Muw&Murrue

 まあまあ暇なアークエンジェル
 これからどうするのか。

 先の戦闘をどうにかこうにか回避したオーブ内のドッグに、アークエンジェルは停泊している。
 議長たちの関心が宇宙に向いた以上、アークエンジェルも早急に宇宙に上がるべきだと、クルーたちの意見は一致し、昨日から物資の搬入や、宇宙へ上がるために、月にあるオーブ領のドッグへの入港要請などで艦内はにわかに慌しくなった。

 だが、それもやはり、今までの戦闘中の慌しさとは比べ物にならない。

 怪我をしているアスランの回復を待っての出航になるし、数週間は動けそうに無い。
 宇宙に旅立つには足りないが、クルーが骨休めをするには十分な期間に、さて、ある意味出戻りなのだが、記憶の無い連合軍大佐殿は、することがなくなっていた。
 唯一記憶の底に残っていた大事だと思われる人は、今は艦橋で久々に宇宙に上がるアークエンジェルの調整に没頭している。そこにお邪魔するのはいささか気が引けた。
 かといって、いつまでもアカツキのコックピットにこもっていると、他の部分の調整をしたい整備員たちから降りてくれ、と怒鳴られてしまう。
 キラとかいう少年の手伝いは・・・・・・と視線を転じて、ストライクフリーダムとインフィニットジャスティスの調整をする彼を見れば、そのキーを叩くスピードに、自分の手助けなど必要なさそうな気がした。

「まいったな・・・・・・。」
 格納庫内を歩き回りながら、ネオはふと、搬入口で指揮を執る士官に目を向けた。
「なあ。」
「うわっ!?」
 後ろから声を掛けられて、振り返った20代後半くらいの尉官はネオを認めて、「おどろかせないでくださいよ。」と情けない顔をした。
「物資の搬入か?」
「はい。」
「手伝おうか?」
「え?」
 青年は目を丸くして、「でも、」と金ぴかの機体を指差した。
「調整は・・・・。」
「ああ、あんまりやってるとさ、マードック班長に怒られるんだよ。」
 肩をすくめるネオに、そんなもんですかと、青年は苦笑した。
「でも、こっちも手、足りてますし。」
「っそ・・・・・。」
「あの。」
「ん?」
 じゃあ、昼寝でもしてようかな、なんて頭を掻くネオに、おずおずと青年が切り出した。
「艦長の所には行かないんですか?」
「え?」
 見ると、青年は遠慮がちに言う。
「それが艦長のためにも一番だと思うんですけど。」
 青年の中にある「この男」の映像は、常に艦長とともに有った。同僚のチャンドラがぼやきたくなる位、アラスカからは二人一緒に居る事が多かったのだ。
 だから、青年にとって、彼が格納庫をうろうろするくらいなら艦橋に居た方がよっぽどしっくりくる。
「でもさ、忙しそうだぜ。」
 俺に出来ることあんまりないし。
 肩をすくめて見せる彼に、青年は苦笑する。
「でも、何かあるかもしれないですよ?」
「・・・・・・・・・・・。」
 にこにこ笑う、人の良さそうな彼の台詞に、ネオは苦笑した。
「えと・・・・トノムラ二尉、だっけ?」
「はい。」
「ありがと。」
 ネオから礼を言われるとは思っていなかっただけに、トノムラは目を見張った。
「いえ。」
 そのまま、格納庫から出て行く男を見送りながら、彼は持っていた端末に目を落とす。水の搬入はあらかた終り、次は弾薬類だった。
 ハッチに向かい、流れてくるトラックの向こうの空を見上げる。
「これから雨かな。」
 ネオの殊勝な言葉に、そんな事を、トノムラは思ってしまうのだった。





「えっと、艦橋は・・・・・・。」
 白兵戦に備えて、艦内は大抵入り組んだつくりになっている。特に要であるエンジンルームと、艦橋への道は複雑だ。だが、『なんとなく』感覚で艦橋への道を覚えている彼は、気が向いた方向へと歩いて行った。
 と、通路を折れた先に現れたエレベーターに、ネオは目を丸くした。
「なんだ、これ。」
 そのエレベーターには「登り」のボタンしかついていない。つまり、ここから上に上がるものなのだ。
 ここは確か、格納庫と居住区の間だったよな、と今までの経路を思い出し、ネオは首をひねった。
 この層にあるエレベーターは全部上行きと下行きがあったはずだ。
「ここから直結って・・・・・。」
 どこに通じてんだ?

 艦橋に通じているとは思えない。
 なぜなら、艦橋からここに降りてきたとしても、特に意味を成さないからだ。

 この層はボイラー室とか、弾薬貯蔵庫、それから格納庫の設備が生み出したデッドスペースのようなもので、通路しかない。こんな所に艦の要のメンバーが直接降りてくるとは考えられなかった。

 では、ここに直結しているエレベータの先には何が・・・・・?

