Muw&Murrue

 諦めなかったプレゼント
 欲しいものは何?
 そう訊ねた優しい笑顔に、沢山のおもちゃに囲まれ、ふかふかの絨毯に座り込んでいた少年は、「うんとね・・・・。」とその人を見上げた。
「うんとね・・・・えっとね・・・・。」

 ぽつりともらされた一言に、その人は、酷く悲しく綺麗に笑った。



「ぱーっと!飲みに!行こうじゃないか!!」
 訓練でへとへとのムウ・ラ・フラガ中尉に、同僚がそう言って肩に腕を回してきたのは、夕方六時の食堂だった。
「何で?」
 もうぐったりして、後は風呂にでも入って寝ちまいたい、と正直思っていたムウは、じろっと睨みつけるように、顔を寄せる同僚を見た。
 その視線にてんで気付かない、訓練生時代からの腐れ縁の男は、「そりゃお前。」と胸を張った。
「今日はお前の誕生日だからだよ。」
「・・・・・・・は?」
「女性士官が騒いでたぞ〜。」
 今日はフラガさんのお誕生日なんですって、って。
 わざわざ裏声で、しかも身振り手振りを交えて告げる同僚に、ムウは食堂の壁についているモニターを振り仰いだ。
 時刻表示の隣に日付が踊っている。
 地球標準時刻で十一月二十九日。
「そこで、心優しい俺達が、お前の誕生日を祝ってやろうというわけだ!」
「・・・・・それにかこつけて女呼んで、合コンまがいの馬鹿騒ぎがしたい、って言ってるように聞こえるんだけど、俺には。」
「まあ、そこはあれだ。ほら。祝ってもらっている、っていう感謝の気持ちで帳消しに。」
「ご都合主義だな、おい。」
 当然行くよな?と笑顔で念を押す同僚の様子から、すでに女の子を誘っているのだとムウは気付いた。
 ダシに使われるのは別に構わないが、今日のムウはちょっとそれを素直に受け入れることが出来なかった。
「とーぜん、俺にプレゼントはあるんだろうな?」
 半眼で同僚に言えば、「そりゃもちろん!」と男が胸を張る。
「お前の誕生日を祝いたい女の子が、そりゃあもう、沢山用意して待ってるだろうさ。」
 中には私がプレゼントです、なんてのもいるかもなぁ。
 憎いねこの、と小突かれるが「いや、お前からは?」と寒々しい笑顔をムウは彼に向けた。
「俺からは・・・・このパーティー自体だよ。」
 いけしゃあしゃあとのたまる男に、「だろうと思った。」とムウは溜息をついた。
 そのまま、皿に残っていたカツカレーのカツを口に放り込んで、男は更に更に冷たい笑顔を同僚に向ける。
「でも俺、そんなプレゼント欲しくないから行かないな。」
「ちょーっと・・・そりゃないでしょう〜。」
 主役だよ、君は。
「勝手に祭り上げられても嬉しくねぇよ。」
 かたん、と椅子を蹴立てて立ち上がるムウの腕を同僚が引っつかんだ。
「せめてっ!せめて一時間だけ!」
「お前な・・・・・主役俺だよな!?」
「いやなら三十分だけでも!俺の顔を立てると思って!!」
 冗談じゃない。
「単なる合コンの誘いだろ、それじゃっ!」
「いいや、お前の誕生パーティーだっ!!!」
 女の子はお前目当てなんだよ!居てくれないと困るだろ!?
「お前な・・・・・。」
 ふるふると肩を震わせるムウに、頼む!出て頂戴、フラガ中尉!!と同僚は、そりゃあ情けない姿で拝み倒す。
 絶対行かない、とそう心に誓うムウなのだが、断るのも疲れるし、何より面倒ごとは嫌いなので結局、うんざりした様子で彼の言いなりになってしまうのだった。



