Muw&Murrue

 皐月の記念日
(リュウタだ。)
 ムウ・ラ・フラガは、仕事場でもあるモルゲンレーテ近辺を自宅に向かって歩いていた。その途中にある結構大きめの花屋の前で少年の小さな肩を見かけた。
 少年は、何度も何度も店の前を行ったり来たりして、ちらちらとショーウィンドーの中を覗いては溜息を繰り返している。
(なにやってんだ?)
 今日は日曜日。ムウ自身はそんな事とは無縁の仕事をしているために、特に気にはしていないが、リュウタが日曜日の夕方に、友達とも一緒でなく花屋の前に居るのは珍しかった。
 彼は暫く面白そうに少年を眺めていたが、リュウタの思いつめたような、照れたような顔を見ているうちに気が変わり、つと背後に歩み寄ると、がばっと後ろから抱きついた。
「うぅうわぁあぁあぁああっ!?」
 奇妙な声を上げて振り返る。
「あ、少佐!」

 この少年はムウの事を未だに地球軍の呼称で呼ぶ。
 多分、母親の影響だろう。

「よ〜、リュウタ。なにやってんだ、こんな所で。」
 にやっと笑って顔を覗き込むと、リュウタはぐっと口をへの字にした。
「な、なんでもない。」
「ふっふっふ・・・・この俺様を甘く見るなよ〜?お前、花、買いたいんだろ。」
 図星を指されて、少年の頬が真っ赤になった。
「ち、ちが・・・・。」
「なんだ?女の子にあげるのか?なら、これなんか良いんじゃないか?」
「ち、違うっていてるだろ?!」
 立ち上がり、側にあった薄い桜色のガーベラを手にしたムウに、リュウタは噛み付いた。
「違うのか?」
 振り返る良い歳した大人の男は、もっている花をふらふらと揺らす。

 金髪で背が高く、容姿端麗。ラフな格好をしているムウが、一輪花を持っている。

 その様子に、通りすがりの女性がちらちらと振り返り、リュウタはいたたまれない気持ちになった。
 が、当の本人はそんな女性の視線をものともせずにリュウタに笑いかけた。
「じゃあ、誰にやるんだよ?」
 まさかサッカーボールに興味がありそうな少年が、自分の為に花束を買うとは思えない。
「・・・・・・・・・。」
 リュウタが無言で俯き、暫くしてからぼそっと何かを呟いた。
「ん?」
「お母さんに・・・・・・。」

 へぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ。

 目を丸くして自分を見詰めるムウに、リュウタは真っ赤になって目を怒らせた。
「な、なんだよ!いいだろ!?」
 詰め寄られても、少年の頭はムウのお腹の辺りにしか達しない。
 その髪の毛をくしゃくしゃにして、ムウは笑った。
「そっか、母さんにか。」

 シモンズ主任、誕生日とかだっけか?

 そんな事を脳の隅っこで考えながら、ムウは「なら、もっと気合入れて花選ばないと。」とまるで自分が買うかのようにショーウィンドーを眺めた。
 そのムウに、リュウタは「違う違う!」と慌てて手を振った。
「買う花は決まってるんだ。」
「ん?」
 ガラスに、リュウタが指をくっつけた。

 その先には、赤い花びらの縁が少し縮れたすらっとした花が・・・・。

「カーネーション?」
 こっくりとリュウタが頷いた。
「これ?」
「うん。」

 ふうん・・・・・。

 もっと綺麗で、もっとふわっとしててボリュームがある花も沢山あるのに、これを選ぶとは・・・・・。

 ムウは変なところで感心した。ひょっとしたら主任の好きな花なのかもしれない。

「なら、買えばいいだろ?」
「・・・・・・・・・。」

 花もあげる相手も決まっているのだ。
 もう問題はないだろう。
 そこで、少年が二の足を踏んでいる理由に彼は気付いた。

 ああ、なるほど。

「スイマセン〜。」
 俯くリュウタを横目に、ムウはお店のドアを開けると、中に居る店員に笑いかけた。
 白いエプロンをした女性店員が、突然の容姿端麗な青年の登場に目を見張る。
「はい。」
 水の付いた手をエプロンで拭って出てくる。感じの良い笑顔を浮かべる彼女に、ムウはニッコリわらった。
「ここにあるカーネーション、全部もらえる?」
「・・・・・・・・・え?」
 次の瞬間、その店員の目が点になった。





「あの・・・・・・・。」
 本数で言うと多分50はあるだろう。
 カーネーションの巨大な花束を抱えたムウは、やっぱり思いっきり注目の的であった。だが、やっぱりというかなんというか当の本人はまるで気にしていない。
 ピンクやら白やら様々な色のカーネーションの花束を担いで、ムウがにやっとリュウタに笑った。
「あ〜のさ。」
「はい・・・・。」
「これ、ちょっと多いから、半分くらい買わない?」
「え?」
 しゃがんでムウはリュウタに目を合わせた。
「こんなに持って帰ったらさ、多分マリューに殺されると思うんだよね。」
 俺って安月給だし。
「なら買わなきゃいいだろ・・・。」
 唇を尖らせるリュウタに、ムウは「そういうなよ。」と笑うと、手を出した。
「?」
「いくらなら出せる?」
「・・・・・・・・・。」
 リュウタは持っていたお財布から数枚の硬貨をムウの手のひらに乗せた。

 カーネーション、大体二本分くらいだ。

(花の値段なんて、男はわかんねぇもんなぁ。)
 もうちょっとたくさん買えるかと思っていた少年の、花を前にした時の気持ちを考えながらムウは、くすぐったい気持ちになった。
 欲しい物を、買えない気持ち。

