Muw&Murrue

 鐘の音
 じいっと自分を見詰める視線を感じて、後部座席に買い物袋を詰めていたマリューは振り返った。
 オノゴロ島は軍の島だから、軍人が沢山住んでいて、だから普通の格好をしていると目立つ顔の傷も、割りと変な目で見られる事は少ない。

 手足が無い人、体中に傷を負った人、車椅子の人・・・・・。

 戦争、という場所で傷ついた軍人が沢山居るから。

 そんな中の一人であるネオ・ロアノーク一佐こと、ムウ・ラ・フラガはマリューの頭からつま先まで繁々と見詰めている。
「何ですか?」
 眉を寄せて聞く。他の男だったら一発殴ってるような不躾な視線だ。だが、ムウは聞く耳持たず、つ、と前に出るといきなり彼女を抱き寄せた。
「ちょ!?」
「う〜ん。」
「何なんですかっ!」
 ムウの胸板に手をついてぐいーっと押すが、彼にしてみれば気にするような抵抗ではない。がっちりホールドしたまま、さわさわと色んなところを触っていく。
「ムウ!!!」
 いいようにされるのが腹立たしくて、声を荒げると、ようやくムウが下を向いた。
「やっぱり。」
「はあ?」
「マリューさん、服のサイズ合ってない。」
「・・・・・・・・・・・。」
 唐突に告げられた事実に、マリューはぱっと顔を赤らめた。
「・・・・・・知ってます。」
「ワンサイズ・・・・や、ツーサイズくらい違うだろ。」
 言われて、こっくりと彼女は頷いた。
 せっせと車の後部に買い物袋を詰める彼女の後姿に、ムウは違和感を感じたのだ。
 タイトスカートのお尻の辺りが、妙にだぼだぼだったのだ。
 そう告げると、マリューはいたたまれないような顔をして俯いた。
「その・・・・・・家、焼けてしまったでしょう?」
 プラントから送られてきたラクス暗殺部隊。その攻撃により、彼女が暮らしていた家は半壊してしまっていた。その被害にマリューの部屋も合い、あったもの全部駄目になってしまったのだ。

 辛うじて、自分とムウの制帽は回収する事が出来たのだが、洋服類は見るも無残なことになっていた。

「それで・・・・・その、お給料全部洋服代に当てるわけにもいかなくて・・・。」
 体型の似ている、カガリの侍女から服を借りてみたのだという。
「けど・・・・それだと胸の辺りが苦しくて。」
 益々俯くマリューに、「あ〜。」とムウは彼女のキレイな胸元に視線をやった。
「胸囲はばっちりだな、それ。」
「でもそうなると・・・・・ウエストとか、お尻とかがその・・・・・・。」

 特殊な体型、とまでは行かないが、胸周りを優先させると、サイズ自体が上がってしまうのだ。

「でもスカートは関係ないだろ?」
 指摘されて、マリューは「お借りしてる方が・・・・。」と言葉を濁した。着ているシャツの、微妙に合っていない肩のラインを見て、ムウは苦笑した。
 なるほど。随分とがっしりした方からお借りしているようだ。
「そっか。」
 彼女を離してムウは笑う。
「俺、てっきり俺と暮らしてるの苦痛で、痩せたのかと思ったよ。」
「貴方と暮らすようになって太りました。」
 憮然として告げる彼女の、見上げる顔が可愛くて思わずムウはキスを落とした。
「どれくらい?」
「知りません!」
 ていうか!!!
 眉を吊り上げて、マリューはムウをにらんだ。
「貴方!一体どこ見てるんですかっ!?」
 お尻の辺り、とか言いませんでした!?

 うわあ、やばっ・・・・・。

 誤魔化す事だけは殺人的に上手なムウは、適当にあしらって彼女を車に乗るように促すのだった。




「しかし、そうなると色々問題だよなぁ。」
 日本茶を淹れてムウに差しだしたマリューは、ソファーに座る彼の隣に腰を下ろした。
 風に揺れるレースのカーテンの向こうに、ちらちらと真っ青な海が見えた。
 ムウと暮らし始めて大分経ち、居心地のいい、のんびりとした空気に身を委ねる。
「何が?」
 軽く寄りかかる彼女に、「うん。」と言うと、ムウはお茶を飲んだ。
「・・・・・・・・・・・いや、それよりも問題なことがあったか。」
「?」
 勝手に話しを進めるムウに、マリューは首を傾げた。
 その彼女をちらっと見て、ムウはマリューを抱き寄せた。
「なあ、マリュー。」
「なんです?」
「いつまでもこのまま、って訳には行かないよな?」
「え?」
 そうだよなぁ・・・・・居心地が良くても、このままってのもなぁ・・・・。
 一人でなにやら呟き、考え込むムウに、マリューはほう、とため息を付いた。
「変なムウ。」
 呟き、くすくす笑うと、寄りかかったまま彼女は一口、お茶を飲んだ。

