Muw&Murrue
- 砂糖菓子ナイト
- 端末から飛び込んできたのは、モルゲンレーテからの報告。アークエンジェルの整備のことで、二、三艦長に確認を取りたいのだが、というもの。
それを取った、アークエンジェル勤務のハウ三尉はにっこりと笑みを返した。
「現在、マリュー・ラミアス一佐は休暇中です。」
新婚――――それは、今までは別々に生活をしていた恋人同士が、ある日を境に一緒になり、ともに生活を始めた初期の段階の事を指す。
その前に一緒に暮らしていたのだとしても、『結婚式』というイベントを終えた後の二人にしてみれば、その後の生活は、前の生活とやっぱり違って見えるものである。
ふわりふわりと風に揺れる真っ白なカーテンを、トレイに朝食を乗せてリビングに運んでいたマリューはふと見詰めると、「ああ、なんだか日の光まで違って見えるわね。」としみじみと思った。
なんというか・・・・・世界中が明るくて優しく見える。
吹き込んでくる風に、運ばれてくる庭先の花の香り。その香りすら勿体無くて、彼女は大きく息を吸い込むと目を閉じた。
微かに遠い海の音が聞こえ、庭先の木々のこずえの小鳥が囀るのが聞こえる。風が木々のざわめきを運び、どこまでも青い空が、瞼の裏に浮かぶようだった。
柔らかな、南国の朝。
ああ、幸せだなぁ・・・・・・。
一時をそうやってのんびり過ごして、マリューは目を開けるとうきうきとテーブルに皿を並べ始めた。
クロワッサンとバターロール。苺ジャムにソーセージとベーコン。ふわふわ卵のチーズオムレツにトマトとレタスのシンプルなサラダ。それからリンゴヨーグルトとコーンスープ。
暖かいコーヒーポッドを持ってきてテーブルにおいて、それからマリューは「よし!」と一つ頷いた。
(あったけーなー・・・・・・・。)
不意に覚醒してくる意識。眠りの底から引き上げられて、一番最初に思った事は、それであった。
なんだか、暖かくてふかふかして、目を開けるのが勿体無い気がする。
眠ったままの脳は、まだ、これから何をするべきとか、今日は何の日だとか、そういった物を思い出さない。
時間がゆっくりゆっくり流れていく、夢と現の狭間。
(あ〜・・・・・・このまま寝ちまったら気持ち良いだろうな・・・・・。)
少しだけ、それをやってはいけない、という指令が脳から降りてくるが、このまどろんだ状況での二度寝は、何物にも変えられないくらいの至福である。
(五分・・・・・・)
誘惑にあっさり負けて、ムウ・ラ・フラガは目を開ける事も無く、再び夢の中へと落ちようとした。
その時である。
「ムーウ?」
極上に甘い声と、いい香り。ふわり、と額に触れた手が、そのまま頬を通って首へと降りた。くすぐる感触に、身を捩ってのろのろと片目を開けると、かすんだ視界に褐色の瞳が見える。
「起きてください。」
薄く引かれた桜色のルージュ。その口元が笑むのを見て、ムウは眼を閉じると「後五分。」と布団を頭から被った。
揺れた空気に、微かにバターの香りがして、不意に空腹を覚える。
「駄目よ?起きないと。」
たしなめるような声は、母親めいていて、ムウは妙にくすぐったい気持ちになった。
「ヤダ。」
「起きて。遅刻するわよ?」
「今日休むわ、俺。」
「馬鹿言わないで下さい!」
軽く怒ったような口調で咎められても、逆に可愛く感じてしまう。きっと眉を吊り上げて自分を睨んでいるであろう彼女は、絶対に人には見せられないような可愛らしい怒り方をしてるはずなのだ。
頬を微かに膨らませて、唇をちょっと突き出して。
艦長の時の、凛とした雰囲気ではなく、怒ったようにしたから見上げる瞳。
自分にだけ見せてくれる、愛しい者を叱る姿。
「ムーウ!いい加減に、」
きゃあっ!?
