Muw&Murrue

 あの日
 シャワーを浴びた所で、体力が尽きた。
 マリューはタンクトップにホットパンツという出で立ちで、どさっとベッドに倒れこむ。のろのろと足元にまるまっていた薄い上掛けを引っ張り上げて、身体に巻きつけると、ようやく一息つく。

 身体は疲れているのに、妙に頭がさえているのは、気を緩めることが出来なかった日々の所為だろう。

 第八艦隊と合流すれば、すべては終わるのだと思っていた。

 なのに。

「・・・・・・・・・・・・。」

 大気圏を地球に向けて落ちて行くストライク。
 彼を、見殺しになど出来るはずが無かった。

 ただ、一つの命を救いたい。
 目の前で燃え尽きるような真似はさせたくない。



 突発的で、後先を考えなかった、行動。



 その所為で、マリューはトップとしてはありえない失態を演じた。
 降下地点を、大きくずらし、結果的にクルー全員を危険に巻き込んだ、という最悪の失態だ。


 あのままアラスカに下りていれば・・・・・。


 ぎゅっと眼を閉じて、マリューは唇を噛んだ。


 キラを見殺しにすれば・・・・・・。


 もどかしくて胸が苦しくなる。


 彼を。

 この広い地球のどこかに落として、それでアラスカにさっさと到着して次の指令を待ち、学生のクルーを解放して、ムウを元の第七起動艦隊に戻し、マリューも工廠で次なるAAを作るための研究を始める。






 それが最適だったのだろうか。







 最適・・・・・・なのだろう。
 よく考えてみろ。キラ以外、誰も不幸になんかなっていない。
 それに。
 それに、キラはコーディネイターだ。
 そう。
 彼は一人で漂流してもやっていけたかもしれない。ザフトが拾ったかもしれない。



 寝返りを打って、マリューは溜息を付いた。
 こんな事を考える自分が情けない。

 出来っこないのだ。

 頭では分かっていても、出来ない。
 知ってます、と叫んだあとに「でも!」と彼女は叫ぶ。

 でも。
 でも、キラも助かって、全員が幸せになる事だって出来るかもしれないじゃない、と。




「甘い・・・・・・な・・・・・・。」

 マリューは腕を上げて、顔に乗せた。甘いと自分でもそう思う。
 それを、他の人はどう思っているのだろう、とマリューは凍える身体を抱きしめながら思った。

 ナタルは・・・・・あの通りだ。
 絶対に自分を下に見ているだろう。
 フラガ大尉は・・・・わからない。あの人が何を考えているのか。
 きっと呆れてるんだろうな・・・・・。
 いや、後悔しているのかもしれない。


 第七起動艦隊には、もっと優秀な上官がたくさんいるし。司令官だって・・・・・・。


 学生の皆はどうだろう。キラを見捨てないでくれてありがとう、と言ってくれるだろうか?

 整備班は?
 艦を傷だらけにして怒ってるかしら・・・・・。


 それからそれから・・・・・・・。




「・・・・・・・・・・・。」
 溜息を付いて、マリューは寝返りを打った。
 しゃらっと、首から下がっていたネックレスが音をたて、知らず彼女はそれを手にとった。
 くすんだ銀色のロケットは、マリューの肌に触れていたせいか、握り締めるとほんのり温かかった。
「・・・・・・・・・・。」
 くじけそうだよ・・・・・・。

 その温もりがじんわり手にしみて、マリューはぱちん、と蓋を開いた。


 一人の青年が、マリューを見ていた。
 まっすぐまっすぐ、ただ、マリューだけを見ていた。

 にっこり、という形容が一番良く似合う笑顔で、その人はマリューを見詰め、その唇から、彼女が忘れる事の出来ない声が聞こえてくる。





 俺は君の味方だよ。






「・・・・・・・・・・・・・。」
 でもね、私・・・・全然駄目なの・・・・・。







 そんなことない。






「・・・・・・・・・・・。」
 いい艦長じゃない・・・・・






 大丈夫だ。頑張ってるだろ?俺が知ってるよ。






「・・・・・・・・・・・。」







 負けるなよ、マリュー。負けるな。負けるな。負けるな。負けるな。俺が付いてるだろ?








 唇を噛み締めて、マリューはぱちん、とロケットを閉じた。ころっと寝返りを打ち、強く強く眼を閉じる。
 歯を、食いしばる。


 一人だ。

 たった一人。

 これから先、どうすればいいのだろう?
 どうしたらいいですか?

