Muw&Murrue

 弱点
 傷ついて目覚めると、いつも一人だった。
 散っていった仲間。死なせてしまった若い命。護れなかった艦・・・・。
 生き残り、目覚めるといつも、真っ白な天井のタイルと、嗅ぎなれない薬の匂いの真ん中を漂っている。投げ出された腕の点滴管が必ず目に入り、生きている実感と孤独が、津波のように押し寄せてくるのだ。
 そうしてやって来る上官。
 知らされるのは常に最悪な結果と、自分自身の手柄。生き残ったものだけが味わう、無意味な勲章を授与される、どうしようもなく空虚な思い。
 ねぎらいも、賛美も欲しくない。自分は何も出来なかった。
 ただ、生き残っただけ。
 戦争をしている。戦争を。自分の命を賭けて。命でもって、命を奪う。それの繰り返しだ。
 だから。
 生き残った者が、正しい。
 ―――――孤独でも・・・・一人でも・・・・空虚でも。
「ごめん、起こした?」
 焦点がボケた瞳の中を、真っ白な白い光が渦巻いている。やがてその光るもやが晴れ、ピントを合わせた視界に、ベッドの脇のカーテンを開けて中を覗き込んでいた存在をはっきりと捉えた。
 栗色の髪の、線の細い女性。
(えっと・・・・・・・。)
 痛み止めに打たれた薬の所為で、頭がまだちゃんと覚醒していない。ぼんやり彼女を見詰めていると、ふと、目尻を細めて彼女が笑った。
「ちゃんと分かってる?ここがどこか。」
 その笑顔に、一気に鼓動が高鳴り、忘れていた記憶が逆流してくる。
「・・・・ああ・・・・思い出したくないこともね。」
 瞬間、彼女・・・・マリューの顔が強張った。それに、自分がまた、要らないことを彼女に言ってしまったと悟る。
「あ、ワリぃ・・・・・。」
 とっさに謝ると、マリューは酷く悲しそうな笑顔を見せた。
「何か欲しいもの、ある?食事も、普通のモノをとっていいって先生が。どうする?何か食べる?」
 覗きこんで訊ねられ、ぼんやりした頭のまま考える。今は特に、何か食べたい気はしない。
「いや、いい・・・・・。」
「そう。じゃあ、何か雑誌でも・・・・・・。」
 立ち上がり、部屋を出ていこうとするマリューの腕を彼・・・・ムウは思わず掴んでいた。
「え?」
 驚いて振り返る。
「マリューが、側に居てくれれば、それでいい。」
 くぐもった声で、切れ切れに答えると、驚いたように眼を丸くしていたマリューが、ふわっと笑った。屈んで、ムウの頬にくちづける。
「分かった。」
 呟いた彼女を、ムウは自由になる方の腕で強引に抱き寄せた。
「ち、ちょっと・・・・・。」
 ムウの首筋に顔をうずめる形で引き寄せられたマリューが、抗議の声を上げるが、ムウは気にも留めず、片腕で器用に彼女を抱きしめて放さない。
「ムウ・・・・・。」
「しばらく、こうしててよ。」
 眼を閉じ、腕に収まるマリューの感触に身をゆだね、そっと囁く。撃たれた肩が少し痛んだが、それよりも、彼女の存在の方が暖かくて気持ちよかった。
「傷口、開くわよ・・・・。」
 片手を突いて、ムウに負担をかけないよう無理な姿勢をとりながら、それでも抱きしめられる事がイヤではなかったマリューがそっと告げる。
「痛みより、気持ち良い方が勝ってる。」
「バカ。」
 言って、彼女はムウの撃たれた肩にそっと触れた。
「痛む?」
「・・・・・ああ。」
 でも、とムウは言葉に出さずに思う。肩の傷より、脇の傷より、ずっとずっと、心の方が痛い、と。でも、それをムウはマリューに言わなかった。言えば、きっと彼女の事だ。自分の事のように心配するだろう。それでなくても、マリューの抱えるストレスは大きいのだから。
「一体・・・・・君はどこまで苦労するんだろうな・・・・・。」
 脳裏を駆け抜けた、数々の出来事を思いながら、ムウは思わずぽつりと呟いてしまった。あまりに苛烈な日々を、どうしてマリューは負わなくてはならないのだろう、と。こんなに脆くて、強くて、優しい女が・・・・・。
「失礼ね。苦労だなんて思ってないわよ。」
 そのムウの呟きに、マリューは少し唇を尖らせて答える。
「嘘だ〜。」
 からかうように言うと、身体を起こしたマリューが、真っ直ぐにムウを見返した。強い、決意の光が瞳に滲んでいた。
「本当よ。天命。ん〜宿命?」