たしなめるような台詞は、突然伸びてきた「夫」の手に遮られた。
「ちょっと!」
布団の中に引きずり込まれて、ぎゅっと抱きしめられる。彼の体温と香りで暖かいそこで、マリューは抜け出そうともがいた。
「こらっ!放しなさい!」
「いいじゃん〜、今日は二人でいちゃいちゃしてようよ〜。」
着ている彼女の薄いカーディガンを剥いて、現れた白い肩と首筋に唇を寄せる。
ちうちうするムウの、自分のお腹の辺りに回された手をマリューは軽くつねった。
「駄目です!朝ごはん冷めちゃいますし、それに!」
痛って、と眉を寄せるムウを、くるっと反転したマリューが睨んだ。
先ほどムウが予想したとおりの、『可愛らしい』怒り方だ。
「身体のどこも悪くないのに、ズル休みは認めません!」
むー、と睨まれて、ムウは笑う。
「痛い場所なら有るぜ?」
「つねったところですか?」
ちょっと赤くなっているムウの腕を、流石に悪かったかな、とさするマリューに、「違う違う」と男は笑った。
耳たぶに唇を寄せる。
「あのな。」
「はい。」
「こう、か〜わいいマリューを見てると。」
「・・・・・・・・・。」
「心臓がきゅーって痛くなるんですけど。」
「・・・・・・・・・。」
「ついでに身体が勝手にマリューを抱きしめたくて仕方なくなるんですケドっ!」
「ちょ・・・・・馬鹿!やめなさい!!!!」
「五分だけ。」
「何がですかあああっ!?」
とっととマリューを組み敷いて、「五分で気持ちよくしてあげる〜vv」なんて笑う男に、マリューはどうしても敵わないのだった。
「気持ち悪いです。」
開口一番にヤマト准将に言われて、いつものネオならあっさりとやり返す所だが、「そうかぁ?」と溶けた笑顔を返してしまう。
「・・・・・・・・・・・・。」
「や〜、俺って幸せすぎてなんかもう、ヤバイ感じだわ。」
ばしばし、と意味無くキラの背中を叩く。叩かれた本人は、うんざりしたように遠くを見た。
「ちゃんと仕事してくださいよ。」
「分かってる分かってる。」
本当に分かってるんだろうか、とキラは大げさに溜息を付いた。それに気付いたネオが、「あれだろ?」と軽い調子で返した。
「戻ってくるお姫さんをちゃんと護衛すればいいんだろ?」
ラクス・クライン議員。
キラの恋人でもある彼女は、現評議会に呼ばれた所為でプラントで生活をしている。対してキラは、オーブ軍の上層部に組み込まれてしまい、本土勤務を余儀なくされていた。月にあるオーブの基地への配置を希望しているのだが、地球が現在非常に不安定なのと、彼の配属先であり、母艦であるアークエンジェルが降下してしまっている所為で、それもなかなか通らない。
ラクスの地球の視察を兼ねたオーブ訪問も、あるにはあり、プラントと地球の行き来を考えると、結構な頻度で行われているが、それでも月に一度、あるかないかだった。
そうなると、始終いちゃいちゃラブラブを自慢してくるこの男に対して、つんけんしたくなるのも仕方ないと言うものである。
だが、ネオにしてみれば、そんな『遠距離恋愛』など、ちゃんちゃらおかしい話である。
なんせ、自分たちは二年も離れ離れになっていたのだから。
まあ、ネオは記憶を違えていたから、寂しさとか、失った悲しみとかそれほどでもなかったとして、問題はマリューだ。
彼女がどれだけ二年の間、寂しくて、悲しい想いをしていたのか・・・・・それを想うと、これでもかーっ、といちゃいちゃしたくなるのは人情だろう。
と、いうかもう、そうさせてしまった自分の義務だ。
「警備の段取りの指揮は僕が取りますから、一佐には補佐をお願いします。」
盆と正月とクリスマスと春がいっぺんに来たような浮かれ具合のネオに、キラは淡々と告げる。
隣を歩きながら、会議室へ向かうネオは、へいへい、と適当な返事を返した。
「ムウさん、聞いてます!?」
ドアの一歩手前で睨み上げる弟のようなキラに、ネオはぽんぽんと肩を叩いた。
「だいじょーぶだいじょーぶ。俺がなんとかお姫さま連れ出して、こっそりあわせてやるからさ。」
「そういうことで、ロアノーク一佐を補佐に選んだわけじゃありません!」
そう悲鳴のように叫ぶキラの言葉には、説得力の欠片も無いのだった。
部屋の掃除を終えて、大して量も無い洗濯物を干す頃には、お昼になっていた。テレビを付けると、十四時に到着するラクスの話題で盛り上がっていた。
政治的な存在、というよりは、「市民の代表」「象徴」としての色合いの濃い彼女だが、実際よくやってるわ、とムウとおそろいのお弁当箱を取り出してマリューは思う。
白熱する議会の歯止めとして、自分があるのだと、そう彼女が理解している所為もある。
実際、上手い具合に議長や他の議員をまとめているらしい。
若いのに、とマリューは苦笑するとお弁当に入っていたおにぎりをパクリとした。
今日のお弁当は、俵型のおにぎり三つと、ハンバーグにマカロニサラダ、ナゲットとデザートのパイナップルである。
自分のは小さなお弁当箱にきっちり収まっているが、ムウのはおにぎりとおかずとデザートが分かれて、別の容器に入っている。
(今頃ムウも、警備やらなにやらで忙しいんだろうなぁ・・・・・。)
本当なら、マリューもラクスを出迎えるはずなのだが、現在マリューは『新婚休暇中』であった。
新婚休暇・・・・・そう名付けたのはミリアリアである。
ムウもマリューもともに軍籍に身をおいていて、当分は働くつもりでいた。だが、それだと、折角の『新婚』というシチュエーションを楽しむことが出来ないじゃないですか、とミリアリアが切り出したのだ。
「新婚といえば、朝はおはようのキスから始まり、夫を見送るキス、帰ってきてからもちゅー!旦那さんが居ない間、奥さんは、夫の帰りを待って料理の腕をふるい挙句の果てには、『お風呂になさいます?それともご飯?それともわ た しvv』とかって犬も食わないラブ馬鹿ぶりを発揮するんじゃありませんか!?」
その説得力があるんだかないんだかな、マリューとしては赤面もののミリアリアの主張を、しかし夫が却下するはずも無く、むしろ大喜び(?)でマリューに休暇をとらせたのだ。
そんな新婚休暇。
最初は恥かしかったが、今ではなんだか嬉しくて楽しんでいる自分が居て、お弁当を見下ろしマリューは小さく笑った。
これだって、ムウが同じものを食べてるのだと思うと、たまらなく幸せになる。
(今日のハンバーグ、美味しく出来たし。おにぎりもしゃけと梅干と。)
最後の一個は豪華にイクラだ。
喜んでくれてるかしら?
