Muw&Murrue

 去年のラブレター
親愛なるムウ・ラ・フラガさま

貴方を想って、もうどのくらい経つのでしょうか。
私が貴方をどれだけ想っているか、貴方は気付いていますか?
どれくらい叫べば、貴方にそれが届くのでしょう。
どれだけ抱きしめれば、私の気持ちが、貴方に伝わるのでしょう。
ねぇ、ムウ。
私は、貴方に何をあげればいい?
どうすれば貴方を幸せにしてあげられる?

・・・・・・私は、幸せです。
貴方に逢えて、幸せです。

貴方が、側に居るだけで。

それ以外、私は何も望みません。
だから。 わたしも、貴方を幸せにしたい。

ねぇ、ムウ。 愛してるわ。
心から、愛してる。

貴方が、幸せでありますように。




「ねぇ、ムウ。」
 お玉を持ったマリュー・ラミアスが、寝室のドアから顔を出したとき、ムウ・ラ・フラガはベッドの上に身体を起こして新聞を読んでいた。
 いつもと変わらぬ、いつもの朝。
「ん〜〜〜?」
 各地のブルー・コスモスのテロによる被害状況拡大・・・・その記事に顔をしかめていたムウが、気の無い返事をする。だから、気付かない。マリューがちょっと俯いて、頬を赤くしていることに。
「あのね・・・・・何か、欲しいものとかある?」
「・・・・・いや・・・・別に・・・・・。」
 奴ら、マスドライバー手にして、そのままプラントに特攻でも仕掛けるつもりか?
「じゃあ・・・・・行きたい所とか。」
「ん・・・・特に・・・・。」
 ユニウス7や先の大戦以来、警備状況だって過酷になってるし、いくら停戦してるかって、不穏な動きなんぞ見せたら、コーディネイターだって黙っちゃいないだろ・・・・。
「・・・・・ねぇ、聞いてる?」
「ああ・・・・・・。」
 新聞から顔を上げもしないから、マリューが悔しそうに唇を噛んだ。
「・・・・浮気でもしようかな。」
「いいんじゃない・・・・。」
 切れた。
「痛っ!?」
 すっこーん、と飛んできたお玉を額に受けて、ムウが思わず新聞を取り落とす。
「何!?」
 ちょっと涙が滲んでいる。
「知りませんッ!」
 頬を膨らませて部屋を出て行くマリューに、さすがに今の態度はまずかったな、とムウは額を押さえた。
 そんな態度が取れてしまうくらい、マリューを身近に感じている・・・・なんていうのは体のいい言い訳だろうか?
「言い訳だよなぁ。」
 ベッドから抜け出し、ムウは最愛の人の機嫌を取るべく、彼女を追いかけた。
「・・・・・あの、マリューさん?」
 台所で、憂さ晴らしをするように永遠とキャベツを千切りにしている彼女に、そっと声を掛ける。
「・・・・・・・・。」
「もしかしなくても、怒ってる?」
「・・・・・・・。」
「ゴメン!俺が悪かったッ!}
「・・・・・・・・・。」
「なぁ・・・・・マリュー様ってば・・・・。」
 ごうを煮やしたムウが、後ろからマリューを抱きしめた。
「ね、機嫌直して。」
 すりすりと頬擦りなんかしてみるが、著しく機嫌を損ねているマリューは乗ってこない。ちゅっとキスなんかしてみるが、嫌がりもしないし、無言だ。
(うわぁ・・・・無視って一番痛ぇ・・・・・。)
 はぁっと溜息を付いて、ムウは最終手段に出た。
 つまり。
「何するのよ!?」
 いきなりマリューの服に手を掛けて脱がしに掛かる。さすがに、これを無視するわけにもいかず、マリューが後ろからまわされたムウの手を、思いっきり叩いた。
「だってマリューさん、無視するから。」
「だ、だからって・・・・・ちょっとっ!」
「まぁまぁ遠慮せずに。」