「何やってんだろ、俺・・・・・。」
「え?」
 時刻はあれから大分だった夜中の十一時。腕にくっついている女が誰なのか、ムウはイマイチ把握していない。目の前にあるのは、きらびやかな(いかがわしい、と言ってもいいかもしれない)ホテルの玄関。
(ただ寝るだけじゃ終わんねえよな)
 このまんま、この女と一緒に過ごして、誕生日に一緒だったの〜、なんて言いふらされても面倒だ。
「どうしたの?」
 お酒が入っているのか、艶っぽい表情を見せる、黒髪ショートの女を、ムウは斜めに見下ろした。
「ん〜・・・・・いや、なんか疲れたなと思ってさ。」
「今日の訓練が?」
 それともさっきまでの馬鹿騒ぎが?
 自然と隣をキープし、群がる女をけん制してきただけはある。得体の知れない自信がそうさせるのか、彼女は妖艶な笑みを見せた。この女に「抜け出さない?」といわれて出てきたが、このままコトにいたるのも、どうにも鬱陶しい。
 ムウとしてはあの馬鹿騒ぎの場から連れ出してくれるのなら、男でも良かっただけの話だ。
「じゃ。」
 そう言って一歩踏み出すムウに、付き従っていた女が、腕に絡んで体重を預ける。
 それを無視して、ムウは反対方向に歩き出した。
「え?」
 拍子抜けする女を引きずるようにして、男はホテル街を抜けると普通の大通りに出た。エアートレインはまだ動いている。
 駅の方向に歩き出す男に、「ちょっと!?」と女が目を丸くした。
「面倒だし、鬱陶しいし、疲れたし、俺もう帰るわ。」
「はあ?」
 ぐ、と腕を引っ張られるも、現役パイロットには通用しない。そのままずるずる引きずるという、なんとも無様な醜態を晒しながら、ムウはそれでも女を振り返らない。
「お休み。」
「ええ!?」
 ぐ、と両足を踏ん張る女を振り払い、男は罪なほどにっこり笑って終電めざして溢れる人の波にまぎれようとした。
 その様子に、「何で!?」と女が声を荒げた。ちらちらと視線が突き刺さる。背を向けかけたムウが、首だけで振り返り、にっこり笑った。
「だって、俺今日誕生日だし。」
「・・・・・・・・・・・。」
「誕生日くらい、良い女と一緒に居たいもんでしょ?」
「・・・・・・・・・・・。」
 顔を真っ赤にして、睨みつける女が、憎めないほど、太刀打ちできないほど、綺麗に笑うムウは、そのまま雑踏にまぎれていった。

 ほんと。
 全くその通りだ。

 誕生日に欲しいものは、子供の頃から決まっていた。
 でも、そんなもん手に入らないから、だから、別に祝ってもらう必要もないのだ。
 そう。
「くっそ・・・・あいつらの所為で、台無しだ。」
 十一時五十八分発のエアートレイン。人に溢れたそこに乗り込み、ムウはドアに身を預けるとガラスの向こうを流れていく巨大なビル群に目を細めた。
「ちっとも眠くないのな・・・・。」
 漏れた言葉は、電車の床に深く深く沈み、それでもムウは回りの喧騒を閉め出すように目を閉じた。



