Muw&Murrue
- あまいくすり
- 精一杯気を張って、なんでもない振りを続けていたが、どうも限界らしい。
辿り着いた自室のベッドに倒れこみ、マリューはベッドサイドにある薬箱から体温計を取り出した。
仰向けに寝っ転がると、緩めた襟元からそれを差込み、脇に挟む。目を閉じると、ぐらあっと世界が回転し、彼女は深く深く溜息をついた。
どれくらい、そんなくるくる回る世界に身を委ねていただろうか。
鋭く空気を切り裂く電子音に、はっと我に返ると、彼女は体温計を抜いて確かめた。
39・4。
無機質なデジタル表示に、マリューの頭が痛んだ。
「どうりで・・・・・。」
寒いと思った。
上着を脱ぐのも面倒で、マリューは手にしていた体温計をぽとりとシーツの上に落とすと、のろのろと靴を脱いで上掛けを被った。
とりあえず、10時間は余裕がある。その中でやらなければならない食事やシャワーや、プライベートな事を全部睡眠時間に当てる気で、マリューはぎゅっと目を閉じた。
薬を飲まなきゃ、という思考が、一瞬脳裏を掠めるが、それも襲ってきた睡魔に飲まれて消えていく。
とにかく寒くて眠たくて。
マリューは引きずり込まれるように眠りの淵を転がり落ちて行った。
食堂にやって来たキラは、もくもくとプレートの中身を片付けているムウに目を丸くした。
「あれ?マリューさんはどうしたんですか?」
食事のプレートを取って、彼の向かいに座ったキラに、ムウはぼそっと答えた。
「こっちが訊きたいよ。」
口の中に食べ物を放り込む彼に、キラは驚いたように眼を丸くする。
「珍しいですね、ムウさんがマリューさんと一緒じゃないの。」
「・・・・・・・だよね、やっぱり。」
水を飲んで一息つくと、ムウはスプーンでこんこんと、空いた皿を突付いた。
「艦長室はロック掛かっててさ。呼び出し押しても出ないし・・・・艦内探したけど見当たらないし。」
艦橋はとっくに出たって聞いたんだけどなぁ・・・
「宇宙空間でどこに行くって言うんですか・・・・。」
呆れたようにいわれて、ムウは眉を寄せた。
「んなこといわれんでも判ってるっつーの。だからこうして、彼女が来るまで待とうと思ったんだが・・・・。」
「来ないんですか?」
不意に、キラが不安そうに顔を歪めた。
「ああ。結構待ったんだけどな・・・・・。」
それに、ますます彼の顔が曇る。
「まさか、どこかで倒れてるとか・・・・。」
「有り得ん・・・とは言えないのが、我らの艦長殿、だからな。」
苦笑して、ムウは席を立つと、プレートを返した。
「探すんですか?」
「ああ。ま、倒れてるって事はないと思うが・・・・気になるしな。」
そう言って、ムウはひらひらと手を振って食堂を後にした。
思いつく場所は全部探した。自分の部屋も含めて。でもどこにもマリューはいないのだ。
「・・・・・・・・・・。」
どこかで行き違いになったのかもしれない。
ムウは溜息をつくと、自分の立つ位置から一番近い、艦長室へと、再び立ち寄った。
コール音を鳴らすが、応答は無い。しつこく鳴らすも、反応は皆無だ。
「・・・・・・・・・。」
艦内を彷徨っているのだとしても、倒れたりなんだりが無ければ部屋に戻ってくるだろう。それに、なにか彼女の行き先を示唆する物が部屋の中に残っているかもしれない。
