Muw&Murrue
- 罪に誓う
- あれに乗っているのはステラだぞ!
もどかしくて、そう叫んだ。それで、何が変わる事を期待したのだろう。
焔を上げるベルリンの街の上空。鈍色の空が辺りを覆い、低く立ち込めた空の下を、粉雪が舞う。そこで、破壊の限りを尽くすデストロイを止めようと、振り上げた刃を、ステラの名を出せばおさめると、そう思ったのだろうか。
あれに乗っているのは、お前が気に掛けていたステラだと、そう叫べば、インパルスは活動を停止し、ステラは助かると、本当にそう思ったのだろうか。
だとしたら、自分はなんて、浅はかで、馬鹿だったのだろう。
敵である、インパルスの少年の、彼女を護りたいと願う心にすがるくらいしか、ステラを助ける方法を思いつけなかった、なんて。
自分に力があれば、護れたかもしれない。
彼女を、死ぬことと関係の無い世界に逃がし、自分が全てを被って、連合の為に戦う力があれば。
自分に、デストロイに乗って、ザフトと互角に戦える力が、あれば。
それがあれば。
彼女は、死ななかったかも、しれない。
モニターを凝視し、ネオは唇を噛んだ。暗い自室の端末に、エターナルから受け取ったガイアの戦闘記録が映っている。
一機で飛び出した彼女の、雑音に割れた、途切れ途切れのセリフが流れてくる。
しぬのはだめ かあさん まもる
「・・・・・・・・・・・・・。」
ラボから聞いていたアウルのブロックワードは「母・おかあさん」である。それにまつわる話を、ネオは聞かなかった・・・・・というか、聞かせてもらえなかったのだ。
エクステンデッドに、情けを掛けてはならない。
彼等は兵器である。
あれだけ一緒に居ながら、ネオは彼等の事を、ロドニアのラボの出身である、という事くらいしか知らなかった。
それで十分だと、自分でも思っていた。
そんなこと、知ったところで、何の役にたつ?
あの時・・・・ステラが基地を飛び出したとき、アウルはブロックワードによって混乱をきたしていた。
そのワードを、今、この映像に残る、ステラの声は呟いている。
かあさん、と。
(護る・・・・・・か。)
死を恐がるステラに、自分が囁き続けた言葉。
俺達皆、死んでしまうから、だからステラが戦って護ってくれな?
われながら吐き気のするセリフだ。
ぎり、と奥歯を噛み締めて、映像を眺めていると、画面が切り替わり、端々に回転する大地と、森、それから閃くような赤い機体が映った。多分、セイバーだろう。それが画面の彼方に消え、モニターに向かって突っ込んでくるトリコロールの機体が、真正面に大きく映った。
ビームライフルを構えるそれは、インパルスだった。
「・・・・・・・・・・・・。」
彼から放たれた光が、どこかに当たり、爆発を起こす。煙がカメラを覆い、甲高いステラの悲鳴が響く。画面にノイズが走り、衝撃にカメラが揺れた。
ショートするような音が聞こえて、それから画面は真っ暗になった。
月明かりを受けたインパルスの、黒いシルエットが、ガイアの記録の最後に映り、ネオはぶつりと端末の電源を落とした。
インパルスだった。
ステラを返しに来たのも、デストロイを止めようとしたのも。彼女のガイアを落としたのも、キラのフリーダムを討ったのも。
赤い瞳で、真っ直ぐに自分を睨む、勝気な様子。絶対に幸せにしろと、泣きそうな顔で叫んだかと思うと、敵兵に、「自分を忘れないでくれ」と切ない顔で笑った少年。