「・・・・・・・・・・・・。」
 どうせ暇だしな。

 ネオはただの興味本位から、ぽちっとボタンを押して、開いたドアから中に滑り込んだ。








「艦長。」
「うん?」
 椅子を回転させて伸びをしたマリューは、苦笑するミリアリアにぶつかって、目を瞬いた。
「何?」
「あの・・・・・そろそろ休まれたらどうです?」
「え?」
 彼女は無言でメインモニターにデジタル時計の表示を出した。
「あらら。」
 有に一時間は休憩を過ぎている。
「ホントだ。ちょっと働きすぎよね。」
 立ち上がり、再び伸びをするマリューに、ミリアリアが笑った。
「まあ、私としては艦長が居てくださった方が仕事がはかどるので嬉しいんですけど。」
「それは、何が何でも休ませてもらわないと。」
 くすくす笑うマリューに「は〜い。」とミリアリアが答える。彼女は今、アークエンジェルの耐熱構造の設定におおわらわだった。
 休憩から戻ってきたノイマンに、マリューがやっていたエンジン部分の調整を引き継ぎ欠伸を噛み殺す。
「早く戻って差し上げてください。」
 操舵席に付いたノイマンが、笑いながら、マリューに告げた。
「一佐、すること無くてトノムラに仕事ねだってたらしいですから。」
「ええ?」
 思わず目を丸くするマリューに被るように、ミリアリアが「あちゃ〜。」と呟いた。
「今から明日の天気、チェックしておきますね。」
 嵐が来るかも。
「ミリアリアさんったら。」
 笑いながら、「あとお願いね。」と告げてマリューはエレベーターに乗り込んだ。



 居住区に向かっておりながら、マリューは小さく笑って目を閉じた。
 緩やかに落ちていくエレベーターの壁に身体を預けて思う。

 自分の覚えていない事を相手が覚えてるとなると、やっぱり多少は気後れするわよね、と。

 夕日に沈むデッキで、自分を抱き寄せたネオの感触を思い出す。
 自分に自信が無くなったというのは、どんな心境なのだろう。

 今までの自分自身が全部否定されてしまった気分とは?

「・・・・・・・・・・。」
 考えただけで悪寒が走り、自分を抱きしめたネオの腕に、込められていたすがるような思いが、マリューの胸に迫った。
 軽い音を立てて、エレベーターが止まる。ふと目を開けると開いた扉から、廊下が見えた。
「・・・・・・・あら?」
 その廊下は見慣れた居住区の広いものではなくて、細く真っ直ぐに伸びるものだった。
「?」
 パネルをみれば、ランプが全部消えていて、ここが何階か表示されていない。
「こんなところも調整しなきゃならないわけ。」
 確かに居住区を押したはずなんだけどな、とマリューは溜息を吐いて、扉を閉めようとした。

 そして、不意にここは何の廊下だったかな、と手を止めた。

「・・・・・・・・・・・。」

 こんな廊下・・・・・あったかしら?

 着工から、改造までその全面の陣頭指揮をしてきたマリューにとってみれば、この艦は自分の家のようなものだ。
 誰よりも自分が良く知っているはずの艦内に、こんな変な通路があるとは。
「・・・・・・・・・・・。」
 首を捻りながら、マリューはエレベーターを降りると、その廊下を真っ直ぐ歩き始めた。





「れ?」
 辿り着き、開いた扉の先は、細く長く伸びる廊下だった。目の前から真っ直ぐに伸びている。
「・・・・・・・・・。」
 エレベーターのパネルをみると、どうやらここが直結している階らしい。
 ネオはとりあえず降りると、廊下を真っ直ぐに歩き始めた。

 何メートルか歩くと、不意に廊下は右手に折れ、角を覗くと下りの階段があった。そこを少しだけ下りると、やっぱり今までと同じような廊下が続いている。
 そこをずっと歩いていくと、また、先ほどと同じくらいの距離で右手に折れて、階段が現れる。
 同じような廊下を、同じだけ歩くと、また右手に折れて階段が現れた。
「???」
 両手を広げると一杯になってしまうその通路は、行けども行けども右に折れ続け、下に下にと下り続ける。
「・・・・・・・螺旋状になってるのか?」
 廊下が少しずつ短くなっていることから、渦の中心に向かっているのだろうという事が分かった。
 でも、それだけだ。
 引くに引けず、ネオはどんどん廊下の先へ、先へと進んで行った。




