Muw&Murrue
- onとoffの狭間で
- 「ラクスから訊いてはいましたがね。まさかこれほど美人だとは思いませんでしたよ。」
「え?」
アークエンジェル艦内を案内するべく、先頭に立って廊下を飛んでいたマリューは、発言元を振り返った。軽く目を見張る彼女に、バルトフェルドは豪快に笑う。
「話を聞いたときは驚きましたよ。まさか、あの大天使さまの艦長が女性だなんて。」
それに、マリューは照れたように笑った。
「そんなことないですわ。・・・・・私は・・・・艦長というよりも、なんか飾りみたいなものですから。」
ほとんど、役に立ってない気がしますし。
そう言って苦笑するマリューに、バルトフェルドは肩をすくめる。
「僕も立場上、指揮官なんてやりますけどね。難しいもんだ、人をまとめるっていうのは。」
「・・・・・・ええ。本当に。」
「そんななかで、ラミアス艦長は、あのクルーゼ隊を煙に巻き、アラスカまでアークエンジェルを運んだ。」
「・・・・・・・・。」
「たいしたもんだと思いますが?」
それに、僕の艦隊も潰されちゃったからねぇ。
「たまたま、ですわ。私も、砂漠の虎には苦戦しましたし。」
不敵に笑われて、彼は肩をすくめる。
「褒められてる、と取るべきなんですかね?」
「仲間は褒めておかないと。」
そのまま顔を見合わせて、二人で笑う。
「大した物ですよ。本当に。」
並んで移動しながら、マリューはきっと前を見た。
「キラくんと・・・・それからみんなのおかげです。」
今、こうしてここに居られて、こうやって生きていられるのは。
「・・・・・・・・・・・・。」
「ラクスさんにも感謝しなくては。あと、カガリさんと・・・・・アスランくんも。」
「子供達の方が、がんばってるな。」
「負けてられませんわよ、私たちも。」
巻き込んだ、という負い目がマリューにはある。その彼らに引っ張られている自分が居て、それを嫌だとも思わない。
そういう風に生きてみるのも楽しくて。
「あの頃とは違って、ようやく自由に物を考えられるようになった気がします。」
バルトフェルドに向かって苦笑するマリューに、彼は笑みを返した。
「確かに。・・・・・・・・ただ滅ぼしあうのよりは、ずっとマシだな。」
「ええ・・・・・。」
ふっと、考えの淵に落ち込むマリューの思考はしかし、遠くから聞こえてきたなじみの声に打ち消された。
「マリュー・・・・・っと?」
前方から、パイロットスーツのままの男がやってくる。
「ムウ!」
ふわっとベルトから手を離し、ムウ・ラ・フラガが彼女の肩に掴まった。
「監視も必要ないだろう、ってことでさ、現場判断で引き上げたんだけど、まずかった?」
「いえ。多分大丈夫でしょう。ザフトの追っ手は・・・・・。」
ちらと彼女はバルトフェルドを振り向く。
「多分、振り切れたとは思うが。」
「・・・・・・・・・・あんたが、ひょっとして砂漠の虎?」
マリューに掴まったまま、ムウはへえっと感心するような視線を彼に向けた。
「そうだが?」
「歴戦、って感じだな?」
「おたくのエースパイロット殿に、死の淵まで叩き落されたからね。」
軽い口調に、ムウが笑った。
「こっちもだいぶやられたけどな。」
手を差し出す。
「ムウ・ラ・フラガ。よろしく。」
「ほ〜。ザフトにも君の名前は通ってるよ。エンデュミオンの鷹には気を付けろってね。」
アンドリュー・バルトフェルドだ。
「レセップス突破にはこっちも肝を冷やしたよ。後方に潜んでるなんて、どうしてなかなか。」
通信機越しに飛び込んできたムウの「やってくれるじゃないの、虎さんよ!!」という悪態を思い出して、思わずマリューは吹き出した。
二つの視線が自分に向けられて、慌てて彼女はそれを引っ込める。
「何はともあれ、今は数少ない仲間、なんですから。」
こほん、と咳払いする彼女に、ムウは肩をすくめると、「着替えてくる」と彼女たちが来た方向に向かうベルトに手を乗せた。
「っと。」
「え?」
そのまま流される瞬間、彼はまだ掴んでいたマリューの肩をぐいっと引き寄せると
「ただいま。」
そういって、掠めるように彼女の頬に口付けた。
「も〜!!」
一瞬で身体を離す彼に向かって手を振り上げるが、それは空を切るだけでムウには届かない。
「じゃあな〜。」
「バカ!!」
流れていくムウに向かって眉を吊り上げるマリューに、バルトフェルドは目を細めて笑った。
(もう・・・・・・。)
バルトフェルドがクサナギに移るのを見届けた後、マリューは一人アークエンジェルの廊下を戻りながら、彼が触れた頬に手を当てた。
ただいま。
彼はそう言った。
(見透かされてるのかしら・・・・・・。)
多分、そうなんだろう。ムウは変なところで人の感情に聡いところがある。マリューが抱えている、失うかもしれない、という不安を、彼はちゃんと見抜いているのだろう。
(『あなたまで戻って来なかったら』なんていっちゃったしな・・・・。)
心配をさせてるのだろうか?
