Muw&Murrue

 再生の光
 エターナルとアークエンジェルを護りつつ、レクイエムを停止させる。
 戦力はこの二艦と搭載MS。それからオーブ軍のみだ。

(出来る出来ないの問題じゃねえな。)

 アークエンジェルのアラートで、パイロットスーツの首周りを留めながらネオは溜息をついた。

 出来なくてもやる。出来るようにしなければならない。

 無茶で無理な話だが、それでもやらなければ淘汰されるだけだ。

(・・・・・・つか、俺も予想外の場所に来たもんだ。)

 ロッカーを閉める手を止めて、中に突っ込んである自分の制服をみる。黒の連合のではなく、白と青が基調のオーブの制服が、そこにかかっていた。
 ヘルメットを手に、感慨深げにそれを眺め、ネオは目を伏せた。

 脳裏に自分の部下の姿が甦る。

 彼等のオーブの制服姿を想像しようとする自分を見つけて、ネオは苦く笑うと、ぱたんとロッカーのドアを閉じた。

 取り戻せない者を、今更ながらに思い出して、あれこれ「こうだったら」を考えるなんて。

(俺も歳かな。)
 感傷に浸ってると、負ける。それが戦場。だから彼等からステラの記憶を消し、アウルの記憶を消し、死んだものを「存在しなかった事」にしたのだ。
 自分だけが、彼等の事を覚えていれば良い。そして、自分が全て背負ってしまえば良いと・・・そう思っていたのだが、それも間違いだったかもしれない。

 ここに居る連中は、「亡くなった者」を力にして、強くあろうとしているから。

「・・・・・・・・・・・。」
 コール音がして、はっとネオは顔を上げた。ドアが開いて、今の今まで脳裏に思い浮かべていた女が入ってくるのに、微かに目を見開く。
 この艦の艦長が、ふうわりと床を蹴って、ネオに向かって飛んできた。

「艦長。」
「これが・・・・・最終局面ですから。」
 デュランダル議長との。
 宙を漂った女が、ネオの肩を掴んで身体を寄せる。指先が白く凍えているのを見て、ネオは彼女が緊張しているのだと知った。
「ここを乗り切れば・・・・・・。」
「分かってる。オーブは撃たせないよ。」
「・・・・・・・・・。」
 眉を寄せて、不安気に自分を見上げる女に、ネオは小さく笑った。
「心配か?」
「え?」
「俺が、連合に戻ってくんじゃないかって。」
「そんなこと!」
 睨み上げる女に、ネオは尚も笑みを深めた。
「俺自身、なんでここに居るのか、良く分からなくなることがある。」
「・・・・・・・・。」
「だから、アンタが俺を不審に思ってても仕方ないよ。」
「不審になんか思ってないわ。」
 真っ直ぐに自分を見つけてくる、褐色の瞳に、ネオはどきりとした。いつか、それとそっくりな瞳を見たことがあったような気がしたのだ。
「ただ・・・・・・。」
 目を伏せる女の、次の言葉を待つ。
「ただ・・・・・約束して欲しいだけです。」
「・・・・・何・・・・を?」
「・・・・・・・・無茶しないで。」
「・・・・・・・・・・。」
 酷くぎこちなく、彼女はネオに身体を寄せた。
「無茶しないで、ちゃんと・・・・・・戻ってきて。」

 初めて見せた、彼女の弱く脆い姿に、ネオは息を飲むと、それからしっかりと彼女を抱きしめた。
 そんな権利を自分が持っているとは思えないが、身体が勝手に動くままにする。
 今だけは・・・・・彼女を抱きしめたい。

「約束する。」
「・・・・・・・・・・。」

 きつく彼女を抱きしめて、ネオはマリューの耳元で囁いた。

「ちゃんとここに・・・・・君のところに帰ってくるから。」

 強張っていたマリューの身体から力が抜けて、ぎゅっとネオに抱きつく。

「お願い・・・・・ね。」
「ああ。」

 俺はまだ、君について知らないことが多すぎるから。

「帰ってくるよ。・・・・・大丈夫。俺は、君を苦しめた奴とは違うから。」

 身体を離したマリューが、何かを探るようにネオの空色の瞳を見つめ、それから意を決したように、目を閉じて顎を上げた。口付けをねだるようなそれに、ネオはゆっくりと答える。