 腕の中で、Yシャツのボタンを外されたマリューが、くるっと振り返り、ばちこん、とムウの頭を叩いた。
「最ッ低ッ!」
 その彼女に、ちゅっと口付けて笑う。
「力じゃ俺に勝てないよな?」
 このままベッドに連行されたい?
 卑怯だ、とマリューは彼の腕から逃れようとするが、勝てるわけがないのだ。彼女は悔しそうにムウを睨み上げた。
「じゃ、晴れてお互いの利害が一致した、という事で。」
 はぁっとマリューは溜息を付き、一体どうしてこんな男と一緒になりたい、なんて思ってしまったのだろうか、と本気で思う。
 ひょっとしたら、帰ってくること前提で、マリューが逃げられない状況を作るために、ローエングリンの前に立ったのではないかと、疑ってしまう。
「で、さっきから色々訊いてたけど?」
 ちゃっかりテーブルについて、マリューが作った朝ごはんを食べながら、ムウが訊く。彼にコーヒーを注ぎながら、それでもマリューはちょっと顔を赤くして尋ねた。
「うん・・・・あんまり良くないことだと思うんだけど。」
「ん〜?」
「今日、貴方の誕生日でしょ?」
 カレンダーを見て、ムウがああ、と目を見開いた。
「ほんとだ。」
「それで、何か欲しいものとか、あればな〜と思って・・・・・。」
 いわれて、ムウは色々と考えてみるが、軍人で、しかもパイロットという職業上、物欲がほとんどない。世間に興味を持てば持っただけ、前線に立ち辛くなる、と昔先輩に言われたことがあるだけに、ムウはこの辺を徹底させていた。
 本命はつくらない。
 家族はつくらない。
 何も残さない。
 行き当たりばったりで暮らしてきたため、ここにきてマリューから「何が欲しい?」と言われても。
「マリューが欲しい。」
 としか答えられないわけで。
「真面目に答える!」
 眼を怒らせても、ただ可愛いだけで、ムウにはあまり効果がない。
「真面目も真面目、大真面目。だって、俺、マリュー以外欲しいものないもん。」
 そうじゃなくて、と口を尖らせるが、無駄なので彼女は溜息を付いた。
「なら、行きたい所は?」
「マリューといけるとこまで。」
「そうじゃなくてっ!・・・・てゆーかもう・・・・じゃなくてっ!」
 だってホントに無いんだよな、とムウは天井を見上げた。
「軍人だしさぁ・・・・物を買う、とかそういう概念が今ひとつ・・・・・。」
 ふと、マリューに視線を戻した。
「そういうマリューはどうなんだよ。」
「え?」
「欲しいもの。」
 突然訊かれて、マリューは暫く黙り込んだ。
「・・・・・・時間。」
 ムウが爆笑した。
「わ、若い女が言うコトかよ、それ。」
 腹を抱えて笑うから、マリューはだって、と真っ赤になる。
「し、しようがないでしょ!?ゆっくり寝てられもしないし、何かしたくても時間がないし・・・・。」
 くっくっくっと声を殺して笑いながら、ムウは情けない顔をしているマリューに眼を細めた。
「そうだな。俺も時間が欲しいかもな。」
 無理よ、とマリューが訴えるから、そうでもないさ、と立ち上がった。
「何?」
「マリューさ、行きたい喫茶店、あるんだろ?」
「え・・・・・うん。」
「ほいじゃ、そこに行ってみようぜ。」
「でも・・・・・。」
「欲しいものはおいおい、考えるよ。」
 誕生日は始まったばかり、ってね。
 さっさと着替えに行ってしまうから、マリューはしかたないな、と溜息を付いて皿を片付けようとテーブルに眼をやった。
「・・・・・いつのまに。」
 そこには、綺麗に空になった皿が乗っていた。