ネオはゆっくりと椅子から立ち上がると、自分の部屋を後にした。
「よう。」
「大佐?」
格納庫でインフィニット・ジャスティスを見上げていたアスランは、後ろから声を掛けられて振り返った。アカツキのパイロットで、『戻ってきた』男が片手を上げて笑っている。
きょろ、と辺りを見渡し、アスランは付近の人間を確かめる。
「お前に用があるんだよ、アスラン・ザラくん。」
ぽん、と肩を叩かれ、キラかマードックの姿を探していたアスランは目を丸くする。
「俺に?」
「はいよ。」
「ありがとうございます。」
側にあるベンチに腰を下ろし、機体を見上げていたアスランに、ネオは近くの自販機から買ってきた缶ジュースを渡した。
「オレンジジュースにしてみました。」
「はあ。」
冷たいそれを手に、アスランは居心地悪そうにネオを見上げる。当の本人はのんびり缶を開けて美味しそうにそれを飲んでいた。
一体なんだろう・・・・・俺に用事って・・・・・。
隣の男に習って缶を開け、所在無さげに機体を見たりしていると、唐突にネオが切り出した。
「インパルスのパイロット・・・・・。」
「え?」
ちょっと目を見張るアスランを見て、ネオは肩をすくめて笑う。
「あの坊主の事を、ちょっと聞きたくてね。」
「・・・・・シン、ですか?」
「ああ。」
両手で缶を弄びながら、ネオが足元に目を落とす。
「一度、会ったことがあるんだ。俺もね。」
「・・・・・・・・・・・。」
「騒ぎになったろ?単機でステラを返しに来たんだ。」
苦笑するネオ。それに、アスランがはっと目を見張った。
「じゃあ・・・・・・。」
「ああ。坊主がコンタクトを取った相手は、俺だ。」
連合のエクステンデッド。
金髪を振り乱し、拘束が手首に食い込み、血が滲もうとももがき暴れた、少女。みるみる内に衰弱し、最後にアスランが見たのは、青ざめた頬と、眼の周りに隈を作り、やせこけた少女の姿だった。
「大佐は・・・・・じゃあ、やっぱり・・・・・・。」
俄かには信じられなくて、今でもやっぱり信じていなかったこと。
それは目の前に居る人物が、自分たちミネルバを追いまわしていた、例の地球軍空母とボギー・ワンの指揮官だったという事だ。
そうはどうしても見えない。
彼は、どこをどう見ても『ムウ・ラ・フラガ』だから・・・・・。
「だから何度も言ってるだろ?」
この艦に来てから、何度も何度も言わされているセリフを、ネオは目の前の元ザフト軍の少年にあきれたように告げた。
「俺は、ネオ・ロアノーク。第81独立機動群所属の大佐。」
「はあ・・・・・・。」
ホントに分かってるか?とぼんやりした視線を向けるアスランに、ネオは苦笑し、それから「ま、それも今となっちゃ、自信の無いことでも有るがな。」とぽつりと呟いた。
「で、俺の事はどうでもいいんだよ。」
「はあ。」
「知りたいのは、インパルスのパイロットのことだ。」
ぎゅ、と冷たい缶を握り締めたまま、ネオはアスランを見やった。
「アイツ、なんでステラを返そうと思ったんだ?」
「・・・・・・・・・・・。」
「映像記録じゃ、ガイアを落としたのはあいつだろ?」
暗い森と、不気味な施設。その付近で起きた戦闘を思い出し、アスランは奥歯をかみ締めた。
「そうです・・・・。」
「殺そうとしていた相手が、女だから躊躇ったのか?」
情けをかけて返そうとしたと?