「あら?」
 エレベーターから降りて、廊下を進んでいたマリューは、数メートル程歩いた先で廊下が左に折れているのにぶつかった。
「・・・・・・。」
 角から奥を覗くと、下に下りる階段と、似たような廊下が続いているのが見えた。
 首を捻りながらマリューは階段を下り、どんどん先へと進んで行った。すると、先ほどと同じくらい進んだ先で、また左へと折れて階段が現れた。それからまた左。
「螺旋状になってるのね。」
 左、左と廊下を折れ、階段を下りながら、マリューは脳裏にアークエンジェルの艦内図を展開する。だが、どこにもこのような構造の廊下は思い出せない。
 ただ、電気は通っているらしく、両手幅しかない廊下の両壁は真っ白の輝いていた。
 靴音高く、廊下を進み、階段を下りる。次第に短くなる廊下の距離に、マリューはこの先に何があるのだろうかと、すこしドキドキしながら終点を待った。




 ネオの目の前に突然ドアが現れた。普通の、ロックナンバーを入れる、士官室と同じつくりのドアだ。
「え?」
 俺、ナンバーなんて知らねぇよ。
「・・・・・・・・・・・。」
 でも、ここまで来ておいて帰るのは癪に障る。散々考え抜いた後、ネオは思い切って自分が唯一、何故か知っている艦長室のロックナンバーを入力してみた。




 淡々と歩き続けたマリューの目の前に、突然ドアが現れた。普通の、ロックナンバーを入れる、士官室と同じつくりのドアだ。
「・・・・・・・はい?」
 何で、こんな所にこんなドアが・・・・・・。
 首を捻って色々考えるが、やっぱりこんな所に何故ドアがあるのか見当もつかない。
 誰か・・・・そうマードックやエリカが面白半分にこんな場所を艦内に作ったのだろうか。
 とにかく、このドアが何なのか調べるために、マリューは自分の部屋のロックナンバーを入れて、開錠キーを押してみた。





 ドアはすんなり開き、中に踏み込む。そこで、呆然と立ち尽くした。

「一佐?」
「艦長?」
 正面に現れた人物に、二人は目を丸くする。そして、はっと辺りを見渡して唖然とした。

 そこはなんとアークエンジェルの艦長室だったのである。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
 いつもの入り口ではなく、ベッドの後ろ辺りから突然入ってきたマリューはこんな所にドアなんかあったっけ?と首をひねって振り返る。と、そこには確かにドアがあった。
 対するネオは、マリューの正面、据えられたソファーの横の壁辺りに立っている。
「・・・・・・・・ここ、艦長室、だよな?」
 ここに艦長がいて、内装が艦長室なのだからそうなのだろう。
「ええ・・・・・多分。」
 対して、変なところからこんな所にはいってきたマリューもいささか困惑気味だ。
「って、そういえば一佐、あなたどこから・・・・。」
 室内を見渡すネオに訪ね、ふとマリューは目を瞬いた。

 何か違和感がある。

「なあ。」
 不意にネオが動き、ぽん、と近くのソファーの背もたれに手を置いて、何かを確かめるようにふにふにした。
「ここ、本当に君の部屋か?」
「え?」
「なんかおかしい。」
 それに、はっとマリューが身を強張らせた。確かにおかしくないはずが無いのだ。あんな変な廊下と自分の部屋が繋がっているなんて考えられないし、第一、こんなベッドの後ろのほうに扉なんかついていなかった。
 不意に、マリューはどきっとし、そして室内を見渡してようやく違和感に気付いた。
「一佐。」
 慌てて彼女はネオに近寄り、ぎゅっと制服を掴んだ。
「ここ。」
 ぎゅうっとしがみ付いてくるマリューを見下ろし、それから室内に視線を彷徨わせる。
「ここ・・・・・私の部屋と左右逆なんです。」
「え?」

 そこでようやくネオも気付いた。そう。ベッドの位置からデスクの場所まで、全部鏡に映したようにそっくり逆さまになっていたのである。

「なんで・・・・・こんな部屋・・・・。」
 ていうか、一佐はなんでここに!?
 顔を上げるマリューが酷く不安そうで(まあ、誰だって自分の部屋そっくりな部屋が現れたら気持ち悪く思うものだが)、ネオは彼女に笑いかけると、そっと促してソファーの上に腰を下ろした。
 それからゆっくり自分の辿った経路を話す。
 マリューは自分も螺旋状に折れ曲がる通路を歩いてきたと話し、二人はしばし眉間に皺を寄せて考え込んだ。
「とにかく、何のために作られた部屋かは分からないが・・・。」
 ネオは立ち上がって側にあるベッドに向かう。
「予備の艦長室ってことかな?」
「無駄な設備よ、それ。」
 振り返ったマリューは、ネオが何かを手に振り返るのを見た。
「なあ、これ。」
「・・・・・・・・・・・。」
 ネオが手に持っているのは、白く曇った、小さな硝子の瓶だった。化粧品メーカーの名前が記載されている。
 思わずソファーから立ち上がったマリューが、ネオからそれをひったくった。
「・・・・・・・美人さん?」
「これ・・・・・・。」
「うん。」
「私のと同じメーカーの化粧水だわ。」
「・・・・・・・・・。」
 そのまま、ベッドの上に上がりこみ、サイドボードを見渡して、マリューは凍り付いた。
「これ・・・・・・。」
「艦長。」
 震える彼女を後ろから抱きしめる。
「ここにあるもの・・・・・。」
「とりあえず、落ち着け。」
 な?
「全部・・・・・・私の私物と同じよ?」

