Muw&Murrue

 暁の残像
「だからその・・・・・・。」
 話がある、とアークエンジェルの艦長室にやってきて、暫くとりとめもない話を続けていたカガリが、ようやく・・・本当にようやく、言いにくそうに切り出した内容に、マリューは眉を寄せると、渋面で溜息をついた。
 彼女の語った言葉に、そりゃそうだろう、とマリューも思う。
「だから・・・・その・・・・・どうする?」
 言うだけ言ってみたものの、気持ちは晴れず、困ったような顔をするカガリに、マリューは暫くなにやら思案した後、
「何か・・・・考えてみます。」と再びの溜息と共に吐き出した。
 どうしたって上手くいきっこないような気もするが、でも、それで諦めてはいけない。
 暗く、重たい気持ちになる自分自身に、そう言い聞かせ、彼女はうん、と気合を入れるように一つ強く頷いた。
 すまない、と目で訴えるカガリに笑みを見せて、マリューは決心したように、大きく深呼吸をするのだった。


「え?」
 振り返ったネオは、アークエンジェルのトレーニングルームで自転車をこいでいた。
 マシーンを止めて降りる。首からかけたタオルで汗をぬぐって水分を補給する彼に、ちょっと目のやり場がなくて所在無げにしていたマリューは、困ったように笑った。
「ですから・・・・・・。」
 言いにくそうに告げる。
「評判が悪いんです。」
「・・・・・・・・・・・。」

 だろうねぇ、というのがネオの正直な感想だ。

「まあ・・・・・な。」
 苦く呟くネオに、マリューは「でも、」と言葉をつなげる。
「カガリさ・・・・・えと、アスハ代表は、そういうのも全部ひっくるめて貴方を」
「一佐に押してくれるのはありがたいけど、部下から総スカンじゃ意味無いだろが。」
「・・・・・・・・・・。」

 腕を組んでマシーンにもたれかかるネオにそういわれては、マリューに返す言葉がなかった。

 少し前から、ネオをアークエンジェルに乗せるのなら、何かしら立場が必要だと彼女は考えていた。
 そして、そのことを、カガリに相談していたのだ。
 マリューも階級などあってないようなものだが、一応、オーブ軍配備ということで、正式に一佐の地位を与えられている。だから、ネオにも、と思っていたのだが、どうやらオーブ軍がネオに抱いている心象があまりよろしくないようなのだ。

「部下から・・・・総スカンというのはありませんわ。貴方はアークエンジェル配備なんですから。」
「それは、ムウがアークエンジェルに戻ってくるのなら、ていう話だろ?」
「・・・・・・・・・。」
 急にしょぼんと肩を落とすマリューに、ネオは小さく「ごめん」と謝ると、でも溜息をつく。
「いいか、艦長。俺は、例の地中海の戦闘で、オーブ軍を前線に出して空母を駄目にした男だぞ?まあ・・・・・実際タケミカズチの指揮を・・・・・つか、オーブ軍の指揮を執ってたのはユウナ・ロマ・セイランだが、あいつをけしかけたのは俺だ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「アスハ代表が軍本部すら掌握してるのは、アカツキに乗ってるのを見てれば分かる話だが・・・・・彼女の権限だけで、俺をオーブ軍の、しかも一佐を拝命させるのは無理があるだろうが。」

 一艦隊を「貸した」オーブと、それを受け取り「潰した」当人。

 その当人を雇うなんて、オーブが思えるはずが無い。ましてや、オーブ侵攻のきっかけを作ったジブリールと関係があったのは、ユウナとコンタクトを取った時点でばればれの話だろう。
「ですが・・・・・・。」
 言いよどむ彼女に、ネオは笑う。
「だからさ、肩書きなんてあってないようなもんだから、俺は別に今までの捕虜としての扱いでも、なんなら雑用係でも、秘書でも、とにかくあんたの側にいれればいいんだからさ。ま、ちょっと乗れる機体があれば尚いいけど。再就職まで世話してもらう言われは無いよ。」
 そういうネオに、しかしマリューは譲らない。
「それは、私が嫌なんです。」
「なんで。」
 真顔で見返されて、マリューはぎゅっと両手を握り締めた。


 彼のおかげでアークエンジェルは沈まなかった。

 なのに、彼がオーブで軽く見られるのが我慢できないのだ。


 この艦を命懸けで護ってくれた彼に、私はまだお礼も言っていない。


 だが、それはネオには言えない話である。彼には、この艦を護った記憶が無いのだから。
 でも。

「この艦は正式にオーブ軍所属宇宙艦に任命されています。何かしらの階級が必要なの。」
「二等兵でいいぜ。」
「ですから!」
 力説するマリューの鼻の頭をつんとして、ネオは笑った。
「いいのいいの。佐官クラスの器じゃないし、俺。」
 一パイロットなんだよね〜、根っからの。

 そう言いながら、シャワールームへと歩いて行ってしまうネオに、マリューはぎゅっと唇を噛んだ。



「フラガ・・・・じゃない、え〜〜〜と、ロアノーク大佐!」
 声を掛けられ、廊下を歩いていたネオは振り返った。先の戦闘で傷の開いたアスランを見舞いに来たカガリが、小走りにネオの元に走ってくる。

 危なっかしい走り方に、ふとネオはステラを見た。

 同じような金髪だったが、ステラのはふわふわして柔らかい猫っ毛だった。

「何か御用ですか?アスハ代表。」
「カガリでいい・・・・・・つか、お前の場合は『お嬢ちゃん』呼ばわりだろうがな。」
 眉を下げるカガリに、なにやら言いたいところもあるが、マリューに「自分がネオである自信がなくなった」と告げていた手前、ぐっと言葉を呑んだ。
「それで?」
「ああ・・・・・・・実は頼みが」
「断る。」
「何も言って無いだろ!?」
 噛み付くカガリににやっと笑って、ネオは肩をすくめた。
「聞いたよ、美人の艦長から。」
「・・・・・・・・・。」
「俺の階級。」
 その台詞に、カガリがぎゅっと手を握り締めた。
「悪い・・・・私の力は、まだそれほど強くないんだ。」
 俯きがちに告げられた、若き代表殿の台詞に、ネオはすっと視線を逸らす。
「ま、俺にはタケミカズチを沈めた『実績』があるからな。」
 途端、カガリが眉を寄せ、挑むようにネオを睨みあげた。
「あの場には私も・・・・アークエンジェルも居た!」

