Muw&Murrue
- ターゲット・ロックオン
- 転がり込んできた敵軍の歌姫。彼女を盾に逃げる道を副長は取った。
それを、責めるいわれは無い。
この艦を護る、機動兵器である自分たちが不甲斐なかった為の、判断だと思うから。
「今から休憩?」
「大尉・・・・・・・。」
食堂に入ってきた気配に気付き、ムウが振り返って手を上げる。辺りはしんとしていて、誰もいない。時間が遅いからだろう。
「で、どう?」
「・・・・・・何がですか?」
カウンターから、残っていたプレートを取り、一瞬躊躇った後、彼女は大尉に隣に腰を下ろした。真正面に座る気にはならなかった。
どことなく、このヒトに苦手な物を感じてもいたし。
「副長とのその後。」
「別に。普通ですわ。」
「そー。」
咎められるか、諌められるか。
何となく身構えて、スプーンを持った手をぎこちなく動かす。大半を平らげているムウが、コップの水を飲み干してことん、とテーブルに置いた。
「あれ・・・・あんたの判断じゃないよな?」
「・・・・・・・・・ええ。」
大体の事情は、艦橋に居たトールから聞いた。というか、トールがキラにまくし立てているのを、ムウが耳に挟んだ、というのが正解だ。
「バジルールの越権行為じゃないのか?」
「処罰を下すつもりはありません。」
きっぱりと言い切って、それからマリューは食事に視線を落とした。
「正しい判断と、言い切る自信はありませんけど・・・・・現時点で助かっているのもまた、事実ですから。」
本当はマリュー自身、迷っていたのだ。
ナタルの行為は明らかに艦長である自分を差し置いた行動で、縦社会の軍、という中で、当然諌めてしかるべき行為だった。
それをしない自分。出来ない自分。していいのか、迷う自分に、マリューは嫌気が差していた。
これではどちらが艦長かわからなくなってしまう。
また、彼女の独断に腹を立てている面も有る。だが、放っておいては彼女もろとも沈んだかも知れないのも事実で。
どちらが間違っているのかといえば、もう、マリューには答えられなくなるのだ。
「悪いな。」
スパイラルに落ちる自分の思考が、そのセリフで引き上げられた。伺うように、ムウがマリューを観ていた。
「俺達がもうちょっとましな働き出来ればな。」
語尾がはき捨てるように強い。掠れ気味の、搾り出すようなそれに、マリューは目を逸らした。
「いえ・・・・・・・・大尉の所為じゃありません。」
「・・・・・・・・・・。」
ぎゅ、とスプーンを握り締め、それから放り込むように口の中に食事を詰め込んでいく。
味が全然しない。
「なら、そういう顔、すんな。」
「え?」
「咎められた方がよっぽどましだ。」
呟かれた言葉に、驚いて顔を上げると、厳しい目が自分を見下ろしていた。
その冷たさに、どきりとする。
「大尉・・・・・・。」
「切り替えろ。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「選んじまったもんは仕方ないし、バジルールの越権行為に罰を下す気が無いと決めたんなら、迷うな。」
「・・・・・・・・・・。」
唇を噛み締める彼女の顔が、微かに青ざめるのに、ムウはちり、と胸の奥が痛むのを感じた。それでも、言わなくては。
「あんたが迷えば、下に居る連中が不安になる。」
ぐらついたり、不安になったりするのは、一人の時にしろ。
厳しかったかな、と多少思うが、でもこればかりは譲れない。トップがぐだぐだ物を考えるようでは困るのだ。
そして、トップが自分と自分の判断を信じていなければ、部下は付いてなどいけない。
「はい。」
はっとしてマリューに視線を戻すと、強張った彼女が、固い声で答えた。そのまま、前を向いてがむしゃらに食事をとり始める。
隣に居るムウに居心地の悪いものを感じながら、マリューは放り込んだ、味のしないものを噛み締めた。
(情けないな・・・・・。)
大尉だからよかったものの、確かに、あんな風に迷って答えの出ない物を問続ける姿を、クルーに晒すわけには行かない。
(一人の時に・・・・・か・・・・・・。)
乾いた心でそんな事を考えて、ただ体力維持の為だけにエネルギー源を詰め込んでいると、不意に、ぽんぽん、と肩を叩かれた。
思わず振り返ると。
ふに、と頬っぺたにムウの人差し指が突き刺さった。
「た・・・・・・・。」
大尉!?とマリューの目が丸くなる。それに、左肘をテーブルに突いて、頬杖を付いていたムウがにやっと笑った。
「ま、あれだ。」
「はあ!?」
「さっきみたいな顔、他の連中に見せちゃ・・・・特にバジルールに見せちゃ駄目だけどさ。俺にならいくらでも見せて良いからさ。」
弱音でも何でも、吐いてくださいな?艦長殿?
