Muw&Murrue
- 約束の十月
- 風が冷たさを増し、見上げる空が高くなる。街路樹が色づき始め、窓から近所を眺めていたマリュー・ラミアスは、秋が来たな、と溜息を付いた。
枯れ葉が舞い踊る中、はめたばかりの手袋で、彼と手を繋いだあの日。ぬるい金色の光に、なのにどこか冷たい風を受けて歩いた公園。笑いあって、ふざけあって。
風に揺れていた秋桜が、妙に美しくて。それを見るたびに、マリューはあの人と、あの日を思い出さずにはいられなかった。
十月十二日は、ずっとずっと彼女にとって、そんな日である。
「あげる。」
深紅の紅葉が降りそそぐ、その公園で、隣に座る人がマリューにぽいっと小さな包みを渡した。
「なぁに?これ?」
「誕生日、だろ?今日。」
その人は、照れたように秋の空を見上げている。
「覚えててくれたの?」
「あれだけしつこくいわれたら、バカでも覚えると思うけど・・・・・。」
んもう!
ぽかっと彼の頭を叩き、マリューはその小さな包みを開けた。
「あ・・・・・。」
中身は、キレイな銀色の土台に、真っ赤な薔薇のレリーフが刻み込まれたロケットだった。銀の細い鎖が、秋の真っ青な空を映している。
「ほら、ステーションの横にある雑貨店で、これ、興味深そうに見てただろ?」
「ばれてた?」
「思いっきり。」
言って、その人は笑う。
「意外だよね、マリューが結構乙女な趣味、持ってるなんてさ。」
そう言われて、マリューはバツの悪そうな顔をした。
「これ、やっぱり乙女趣味だった?」
「うん。だって、それ、好きな男の写真とかいれとくんだろ?」
「ええ。」
「乙女だよ。片思い〜とか、いつも一緒に居たいの〜、とか。」
お姉さん系のマリューには似合わない気がするな、俺。
その失礼極まりないセリフに、ぷうっとマリューが頬を膨らませた。
「私だって、少女の心くらいあるわよ。」
言って、そのロケットを光にかざす。
「貴方と・・・・ずっと一緒に居たい、って思っちゃダメなの?」
素直に出たセリフに、その人が真っ赤になった。
「よ、よせよ!そんな事言うのっ!」
「え〜〜〜〜?なんでよぉ?」
焦って視線を逸らす彼の瞳を、意地悪く覗き込んで笑う。からかうと、面白い。そんな少年のような態度が、マリューは可愛くて大好きだった。
「私、貴方が大好きなんだから?」
「〜〜〜〜だ、だから、それは十分知ってるから・・・・。」
「ほんとぉ?」
「ホントだ!だ、だからそれ以上くっつくなよッ!」
腕を絡め、その所為で、コートの上からでもよく分かる、彼女の柔らかい胸の膨らみにドキドキしながら、その人はマリューとの距離をとりにかかる。
「私のこと、愛してる?」
「もちろん。」
「眼を見ていってよぉ。」
「〜〜〜〜〜〜。」
甘えるように、彼に寄りかかって言えば、真っ赤になったまま、しぶしぶと、でも優しく優しくマリューにキスをした。
「愛してる。」
熱に潤んだような、彼の、その金茶色の瞳が、マリューはたまらなく好きだった。
自分の故郷にあった、金茶色に輝く麦畑に、良く似ていたから。
「これに、貴方の写真を入れておくわ。」
ぽすん、とその人の胸にもたれて、マリューは幸せそうにため息を付いた。
そうして、ずっとずっと持ち歩くの。
「そうすれば、いつも一緒に居るみたいでしょ?」
少女のように瞳を輝かせるマリューに、彼はほっと胸が暖かくなる。
「良かった。」
「ん?」
「ずっと・・・・・気になってたんだ。これ、本当にマリューの欲しいものなのかなぁ〜ってさ。随分長く一緒に居るのに、ちょっとしたことにも気付けないなんて、彼氏失格だろ?」
雑貨店で、ひっくり返し、丹念に丹念に、銀色のロケットを眺めていたマリューが、欲しいのにお小遣いでは買えなくて、諦めようとしている女の子に、彼の眼には映った。後からそれを買いにいって、そんなに値の張るものじゃないと分かって、更に困惑した。
これが欲しかったのではないのだろうか、と。
「何で、ためらったの?」
訊かれて、マリューは間の悪そうな顔をした。
「だって・・・・・貴方に、少女趣味だな、って思われたくなかったから・・・・。」
「・・・・・・。」
少しの沈黙の後、二人は声を上げて笑った。
まったく、バカみたいだ。
笑いながら、彼はマリューの手を握って、嬉しそうに微笑む。
「また、分かった。マリューの意外な一面。」
「もう!またばれちゃった。」