 なんと、そこに有ったもの全部が、マリューの見覚えのあるものだった。

「なにこれ・・・・・どういうこと?ねえ?」
「落ち着けって、艦長!」
 必死の形相で自分を見上げるマリューの頬を、両手で挟んでネオはその、褐色の瞳を見つめる。
「落ち着け、な?」
「・・・・・・・・・っ。」
 身体を震わせる彼女を抱きしめて、ネオは出来るだけ優しく髪の毛を梳いてやった。
「確かに気持ちのいいもんじゃねぇが・・・・・現実的に考えて、これは異常だ。」
「・・・・・・・ええ。」
「誰が何のためにやってるのか、確かめた方がいい。」

 これって立派な艦長へのストーカー行為だよな?

 それに、はっとマリューが顔を上げた。ようやく目のおびえのような物が消え去り、にわかに艦長としての色が戻ってくる。
「そう・・・・・ね。そうだわ。」
「だろ?」
 そうと決まれば、こんな事をしている犯人を捜さないと。
「艦にこんなことが出来るのは、大改造をした時だけだわ。」
「じゃあ、その時に関わった工員一人一人に聞いて・・・・・。」
 立ち上がり、早速モルゲンレーテに連絡するために部屋を出ようとしたマリューは、その場に凍り付いた。ネオも、ぽかんと口を開ける。



 二人が入ってきたはずの扉が、忽然と姿を消していたのだ。



「うそ・・・・・・・。」
 マリューの呟きに、はっとネオが振り返る。艦長室のメインの扉を探すが、扉が有るはずのところが、ただの壁になっていた。
「まじかよ・・・・・・。」
 ふら、とマリューの身体が傾ぎ、ネオは慌てて彼女を支えると、ベッドに座らせた。
「あ〜・・・・・・閉じ込められたな。」
「何で!?どうして!?何よコレ!」
「落ち着いて、艦長。」
 だが、両手に顔を埋めて小さく震えるマリューは、子供のように首を振る。せっかく気持ちを取り戻したのに、逆戻りだ。
「お、落ち着いてなんかいられないわよ!こんな状況、私っ」
「かんちょーっ!」
 ぎゅう、と抱きしめられて、はっとマリューは身をこわばらせた。温かい両腕が自分を包んでいる。
「確かに不可解な現象だし、泣きたくなるのは分かるが、取り乱したら元も子もないだろ。」
「・・・・・・・・・。」
「軍で何を習った。」
 叱咤するような声音に、マリューが息を呑む。ネオは続けた。
「指揮官だろ、君は。」
「・・・・・・・。」
「この艦の艦長だろ。」
 しっかりしろ。
「・・・・・・・・・ごめんなさい。」
 弱々しく言われ、ちょっときつかったかなと、ネオは苦笑する。どうにも人を怒鳴るのは苦手だ。
「いや・・・・・・分かればいいよ。」
 そっと緩んだ腕を、マリューは少しだけ惜しく思った。おずおずと顔を上げると、空色の瞳が、済まなそうに自分を見ていた。
「ダメね、私。こういう異常事態に弱くて・・・・・。」
「ん・・・・・まあ、異常というよりも怪奇現象だよな、これ。」
 小さく震えたマリューの目を見て、ネオはイタヅラっぽく笑った。
「艦長、怪奇現象とか苦手?」
「は、話を聞くのは好きですけど・・・・巻き込まれたこと無くて・・・・。」
 それに、彼女はふと思いついてネオを見た。
「って、貴方は、こういう経験あるんですか?」
「こんなん別に驚くことでもないさ。」



 ええええええええっ!?



 目を丸くするマリュー相手に、ネオは気の無い調子で続ける。
「幽霊とか、まあ、なんていうか一般的に人に『見えないもの』を俺はあんまり信じるようなタイプじゃねぇけどさ。まあ、たまにこういう目にはあったな。」
 特に、地球軍のラボとかでさ。
 あっさり言われて、マリューは目を丸くする。
「血まみれの女が、床から顔半分だけ出して睨んでたり、宇宙ではレーダーに反応しない戦艦が現われて、忽然と消えたり。」
 極めつけは、部屋中水浸し事件だよ。
「あれには参ったよ。突然大量の水が俺の部屋に降ってきて・・・・・って、あれ?」
 自分にしがみ付いて震えるマリューに、ネオは首をかしげた。
「こういうケースは初めてだけどな。」
「淡々と言わないで下さい!」
 顔を上げた涙目の彼女に、ムウは苦笑した。
「別にこわかねぇよ。大抵『だからなんなんだよ?』って聞き返すと消えちまうし。」
「・・・・・・・・・。」
「大体、もっと恐いモンが世の中にはあるからさ。」
 ふっと遠くを見詰めるネオの瞳に、マリューはどきりとした。
 確かに。
 確かにそんな存在よりも、もっと恐ろしい物が、眼に見える世界にうろうろしているだろう。
「今回の状況も、俺か君に言いたい事がある奴の仕業だろうさ。」
「言いたい事?」
「そ。大抵の奴は何か言いたくて――――。」
 ふと言葉を切って、ネオは室内を見渡した。
「・・・・・・何?」
 どきっとして、ネオの制服を掴んだままのマリューが不安気に尋ねる。
「いや・・・・・水音。」