ムウは何故か知っている、艦長室のロックの解除コードを、操作パネルに打ち込んで、軽い音を立てて開いたそこから、室内へと踏み込んだ。
部屋は真っ暗だった。
眩しい廊下から中に入った所為で、目がちかちかする。何度か瞬きを繰り返すと、ムウは手探りで部屋のライトをつけ、扉を閉めると振り返った。
向かい合わせに置かれたソファー。その間のテーブル。液晶パネル。ベッド・・・・・。
「っ。」
その寝台に、背中を丸めて昏々と眠り続ける彼女を発見し、彼は慌てて駆け寄った。
「マリュー?」
そっと耳元で名前を呼ぶが、死んだように眠る彼女は反応しない。呼吸が浅く、息が上がっていて、苦しそうだ。
「・・・・・・・・・。」
額に触れると酷く熱い。
「バカヤロウ。」
慌てて上掛けをはぐと、そこで眠る彼女は、きっちり制服を着込み、更にベルトまで締めているから、ムウは舌打ちの一つもしたくなった。
ベルトを緩めて、でも面倒だと外してしまう。それから上着のファスナーを下ろして、抱き上げて脱がすも、彼女は一向に起きる気配を見せなかった。
「・・・・・・・・・。」
アンダーはぐっしょり汗に濡れていて、ムウは迷わず彼女のクローゼットを開ける。タオルと、いくつか有る替えを手に戻り、とりあえず彼女の身体を抱えて脱がせた。
「・・・・・・・・。」
マリューの頭を肩に乗せてる状態だから、彼女の背中しかムウは見えない。
「・・・・・・・・・・・。」
一瞬過ぎった不埒な考えを、慌てて艦外に放り投げ、彼はブラジャーを外して、身体を拭いていく。
(前・・・・・も拭いた方が良いよな?)
でも、流石に本人の承諾がない場面で、いくら恋人といえどもキレイな膨らみを目の当たりにするのは気が引けた。些細な事でも嫌われたくない、というのがプライド。
「・・・・・・・・・・。」
逡巡していると、彼女がぶるっと身体を震わせて、寒そうにムウにしがみ付く。慌てて彼は、なるべく気にしないようにしながら、柔らかい彼女の体の汗を拭ってやった。
(俺・・・・何やってるんだろう・・・・・。)
半分泣きそうな気持ちで、作業を終了し、シャツを着せ、ロッカーの下に入っていた毛布をもう一枚、上掛けの上から掛けてやった。しっかり身体を包んで、ぽんぽん、と上から叩いてやると、いくらか呼吸が楽になったのか、マリューの表情が微かに和らいだ。
だが、熱が下がったわけではない。
「・・・・・・・・・。」
軽く溜息をつくと、ムウは洗面所でタオルを濡らして彼女の額に落とし、艦内通信をオンにした。
コールの先は医務室、である。
波打ち際に立っている。寄せては返す波が、白い素足をなめていき、波にさらわれる砂が、足の指の間をさらさらとこぼれて行った。
サンダル。
単語がぽん、と脳裏に浮かび、彼女は砂浜を振り返った。光を背に、背の高い人が立っていた。
彼女の白いサンダルを、その人は掲げて見せた。
あんまり波に近づくなよ。
その人はそういうが、彼女は面白くなくてふい、と顔を背けた。
子供じゃ有りませんから。
ぱしゃん、と海水を蹴ると、近寄って来ていた小さな魚が逃げて行った。
あ、ほら、マリュー。
え?
不意に、結構大きな波が寄せてくるのが見えて、彼女は慌てて注意を促した人物のほうに駆け寄ろうとする。砂が、足元を覚束なくする。
きゃ・・・・・
つまんでいたスカートの端を取り落としてしまい、裾が水に浸ってしまった。
やだ!