美味しく食べてくれてるかしら?
残してきたらただじゃ置かないんだから。
流れていくテレビを観ながら、そんな事を考えていると電話が鳴った。
「あ、マリュー?今大丈夫か?」
電話に出た最愛の奥さんに、ムウはお弁当をつつきながら心底嬉しそうな顔をする。場所は軍の建物の中庭。日の当たるベンチである。携帯片手にお弁当を頬張るムウを、通りすがる士官達がおかしそうに眺めていく。
「ねえねえ、今日のおにぎり、気付いた?」
電話の向こうで、楽しそうに笑っているマリューが見える気がして、ムウは目を細めて笑った。
「わかったわかった。ノリが顔の形になってた。」
「可愛かったでしょ。」
ああ、可愛いのは君だよ、マリューっ!!!
叫びたいのを堪えて、ムウは得意げなマリューに「可愛いよ。」と告げる。
「?」
「いや、可愛いおにぎりでした。」
三十越えた男の会話じゃないよなぁ、なんて思うがそんなものよりも、彼女と話をするのが楽しくて仕方ない。
だから、こうやって昼休みのたびに電話を掛けているのだ。
(これも、奥さんが家に居るから出来ることだよなぁ・・・・・。)
一緒に仕事をして、一緒にお昼を取るのもいい。けれど、こうやって自分の帰る家に大事な人が居て、その人を自分が守ってるんだなぁと思うのも、なかなか良いものだった。
取り留めの無い話をしているうちに、そろそろ時間が迫ってくる。
「くれぐれも、無茶しないで下さいね?」
ラクスが来る事を知っているマリューが、ムウが何かしでかすのではないかと釘を刺す。それに、ムウは笑うと「さあって?どうかな?」なんてはぐらかすように答えた。
「あんまりキラくんの胃に穴が開くようなこと、しないで下さいね?」
「ひでー!俺のが頼りないみたいだろうが。」
「上官ですわよ、キラくんは。」
「は〜いはい。」
適当に答えて、それから「マリュー?」と促す。
「うん?」
「愛してるよ。」
白昼堂々愛の告白。
「・・・・・・・・・・私もっ!愛してます。」
幸せ絶頂で笑うムウを遠くに見つけたノイマンは、「だがその幸せも今だけである事を、ネオ・ロアノークは知らないのであった。」と悔し紛れに、心の中で勝手にナレーションするのだった。
(あ〜あ・・・・・・ミリアリアにでもメール、出そうかな・・・・。)
フラッシュが焚かれ、SPに囲まれたラクスが空港のガラス戸の向こうから姿を現す。議員職のコートではなく、普通の白と桜色を基調としたワンピース姿で、笑顔を振り撒きながらエントランスを歩いていく。
その様子を、本部の車に乗り込み、モニターの向こうに見るキラの顔は、どこか寂しそうだった。
「離れて知る二人の愛、ってか?」
同じようにモニターを眺めるネオに、キラはむっと眉を寄せた。
「睨むなよ。」
「・・・・・・・・・でも、確かにそうかもしれません。」
再びモニターに視線を移し、インカム越しに指示を飛ばす部下を眺めながらキラはぽつりと呟いた。
「ずっと・・・・・・一緒に居て、その間に、何があったのかと聞かれても、僕とラクスの間には何も無いんです。」
「・・・・・・・・・・・。」
「僕は、彼女の優しさに甘えていただけですから。」
「何かをしたい時に、肝心の彼女は居ない・・・・か?」
勿体無いですよね、と苦く答えるキラの頭に手を乗せてかき回す。
「生意気だよ。」
「ムウさんっ!」
「俺がお前くらいの時は、そんな後悔なんかしたこと無かったぞ。」
モニターが切り変わり、空港の裏へとラクスが通され、歩いて行くのが映る。通路を行く彼女は、もう少ししたらエレベーターに乗って、キラ達がいる地下駐車場へと降りてくるはずだ。
「僕は別に後悔は」
「もっと心のままに生きろって事だよ。若いんだからさ。」
俺なんか、寄って来る女片っ端から相手してみたぜ?