 初めて彼女と交わした軽い口付けは、しかし、酷く懐かしくて。
 ただネオは、やわらかい彼女を、時間いっぱい抱きしめ続けるのだった。






 そして――――――




 タンホイザーが撃たれるのを見た瞬間、彼は反射的に機体を反転させていた。

 どうしようとか。
 どうなるとか。

 そんなこと、考えても居なかった。

 無茶しないでという、彼女の約束もなにもかも。


 ただ、ここでアークエンジェルを撃たせるわけには行かないと、そう思っただけだ。


「アークエンジェルはやらせん!!」

 彼女が居る艦橋の前に立ち、陽電子砲を受け止める。コックピットはレッドランプばかりが灯り、狂ったようにアラートが鳴り響く。

 ふと、輝く光の、巨大な束を見ながら、ネオは思った。



 そういえば、護りたいものなんかなかったんだよなと。



 何もなかった。
 その手に何も無いから、戦えた。

 帰りを待つ人も。
 自分を省みてくれる存在も。

 ステラやアウルやスティングにしてみても、ネオが消えたとしても、きっと記憶を書き換えられて、ネオを忘れて戦うだけだ。

 あの場所には、ネオの帰りを待つものなど一人も居なかったのだ。

 だから、戦えた。

 自分の命は自分の物で、そして、戦うのはそうしなければ生きられないから。



 なのにどうだ?


 弾け飛ぶ陽電子砲。目に痛いくらいの輝き。命を飲み込んで行くそれの前に立つネオには今、確かに「護りたいもの」があった。

 ほんの数ヶ月前にはなかった物が、今、ネオを駆り立てている。

 機体が悲鳴を上げる。
 爆発的に輝くモニターの白い渦に、目を細める。口付けを、自分にねだってきたマリューを守りきれるのなら、死んでも良い、という思いが掠めた。



 しぬのはだめ



 その瞬間、ネオの脳裏に、ひたすらに死を恐がった少女の面影が過ぎった。


 死ぬのはダメ。


 死なないで。


「・・・・・・・だよな。」


 そうだ。
 俺は・・・・彼女の元に戻ると、約束した。



 ネオは、振り返らない。
 決して振り返らない。

 振り返るわけには行かないのだ。

 その先に進むには、この陽電子砲全てをなぎ払い、そして、「生きて」マリューのところに戻る事。

 約束。

 ネオ・ロアノークととマリュー・ラミアスの、約束。

 マリューが待っている。
 誰でもない、自分を。
 たった一人のネオを。


 そんなこと、今までになかった。


 だから、全ての生きる意志を込めて、ネオはただ、光り輝く渦を睨み付けた。


 先へ先へ。もっと先へ。

 命が続く限り、諦めてはダメだ。護りきるとはそういうこと。

 そして、この機体は、そのためにあるのだ。



 タンホイザーを全て受け切り、輝く光が最後に、爆発したように散った瞬間、ネオはようやく、「過去の自分」に追いつくのを感じた。

 そして、その自分を追い抜くのも。

 奔流のように、彼の中に「記憶」が流れ込んできた。



 ムウ・ラ・フラガ。


 マリュー・ラミアスを苦しめ続けた者が、微かに笑うのを見て、ネオは・・・・・ようやく彼女に本当の幸せを・・・・「ただいま」をあげることが出来ると、アカツキのコックピッドで長い長いため息をついた。


 震える手で。
 彼女の元に通信を入れる。


「大丈夫だ。」


 今なら、言える。

 彼女に言える。

「俺はもう、どこにも行かない!」

 切り替えたモニターに映る、最愛の恋人が、涙の滲んだ瞳を、大きく見開くのを、ネオは見た。ゆっくりと、何かを確かめるように、ネオは言い切った。

「終わらせて、帰ろう。」


 今度こそ。

 今度こそ、二人で。

「マリュー。」


 画面に映る男の、その自信満々な笑顔に、マリューはほころんだように笑顔を見せた。

「ムウっ!」

 ようやく。

 あの時、引裂かれるような痛みの中で叫んだ名前の、その相手が答えるのを確かに見て、マリューはようやく、彼の居なかった時間を越える事が出来るのだった。



 今ここから。

 二人の時間は巡り始める。




(2006/03/24)

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