Muw&Murrue
- 始まりの終わり
- 荷物を搬送してきたトラックを見送り、玄関先に立ったマリューは、自分の家の前を歩いて行く若い親子を見つけ、しばし彼らに魅入った。
自分と同じくらいの歳の母親が、三、四歳になる女の子の手を引いて歩いて行く。
ダンボールの箱を抱えたまま、ぼんやりとそんな二人を見送るマリューの肩を、きなりムウが抱き寄せた。
「欲しいの〜?」
首に絡まる腕に驚き、ぱっと振り返ると、にやにや笑う男が、彼女を覗き込んでいた。
「それは・・・・・まぁ・・・・女ですから。」
ぷうっと頬を膨らませ、そっぽを向きながらマリューが言う。ムウは彼女が見送っていた親子に眼を細めた。
「マリュー似の女の子なら、可愛いだろ〜な〜。」
呟くムウを見上げ、マリューは何かを言いかけると、はっとして唇を噛んだ。
「ん?」
見れば、いきなりマリューの頬がぱあっと赤くなった。
「どうした?」
「何でもないです!」
相変わらず絡まるムウの腕と、圧し掛かる身体を押しやり、マリューは赤らめた頬のまま離れようとする。その彼女に、にやっと笑って、ムウはぎゅうっと彼女を抱きしめた。
「何、想像したのぉ?」
「何でもありません。」
いやいやするように身体をよじるマリューをしっかりと抱きしめたまま、顔を覗き込んで尋ねる。
「ひょっとして、」
「何でもないったら!」
「子供の居る未来、」
「んもう、放して!」
「父親、俺だった?」
「放しなさいったらッ!」
身体をよじる彼女を、真正面からぎゅっとして、ムウはちゅっとマリューの唇を自分の唇で塞ぐ。
「そうでしょ?」
「〜〜〜〜〜〜〜。」
真っ赤になって俯く彼女に、ムウは不思議そうに尋ねる。
「これから一緒に暮らそう、ってのに、なんでそんな事で赤くなるのかな?マリューさん?」
二人で新しく生活を始めるのだから、そういうことになってもおかしく無いだろう。なのに、何を真っ赤になってるんだ?マリューは。
見詰めるムウを、ばっと強く引き離し、
「知りませんッ!」
と叫ぶように言うと、マリューはダンボール箱を抱えたまま玄関の奥に消える。
「あ、ちょっと、マリュー?」
著しく機嫌を損ねている恋人に、ムウは首を捻りながら、積み上げられたダンボールの箱を新居に移していく。と、言っても、オーブ政府から支給された、彼女の家なのだが。
ムウが例の戦いの所為で負った傷は、大半が治っているが、まだリハビリは続けなくてはならない。退院できたとはいえ、ムウが仕事に戻るにはまだまだ時間がかかる。
入院の必要も無くなったし、どこかに適当に家を借りようと思っていたムウに、一緒に住んで欲しい、と言ったのはマリューだ。
それが、何でこんなことで機嫌を悪くしているのだろう?
