Muw&Murrue

独走少女
「お母さんお母さんお母さんお母さん!」
「一回でいい、一回で!」
 スーパーに娘と買い物に来たマリューは、カートを物凄い勢いで押して戻ってきたリューナに顔をしかめた。
「お母さん!!!」
 満面の笑顔の彼女は、ぐい、とマリューの手を引いた。
「ちょっと・・・・リューナ!」
 鶏の手羽を持ったまま、どうしようかな、と考えていたマリューはそのままよろけるように引っ張られる。
「何?」
「これ何!?」
 連れて来られたのは果物売り場の前。リューナがよく知っているリンゴやバナナや、その他諸々の中に、それはごろ、と置かれていた。

 赤くて、玉ねぎとよく似た形の果物。

「ああ、ザクロね。」
「ざくろ?」
 一つ手にとってマリューはそれをしげしげと眺めた。
「果物の仲間よ。」
「美味しい?」
 空色の瞳が、興味津々と言った様子で輝いている。
「・・・・・・・・・。」
 それに、マリューは詰まった。
「お母さん、食べた事無いのよね。」
 肩をすくめる母親に、ちか、とリューナの目が輝いた。
「買って!」
「ダメ!」

 一個が結構良い値段だ。

 ぶう、とリューナの頬っぺたが膨らむ。
「買って!」
「ダメ。」
「買って〜っ!!」
「ダメです!!」
「や〜〜〜〜〜〜〜!!!」
「やーじゃない!!!!」
 びし、といわれて、リューナはぎゅう、と唇をへの字に結んだ。
「馬鹿。」
「馬鹿で結構です。」
 すい、とリューナに背中を向けて、マリューは買い物の続きをしようと歩き出す。
 そんなお母さんに、べーっとあかんべーをして、リューナはスーパーの入り口へと歩いて行った。

「後は・・・・・・朝食のパンがなかったわね。」
 お肉からお魚へと移動し、途中でハムとかソーセージを買ったマリューは、そのまま店の中央にあるパンの売り場へと向かう。その途中、通り過ぎた卵売り場で、店員がなにやら怪しい動きをしているのを彼女は察知した。
 さっと自分の時計を確認する。

 もう直ぐ五時だ。

 知らず知らず、自分と同じような主婦たちが周りに集うのを眺めて、マリューは気合を入れた。
 安月給でやりくりするのに、これは欠かせない。

 タイムサービスの放送と同時に、マリューは現役時代となんら変わることの無い俊敏さで先着50名さまのオーブ王室誤用達しの高級卵を定価の半分以下でゲットしたのであった。


「さてと。」
 お菓子売り場の前に来て、マリューははたと、足を止めた。

 いつもは足元にまとわり付いて、あれかってこれかってとうるさいリューナがどこにもいない。
「・・・・・・・・・・。」
 さり気なくお菓子売り場を回るが、そこに彼女の姿は見当たらなかった。
「・・・・・・・・・。」


 ザクロか。


 夫そっくりの外見も去ることながら、気性までそっくりだから性質が悪い。
 だから買い物にはアレンと来たかったのだと、マリューは渋面で溜息を付いた。
 関係ないがアレンはマリューにそっくりである。
 だから二人で買い物に来ると、いつもいつものんびりして、腹をすかせた夫と娘は我慢できずに冷蔵庫をあさったりしていた。

「全くもう・・・・・。」
 言い出したら聞かないのは、確かにマリューもそうだけど。
 それに輪をかけてリューナは頑固なのだ。
 どうやってそれは買わないの、を言い出そうかとあれこれ悩みながら、マリューはもう一度果物売り場へと足を運んだ。

 運んで、マリューは絶句した。


 20個くらい並んでいたザクロが、きれいさっぱり姿を消していた。
「・・・・・・・・・・・・・・。」

 どういうことだ?ここ数十分のうちで、あそこにあったザクロが全部売れてしまったのか?それともどこかの業者がザクロジュースを作るために買い占めたのか??

「そんなわけ無いわよね・・・・・。」

 さああああ、と頭から血が引き、マリューがぐり、と勢いよくカートを反転させてレジへと直行した。

「あ、おかーさーん!」
「リューナっ!!!!!」

 ああ、そこには悲しいかな・・・カートいっぱいにザクロを積んだリューナが、レジの横でにこにこと笑っているではないか。
 レジにいる店員が、ほとほと困ったような顔でマリューを見る。

「これ・・・・・全部お買い上げでよろしいんですか?」
 しどろもどろに訊ねる店員に、マリューは顔から火が出る思いで謝り倒した。


「怒ってる?」
「当然です。」
 自転車の後ろにリューナを乗せて、ああ、恥かいた、と肩を怒らせるマリューに、リューナがしょんぼりとする。
「だって・・・・欲しかったんだもん。」
 それに息を吸い込み、それから吐き出す。
「ほしい物を全部買ってもらったら、本当にほしい物を貰った時に嬉しくなくなるでしょ?」
 なるべく抑えてそういうと、リューナの柔らかいほっぺたがマリューの背中に触れた。
 それだけで、マリューはちょっとくすぐったい気持ちになる。
「・・・・・・ごめんなさい。」
 ぎゅ、とシャツを掴む感触が背中に伝わり、マリューは信号で自転車を止めると後ろを振り返った。
 夕日の中で、ほんとうにしおれたリューナが両手をぎゅっと握り締めている。
「・・・・・・・・判れば宜しい。」
 それだけいうと、茜色の光を跳ね返す、ちょっと癖のある金髪に指を絡めた。
「・・・・・・でも、まあ・・・・・お母さんも食べたかったのよね。」
 そういうと、信号をすばやく確認し、マリューはかごに入っている袋から、一個の果物を取り出した。
「わあ・・・・・。」

 全部返してきなさい!!!!

 と力いっぱい命令されて、涙目でザクロを返してきたリューナだったが、まさか母親が一個買ってくれるとは思わなかったのだ。

「お父さんとアレンにはナイショよ?」
 そういうマリューに、リューナははじけるような笑顔を見せた。
「うん!!!」


 自転車にのって、二人は家路を急ぐ。と、途中通り過ぎた、道路の向こうの屋台に、二人は思わず固まった。
 見慣れた車が一台と、見慣れた姿が見える。
 長身の男が、小さな男の子の手を引いていた。

「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・あれ、お父さんとアレンだよね。」
 リューナの一言に、マリューはこんな時間に買い食いとは・・・・と眉間に皺を寄せた。

「ずるい。」
 見る見るうちにリューナの頬が膨らんだ。
「ずるい〜〜〜〜!!」
 リューナはザクロ一個買ってもらうのに、散々怒られたのだ。なのに、自分の弟はにこにこわらってたこ焼きを頬張っている。
「リューナ。」
 それに、マリューが低い声で言った。
「なに?」
「あっちにたしかクレープの屋台、出てたわよね。」


 わ〜〜〜〜〜い!!!



 自転車がユーターンし、マリューは力任せにそれをこいだ。

「お母さん、リューナ、バナナとチョコが良い!!」
「じゃあ、お母さんはブルーベリーとラズベリーにしようかしら。」



 その日のフラガ家の食卓が悲惨な事になったのは、いうまでもないでしょうね。



(2005/11/06)

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