 大量の水が降ってきたって、さっき言ってなかったか?


「ふ、降ってくるの!?」
「や。違うだろうな。」
 部屋の奥から聞こえてくるそれに、ネオが立ち上がった。
「や、やだ!置いてかないで!」
「うわっ!?ちょっと、艦長!?袖引っ張るなよ!」
「水浸しになるの?!ここ!?」
「違うから大丈夫だ。」
 座ったまま自分の袖を掴むマリューの腰に手をまわして抱き寄せ、ネオは彼女を立たせる。
「とにかく確かめるぞ。」
「ええ。」
「水没させられたら敵わんからな。」
「!!!!」


 す、水没!?


「あれ?言わなかったか?部屋水浸しにされたって。」
「それって・・・・・・。」
「ああ、宇宙艦って、気密がしっかりしてるだろ?それでドアにロックかけられて、水が大量に降ってきたらどうなるか分かるだろ?」
「・・・・・・・・・・・。」

 部屋が巨大な水槽になる。
 そうなると、人は溺れるしか・・・・・。

「だから、今回もそうならないように・・・・・って、あれ?艦長?」
 くらあ、と立ちくらみを起こす彼女を支えて、ネオは艦長室の奥にあるバスルームへと近寄った。
「ここから音がするな。」
 脱衣所のドアを開け、先にある扉の向こうから、シャワー音がする。マリューは必死に唇を噛み締めて、ネオの腕を掴んでいる。
「艦長、銃とか持ってるか?」
「え?」
「わけないか。」
 彼女をドアの前に立たせる。
「合図と同時にドア、開けてくれ。」
 俺が中に入るから。
「で、でも、一佐・・・・武器・・・。」
「大丈夫大丈夫。忘れた?俺って不可能を可能にしちゃうんだぜ?」
 軽く言われて、どきりとマリューの胸が強く鳴る。
「いいな。」
 こっくりと頷くと、マリューはバスルームのドアに手を掛けた。


 1 2 3 !!


 押し開けたドアから、湯煙が溢れてくる。ざー、っというシャワー音が大きくなり、中に踏み込むネオの背中が見えた。
 瞬間的に目をつぶったマリューも慌てて踏み込むと、バスタブに向かってお湯が降り注いでいるのが目に付いた。ネオがシャワーを止めて、室内を見渡すが、煙以外何も見当たらない。
「誰も居ないの?」
 マリューの掠れた声に、肩をすくめたネオが振り返った。
「ああ、お湯が出っぱな・・・・・・・・。」
「何?」
 口をつぐんだネオが、マリューを凝視している。
「何?」
 どきん、とマリューの胸が不安に騒いだ。彼は確かに自分を見詰めているのだが、瞳の動きが少し違う。

 まるで自分と、何かを確認しているような・・・・・・・・。

「何!?ネオ!?何なの!?」
 ばくばくと心臓が駆け出し、マリューはしっかとネオの腕を掴んだ。
「ん?あ・・・・・・いや・・・・・・その・・・・・・。」
 歯切れの悪いネオの台詞に、マリューがうろたえる。
「は、はっきり言って!」
「・・・・・・・・・・・あの、艦長・・・・・。」
 視線を彷徨わせるネオに、マリューは痺れを切らして、ゆっくりと後ろを振り返った。
 バスルームの壁が見え。それから半開きのドア。脱衣所の壁に、ドアの前にあるカーテン。

