Muw&Murrue
- サンタ探して
- 闇が部屋を柔らかく覆う午後十時。二段ベッドの下から声を掛けられて、リューナはうとうとしていた目を擦った。
「アレン?」
「おねいちゃん・・・・・・。」
「なによう。」
ふわ、と欠伸を噛み殺して聞けば、うん、と小さく呟くアレンの声が、先程よりはっきり聞こえてくる。
「あにょね・・・・。」
「うん。」
「しゃんたしゃんって、何時ごろくるのかな?」
「え?」
思わずベッドの脇から身体を乗り出し、逆さまに覗き込むと、タオルケットにくるまったアレンが、髪の毛を逆立てるリューナに目を見開いた。
「おねいちゃん、危ないよ。」
「あんたみたくどんくさくないわよ。」
で、サンタさんがどうしたって?
「うん。何時ごろくるのかな?」
「会いたいの?」
こっくりと頷く弟に、リューナは逆さまになったままう〜んと考え込んだ。
「夜中じゃない?」
「何時?」
「夜中の一時とか二時とか・・・・。」
「おきてたらあえるかな?」
「アレンには無理ね。」
どうして?とびっくりして目を丸くする弟に、リューナは溜息を吐いた。
「だって、あんた直ぐ寝ちゃうじゃない。」
「ねないよ。」
「嘘。ねちゃうくせに。」
「・・・・・・・・・ちょっとだけだもん。」
毛布を鼻の辺りまで引き上げるアレンに、リューナは意地悪く笑った。
「ちょっとでも寝ちゃったら、あえないじゃない。」
「お昼寝、いっぱいするよ?」
「無理無理。」
「むりじゃないもん。」
「む〜〜〜〜り、アレンにはぜ〜〜〜〜〜ったい無理。」
それに、アレンの目が潤んだ。だが、負けたくないアレンはぎゅっと唇を噛み締める。
「おきてるもん!」
「・・・・・・・・・・。」
本当はリューナも一時や二時に起きていられる自信なんて無いのだ。でも、弟の手前、カッコは付けたい。
「しょうがないな。」
じゃあ、一緒に起きてまとう。
そのまま、くらくらする頭を元に戻して、リューナはぼふっと枕に顔を埋めた。
「ねえ、おねいちゃん。」
「まだ何か?」
「いっこだけ。」
「うん。」
「しゃんたしゃんって、疲れるよね。」
一晩で世界中を駆け回るのだ。それがどんなに大変な事か、アレンは想像できない。
「そーだね。」
リューナも枕に頭を乗せて、天井を仰ぎながら答えた。
「サンタさんも・・・・・お父さんみたいに疲れたー、って言ってるかもね。」
「ねえ。」
「ん〜?」
「しゃんたしゃんに、ぷれぜんと用意しよう?」
アレンのくせに、なんて素敵な事を思いつくのだろうか。
「しょれでね、おきててね、はい、ってわたしゅの。」
「いいね、それ。」
サンタさんにプレゼントを。姉と弟は、こんな素敵な話は初めてだと急に嬉しくなって、薄暗い自分たちの部屋の中でくっく、と小さく笑った。
件の24日。
「リューナ、アレンのことちゃんと見てるのよ?」
「了解です!」
マリューは娘と息子を連れて軍本部に来ていた。今日はここの官舎でクリスマスパーティーが催されるのだ。その準備にマリューも借り出されたというわけだ。
ホールには大きなツリーが現れ、その飾り付けをラクスやミリアリアがやっている。
クリスマス休暇で人の少ない官舎に残って居るのは、アークエンジェルの仲間と、帰る予定の無い士官候補生たち。ツリーの頂に星を付けるのに、アスランに抱き上げてもらったアレンは、得意そうにそのてっぺんに星を飾っていた。
下から、ラクスに頼まれて金色のモールを持っていたリューナは、悔しそうに「曲がってる。」なんて憎まれ口を叩く。
そんな風に、のんびりと休暇の空気が流れる官舎で、慌しくしている母親を確認すると、リューナはアレンの手を掴んだ。
「いくよ。」
二人がサンタさんにプレゼントを用意できるのは今しかない。こっくりと頷いた弟の手を引いて、リューナはそっとホールを抜け出した。
「何がいいかな?」
食堂に向かって歩きながら、リューナが呟く。
「オーブ戦隊の変身ソードがいい。」
「それは、アレンが欲しいものでしょ。」
「でもしゃんたしゃんもほしいかもよ?」
「それはない。」
ばっさり切り捨てられて、しょんぼりするアレンを他所に、リューナは女の子らしく色々考える。
「やっぱり、お腹すくよね。」
なんせ一晩中飛び回るのだ。
「たべもの?」
「鳥の丸焼きとか?」
ぱあ、とアレンの目が輝いた。
「しょれいい!」