「それ、何の自慢にもなりませんよ。」
半眼で睨まれるも、ネオは涼しい顔だ。
「妙なところでお前、悟り開いてるもんなぁ・・・・・。」
「どういう意味ですか。」
むっとするキラに、ネオはにやっと笑った。
「お姫さんも、フツーの女の子って事だよ。」
「?」
「准将!」
と、モニターにかじりついていた部下が、任務中に雑談をする上官二人の方を振り返った。
「ラクス様が到着なさいました。」
人目を避けるように、フードを被った彼女が、数名の黒服に囲まれてこちらに近づいてくるのが見えた。
「じゃあ、用意した車に乗せて。あとは僕達が四方を囲んで護衛します。」
指示が飛び、ラクスのために用意された黒い箱型の車のドアが開く。女性SPに両脇を固められた彼女が、するっと車内に滑り込んだ。
「・・・・・・・・・・なあ。」
そんな様子を一通り眺めた後、ふとネオが駐車場の奥を見ながら切り出した。
「はい。」
振り返ったキラに、ネオは酷く真面目な顔でモニターを睨んでいる。
「あれ、なんか、おかしくないか?」
「え?」
「ほら、あの二人組み・・・・・・・。」
指摘されて、キラもモニターを見た。乱立する地下駐車場の柱の間を、縫うように歩いている二人組みが、一瞬だけ映った。
「?」
目を瞬くキラを他所に、ラクスの乗り込んだ車が、ゆっくりとスタートする。その後を追って、軍の人間が乗った護衛車が辺りを囲んで走り出した。
モニターを積んでいるキラ達の指示車も動きそうになり、舌打ちしたネオが、「お前ら、先に行け!」と指示を飛ばすとキラの腕を掴んで車から飛び降りた。
「一佐!?准将!?」
「ムウさん!?」
ネオの視線は、駐車場の奥のほうを歩いていく二人に注がれている。
ようやくキラも、その人物の様相をはっきりと捉えた。
オーブの制服を着た二人組みが、ひたすら人目につかないように奥のほうへと歩いて行くのだ。
「一体・・・・・!?」
「今、この時間にあんな人間はここにはいない!」
「!」
それを聞いて、はっとキラは表情を引き締めた。
そういえば、そうだ。
軍の人間は全員が車に乗って、ラクスの護衛に当たっているのだ。なのに、持ち場を離れてフラフラしている人間は怪しいに決まっている。
「ブルーコスモス!?」
「分からん!」
走り出すネオの後を追い、振り返ったキラが車に行くように指示を出す。
「待てっ!」
叫ぶネオの声が、車のエンジン音と混じって駐車場に響いた。
「キラ!向こうから回れ!」
どうやら、怪しい二人組みは走り出したようだ。
出口に向かって走る二人を、キラはネオと挟み撃ちするつもりで左側に回りこむ。一人が、さっとネオの方に動き、もう一人を逃がそうとする。もたもたした走りは到底軍人には思えず、あっというまにソイツに追いつくと、キラはがっと肩を掴んだ。
「きゃっ。」
軽い悲鳴が上がり、ぐいっと肩ごと自分の方に引き寄せたキラは、ぽん、とソイツの被っていた帽子が脱げてふわりと桜色の髪が宙を舞うのを見た。
「・・・・・・あらあら、捕まってしまいましたわ。」
「なっ・・・・・・・・!?」
目と鼻の先に居る、オーブの、男物の制服を着て、ニッコリ笑う少女に、キラは息を飲んだ。
「ら・・・・・・・。」
「はい。」
「ラクス!?」
今日の夕飯は何にしようかしら。
のんびりと午後を過ごし、家を出たマリューは駅前へと来ていた。スーパーを後回しにし、ファッション街を歩いてみる。ショーウィンドーの中を眺めながら、ふとマリューはランジェリーショップの前で立ち止まった。
「・・・・・・・・・・・・。」
白や黒のマネキンが色々身につけている。可愛いブラジャーやショーツのほかにもタンクトップやキャミソール、それからガーターやベビードールなんかが売られていて、マリューはどきりとした。
一つだけ、マリューがやっていないことがある。
それは一度ムウにリクエストされて思いっきり却下したものだ。
(は・・・・・・裸にエプロンなんか出来るわけ無いわよっ)
その時のムウの顔を思い出し、思いっきり殴った後にかなり落ち込んでいた彼の姿も思い出す。
ついでに、「新婚といえばの定番だろ!?」と何故か握りこぶしで力説された事も。
「・・・・・・・・・・・・。」
勝負下着とか・・・・・・着てたらやっぱり喜ぶのかしら?