「一部屋空けたから、そっちに荷物、運ぶわね。」
耳まで赤くなりながら、先頭に立ってマリューがムウを促す。
「なぁ、何怒ってんの?」
「別に。怒ってません。」
「怒ってますって。」
一通りの家具が揃う一部屋の、フローリングの上に荷物を置くマリューの前に回りこみ、ムウは彼女を見詰めた。
「マ〜リュ〜さん?」
「・・・・・・・。」
頬を染めたまま、黙って俯くマリューに、彼は溜息を付いた。
「なぁ、どうした?」
真剣に訊けば、酷く困ったような、間の悪そうな顔をしたマリューに出会う。
「―――――だって。」
「だって?」
「そういうつもりで・・・・・言ったんじゃないから・・・・・・。」
「?」
わけが分からず、顔のど真ん中に?マークを浮かべるムウに、マリューは観念したように、告げた。
「私が・・・・・一緒に住んで、って言ったのは・・・・貴方の近くに居たかったから。だから・・・・・その・・・・・結婚して欲しい、とか、一緒に家庭を作って欲しい、とかそういう意味じゃなかったの。」
「・・・・・・・?」
「〜〜〜〜だから、」
泣きそうな顔で、マリューが呟く。
「あ、貴方を、束縛したくて言ったんじゃないってこと!」
単なる共同生活。官舎と同じ扱い。アークエンジェルと同じ立場・・・・。
「なのに、私ったら・・・・・貴方の気持ちも考えないで・・・・・。」
勝手に結婚して、幸せな家庭を作ってる自分を想像して。
「・・・・・・・・。」
ぽかん、と口を開けたまま突っ立っているムウに、マリューはますます先走ってる自分が恥かしくて、ぼん、と真っ赤になった。
「だ、だだだだ、だからッ・・・・・もう、なんでもありませんっ!は、早く引越し、終わらせましょう!」
焦って部屋を出ようとするマリューを、ムウはいきなり抱き寄せて押し倒す。ぼすん、とベッドの敷布が二人を受け止めた。
「ちょ・・・・・ムウ!?」
「知ってる?」
「え?」
「どうやったら、子供が出来るのか。」
「!」
そのまま彼女の首筋に、気持ちよさそうに顔をうずめる。
「あ〜〜〜〜〜、すっげー良い匂い・・・・・。」
「む、ムウ!?」
「香水?じゃないよね。石鹸の優しい香りがする・・・・。」
肩を押さえ込まれ、じたばたするが身動きが取れない。首筋に当たるムウの感触がくすぐったくて、マリューは甘い罠から逃れようと必死になる。
「や、止めなさいッ!」
怒鳴る彼女に、しれっとムウが訊く。
「何で?」
「貴方、まだ身体の傷」
「退院できたんだから、ダイジョウブ。」
「荷物、玄関に」
「全部中に入れて、鍵、掛けといた。」
「まだ昼の二時よ!?」
「新婚さんは朝からやるもんなの。」
「プロポーズなんてされてな」
ん―――――ッ
唇を塞がれ、押し込まれてくる舌に、マリューの身体が痺れる。溺れていく感覚の中、マリューは強く強く手を握られ、はっと眼を開けた。
気持ちよさそうにキスしていたムウが、ふっと唇を離し、掴んだままの彼女の右手の甲に口付けた。
まるで、魔法でも掛けるように。そして、彼女の手を上向かせ、ゆっくりと開かせた。
「・・・・・・これ・・・・・。」
それは、午後の光を受けて鈍く、銀色に輝いていた。
「安物、だけど。」
俺のお給料だと、それが精一杯なのよね。
告げられた軽いセリフと、何でもないことのように間近で、にっこり笑うムウが、マリューの心臓のど真ん中を撃ち抜いた。
声にならない愛しさが、がん、と溢れてくる。
「・・・・・・ムウ・・・・・。」
泣きそうな顔で、ただ、名前を呟く彼女の手から、指輪を取り上げ、彼女の白くて細い指に押し込む。
「あ、よかった〜。サイズ合わなきゃカッコ悪いもんな。」
それはぴったりとマリューの左手の薬指に収まった。
「・・・・・ムウ。」
じわっと溢れるマリューの涙に、ムウはしゃらっと笑う。
「一緒に歩いてくれる?」
これから先、ずっと。
それに、マリューが涙をこぼして笑う。
「手を、放さないでくれるのなら。」
「縛っとくか。」
「バカ!」
本当に、マリューは嬉しくて。
でも、それをどうやってムウに伝えていいのかが分からなくて。
彼女はありったけの愛を込めて、ムウの首筋にしがみ付く。
「も〜〜〜〜〜〜、ホントにカッコつけなんだから〜〜〜。」
「マリューの為にだけ、だけどね。」
「愛してるッ!」
「ごめん。知ってた。」
ダンボールと、つけたてのカーテンと、黄色い春の昼下がりの光と、真っ白なシーツの中で。二人は互いを確かめ合う。
抱きしめて、口付けて。
昼間っからいちゃいちゃする二人に、世界は呆れた光を投げかける。
でも、吹き込む柔らかい風に、艶っぽい吐息が混ざるこの時を、邪魔するものはどこにもいない。
地球にも、プラントにも、宇宙にも・・・・・。
戦火は、遠くなりつつある。
(2005)
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