Muw&Murrue
- Happy Go Lucky
- 純粋にリューナは悔しかった。
主役を演じたって、見てくれる人が居なくては何の意味も無い。
悪い魔法使い役のマーティーが、やって来たお母さんに頭をなでてもらっているのも、泣き虫のサリアがダンスを間違えずに出来た事を、両親相手に得意そうに笑っているのも、みんなみんな悔しかった。
リューナだって一生懸命だったのだ。
台詞だって長くて大変だったのに、間違えないで言い切った。踊りだって頑張った。
なのに、何度会場を見渡しても、母の姿を見つける事は出来ず、とうとうリューナの出た劇は幕を下ろしてしまった。
「リューナ、どうしたの?」
勇者の真っ赤なマントを羽織り、片手にダンボールの剣を持ったまま、「学芸発表会」が終わり、ぞろぞろと帰っていく家族をぼんやり見詰めていた彼女に、最後の歌のピアノ伴奏を担当した担任の教師がそっと声を掛けた。
「どうもしない。」
「・・・・・・お母さんは?」
「・・・・・・・・・・・。」
朝、あんなに沢山、言ったのに。
そりゃ、お母さんはたまに失敗もするけど。今朝だって上の空だったけど。
ちゃんと見に行くっていってくれたもん。
「リュー」
「リューナ!」
その時、体育館の入り口に、彼女に向かって手を振る人が現れた。
「虎のおじちゃん・・・・・・。」
どうも、と先生に頭を下げる隻眼の男に向かって、リューナが一気に駆けて行く。
「お母さんは!?」
開口一番に聞けば、男は困ったように頭を掻いた。
「あ〜、それなんだがね・・・・・。」
彼女のちっこい手を握って、男は「とりあえず帰ろう。」と誤魔化すように呟いた。
「砂漠の虎ちゃ〜〜〜〜ん。」
「気色悪いから止めろ。」
ふら、とオフィスに現れたムウ・ラ・フラガの笑顔に、瞬時にアンドリュー・バルトフェルドは何かを悟った。
「金なら無いぞ。」
「違う。」
「食堂の食券も無いぞ。」
「だから違うよ。」
「アダルトDVDなら、今ダコスタが」
「もっと違うよ、バカ!」
最新作なんだがねぇ・・・・・とすっとぼけるバルトフェルドに、「そうかい。」とだけ返すと、ムウは手近にあったキャスター付きの椅子を引き寄せた。
「ちょっと頼みごとなんだけどさ。」
珍しくそわそわしているムウに、おや、とバルトフェルドは眉を寄せた。
「今、うちのチビっ子が熱出しちまってさ。」
「アレンが?」
ああ、とムウが渋面で答えた。
「結構熱高くて、マリューが病院に連れてってるんだが、どうも一晩入院させるみたいなんだ。」
そりゃ、大変だ。
目を丸くするバルトフェルドに、「ああ、でも大した事は無いらしいんだがな。」とムウは慌てて付け足した。
「ただ、検査とか色々あるし、一晩いた方がいいだろうって判断でさ。」
それに、俺はともかく、リューナにうつったりしたらヤバイだろ。
「リューナは?」
「それが・・・・・・。」
ムウの顔が更に曇った。
「今日、アイツ、学校の発表会なんだよ・・・・・。」
がくげいはっぴょうかい、っての?
「それが終わった後解散、でさ。親が見に来るイベントだろ?だから、子供もみんな親と一緒に帰るらしいんだけどさ・・・・・・・。」
朝、何度も念を押すように「みに来てね!」をマリュー相手に繰り返していたリューナを思い出す。
その時点で既にアレンは具合が悪く、上の空のマリューは「ええ。」だの「わかってるわよ〜。」だの当たり障りの無い返事をしていた。
「なるほど。いけなくなったというわけか。」
「迎えも兼ねてるし、正直俺も行きたいんだけどさ。」
折りしも時は年末で、政府も軍も忙しい。年始の式典やら、年越しのイベントやらで、オーブにも色々と来賓がある。
そうなると、必然的に警備体制も強化され、さらにさらに「歳末特別警戒」と銘打って、色々奔走中なのだ。
「今日手が空いてるのって、調べたらお前くらいしか居なくてさ〜。」
頼むよ〜、とネオはぱむ、と両手を合わせて虎を拝んだ。
「別に僕が迎えに行ってもいいが・・・・・その後はどうする?」
ここに連れてくるか?