 十一月二十九日、晴れ。気温十二度。風、特になし。

 十一月の半ばに急激に冷え込み、雪まで舞ったはずなのに、今日は打って変わって暖かく、小春日和の空は、どこまでも澄んで綺麗だった。二人が暮らす家から程遠くない場所にある、その小さな喫茶店で、さっき朝ごはんを食べたばかりだというのに、マリューはケーキなんか注文している。
 でも、彼女が嬉しそうに笑ってたりなんかするから、なんとなくムウも嬉しくて、見詰めているうちに、ふっと彼女と眼が合った。
「ね、美味しいでしょ?ここの紅茶。」
 雑誌で紹介されてたの。
 カップを両手で抱え込み、にこにこ笑う。それが、ムウは可笑しかった。
(まるで子供。)
「・・・・・美味しくない?」
「ん?ああ、美味しいよ。」
「でしょでしょ?」
 このケーキもね、ここの手作りなのよ。
 身を乗り出して説明するまりゅーに、ムウは眼を細めた。
 こういう彼女は、嫌いじゃない。たとえば、これがケーキの説明じゃなくて、MSの運用案についてだったり、新しい兵装についてだったりでも、ムウは可愛いと思う自信がある。
 眼を輝かせて、アークエンジェルの武装カスタマイズについて永遠と話すマリューと、ケーキと紅茶について熱弁するマリューと、一体何が違うというのだ。
 そんな風に、あんまり美味しそうにケーキを食べてるから、ムウは自分が頼んだイチゴのゼリーから、クリームの上のイチゴをぽいっとマリューの皿に置いた。
「あげる。」
「え?」
「好きだろ?」
「うん。」
 ぱくっと食べて、おいしいね、なんて笑う顔が、次の瞬間、さあっと凍り付いた。
「って違ぁぁぁぁぁぁうっっ!」
「マリュー?」
 両手をぐーにして立ち上がり、真っ赤な顔でマリューは彼を睨んだ。
「ここは私が行きたかった場所で、ムウが行きたい場所じゃないでしょ!?」
「え?・・・・・ああ、まぁ。」
「私が喜んでどうするのよっ!貴方の行きたい場所よ、行きたい場所!」
「って言われてもなぁ・・・・・ま、とりあえず座って座って。」
 しぶしぶ腰を下ろし、見詰めるマリューに、ムウはう〜んと頬杖を付いて考える。ふと、窓の外を行く若い女性に目が留まった。
「あ〜ゆ〜のって流行?」
「え?」
 短いコートに、短いスカートにロングブーツ。茶色の髪をなびかせて、颯爽と歩いて行く二十歳過ぎの女性に、マリューは「そうねぇ。」と曖昧な返事をした。
「流行、っていうか、定番、ていうか・・・・。」
「あ〜ゆ〜足のライン、俺、結構好き。」
 太ももの辺り、とかさ。
 それに、マリューが渋い顔で訊ねた。
「ムウって、足フェチ?」
「ん?――――かもな。」
「今何想像したのよ!?」
「え?」
「過去の女性、全部検索したんじゃないの!?」
「鋭いなぁ。」
 とぼけたように、ぱちぱちと拍手なんかしている。それに、ふいっとマリューがそっぽを向いた。
「どーせっ!私は特に足が綺麗、ってわけじゃありませんよっ!」
「そうでもないよ。俺に絡んでくる太ももなんてすっげーいろっぽ」
 砂糖の包みを鼻の頭に喰らってしまった。
「でも、さ。マリューだってああいう格好、似合うと思うぜ。」
 今日のも好きだけど。
 現在、マリューはダークグレーの厚手のスカートと、水色のシャツ、紺のカーディガンといういでたちだ。派手ではなく、落ち着いた感じが、マリューの好みだった。
「イヤよ。すーすーしそう。」
「い〜じゃん、たまにはセクシー路線で。」
「い・や。」
「着てみれば、別の世界が見えるかもよ?」
「・・・・・そういうほうが好きなの?」
 あまりにもしつこいので、探るように訊けば、涼しい顔を返された。
「そういうのを着てる、マリューさんが見たいの、俺は。」




 いつ以来だろう、と試着室で手渡されたワンピースのファスナーをあげながら考える。
 いつ以来だろう。
 誰かと、こうやって洋服なんか買いに来たのは。
(・・・・・・・・。)
「出来た?」
「!!!」
 物思いに沈んでいた意識は、鏡に映る恋人の姿で現実に引き戻される。カーテンから顔だけ出したムウに、振り返ったマリューが怒鳴った。
「な、何してるんですか!?」
「お〜・・・・似合う似合う。」
「そうじゃなくてっ!フツー、出てくるまで待つでしょ!?」
 物凄く焦っているマリューに、ムウは罪の無い笑顔を向けた。
「い〜じゃん、別に。何も知らない仲じゃないんだからさ。」
 それに、着替え終わってるんだから、問題ないし。
 ざあっとカーテンを引きあけ、数歩さがったムウが、嬉しそうに笑った。
「ん。すっげーいい。」
「そ・・・・う?」