にこおっと笑う弟に、リューナは得意そうに胸を張って、「よし!食堂だ!」と一気に走り出した。
だが。
「・・・・・・・・・・・・。」
辛うじて開いている食堂では、確かにケーキとか鳥とか売ってはいたが、二人のお小遣いをあわせても、そこにあるポタージュくらいしか買えそうに無い。
「おねえちゃん。」
「だってしょうがないじゃない。お金ないんだから。」
食券方式なので、自販機にコインを入れ、本当はチョコレートケーキも買いたかったが、我慢する。ポタージュのボタンは一番上で、リューナが背伸びをしても届かない。
「アレン、肩車するから押して!」
「だいじょぶ?」
「だいじょぶ、だいじょぶ。」
小さな弟、といったって、結構重みがある。辛うじて立ち上がるが、安定しない。
ふらあ、とよろけ弟ごと転びそうになった時。
「危ない!」
誰かが二人を支えた。
「あ。」
「キラだ。」
「リューナにアレン?」
後ろから彼らを支えたのは、二人の良く知る人物だった。
「危ないだろ?こんなことしちゃ。」
アレンを抱えて下ろし、しゃがんだキラがリューナと視線を合わせる。
「転んだら、どうするの?」
「ごめんなさい。」
大好きなキラに怒られて、しゅんとするリューナに彼は溜息をつく。
「あにょね!」
姉だけ怒られるのは見ていて気持ちが良くなくて、アレンが一生懸命割って入った。
「しゃんたしゃんに、あれ、あげるの。」
「アレン!」
慌てて弟の口を塞ぐが、キラはアレンが指差した自販機を見上げた。ポタージュのところだけ、ランプがついている。
「サンタ、って、サンタクロース?」
「うん。」
「アレン!!」
勝手に自分たちの計画をばらすアレンに腹を立てながら、リューナは弟を強引に自分の後ろに隠した。
「ポタージュ、サンタさんに上げるの?」
にっこり笑ったキラに言われて、リューナは困ったように頷いた。それに、彼はボタンを押してやり、食券を渡すと、こんどは自分のコインをいれて、チョコレートケーキを一つ買った。
「はい。」
「・・・・・・・・・・・。」
「それで、僕にも教えてくれない?」
受け取り、顔を輝かせるリューナに、キラは切り出した。
「その計画。」
リューナとアレンが、今夜は寝ずにサンタを捕まえて、プレゼントを上げるのだと息巻く姿に、キラは小さく笑った。
「そっか。・・・・・でもね、リューナ。夜中まで起きてる悪い子には、サンタクロースは来ないんじゃないかな。」
「え?」
キラの一言にリューナが固まり、アレンは食堂の椅子から転げ落ちそうなくらい驚いている。
「おねえちゃん。」
おろおろするアレンに、「そうだよね。」とリューナは小さく呟いた。
「寝てなきゃダメなのか・・・・。」
「じゃあ、しゃんたしゃんがきたら、ぱっておきゆ!」
「無理よ、アレン。」
「無理じゃないもん!」
「無理なの!アンタみたいな寝ぼすけには無理!」
怒鳴られて、アレンがムキになる。
「ぱっておきるもん!」
「起きられないよ!」
「や―――――!」
「やじゃない!!」
「二人とも!」
喧嘩を始める二人を相手に、キラがぽか、ぽか、と一つずつ軽く二人の頭を叩いた。
「喧嘩するような悪い子にはもっと来ないと思うんだけどな。」
「・・・・・・・・・・。」
「それに、こう見えてもお兄ちゃん、サンタさんと友達なんだ。」
二人が吃驚して目を丸くした。
「嘘だ。」
「ホントだよ。なんならそれ、届けてあげようか?」
ニッコリ笑うキラに、二人は顔を見合わせてうん、と勢い良く頷いた。
『こちらX20A、フリーダム。緊急発進します。』
「ヤマト准将!?」
管制塔でのんびりお茶を飲んでいた管制員は、飛び込んできた連絡に目を見張った。
『ハッチ解放。誘導、お願いします。』
「え、あ、はい。・・・・・ってあの、なんの発進で?」
『大した事無いですよ。すこしオノゴロ上空を飛んで、F地点に下りるだけですから。』
F地点での収容、お願いします。
「・・・・・あの、何の意味が?」
『クリスマス、ですから。』
進路クリアー、X20Aフリーダム、発進どうぞ。
「うっひょーっ!!!」
飛び上がる鋼鉄の天使を見上げて、リューナが誰かさんそっくりの歓声を上げた。場所は管制塔下にある、滑走路だ。今は離陸する機体もなく、閑散としている。
「しゅごいね、おねえちゃん!」
「かっこいいよね、フリーダム!」
あれならきっと、サンタさんのいる所にまで絶対行けるよ!!