「いや、マリューも今日は病院だし、俺とリューナでそっちに厄介になろうかなと。」
「・・・・・・・・・・。」
「ラクスとヤマト夫人の了承は得てるんだけど・・・・・・。」
ほう、とバルトフェルドは溜息を付いた。
「じゃあ、リューナを連れて戻ればいいんだな?」
「恩に着るよ〜。」
「代わりに。」
くる、と椅子を回転させて、机の引き出しをごそごそしていたバルトフェルドは、一枚のメモになにやら書くとムウに差し出した。
「何?」
「代わりにこれを驕ってくれ。」
コーヒー豆の名前が書いてある。
「・・・・・・・・・・・高いの?」
「プラント産だ。」
「・・・・・・・・・・。」
一応俺、嫁さんと娘と息子がいるんですがー、という一家の主の嘆きを無視し、バルトフェルドは「交渉成立」と嬉しげに立ち上がるのだった。
「熱?」
「そうらしい。」
ムウから聞いた事情を『分かり易く』説明する。ちらっと助手席の少女を見れば、ぽんぽんに頬が膨らんでいた。
「お母さんは?」
「病院だそうだ。」
「来なかったの?」
「・・・・・・・・・まあ、そうなるかな。」
リューナがぎゅっとスカートを握り締め、口をへの字にして俯いた。
「仕方ないと思うがなぁ。」
緩いカーブを曲がりながら、バルトフェルドは諭すように言う。
「アレンの熱が高いんだし。」
「・・・・・・分かってる。」
「お父さんも、今は仕事忙しいからな。」
「・・・・・・知ってる。」
「・・・・・・・じゃあ、そんな膨れた顔はしないほうがいいと思うがね。」
指摘されて、リューナはぎゅっと唇を噛んだ。
「もとからだもん。」
「・・・・・・・・・・そーんな可愛くない顔がかね?」
「リューナは可愛くないもん。」
そのまま、ふいっと彼女は窓の外に目をやって、流れていく海岸沿いの景色に目を細めた。
そうだ。
可愛かったら、お母さんだってお父さんだって見に来てくれたはずだ。
だって、あんなに一生懸命練習して、主役だって頑張ったのに。
それを見に来ないで、アレンにばっかり構うのは、リューナが可愛くないからだ。
「おじさんは十分リューナは可愛いと思うがね。」
「可愛くないよ。」
「・・・・・・・・・・・。」
金髪の少女は、それっきり一言も発せず、「この思い込みの激しさは、誰に似たのかねぇ。」とバルトフェルドがこっそり溜息を付くのだった。
「あれ?」
一足先に戻れるめどが立ち、つかまる前にとさっさと帰ってきたキラは、置くのホールから響いてくる笑い声に目を丸くした。
「お帰りなさい、キラ。」
奥からエプロンをしたラクスが出てくる。
「誰か来てるの?」
それに彼女が答える前に、「キラだーっ!」と歓声を上げて少女が転がるように駆けて来た。
「うわっ・・・・・と、リューナ!?」
ぼふ、とお腹の辺りに抱きついたリューナが、「えへへ〜。」と笑ってキラを見上げた。
関係ないが、リューナはキラが大好きだった。
優しいし、強いし、かっこいい。ふわ、と笑ってみせる彼の笑顔に大満足して、リューナはにこにこだ。
「どうしたの?」
しゃがんでリューナの目を覗き込むと、空色の瞳が少しだけ翳った。
「今日はここにお泊りなの。」
「え?」
隣に立つラクスを見れば、彼女が「お話があるんですの。」というような笑顔を返してきた。
「ねえ、一緒にあそぼ、キラ!」
「え?あ、うん・・・・・そうだね。」
先に行って待ってて。
にこっと笑って言われて、リューナは、「はーい」と叫ぶと再びホールの方へと駆けて行く。
「どうしたの?」
それを見送った後、キラは隣に立つ婚約者にそっと聞く。
「アレン君が熱を出して一晩入院するそうですの。」
「え?」
驚くキラに、「ムウさんがおっしゃるには大した事無いそうですわ。」と付け加え、更にマリューが付き添いで居ないから、こちらに来ることにしたのだと教えた。
「じゃあ、ムウさんも?」
アスランに捕まっていた姿を思い出し、ここに帰ってくるのなら助け船を出せばよかったかなと、キラは頭を掻いた。
「リューナちゃん。」
「うん?」
「今日・・・・・学校で劇の発表だったそうですわ。」
でも、マリューさんもムウさんもお忙しくて。
少しだけ翳ったリューナの瞳を思い出して、キラはホールに目をやった。子供たちと大笑いしているリューナの姿が目に浮かぶ。