きょろっと辺りを見渡し、知り合いが付近にいない事を確認すると、ちょっとだけ・・・・とマリューは明るい店内へと踏み込んだ。
「ラクス様!」
奥から走ってきたのは、目の前のラクスと同じように、オーブの制服を着たメイリン・ホークである。
「なっ!?」
「あ、ロアノーク一佐に頼まれまして・・・・・。」
怒られる、と反射的に悟り、慌てて弁解したメイリンは、後ろから現れたネオを振り返って苦笑した。
「エレベーターの前でその・・・・・・。」
「メイリンさんと協力して入れ替わったんですの。」
「誰と!?」
「あの・・・・カガリ様の侍女の方と。」
言いにくそうなメイリンに、ラクスがやんわりと被せた。
「地下駐車場は柱がたくさんあるでしょう?隠れるのには十分でしたわ。それにSPにも女性の方がいらっしゃいましたし、その方にも協力してもらって、上手くすりかわったんですわ。」
にこにこにこにこ。
天真爛漫な彼女の笑顔に、キラは脱力した。
「ま、よかったじゃねぇか、ヤマト准将?」
迫真の演技で、ラクスすり替え作戦を成功させたネオは得意そうに笑う。
「いや〜、ここまで上手くいくとは思わなかったよ〜。お嬢ちゃんに感謝しないとな!」
メイリンがネオの方に走ってくれたおかげで、キラはラクスを捕まえる事になったのだ。それを褒めてうんうん頷くネオを、キラが思いっきり睨み上げた。
「ロアノーク一佐ぁぁぁぁぁ!!」
「お、怒るなよ!」
慌てて半歩身を引くも、顔を真っ赤にしたキラには利かない。
「あなたって人はっ!昨日の作戦会議は何だったんですか!?」
「怒鳴るなよ!代表も、ラクスの護衛はお前が一番って推薦してたし。」
「そういう問題ですか!?」
「キラ。」
大体、そういう手筈なら、そうだと説明くらい、と噛み付こうとしたキラは、不意にラクスに抱きつかれてたたらを踏んだ。
「・・・・・・・・・・ラクス。」
「・・・・・・・・・・。」
ぎゅーっと抱きついてくる、愛しい人。
久々の感触に、キラはどきりとした。
すがるような、甘えるような、そんなラクスを知っているのは自分だけな気がする・・・・。
(・・・・・彼女だって、ただの女の子・・・・・・か。)
不意に先ほどネオに言われた言葉を思い出して、キラは苦笑すると、目を閉じてラクスを抱きしめ返した。
「ただいま・・・・・キラ。」
「おかえり、ラクス。」
三ヶ月ぶりの抱擁を、ネオとメイリンはこっそり見詰めて、小さく笑う。
「んじゃ、後はドライブがてら、お姫さまを嬢ちゃんの所に届けますか。」
「一佐、その言い方、色々誤解が生じると思うんですけど。」
もともとカガリもアスランも協力者だった所為で、事態は露見する事無く、再びラクスと侍女が入れ替わるのに問題は無かった。
ただ、今度はカガリが気を回して、キラを本部から解放するとラクス付けのボディーガードへと任命してしまい、結局後のことはネオが引き継ぐ事となってしまった。
(ま、そうそう会えない二人だしな。)
ラクスの腰に手を回すキラに、エスコートも上手くなったもんだなぁ、などと感心しながら見送り、撤収を指示する。
結局ラクスの護衛を終えて、本部に戻ったのは18時過ぎだった。一応工廠に顔を出し、ざっとアカツキのチェックをして今日の業務は終了。
リフターが床に着くのももどかしく、ネオは飛び降りるとうきうきと愛しい妻へ電話を掛けた。
帰るコールかよ・・・・・・。
アークエンジェルから降りてきたチャンドラが、いっそ呪ってやろうかというような眼差しで、スキップしそうなネオを見送るが、当の本人は気付いちゃいない。
「トノムラ〜。」
降りてきた同僚を振り返り、チャンドラは「飲みに行こう!帰りに!」と彼に絡むのだった。
「やっぱり無茶したんじゃない。」
子機を台所の窓枠に置き、マリューは苦く笑う。
「キラくん、怒ったんじゃない?」
言いながらオーブンを覗く。パイ生地で覆ったきのこのグラタンが良い感じに焼けている。
「でもま、結果オーライだからいいだろ?」
「そういう問題?」
軽く子機を睨むが、絶対堪えてなどいないことが、顔の見えない電話越しにも分かる。
「それよりさ。」
「うん?」
「今日の晩御飯、何?」
ウキウキとした台詞に、「カルボナーラスパゲッティときのこのグラタン」というメニューをすんでの所で飲み込んだ。
「内緒です。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
沈黙に、あれ?とマリューは首を捻った。
私、何か変なこと言ったかしら?
「マリュー。」
「なんです?」
「俺、今日絶対。」
「はい。」
「帰ったらマリューのこと、食べちゃうけどいい?」
なんでそうなるのよ!?