そんなネオの問に、アスランは唇を噛んだ。
「前に・・・・・。」
「ん?」
「ディオキアの海で、会ってるんです。・・・・・・ステラと。」
「え・・・・・・。」
アスランが、どこかが痛むような顔でネオを見た。
「助けたんです。海に落ちた彼女を、シンが。動けなくなったシンと彼女を、俺が迎えに行きました。」
「・・・・・・・・・・・。」
「その事が、ずっとシンの中にあって・・・・・それで・・・・・。」
ガイアのパイロットを見つけて、彼女と知り、狂ったように助けようともがいたシン。二人の間に何があったのか、アスランは知らないし、アスランにしてみれば、やはりステラはどこまで行っても敵兵だった。
だが、そうは思えなかったシン。
二人の間には、きっと知ることの出来ない想いがあったのだろう。
「・・・・・・・・・・・そうか。」
アスランの、搾り出すようなセリフに、ネオはようやく納得する。
あの時、ネオは三人を街に出した。少しでも、楽しい思いをさせてやりたくて。例えそれが記憶に残らなくても・・・・・今の一瞬一瞬を楽しませてやりたくて。
戻ってきた彼女が、どうしてもいやだと、研究員に渡すのを拒んだハンカチ。
ネオにステラを返すときに、シンが彼女に渡した貝殻。
「・・・・・・・・・・・・・・。」
シンと、ステラの間にだけあった、思い出。
それが、シンを動かし、ステラを動かし、『どうにかしよう』と命令に・・・・運命に抗った。
死なせないでくれ。
死なせたくない。
だから、護りたい。
幼い二人の心に刻まれたそんな覚悟を思い、ネオは俯いた。ステラを護りたいからと、ネオの元に単身で突っ込んできたシンの、その真っ直ぐさが彼は羨ましかった。その潔さが、自分には無かったから。
だから、護れなかったのだろうか。
大切な者すら。
やっぱり俺は、大バカだ。
「俺は、この艦に居る資格があるのかね・・・・・・。」
唐突にこぼれたネオのセリフに、アスランは顔を上げ、それから、同じように視線を落とした。
「それは・・・・・・俺にも言えます。」
「・・・・・・・・・・・。」
床を見詰め、アスランは力いっぱい缶を握り締めた。
「でも。」
べこ、と凹むそれを気にせず、顔を上げて真っ直ぐにジャスティスを見上げた。
「でも、俺はここに居なくちゃならない。」
決めたのだ。
戦うと。護ろうと。今度こそ、間違えないと。
そして、止めるのだ。
シンを・・・・レイを・・・・議長を。
「・・・・・・・・かね。」
ネオもまた、フリーダム、ジャスティスの隣に立つアカツキを見る。
そうだった。
全てを捨てて、逃げることなど、出来るわけが無い。それに、もう決めたのだ。
泣いていた一人の女性。自分の腕に収まった、柔らかな感触と、それを逃してはいけないと叫んだ心。
本当に護らなければならない人。
今度こそ護れと、与えられた最後のチャンス。それを棒に振ってしまったら、きっとネオは、許される事は無いだろう。
オーブの兵士たちからも、スティングからも、アウルからも、ステラからも。
彼等の為に、アークエンジェルを護ろう。
彼女を護ろう。
「・・・・・・・・・・・悪かったな。変な話して。」
よっこらせ、と立ち上がり、男はひらひらとアスランに手を振った。顔を上げた彼は「いえ。」と瞳を泳がせた。
「シン・・・・・・だっけ?」
「はい?」
「今は?」
背中を向ける男に、アスランは言い憎そうに言葉を紡いだ。
「デスティニーの、パイロットです。」
「・・・・・・・・・そうか。」
似ているなと、ふとネオは思った。
護りたい者を、結局は護れなかったシン。その彼もまた、新しい機体を手に、飛ぼうとしている。
今度もまた、彼は護りたい者を、抱えているのだろうか。
(護れれば良いな・・・・・・・。)
格納庫を後にし、廊下を歩きながら、ネオはふと思う。薄い笑みが、口元に漂った。
(俺も・・・・・お前も・・・・・・・。)
護れればいい。