「・・・・・・・・・・・・。」
にっこり笑う男が、先ほどとは違う、労わるような視線を自分に向けるのに、マリューは思わず気持ちが緩んだ。涙が滲みそうになるのを慌てて堪える。
「またそう言って、諌める気でしょう。」
「慰める、って言って欲しいなぁ。」
「私はさっき、怒られた気分です。」
「怒っちゃいないよ。」
俯くマリューに、ムウが肩をすくめた。
「あんたに腹が立ってるのなら、俺はアルテミスででも別の艦見つけてとっとと降りてるよ。」
「・・・・・・・・・。」
「驚いたか?俺、結構あんたのこと、評価してるんだぜ?」
「・・・・・・・・・・。」
言葉が続かず、顔を上げた彼女が、喉をひくつかせるようにしてムウを見詰める。
「てっきり・・・・・・呆れられてるのかと・・・・・・。」
掠れた声で搾り出すように言うと、「まさか〜。」とムウは笑った。
「負けて欲しくないから、言うんだよ。俺が持ってるもので、役に立てることがあるのなら、あんたにやるからさ。だから、あんたはがむしゃらに行けば良い。」
間違ったらその時は慰めてやるよ?
「・・・・・・・・・・どうやって?」
思わず聞くと。
「そりゃ、添い寝から夜のお勤めま」
「大尉!!!!!」
「嘘、嘘!冗談だって!」
軽く笑うムウに、真っ赤になったマリューが食って掛る。
「ちょっとでも感動した私が馬鹿でした!」
「けどさ。」
振りあがる拳の、軽い痛みを笑って受け流しながら、ムウが彼女に顔を寄せた。
「多少は、楽になったろ?」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
自分を信じてくれる人が居る。それはこの極限状態で、一番大事な事なのかもしれない。
「――――間違ったら、慰めなくて良いです。」
手を下ろし、膝の上できゅっと組み合わせる。
「いや、さっきのは冗談で」
「その代わり、怒鳴ってくださいね。」
真っ直ぐに見返してくる瞳に、ムウははっとした。強く、意志のこもる、ブラウンの瞳。
思わず見惚れてしまう程の、それ。
「・・・・・・わかったよ。」
ああ、でもそんな事できねぇなぁ、とムウはにっこり笑って、コップの水を口に運ぶマリューにぼんやり思う。
彼女が判断を誤る事は、おそらく無いとそう思う。
彼女の目に籠る覚悟を観てしまったから。
(俺・・・・・きっと全面的に支持しちまうなぁ・・・・・艦長の考え。)
甘さの残る判断でも、恐らく、「彼女らしいな。」と受け入れてしまいそうだ。
そして、それを信じ、支持してしまうのだ。
彼女なら、その意志の強さで、甘い考えも成功に導いてしまうのではないかと。
(いや信じたい・・・・のだろうな。きっと。)
「大尉?」
「ん?」
ふと、ムウは手を止めて、繁々と食事を続けるマリューを見詰めている自分に気付いた。
「あの・・・・・・あんまり見ないでくれますか?」
「んあ?ああ、ごめんごめん。艦長美人だからさ。」
「・・・・・・・・・・・大尉。」
彼女が食べているパンを片手に睨むのに、ムウはへらっと笑った。
「でも、ほんと、しんどかったら言えよ?」
そのまま、ぱく、とマリューの持っているパンにかじりつく。彼女が真っ赤になって目を剥いた。
「大尉!!!!」
「いくらでも。」
蒼穹の瞳が、マリューを覗き込み、彼女は不意に心臓が騒ぐのに、驚いた。
端正な顔立ち。間近に有るそれが、本当に優しく笑った。
「愚痴なら聞いてやるからな?」
「愚痴だけですよ?」
「あらら。信用ない?俺。」
「今さっき、簡単にこんなことしたのは誰ですか?」
思わず、ムウのかじりついたパンを突き出す。
「間接ちゅー、なんちゃって?」
「そんな事で悦ぶなんて、子供ですか、貴方は。」
うわー、傷つくなー、それー。
「男は狼、ていうのを、しっかりと胸に刻んで生きたいと思いますわ、大尉。」
にっこり笑って宣言されて、ムウは大げさに肩をすくめて見せた。
まずいな、と二人とも、思う。
まずいな。
これ以上一緒に居たら、きっといつか、引き返せなくなる。
ここは、仮の部隊だというのに。
いつか別れがくるものなのに。
それでも。
「艦長。」
「なんですか?」
「改めて、ヨロシクな。」
「・・・・・・・・・・はい。」
それでも、無意識の内に相手を求めてしまいそうになる気持ちを、偽る事は出来ないのだった。
(2006/10/10)
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