黒の、スリットが入ったワンピース。肩と胸が大きく開いていて、マリューとしてはどうしてもその辺りが気になってしまう。
「なんか・・・・・はおりたい。」
 近くのショールを合わせる彼女に、ムウがえ〜っと抗議の声を上げた。
「その肩のラインがいいんじゃない。」
「足じゃないの?」
「足はぐー。」
 わがまま・・・・・・。
 辺りを見渡し、別のものを探すムウは、頬を膨らませるマリューに、肘くらいの丈のショールを手渡した。
「こっちのがいい。」
 手渡されたものも、肩と胸が大きく開くようなデザインで、マリューはじとっと彼を睨んだ。
「いいじゃん。それくらいしないと。」
 試しに着てみて、無理やり襟元を合わせようとする彼女の手を取って、ムウは自分で直してしまう。喉に当たる彼の指に、マリューは思わずどきっとした。
「完成。」
 眼を細める彼の前で、マリューはくるっと一回転した。
「どう?」
「さっすが俺のマリュー。じゃ、今日はそれで。」
「え?」
 さっさとお会計をしてしまうムウに、マリューは慌てて新品のハイヒールで追いすがった。
「だ、ダメです!私が買うから・・・・。」
「い〜からい〜から。君にはいっつも苦労かけてるし。」
「でも・・・・。」
「値段は気にしない。」
 値札を外す店員を恨めしそうに見る彼女に、ムウは、さきほどまでマリューが着ていた服を入れた紙袋を押し付けた。
 そのまま、手を繋いで外に出る。
「寒いか?」
「え?・・・・ううん。」
 さすがに気になって訊けば、居心地悪そうにしているマリューが眼に止まった。その腕を取って引き寄せ、ぎゅうっと力を込める。
「これなら暖かいだろ?」
「ん・・・・・ありがと。」
「ど〜いたしまして。」
 頬を染めて俯き、嬉しそうにムウにしがみ付くマリューだった・・・・・・が。
「って、違う違う違う違ぁぁぁぁぁぁぁうッ!」
 ぐいっとムウの襟を掴んで、顔を寄せる。
「私が買ってもらってどうするのよっ!?今日は貴方の誕生日なのよ!?貴方の欲しい物を、私が、あげるのッ!」
 そして、恐ろしいくらい真剣に彼に詰め寄る。
「一体、何が、欲しいのっ!?」
「何がって・・・・・。」
 ふと、彼女の胸元に視線が行く。襟元から少し、彼女の白い胸の谷間が見えて、思わずそれが欲しい、と言ってしまいそうになる。が、言えば同じパターンで怒られるので、ムウは誤魔化すように空を見上げた。
「・・・・・・とりあえず、昼、食ってからって事で。」
 そう言って、彼女の手をととり、とっとと歩き出した。
「お昼って・・・・・。」
「駅前にさ、オープンカフェ形式のイタリア料理の店、できただろ?」
「え?」
 ぱあっとマリューの顔が明るくなった。
「うんうん、出来た!」
「・・・・・行ってみたいなぁ・・・・なんて。」
「うんうん、行きたいっ!」
 はしゃぐ彼女に、ムウはこっそり笑った。
 彼女が熱心に読んでいたタウン誌。それについていた赤丸を、覚えててよかったな、と。
「それで、行きたい場所、決まりました?」
 和風パスタを、見てるこっちが幸せになりそうな顔で食べていたマリューに勢いよく訊かれ、そんな彼女にみとれていたムウは、え?と素で聞き返した。
「んもうっ!行きたい場所、とか、欲しいもの!」
「ああ、そっか・・・・マリューが行きたい」
「私じゃなくて、あ、な、た!」
 物凄く真剣な顔で見詰められ、困ったな、とムウは頭を掻いた。
「特に、無いんだよなぁ・・・・・。」
 それに、マリューが小さく溜息を付いた。
「・・・・・そんなんで、生きてて楽しい?」
「え?」
 俯いたマリューが皿を突付いている。
「私は・・・・・貴方が生きてて本当に嬉しかった。貴方だって、生きてて良かった、って言ってたじゃない。」
 告げて、顔を上げる。
「今はまだ、本当の平和じゃないわ。いつかまた・・・・混乱した世界が来るかもしれない。そんな・・・・時代だから・・・・。」
 ふと、ムウは俯いて、コーヒーカップに視線を落とした。琥珀色の液体。不透明で、底が見えなかった。
「だから・・・・私はしたいことや、行きたい場所がたくさんあるわ。今、貴方が側に居て、凄く幸せなの。ホントよ?なのに・・・・貴方は・・・・・。」
 ぎゅうっと唇を噛んで、マリューが俯いた。ああ、違う、と彼女は思う。
 違うのだ。言いたい事は、そうじゃない。
 ただ、ムウが喜んで、幸せそうに笑って、わがままになって欲しいとそう、思うだけなのだ。
「だから・・・・私は・・・・・。」
 顔を上げないマリューに、ムウはふっと微笑んだ。
「なら、一緒に遊園地でも行こうか。」
「え?」
 突然告げられた具体案に、マリューが目をまん丸にしてムウを見た。にこっと彼が笑う。
「行こう。」