 そう・・・・訊ける人はいない。どこにもいない。
 自分が考えて、そして、自分がなんとかしなくてはならないのだ。

 弱気になっては駄目だ。




 たった一人の味方を、マリューは抱きしめる。




 お願い・・・・・・そこから私を支えていて・・・・・。



 眼を閉じる。

 瞼の裏に映る、記憶の中のその人に、マリューはすがるように手を伸ばした。
 お願い・・・・・・。

 私に・・・・・強さを・・・・・・。




                       *





 レジスタンスの基地で、渡されたコーヒーカップの中身を飲みながら、ムウはぼおっと焚き火を眺めていた。
 これからどうするのか。
 考えただけでも頭が痛い。

 だが、現地のレジスタンスの戦力は願ってもない援軍だった。
 ここをなんとしても突破し、アラスカに向かわなければ・・・・。
(長いな・・・・・・・。)
 一体クルーのどれくらいが、アラスカまでの距離を知っているのだろう。
 一体どれくらいが、その間にあるザフトの基地の事を知っているのだろう。

 まったく、頭が痛くなってくる。

 一体全体、どうしてこの俺がこの艦のトップなんだ・・・・・。

 ちらちらと、同じ形を二度と取らない、まるで生き物のような動きを見せる炎を眺めながら、ムウはぐっとカップを握った。
 考えたってらちがあかないのだ。

 今現在、こうしてここにいる。

 それが全てで、それが現実だ。

 それを受け入れられないバカは、早々に死ぬだけの話なのだ。

 ムウはまだ死ぬ気はない。死ぬ気はないから、必死に生きようとする。

(艦長を、恨んだって話になんねぇっての・・・・・。)
 小声で囁かれる、艦長の采配について。
 甘い、だの、アラスカに下りればよかった、だの・・・・・。

 聞こえる範囲は、ムウはさり気なくフォローしている。だが、副長と艦長の間の軋轢はじわじわと艦後部まで広がっているし、マリューを疑問視する者もいる。

 だが、ムウにしてみればそんなものくそくらえだった。

 ぐちぐち文句を言う余裕があるのは、一体誰の采配のおかげなのか。
 下手な艦長なら、とっくの昔にアークエンジェルは沈んでいる。

 ムウが考える最も良い艦長とは、「艦を沈めない」艦長だ。
 運でも、自身の才でも。



 顔を上げて、ムウは彼女を見た。
 今のところ、「良い艦長」の彼女を。



(26だっけか・・・・・・・。)
 自分より二つ下の女は、俯いて焚き火とも地面とも付かないところを見詰めていた。
 褐色の瞳に焔が映りこみ、ちらちらと瞬いている。

 でも、彼女はそれを見ていないのは、一目瞭然だった。

「・・・・・・・・・・・。」

 細い肩だな、とムウは眼を細めた。細い腰だし、首だって、自分が指をかけてちょっと締めれば呆気なく折れてしまいそうだ。
 身体のラインは柔らかいし、栗色の髪は指を絡めると気持ちよさそうだ。

「・・・・・・・・・・・。」

 でも、今の彼女はムウを見ない。
 ムウどころか、誰も見ていなかった。

 完全に全てを閉め出して、彼女は強く有ろうとしていた。

(見てらんねぇ・・・・・)
 ムウは彼女から視線を引き剥がした。

 代わってやる事は出来ない。
 自分は艦を護る、二人しか居ないパイロットのうちの一人なのだ。
 自分がその責任を放棄したら、キラが一人で前線に出ることになる。

 代わってなど、やれない。




 なぁ、艦長・・・・・・。




 ムウは隣に座る女に、そっと心の中で問うた。




 振り返れよ。
 振り返ってみろよ。

 前ばっかり見てないで。

 後ろを。

 俺がいるから。

 いくらでも力になるぞ?
 支えて欲しければ言ってくれ。
 泣きたくなったら、クルーに秘密にしといてやるから泣きに来いよ。
 欲しいってんなら、いくらでもくれてやる。

 俺が与えられる物なら、なんでも。

 だから。

 だから、たった一人で、前を向いたまま泣くな。
 前を向いたまま迷うな。








 ぱちっと焚き火がはぜる音がして、ムウは顔を上げる。
 もう一度彼女を見る。

 手を伸ばして、その腕に触れたら、彼女は自分の存在に気付いてくれるだろうか・・・・。









 その瞬間、危機を告げる呼子の音が砂漠の夜を劈き、二人を考える余裕のない世界へと導いていく。
 戦争が始まる。

 にわかにざわめくレジスタンスの中で、マリューとムウ、そしてナタルが素早く立ち上がった。



 誰もが振り返らない。



 そんな時が再び幕を開けた。







(2005/04/22)

designed by SPICA