今度こそ、大事なものを。
(いや、違う。)
顔を上げる。前を向く。ひるまずに、恐れずに、歩を強く胸を張って。
(護れなきゃ駄目なんだ。)
強く、ネオは心に誓った。誰でもない、あの赤い瞳の少年に。
今度こそ必ず、自分は大事な人を守り抜いて見せると。
「どうだったかな?例の情報は。」
「つかさ。なんであんたがここに居るんだ?」
アスランと別れて、ふと立ち寄った食堂で、当然のようにそこに座っているバルトフェルドに、ネオは呆れたようにたずねた。
「酷いなぁ。色々と補給物資を持ってきたんだがね。」
「そりゃどうも。」
すっかりそこに馴染んで、何故かうどんをすする隻眼の男に、ネオは溜息をつくとさっさと食堂を出て行こうとする。そうして、ふと彼はバルトフェルドを振り返った。
「そういえば、あんたもこの艦に乗ってたのか?」
「うん?」
油揚げを咥えた男が振り返る。
「いや、元からいる奴らと、途中参加の奴らと混じってるからさ、この艦。」
あんたはどっちなのかと思って。
「僕は・・・・・・そうだな。どちらかというと、エターナル側の人間だ。」
「・・・・・・・・ひょっとしてコーディネイター?」
指摘され、のほほんと男は笑う。
「そうか・・・・・・。」
不意にネオは苦笑した。自分のいた部隊は、エクステンデッドとナチュラルしかいなかったことに気付いたのだ。
当たり前といえば、当たり前なことである。
でも、改めてこの艦に、コーディネイターとナチュラルが混在し、そして双方ともその事を特に気にしていないことに呆れてしまったのだ。
コーディネイター討つべし、のブルーコスモスの連中にしてみれば、考えられないような光景が展開しているわけで。
(ってことはどっちも・・・・・普通の人間ってことか・・・・・。)
コーディネイターのシンが、エクステンデッドのステラに抱いた思い。
ステラがネオに抱いた思い。ネオがマリューに感じる思い。
それは、普通に人間同士にある感情だ。
そこに、敵意は存在しない。
「・・・・・・・・・・・。」
「何を考えている?」
声を掛けられ、ネオは「ん〜。」と気の無い返事をすると、ちらっとバルトフェルドを見た。
「あんたが護りたい者って、艦長か?」
唐突な質問に、眉をあげて、バルトフェルドがネオを見た。
「・・・・・多分な。」
「・・・・・・・・・・。」
「不満そうだな。多分じゃ駄目だというのかね?」
「駄目じゃねぇけど。」
そう言って、ネオはきびすを返すと、男の前に腰を降ろした。
「俺がここに居るのは、艦長を護りたいからで・・・・・・だから、あんたもそうなのかと思っただけだよ。」
それに、バルトフェルドが愉快そうに笑った。
「お前はいつでもそうだな。そんなに大事なのかね、ラミアス艦長が。」
ただの他人なのに?
試すような笑みを、しかしネオは肩をすくめてやり過ごす。
「なんとでも言えよ。」
彼女しか拠り所が無いのだから、仕方ない。
そっぽを向く彼に、バルトフェルドは、「そうだな、」と目を細めた。
「僕が彼女の側にいるのは、待ってるからだよ。」
「・・・・・・・・・・・。」
「いつか、彼女が振り向いてくれるんじゃないか、ってね。」
にこにこ笑う隻眼の男に、ネオは苦笑する。
「不毛だねぇ。」
「君もじゃないのかな?」
ムウ・ラ・フラガに苦戦している。
指摘されて、ネオは思わず笑った。
「だな。」
けどさ、とネオはまっすぐにバルトフェルドを見た。
「俺は待ってるのはゴメンでね。つか・・・・・受身で失ったものも多くてな。」
だから、俺はもう、立ち止まるのは止めたんだよ。
不敵に笑う男に、バルトフェルドは目を丸くし、やれやれと呟いた。
「待つのは終わりかね?」
「ああ。」
強い光が、ネオの眼差しに籠る。ほう、とバルトフェルドは息を飲んだ。
「振り返ってくれないんなら、力ずくで掻っ攫うだけだ。」
「護る自信は?」
二年前、君はその約束を反故にしたんじゃないのかね?