ふふっとくすぐったそうに笑うマリューの手から、そのロケットをとり、彼女の首に付けてあげる。
「後ろに、名前、彫ってやるよ。マリュー・ラミアスって。」
そんなとんちんかんなセリフに、マリューはほんと、この人って抜けてるのよね、と笑む。
「ち、が、う。ここは貴方の名前を入れるの。」
ああ、そうか、と照れたように笑うから、愛しさが込み上げて、マリューは彼にちゅっと軽くキスをした。
「私の名前が入ったのは、貴方が持つの。」
「同じの?」
「ええ、そう。」
涼しい顔でいうから、その人はまいったな、と眉を寄せた。
「こんな女物、首からさげてたら、また先輩にからかわれるよ。」
それに、今度こそ、マリューが爆笑した。
「イヤなら断ってよ!ていうか、他の人なら断るわよ、普通!」
あはははは、と可笑しそうに笑うから、彼は真っ赤になって反論する。
「だってマリューが悲しむかと・・・・・ああ、もうっ!」
拗ねたようにそっぽを向くから。マリューはうふふ、と声を漏らし、愛しそうに彼を見詰める。
少年のように無垢で。真っ直ぐで。本当に大好きだ。
この人と、私は一緒に居たい。いつまでも、いつまでも。こんな危なっかしい人、放ってなどおけるもんか。
「ねぇ。」
「何?」
明後日の方向を向いたままの彼に、マリューは寄りかかった。ちょっと、彼は視線を彼女に戻す。
「一緒に居よう。」
「うん。」
「ずっとよ?」
「うん。」
「約束ね?」
「約束。」
二人は、まるで小さな子供のように小指を絡め、約束する。落ち葉が、その二人の約束を見守っていた。
「・・・・・・・もう、こんな時間か・・・・・。」
空は暮れ、マリューは茜色に染まる町に出た。夕飯の材料がなにも冷蔵庫に残っていない事を思い出したのだ。
あの日を最後に、十月十二日は憂鬱な日になった。
出来れば、外に出たくない。
出来れば、一人で居たくない。
出来れば・・・・・。
「ここを歩きたくなかったな・・・・。」
近くのショッピングモールに行くのに通る、あの公園と似たつくりを持つ通りに、マリューは溜息を付いた。
歩く度に、彼の影が心に重なり、寂しく空を切る手が、ひとりぼっちを強調する。目を上げれば、彼の金茶色の瞳が見えるようで、マリューは立ち止まると、冷たい空気の中に一人、立ちすくんだ。
迷子の心。
たった一人のあの人を探して、彷徨う心。
子供の、ような人だった。だから、あんなにも無邪気に、「行ってくるね。」なんて言って、出撃したのだ。思わず、忘れ物無い?なんて聞き返しそうになるくらい、普通に。
それが、最後。
約束は儚く破れ。マリューただ一人が、悲しみのどん底に残された。降ってくる落ち葉も。金色の光も。澄み切った、高い空も。全部が疎ましくて。首から下がるロケットを握り締め、中の彼の微笑みに救いを求め。逝きたくなる衝動を堪え続けた日々。
それを、イヤでも思い出す。
マリューは急に競りあがった涙と、切なさに具合の悪くなった心を抱え、ふらふらと近くのベンチに腰を下ろした。そのまま、人目も気にせず膝を抱えてうずくまった。膝に埋めた顔が熱くなり、涙がぼろぼろとこぼれる。
ねぇ、どうして?どうして貴方は逝ってしまったの?どうしてよ・・・・・。
ひそひそと何かを語る声や、甲高く笑う子供の声が、マリューの耳から遠のき、絶望と孤独だけが、津波のように彼女を押し包んでいく。
そうやって、時が過ぎるはずだった。
「マリュー?」
ぽん、と肩を叩かれて、びくり、と彼女が顔を上げた。
飛び込んでくる、空の色。
「具合でも悪いのか?」
あ・・・・・・・・・・。
「―――――ムウ?」
そこには、本当に心配そうな顔をしたムウ・ラ・フラガがマリューを覗き込んでいた。
「どっか痛いのか?」
頬に残る涙の跡を、ムウは指先で拭ってやる。それに、彼女はふるふると首を振った。
「大丈夫か?」
「ええ。」
無理に立ち上がろうとする彼女の肩を抑え、ムウは隣に座ると、ぐいっと彼女の身体を引き寄せた。顔を近づけて、ちゅうっとキスする。
「む・・・・・・。」
腕の下から、間近に彼を見て、かあっとマリューの頬が熱くなった。
「簡易ついたて。」
にっこりと微笑む。確かに、彼の頭と腕が、マリューの酷い泣き顔を覆い隠している。そうして、顔を上げて、両腕で、ムウはマリューをしっかりと胸元に抱きしめた。
「ムウ・・・・・。」
「これで、誰にも気兼ねせずに泣けるだろ?」
存分に泣いてください?
