Muw&Murrue
- 二年後の出会い
- アークエンジェルが歌姫を乗せて宇宙に上がってきたとの情報を、ターミナルから受け取ったバルトフェルドは、議長の演説やら功績やらをまとめて、彼の足跡を辿る報道番組を見ていた。なかなかよくまとめられているし、専門家の意見や、議会の動き、地球の各国首脳の戸惑いなどがよく判った。
視点が第三者の目で、本質的な物を見極めようとしている。
「なんて自我自賛かな。」
そう呟くバルトフェルドに、艦橋で端末をいじっていたダコスタが肩をすくめた。
そう。
実はこの番組、クライン派の息がかかった番組なのである。
「向こうがメディアを重要視するならそれに習え、だよ。」
「アスハ代表は直球勝負をしてるらしいですけどね。」
モニターが分割され、登壇したカガリが熱弁を振るっているのが見えた。
「まあ、あれが彼女のスタイルだからね。」
ず〜、とコーヒーを飲む彼に、部下は再び肩をすくめる。
「そうそう、さっきターミナル経由でアークエンジェルの武装と乗員データが送られてきたんですが、ご覧になります?」
「ああ。」
立ち上がったダコスタが、彼にパネルを渡した。
「ムラサメに、フリーダムにジャスティスか。」
画面をスクロールさせ、アークエンジェルの持つ『護り』を確認していく。
「それと・・・・・・アカツキ?」
オーブの獅子が極秘裏に残した、カガリの機体だ。それに、バルトフェルドが目を丸くした。
「誰が乗るんだ?」
カガリの機体を、直々に任されるとなると、それなりに腕の立つ、アークエンジェルでも有能なパイロットのはずである。
「キラさんはフリーダムですし・・・・アスランさんはジャスティス・・・じゃあ、やっぱりアカツキはカガリさまでしょうか。」
それに、バルトフェルドは無言でモニターを指差した。
「あ・・・・・・。」
LIVEの文字が躍る放送に、ダコスタは赤くなった。
「えええっと・・・・・と、搭乗パイロットは・・・・。」
彼は素早く自席に付くと、わたわたとコンソールをたたき始めた。
「ダコスタ・・・・・。」
呆れる上官に、彼は「わかりましたぁっ!」と間抜けた声を上げた。
「ネオ・ロアノーク一佐です。」
知らない名前だ。
「オーブの人間か?」
「さあ・・・・・・ただ、アークエンジェル乗艦、とだけになってます。」
「ふ〜ん。」
軽く答えて、バルトフェルドはコーヒーを一口飲む。今日のはなかなか香りがいい。
「それにしても、すごいねぇ、アカツキ。」
「え?」
パネルに写るその機体の兵装を見ながら、彼は唸った。
「ドラグーンシステムを採用してる。」
ひゃあ、とダコスタが声を上げた。
「あれをですか!?」
キラが扱っているのを間近に見ての彼の感想は、「只者ではない」である。
エースパイロットの中でもトップクラスの者でなければ、扱う事は難しい。
「・・・・・まさかそんなパイロットがオーブ軍にいるとは。」
バルトフェルドはアカツキの構造データやら何やらを見ながら、呻くように呟いた。
「もっと早くに見出せてスカウトしていれば、キラばかりに苦労をさせなかったのにな。」
「スカウトって、アークエンジェルにですか?」
「そうだ。」
三度肩をすくめるダコスタに、バルトフェルドは胸のうちで思う。
そして、是非一度、模擬戦闘でも何でも、手合わせをしてもらいたかったものだなと。
「あと、これです。」
ストライクフリーダムの前で作業をしていたキラは、機体に貯蓄されている映像を出しながら、格納庫に来ていたマリューにそれを見せた。
「ありがとう。」
映し出されるのは、起動し、発進するフリーダムが捉えたメインカメラの映像。何機かのザフトのMSと、戦艦が写っていた。
「こっちが、エターナルからのデータです。」
似たようなのを出して、マリューの見ているモニターに繋ぐ。
これらの機体の動きを抽出し、パターン化して艦に流す。そうすることでオートの回避運動や、イーゲルシュテルンの命中率を上げるのだ。
どんな小さな情報でも、生き残るためには必要になる。