 そういえば、そうだった。

「私は・・・・・・彼らを止めることが出来なかった。」
 痛みを堪えるような響きが、彼女の言葉ににじみ、ネオは眩しいものでも見るようにカガリを見やる。
「しゃあないさ。軍人は命令が絶対だからな。」
「けど、オーブの理念は地球軍と一緒に戦うことではなった!」
 燃えるような橙色の瞳を向けられ、ネオはだから、と低い声でつぶやく。
「けしかけたのは俺だ。」
「・・・・・・・・・・。」
「酷いもんだぜ?あんたが名乗りを上げても、聞かないように言ったのは俺なんだからな。」
「・・・・・・・・・。」
 泣きそうに歪む彼女の顔に、ネオはしかし、言いきらなくてはいけないと、言葉を繋ぐ。
「『あの代表と名乗る者が本物なら、お国がとんでもないことになる』とセイランに言ったのは俺だ。国を焼きたくなかったら、偽者と認めろと・・・・まあ、恐喝だよな。」
「それを・・・・・呑んだんだな?ユウナは。」
「まあな。」

 カガリは俯くと、目の前の男をののしりたい気に駆られるのをぐっと堪えた。「なんでそんなことするんだよ!?」と胸倉の一つも掴んでやりたい。でも、彼は連合側の人間なのだから仕方が無い。ミネルバと他ザフト軍をあそこで足止めすることが、ネオに与えられた任務であり、命令なのだ。
 そして、それを助けたオーブは、連合と同盟を結んでいた。
 そしてそれを締結させたのはカガリなのだ。

 国を焼きたくない。

 その思いで、カガリは連合と手を組み、そしてセイランとて同じだった。だからあの地中海での戦闘で自分をニセモノだと言ったのだ。
 ネオの権限や発言で、連合がオーブを攻めたかどうかは分からない。
 分からないけど・・・・・。連合側についた時点で、ミネルバと対峙するのは必至だったのだ。

 そしてそれは、外交手段の乏しかったカガリの責任ともいえよう。

「と、いうわけで、どー考えても俺は黒だ。だからアンタは、お偉いさんたちの言う事を呑んだ方がいい。」
 じゃあな、と手をふり、さっさと行ってしまおうとするネオの制服を、カガリは反射的に掴んだ。
 この機を逃すと、彼ともう二度とこの件について話し合いが出来ないと、直感で悟ったのだ。
「それじゃ駄目だ!」
 慌てたように告げる、カガリの必死の声に、つんのめったネオが彼女を振り返る。
「お嬢ちゃん!」
 途端、ネオの苦手な色が浮かんだカガリの瞳にぶつかった。
 自分に何かを求めようとする、色合い。自分にはない、強い気持ち。
 つかの間、その瞳の鋭さに気圧され、ひるんだネオに気付いて、カガリが夢中で語を繋げた。
「それじゃ、駄目なんだ!だから、だから・・・・・・・・。」
「?」


 この男にしか頼めないのだ。


 カガリはきっと顔を上げると、挑みかかるようにネオに告げた。

「お前、モビルスーツ、欲しくないか!?」





 連れて来られたのは、モルゲンレーテ工廠。ハンガーに並ぶMSムラサメを横目に、通路をどんどん先に進むと、モルゲンレーテの技術者をあらわす赤いジャケットを着た女性が、作業員に手にしたパネルを見せて指示しているのが見えた。
「主任!」
 彼女に声を掛けて、カガリが走っていく。

 顔を上げた女性は、彼女を認めて微笑んだ。その目尻の柔らかさに、ネオは彼女とカガリは親密な関係なのだと一瞬で悟る。
 振り返ったカガリが、ネオを見ながら何か話している。
 一つ頷くと、彼女は快活な笑顔を見せてネオに近づき、手を差し出した。
「初めまして。モルゲンレーテ技術開発局主任、エリカ・シモンズです。」
「どうも。」
 彼女の瞳が、何かを確かめるように揺れるのに、ネオは気付いた。

 こういう視線を、アークエンジェルに来てから多々受けているネオは、ただ黙り込む。

「こっちに来て。」
 だが彼女はネオに何も言わずに、ニッコリと笑うと先頭に立って歩き始めた。
 一つの巨大な扉を開き、エリカがライトをつける。そこにはオーブの最新鋭機、『アカツキ』が聳え立っていた。
「ロアノーク大佐。」
 黄金のMSは、遠目でも威圧感があったが、間近で見るとその迫力も増す。
 息をのんで見上げるネオに、隣に立つカガリが静かに切り出した。
「これを・・・・・あなたに託したい。」
「はあ?」
 あまりにも突拍子の無い台詞に、ネオが度肝を抜かれて、素っ頓狂な返事をする。
「これに乗れるのは、大佐しか居ない。」
 きっぱりと告げられて、ネオは思わず笑ってしまった。
「何をおっしゃるのかと思えば・・・・・。」
 てっきりムラサメか何かを貸し与えられるのだろうかと思っていただけに、最新鋭機を前にそういわれると滑稽以外の何も感じない。
「冗談が過ぎますよ、アスハ代表。」
「私は冗談で言ってない!」
 むきになって噛み付くカガリに肩をすくめて、ネオは視線をエリカに向ける。
「オーブの代表殿は、錯乱気味か?」
「暴言ですわよ、大佐。」
 相変わらず笑みを浮かべたまま、彼女は持っていたパネルをネオに差し出した。