 ぺた、と柔らかいものが頬に触れて、男はぼんやりと目を開けた。自分に似た空色の瞳が、くるん、と動いて自分を見下ろしている。
「・・・・・・・・誰?」
 夢の名残を残した声で言えば、さっとその青色の瞳がかげり、ふわり、とおでこの辺りに柔らかいものが触れた。
 甘い・・・・なんだかくすぐったくなるような香りが鼻に触れ、心地よい重みと温かみが腹の辺りにある。ふ、とまた意識が遠のきかけた瞬間。
「誰ってなんだーっ!!!」
 絶叫と共に、ばっちーん、と両頬に痛みが走り、ムウは吃驚してその場に飛び起きた。
 何かが首筋にぶら下がる。
「何!?何だ!?」
「ねぼけるなーっ!」
「はあ!?」
 数回瞬きを繰り返し、ムウは自分の首にぶら下がり、ぶーっとむくれた様に頬を膨らませるちびっちゃい存在を確認した。
「リューナ?」
「お父さんのばかっ!」
「いっ!?」
 再びばっちん、と頬を両手ではさまれ、手加減無しの、子供の掌から繰り出された衝撃に身をこわばらせる。
「リューナ君・・・・なんで寝起きにびんたなの?」
 ひりひりするそれを抑えて聞けば、もそもそとベッドから降りた、ムウ・ラ・フラガの娘、リューナ・フラガが、すたすたと寝室を横断して、しゃっ、と勢い良くカーテンを開けた。
 オーブの、暖かい日差しが窓から雪崩れ込んでくる。
「誰とかゆーから!」
「ごめん・・・・・。」
 うー、とそれでもまだ半分寝たような脳内を、何とか起動させながら、男はちらっと娘を見た。ブルーのワンピースを着て、両膝に絆創膏を張った元気少女は、まだ頬を膨らませている。
「とーさん、なんか、変な夢みてたわ・・・・。」
「知ってる。」
「え?」
 吃驚して目を見開くと、リューナが疑わしそうな眼差しで父親を見ていた。
「おかーさんと畑に居たんだけどね。なんかこの辺が」
 そう言って、リューナは自分の胸の辺りを指差す。
「ぐるぐるして気持ち悪くなって。それでね、おかーさんに言ったらお水飲んできなさいって。」
 だっすいしょうじょうになるかもしれないからって。
「でね、リューナお水飲んだんだけどね。次に耳がきーんってなって、聞こえたの。」
「・・・・・・何が?」
「あいつらのせいでだいなしだ。」
「・・・・・・・・・・・。」
「これはおとーさんだな、って二階に上がってきたの。」
 それで、変な夢みてそうだから、起こそうと思ったの。
「そっか・・・・・。」
 じーっと疑わしそうな眼差しで見詰めるリューナに、ムウははーっと溜息を漏らすと上掛けを見下ろした。放り出された自分の掌を見詰めてそれから、くしゃっと前髪をかきむしる。
「さんきゅ。悪かったな、へんな思いさせて。」
「いいけど・・・・・ねえ。」
 視線を逸らしたリューナが、ぺたぺたと床を歩いて父親の膝の上に乗っかってくる。
「どんな夢だったの?だいなしだって、何が?」
「んー?」
 自分に似た、くすんだ色の金髪。くせっ毛なのは自分似だが、髪質は奥さんに似て、わりとふわふわと柔らかい。それに指を潜らせてくしゃくしゃにし、ムウは肩を竦めた。
「忘れた。リューナの攻撃が激しかったから。」
「えー・・・・・。」
 もっと普通に起こせばよかった・・・・。
 面白くないの〜、と頬を膨らませるリューナに、ムウは、小さく笑うと、「さ、とーさんも起きるかな!」とうーんと伸びをした。
「今日はね、おかーさんケーキ焼いてくれるんだって!」
「ケーキか・・・何ケーキ?」
「イチゴ摘んだよ。だから、イチゴケーキ。」
「アレンはどうした?」
「アレンは・・・・・。」
 着替えを済ませて、腕やら首やら回しながらムウは階下に下りていく。すると、息子のアレン・フラガがリビングのローテーブルに向かって座り込んでいるのが見えた。
「おはよ。」
 声をかけると、弾かれように振り返った茶色い頭のちびっこが、身体で何かを覆い隠すように、テーブルに乗り出した。
「はよーごじゃーます。」
「何してんだ、アレン。」
 手元を覗き込むようにすれば、「にゃんでもにゃい!」と声を張り上げた。手にはしっかり、水色のクレヨンが握られている。
 良く見ると、ガラスのテーブルの上には、クレヨンやら折り紙やら、色鉛筆やらが散らばっていた。
「絵でも描いてるのか?」
「にゃんでもにゃい!」
「どら、とーさんに見せてみ?」
「にゃんでもにゃいのっ!!!」
 叫び、アレンはテーブルの上にある、画用紙ももたもたと胸元に抱えて、ててて、と奥の部屋に走っていく。その後ろを、ムウが面白がって付いていった。
「何?何描いてんの、アレン君?」
「うるしゃいの!」
「見せてよ〜、とーさんにも〜。」
「やーのっ!!」
「いいじゃ〜ん、減るもんじゃないし〜。」
「おかーしゃーんっ!!」
 あ。
 追い回されて、行く場所をなくしたアレンが、からからとリビングの掃きだし窓を開けて、庭から入ってきた母親のエプロンに抱きつく。
 その様子に、ムウはその場に固まった。
「あら、アレン、どうしたの?」
 ふわり、と柔らかい手が、アレンの栗色の髪の毛に触れ、冷たい眼差しがムウに向けられる。
「おとーしゃんがおいかけりゅのー」
 ふえええ、としがみつくアレンに、「ムーウ?」と冷たい声が飛び、この家の主は、助けを求めるようにリューナに視線を向ける。が、彼女は彼女で台所のイチゴをつまみ食いするのに夢中になっていて戦力になりそうもない。
「あ・・・・えと・・・今日も綺麗だね、マリュー?」
「ありがとうございます。」
 冷たい声で言われ、「さ、アレンはあっちでお絵かきしないさい?」とムウを睨みつけながら言い、アレンはこっくりうなづいて隣の部屋に引き上げる。
 やばー、とその場からの撤退を余儀なくされたムウに、奥様はそれはそれはお美しい笑みを見せた。
「で?貴方は顔も洗わずに何をしてるのかしら?」