(・・・・・・・・・。)
だとしたら、もうちょっと甘えてみてもいいのかもしれない。
廊下が交差する場所に来て、艦橋に向かおうとしていた彼女は、急に立ち止まるとそちらとは逆方向に曲がった。
「あれ?」
パイロットロッカーから出てきたムウは、奥からやってきたマリューに目を見張った。
「バルトフェルドは?」
「移動なさいました。」
「そ。」
彼の目の前まで浮遊して、肩に掴まって身体を安定させる。ふわっとマリューの髪の毛が宙に浮いた。
「何?」
「え・・・・・あ・・・・・。」
ニッコリ笑って言われて、マリューは「そのぉ」と視線を逸らした。
「こ・・・・れから食事休憩なんですけど・・・・・。」
「うん。」
「・・・・・・・・・一緒に・・・・・どうかしら・・・・と・・・・・。」
ドキドキしながら沈黙に耐えていると。
「あ・・・・・え〜、悪い。」
「え?」
見上げると、明後日の方向を向いたムウが、気まずそうに頭を掻いている。
「俺、これからストライクのデータ解析やんなきゃなんなくてさ。」
「あ・・・・・。」
「実戦経験浅いしさ、もうちょっとしっかり分析しときたいんだわ。」
だから、ゴメン。
「・・・・・・・そ・・・・うですよね!そりゃあ、そうですよ!大事な事です!!」
「・・・・・・・・。」
彼から無理やり視線を引き剥がして、マリューはニッコリ笑って見せた。
「どうですか?ストライク。まだ慣れません?」
「え?」
やっぱりマリューから視線を外したまま、ムウは苦笑した。
「まあな。なかなか思うようにはいかないし、どうしたってレスが生まれちまうし。」
まあ、あとは経験しだいかな?
「・・・・・・・・・・・・・あまり、無理なさらないで下さいね。」
「わかってるよ。」
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・あ〜・・・・・。」
不意に沈黙が訪れて、マリューは急に気まずくなった。
自分が邪魔をしている事に気付いたのだ。
「あの、ほどほどになさってくださいね。」
慌ててそういうと、彼女はくるっときびすを返す。
「ゴメンな。」
追いかけるように言われて、マリューは「どうして謝るんですか?」と笑って見せた。
大体今は勤務中で、もっといえば、明日も分からないような渦中にいるのだ。
(不謹慎だったかな・・・・・・。)
なんとなく浮ついていた気持ちを引き締めるように、マリューはきつく手を握り締めると、ぽん、と廊下を蹴ってもと来た道を引き返していった。
その彼女の後ろ姿を見つめながら、残されたムウは、ふわっと宙に浮いたまま、やるせないような顔でくしゃっと前髪をかきあげる。
「何やってんだろうね・・・・俺は・・・・・・。」
その呟きは、冷たい廊下にゆっくりと沈んでいった。
「少佐。」
「ん?」
キャットウォークに座り込み、端末で色々とデータを収集していたムウは、顔を上げた。みれば、何かの包みを持ったミリアリアが立っている。
「これ。差し入れです。」
「あ・・・・・サンキュ。」
ほっこりと温かい。包みを解くと、中にはホットドックが入っていた。
「お嬢ちゃんのお手製?」
にやっと笑いながら訊くと、彼女は肩をすくめた。
「ついでです。」
「冷たいな〜、それ。」
そう言いながらかじりつき、もぐもぐしながら隣のハンガー前でもくもくと作業をこなす、褐色の肌の少年を見やった。
「渡しにいかないのか、それ。」
後ろ手で隠し持っていたものを言い当てられて、うっとミリアリアが言葉に詰まる。
「これも・・・・ついでなんです・・・・・・。」
「ふ〜ん。」
あむ、っと頬張りながら、ぱこぽことキーボードを叩く、自分よりも大人な男を、ミリアリアはじ〜っと凝視した。
「何?」
「冷静なんですね。」
「はい?」
「さっき艦長、一人で食堂で食事してましたよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・まあ、やることはやらないと。」
大人は大変なのよ?