 液晶画面に、なにやら小型の機体のような物が映っていた。

「ドラグーンシステム・・・・と言うのをご存知かしら?」
 パネルを受け取ったネオに、エリカは切り出した。
「話になら。」
「二年前、ザフトが作り上げた最新鋭機プロビデンス。それが所有していた、機体から離脱した砲塔を、遠隔操作できるシステムのことよ。」
 告げて、彼女はアカツキを見上げる。
「私はその機能を、アカツキに持たせようと思うの。」
「そりゃ・・・・・・いいことじゃないのか?」
 パネルから顔を上げて、ネオは肩をすくめた。
「フリーダム、それからミネルバ側のレジェンド。そいつらがそのシステムを搭載してるんだ。取り入れても問題は無い。」
 淡々と事実を述べるネオの台詞に、にっこりとエリカが笑った。
「あなたの言うとおり、ザフトの最新鋭の機体にはどれもドラグーンが組み込まれているわ。それに対抗するには必要な装備だと私も思う。でも、このシステムは特殊で人を選ぶわ。けれど、今回・・・・・・彼なら操れると思ってアカツキにも搭載しようと踏み切ったのよ。」
 ドラグーンシステムは、無線式でオールレンジ攻撃を可能にしたが、逆に言えば、それを操るだけの技量が必要になった。
 優れた空間認知能力が物を言う世界で、それに適する人物がいなければ、システムを搭載したところで宝の持ち腐れとなるだろう。
 そしてそれが出来る人間は、コーディネイターですら、少数でしかない。
 そんなパイロットがオーブに居るとすれば・・・・。
「アイツか。」
 思い当たる人物は一人。
 唸るようなネオの台詞に、エリカが頷いた。
「カガリ様の弟、なら、この機体に、更に『護りの剣』を持たせても上手く扱い、オーブの理念を護ってくれると思ったのよ。」
「最初から私にくれる予定じゃなかったのかよ・・・・。」
 ぶーっと頬を膨らませるカガリに、エリカが「あらあら」と眉を上げた。
「ウズミ様も、そういうつもりでカガリ様ににアカツキを残したわけじゃないと、気付いてるのでしょう?」

 父が望んだのは、オーブを護るのにこの力が必要なら、剣を取れ、ということ。

 乗り手にカガリを指名したわけではない。

 そう。
 カガリが護りたいと思ったときに、護れるだけの力を有したものを、残してやりたかったという事なのだろう。

 オーブを、カガリを、護る剣。

「まあな。」
 妙にさっぱりした顔で、カガリはアカツキを見上げた。
「で、アイツにこれを譲渡するんじゃないのか?」
 ネオの声に、カガリは首を振った。
「キラにはストライクフリーダムがある。」
「・・・・・・・・・・。」
「大佐は・・・・・メビウスシリーズのタイプ・ゼロをご存知かしら?」
 エリカに振られて、ネオは直ぐに答えた。
「有線式ガンバレル搭載の地球軍のMAだろ?」
「乗られた事は?」
「それの発展系なら。」
 ふと、ネオは嫌な予感がした。だが、ぐっと堪えて飲み込む。
「で、それがなんなんだ?」
 カガリが、しっかりとネオの眼を見た。
 橙色の瞳が、真っ直ぐにネオを射る。
「この国の・・・・オーブの理念を護るために、この機体はある。」
「・・・・・・・・。」
「アカツキは、」
 カガリは視線を金色の機体にそそいで静かに切り出した。
「接近戦にはまるで向いていない。攻めが極端に弱いんだ。」

 先の戦闘で、デスティニーに腕のジョイントを切り飛ばされたのを、カガリは苦味と共に思い出した。

「オーブは他国を侵略しない。だから、攻めて行く力は必要ないんだ。だが、それだけでは国は護れない。迫ってくる砲火から国を護るには。だから、このアカツキは相手からの攻撃を転じて、跳ね返すことが出来る。」
 確かに、オーブの理念に則っていると言えるだろう。
「けど、自分だけを護れても、意味が無い。護りたいのは、自分の後ろにあるものだ。」


 ローエングリンの前に立ち、身を呈してアークエンジェルを護った彼だからこそ、この機体を渡したい。

「その為の、ドラグーンシステムだ。」
 振り返ったカガリに、ネオは目を瞬いた。
「え?」
「見て。」
 エリカがネオの持っていたパネルを操作する。と、アカツキが持つ遠隔操作可能な砲塔には、巨大なバリアを張れる機能が搭載されているのが分かった。
「アカツキ一つか生き残っても意味が無い。アークエンジェルを、護らなくてはならない。」

 これは、そのためにあるのだ。

「そして、それが出来るのは、オーブの中であなたしかいないんだ。ロアノーク大佐。」
 だから、あなたに託したいと、カガリは真剣に告げる。
「けど・・・・・・。」
「シミュレーションデータを取れば一発で分かるわ。あなた以外に乗れる者がいないことが。」
「でも・・・・・・。」
「それがあれば、首長たちも説得できる!」
「ごり押しって言うんじゃないのか?それ。」
 胡散臭げにカガリを見詰めるネオに、ぽん、と手を打ったエリカが笑顔で告げた。
「とりあえず、シミュレーション、してみてはいかがです?ロアノーク大佐。」



「なんで・・・・・覚えてないんだろうな。」
 シミュレーターで高得点をたたき出すネオを、ブースの向こうから見ながら、カガリはぼんやりと呟いた。
「命懸けで・・・・アークエンジェルを護ったのに。」
 叩き落とされる敵機を解析しながら、エリカは笑った。
「そのうち思い出されますわよ。」
「言っちゃダメなのか?アークエンジェルを護ったお前だから渡したいって。」
 カガリらしい意見に、エリカが思わず吹き出した。
「それは、大佐、がやったことではないですわ。」
 諭すような色合いを含んだ彼女の言葉に、彼女は眉を寄せる。
「でも、あいつは、」
「カガリ様。」
 振り返ったエリカが、悲しそうに笑う。
「それは、大佐に酷ですわよ。」
「・・・・・・・・・・。」


 引き合いに出される男のことばかりを褒められて、それを自分に強要されても少しも嬉しくないだろう。むしろ、腹が立つだけだ。


「本当に大事な事は、忘れたりしないものです。」
「・・・・・・・かな。」
 ハイスコアでシミュレーションを終了するネオに、カガリは深く溜息を付いた。



 このデータをたたきつければ、誰だってお前を一佐にするな、なんていえなくなるさ!と、頬を高揚させて告げるカガリを、ネオは思い出す。
 工廠を抜けて、アークエンジェルに戻りながら、彼は溜息をついた。
(そんなんで俺の罪が消えるかよ・・・・・・。)
 タラップを上がり、居住区に向かう。エレベーターを降りると、マリューと鉢合わせた。
「ご苦労様です。」
 ふわっと彼女が微笑んだ。

 知ってるのか、やっぱり。

「あんたか?俺にアカツキのシミュレーションをさせるように、お嬢ちゃんに頼んだの。」
 声が苛立っている。
 ちょっとマリューは目を丸くして、「ばれましたか。」と小さく溜息を付いた。
「一番早い方法だと思ったんです。貴方の技量を知ってもらうのが。」

 貴方の。

 それに、ネオの中に暗い物が溜まるのを感じた。

 貴方の?それは本当に『俺』のことか?