「いや〜、マリュー、可愛い!可愛い可愛い可愛いーっ!!!!やっべ、どうしよう、俺速攻で帰るわ!じゃ!!!」
「ちょ、」
ぶつん、と切れた電話に、もー、とマリューは頬を膨らませた。
「・・・・・・・・・・・・・。」
でも。
これだといつもと同じパターンだ。
知らず、マリューの視線は、二階へと向けられた。
「・・・・・・・・・・・・。」
今日はちょっと違うんだから・・・・と、頬を赤くし、マリューはきゅっと唇を噛むと野菜スープを作る手を止めて、お風呂を沸かしにかかるのだった。
幸せな夕飯。
ふと、自宅に帰る道を車で通りながら、ムウは家々の窓のオレンジの明かりを見た。
その奥に、それぞれの食卓があるのだろう。
一人だったり・・・・二人だったり・・・・五人だったり、パーティーだったり。
「・・・・・・・・・・・。」
苦笑し、羨ましくも妬ましくもあった時を思い出す。いつとは断定出来ないが、小さいリビングに親子三人で座って食事をするテレビCMに激しく嫉妬した事があったよなぁ、とムウは小さく笑った。
あの頃と、何が違うんだろう。
大人になって、人が死ぬ所を見たし、殺す事もした。沢山の、世界中の灯の中に住まう、誰かに、自分は確実に不幸をもたらした。
なのにどうして、こんなに自分は幸せなのか。
「人間ってのは、良く出来てるよ。」
角を曲がり、緩やかな登り坂を行きながら、ムウはふっと目を細めた。
どんなに酷い事をしても、幸せを望んで、日の当たる『明日』を欲するのだから。
そして、どんなに辛くても、必ず朝はやってきて、意志とは別のところが『生きろ』と促すのだから。
罪を、抱えたまま・・・・・・・。
ふと、自分のための灯が見えて、ムウはほう、と溜息をついた。
罪は消えないけど、許されるかもしれなくて、その可能性の為に、生きようとするのかもしれない。
門を通って、車を止める。こじんまりとした二階建ての自分の家を見上げて、ムウはほっとして、嬉しそうに笑った。
業が深いとはよく言うけど。望むように生きたいのだから、仕方ねぇよな。
この家に大事な人が居て、俺はそこに帰らなくちゃならないんだから。
「ただいま〜、マ〜リュ〜。」
浮かれた調子の夫の声に、テーブルに皿を並べていたマリューが、ぱっと顔を上げて玄関へとすっ飛んでいく。
「お帰りなさい。」
ドアの前に立ち、こちらを見詰めるムウの青い瞳を、マリューは目を細めて見つめた。
「ただいま。」
しばし、笑いあって見詰め合う。
玄関に佇むその一時に、ムウはじんわりと幸せを感じた。嬉しそうに笑ったマリューが、ちょっとだけムウに近寄り、彼女から夕飯の香りがして、思わず引き寄せて抱きしめてしまった。
「マリュ〜〜〜〜〜。」
「なあに?」
「愛してる〜〜〜〜。」
きゅーっと抱きしめて、すりすりと頬擦りする夫を抱きしめ返して、「私もです。」なんて甘い声で答える。
新婚万歳〜!!!
そんな、意味不明な単語をかみ締めていると、もぞっと腕の中のマリューが動き、くるんとした瞳でムウを見上げた。
「ご飯にします?それともお風呂?」
どっちも準備できてますけど?
「あ〜、え〜」
ちらっと見下ろすと、にこにこ笑う彼女にぶつかり、そっとムウはマリューの耳元に囁いてみた。
「もう一個は訊いてくれないのか?」
「もう一個は、もうちょっと後です。」
かっ・・・・・・・かわいすぎるっ!!!!!
キスしようとして、ひらり、と逃げられる。
「じゃあ、ご飯ですね?」
「俺、何も言ってないけど?」
「じゃあ、お風呂ですか?」
「俺、マリューが」
「却下です!」
くすっと笑って奥に逃げていくマリューをムウは本当に楽しそうに追いかける。リビングに続くドアを開くと、ふわりといい匂いがして、ムウは心底幸せを噛み締めるのだった。
手近にあった新聞を取り上げて、寝室のベッドに転がったムウは読むともなしにそれに目を通す。ラクスの訪問が話題のトップにあり、彼女の写真を眺めた後、視線を寝室のドアの方に向けた。
彼女が沸かしてくれた、少し熱めのお風呂。本当は一緒に入りたかったのだが、やんわりと拒否されて、先に入ったのだが、でも、こうやって彼女を待ってるのもいいなぁ、なんて思わず笑みを零してしまう。
あんまりそわそわしてるのもカッコよくないしな、とさっきから雑誌やら新聞やらに目を通しているのだが、頭には入ってこない。そういえば、帰り際にマードックからアカツキのデータ書類を渡されてたよな、と彼は思いだした。
取りに行こうか・・・・・・・。
(明日でいいか〜。)
ふわあ、と欠伸を噛み殺して、そういえば今日は色々大変だったよなぁ、とぼんやり思う。
まあ、大変にしたのは自分の所為で、普通にラクスを護衛するだけなら問題なかったのだが。
一時間ほど立ち寄った海岸で、楽しそうにじゃれていたラクスとキラを思い出して、知らずに笑みがこぼれた。
久々の二人の時間は、きっと二人にとって濃いものだったに違いない。
地球軍から抜け出して、アークエンジェルに収容された時間が、恐ろしいほど濃かったのと同じくらいに。
「・・・・・・・・・・・。」
目を閉じると、時間が酷くゆっくり流れていくのを感じて、ムウは大きく深呼吸をした。
深呼吸をする。
スリッパを履いたまま、寝室の前に立つマリューは、どこか緊張した面持ちだった。乾いた髪の毛から、ふうわりとシャンプーの香りがし、そんな香りに包まれながら、マリューはしばらく、寝室のドアを見詰めていた。
「・・・・・・・・・・・・。」