 おもちゃ箱をひっくり返したようなその場所で、二人は遊び倒した。
 絶叫マシーンに「アークエンジェルの方が恐いわよね。」とマリューが真顔で言い、ムウは、回転木馬に、嫌がるマリューを乗せて喜んだりする。配られた風船を二人で奪い合ってみたり、マスコットキャラと写真を撮って、着ぐるみがマリューの肩を抱いたのに、ムウが怒ったり。
 シューティングゲームで、ムウがハイスコアをたたき出す横で、マリューが開始早々撃ち落されていたりした。彼女はそれに、「本番じゃないから!」とわけの分からない言い訳をし、ムウは、「じゃあ、俺のハイスコアは何?」と呆れたりする。
 そうやって、ふざけたり、いちゃいちゃしたりしながら、しかし、ムウは繋いだ手だけは放さなかった。くるくる表情が変わるマリューが、可愛くて可笑しくて。夕焼けに染まる空を、観覧車で渡りながら、今も身を乗り出して下の世界を見詰める恋人に、彼は幸せそうに溜息を付いた。
「・・・・・何?」
 その視線に気付いたマリューが、不思議そうに首を傾げた。ムウがくすっと笑う。
「いや、俺、高所恐怖症でさ。」
「へぇぇぇぇぇ?それは知らなかったわ。」
「そういう艦長さんも、高所恐怖症でしょ?」
「いいえ。私は宇宙恐怖症。」
 しばし見詰め合って、それから二人で笑い出す。
「んもうっ!バカなんだから!」
 そういうマリューにムウも笑いながら答える。
「君だって相当おかしいよ。」
「うそ。」
「ホント。変な女。」
「褒めてない〜。」
「ばれたか。」
 ぽかっと額を叩かれた。
「変なのは貴方。・・・・結局、なぁんか私ばっかり楽しんでた。」
 貴方の誕生日なのに・・・・。
 恨めしそうなその眼に、ムウはそうでもないさ、とマリューの手を取った。
「うそ。」
「ホントだよ。・・・・・いっぱい貰った。」
 それに、マリューが怪訝な顔をした。
「何もあげてないわよ?」
 その彼女に、口付けてあげる。
「な?」
「・・・・・だから、何?」
「わかんない?」
 ふと、マリューはムウの瞳に吸い寄せられた。自分を見詰める眼が温かい。彼女は、自分の鼓動が跳ね上がるのを感じた。なんでもなかった、繋ぐ手の大きさを、急に意識してしまう。かぁっと頬が熱くなった。
「まだ、分かんない?」
 と、大きな破裂音がして、二人は思わず窓の外を見た。
 冬の太陽は、あっというまに西に落ち、東から押し寄せてきた闇に、いつの間にか空は染まっていた。そこに、キレイな光の花がいくつも咲いていく。
 打ち上げられた、冬の花火。
「綺麗・・・・・・。」
 色取り取りのそれに魅せられたマリューを、そっとムウが引き寄せて口付けた。
「なぁ。」
「ん?」
「最後に、もう一個だけわがまま、きいてくれる?」
 それに、一体いつ、ムウがわがまま言ったのだろう?とマリューは思いながらも、一つ、頷いた。