そういうムウに、ミリアリアはあきれたように眉を吊り上げた。
「私は子供だからワカリマセン。」
歩き出す彼女は、ふと振り返ると、思い出したように彼に告げた。
「そうそう艦長、チャンドラさんと楽しそうに話しながら食事してましたよ。」
さっきは一人っていったじゃねぇかよ・・・・・。
むっとして見上げる上官に、「失礼しました!」とミリアリアは綺麗に敬礼して、たっと、キャットウォークを走って行った。
「・・・・・・・・・・・・。」
暫く食堂のキッチンに立ったまま、マリューは葛藤していた。
(差し入れ・・・・・を持っていったら迷惑がられるかしら・・・・。それとも喜ばれるのかな・・・・。)
よくよく考えてみると、マリューはムウの事をあまり知らないことに気づいたのだ。
大抵彼の方が自分の所にやってきて、色々額をつき合わせて話をする。
その内容も、今までは軍の動向、とかこれからのこと、とかそういう艦全体の話だった。
たまに雑談めいたこともしたが、明確にお互いの事を話したわけでもない。
まあ、よき同僚としての付き合い、ということでお互いに線引きしていたところもある。
(エンデュミオンの鷹、っていったら・・・・結構モテル存在よね・・・・。それに、容姿だって抜群だから・・・・きっと遊んでただろうし・・・・そもそもMA乗りって女性関係派手だし・・・・・。)
お手製のものなんか持ってったりしたら、かえって嫌がるかしら。
「・・・・・・・・・・。」
あれこれ考えた挙句、マリューはおっかなびっくりサンドイッチを作って、格納庫に向かってみた。
こっそり上から眺めると、ちょうどコックピットから彼が降りてくるのが見えた。
そのままマードックと話し込んでいる。
(忙しいのかしら・・・・・・・。)
立ち話を続ける二人を見ながら、マリューは悩む。
(どうしよう・・・・・・。)
と、一人の整備員がマリューの姿を認め、「艦長!!」と大声で彼女に声を掛けた。
慌ててマリューは持っていたものを後ろに隠す。
「すいません〜!!そこ、今、ストライカーパック通すんで、どいてもらえますか!?」
ごんごんと音を立てて、ハンガー内のレールを何かが移動し、マリューは慌てて通路へと取って返す。
(・・・・・・・・・。)
壁に背中をくっつけて、マリューは通り過ぎるソードのストライカーパックを見送りながら、溜息を付いた。
「艦長。」
「うわっ!?はい!?」
突然通路に顔を出したムウに、マリューはびっくりして、再び持っていたものを後ろに隠す。
「どした?こんな所まで。」
「・・・・・・・・・・・・え?あ、いえ、ち、近くまで来たからその・・・・作業、どうなってるのかなぁ、なんて。」
「まあ、大体かたは付きそうだよ。後は模擬演習でなんとかって感じかな。」
「あれ、艦長、どうなさったんです?」
そのムウの後ろからひょいっとミリアリアが顔を出した。
「え?あ・・・・・。」
「あ、お邪魔ですよね。」
スイマセ〜ン、なんてニコニコ笑いながら飛んでいくミリアリアに、マリューは慌てて「違うの!」とか叫ぶが、何が違うのか、自分でも分からない。
「な、なんでミリアリアさんが?」
「ん?」
呆然と彼女の後姿を見送りつつ、そっと訊けば、ムウが笑う。
「さっき差し入れ持ってきてくれてさ。」
「え?」
思わず、後ろに隠している物を意識してしまう。
「誰かさんのついでに、俺も貰っちゃった。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
え〜〜〜〜〜〜と。
「丁度腹減ってたしさ。ま、誰かさんのおかげで助かったというか・・・・艦長?」
「補給の件、なんですけど。」
次の瞬間、マリューは何事も無かったかのように笑っていた。
「エターナル側も、結構弾薬とか積んできてるらしくて。後で分けてくれるってバルトフェルド艦長が。その際、少佐にも出てもらいたいんですけど、ストライクの整備状況はどうです?」