慌てれば慌てるほど、前に進めなくて。
ほら。
逆光で顔が見えない。でも、確かにその人は、こちらが気まずくなるくらいの笑顔を見せたのが分かった。
馬鹿。
情けない顔をする彼女を抱きとめて、その人が笑った。
笑わないでよ・・・・・・。
温かい。
その人にすっぽりくるまれていると、安心して、彼女は久しぶりに、幸せそうにほうっと溜息を漏らした。
「マリュー?」
名前を呼ばれて、ふわっと目を明けると、夢の中の人物を、そのまま切り取ったような人にぶつかった。
金髪が、部屋のライトに綺麗に光っている。
「・・・・・・・・。」
今一番会いたかった人の姿に、ほっとする。。
子供のような彼女の眼差しに、ムウはくすっと笑うと、ベッドを軋ませてマリューの側に腰を下ろした。
「過度の労働と、それにかかるストレス。食事の時間も削るから、体力が落ちて、それでちょっとしたウイルスにやられたんだ、って先生が言ってたぞ?」
熱に浮いた潤んだ目で見上げる彼女の頬に、そっと手を差し伸べる。
ひんやりした彼の手が、マリューは気持ちよかった。
「ごめんなさい・・・・・。」
「何で具合悪いって言ってくれなかったんだ?」
ちょっと恐い顔をして睨むと、彼女はしおれたような表情をした。
「迷惑を・・・・掛けたくなくて・・・・・。」
「馬鹿。そういうのは、迷惑って言うんじゃない。心配っていうんだよ。」
頬から額へと手を移動させて、彼女の輪郭をなぞる。
「心配ぐらいさせろよ。」
俺にも。
彼はそっと顔を伏せると彼女の首筋に埋める。くすっと笑うと、マリューは目を閉じた。
「ごめんなさい。」
「ダメだ。許さない。」
ちゅっと口付ける女の肌は、熱がこもって熱かった。
「タオル、交換してやるな。」
立ち上がるムウの制服を、マリューは思わずひっぱる。つん、と突っ張る感じに振り返ると、不安そうな顔をする彼女にぶつかった。
思わず吹き出す。
「ムウ・・・・・。」
「どこにも行かないよ。ていうか、行けない、っていうのが正確な答えかな。」
もう一度隣に腰を落として、ムウは優しくマリューの額に口付けを贈る。
「暫く一緒に居なくちゃいけないんだから。」
「え?」
彼の言葉の意味が分からず、目を丸くする彼女に、ムウは意味深に笑って見せると、タオルを取りに行ってしまった。
「・・・・・・・・・・。」
考えようとしても、頭が働かない。ぼうっと、とりとめのない映像が脳裏を掠めていき、マリューはふうっと息を吐くと、目を閉じる。
耳を澄ますと、しっかりした強い靴音がして、近づいてくる気配を感じる。額に触れる冷たい感触。手を伸ばすと、それを握り返してくれて、マリューはほっと吐息をこぼすと再び深い眠りに落ちて行った。
「ムウさん、食事、持って来ました。」
「ん、どうぞ。」
通信機越しに飛び込んできたキラの台詞にムウは答えると、彼女の手を離して、扉に近づく。ロックを外すと、扉が開いた。
「・・・・・マリューさん、大丈夫ですか?」
それに、ムウは肩をすくめた。
「まあ・・・・な。解熱剤も打って貰ったけど、引いても37度で。切れると39度に逆戻りだ。」
「そうですか。」
「先生は?」
「ええ、今、ワクチンの開発中です。」
こと、とテーブルに二つ分のプレートを置くキラは、何故かしっかりパイロットスーツを着込み、ヘルメットを被っていた。
「艦内、どれくらいやられた?」
「血液検査で分かってるのは、主に艦橋クルー、ですね。ほかは、結果待ちです。」
それに、ムウは苦く笑う。
「お前はほんと、丈夫だな。」
「ええ。・・・・・スペシャルコーディネイター、らしいですから。」
苦く笑って、そんな事を言えるまでに回復したキラに、ムウは笑う。
「そうそう。良いことも有るもんだよな。」
「・・・・・・・。」
苦笑する彼の髪の毛をぐしゃっとして、ムウは人の悪い笑みを浮かべる。
「なんであれ、俺と艦長がまずい場合は、お前がなんとかしろ。」
「ええ!?」
驚く彼に、ムウはニッコリ笑う。
「任せたからな?ヤマト少尉?」
それに、キラは渋面で頷くしかなかった。
熱が引かず、眠り続けるマリューを、そっとムウは起こす。
「マリュー。」
促して、ぼおっと目を明けた彼女に、ムウは柔らかく微笑むと、手を貸して身体を起こした。
「辛いか?」
「ん・・・・・・。」
のろのろと視線を転じ、マリューは自分が点滴を受けていることに驚いた。
「なんで・・・・・。」
「食べられないだろ?だから、さ。」
そういえば、食欲が全然無い。
「水、いるだろ?」
コップを渡されて、持つが、そこから動けない。動作が億劫でぼうっとしていると、痺れを切らしたムウが、こく、と水を飲むと彼女に口付けた。
「ん・・・・・・。」
風邪・・・・うつっちゃう・・・・・。
喉に気持ちが良い水を飲んで、彼女は訴えるようにムウを見た。
気付いてムウが笑う。
「大丈夫。俺は平気だからさ。」
そういえば、一体何時間経ったのだろうか・・・・?