ちょっとずつ無理をするその癖は、果たしてどちらに似たのだろうか。
「キラ。」
顔を覗き込まれて、キラは苦笑すると、「一緒に遊んであげないとね。」と大きく伸びをするのだった。
「こんばんわ〜。」
夕飯も終えた午後九時。キラと一緒にホールの床に寝そべって絵を描いていたリューナは、その声に、ぎゅっと唇を噛みしめた。
何しに来たんだろう、というセリフがむくむくと胸の中にわいてくる。
アレンが心配なら、ずーっとそっちに居ればいいのに。
周りに挨拶をしながらやって来た父の姿から、リューナは目を逸らすと、描いていた絵を抱えてたたっと走り出した。
「リューナ。」
ムウが何かを言うより先に、キラが名前を呼ぶが、リューナはドアの向こうに行ってしまう。弱ったようにキラが頭を掻いた。
「すいません・・・・・・。」
「何でお前が謝るんだよ。」
苦笑して、ムウはキラに買ってきたケーキを差し出す。
「夕飯、まだですよね?」
「ああ。アスランに引っ張りまわされてね〜。」
遠い目をするムウに苦笑して、キラは食堂へと歩き出す。後に続きながら、ムウは閉じられたドアを振り返った。
「リューナ、ずっと不機嫌だったか?」
席に付くムウに、キラは肩をすくめる。
「笑顔でしたけどね。」
どこかで何かが燻ってるような顔、してましたよ。
「・・・・・・悪い事したかな。」
「・・・・・・・・・。」
それでも、仕方の無いことだから、リューナは文句を言わなかったのだろう。でも、頭でわかってはいても、心が納得しない。
どうしたもんかねぇ、とムウは溜息を吐くと、ラクスが持って来てくれた夕飯に手を付けるのだった。
廊下の隅っこに座り込んで、リューナは窓から外を見ていた。大きな月が輝いていて、青い海が暗い中にも見て取れた。
リューナ、悪くないもん。
頑張ったのに、見に来てくれなかったお母さんとお父さんが悪いんだもん。
ふい、と父親に背中を向けて走ってきたリューナは、そんな事を考えて涙ぐんだ。
アレンが大変なのは、分かっている。
でも、リューナだって大変だったのだ。
ずるいじゃないか。
不公平じゃないか。
ずっとそんな風に考えていると、ホールの扉が開いて「リューナ。」と柔らかい声が彼女を呼んだ。
「・・・・・・・・・・・。」
振り返ると、ムウが腕を組んで立っていた。そのままやってくる。リューナはふいっと視線を逸らして窓の向こうを見た。
「何か見えるのか?」
「・・・・・・・・・・・。」
「真っ暗だねぇ。」
「・・・・・・・・・・。」
「お月様は、よく見えるなぁ。」
「・・・・・・・・・・・。」
だんまりの娘を良く見ると、むくれた顔をしている。ムウは溜息を吐いた。
「リューナ。」
「・・・・・・・・・・・。」
「父さんも母さんも、別にリューナの劇を見たくなかったわけじゃないんだよ?」
「・・・・・・・・・。」
「ただ、ちょっと見に行く事が出来なかっただけで。」
「どうしてさ。」
不意にリューナが低く切り返した。振り返った彼女が、唇を心持ち突き出して、頬を膨らませている。
「どうしてって、」
「来てね、っていったら、お母さん、うん、って言ったんだよ。」
「・・・・・・・・・・・。」
「何週間も前から、練習したんだよ。」
「・・・・・・・・・・。」
「本番、一回だけなんだよ!?」
顔を上げたリューナの眼に、涙が溜まっていて、ムウは無言でそれを見下ろした。
「お母さん、くるってゆったもん!」
「だからな、リューナ。アレンが」
「アレンなんか知らないもん!お母さんと約束したの、リューナが先だもん!」
「リューナっ!」
瞬間、ムウが声を荒げて、すとん、と腰を下ろすと娘を睨んだ。
「言っていい事と悪いことがある。なんだ、アレンなんか知らないって。」
「・・・・・・・・。」
強く言われて、びくりとリューナの肩が強張った。
ほら。
ほーら。
アレンばっかり・・・・・・・・。
「だって、」
「だってじゃない。」
「・・・・・・・だってっ・・・・・だって・・・・・・。」
ぶわああ、とリューナの目に涙が溢れて、止める間もなく頬を転がり落ちて行った。
「お母さんなんか嫌いだっ!!」
ついでにお父さんなんかもっと嫌いだーっ!!!
