れらんねぇ。』
 次・・・・次の敵は!?
 ムウはガンバレルを展開したまま、闇雲に突っ込んで行く。
『でもさ・・・・・確かに生きてんだよな、俺・・・・達・・・・・。』
「何いってんのか、全然わかんねぇよ。要点を言え、要点をッ!」
『だから・・・さ・・・・・・』
 爆光に、モニターが白くなる。眩しくて、前が良く見えないのか、それとも涙に曇って前がみえないのか、ムウには分からない。
『生きてるかぎり、生きろってことだ・・・・・んでさ、俺みたいな奴がいたって事、覚えといてくれや。』
「勝ち逃げする気かよ、お前ッ!」
 かすんだ眼が、再び迫り来る脅威を捉える。真っ直ぐ飛来する、MSの群れ。
『わりぃな。もうカード勝負もできねぇな。』
「他にもあんだろ!?俺が貸したこの前の金、返してもらってねぇし、俺んとこから勝手に持ってった映像ROMも、酒も・・・・。」
 閃光が、炸裂する。横を通り過ぎる、高熱の光の帯をかわし、深く、沈みこむ。
「それ全部返えさねぇ気か!?」
 その怒鳴り声に、相手が笑うのが聞こえた。
『・・・・・・なぁ・・・・・・。』
「なんだよ!?」
『・・・・・・・・・・・・・・生きろよ。』
「―――――――。」
 言葉を、返し損ねた。
 声が、出なかった。
 ただもう。
 悔しくて悔しくて。
 何も出来ない。助ける事も、護ることも、励ますことも・・・・・。
 出来ない。
 逆らえない。
 止められ、ない。
「・・・・・・・・・・・・ああ。」
『じゃあな。』
 ああ。
 通信は、永遠に途切れ、ノイズ交じりの声は、次々に少なくなっていき、ムウは。
 ただ、怒りともつかない何かに突き動かされ、闇雲にMSを破壊しようと撃ち続けた。

 グリマルディ戦線・エンデュミオンクレーターでの戦闘終了。第三機動艦体―――壊滅。


「頭ん中真っ白でさ。理性もなんもなくて。ただ、見えるもの見えるもの、全部壊したくて。やたらめったら攻撃続けて。」
 気付いたら、表彰だよ。
 そう言ったムウの口調は、軽かった。エンデュミオンクレーターでの戦闘メモリーは、彼の言葉にあわせるようにふっと消える。
 マリューは、何て言って良いのか全然分からなかった。振り返って、彼を抱き締めることも、キスすることも、出来ない。
 強張ったように前だけを見詰め続け、身動き一つしないマリューに、ムウは苦笑した。
「・・・・・ゴメン。」
 そのセリフに、マリューは弾かれたように振り返ると、ムウの頬を、ぎゅーっと両手で引っ張った。
「!?」
「バカッ!」
 怒鳴るマリューの瞳が、涙に濡れていた。
「バカバカバカバカ!!ムウの大バカッ!」
「ちょ・・・・マリュー!?」
 ぽかぽかと胸を殴られ、ムウは何でバカ呼ばわりされているのか分からず目を丸くする。
「何がゴメンよ!何を謝ってるのよ!!そりゃ私はッ!情けなくて、甘ちゃんで、アラスカで見捨てられて、ナタルにいっつも怒られて、下手くそな指揮しかとれない、ダメな艦長だって分かってるけどッ!でも・・・・・・私だって・・・・少しは貴方の役に立ちたい・・・・。貴方を・・・・・護りたい。そんな貴方を、慰めてあげることすら、私にはさせてもらえないの!?」
「・・・・・・・。」
 自分を睨むマリューが、ムウは嬉しかった。
「悪い・・・・・・。」
 囁いて、きゅうっとマリューを抱き締める。彼女の、抱き締め返す細い腕を背中に感じて、ムウはふっと笑う。支えてくれる腕がある。この腕がある限り、生きようと思う。
「昔・・・・・。」
「うん。」
「なんかの映画で観たんだけどさ。」
「うん。」
「こんな感じの狭い場所で、恋人同士が愛し合ってんの。」
「・・・・・・・・・何の映画よ。」
 顔を上げて、半眼で言われ、ムウはことさらにっこり笑ってみせる。
「すっごい大昔にひっとした映画、だと思う。二人の乗ってる船が、最後に沈む話。」
 自分を見詰める瞳が、マリューは恐かった。あまりにも、優しすぎて。
 不安を押し隠すように、平静を装って訊く。
「それが、どうしたの?」
「・・・・・似てるかな、って思ったから。」
「・・・・・・最後にその二人は幸せになるの?」
 挑むようにムウを見返せば、彼は苦笑した。それだけで、マリューはその映画の結末を知る。
 あの、頃。ムウと、出会う前。
 マリューには欲しい物は無かった。自分の命すら、惜しくなかった。だけど今、マリューは貪欲なくらい、色んな物が欲しかった。
 彼の言葉が欲しい。彼の笑顔が欲しい。彼と、幸せになりたい。
 どうしても、どうしても、彼と一緒に生き続けたい。
 望むようになって、マリューは気付く。それが・・・・そんな簡単な事が、酷く脆くて、手の届かない、壊れそうなくらい、儚い願いであることを。
「そんな映画、ダメよ。」
「なんで?世界中の女性が泣いたらしいケド?」
 俯く彼女は、その言葉に顔を上げた。
「綺麗でも、思い出ならいらない。」
 その言葉に、ムウは柔らかく笑う。
「・・・・・思い出にはしないよ、俺は。」
 そう言って、強く口付けるから。
 マリューはそのまま、腕を伸ばして、大切な人を、今に繋ぎ止めるようにしっかりと抱き締める。
 ムウの感触に溺れていきながら、マリューは思う。
 さっきのエンデュミオンの戦い。あれと同じ事が、まだまだ続いている。続いている限り、ムウはマリューの全然手の届かないところで、あんな風に戦い続ける事になるのだ。
 全てを振り切って、彼は飛び続ける。
 そんな道を、選んでしまったから。
 だから、マリューは祈る。
 いくらでも、こんな風に貴方を愛し、抱き締めるから。貴方が望むようになってみせるから。
 だから。
 だからどうか。
 どうか、お願いだから、私の前から、消えないで下さい、と。
 ムウの居ない未来なら、欲しくない。