「ねえ・・・・ムウ。私、休憩10時間なの・・・・。」
「そう?あ・・・・っとまだほら。」
枕もとのデジタル時計は、先ほど目を覚ましてから二時間しか経っていない。
「な?まだ大丈夫。」
「・・・・・うん。」
「とりあえず、着替えような?」
「ええ。」
手を貸してもらって、アンダーを脱いで、素肌になりながら、ふと、マリューは「あれ?」と思う。
「ほら、タオル。」
「うん。」
身体を拭きながら、「ん?」と何か引っ掛かりを覚えるが、それが何か、頭が回転しない。
「ちゃんと背中も・・・・。」
抱き寄せる彼が、マリューの背中を拭くのを、彼女はぼんやりした頭で受け入れる。
「はい。」
渡されたシャツを着て、一旦ベッドに空気を入れようと、上掛けと毛布をパタパタして直すムウを、マリューはぼうっと眺めていた。
(なんか今・・・・・大変な事が起きなかった・・・?)
「ほらほら、寝た寝た。」
肩を掴んで押し倒され、毛布と上掛けでかっちり包まれる。
「???」
なんだろう・・・・なにか、おかしくないか???
そんな訴えるような彼女の額に口付け、ムウはニッコリ笑うと、頬に手を当てた。
「じゃ、あとまだ時間有るから、眠って。」
「うん・・・・・。」
ああでも、彼の手が気持ちよくて、マリューはふうっと目を閉じると、そのまま眠りの縁を落ちて行った。
気付かれなかったよな?
くうくうと寝息を立てるマリューにムウは、ほうっと詰めていた息を吐き出す。
二時間しか経っていない・・・・というのは真っ赤な嘘で、彼女が眠ってからゆうに12時間は経過していた。彼女が起きた時の為に、時計を止めておいたのだ。
次の起きた時のためにと、ムウはパネルを操作して、そこから更に五時間ほど進めておく。
「・・・・・・・・・・・。」
額に手を当てると熱くて、ムウの胸が痛くなった。こんな状態で、それも夢うつつで、自分に着替えを手伝ってもらってるのにもあんまり気付いてなくて。
それなのに、艦長として有ろうとするマリューの姿に、ムウは唇を噛んだ。
「こんな時くらい・・・・甘えてくれよ・・・・・。」
ぽつりと呟き、ムウはそっと肩口に顔を埋める。
俺じゃ頼りにならないのかな・・・・・。
ふと、そんなセリフが脳裏を過ぎり、顔を上げて、彼はマリューを見下ろした。
頼ってこないという事は・・・・そういうことなのだろうか・・・・・?
どれくらい、時間が経ったのだろうか。
喉が引っ付いているような気がして、マリューはうっすらと目を開けた。
「ムウ・・・・・・。」
お水・・・・・・。
暗い室内を見渡し、マリューは眉を寄せた。
ムウの姿が見えない。
「・・・・・・・・・・。」
ムウ?