「ロアノーク大佐?」
「ムウ、ってやつは、メビウス・ゼロのパイロットか?」
 突然出た台詞に、マリューは目を瞬くと不意に、悲しそうに笑った。
「・・・・・・・・ええ。」


 あなたになら扱える。


 ネオは自分がエグザスという「ガンバレル」搭載のMAに乗っていた話を誰にもしていない。
 なのに、誰もが「ドラグーンシステム」を操れると信じて疑っていない。

 それは、俺が、「それを操れる技量を持つムウ」だからか?

「悪いがアカツキには乗らない。」
 気付けばネオはきっぱりと告げていた。
「アスハ代表にも、そう言っておいてくれ。」
 それに、マリューが大きく目を見開いた。
「どうして?あの機体はオーブの最新鋭機で」
「俺にしか乗れない?」
 こっくりとマリューは頷いた。
「・・・・・・・それは俺がムウだからか?」
 その台詞に、マリューが凍り付いた。

 やっぱりな。

 どこか冷めたような気持ちでネオは思う。俺を一佐にと押すのだって、ひっくり返せば「ムウ」の存在あってのこどなのだろう。

 ムウだから。
 ムウ・ラ・フラガだから。

 だからオーブに必要だと。

「あのね、艦長。」
 深いため息を付くと、ネオは苦笑してマリューに切り出した。
「俺は、オーブ艦隊を沈めて、ロシア平原からベルリンまで、焦土にした部隊の指揮官だ。」
「・・・・・・・・・・。」
「俺のどこに、オーブの理念を追求した機体を任せるだけの『功績』があるんだ?」
「・・・・・・・・それは、」
「俺がムウだから?」
「・・・・・・・・・・・。」
「ネオ・ロアノークとして言う。」
 褐色の瞳を見たまま、ネオは切り出した。
「俺が戦えるのは、手に何もないからだ。」

 護るものも、大事なものもないから、戦える。
 背負っている物が無いから、身軽に動く事が出来る。

 それが、ファントムペインの利点。

 そんな自分に、「護るもの」を「背負い込む」アカツキを託すのは間違いだろう。

「俺の理想の機体は、戦える機体だ。」
 俯くマリューの脇をすり抜け、ネオは与えられた自室に向かおうとする。
 思い出したくない記憶ばかりが、脳裏を駆け巡り、握り締めた拳が痛かった。ムウばかりが求められる現状に嫌気が差すのと同時に、酷く惨めな気がして、怒りとも悲しみとも付かない感情を持て余す。そんな風に、いらだたしげに歩き出すネオの腕を、次の瞬間、しっかりとマリューが掴んだ。
「本当に?」
 思いがけない強い力に、ネオが彼女を振り返る。
「本当にそれだけ?」
 褐色の瞳が、ネオを映している。
「・・・・・・。」
「貴方がアカツキに乗りたくない理由。」
 本当にそれだけ?

 重ねて聞かれて、ネオはまっすぐにマリューを見返した。

 落ちた沈黙を、マリューの震える声が破った。

「恐いんでしょう?」
 どきり、とネオの胸が騒いだ。揺れた彼の瞳に力を得て、マリューは続ける。
「護れないかもって。」
「・・・・・・・・・・。」
「護りに突出した機体を受け取って、それで、護れなかったらと、恐いんでしょ?」
「・・・・・・・・・・。」
「そうよね。貴方はオーブ艦隊も護れなかったし、ベルリンを攻撃していた部隊も護れなかったし、ミネルバから、自分に与えられた部隊を護れなかったんですものね。」
 ぎり、とネオが歯噛みする。それに、マリューは挑むように彼を見上げる。
「だったら、護る立場じゃなくて、使い捨てられる立場の方がいいと、だから貴方は一佐になるのを拒むんでしょう!?」
 マリューの手を、ネオは力いっぱい振り解いた。
「あんたに」
「何も分からないわよ!」
 言葉を先回りし、マリューが怒鳴った。
「分からないけどでも私はっ!」
 涙目で見上げられて、ネオは息を飲む。
「私は・・・・・・・」



 ローエングリンの前に、立ちふさがった彼。



 その彼に、自分は何もしてあげられなかった。
 助けることも、見つけることも、護ることも。
 ただただ護られた。

 それに報いたいのに、その方法が見つからない。

 ならばせめて。

「そんな貴方だから、アカツキに乗るのに相応しいと思うのに。」
「・・・・・・・・・・・・・。」

 くるっと踵を返して、マリューは廊下を歩いていく。何も出来ない無力さが歯がゆかった。そして、それを受け止めてくれないネオが、哀しかった。
(私は・・・・・貴方を護りたいだけなのに・・・・。)
 オーブの理念や、アカツキの構造などの前に、まず、一番にマリューがネオにアカツキに乗ってもらいたい理由が、死んで欲しくない、というものだった。

 護りに突出した機体。

 それならば、すぐに無茶をする「彼」を自分なんかより十二分に護ってくれると思ったからだ。
 エゴでも何でも、それが一番初めに・・・そして根底にある。

 なのにネオは死んでもいいと考えている節がある。

(それはいやなの・・・・絶対にいやなの・・・・。)
 唇を噛み締めて廊下を行きながら、何時しかマリューは駆け出していた。こんな風に我侭なことを考える自分に心底嫌気を感じる。でも、どうしてもその部分は譲れないのだ。

一方、取り残されたネオはぐしゃっと前髪をかき上げて、目を閉じる。
 良く知る部下の顔が、瞼の裏に浮かんできて、胸の奥が錐で突かれた様に痛んだ。

 ただ、護ってやりたかった。
 アウルも、ステラも、スティングも。
 でも、それは出来なかった。

 両の手から零れ落ち、掬い上げることが出来なかった水のように、それはただ溢れて地面に落ちていったのだ。
 そんな感触しか、ネオの中に残っていない。
 なのにまた、自分は望んでしまっている。

 護ってやりたい、と。

(今度こそ失いたくないんだよ・・・・・。)