 自分以外、生き残らなかった。撤退命令が出され、引き上げながら、ムウは自分の所属する艦隊揮下の艦が一つも無いのを確認する。ぼんやり思う。昨日まで、いや、つい一瞬前まではそこにあったはずの命が、今は、どこを探しても見当たらない。
「・・・・・・・。」
 なんだ、これ。一体なんなんだよ、この結末。
 何のために、何を犠牲にして、何で戦っている?
 ふと、顔を上げると、青く輝く、人類が生まれた星が画面いっぱいに映っていた。
 その丸い縁が輝いて、金色の光が真っ直ぐにコックピットを射る。眼をすがめ、次々に夜が明けていく大地を見詰める。
 朝が夜をおしやり、夜が朝を迎えてゆく。
 宇宙規模の、夜明け。
 来るんだろうか、とムウは思う。そんな夜明けが、自分にも。


「来るさ。」
 残しておいたその夜明けのメモリーを見ながら、ムウは呟く。
「何が?」
 ぽおっとしながらムウにもたれかかっているマリューが、同じく真正面から差して来る朝日に、眼を細めて訊く。
「夜明け、だよ。」
「?」
「そのために、戦ってるんだよな、俺達は。」
「・・・・・・そう、ね。」
 でも、とこっそりムウは思う。自分の長かった夜の、暁はマリューだと。
 死ぬ事は、怖くなかった。待っている人が居るわけでもないし、周りを見渡せば、次々と命が散って行く。繰り返される命令は、最前線で戦うMA乗りには優しくない。時に、「死んで来い」という言葉と同じになる。だから、ムウにとって、自分の命は軽いものだった。
 だけど。
 マリューは違った。彼女は、死んでゆくものを嫌い、一人も死なせないように必死だった。死ぬことを厭わない自分を、涙目で見上げ、「貴方まで戻ってこなかったら」と本気で怒鳴った。
 戦場で、初めて言われた言葉。
 死のサイクルが、途切れた瞬間だった。
 だから。
 彼女だけは、何があっても、死なせない。
 たとえ、自分のこの身を、マリューの為に捧げることになったとしても。「さあ、そろそろ戻らないと。」
 身体を浮かすマリューの腰に抱きつきながら、ムウが訊く。
「え〜〜〜もう?マリュー、身体大丈夫なの〜〜〜〜?」
「大丈夫じゃなくても、行かなきゃならないの。」
 大体、大丈夫じゃなくしたのはどこの誰よ・・・・。
「もうちょっと、一緒にいよ?」
 しっかりくっついて離れないムウを、マリューは軽く小突く。
「ダーメ。」
「何で?」
 不服そうに訊かれ、マリューはとびっきりの笑顔を見せた。
「これ以上一緒にいたら、多分、二度と離れたくなくなるから。」






すいません、オリジナル設定爆発です orz

(2004/12/30)

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