 にこりと、微笑む。その笑みに、ムウは天井を見上げてほうっと溜息を漏らした。
「・・・・・神様を殺したい気分。」
「罰当たりね。」
 ふふ、と笑うマリューにムウは真剣な表情を返す。
「君は誰よりも幸せになる権利がある。」
「ええ?」
 驚いたようにムウを見詰め返すマリューの頬に、彼はそうっと触れた。
「そのために、俺は君を護るよ。」
「・・・・・ムウ・・・・・。」
 キレイな褐色の瞳を大きく見開いて、マリューはじっとムウを見詰める。
「君を脅かす、辛いことや、悲しいことや、苦しみから。」
「・・・・・俺が幸せにする、じゃなくて?」
 からかうように言うと、ムウは眼を丸くした。
「言っていいの?」
「バカ。」
 マリューはこつん、とムウの額を小突いた。それをきっかけに、彼女は身体を完全に起こして立ち上がる。未練がましく、ムウの腕が腰の辺りに絡まっているが、それを丁寧に外しながら。彼女は笑った。
「今日はここまで。これ以上貴方に無理はさせられません。」
「艦長命令?」
 まだ彼女の指先を握りながら、不服そうにムウが言う。その言葉に、マリューはことさらにっこりしてみせた。
「そうですわ。少・佐。」
 びしっと指を突きつけ、絡まってくる彼の指を引き剥がす。
「絶対あとで覚えてろよ。」
「何を?」
「一晩中放さないから。泣かしてやる。」
「それは楽しみですこと。」
 意に介さないマリューに、絶対泣いても放してやるもんか、と妙な決意を固めるムウである。
「マリュー。」
 声を掛けると、彼女が振り返った。
「何?」
「側に居てくれ。」
「?ええ、まだ交代までは時間があるか」
「そうじゃなくて。」
「うん?」
「一生。」
 今度はマリューが眼を丸くした。
「一生、俺の側に居てくれ。好きだから。愛してるから。・・・・君が必要だから。」
 いつも目覚めると、一人だった。
 ・・・・・いや、語弊がある。
 傷ついて目覚めると、いつも一人だった。
 でも、今回、彼は一人ではなかった。
 いつも以上に傷ついて。
 いつも以上に傷が深く、心の奥まで想いが突き刺さっていて。
 一つ間違えば、泣き崩れてしまいそうなぎりぎりのラインを自分の心が彷徨っているのを、彼はよく、感じていた。
 もし今、一人で目覚めていたら。ムウの胸の中には、絶望しか宿らなかっただろう。
 でも、現実は違った。
 眼が覚めて、最初に飛び込んできたのは、マリューの優しい笑顔だった。
 一人じゃない。彼女がいる。マリューがいる。
 他のどの女よりも愛しくて、脆くて、強くて、涙一つ見せない彼女が、すぐ側に。
「君が他の野郎と並んで歩いてるの、想像もしたくないから・・・・そうなる前に、マリューのこと、丸ごと全部俺の宝物にさせて。」
「ムウ・・・・・。」
 どうして今、こんなプロポーズをするのか、ムウ自身、良く分からなかった。ただ、自分が負っている罪に、彼女が怯えて、自分の下を去っていくような気が、ぼんやりしていたからかもしれない。
 そんな事ないと、思いたい。でも、思えない。人の心は、どこまでも見えないものだから。
「・・・・・イヤよ。」
 見詰めるムウに、マリューはきっぱりと答えた。
「え?」
「側に、ただ居るだけなら誰にでも出来る。貴方の、特別な場所に、私を置いて。」
 マリューは椅子を引き寄せて、ムウの顔が良く見える場所に座る。そっと髪に触れる。
「貴方が抱えてる、嫌なこと、弱い所、辛い思い、苦しい夢、悲しい現実・・・・それを私に教えて。そこに、私を置いて。」
 そう言って、マリューは目を細めた。うっすらと涙が滲んでいる。
「私を殺さなきゃ、貴方が生きていられないくらい、貴方の深い所に、私を置いて。」
 そのセリフに、ムウは笑った。笑いながら、彼女の手を取ってくちづける。
「俺の弱みが欲しい?}
「ええ。」
 微笑む彼女に、ムウはそうだな〜、と考え込むと、内緒話をするように、声を潜めて囁いた。
「・・・・俺の一番の弱みは、マリュー・ラミアス・・・・・君だよ。君に嫌われたら、俺はきっと生きていけないから。」



(2004/12/30)

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