飛び交う砲火と火線に目を細め、そこに映る機体の動きや兵装、つくりを見ながら、マリューは溜息をついた。
「ザフトも次々と新しい機体を出してくるのね。」
二年間は戦闘状態じゃなかったはずなのに。
そう、ぽつりと漏らすマリューの台詞に、キラはそっと自分の機体を見上げた。
言ってみればこれも、最新鋭機だ。
この剣がいらなくなる日が・・・・これをめちゃくちゃに破壊しても、自分が恐くならない日が来るのだろうかと、彼は苦味と共に噛み締める。
「あ〜らら、旧世代の機体とこれほど違うとはな。」
ぼんやりモニターを見ていたキラとマリューはその声に振り返った。
アカツキの整備をしていたはずのネオが、いつの間にやら二人の後ろに立って、映像を眺めている。
弾けとび破壊されるストライクの映像は、エターナルから持ち帰ったものだ。
「乗ってるの、お前だろ?」
言われて、キラは苦笑した。
「やっぱり・・・・・機体の性能自体が違ってきてますから。」
「二年前の最新鋭機、だろ、これ。」
「・・・・・・・・はい。」
ちょっと複雑な顔をして、キラはマリューを見た。彼女も苦笑している。
これに乗って、帰ってこなかった。
「MSの技術に差はなくなってきてると思いたいが・・・・。」
しかし、二人の微妙な空気に気付かずにネオは飄々と続ける。
「やっぱり、ザフトのが一枚上なのかね。」
自分の乗っていたウインダムを含めて、そう思う。
カオス・ガイア・アビス。
あれらの機体は、相当なものだった。同系機のインパルスに潰されたが。
そして自分たちが開発した、デストロイ。
「・・・・・・・・・・・ま、センスの問題か。」
あれはもう、MSと呼べるような代物じゃなかった。小回りも利かず、ただ大量破壊にだけに突出したあれで、ジブリールが何をしたかったのか、考えただけで胸が悪くなる。
多分、あれは『戦争』を目的に作られたものではないのだろうなと。
(ステラだけを前に出す作戦か・・・・・・。)
でも。
あれに乗るステラよりも、ガイアに乗る彼女の方が楽しそうだった。
互いに庇いあって戦っていたガイア・カオス・アビス。連携し合い、『作戦』が有効だった戦い。
彼女の操っていた機体の俊敏さと、自分を助けようと突っ込んできた姿を思い出して、ネオの胸が鋭く痛んだ。
「一佐?」
不意に掛けられたマリューの声に、彼は我に返った。
「いや・・・・・・。」
その時、モニターを滑っていただけの彼の視線が、何かを捕らえた。
「これ・・・・・。」
「え?」
画面には、ストライクともう一機、エターナル側の機体が写っていた。
「ガイア・・・・・・・。」
それに、ネオは驚いたように眼を丸くした。
カラーリングこそ違えど、それは間違いなく、自分たちが奪取し、整備し、たまにネオが調整してやった機体であった。
「なんで・・・・・・・・・。」
ネオの脳裏に、閃くように大地を駆け抜けて行く彼女の機体が鮮やかに甦った。
地球と宇宙、よりは距離が縮まり、中継ポイントを多くすることで発進元を割られないようにしながら、エターナルとアークエンジェルはリアルタイム回線を開く事が出来るようになった。
といっても、長く通信すればするだけ、デュランダル議長にファクトリーの場所や、エターナルの場所を調べさせるきっかけを与えかねない。
コンパクトに、顔をあわせなければ出来ないような打ち合わせを、マリューはバルトフェルドと行った。
(そうだ・・・・・・。)
事情が事情だけに、なんと説明していいのか迷っていた『ネオ・ロアノーク』という人物について、彼に説明するには丁度いい機会かも、とマリューは顔を上げた。
ターミナル経由で、レポート風に彼の事を伝えても、それは冗談のように聞こえるだろうし、第一信憑性に欠ける。
ここは一つ、「実物」を見てもらったほうが早いだろう。
百聞は一見にしかず、だ。
「バルトフェルド隊長、」
「ラミアス艦長、」
二人同時に切り出してしまった。
「何だね?」
「ああ・・・・いえ、バルトフェルド隊長からドウゾ。」
「しかし・・・・・。」
「貴重な通信ですわ。」