 リューナっ!!!!あなたはーっ!!
 ごーめんなさーい!!!

 キッチンから響いてきた声に、「じっとしててっ!」と定年退職したサラリーマンのようなことを言われ、一人ソファーに座ってたそがれていたムウはそちらを振り返った。
 ばたばたと、リューナがイチゴを咥えてキッチンから撤退してくる。
 そのまま、父親の足元に回りこみ、よじ登るようにムウに抱きついてくる。
「おとーさん、リューナのこと好き?」
「へ?」
 うるんだ大きな瞳で見られて、ムウは相好を崩した。
「そりゃあもちろん。」
「じゃあ・・・・・。」
 てへ、と彼女が笑い、後ろからやって来たマリューが、ずい、とムウの目の前にガラスのボールを差し出した。
「半分以上イチゴ、食べちゃったのよ、この食いしん坊が。」
「・・・・・・・・え?」
「イチゴケーキじゃなくて、ただのスポンジケーキですけど、宜しいかしら、准将。」
「・・・・・・・・・・お前っ!!!」
「好きだっていったじゃーんっ!!!」
 脱兎のごとく駆けさるリューナに、ムウは呆れるやら面白くないやら、複雑な眼差しを向ける。続いて奥さんを振り返ると、マリューは、「まあ、真っ白なケーキも良いんじゃない?」とムウににっこり笑ってみせた。
「え〜、俺イチゴがいい〜。」
「じゃあ、買ってきて。貴方のおごりで。」
「・・・・・・・なあ、そのケーキって、俺の誕生日用だよな?」
 思わず半眼で突っ込むと、マリューが澄まして、そうですよ?と答えた。
「祝ってもらっているっていう感謝の気持ちで、貴方がイチゴを買ってくるのよ。」
「・・・・・・・・・・・。」