「ああ、概ねいいよ。そういうのも、訓練になるだろうし。いつ?」
「はい。14時間後に一旦会議を。その後だと思います。」
「了解。」
「じゃあ、あのお伝えしましたから、ちゃんと来てくださいね。」
「俺も参加なの?」
「あたりまえです。」
マリューは持っていたものを隠しつつ、器用にムウに背中を向けると、
「では、明日。」
とだけ言うとそそくさとその場を離れに掛かった。
「あ・・・・艦長。」
「はい?」
振り返ったマリューのおでこに、ムウはちゅっとキスをする。
「しょ・・・・・うさ!?」
「今日はもう休めよ。疲れたって顔に書いてあるぞ?」
「は・・・・・・い・・・・・。」
手を振って、ムウは格納庫へと戻っていく。
脱力したように、マリューは通路の壁にもう一度背中を預けた。
「・・・・・・・・タイミング悪かったな・・・・・。」
「あ、マリューさん!」
振り返ると、キラが奥からやってくるのが見えた。
「M1はいいの?」
訊ねると、彼は肩をすくめた。
「そっちはアスランが何とか。僕はこっちの方を見てくれって。」
そうだった。ストライクのOSもキラが開発したものだった。それに、もともとはキラの機体だったのだから、ムウも、いろいろと訊く事があるのだろう。
「フリーダムはもう良いのかしら?」
「あっちはエターナル側でなんとでもなるみたいです。」
「そう。」
人手不足はやっぱり解消できないか、とマリューはほっとため息を付いた。
「ごめんなさいね、キラくんばっかりに負担がいって・・・・。」
「そんなことないですよ。」
「ちゃんと食べてる?」
顔を覗き込まれて、キラは「ええ、まあ。」と言葉を濁した。
「あ、そだ、ご飯まだだったらドウゾ。」
マリューはコレ幸い、と手に持っていた小さな箱をキラに手渡す。
「なんです?」
「整備の合間にでも食べて。」
「わ、サンドイッチ・・・・あの・・・・でもこれ・・・・。」
探るように見られて、マリューは肩をすくめた。
「少佐に、って思ったんだけど、なんだか忙しそうだったから。」
隠すコトでもないか、とマリューは素直に白状した。
「いいんですか?・・・・僕が貰って・・・・。」
「そんな、こっちこそ、残り物押し付けるみたいで忍びないんだけど・・・。」
「いえ、嬉しいです。」
ニッコリ笑うキラを久々に見て、マリューはついつい笑ってしまう。
マリューは一人っ子だから体験した事が無いが、弟がいたらこんな感じなのだろうかと思ってしまう。
思わず頭を撫でたくなって、それは流石にキラに対して悪いと思いなおした。
「いつも・・・・ごめんなさいね。」
「いえ・・・・。」
「・・・・・・・本当に感謝してるわ。」
「・・・・・・・そんな・・・・。僕も、マリューさんが艦長で、救われましたから。」
頼りない艦長で、と彼女は全クルーの前で頭を下げた。
でも、そんな彼女だから、ここに自分たちが居ることが出来るとそう思う。
フリーダムなんて機体が一つあっただけでは、キラはきっと何も救えないとそう思うから。
「変なもの渡しちゃって、ごめんなさいね。」
「いえ・・・・・・。」
「頑張ってね。」
背中を向けて居住区に向かう、この艦の艦長に、キラは照れたように笑った。
「お姉さんが居たら、あんな感じなのかな・・・・。」
格納庫の隅でマリューから貰った箱を開けて、遅い食事を取っていたキラは、上空から声を掛けられて顔を上げた。
「ムウさん。」
「なあ、サイドスラスター、もうちょっとレスポンス上げれないか?」
キャットウォークを蹴って、彼が宙を降りてくる。そのまますとん、とキラの隣に立った。
「それやると、機体に負荷が掛かりますよ?」
呆れたように返すキラに、でもなぁ、とムウは眉を寄せた。
「分かってはいるけど、あの反応速度じゃ、被弾・・・・・・って、なにしてるんだ?」