早く。
苦笑し、バルトフェルドは彼女から視線を逸らした。
「うん・・・・・いや、雑談のようなものなのだが・・・・。」
「はい。」
「・・・・・アカツキのパイロットは何者なんだ?」
瞬間、マリューが目を丸くし、おや?と首を傾げる彼に、彼女は思わず苦笑した。
「私も、その事をお話したかったんです。」
「一佐ぁ、艦長からですぜ〜!」
カガリから直々に渡された機体、アカツキの電圧チェックを行っていたネオは、その声にはじかれたように顔を上げた。
「艦長が?」
彼女が格納庫に直で通信を入れてくる事はほとんど無い。
手摺をぽん、と蹴って艦底部に飛び降り、ネオはマードックが受けた画面の通信ボタンを押す。
てっきりサウンドオンリーかと思ったが、彼女の顔が映ってネオは驚いたように眼を見張った。
「どうした?」
『ガイアのパイロット。』
はっとネオの顔が強張る。それを認めて、少し寂しそうに笑いながら彼女は続けた。
『エターナル艦長、アンドリュー・バルトフェルド隊長が貴方と話したいんですって。』
「・・・・・・・・・・・。」
なんで、といおうとして、そうか、と気付く。
エターナルも先の大戦でアークエンジェルと一緒に戦ったというのを聞いていたからだ。
多分、バルトフェルドとやらも、『フラガ少佐』に興味があるのだろう。
『言って置きますけど。』
微かに過ぎったネオの表情の変化を見逃さず、マリューが告げる。
『私・・・・・・ネオ・ロアノーク一佐、としか説明してませんからね。』
「へいへい。」
にこ、と笑うとマリューは通信を切り替える。しばし間をおいて、片目に傷跡の残る、陽気な感じの男が写った。
彼の目が、微かに大きくなるのを見て、ネオは先手を打った。
「初めまして。ネオ・ロアノーク・・・・・・一佐だ。」
それに、目を瞬いた画面の中の男は「これはこれは」と小さく呟く。
「幽霊でも現れたのかと思ったよ。」
飄々とした物言いに、ふん、とネオが鼻を鳴らす。
「あんたも『フラガ少佐』だと言いたい口か?」
そうだな、とにや、と笑ってバルトフェルドは続けた。
「いや・・・・どうかな。まあ、どっちでもいいというのが僕の意見かな。」
「はあ?」
「君がアカツキのパイロットだって?」
「そうだ。」
そっちは、ガイアのパイロットだそうだな。
それに、ほう、と感心したようにバルトフェルドが目を剥く。
「どうも、四足歩行のMSの方が性に合っててね。」
「どこで拾った?」
「・・・・・・・・・・・。」
す、と険しくなる男の視線に、ネオは哂う。
「おいおい、なめてもらっちゃ困るな。こう見えても俺、一応元地球軍でね。」
ミネルバ追っかけてたんだよ。
「ミネルバを追ってたって事は・・・・・そうか。アーモリー1の襲撃者はお前か。」
「そーだ。」
隠すことも無いし、弁解する必要も無い。言い放つネオに、あいかわらずだな、とバルトフェルドは高く笑った。
「だから、それは『ムウ』ってヤツだろ?」
「言ったろ?僕はどっちでもいいって。」
「・・・・・・・・・・。」
「ロドニアの例の研究所付近で拾った。」
なんでもないように言われて、ち、とネオは舌打ちする。
やっぱりそうか。
アウルが錯乱し、スティングが必死に彼を宥めていた。その現状で彼らに何が起きたのか聞いてみたが、ステラが飛び出した理由はついぞつかめなかった。
連れ戻さなかったのではない。
連れ戻せなかったのだ。
彼女が何を思い、何故飛び出したのか・・・・・ネオにはわからなかったから。
だが、うすうす気付いていはいた。
自分が不用意に口にした「ロドニア」という地名。
彼らの出身であると言う事は知っていたが、まさか、彼らがそこまで執着しているとは思わなかったのだ。
特に。
ステラは。
だが彼女はネオの言葉の端に滲んでいた「不安」を察知し、ネオのことが知りたくて、ネオの不安の原因が知りたくて、ロドニアのラボという単語を不審に思ったのだろう。
「・・・・・・・・・・・。」
「被弾し壊れているのを、こっそりまわしてもらったんだがな。」
不都合だったかな?