 くすっと笑うと、彼は持っていた花束を強引に二つにした。
「はい。」
「え?!」
 紙に包まれた半分を差し出され、彼の目が点になった。
「なんだよ。」
 ばらばらの花をそのまんま手に持ち、肩に担ぐムウがしれっとする。
「だ、だって・・・・・。」
 その金額でこの量はありえない、と目を丸くするリュウタに、ムウは目を細めた。
「いったろ?マリューに怒られたくないの、俺。」
「・・・・・・・・・・。」
 サンキューな。
 そう言って硬貨を握って笑うムウに、リュウタは返す言葉が無かった。手を握り締めて俯く。
「俺っ!!」
「ん?」
 小さな肩を震わせて、少年が顔を上げた。
「俺!!絶対大きくなったら技術者になるから!!」
「うん。」
「そして・・・・この借り返すだけの機体・・・・作ってやる!!!」

 なるほど。
 小さくても男だねぇ。

 その少年に、ムウは手を差し出した。
「なら、男の約束だな。」
 がっちりと、その右手をリュウタは握り締めた。







「・・・・・・・・ムウ。」
「ごめんなさい俺が悪かったスイマセン二度としないから!!!!」
 扉を開けた途端、飛び込んできた色取り取りのカーネーションを前に、マリューが呆れた顔をする。それに、ムウは先手必勝、とばかりに謝り倒すから、もう、怒る気も失せてしまう。
 そのまんまのカーネーションを受け取り、マリューは眉尻を下げて笑った。
「こんな花束、結婚前にだって貰った事ないわよ?」




 キッチンで花瓶に花を生けながら、マリューはソファーに沈んでいる夫が語る内容をふんふんと聞いていた。
「大したカッコ付けね。貴方も。」
 振り返る彼女の眼は、しかし優しい。それにムウはほっと胸を撫で下ろした。
「そういうなよ。」
 持っていた硬貨をテーブルに置く。
「記念に取って置こうかな、これ。」
「それがいいかもね。」
 貴方のカッコつけ記念に。
 笑いながらマリューが大きな花瓶を二つもって出てくる。
 それをテーブルと窓際に置くと、新築の家がぱっと明るくなった。
「それにしても、買い占めちゃうなんて。後の人、困ったでしょうに。」
「なんで?」
「なんでって・・・・・今日は母の日よ。」
「?」
 え・・・・・・・?
 素できょとんとするムウに、マリューは今度こそ驚いた。
「母の日・・・・・・でしょ?」
 カレンダーを確認する。五月の第二日曜日。
 うん。間違いない。
「なに、それ。」
「・・・・・・・・・・・・。」



 次の瞬間、マリューは思いっきり笑い出した。



「貴方、母の日知らないの?」
 腹を抱えて奥さんに笑われて、ムウは口を尖らせる。
「知ってなきゃならないような事なんですか?艦長!?」
「きゃあっ!?」
 がばっと抱きつかれて押し倒される。
「ちょ、ちょっとちょっとムウ!?」
 拗ねたように見られて、マリューは「もう!」と頬を緩めた。
「母の日、っていうのはね、お母さんに感謝の気持ちを表す日、なの。」
 何故かシンボルがカーネーションなのよね。

 ああ、だからか、とムウは納得した。
 だからリュウタは、カーネーションじゃなきゃ駄目だと言ったのだ。

「エリカさん、あんな花束貰ったら、嬉しくて気絶しちゃうんじゃないかしら。」
 腕の下でくすくす笑うマリューに、ムウはふっと目を細めた。
「俺、自分の奥さんにあげちゃったな。」
「あら。じゃあ、私が貴方のお母さん?」
 手を伸ばして、マリューはムウの頬に触れた。
「ムウ?イタヅラは止めてどいてくれるかしら?今晩御飯の準備中なのよ?」
「え〜〜〜〜、もっとおかあさんに甘えたいよ〜〜〜〜〜。」
 顔を首筋に埋めるムウの後頭部を、マリューがはたく。
「子供が母親になにするんですか!!」
「・・・・・・そゆこと言う?」
 ムウを押しのけてマリューはふふんと笑った。
「言います。」
 さっさとキッチンに戻っていくマリューに、ムウがソファーから身を乗り出して訊く。
「母の日があるってことは、父の日もあるんだよな?」
「え?ええ。」
 振り返るマリューは嫌な予感がした。
「俺、マリューに花束あげたよな?」
「・・・・・・・・そうね。」
「じゃあさ、父の日にさ、ぜひ俺に」
「そういうことは感謝されるような事をしてから言ってくださいね?」
 冷徹に返された。
「あんだよ、それ〜。」
「当然でしょ。」
 大体、父の日、であって夫の日、ではないんですから。
 お鍋を火に掛けて料理を再開するマリューにムウはそっと近づいた。
「なら、その続き、俺がやるよ。」
「え?」
 ちょっと?
 そのままマリューの肩を掴んでリビングに引きずると、ぽすん、とソファーに座らせた。
「もう!」
 大体、ほとんど料理は完成しているような物なのだ。
 でもキッチンに立つ夫を振り返り、マリューは嬉しくて、こっそり笑う。

 カーネーションの花束と、キッチンに立つ男。

 これだけなら、本当に自分が母親になったような気になる。
 仕方ないなぁ、とマリューはムウにたずねた。


「それで、ムウは父の日に何がほしいの?」
 鍋と格闘していたムウが振り返り、自分の奥さんの視線を真っ直ぐに受け止めた。

「もちろん、マリューさんからの愛。」






 件の父の日・・・・・。ムウさんは一体マリューさんから何を貰ったのか。

 それは二人だけの秘密である。



(2005/04/26)

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