キラは一瞬、サンドイッチを隠そうかと身構えるが、隠すこともないかともう一つ手に取った。
「食事、あんまりちゃんと取れてなくて。」
「ふ〜ん。」
「それで、設定変えるんですか?」
「え?ああ、出来ればコンマ05くらいは・・・・・。」
「な、なんです?」
じ〜っと箱の中を覗かれて、キラは恐る恐る訊く。。
これがマリューからの貰い物だと、流石のキラも言わない方がいいことくらい承知している。
「食堂のメニューにあったっけ?」
「え?」
「いや・・・・やけに豪勢だな〜、なんて。」
この人は妙なところで鋭い。
しかたなくキラは嘘を付いた。
「ラクスに貰ったんです。お疲れでしょう、って。」
「・・・・・・・・・・・。」
「な、なんですか?」
「ん〜?キラく〜ん、お兄さんになにか嘘付いてないか?」
「なんですか、嘘って。」
頬張ってもぐもぐしながら、キラは視線を逸らした。
「・・・・・・・・・これさ。」
「はい。」
「俺が好きなものばっかりなんですけど?」
「え?」
「この卵サンドだろ〜?」
「普通なんにでもはいってますよ。」
「あと、杏のジャム。」
「め、珍しいですね。エターナルって食通が多いのかな。」
「カツサンド・・・・・。」
「普通でしょ。」
「甘いな。」
ムウはぎゅーっとキラの首を絞めに掛かった。
「なっ!?」
「これは普通のカツサンドに見えるだろうが、実はハムカツサンドなんだよ!!」
いえ!!お前コレ誰に貰った!?
「苦しいですって、ムウさん!?」
終いには本気で締められて、キラは大慌てでムウの腕を叩いた。
「マリューさんですよ!!」
「やっぱり。」
けほけほとむせるキラが、涙目でムウを見上げた。
「ムウさん用に、ってつくったそうですけど、ムウさん忙しそうだからって。」
だから僕にくれたんです。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
ほんの一時間ほど前、マリューが格納庫に姿を現したのを、ムウは思い出した。
「どうかしたんですか?」
「え?いや・・・・・・。」
ぐしゃっと髪をかきあげて、ムウは弱ったように溜息を付いた。
「ムウさん?」
「・・・・・・・・・なんでもないよ!それより、とっとと設定直すぞ。」
さり気なくキラの手からマリューの差し入れを取り上げて、ムウは思いっきりキラを睨むのだった。
「・・・・・・・・・・。」
眠れない。
ころん、と寝返りを打って、マリューは溜息を付いた。
頬と、額に軽く触れただけのキス。
それを、なんだか寂しく思ってしまうなんて、どうかしてる。
もう一度寝返りを打って、強く目を閉じるが、眠気はやってこない。
仕方なくマリューは身体を起こすと、制服に袖を通した。
食堂で牛乳を沸かしていると、誰かが入ってきた。
「あ。」
「っと。」
やって来た人物に、マリューは思わず目をそらした。
「なんだ、寝てなかったのか?」
「ちょっと眠れなくて。」
鍋を見たまま、マリューは曖昧に笑った。
「ふ〜ん。」
そのままムウはラックから飲み物のボトルを取って、さっさと食堂を出て行こうとする。
「・・・・・・・・・あの。」
堪らずマリューが声を掛けた。
「何?」
振り返るムウの眼が冷たいような気がして、マリューはどきっとした。
「え・・・・・・あの・・・・・。」
「?」
キスされたのは、どういう意味だったのだろう。
「艦長?」
もうちょっと側に居たいと思ってしまうのは、わがままなのだろうか。
もうちょっと一緒にと思ってしまうのは・・・・・。
戦場で。
ここは戦艦で。
それは嫌って言うほど知っているけど。
「マリュー?」
「あ、いえ。」
そうだ。
自分は艦長だっけ。
「いえ。少佐、明日、遅刻しないで下さいよ?」
物思いに沈みかけた意識を、無理やり引き上げる。火を止めて、ハチミツとレモンを入れてかき混ぜながら、マリューはムウを見ずにそう告げた。