それに、ネオは苦笑する。
「いや・・・・・・・」
「何か思い入れでもあるのかね。」
真っ直ぐな眼差しを返され、どうしてここの連中はいつもそんな風に相手を思いやれるのかと、ネオは戸惑う。
「・・・・・・・・・・死んだ部下の機体でね。」
気付けば、彼は言わなくてもいい事を呟いていた。
「なんでガイアにのって飛び出したのか・・・・・知りたかっただけだ。」
「映像記録なら、残ってるが。」
「前のか?」
「一度しか乗ってないもんでね。」
そう言って、彼は手早く格納庫と通信を取り始めた。
いいよ、という否定が、ネオの口からは出なかった。
「そういやあんた、俺に話があったんじゃないのか?」
受話器を取って、なにやら格納庫に指示を出しているバルトフェルドは、そう問う目の前の男に、はは、と短く笑った。
「いや・・・・僕の方の用事は氷解だ。」
「はあ?」
「・・・・・・・・・いや、一つだけ有るな。」
「?」
「一度殴らせてくれ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
艦長か。
うんざりしたようにネオは肩を落とした。
「だからさ、俺はムウじゃ」
「何度も言わせるな。言ったろう?僕はどっちでもいいって。」
・・・・・・ああ、そういうことか。
「ガイアの記録、頼むな。」
「交渉成立だな。」
ネオは外部通信をいったん保留にすると、手早く艦橋へと繋ぐ。不安げな面持ちのマリューが写った。
「何?」
「あっちから映像データ来るはずだからさ。来たら俺の所に回してくれるか?」
ガイアの映像に目の色が変わっていたのを、マリューは知っていた。だからただ一つ頷く。
「それから・・・・・・・。」
「はい。」
苦く、ネオが呟いた。
「・・・・・・・・・・もう絶対泣くなよ。」
「・・・・・・・は?」
「じゃないと俺の身が持たない。」
「?」
「頼むな。」
通信を切って、ネオは外部通信をマリューへ戻し、溜息を付いた。
殴られるくらいで彼女の笑顔を独占できるのなら、よしとするべきなのだろうか、と。
「バルトフェルド隊長・・・・・・。」
「ラミアス艦長は人が悪い。」
開口一番にそういわれて、マリューは苦笑した。
「百聞は一見にしかず、でしょ?」
くすくす、と笑う彼女をみて、バルトフェルドは目を細めた。
屈託なく彼女が笑うのを見るようになったのは、最近のことだ。
(一瞬で彼女を立ち直らせる事が出来る・・・・か。)
ふ、とバルトフェルドは笑う。
これでもう、彼女は大丈夫だ。
「よかったな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
告げられた言葉に、なんと、答えればいいのか分からず、マリューはただ「ええ。」とだけ答えて彼に微笑みを返した。
「じゃあ、また何かあったら。」
「はい。エターナルも、まだまだ気を付けてください。」
片手を上げる砂漠の虎が、途切れたモニターの闇に消える。
よかったな。
彼が戻ってきて。
「ありがとう。」
微かに彼女は呟き、それから送られてきたデータをROMに落として立ち上がる。
「ちょっとあけるわね。」
はい、と返って来る返事を背中に、マリューはエレベーターへと飛び乗った。
マリューがただ、何を失ってもいいから返してくれと叫んだ彼の元へ行くために。
(2005/11/10)
designed by SPICA