やがて、意を決したようにドアノブに手を掛けると、かちゃん、と軽い音を立ててドアを開いた。
オレンジ色のルームランプの灯が、ドアの隙間から漏れ、灯の消えた廊下に細長くマリューの影を作る。ドアに身体を隠すようにして、そっと顔だけ覗かせて、マリューは小さく旦那様の名前を呼んでみた。
「?」
応答が無い。
ふと、灯のともるベッドサイドを見れば、オレンジの光の中に、ころっと転がったムウが、眼を閉じてすやすや寝てしまっているのが見えた。
「・・・・・・・・・・・。」
―――――――――なあんだ。
いささか肩透かし・・・・というか、がっかりというか、なんだか複雑な気分を抱えて、マリューはそっと寝室に滑り込んだ。きし、とベッドを軋ませて上に乗り、ムウの顔を覗き込む。
ほっこりと暖かくて、仕事の疲れもあって、そのまま眠ってしまったのだろう。
(子供みたい・・・・。)
端正な顔立ちと、そこに走る傷跡。すっかり和らいでいる夫の表情に、小さく、苦く笑うと、マリューはちゅっと頬に口付けた。
ま、しょうがないか。
頬にかかる自分の髪の毛をかきあげて、そっとマリューは上掛けの中にもぐりこんだ。
たまにはこんな夜でも・・・・・・。
はっと目を開けて、ムウは愕然とした。まさか夜が明けているとか!?とカーテンの引かれている窓を見るが、きっちりと閉まっているそれが、明るく透けているような事はない。枕元のルームランプをつけて、横をみる。そこにある時計が、眠ってしまう前に見た時から、二時間ほど進んでいた。
(マジかよ・・・・・・)
起き上がり、ぐしゃっと前髪をかき回して、ムウは隣に寝ている最愛の妻を見た。
見て。
「!!!!!!!」
あんぐりと口を開けて、その場に固まってしまったのである。
(なっ・・・・・・・・!?)
ムウが起き上がった所為で、上掛けがまくれ上がり、横向きで、膝を折って眠るマリューが良く見える。枕に顔を埋めて、すやすやと寝息を立てる彼女。
その彼女は、いつもの見慣れたパジャマ姿・・・・・・・・・ではなかったのである。
「っ・・・・・・・・・。」
誰もが見惚れてしまう彼女のスタイル。
橙色の灯に浮かび上がる、白いむき出しの肩と腕。その下に隠されている豊満な胸元を何故か、ふわふわしたファーがついた衣装が覆っていた。
肌の透ける薄い生地と、毛足の長いファーの下に、きわどく彼女の胸のラインが見える。シーツの上にくの字型に折られた右足と、それより少し伸びている左足。その太ももの外側からお尻に向けて、ふんわりと同じ薄いピンク色の生地がかかっていた。Ω型に裾がカットされいるらしく、お腹の辺りから生地がはだけて、膝ときわどく太ももがちらっと覗いていた。
そんな扇情的なラインを描く裾には、胸元と同じファーがついていて、背中はむき出し。首の後ろに、胸元と裾とそっくり同じふわふわのぼんぼりがついたリボンが結ばれていて、恐らく、これらの衣装をそこで支えているのだろう。
(つまりあれを解くと、こう、着てる物が全部するっと・・・・・・・。)
口から心臓が飛び出そうになり、ムウは慌てて空気をごっくんと飲み込んだ。
何故だ!?ていうかこれは何だ!?ここは楽園か!?!?!?
何度か頬っぺたを引っ張って、夢の続きを見ているのではないのを確認すると、改めてムウはまじまじと自分の奥さんを眺めた。
何も着ていないようで、肝心のところが見えない格好に、思わずドキドキしてしまう。
ふわふわの、羽のような物がマリューを天使に見せているようで、オレンジの灯の下で、ムウは呆けたように見惚れてしまった。
これが夢でも何でも、目に焼き付けておこうと、しっっっかり見詰めていると、ふと、灯に気付いたのかぽかりとマリューの瞳が開いた。何かを探すように彷徨ったブラウンの瞳が、ムウを捉える。
「ムウ?」
寝ぼけた声に、思わずムウは視線を引き剥がそうとするが、そんな天使だか悪魔だかわからん格好をしているマリューから、目は離れてはくれない。
「どうしたの?」
きし、とベッドに手をついてマリューがゆっくりと起き上がった。
「べ・・・・・・・別に?」
声が掠れて裏返りかかる。
「?」
短い裾が広がって、お腹が見える。キレイなふくらみが顕になるきわどいラインから、ムウは目がどうしても離せない。
「大丈夫?」
両手両膝を付いた状態で見上げられて、ムウの理性が吹っ飛びそうになった。
「あ・・・・・・・・マリュー?」
「?」
首を傾げて見上げられて、泣きそうになりながらムウは告げた。
「その・・・・・・・格好・・・・・・。」
「格好?」
言われて、数回目を瞬くと、マリューは自分の着ているものへと視線を落とした。
しばしの沈黙。
「あ!?こ・・・・・あの、その、こ、これはぁああぁあっ!!!」
気付いたマリューが、慌てて側にあったケットを身体に巻きつけようとする。それを断固させてなるものかと、ムウが彼女の手をがしっと掴んだ。
「何?誘惑してる?」
「ちがっ・・・・。」
さっきの無防備なのとは一変して、真っ赤になって困ったように俯き、横を向く彼女に、ムウは目を細めた。
「じゃあ、何?」
「そ、れは・・・・・・。」
「何?」
いやいやするように身を捩るマリューを捕まえたまま、ムウはこっそり笑った。
「何?マリューさん?」
「・・・・・・・・・あの・・・・・・。」
「うん?」
「・・・・・・・・・・・か。」
「か?」
「買って・・・・・・みたん・・・・・ですけど・・・・・・。」
どうですか?