 それから、誰かの腕が見え。
 肩が見え。
 栗色の髪の毛が見え。
 白い首筋に。
 柔らかそうな頬に。
 褐色の瞳に。

「・・・・・・・・・・・・・・・。」

 振り返ったマリューの後ろに、ふわりと小さく笑う、バスタオルを身にまとっただけの、マリュー・ラミアスが立っていた。



「か、艦長!?」
 そのまま気絶してしまった彼女を慌てて抱きとめて、ネオはうんざりしたように溜息を吐いた。
「で、お前か?俺達二人を惑わせて連れ込んだのは。」
 睨むと、マリューそっくりのソイツは、唇をキレイな笑みの形に引き上げた。
「そうよ。」
 声までマリューと一緒だ。
「何のようだ?」
「やあだ。そんな言い方しなくたっていいでしょ?」
 ただちょっとお話したかっただけなんだから。
 くすっと笑うと、ソイツは素足でぺたぺたとバスルームを出て行く。倒れこんでしまったマリューを抱き上げて、ネオはその後に従い、女を横目に彼女をベッドの上に横たえた。
 庇うように彼女の前に立つ。
「用件があるなら、さっさと言って欲しいんだけどな。」
「失礼な言い方ねー。」
 マリューそっくりに肩をすくませると、彼女はバスタオル一枚の姿でソファーに腰を下ろした。
「別にとって喰おうって訳じゃないから安心して。」
 こっちに座ったら?
 振り返って言われて、ネオは頭を掻くと、自分の上着を放り投げた。
「!」
「少しは自分の姿を自覚してもらいたいんだけどな、俺は。」
 頭からそれを被った女は、遠慮なく彼の制服に袖を通しながら、小さく笑った。
「そんなに気になるの?この女のこと。」
 自分自身を指差す。ネオは答えずに彼女の向かいに腰を下ろした。
「ねえねえ、見たい?なんなら一晩試してみようか?」
「魑魅魍魎と抱き合う趣味は無いよ。」
 ちぇー、なんて言いながら、女は足を組もうとした。
「だから、そういうのはよせって言ってるだろが!」
 間髪入れずに怒鳴られて、彼女は目を丸くした。
「なによう。魑魅魍魎なんだから無視すればいいじゃない。」
「艦長の姿でそういうことすんな、って言ってんだよ、俺はっ!」
「・・・・・・・・・・大事なんだ、この女。」
 マリューと同じような笑みを向けられて、ネオは目をそらした。
「まあな。」
 視線の先には、目を回して寝込んでいるマリューの姿がある。
「そっか。」
 妙に嬉しそうに言われて、ネオは女を見た。照れたように彼女が笑っている。悔しいが、マリューそっくりで、ネオは頭を抱えたくなった。
「なんでお前が嬉しそうなんだよ。」
「・・・・・・・・・この艦の名前、何ていうか知ってる?」
「あん?」
 唐突に言われて、ネオは顔をしかめた。
「アークエンジェル、だろ?」
「大天使さま。」
「・・・・・・・・・まあな。」
「それが、私よ。」




 は?




「何よ、そのあからさまに嫌そうな顔は。」
 むっとして睨めば、だってさ、とネオが胡散臭そうに彼女を見た。
「なんで天使がシャワー入ったりしてんだよ。」
「天使とはちょっとちがうけどさ。・・・・・・古来から船に女神像が舳先に置かれてるのは知ってるでしょ?」
 帆船とかの時代かと、ネオは自分の知識を引っ張り出す。関係ないが、知識と記憶は違う分類のものらしい。
「昔は海の魔物避けとか、船を護るためとかそういう意味合いがあったけど、だんだん船の装飾としてキレイな物がもちいられるようになったわ。」
 机に頬杖をついて、懐かしそうにする女の、辛うじてネオの制服を羽織っているだけの間から、胸の谷間が見える。
「・・・・・・・・・。」
 無言でネオはそこから目を逸らす。
「で、それが何だよ。」
「私はね、アークエンジェルの着工の時に、一番基礎になる部分に置かれた天使の絵なの。」
「・・・・・・・・・・。」
「ヘリオポリスの工員の中にね、ちょっと変わった奴が居てさ。この艦が無事に完成し、平和の礎となりますように、って、その部分に二度と人が踏み込めなくなる前の夜に、こっそり私の絵を中に入れておいたのよ。」
「CEになってもそういうまじないする奴いるんだな。」
 感心したように呟くネオに、女は笑った。
「おかげで私が居るんだけどね。」
「・・・・・・・・それがお前?」
「ま、なんていうかさ。この艦が私みたいなもんよ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「呪われてる呪われてる言われた挙句、マードックには『疫病神』よばわりされた事もあったけどさ。私としては精一杯この艦を護ってたつもりなんだけどね。」
「いや。」
 苦笑する女に、ネオは素直に言った。
「十分に不沈艦だったよ、この艦。」
 それに、ちょっと目を見張ると、女は嬉しそうに笑った。ネオが、マリュー相手に見たことの無い、笑顔だった。
「それもこれも、貴方のおかげよ。」
「え?」
「一回沈んでるはずだったのに・・・・・貴方のおかげで助かったの。」
 それに、まさかこんな化け物にまで「ムウ・ラ・フラガ」と間違えられるのかと、ネオはうんざりと溜息を吐いた。
「だから、それは俺じゃ」
「あの子、言えないから。」
「はあ?」
 脈絡無く話を飛ばす女に、ネオが眉を寄せると、女は寂しそうな眼差しでマリューを見た。
「あの子ね。結構自分を責めたりしてたのよ。」
「・・・・・・・・・・・。」
「だから、貴方が生きてると分かったら、真っ先に泣いて謝りたかったのよ。」
「・・・・・・・・・・・。」
「でも、貴方はそれを覚えてないから、言えないでいる。」
 だからね、と女は振り返るとネオを見詰めた。
「私が言う事にしたのよ。」
「お前が?」
「ほら、私も一応貴方に助けてもらったからさ。」
 お礼くらいしたいじゃない。
「・・・・・・・・・・・・・・ひょっとして、だからそんな格好なのか?」
 しばしの沈黙の後、そう切り出したネオに、「やっだ、ばれた!?」と声を上げて女が笑い出した。ネオの頭が痛む。
「じゃあ、なんで艦長を巻き込んだんだよ。」
「面白そうだから。」