叫んで、リューナはだっと廊下を駆け出しそのまま、階段を飛ぶように上って行った。
「・・・・・・・・って、ついでにもっと嫌いって何だよオイ・・・・・・・。」
取り残されて、ムウは渋面で溜息を吐くのだった。
ひっくひっくと嗚咽を上げるリューナを、ラクスは自分の部屋に入れて、甘いお茶を出してやった。
「さあ、これでも飲んでくださいな。」
差し出されたカップを受け取って、いつも穏かに笑っている大好きな彼女を見上げる。こくん、と頷いて一口飲むと、ハチミツの味がした。
「お母さまと、お父さまに見ていただきたかったのですか。」
そっと聞かれて、ソファーに座ったリューナはこっくりと頷いた。
「すごくたくさん練習したんだよ。衣装だって、お母さんが作ってくれて・・・・。」
またぽろぽろと涙を零すリューナに、ラクスは隣に座ると、小さく笑い、柔らかい彼女の金髪を撫でてあげた。
「それはきっと、マリューさんもご覧になりたかったでしょうね。」
顔をあげると、ラクスがふんわりと笑った。
「リューナちゃんとお約束したのでしょう?」
「うん。」
「マリューさんはお約束を破るような人ではありませんよ?」
「でも・・・・・・・。」
来てくれなかった、と呟くリューナの手を、ラクスはそっと握り締めた。
「では、どうしてお約束を破ってしまったのでしょう?」
問われて、リューナは俯いた。色んな人に言われた、「アレンが熱を出した」という事実。
苦々しく思いながら、リューナはぽつりとそう答えた。
「小さいアレン君が、お熱を出して、それに付き添ったマリューさんが、リューナちゃんの劇を見に来られなかったのですね?」
確認するように言われて、「でも、」とリューナが顔を上げた。
「でも・・・・・・ちょっとくらい・・・・抜け出して見に来る・・・・とか。」
あんなに約束したのに。
ぐしゃっと顔を歪めるリューナの頬に、ラクスはそっと手を添える。
「なら、それが出来ないくらい、アレン君の具合が悪かったのかもしれませんわ。」
どきり、とリューナの胸が鳴った。
「リューナちゃん。」
柔らかいラクスの手を感じながら、リューナは顔を上げる。
「小さいアレン君が、泣いているのに、それを放ってくるようなお母さまがお好きですか?」
ふるふると、リューナは首を振った。
「では、アレン君が嫌いですか?」
手間ばかりかかるし、泣き虫のアレン。
それでもリューナは首を振った。
「人はね、許してあげることが出来るのですよ?」
目に涙を溜め、見上げるリューナに、ラクスは微笑んだ。
「動物は、何かを許すことが出来ません。争って、見捨てて終りです。忘れる事は・・・・出来るのかもしれません。でも、相手の事を思い、悪い事も何もかも包み込んで、相手を受け入れることが出来るのは、人だけですのよ?」
リューナちゃんは、それが出来る女の子でしょう?