小さく呟くが、それはしん、と冷たい沈黙に溶けるだけだ。
不意に寒気がして、マリューは彼がくるんでくれた毛布に鼻の頭までもぐりこむ。
目だけで世界を確認すれば、デジタル時計の文字が見えた。
ムウの機転で、五時間だけ進めて、止まっている時計。
だが、マリューはそれに気づかない。というか、頭が働かず、一体何時間経過したのかいくら時計の画面を眺めても分からなかった。
朝も昼も夜も。宇宙では一定で、今がいつなのか、さっぱり分からない。
そんな時間軸がおかしくなっているマリューは、誰も居ない、無機質な部屋に、いいしれない不気味さを感じた。
けほ、と堰がでて、その吐息の熱さに自分でも驚く。
喉・・・・渇いた・・・・・。
起き上がろうとするが、身体中がだるくてついてこない。きょとっと辺りを見渡すが、やっぱり恋人の姿が無くて、ますます寒くなる。
「ん・・・・・・。」
力の入らない腕で、身体を持ち上げ、終わって、外れている点滴を脇に退かして、ベッドから降りようとする。
部屋が寒くて、背筋がぞくぞくした。身体が小刻みに震えてくる。
「っ・・・・・・。」
ずきん、と頭が痛んで、でも、喉の渇きには耐えられなく、マリューはそろっとベッドから降りた。
ぐらあ、と世界が回転し、思わずへたり込み、動けなくなってしまった。
そんな自分の、あまりの出来なさ加減に、マリューは不意に泣きたくなった。
いつもこうだ。
いつも、いつも、いつも、いつも。
(・・・・・・・・・・。)
じわっと目尻に涙が浮かぶ。
一人だからと、頑張って生きて来た。でも、支えてくれる恋人が出来た。なのに、その彼も居なくなって、大変なことに巻き込まれて。
いきなり艦長にされて、でも必死で頑張って。切り捨てられても、それでも諦め切れなくて。
頑張ってるのに。
なのに、いつも自分は一人で取り残されて。
ぽろぽろと、涙がこぼれ、熱い頬を滑っていく。
くじけて、泣きたい夜も有るのに。それだって許されない。助けて欲しい時に、誰も居ない。
頑張ってるのに。誰も助けてくれない。誰も・・・・・。
その時、軽い音を立てて扉が開き、入ってきた存在に、情けなく床にへたり込んでいたマリューは、大粒の涙を零した。
「ムウ・・・・・・。」
「ま、マリュー!?な、何やってんだよ!?」
その人は、まっすぐにマリューを見つめて、あわてて駆け寄ってくる。
それに、マリューは思いっきり口をへの字にした。
「側に居るって言ったのに〜。」
ぼろぼろと涙を零してすがりつく彼女に、ムウはうろたえる。
「え?あ、いやまあ、確かにそう言ったけどさ・・・・。」
「嘘つき!」
「あ・・・・・ゴメン。」
酷く熱い彼女の身体を抱きしめて、ムウは困ったように囁く。
「ほんとに、ゴメン。」
「馬鹿〜・・・・・一人にしないで・・・・・・。」
抱きつくマリューが、腕の中で泣き出し、それをムウは更にきつく抱きしめた。
「だから、ゴメンって・・・・。」
そっと抱き上げてベッドに寝かせる。毛布で包んでもらいながら、その時初めて、マリューはムウの右腕、ひじの内側辺りに張られている白いテープに気付いた。
視線を感じ、「ああ、」とムウは苦笑した。
「やっとワクチン、出来たらしくてさ。打ってもらってきたんだ。」
あとで、先生が来るから。マリューも打ってもらおうな。
「え・・・・・・?」
実は艦内の三分の二が、少し性質の悪い、風邪に似た症状を引き起こすウイルスにかかってダウンしているのだが、その事を、ムウはマリューに内緒にする。それに伴い、艦内全域に行動規制が敷かれたことも。
(宇宙で・・・・しかも密閉空間でウイルスが繁殖すると、面倒なんだよなぁ・・・。)
艦内の洗浄もあわせて行っている。ザフトと連合に動きが無くてよかったよかったと、一人安心していると、不安そうなマリューの視線にぶつかった。誤魔化す事だけは殺人的に上手なムウは、とりあえず笑って、マリューの髪の毛を払ってやった。
「なんでもないよ。それより、水、欲しかったんだろ?」
立ち上がろうとするムウを、マリューは慌ててつかんだ。
「もういいの・・・・・・。」
「よくないだろ。」
それに、ムウはくすっと笑うと、彼女の目尻にちゅっとキスをした。
「こんなに水分、なくしてさ。」
くすくす笑われて、マリューの頬が、熱以外で赤くなる。
「ムウの所為よ。」
くすん、と鼻を鳴らして、マリューは毛布から手を差し出した。
「側に居るって言ったのに・・・・居なくなるから。」
その手を繋いで、ムウはふっと小さ笑って、イヂワルく訊いてみる。
「そう?マリューさん、俺なんか必要なさそうだからさ。」
「・・・・・・・・・。」
あ、ちょっとまずかったかな?