 お〜ま〜え〜なあああああああっ!!!!


「お礼になんでもしてあげるわよ?」
 『マリュー』と、何がしたい??
 くすくす笑う化け物に、冗談じゃない、とネオは立ち上がり、マリューのところへと向かう。
「何で?いいじゃない。」
「よくねぇよ。つか、最初に言ったろ?俺は魑魅魍魎と馴れ合う性癖は持ってないって。」
「失礼ね!」
 艦を護る女神に対して!
 ぶうぶう怒る彼女を見て、それからベッドに腰を下ろすと、ネオはマリューの髪の毛に指をくぐらせた。
「艦を護る女神は、美人さんだけで十分だよ。」
「・・・・・・・・・・・・。」

 その姿が、女神を護る騎士に見えたから。

 女は小さく口元に笑みを閃かせて、それから「なによう」と天井を見上げた。
「・・・・・・・私は用済みってわけ?」
「他に言い方無いのかよ・・・・・。」
「無いわよ。人が折角こうして、貴方の趣味に合わせた格好で出て来てやったのに。」
 ぶーぶーと怒る女神様に、ネオはうんざりしたように溜息を吐いた。
「それこそ余計なお世話だよ。」
「お礼ぐらいしたいという私の純粋な気持ちを踏みにじるわけ?」
 食い下がる女に、「そういうわけじゃ・・・・・。」と語を切って、ネオはまじまじと女を見た。
 ひたと自分を見詰める彼女に、ネオはしばし思案した後、おもむろに立ち上がると、「お礼」とだけ言って彼女の唇に軽い口付けを落とした。
 人じゃないものなのに、触れたそこは微かに温かくて、ネオは思わず感心してしまう。
「人そっくりだな。」
 唖然とする女に、にやっと笑う。はっと女が我に返った。
「あ・・・・・あったりまえよ!わ、私は天使様なんですからね!」
 不意打ちに慌てる女を横目に、ネオはさてと、とマリューに近寄ると彼女をを抱き上げた。
「これで用事は済んだだろ?」
 帰りたいんだけど。
 あっさりつげる男に、溜息を吐くと、女は何も無い壁を見た。そこが、一瞬だけ水面のように揺らめき、次の間に、見慣れたドアが現れた。
「・・・・・・・最後にききたいんだけどさ。」
 ドアから出て行こうとするネオが振り返った。
「これから先、あんたにまた逢う事、あるかな。」
「・・・・・・そうね。」
 それに、マリューの姿をした女はニッコリと笑った。
「気が向いたら。」
「あんたに礼を言う場合は?」
「艦を大事にしてくれればそれでいいわ。」
 そっか、と笑うと、ネオは「なら、俺が護ってやるよ。」とだけ告げて、部屋を出ていった。
「・・・・・・・頼みましたからね。」
 残された女は、天使というに相応しい、綺麗な笑みを浮かべるのだった。





 ドアの先はエレベーターだった。ボタンを押そうと振り返ると、ドアが閉まり、勝手に動き出す。と、次には止まり、開いたドアの先には見慣れた居住区が広がった。
 ネオはほっと息を吐く。
 そのまま大急ぎで艦長室へ彼女を連れて行くと、ベッドに寝かせる。このまま放っておいた方が、今までのこと全部が夢だと思うのじゃないだろうかと、そう考えたネオは、少し名残惜しかったが、そのまま部屋を後にした。



「一佐。」
「はい?」
 自室にねっころがってつらつらと先ほどの事を考えていたネオは、インターフォンから響いてきた声に跳ね起きた。
 ドアを開けると、そこに、俯いたマリューが立っている。
「あの・・・・・・。」

 さっきの変な現象の事を聞かれるのだろうか・・・・・?