 似たような台詞を、昔誰かに言われたな。

「ムウ?」
 ふと、苦笑する夫に、マリューが目を細めた。
「・・・・当然、マリューさんから俺にプレゼントはあるんだよな?」
 顔を上げて立ち上がる彼の言葉に、彼女はちょっと目を見張ると「ええもちろん。」と笑顔になった。
「じゃ、皆様の暖かい愛情にこたえるべく、イチゴでも買ってまいりますか。」
 それに、マリューが慌てた。
「ちょっと・・・・冗談よ?」
「いーの。買ってくるから。」
「何も剥きにならなくても私がちゃんと買ってくるから。」
 眉間にしわ皺を寄せ、あてつけるな、とでも言いたげなマリューの台詞に、ムウは小さく吹き出す。そのままぐいーと彼女の腰を抱き寄せて、ちう、とキスを落とした。
「別にいいじゃん。俺の誕生日に、俺が君達に何か上げたいと思ってもさ。」
「・・・・・・・・・・。」
 きょとんとするマリューを、ムウはぎゅーっと抱きしめた。

 あげるあげる。
 あなたにあげる。
 私の愛を。私自身を。素敵な贈り物を。

 通り過ぎた誕生日に、それなりにモテた自分が、異性から貰ったもの。
 貰う一方の誕生日。
 それが、確かに当たり前なんだけれど。

「今日はさ、晩飯はいいから。皆でどっか食いにいこう?」
「え?」
「豪華なレストランだと窮屈だし・・・・・ファミレスってのもいいなぁ・・・・あ、そーだ。キラん所行こうか?バルトフェルドの奴、趣味で料理始めたっていうし。」
「ちょっと・・・・・。」
「なんか買ってくか。焼肉パーティーみたいな。」
「・・・・・・・・・・。」
 耳元で言われるプランに、マリューは数度瞬きを繰り返した後、ふっと小さく笑った。
「じゃあ、イチゴのついでに買い物に行きますか?」
「ん。」
 ふわり、と離れた奥様の体温。それを名残惜しむように腕に留め、ムウは最愛の人を見下ろした。
 柔らかい、笑顔。
 愛してると、そう告げている様に見える、彼女の褐色の瞳。
 ふっと目を閉じる彼女に口付けて、そのまま、深く深くキスしようとして、ムウは視線を感じ、そちらを見た。
 おー、と拍手をするリューナがムウとマリューをしっかり眺めていた。
「ねえ、おかーさん。」
「!?」
 ば、と彼女を振り返るマリューにリューナはキッチンを指差した。
「焦げ臭い。」
「!?!?!?」

 大慌てでそっちに飛んでいくマリューが、ボールをソファーに放り出し、リューナがそれを抱えて、またつまみ食いをはじめた。
「お前な・・・・全部食うつもりか?」
「買いに行くんでしょ、とーさんが。」
 ならいいじゃん。
「良くない、よこせ。」
「あっ!!!」
 リューナの手からボールをひったくったムウがそれをせっせと食べ始め、「ずるーい!」と食い下がる彼女をひょいっと交わす。
「返せ!私のイチゴっ!!」
「さっき散々食べたろがっ!」
やり返し、ムウは隣室へと逃げ込んだ。
 と。
「やーっ!!こっちこにゃいでっ!!!」
 アレンの悲鳴が起こった。
「それどころじゃないの!!おかーさんっ!!おとーさんがイチゴとったーっ!!!」
 が、そんな弟に目もくれず、リューナの絶叫が響き。
「ムウが捕ったじゃないでしょ!?元はといえば、リューナ、あなたが悪いのよ!!!」
 黒焦げのスポンジに苛立ったマリューの声が飛んでくる。
「違うもん!おとーさんが全部食べたぁ〜〜〜!!!」
「こにゃいで!!!でてって!!!アレンのみにゃいでーっ!!」
「リューナ!いい加減にイチゴは諦めなさい!!アレンも泣かないの!!!」
 巻き起こる悲鳴の渦の真ん中で、イチゴを抱えたムウは、腹を抱えて大爆笑するのだった。