フェードアウトしていく彼女の声と、潤んだ瞳。
もう一度良く見て、ムウはそっと告げた。
「俺の為に?」
「・・・・・・・・・あ・・・・・・あなたがっ・・・・・・。」
裸エプロンやってとか言うから・・・・・・。
ごにょごにょとマリューが続ける。
「これくらいなら・・・・・いいかな、とか・・・・・思って・・・・・あの・・・・・・。」
真っ赤になって俯くマリューに、ムウはふっと笑うとそっと顎に手を掛けて持ち上げた。
「綺麗だよ。」
「・・・・・・・・・・・。」
困り果てた顔をするマリューに、ムウはそっとキスを落とす。
「ていうか、も、すっげー可愛いかも・・・・・・。」
「ほんと?」
熱のこもった視線で見つめられて、おずおずとマリューが尋ねる。
「似合う?」
「似合いすぎて、俺の理性吹っ飛びそう。」
「こういうの・・・・・・・。」
「うん?」
店先で、色々なタイプの物を見て、勝負下着でも買おうかと思っていたマリューは、陳列していたベビードールのほうに目が行ってしまっていた。
自分でも可愛いな、と思う物が沢山あって、でも流石にこの歳で・・・・・というような変な劣等感みたいなものも感じたのだ。
でも、お店の人も薦めるし、こう言うものを着る機会も、今を逃すとどんどん無くなりそうで、思い切って大人な雰囲気のではなく、可愛らしい物を選んでみたのだ。
ムウみたいな男の人にしてみれば、こういうのはどうなんだろう、とそう思っていたのだが。
「その・・・・・・嫌いじゃない?」
恐る恐る訊ねてみると、手が伸びてそっと頬から首筋を撫でた。ぞく、と背筋が震えて、彼女はムウのシャツにしがみ付いた。
「どうしてさ?」
「だ・・・・・・ってその・・・・・み、っともない・・・・というか・・・・・その・・・・。」
こうやって露骨に誘われるの、嫌いでしょう?
耳まで真っ赤になって、微かに震えた彼女の声に、ムウは目を見開く。それからぎゅうっと暖かい彼女を抱きしめた。
「そりゃ、あからさまなのは嫌いだけどさ・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「マリューからは、大歓迎。」
ちゅ、と首に落とされた甘いキス。背中を彷徨う手に、微かにマリューの身体がびくりと強張った。
「あ・・・・・・・・。」
「で?これは誘ってるの?」
蒼穹の瞳が、マリューを捉える。
顔を上げて、ムウを見上げると、そのまま彼女はふっと目を伏せて、困ったように笑った。
「あの・・・・・・・。」
「うん?」
「・・・・・今晩・・・・・・どうですか?」
「ムウ、おきてください?」
ふわふわの布団の中で、漂うみそ汁の香り。あ〜、今日は和食かな、とそっと目を開けると、真っ白なエプロンをした奥さんがじっと自分の目を覗き込んでいた。
「あと五分・・・・・。」
「だーめーでーす!」
ぐいっと腕をとられて引かれ、あれ?とムウは首を傾げた。
「ていうか、今日休みじゃん。」
「そうですよ?」
そうだった!真昼の光の下で、ピンクのふわふわマリュさんを見る予定だったのだ!
「じゃあ、早速朝から、」
「馬鹿言わないで下さい!」
ぺし、とムウの額を叩いて、マリューは肩を怒らせる。
「今日は二人で庭に花壇を作る約束でしょう?」
そうだっけ?
「ほら、起きて!ご飯食べて!!花の苗、買ってきたんですか、」
きゃああああっ!?
布団に引きずり込んだ彼女を抱きしめる。
「ちょ・・・・・ムウ!?」
「ん〜〜〜。」
「昨日遅くまでしたでしょう!?」
「いや、足りないかなぁ、なんて。」
「足り・・・・何言ってるんですかっ!!」
「だってさ。」
じたばたともがく彼女をベッドに押さえ込み、ムウはにっこりと笑顔を見せた。
「昨日はマリューが俺のこと、誘ったんでしょ?」
「・・・・・・・・・・・。」
「それに応えてあげたんだから、今度は俺の番、でしょ?」
反論は、朝っぱらからの深いキスに遮られ。
もがく腕も身体も押さえ込まれてしまう、新妻マリュー・フラガなのでありました。
「んもう!ムウなんか嫌い!」
「はいはい。」
「流さないでっ!!!!」
新婚休暇・・・・・・残り日数はまだまだあるのである。
(2006/01/25)
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