見る見るうちに涙目になる彼女の反応が、体調を崩して、気弱になっている所為だと分かっていながら、くすぐったくなる。
ああ、やっぱり俺、悪い男だ・・・・。
「泣くなよ。」
くく、と笑って、ぎゅうっとムウはマリューを抱きしめた。すがりつき、彼女は彼の首筋に頬を当てる。
「誰の所為よ・・・・。」
「ゴメン。」
「私・・・・・に、一番必要なの・・・・・・貴方なんだから。」
ぐしゅぐしゅと泣き続ける彼女の背中に、上掛けの上から手をすべらせて、ぽんぽんとたたきながら、ムウはそっとマリューに口付けた。
「俺が、マリューさんの栄養剤なの?」
それに、彼女が微かに頷くのを、喉の辺りに感じる。
「ムウが居れば、もう何にもいらないの・・・・・・。」
「そりゃダメだ。」
そういって、ムウはそっと身体を離し、笑って彼女を見下ろした。
「食べて、飲んで、寝て・・・・・元気になってくれなきゃ、楽しいこと、出来ないだろ?」
俺が。
思わず吹き出す。
「バカ〜!!」
ぼふっと枕で殴られて、ムウは柔らかい笑みを浮かべた。
「そ。マリューは・・・・そうじゃなきゃ。」
「・・・・・・・・・・。」
「水、持ってくるからな。」
「・・・・・・・はい。」
離れるムウに、でももう、先ほどの「一人ぼっち」という空虚な寒気を感じない。それにマリューは「ねえ?」と小さな声で呼びかけた。
「貴方は・・・やっぱり私の栄養剤だわ。」
振り返ったムウは、はは、と声を漏らすと眼を細めた。
「元気、でた?」
「はい。」
そっか。
「じゃあ、本当に元気になったら、サービス、してくれな?」
「じゃあ、サービス、しますね?」
にこにこ笑って言われて、心底ムウはアークエンジェルの医師を呪う。あのウイルスに感染し、高熱を発したマリューたち患者は、ちゃんと検査を受けて、そのウイルスに適するワクチンを注射された。だが、艦内に蔓延していたウイルスは三種類ほどあり、患者以外の、予防接種を受けた者達は、そのうち、どれか一つに適合する抗体しか打たれなかったのである。
艦内洗浄が終わるまで、大人しくしていた者は、なるほど、被害はなかったのだが。
「・・・・・・・・・・。」
口に咥えた体温計をマリューに差しだし、渋面で彼女を睨む恋人を、丁寧にベッドに寝かせた。
「暫く、監禁ですから。」
マリューの持っていたウイルスとは別の種類の抗体を打たれた所為で、すっかり病気を移されてしまったムウは、艦内洗浄が終わってしまったため、自分の部屋にがっちり監禁されていた。
ご丁寧に、彼の部屋の有る居住区への通路は、気密シャッターまで下ろされている。
「サービスって・・・・こういうことじゃないんだけど・・・・。」
ムウの持つウイルスにすっかり抗体が出来ているマリューが、ニッコリ笑って、彼の額のタオルを取り替えながら笑顔で返した。
「でも、これでちゃらですから。」
あの時の約束。
そういわれて、ムウはがっくりと肩を落とし、マリューはくすくす笑うと、そんな彼にちゅっと口付けた。
「はやく元気になってくださいね?」
その笑顔だけで、まあいいやと、思い、すっかりマリューに甘えて看病してもらうムウなのだった。
(2005/09/23)
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