 思い切って顔を上げたマリューの瞳が、何かを確かめるように揺らめくのに、ネオはどきりとする。
 さて・・・・・なんて『艦の天使』の事を話そうか・・・・・・。

 そう身構えていると。

「これ、スイマセンでした。」
「・・・・・・・・え?」

 予想外の行動に、目を丸くする。
 彼女が後ろ手に持っていた物を差しだし、受け取ったネオはあっと息を飲んだ。

 自分の制服の上着である。

「これ・・・・・・。」
 そうだ。あの女に放って、それから返してもらっていなかった。
「あの・・・・・私、これ抱きしめて寝てて・・・・その・・・・。」
 赤くなって俯くマリューに、ネオはコンマ数秒で言い訳を考える。
「や・・・・・いくら呼んでも出ないし、その・・・・ロック開いてるし、中に入ったら気持ち良さそうに君が寝てたから。」
 風邪引いちゃいけないってさ。
「ありがとうございます。」
 俯いて差し出されたそれからは、微かにマリューの香りがするが、果たしてそれがマリューのものなのか、あの女のものなのか、判断に困るのだが。
 複雑な気持ちで上着を見詰めていると、妙にそれが重たい事に気づいた。
 何か、ずしっとくる。
「あ、でもあの・・・・・洗って返した方が良かったですか!?」
 繁々と制服を見詰めるネオに、いたたまれなくなったマリューが声を荒げ、慌ててネオが弁解する。
「や・・・・そうじゃなくて。」
 上着の内ポケットに手を入れて探る。と、何か硬い物が指に触れた。取り出して、ネオは息を呑んだ。


 銀で出来たの台に、キレイなガラスで細工された天使の像が彫られている。ひっくり返すと、裏面は鏡だった。
 自分の掌に納まる、小さな鏡の柄の部分に、M・Rと掘られている。



 ヘリオポリスの工員の中にね、ちょっと変わった奴が居てさ。この艦が無事に完成し、平和の礎となりますように、って、その部分に二度と人が踏み込めなくなる前の夜に、こっそり私の絵を中に入れておいたのよ。



「絵じゃねえじゃん。」
「え?」
「ん?いや・・・・・・・。」
 彼女の目からそれを隠すように、ネオは小さな鏡を制服の内ポケットに仕舞うと、マリューに笑って見せた。
「つか・・・・・俺が入っても起きないくらい熟睡してたんだからさ。戻って、もうちょっと休んで来い。」
「・・・・・・・・はい。」
 何か言いたげに、マリューが顔を上げた。
「一佐・・・・・・。」
「ん?」

 その制服の所為で、私、一佐に抱きしめられる、不思議な夢を見ました。

 それを飲み込んで、マリューは困ったように笑った。
「一佐こそ、ちゃんと、休んでくださいね。」
 出てきた台詞に、ネオはちょっと笑った。
「なんなら、一緒に俺の部屋で休んでく?」
「お断りします。」
 間髪入れずに告げるマリューに、へいへいとネオは笑うのだった。





「あ、これ。」
 それから数日後、ネオは艦長室にやってくると、小さな包みを彼女に差し出した。
 綺麗に包装されたものに、マリューは数回目を瞬く。
「代表殿に頼んでさ。」
 買って来てもらった。
「・・・・・・プレゼント?」
「ま、そんな所?」
 誕生日でもなんでもないのに?と目で訴えられてネオは笑う。
「ん〜、じゃあまあ、お近づきの印ってことで。」
「なんですか、それ。」
 くすくす笑いながら、それでも本当に大事そうに包みを解いていく。

 この人から物を貰うのなんて、初めてだ。

 ドキドキしながら、ラッピングも壊したくない気持ちでマリューは包装を解くと、出てきた物に目を見張った。


 掌大の銀色の丸い手鏡だった。
 裏面には、遠くを見詰める女性の横顔が掘られ、綺麗なガラスで装飾されていた。

「これ・・・・・・・。」
「本当は女神とか、マリアさま〜とか思ったんだけどさ。」
 そうじゃなくて。
「未来を見据えるこの横顔が気に入っちゃって。」
 どことなく、艦長に似てるだろ?


 ライトグリーンの瞳と、微かに笑む口元。花の冠を被り、祈るその細工に、マリューは目を細めた。


「似てます?」
「艦長にはそっちの方がいいかなと思ってさ。」
 名も無い美女の方が。
 小さく吹きだすと、マリューは綺麗に笑った。
「ありがとうございます。」
「それなら、無くした鏡の代わりになるだろ?」
「え?」
「鏡には退魔の意味合いとかあるらしいからさ。」
 お守りお守り、なんて言いながら部屋を出て行くネオに、マリューは息を飲んだ。

 どうして知ってるんだろう?
 私が鏡をこの艦の基礎に置いてきた事を・・・・・・。



 内ポケットの鏡を、ネオ服の上から触れる。
「護ってやるっていわれたからって、ここに移動してくるとはね。」
 笑いながら、思う。

 この艦も、それからこの鏡の本当の持ち主も。
 護って見せよう。





 もう間もなく、アークエンジェルは宇宙へと上がる。

 そんな束の間の出来事だった。



(2005/12/30)

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