 遠ざかる彼女の背中を、どうしても護ってやりたい。
 だが果たして、自分にそれが出来るのだろうか。

 渡された、アカツキのデータ。それを手で弄びながら、ネオは深く深く溜息をつくのだった。





 渡されたマニュアルを、一通り見た後、ネオは椅子の背を軋ませて天井を見上げた。

「・・・・・・・・・・・。」

 護るための機体、と銘打たれたアカツキ。その構造を前に、彼は、そういえば、自分には護りたいものなど、無かったと苦味と共に思い出した。

 そして、マリューに言ったとおり、無いから、戦えたのだと知る。

(けど・・・・・・それがどれだけ虚しいかも・・・・知っちまったんだよな・・・・。)
 護りたいものの為に戦うオーブ軍を、心の奥底で、確かに「羨ましい」と思ったことがあった。
 そうしたとき、人は信じられないくらい強いのだと、思い知らされたのだ。

 あれほど強い想いを、自分が抱くことが出来たなら、もっと違う道が開けたのではないだろうかと、そう思いもした。

 でも、いざ自分がその立場に立たされると。

「・・・・・思いっきり図星だよなぁ・・・・。」
 マリューの先ほどの台詞を思い出して、かっこわりぃ、とネオは溜息をつく。

 護る者を持たなかったネオには、何かを護って戦った経験が少ない。そして、その数少ない経験は、すべて敗北の記憶に繋がっているのだ。

 これはもう、何も護るなということなのではないのだろうか?

「運命がそう指し示すって・・・・?」
 呟き、ネオは苛立たしげに立ち上がった。

 護りたい想いを抱えていながら、それを成し遂げる自身がないなんて、あまりに未熟すぎるだろう。

(なんでそこまで臆病に成る必要がある?この俺が・・・・・。)

 苛々する頭を冷やそうと、彼は自室を出ると、重い足を引きずるようにしてデッキへ向かって歩き出した。






「しかし・・・・・ですな。」
 首長を集めて、元連合軍大佐であるネオの階級について、説得を試みたカガリに、ほかの首長たちは冷たい態度を崩さない。
 ぐっと、彼女は両手を握り締めた。
「だが、このデータを見てもらえば分かるように、アカツキを任せられる者は、彼以外にいない。誰もここまでの結果を出せなかったではないか。」
 強く告げるカガリに、禿頭の首長が、顎に手を当てたまま、渋面で答える。
「ですが、彼はジブリールの子飼いの艦の指揮官だったのですぞ?」
「裏で彼と繋がって、ジブリールを脱出させたのは彼かもしれない。」
 一人の無責任な、でも的を得ているような言い分に、会議室が見る間にざわついた。
 不穏な空気を感じ、それにかっとなったカガリが思わず声を荒げた。
「そんなこと、アークエンジェルの映像解析をすれば直ぐに分かる事だ!」
 一瞬静まったその場に、しかし、低い声で「確か、あの艦を守るために乱入するまでに、間がありますよな?」と確認するように告げる声が響き、一人が、後ろに控える軍部の代表を仰ぎ見た。
 青い制服の、佐官クラスの彼は、「どうかね?」と威圧的に訊ねる男に、はあ、と曖昧に答えた。
「確かに・・・時間的には間があるような・・・・・。」
「つまりは、皆さん。その間に・・・・ということも考えられる事だと私は意見しますが。」
 声高な男の意見に、ざわめく議場で、カガリは唇を噛み締めた。

 そんなこと、あるわけが無い。
 絶対に、100パーセントあるわけないのだ。

 落ち着け、落ち着け、とカガリは呪文のように唱えた。

「そもそも、彼は我々の艦隊を一つ潰しているのですぞ?」
 指揮官としての才があるとはあるとは思えない。
「そうだ。彼が居たから艦隊が沈んだといっても過言ではないではないか。」
「やはり、ジブリールの手先というのは・・・。」
「大体ベルリンでの戦闘に彼が関わっていたという・・・・・。」

 好き勝手に話し出す彼らの意見を最後まで訊き、カガリはきっと眦をきつくすると、声を、荒げた。










「ロアノーク大佐・・・・・・・。」
 エレベーターで上部デッキに上がろうとしていたネオは、振り返る。そこに、渋面の男が一人立っていた。
 オーブの階級章でいくと、「一尉」である。
「確か・・・・・アマギ一尉、だったよな?」
「・・・・・・・・。」

 あの、地中海の戦いで、彼はトダカ一佐の隣に立っていた。

「何か用か?」
 睨み付けるような、挑みかかるような視線に、重く、暗い気持ちになりながらも、ネオはそれら全てを受け止める気持ちで口を開く。
「恨み言でも?」
 それに、アマギは湧き上がりそうになる熱い塊を精一杯飲み込み、震えるような声で続けた。
「自分は・・・・大佐を許したわけではありません。」
「・・・・・感傷的な物言いだな。」
 軍人らしくない、と言外に告げるネオに、アマギは尚も続ける。
「・・・・・アマギ、という個人としての意見と捕らえていただきたい。」
「・・・・・・軍人じゃなくて、だな?」
 頷くアマギに、ネオは肩をすくめた。
「で、どうする?殴りたいか?」
 目を細めるネオに、唇をかんだアマギが首を振った。
「自分は・・・・・あなたが何者かなんて、正直知りません。」
「・・・・・・・・。」
「先の大戦での功績も。」

 ここでも、ムウかよ。

 いささかうんざりして溜息を付けば、アマギは睨むようにネオを見た。

「ですから、自分が知っているあなたは、二戦をオーブ艦隊を前に出し、トダカ一佐を殺したという事実だけです。」
 他にも、地球軍の為に散って行った者達が多い。
「・・・・・・・・・・・。」
「あなたの指揮が悪かったとはいいません。だが・・・・。」

 悪いのはユウナだと、そう言いきることも出来ない。

 彼を持ち上げ、乗せるのを、アマギは見たから。

 ひっかかったユウナに才が無かった。
 それもそうだろう。
 だが・・・・でも・・・・・・。

「―――――悪いが、俺だってそんな事は百も承知だ。」
 言葉を飲み込むアマギに、ネオが静かに切り出した。
「・・・・・・・・・・。」
「いわれなくても、この艦でトップに並ぶつもりは無いよ。」
 そのまま、彼に背を向けてエレベーターに乗り込もうとするネオに、アマギは叫んだ。
「でも、あなたは間違っている。」