一切理由を訊かず、ただ貸された彼の腕と、胸。それに、マリューは切なく泣きたい気分から解放された。
彼の背に腕を回して、自分から抱きしめる。
「・・・・・どうしたの?こんな所まで。」
暖かい・・・・そう思いながら、マリューは彼に全身を預けて訊いた。
「ん?何か・・・・急にマリューの顔が見たくなってさ。」
声が、少し上ずっている。何か隠してるな、とマリューは顔を上げてムウを見た。
「嘘。」
「あ、ばれた?」
仕方ない、とムウは自分のコートのポケットから小さな包みを取り出した。
どっくん、とマリューの胸が不安に揺らぐ。
ぽん、と彼女の手にそれを押し付け、ムウがにっこりと笑った。
「誕生日だろ?今日。」
ああ・・・・・どうして・・・・・。
同じ思い出を作りたくなくて、マリューは自分の誕生日をムウに告げていなかった。別に、なにか欲しいとも思わなかったし。
「何で・・・・・。」
「俺の情報網をなめてもらっちゃ困るな。」
開けてみて?
食わせ者の年上の男は、そう言って恋人に促す。あの頃に引き戻されそうになる意識を、なんとかセーブして、マリューは包装紙を解いた。
そこには。
「・・・・・・・・・。」
銀の鈴が付いたカードキーが・・・・・・。
「これ、俺の部屋の合鍵ね。こっちのメモは暗証番号。」
これ通して、番号押してくれれば、いつでも夜這いにこれるから。
にこにこにこにこ。
快晴な笑顔で言われて、マリューは暫く黙り込んだ後、思わず噴き出した。
「な・・・・なんなのよ、これはっ!」
笑いながら言えば、ムウがその笑みのまま、ぎゅうっとマリューを抱きしめた。
「いやぁ本当はさ、二人の新居の鍵、とか考えたんだけど、流石にマリューに何の相談もなしに家借りたら怒られると思ってさ。それか、婚姻届け、とかもいいなぁ、なんて思ったけど、破られたりしたら、俺、ショックで立ち直れないかもとか考えて・・・・・マリュー?」
ふと、恋人を見れば、最愛のその人が、ぽろぽろと涙を零しているから。ムウは慌てて彼女に弁解する。
「いや・・・・俺だって、指輪、とかネックレス、とか洋服とか考えたんだぞ?でも、そういうのって好みがあるだろ?花束じゃ芸がないし、食べ物じゃ残らないし、ビデオレターじゃあまりにも」
言い募る彼の唇を、マリューは自分の唇でそっと塞いだ。
びっくりしたようにムウが眼を丸くするが、次の間には、その口付けに応えてあげる。
ひとしきり、柔らかく、甘いキスを堪能した後、ムウがマリューに笑った。
「いらない?部屋の鍵。」
それに、マリューが微笑む。
「すっごく、欲しい。」
頬を染めて笑うから、ムウはあんまり彼女が愛しくて、強く強く抱きしめた。
「ねぇ。」
「ん?」
マリューは心の中で、ロケットのあの人に謝りながら訊く。
「一緒に居よう。」
これに、彼はなんて答えるのかしら?
「バカ。」
「え?」
顔を上げれば、ムウがマリューの頬に手を当てた。
「ずっと、永遠に、周りがあきれ返って、あの二人はアホだ、と言われ、そんな毎日が二人の歳を足して二百になるまで一緒に居よう、だろ?」
弾けたように、マリューが笑った。
「具体的過ぎよ!」
「イヤ?」
まさか。
「・・・・・・訂正。ずっと、永遠に、周りがあきれ返って、あの二人はアホだ、というくらいで、そんな毎日が二人の歳を足して二百になるまで、一緒にいよう?」
ようやく、納得したようにムウが、神妙な顔で頷いた。
「もちろん。」
こうして、二人は手を繋いでアーケードを目指す。冷たい風が、最後の残照を煌かせる空に、枯葉を舞い上げる。
「で、晩御飯、ご馳走してくれるの?
未来の奥さんに、ムウが訊く。
未来の旦那さまに、マリューが微笑んだ。
「何が食べたい?あ、な、た?」
そのセリフに、ムウが物凄く喜んだ事は、言うまでもないだろう。
思い出は変わらない。でも、繋いだ手の温もりを信じて、マリューは先に進む。
忘れたわけじゃない。ただ、もう一人では泣かないと決意して。
二人を包む夕日は優しく、寄り添う二人をいつまでも照らし続けていた。
RIPの意味が間違ってる(笑)大捏造SSですv 若気の至りってやつで・・・・・スルーしておいてください><
(2005/01/07)
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