「・・・・・・よく、取れたわね・・・・。」
「まぁね。」
 帰ろうとするマリューを連れて、ムウは夜景が綺麗なことで有名なホテルの一室に彼女を通していた。部屋で食事をして、マリューはそっと立ち上がると、広い窓から人工の光の海を眺める。どこまでも続くその明るい光の一つ一つに、それぞれの生活や、物語があるのだ、と、ぼんやりマリューは思った。
 この海に、自分たちの家の明かりも、混ざっていたりするのだ。
 ムウがそっと後ろから彼女を包み込む。首筋にキスされて、マリューはまわされた腕に触れた。
「わがままって、これ?」
 半眼で訊けば、だって誕生日だしぃ、とふやけた笑みを向けられてしまった。
「ダメ?」
「・・・・・・・・・。」
 拒めない事を知ってて、そう言うのだ。
 マリューは振り返ると、そのあったかい背中に手を回して、ほうっと溜息を付く。そのまま身体から力を抜いて、彼女は恋人に身を預けた。






「あ、欲しいもの見っけ。」
「何?」
 ムウにもたれていたマリューが動く。彼女の頭が首に当たってくすぐったい。手を伸ばしてまるごと抱きしめると、腕の中から彼女がムウを見上げた。そんな恋人に、にっこりわらって告げる。
「手紙。」
「手紙?」
「そ。マリューから俺へのラブレター。」
「・・・・そんなのが欲しいの?」
 うんうん、とムウが嬉しそうに頷くから、マリューはそれ以上何も訊けなかった。
 まぁ、手紙くらいなら直ぐにでも書けるし。
「俺の誕生日が終わるまで、まだあるからさ。」
「今書くの?」
「そ。」
「はぁ・・・・・。」
 不思議そうな顔で、彼女はベッドから滑るように抜け出すと、落ちていたバスローブを羽織って、奥のテーブルに付いた。
「手帳しかないわよ?」
「それでいいよ。」
 もっとちゃんと、レターセットでも買って書くのに・・・・と呟きつつ、マリューはムウへの恋文を書き始めた。
 その姿に、ムウは眼を細めた。
(やっぱ・・・・わかってないよな。)
 そう思って、ふっと笑う。
 ムウの望みはマリューだ。彼女がこの世に居るだけで、彼はどこまでも幸せになれる。その彼女が、今日一日、ムウのためになにかしようと必死だったのだ。
 愛している人に、愛されている。
 それを、ムウは一日中ずっと感じていた。
 彼女が笑うたびに。
 彼女が怒るたびに。
 彼女が困るたびに。
 そんな彼女との時間を、ムウは今日一日、独占していたのだ。それは、愛し合う行為に似ていたのかもしれない。
 自分のすることに、一喜一憂するマリュー。
(それが、最大の贈り物だよ。)
 今だって、ほら、マリューは自分の為に、一生懸命机に向かっている。
 他の誰でも無い、自分の為に。
「出来たわよ?」
 四つ折にした紙を持って、照れたように俯いた彼女が、ムウにそれを差し出した。
「・・・・・こういう時は、なんていうの?」
 促され、学生時代以来かも、と思いながらも、マリューは応えてあげる。
「先輩!これ、読んでくださいっ!」
 笑いながら、ムウはそれを受け取った。
「ん。ありがと。」
「・・・・・読まないの?」
 そわそわしながら訊ねるマリューに、彼はキスをして、
「それは来年。」
 イタズラっぽく、答えた。
「・・・・・・それで、お返事は?先輩。」
 去年の今日に貰ったラブレターを、丁寧にたたみながら、顔をあげたムウが、マリューにちゅっとする。
「俺も同じだよ。君が側にいてくれるだけで、俺は幸せになれる。それに、やっぱり俺が一番に望むのは君の幸せだ。」
 そうして、マリューの華奢な手をそっと握り締めた。
「愛してる。」
 嬉しくて、マリューはムウの首に抱きついた。
「側に居てね。」
「ずっと?」
「ええ。」
「・・・・・困ったな。」
「何が?」
「それじゃあ、浮気も出来ない。」
 それに、マリューが笑んだ。
「させないくらい、虜にしてあげるんだから。」







(2005/01/07)

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