 振り返ると、渋面の彼が、ネオを睨んでいた。






「じゃあ、聞くがな。この場に居る皆は、オーブ艦隊が沈んだのは全部ロアノーク大佐の所為だとそういうのか?」
 辺りを見渡し、カガリが叫ぶ。
「では、誰が彼らを地中海へと向かわせた?セイラン家の者だとお前たちはそういうのか?そうだな、確かにそうだ。じゃあ、彼らが死んだのはセイランの所為か?違うだろ!同盟を盾に迫られた、派遣だったのだからな。じゃあ、同盟を結んだのは誰だ!?」
 息を吸い込む。
「それは、私だ!!!」
 ばん、と彼女は机を叩いた。
「そして、それは私一人の独断ではない!ここの全員で決めたことだっ!誰がオーブ艦隊を潰したんだ!?それはここに居る私たちじゃないかっ!!!!」


 沢山の命が散った。

 その彼らは口々に、「軍人は命令が絶対だ」と叫んでいた。
 それは軍に入ったときからずっと心に誓ってきた事だと。

 そして、彼らに下された命令は、「地球軍」からでもなければ、「ユウナ・ロマ」からでもなかった。
 彼らはその更に上にいる、カガリの「命令」を遂行したのだ。

 カガリが・・・・国が、連合と同盟を結ぶと決めて、出撃を命じたから。

 それを、自分達は忘れてはいけない。

「彼らを死地においやったのは、ロアノーク大佐じゃない!我々だっ!!!」


 しん、と沈黙が落ち、皆が蒼白な表情でカガリを見る。

「我々が・・・・・・無能だったばっかりに・・・・・っ」
 ぎりっと歯噛みするカガリは、絶対に泣くまいと、きつくきつく手を握り締める。
「なのに・・・・今回また国を焼いてっ・・・・・我ら全員がそれを否定してどうする。」
 顔を上げる。
「我々は・・・・・もう、絶対に何かをなくすわけには行かないんだっ!そのために・・・どうしてもアークエンジェルが・・・・そしてアカツキが必要なんだ。」







「間違っている?」
 怪訝な顔をするネオを、アマギはひたと見詰める。
「トダカ一佐は、全ての責任は自分が取ると、最後におっしゃられました。」
 それに、はっとネオが目を見開いた。
「オーブの理念と関係ないところで戦い、沢山の兵士の命を犠牲にした咎を、自分が背負うと。」
「・・・・・・・・・・・・・。」

 鋭い眼差しが、ネオを射る。

「あなたは一佐を拝命するべきなんです。」
「・・・・・・・・・・。」
「死なせなどしません。・・・・・我々の為に、すべての責任をかぶって散ったトダカ一佐の志を、我々は無駄には出来ないのです。」
「・・・・・・・・・。」


 罪を引き受けて、甘んじで艦に残った彼。

 その命と引き換えに、生き残った部下の罪を消し、再び、本当の理念の下で戦えと、彼は言ったのだ。

「あの戦闘で、タケミカズチが沈んだのは・・・・・・トダカ一佐の責任です。」
 そのために、一佐は全てを引き受けて死を選んだのです。
「・・・・・・・・・・・。」
「それだけです。」
 何故か敬礼をして、彼は踵を返すと廊下を歩いて行く。


 俺は・・・・・「大佐」としての責任を、全うしたのだろうか?


 おめおめとここで生き残っている自分。
 ただすがりつく物が無く、何かから逃げている自分。

 俺はどうすれば良い?



「・・・・・・・・・・・・。」


 もう一度だけ与えられたチャンス。



 もう一度。
 もう一度だけ、今度は全力で護ってみろと、そういうことなのだろうか。


 護ってみたい。

 ふと、ネオはトダカ一佐の最後を思い出す。


 彼は、命を賭けて、他のクルーを護ったのだ。罪をその身に受けて、部下を救ったのだ。

 そういう風に、この艦を護りたい。


 デッキに上がるのを取りやめて、ネオは艦の下層へと降りていく。
 もう一度、アカツキを見上げるために。





 首長たちを納得させるには、やっぱり今一歩足りなくて、深いため息を突いて、カガリは議場を出た。
 今日の公務はもう無い。
 これからまた忙しくなるのだし、とカガリは出来るだけ今のうちにと、アスランのお見舞いにアークエンジェルへ向かう。
 病室では、アスランがぼんやりと天井を見上げていた。

 シンと、そしてミネルバの事を考えているのだろう。

「よ。」
 声を掛けると、翡翠色の瞳が彼女を捕らえた。
「大分元気になったみたいだな。」
 手を貸して起こしてやると、彼は思わず苦笑した。
「そっちは随分、落ち込んでるみたいだが?」
「そうか?」
 暫く二人で黙り込み、それぞれの思いに沈みこむ。
「おかしいよな。」
 ぽつりとカガリが切り出した。
「護りたい気持ちと、命令とでは、重要なのは命令だなんてさ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
 彼女の台詞に、アスランは顔を背けた。


 彼もまた、オーブの兵士をその手に掛けたのだ。
 それは、自分がザフト兵だったから。

「・・・・割り切れといわれた。今、敵なら仕方ないと。」
 アスランは目を伏せて、とつとつと語る。思い出すのは、オレンジの夕日の中で、「誰とも戦いたくないか。」と看破したハイネの姿。
「そうだな。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「じゃあさ、アスラン。」
「ん?」
「本当の自分はどこに居るんだ?」
 真っ直ぐな橙色の瞳に、アスランは目を細めた。

 本当の自分。

「フラガもそうだけど・・・・なんで、何かをしたいのに、それとは反対の方向に進まなくちゃならない?そして・・・それを我慢してる本当の自分ってのはなんなんだよ。」
 こうしたい、ああしたい、がなんで通らないんだろう。
「カガリ・・・・。」
「子供だっていうんだろ。けど・・・・なんか、それって辛いだろ。」
 ぎゅっと両手を握り締める、歳相応の表情の少女に、アスランはふっと小さく笑った。
「だったら・・・・覚えててくれないか。」
「え?」
 目を丸くするカガリに、アスランはそっと手を伸ばした。そのまま、ぎゅっと彼女の柔らかい手を握り締める。
「例え・・・・・これからもし、また敵になったとしても。何かの時の流れで、俺がまたザフトに行くと言いだしたとしても。そこで、君と敵対して、オーブを傷つけたのだとしても。本当の俺は、君の事が好きだということ。」
 ぱっとカガリの頬が赤くなった。
「どうしようもなくて、戦うしか選べなくて、流されたとしても、でも、俺は君が好きだ。この艦も。この国も。」
「そんなこと言うなよ。」
 ぼろっと涙を零したカガリが、勢い任せにアスランに飛びつくから、彼はそのままベッドに押し倒される。
「痛いってカガリっ!」
「お前が悪いんだぞ!」
 喚くカガリに、アスランは思わず吹き出す。
「カガリが、本当の自分なんていうから・・・・・。」
「・・・・・・ごめんな、アスラン。」
 それに、ふいに、カガリがしおれた声で呟いた。
「私はこんな立場だから・・・・一緒にも居られない。」
「・・・・・・・・。」
「けどな、私は・・・・・さっきお前が言ったように・・・・・。」
「分かってる。」
 ぽんぽんと、アスランはカガリの後ろ頭をなでてやった。
「どこに居ても、何になっても、俺は君が好きだ。」
「私もだ・・・・・・。」