 到着する駅名が響き、微かに眠っていたムウは目を開ける。ガラス戸から身を起こし、溜息をついて彼はホームに降り立った。
 月の、軍本部のあるプトレマイオス。空調管理のしっかりされた、ドーム型のそこは、外気は暑くも無く寒くもない。
 それでも、十二時過ぎの空気は、冷たく感じられた。
「今年も、いいことねぇな・・・・。」
 ぽつりともらし、男は宿舎のある方向に歩いていった。

 欲しいもの。

「あんね・・・・・ぼく・・・・。」

 いっかいね、おとーさんとおかーさんといっしょに、三人で食事がしたいな。


「馬鹿騒ぎじゃなくて・・・・女と二人でとかじゃなくてさ・・・・・。」
 靴音を響かせ、男は空を仰ぎ見た。ガラスのドームの向こうに、冷え冷えとした宇宙と、冴え冴えとした光を放つ星が散らばっている。
「欲しかったのは・・・・。」

 普通に。
 祝ってくれる。

 家族が・・・・・・。



「おとーしゃん、あげゆー。」
「お、絵、出来たのか?」
 出かけるぞー、と自分の家族に声をかけたムウは、とてて、と傍に寄ったアレンを見下ろす。
こげたケーキの代わりを完成させ、お財布と買い物バックを取りに駆けあげるマリューや、未練がましく畑をさまよっていたリューナ。二人の行動を横目に、ムウは息子を抱き上げた。

 大きな真っ白なケーキにイチゴが乗っている。それを折り紙で器用に作ったらしく、画用紙の中央にぺたりと張られていた。回りにはクレヨンと色鉛筆でかかれたマリューやリューナやアレンや、それからムウが。
 おめでとう、とぎこちなく、大小ばらばらな文字で書かれていて、リューナの文字をお手本に頑張って書いた跡が見受けられた。
 ところどころ、画用紙が折れているのは、恐らくさっきまでの大騒ぎの名残だろう。涙の染みが、端に出来ていた。
「ぷれじぇんと。」
「ありがとう、アレン。」
「じょうず?」
「おー、上手上手。特にこの、めの字が上手。」
「・・・・・・・・・・。」
 明らかに嬉しくない顔をするアレンに、「冗談だって。」とムウは息子の頭をくしゃくしゃにした。
「どれも上手だよ。」
「ほんとー?」
「ほんと。とーさん嬉しくて泣いちゃう。」
 きゃー。
 アレンを派手に高い高いしているところに、意気消沈したリューナがむくれ顔で入ってきた。
「もうイチゴなかった・・・・。」
 全部とーさんの所為だ・・・・。
 恨みがましい視線。
「半分以上お前の自業自得だろ・・・・。」
「さ、行くわよ、みんな。」
 マリューに押し出されるようにして、わたわたと家を出る。
 アレンを抱えたムウは、手を繋ぐマリューとリューナに目を細めた。
「おとーしゃん?」
 肩車をされたアレンが、ぺったりと暖かい小さな掌をムウの頬に当てた。
「なんでもない。そーだ、アレン。お前、今日何が食べたい?」
「まぐろ。」
「・・・・・・・渋いな。」
 おかーさん、ざくろかって、ざくろ!ざっくろ〜〜♪
 歌いながらスキップをするリューナに、「買いません。」と冷静な突込みを落とすマリュー。二人の後を付いて家を出て、ムウは『自分の家』を振り返り、仰ぎ見た。

「絶対に手に入らないもの、か。」

 けど、諦めるもんじゃねぇなぁ。

 くすくす笑いながら、ムウは大事な家に鍵を掛け、車からコチラを振り返る二人と、うれしそうに「まぐろ♪まぐろ♪」と歌うアレンを肩に乗せたまま、家族の下に歩いていく。

 あの頃の中尉が見たら、どう思うだろうか。

(鼻で笑うかな・・・・それとも・・・・・。)

 生きなくちゃいけないと、思ってくれるだろうか。

(なあ、フラガ中尉・・・・・。)

 誕生日はまだまだ、これから。
 楽しげに、男は笑うのだった。




(2007/11/29)

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