そんなセリフを告げるバルトフェルドの前で、ネオは不敵に笑って見せた。
「それは、ムウ・ラ・フラガだろう?俺は違うよ。」
この男・・・・・・・。
席を立つネオに、バルトフェルドは小声で呟く。
「よくもまぁ、いけしゃあしゃあといえるもんだ・・・・・・。」
だが、そんなネオのセリフは、実証されることとなる。
迫り来る、タンホイザーの光。陽電子砲のそれを目の前にして、アカツキがシールドを掲げる。そのコックピットで、ネオはただ、一点だけ・・・・前だけを睨み付けた。
今度こそ必ず、護ってみせる。
その思いを貫く為に。
「ご〜くろうさん。」
戦闘が終結し、アークエンジェルとエターナルはプラント評議会に呼ばれて、アプリリウス市に寄航した。
艦のタラップを降り、港に立ったマリューは、前方に係留されているエターナルから降りて、下のキャットウォークから手を振るバルトフェルドに笑みを返した。
「ご苦労様です。」
隣に立ち、敬礼する。
「肝を冷やしたよ。どっちも沈むんじゃないかってね。」
「そうですわね。」
隣に立ち、マリューは傷だらけのアークエンジェルを見上げる。あちこち被弾し、わらわらとあふれ出た整備班が、修理箇所に取り付いている。
「なんにせよ。」
ともに過ごしたアークエンジェルを、感慨深げに見上げていたバルトフェルドが、同じように見上げるマリューに手を差し出した。
「お疲れさん。」
大きくて、暖かいその手を、マリューはしっかりと握り返した。
「はい。」
にこっと微笑む彼女を、バルトフェルドはぐい、と引き寄せて、自分の胸元に抱きとめる。
「隊長?」
きょとんとしたような声がし、目を閉じた彼が喉の奥で笑いながら、囁くように告げた。
「今度こそ、幸せにな。ラミアス艦長?」
「・・・・・・・・・・。」
じわ、と目の奥が熱く、痛くなり、彼女は慌てて目を閉じると微笑んだ。
「ありがとう、ございます。」
そっと身体を離し、ふと、彼女は左目に傷の残る男を見上げた。彼はマリューの後ろを見詰めている。
「おめでとう、といったらいいのかね。」
まだマリューの手を握ったまま、バルトフェルドが声を荒げる。身体を捻り、マリューは昇降口に突っ立ったまま、こちらを見下ろしている恋人を見つけた。
彼は小さく笑うと、肩をすくめた。
「多分、な。」
重力の少ないタラップを、飛ぶようにして降りると、彼はバルトフェルドとマリューの前に立つ。
「おかえり、エンデュミオンの鷹殿。」
にやりと笑う男に、ムウは苦笑し、「そりゃどうも。」と返した。
「どうやら、完全に記憶が戻ったようだな。」
まだ、マリューの手を掴んだまま、探るようにバルトフェルドがその、青い瞳を覗き込んだ。
「殴る気なら、いいぜ。」
約束だし。
自分の頬を人差し指で叩き、ムウは挑戦的に男を見上げた。
「その代わり、俺も黙ってないけどな。」
殴られたら、殴り返しますよ、俺は。
不敵に笑うムウに、バルトフェルドがさもおかしそうに笑った。
「やれやれ。ここまで自分勝手な奴だとはな。」
「そうでもないぜ。」
それから、ムウは二人のやり取りを、興味深そうに見ているマリューを見た。
「何?」
自分を見返す彼女に、ムウは困ったように笑った。
「俺の事は気にしなくて良いからな。」
「え?」
首を傾げる彼女と、それから自分をひたと見詰めるバルトフェルドを交互に見た。
「俺はこれから先、何があってもマリューを護るつもりだ。」
「・・・・・・・・。」
「それだけは譲れない。でもな。」
マリューを見て、ムウは苦く笑う。
「俺はマリューを傷つけたから・・・・・・。」
二年間、苦しめた。
いや、もっとだろう。
ネオ・ロアノークを逃がそうとした時の彼女の痛さは、きっとムウには分からない。
ネオの幸せを願って、彼女は身を引いたのだ。
ここに彼の幸せが無いのなら、自分が引き止めてはならない、と。
だったら。
「マリューが俺を見限って、俺について行けないってそう言うのなら、俺はあんたに彼女を」
次の瞬間、バルトフェルドから拳が飛んだ。
マリューが止める間もなかった。甘んじてそれを受けて、ムウは歯を食いしばると、浮いた体が吹っ飛ばないように、慌てず騒がず側にあった手摺を掴む。
「ば・・・・・バルトフェルドさん!?」
一拍遅れてマリューが叫び、「痛ってぇっ!?」と呻くムウに慌てて近寄る。
バルトフェルドと、繋がれていたマリューの手が、離れた。
手から逃げていく、柔らかく、暖かい温もり。
「ムウ!だ、大丈夫!?」
「血の味がするー・・・・・切れたー。」
間抜けに返すムウに、バルトフェルドははっと背筋を伸ばした。
「お前・・・・・・・・。」
息を飲む様子に、にた、と笑ったムウが顔を上げた。口の端が切れて、血が滲んでいる。
「分かったろ?」
哂いながら、ムウがバルトフェルドを見た。何もかも見透かすような、青の瞳。
分かったろ?