 縛られる必要は無い。
 どんなに矛盾していても、強い思いの一つだけを信じていれば、きっと迷う事は無い。
 迷いたくなっても、彼が好きだというのなら、それを信じよう。


 強い思い。

 相手を思う強すぎる思い。

 それゆえに、動けなくなる時もあるだろう。
 けれど。






 護りたい物を護れない記憶。
 敗北の記憶。

「・・・・・・・・・・。」
 コーヒーを飲みながら、マリューは自室のデスクの前で溜息をついた。
 失うのが恐いから、閉ざしてしまう。
 自分の命で贖おうとしてしまう。

 でも、私だって、貴方を失いたくないのだ。

 だが、ネオの距離を置こうとする姿勢は反転すると、それだけ、自分が彼の中で重要な位置に居るという事にもなる。
 自分が彼に抱く気持ちと同じくらい、自分の事を失いたくないと考えてくれているのだと思うと、じわりとマリューの胸のうちが温かくなった。。
「うぬぼれそ・・・・・・。」
 ふふ、と小さく笑って呟き、彼女は遠くを見た。
「私って、そんなに頼りないかしら・・・・・。」

 頼りないのだろうなと、苦笑する。
 ネオの前ではいつも泣いてばかりだ。

 でも、自分ではマリューを護れないと思っている。

「私を護るのはムウ・・・・・か。」
 ムウという存在の壁に、ネオが思い悩んでいるのは分かる。
 そのムウが、貴方なのだと言ったところで、彼にその記憶が無ければ意味を成さない。

 ムウにもなれず、ネオにもなれない。

「・・・・・・・・・・・・・。」
 そんな状態の彼が、自分を信じることなど出来ず、そして自分を信じられない状態なのに、他人から信を置かれる事に納得できるわけが無いのだ。
(貴方は貴方でしょうに・・・・。)
 溜息混じりにそう思い、ふと、マリューは気付いた。
 そう、私は彼に言っただろうか?

 貴方は貴方でしょ、と。

「・・・・・・・・・・。」

 その台詞を言わなきゃならないのはマリューだ。

 マリューにだけ見せてくれた。

 自信が無くなった、という本音を。


 ならマリューは、それを肯定して、「でもあなたはあなたでしょ?」と言わなければならなかったのだ。

 そう、唐突に思い当たったり、彼女は持っていたマグカップを置くと、艦長室から飛び出した。






「・・・・・・・・・。」
 俺は何を悩んでいるのだろう。

 金色に輝く機体を前に、ネオは自問する。

 俺は何を悩んでいるのだ?

 この艦にはムウという奴が居て、そいつは、すごく優秀で、艦長の恋人だったらしい。
 対して俺はどうだ?

 俺の中の記憶。それは何故か揺らいでいて、俺が誰なのか検討もつかない。
 皆は、俺をムウだと言い、「一佐」へと押す。

 けど、俺は本当にムウなのか?

 全くの別人で、この艦の期待している人物などではなかったら?
 俺の力量は・・・・・・・全部知っている。
 敗北しか身に残っていない。

 一佐になどなれる器ではないとしたら・・・・・・・?

「・・・・・俺の記憶はあやふやらしいからな。」

 行く事も戻る事も出来ない。
 宙ぶらりんの「自分」。

 一体どちらに進めばいいのか・・・・・。

 次の瞬間、工廠内に突然アラートが響き渡った。






「カガリ様!」
 アークエンジェルを降りようとしていたカガリに向かって、数名の軍人がかけてくる。
「どうした!?」
 ドックにも、そしてアークエンジェル内にもアラートが響き渡っている。
「セイラン派の連中が脱走しました!」
「なんだって!?」
 先の戦闘時に、ジブリールに手を貸し、シャトルを手配したうえに、同僚を手に掛けた軍内部の裏切り者を、カガリは一斉摘発していた。

 そのうちの数名が脱走を図ったらしい。

 ひょっとしたら、まだ内部に手引きをするような連中が残っていたのかもしれない。

「お命を狙われている危険性があります!急いでお戻りください!」
「分かった。」
 急ぎ足でドックを出て、そのまま車に乗り込もうとする。

 その瞬間、モルゲンレーテの倉庫から銃弾が飛び、カガリの足元に着弾した。
「頭を伏せて走って!早く車に!!」
 瞬間、兵士が前に出て応戦を開始した。
「っ!」
 走るカガリを迎え入れようと、慌てて開かれた車の扉にいくつか着弾し、火花が上がる。タイヤを狙っているのだろうか。フロントグラスにひびが入るのも見えた。
「ぐっ!」
 援護していた一人が肩に血の花を咲かせて銃を落とした。
「お前っ!!」
 慌ててカガリが駆け寄ろうとするが、それを他の兵士が止める。
「ダメです!」
「けどっ!」
 護衛が強引に、立ち止まるカガリの背中を押した。こんなことをしている間にも、銃弾は雨のように降ってくるのだ。
 響く嫌な音に、頭を抱え、あたりを警戒したその瞬間、オーブの制服を着た連中が、必死な目で倉庫から駆け出してくるのが見えた。
「手榴弾!?」
「自爆する気か!?」
 走ってくる連中がなにやら叫んでいる。