きゃあきゃあ騒ぐ二人が見上げる、快晴の空に、フリーダムが輝く点になって溶けて行った。
「あ、ムウさん。」
「ん?」
年末は忙しいねぇ、なんてぼやきながら端末をいじっていたムウは、オフィスに顔を出したキラに、目を大きくした。
「アカツキの調整、ですか?」
「ん〜、いや、ま、それと他にも色々ね。」
それももう終りだ。
肩を回すムウに、キラはニッコリ笑ってはい、と小さなバスケットを差し出した。
「何?」
「お届け物です。」
「は?」
受け取り、意味深に笑うキラの前で、ムウはそのバスケットをあけた。中には保温パックに入ったポタージュと、チョコレートケーキが入っている。
「・・・・・・何?」
しげしげと見詰めた後、ムウはそこに入っている一枚のカードをひっくり返した。
クレヨンで書いたクリスマスツリーと赤いなんだか分からない塊が書いてある。
「・・・・・・・・・・・。」
さんたさんへ ぷれぜんとくばりごくろうさまです たべてください
「この見慣れた字と絵は。」
顔を上げて笑うムウに、キラはくすっと笑った。
「それ、お小遣い全部はたいてサンタさんに買ったもの、らしいですよ。」
「・・・・・・なるほどね。」
悪いな。
肩をすくめて見せるムウに、キラは涼しげに答えた。
「僕はただ、サンタさんにプレゼントを届けただけですよ。」
だから、ムウさんから、ちゃんとサンタさんに届けてくださいね、それ。
念を押されて、ムウは「了解」と笑いながら告げるのだった。
「マリュー。」
クリスマスパーティーから帰ってきて、一息つき、子供たちが二階で眠ったのを確認して降りてきたマリューに、ムウは「はい。」と持っていた物を差し出した。
「何コレ。」
ソファーの前のテーブルに、保温パックから皿に出したポタージュと、小さなチョコレートケーキを出す。
「クリスマスプレゼント。」
「貴方から?」
目を見張るマリューに、ムウは「違う違う」と笑いながら持っていたカードを差し出した。
「・・・・・・・・・。」
「あいつら、お小遣いはたいてこれ、買ったんだってさ。」
「そう。」
目元を和らげて、マリューはそのプレゼントにやわらかく微笑んだ。
「まさかさ。」
ソファーに二人並んで座り、ケーキをフォークに刺して、マリューに差しだしながら、ムウは小さく笑う。
「この年になってサンタが来るとは思わなかったよ。俺。」
ぱく、と舌に甘いケーキを口にして、マリューも笑う。
「そうね。」
随分小さなサンタクロース、ですけどね。
それから、二人は小さな幸せを噛み締めるように、ちびっこいサンタクロースから貰ったものを、美味しそうに食べるのだった。
明けて25日。
枕もとのプレゼントを抱えて降りてきたリューナとアレンは、確かにキラに託した保温パックのからと、ケーキのサンタの飾りを、自分の家のリビングで見つけて、目を丸くした。
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
驚きに声も出ないアレンとリューナ。
その二人に、マリューがそらっとぼけて声を掛けた。
「これ、どうしたの?朝起きたら置いてあったんだけど。」
顔を見合わせて、二人揃って「なんでもありません!」と背筋を正す。それからはしゃいだように飛び跳ね、「来たよ!サンタさん!」「しゅごいしゅごい!」と叫ぶ。
そんな二人に、マリューは手をたたいた。
「さあ、早いところ顔洗ってらっしゃい!」
「りょうかいでーす!!」
やっぱりキラって凄いんだね!
朝ごはんの席で、そう賞賛する娘と息子の言葉に、ムウが激しく傷ついたのは・・・・・まあ、言わなくても言い事実でしょうね。
(2005/12/22)
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