「・・・・・・・・・・・。」
噛み締めるようにラクスの言葉を考えて、リューナはぎゅっと手を握り締めた。それに、「それから、」とラクスは続ける。
「許すということは、飲み込むこととは違います。ですから、リューナちゃんが何をどう思ったのか、お父さまにお伝えしてみてください。そして、それから、どうか許してあげてください。」
「・・・・・・・・・・・・。」
少し、難しかったかしら?と困ったように微笑むラクスに、リューナはしばらく俯くと、ぽん、と身体を浮かせてソファーから飛び降りた。
「リューナ、行って来る。」
お茶、ありがとうございました。
きちんとお礼をして、リューナは ドアを開けると廊下を駆け出した。
その後姿に、ラクスは目を細めるのだった。
ぎこちないノックの音に、ムウは読んでいた雑誌を閉じて、ベッドから起き上がった。
「は〜い・・・・・・っと。」
俯いたリューナがぎゅうっとスカートの辺りを握り締めていた。
「リューナ・・・・・・。」
何から言っていいのか分からない。でも、伝えなくちゃならないから。
「・・・・・・・・・・ごめんなさい。」
リューナは喉につっかえている物を吐き出すように、掠れた声でそう言った。
ムウがはっと目を見開いて、それからしゃがみ込む。自分と同じ空色の瞳が、ムウを見詰め返した。
「ごめんな。」
すとん、とリューナの胸にその言葉が落ちた。
「見にいけなくて、悪かった。」
そのまま、抱き上げてくれる父親の首に、リューナはぎゅうっとしがみ付いた。
見て欲しかったのだと、勢い良く話し、そのまま疲れて眠ってしまったリューナの髪の毛を、ムウはそっと撫でた。自分のシャツを掴んで眠る彼女の隣で、ムウはもう一度「ごめんな。」と謝った。
きっと、すごく張り切っていたのだろう。来てくれるのを信じて、ずっと。
それを知ったら、マリューはどう思うだろうか。
柔らかな子供の頬に口付け、ムウはそんな事を考えながら目を閉じるのだった。
翌日、昨日の代休でお休みのリューナは、ムウと帰ってきた家の奥から、甘い匂いがするのにぱっと顔を輝かせた。
「おかーさん!!」
繋いでいたムウの手を放して走っていく。
「リューナ。」
振り返った母が、しゃがんで駆け寄った娘を抱きしめた。
「ごめんね、リューナ。」
「・・・・・・・・・・うん。」
「本当に、ごめんね?」
頬に手を当てて、柔らかくて暖かい褐色の瞳が、リューナを覗き込む。
「ううん。」
いいの。
昨日はさんざんごねまくってたのになぁ、と被害をこうむったムウは、仲良しな母と娘を見ながら遠い眼をした。
「リューナの勇者様、見たかったのに・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「寂しかったわよね?」
本当に、ごめんなさい。
ふわりと抱きしめられて、ううん、とリューナはぎゅっと目を閉じた。
飲み込まないで。
ラクスの言葉を思い出して、リューナはマリューのシャツを握り締めたまま告げる。
「寂しかったけど・・・・・お母さんに見てほしかったけど・・・・でもね。でも・・・・リューナ、我慢したの。」
「・・・・・・・・・・・そう。」
「リューナ、偉い?」
ぎゅうっとマリューの背中に回った手に力がこもるのと、声に涙が滲んでいるのを、マリューは感じて、そっと目を閉じた。
「ええ。偉かったわね。」
離れた娘に、マリューは綺麗に笑って見せた。
一晩病院に居たアレンの熱は、翌日にはすっかり下がり、元気一杯で階段を下りてきた。
その姿に、リューナとムウはほっとする。と、アレンが済まなさそうにリューナの袖を引っ張った。
「おねーちゃん。」
「ん?」
「おねーちゃんのげき、みれにゃかった・・・・・。」
姉が部屋で練習するのを興味津々で見ていたアレンは、ちょっとその「劇」というものを見てみたかったのだ。
それが見られなくて、しゅんとする弟に、リューナは「じゃあねぇ。」と持ってきたダンボールの剣を差し出した。
「これあげるから、元気だしな。」
アルミホイルがはってある、ぴかぴかの剣に、アレンがぱあ、と顔を輝かせる。
「しゅごいね・・・・・。」
「すごいでしょう!」
得意気に胸を張るリューナを横目に、パイを焼いているマリューにムウはこっそり近寄った。
「で、アレン君はなんだったんだ?」
「色々検査したけど・・・・・多分風邪の一種だろうって。」
点滴して、注射したら、あの通りよ。
振り返ったマリューは、おや、と首をかしげた。
「何?」
「・・・・・・・・なんか、むくれてない?」
指摘されて、ムウは視線を逸らした。
「別に。」
「・・・・・・・・・・。」
自分は大嫌い呼ばわりされたのに、マリューはしっかりリューナに好かれていて面白くない。
「父親って損だよなぁ。」
明らかに拗ねた声音で言われて、マリューは肩をすくめると、「そうねぇ。」と呟き、掠めるように彼の頬に口付けを落とした。
「その代わり、私が末永く愛してあげるから。」
「それはそれは・・・・・・・。」
途端、ムウは彼女の腰を抱き寄せると、強引に口付けた。
「あー、いちゃいちゃいしてるー!」
「してゆー!」
バカあ、と怒るマリューを放して、ムウは子供二人を抱き上げると「んじゃ、パイが焼けるまでとーちゃんと遊ぼうかー。」なんて笑っている。
香ばしい香りが漂うそこで、戯れる三人を見詰めながら、マリューはやれやれと微笑むのだった。
(2005/12/30)
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