あんたは好きだったんだよ、マリューのこと。
けどな、あんたは言わなかった。
誤魔化したんだ。
多分とか、待つとか、そんな言葉で、その事をな。
それが、あんたと俺の差だ。
「・・・・・・・・・・・・。」
いえなかった言葉。
二年間、ただ側に居て、気を許せる『友人』を演じ続けた。その奥にあった、彼女を愛したいという欲求を抑えて。
女性として、好きだと、そうマリューに言えなかった。
本当に欲しい女だったのなら、卑怯でも無理やりでも、奪っていけばよかったのだ。
目の前に居る、男が言ったように。
それを、自分はしなかった。
死んだムウを思い、泣き続けるマリュー。そんな彼女の、心の弱さに漬け込むのはフェアじゃない。だから、いつか・・・・・彼女が落ち着いたら・・・・。
それは嘘だ。
「わりぃな・・・・・・。」
笑いながら告げるムウに、マリューが制服のポケットからハンカチを取り出して、ムウの傷口に触れる。
「早く冷やさないと、腫れてくるわ・・・・・。」
「ん・・・・・・。」
それは、嘘だ。
負けると分かっていたから。
マリューの中にある、ムウ・ラ・フラガに、自分は絶対に勝てない。
二番手などゴメンだった。
それは、バルトフェルドの、男としてのプライド。
だが、目の前の男は堂々と言い放った。
俺は、何があってもこれからは、マリューを護ることだけは、譲れない。
例え二番手でも構わないと、そう告げたムウ。
何故殴ったのか。
「バルトフェルドさん・・・・・・。」
顔を上げるマリューに、バルトフェルドは声を上げて笑った。
そうか。
俺は、ムウ・ラ・フラガしか、彼女の元にいる事を許していなかったのだ。
他の誰も・・・そう、自分ですら許していなかったのだ。
彼女の隣に立つ事を。
だから、それを放棄しようとした彼に腹が立って、殴ったのだ。
そしてそれを、ムウはちゃんとわきまえていて。
「余計なお世話だな、一佐。」
目を細める男に、ムウが苦く笑う。
「殴られる必要があったんだよ。俺も、あんたにね。」
「・・・・・・・・・・。」
護りたい者を、護れなかった自分。
約束を護れなかった自分。
二年間、彼女を一人にした自分。
誰かに咎められたかった。
それで、自分の抱えている罪が、消えるとは思えないけれど、それでも・・・・。
殴られて、痛む頬に、ムウは小さく笑う。
そうだ。
自分が欲しかったのは、こんな直接的で単純なものだったんだ。
彼等にもっと触れて、たくさんの事を見聞きさせてやればよかった。
そして自分も、もっと彼等に情を持ってやればよかった。
あの時、ステラを返しに来たシンのように。
幸せにしないと約束で出来ないのなら、あんたを討つと。
そこまで出来るほどの、激しい想い。
(いいさ・・・・・これからやればいい。)
困ったような顔で、自分とバルトフェルドを見上げるマリューを、ムウは引き寄せて抱きしめる。
自慢げに、顎を上げた。
「ただいま。」
そのセリフは、マリューではなく、苦笑いをする男に向けられている。ようやく帰って来たその男の、そのセリフに、バルトフェルドは長い吐息を吐くと、やれやれと肩をすくめた。
「おかえり。」
右手を上げるバルトフェルドの掌に、ムウは、軽い音を立てて拳をあて、ようやく笑うのだった。
(2006/06/09)
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