ははっと彼が笑う。
「努力するよ。」
喉まででかかった言葉を、マリューは飲み込んだ。
背を向けて出て行くムウに、「いかないで」なんて言葉は言えない。
彼の姿が食堂から消えると、ほうっとマリューは溜息を付いて、唇を噛んだ。
じわっと胸が痛い。
カップにミルクを移して、テーブルに付く。くーっと飲んだら舌を火傷した。
「っ・・・・・も〜!!」
がたん、と音を立て席をたち、水を汲む。
情けないなぁ・・・・・・。
コップを握り締めたまま、マリューはじっとその水面に映る自分の目を覗き込んだ。
再び、溜息が漏れる。
情けない。
構ってほしいだなんて。
戦艦の艦長が考えるには、あまりにも甘すぎる。
頼りたいし、すがりたい。触れて欲しい、なんて思うなんて。
本当に本当に、情けない・・・・・・。
「・・・・・・・・・・・。」
「マリュー。」
突然声を掛けられて、マリューはびっくりして持っていたコップを落としてしまった。
プラスチック製なので割れはしなかったが、スカートに水を掛けてしまった。
「ゴメン、大丈夫か?」
駆け寄ったムウが、側にあった布巾を持って差し出す。
「あ、大丈夫です。濡れただけだから。」
すいません。
「・・・・・・・・・。」
咄嗟に謝って、受け取ったそれでスカートを拭いながら、マリューは喉まで出掛かっていた気弱なセリフを必死に飲み込んだ。
恥かしいったらない。
もっとしっかりしなくちゃ・・・・・・。
「ごめんなさい・・・・・。」
呟いたマリューの声は、微かに震えていた。
それが嫌で、彼女は無理やり笑ってムウを見上げた。
「それより、少佐、どうなさったんです?」
「え?」
「何か、忘れ物?」
「ん・・・・・・いや・・・・その・・・・。」
視線を外すムウを見て、マリューの胸が鋭く痛んだ。
そういえば、彼と目が合わないな、なんて思い当たったのだ。
「・・・・・・あの・・・・。」
ああ、言いたい事はたくさんあるのに、言葉にならない。
ぎゅっと布巾を握り締めて、マリューは俯いた。
その肩が、しょんぼりと落ち込んでいて。
「・・・・・・・・・・・・・ああ、もう!」
と、次の瞬間、何かを断ち切るようにムウがはき捨て、俯いたまま濡れてしまったスカートを拭っていたマリューを、いきなり抱き寄せた。
「え!?」
そのまま力いっぱい抱きしめる。
「あ・・・・・の?」
「駄目だわ・・・・・俺・・・・・・。」
「え?」
首を傾げると、身体を離したムウに口付けられる。
深く深く、何もかも奪っていくような、口付け。
「んぁ・・・・・・・。」
ちゅっと濡れた音を立てて唇を放されて、ムウを見上げるマリューが目を細めた。
「少佐・・・・・。」
彼女の頬に手を当てて、ムウが真っ直ぐにマリューを見詰める。
その空色の瞳に、どきっと彼女の胸が強く打った。
「ゴメン・・・・・。」
「はい?」
困惑するマリューを抱きなおして、彼は再びキスをする。
「ちょっ・・・・ん・・・・・。」
そうやって抱きすくめられたまま、何度も何度も口付けられて、終いにはマリューの腰ががっくりと砕けてしまう。
「しょう・・・・さ・・・・。」
潤んだ瞳で見上げられ、しかし、ムウはそのままマリューを抱き上げた。
「だから、ゴメン。」
「はい!?」
「・・・・・・・・・・・限界。」
「えぇ?」
訳が分からず、そのまま、人気の無い廊下を、マリューの部屋めざしてどんどん進んでいくから、慌てたマリューが、自分を抱き上げているムウを睨み付けた。
「何がです?!」
「部屋のロックナンバーなんだっけ?」
「え?」
すでに艦長室のまん前にまで来ている。
「ほら、番号入れて入れて。」
「ちょ・・・・。」
「誰かにこんな所見られたらどうするの?」
「っ・・・・・・。」