 恐らく、『蒼き清浄なる世界の為に』だろう。

「くそっ!」
「カガリ様はやくっ!」
 足元に、負傷した兵士が取り落とした銃が転がっていた。それをカガリは咄嗟に拾うと狙いを定めた。

 彼らを撃つのは自分の役目だ。

「カガリさまっ!」
 無謀にもガード無しで立ち尽くし、獣を構える代表首長に、護衛の絶叫が響き、手榴弾を手にした兵士の動きが、スローモーションのように、酷くゆっくりになる。
 それを、瞬きすることもなく見据えていた、次の瞬間。
 走る連中が次々にその場に倒れこんだのだ。

「え?」
 はっとし視線を転じると、向こうから一人の軍人が走ってくるのがみえた。
 手に、拳銃を持って。

「ロアノーク大佐っ!そいつら、爆弾を!!」
 見慣れた金髪に、見慣れた背丈。その男に、我に返ったカガリが声を張り上げた。
 だが、ネオはそれを訊かずに、彼が撃った銃弾で足を撃ち抜かれ、その場に倒れる込む連中を掴み上げて、あっという間に締め上げてしまった。
 手から転げ落ちた手榴弾を大急ぎで拾い上げる。
 その様子を呆然と見ていたオーブの軍人たちも、慌ててその場に駆けつけてくる。

 数分の後に、連中はつぎつぎに捕縛されて行った。

「警報聞いてすっ飛んできたら、銃撃戦だもんなぁ。」
 緊張感の無い声でネオは言うと、後ろ手に捻り上げている一人をぐいっとカガリのほうに突き出した。
 その男はカガリに向かってつばを吐いた。
「こんな軟弱な国に、俺達はうんざりしただけだ!」
 血走った眼差。口角に浮かぶ泡。
「・・・・・・・・・。」
 髪を振り乱す、オーブの制服の男に、カガリが苦しそうに眉を寄せた。
「アンタだって、そうじゃなかったのかよっ!!」
 ぎろり、と音がしそうなほど目をひん剥き、男は、自分を捕らえているネオに視線を向けた。
「・・・・・アンタ、もったいないよなぁ、ジブリール様に従っていれば、コーディネイターなんてものの居なくなる世界を観れたのによ!」

 我々の世界。

 そういえば、そう何度も、ジブリールは口にしていた。

 我々の世界。

「コーディネイターが居るからおかしくなるんだ!あのデュランダルとやらも、コーディネイターじゃないか!だいたい・・・・俺の同僚はあいつらに殺されたんだ!この前の、戦闘でっ――――」
 言い差し、男はネオを睨み上げた。
 狂気の宿った瞳が、ぎらぎらと眩く光り、痩せて衰えた頬が震えた。
「・・・・・・お前だってあいつらに・・・・ザフトの連中に沢山奪われたんだろ!?」

「ロアノーク大佐・・・・・。」
 カガリが不安げに口にする。

「あいつらに!コーディネイターどもにっ!部下を殺されたんだろ!?」
「・・・・・・・・。」
「なのに、こんな所で、コーディネイターと手を組んでる国に!のうのうとよく生きていられるな!!あいつらが、憎いって感情すらアンタは持ち合わせちゃいないのか!?」
 だとしたら、アンタはとんだ上官だな!!

 次の瞬間、ネオはその男を殴り飛ばしていた。

 それに、カガリが目を丸くする。

 呆気にとられ、唖然とするテロリストを前に、ネオは低い声で言葉をつむぎだした。
「・・・・殺されただと?あいつ等を?コーディネイターに?」

 ふざけるな。

 ぞっとするほど低い声に、ほとばしるような怒りが滲んだ。

「あの部隊を・・・・ファントムペインを率いていたのは、俺だ。」

 自分を無能と言われるのは構わない。それだけの罪が自分にはあると思うから。
 でも。
 けれど。

「殺された?奴らをミネルバに?だからミネルバを恨めと?」

 馬鹿馬鹿しい。

「あいつらは殺されたんじゃない・・・・・」

 血を吐くように言い、ネオは男をつかみ上げる。

「あいつらは、あいつらの、信念の下に戦い、そして散ったんだ。それを・・・・・・ただ殺されたように・・・・無駄死にのように言うな!!!!!」

 突き放し、ネオは叫ぶように告げた。

「ファントムペインを馬鹿にするなら、その指揮官であるオレが許ないっ!!!」







 騒ぎを聞きつけ、駆け寄ったマリューは、その場にただ立ち尽くすネオの後姿に、掛ける言葉が無かった。
 どうしようかと、佇む彼女に、ネオは振り返らず、ぽつりと切り出した。
「悪かったよ。」
「・・・・・え?」
「俺は誰なのか・・・・・迷ったけど、どうやら俺は俺らしい。」
 振り返り、ネオはマリューに笑いかける。
「責任なんて、やっぱりもてないし、けど・・・・俺はあいつらの命を無駄には出来ない。」
「・・・・・・・・。」
「確かに命令だった。でも、連中は俺を慕ってくれていたと、そう思うから。」

 なら、ネオ・ロアノークに出来るのは、その想いの為に、戦うこと。

 連合の命令ではなく、ネオの命令に従っていた三人の部下のためにも。
 そして、彼らに与えてやりたかった世界を作るために。

「俺の本当の望みは、アークエンジェルを護ることだ。」
「・・・・・・・・大佐・・・・・。」
「俺を掴んで引き返させたアンタを、護らせて欲しい。」

 空色の瞳が、ただ真っ直ぐにマリューを捉える。それから、彼は踵を返すと、カガリの前に立つ。
「お前・・・・・・・。」
 男はにこっと笑うと跪き、彼女の手を取った。

「カガリ・ユラ・アスハ代表・・・・・ネオ・ロアノークはオーブに忠誠を誓います。」

 その瞬間、カガリはぱっと嬉しそうに笑った。

「ああ、頼むな!ロアノーク一佐!!」










 アークエンジェルの整備も完了し、一堂に会したクルーに、カガリはオーブの理念を説く。
 つづき、マリューがこれからの作戦内容を説明する。

 気を引き締めて持ち場につく彼らの渦を見詰めて、それからカガリはネオの前に立った。

 例の事件のおかげで、首長たちもようやくネオの事を認め、彼に最新鋭機を任せることとなった。

 彼なら、大丈夫。

 カガリは、しっかりとネオを見詰めた。

「ロアノーク一佐!アカツキを頼むな。」



 護るための機体。
 護られるべき信念。
 護りたい想い。



 今なら、はっきりと答えることが出来る。



「おまかせを!」




 言いきれる自分が、ネオは嬉しかった。





(2005/10/14)

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