言われるがままに、艦長室のロックを解除すると、マリューを抱えたムウが部屋のど真ん中をつっきり、彼女をぽすんとベッドの上に降ろした。
「だから何なんですか?!」
よっと、なんて言いながらマリューの上に圧し掛かるムウに、彼女は喚く。
「だから・・・・・限界なんだってば。」
「なに・・・・ちょ・・・・や・・・。」
「話は後で・・・・・・。」
「普通逆でしょ!?や・・・・やぁん・・・・。」
わけも分からず、押し倒されたマリューはそのままムウのキスと手と体に全身を侵食されてしまうのだった。
「なんなんですか、いきなり!!」
ほうっと肌を紅く染めたマリューを、がっちり抱きしめてちうちうキスをしていたムウは、ぽかぽかと背中を叩かれて「ん〜。」と気の無い返事をする。
「や〜・・・・そのなぁ・・・・・。」
逃れようともぞもぞど動くマリューを押さえつけて、抱きしめたまま、ムウは明後日の方向を向いて切り出した。
「どっかの青いガキじゃないから大丈夫だと思ってたんだけどさぁ。」
「?」
「これがまた、ど〜も限界だったみたいで。」
「??」
「その気になれば半年、とか一年とかなんでもないんだけどさぁ〜・・・・手が届かないんならそれはそれで抑制もできるんだけどさぁ。」
「???」
「手が届いちゃって、おまけに始終一緒に居るとなるとど〜〜〜しても我慢できなくなって・・・・・。」
そこまで言って、ムウはひたっとマリューを見た。
「だから、マリューを遠ざけてないと、俺のなけなしの理性が吹っ飛んで所構わずマリューの嫌がることやっちゃいそうでさ。」
つまり。
つまり・・・・・・・・・・。
「あの・・・・・こういうことしたいの、我慢してたってことですか?」
そう告げるマリューが殺人的に可愛くて、ムウは
「んんん!?」
思わずキスしてしまう。
「少佐っ!!」
「出来る事なら俺だって、こう、紳士的にマリューのこと口説きたいし、勤務中はいちゃいちゃしないで、大人の関係、とかカッコつけてやろうかと思ったんだけど、無理だった〜〜〜。」
ああ、そうか。
だからムウは、頬っぺたとか額とかにしか口づけなかったんだ・・・・・。
「もう・・・・・・。」
マリューは思わず苦笑すると、彼を見上げた。
「だから言ったのに。」
「え?」
マリューは目を細めて手を伸ばす。
彼を抱き寄せて、彼女は耳元でそっと囁いた。
「無理しないで下さい、って。」
「あ・・・・・・・・。」
二人は顔を見合わせて、どちらとも無く笑い出す。
「ゴメン。君にも無理させてたな。」
「・・・・・・・・・ん・・・・・。」
なんだ、ばれてたのか、とマリューは顔を赤くしてうつむいた。その彼女の栗色の髪を優しくすきながら、溜息混じりにムウが言う。
「やっぱり、気持ちのままに生きた方がいいのかな・・・・・。」
どうなのだろう、とマリューはムウの身体に身を委ねて目を閉じる。
気持ちのままに生きて、幸せだったら、きっとそれが一番良い。
でも、大人になるほど、それは許されなくなって。
「私は・・・・・すくなくとも、貴方への気持ちは素直で居たいな・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「素直に」
「甘えたり?」
もう〜〜!!
素直に・・・・・・・・。
「でも・・・・それもいいかも、ね?」
気持ちだけでは何も変わらない。
でも、気持ちを持たなければ、変えようとすることも出来ない。
とりあえずここから。
混乱している世界の中で、とりあえず、二人の気持ちだけは明確でありたいから。
大義名分に名を借りて、でも、戦って殺すしかできないわけではないのだと、信じていたい。
人は、愛し合うコトだって出来るのだと。
素直に素直に、二人はお互いの中に溺れていくのだった。
(2005/05/18)
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