 それから数週間は別に服のサイズの話は話題に上らなかった。どちらも現役軍人だし、私服で居る時よりも、軍服を着ていることの方が多かったのだ。サイズがサイズだし、借り物だからとマリューも帰ってきてからはパジャマとかジャージのような物ばかり着ていたし。
 そんな風に、何日か過ぎたある日のこと。
「艦長。」
 大気圏に突入できないエターナルを、プラントに残し、地球に降りて来たアークエンジェル。「戦争と理想の象徴」という色合いの強いこの艦は現在、オーブ軍戦艦として認定され、ドッグに収容されている。
 出航予定はない。
 有るとすればそれは有事の時だ。
 だがそれでもメンテナンスや維持は続けられ、マリューも定期的に艦内のシステムチェックを行ったりしていた。
 ラクスがプラントに戻った今、杞憂に終われば良いと思いながら。
 そんな風に艦長席でモニターチェックをしていた彼女の元に、ムウがふらっと立ち寄った。
「今日はここで終りか?」
「ええ。」
 顔をあげると、「そっか。」とムウが笑う。
「明日は非番だよな?」
「はい。」
「それじゃあさ、三番ゲートで待ってて。」
 デートしよう。
 あっさり言われて、マリューは目を瞬いた。

 デートだと!?

「ちょ・・・・・・・え?」
 そんな事聞いてない。そう告げると「そりゃそうだ。」とムウがにやっと笑った。
「今言ったからさ。」
「!!!」
「じゃ、待ってるから。」
 もー、と頬を膨らませる彼女の頭を、子供をあやすようにぽんぽんと叩くと、食えない長身の男はさっさと行ってしまった。
「・・・・・・・・って。」
 どうしよう。
 コンソールを叩く手を、マリューはぴたりと止めて青くなった。
 ムウと出かけるなどと想定していなかったため、マリューは本日軍服で出勤していた。別に珍しい事ではないし、一々更衣室で着替えるよりも、朝からその格好の方が楽だと言う理由からだ。
 サイズの合う、買ったばかりの気合の入った洋服は家のクローゼット。

 ああもう、朝一言、そう言ってくれればいいのに!

 とりあえず、化粧だけでも直そうと、マリューは大急ぎで仕事を終えると艦長室へとすっ飛んで行った。


 そこで、彼女は吃驚するような光景に出会ったのである。


「高いですよ。」
「そういうなよ。」
 アカツキで迎えに来させたくせに。
 黒で正装したムウが、夕日に沈む滑走路で、小型艇の前で腕を組んで立っている。その隣には、オーブの制服を着たままのキラが居た。
「でも、いいんですか?」
「何が?」
 頭一つ背の高いパイロットを見上げて、キラは呆れたように言う。
「勝手にこんなことして。」
「バカだなキラ。」
 渋面の彼に、ムウはにやっと笑う。
「後手後手だと逃げられちまうだろが。」
「だからってこれは・・・・・・。」
「いいのいいの。先手必勝だよ。」
 軽く笑うムウに、キラははあ、と溜息を吐いた。とその時である。三番ゲートの作業員用の入り口が開き、ふわりと風にはためくスカートの彼女が現れた。
 満面の笑顔でラクスがマリューの手を引いている。
「ムウ―――――っ!」
 遠く、夕日を背後に手を振る恋人に、マリューが叫んだ。顔は真っ赤で、怒りの所為か感動の所為か握り締めた拳が震えていた。そのまま、スカートをたくし上げて駆け出しそうな彼女を、ラクスがぴしりと制するのが見えた。
 恥かしいのか嬉しいのか、怒ってるのか笑ってるのか、とにかく複雑な感情のない交ぜになった顔をするマリューに、キラはこっそりいつぞやのカガリを思い出した。

 確かマーナさんに手を引かれていた彼女も、アークエンジェルの廊下ですれ違った時、あんな顔をしてたっけ。

 とうとうラクスの手を掴んで、ずかずかとムウに向かってマリューが歩いてくる。そっとキラは目を逸らした。おかしそうにラクスが笑いを噛み殺している。

「こ・・・・・・・これっ・・・・・これはっ!?」
 言葉にならない、単語を吐き出すマリューに、ムウは目を細めた。
「おーおー、ここまで不機嫌な花嫁はみたことねぇな。」
「ムウっ!!!」
 持っていたブーケを握り締め、真っ白なヴェールの下で、わなわなと彼女が唇を震わせる。むき出しの肩と背中。真珠がちりばめられた胸元には、緻密な花の模様が描かれている。ほっそりとしたウエストから下は、ふんわり膨らんだ長いスカート。裾にも装飾が施されて、彼女が動くたびに、金色の夕日にきらきらと華やかに輝いていた。
「な・・・・・・・。」
 何なんですか、というセリフが出て来ない。そんな彼女に小さく笑うと、白い手袋をはめる彼女の手を、ムウは取った。
「今から言う事、よーく、聞いとけよ。」

 ざあ、と海から風が吹いてきて、彼女のヴェールが膨らんだ。

「多分、俺と一緒になっても君は幸せになれないと思う。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「でも、残念な事に、俺は君と一緒になると幸せになれる。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「本当に申し訳ないのだけど、俺の運命の歯車に、君を巻き込んでもいいか?」

 幸せに出来ないし、護ってやる事も出来ないかもしれない。君にしてみれば、リスクばかりで、メリットなんて無いかもしれない。

「でも、これだけは約束する。」

 彼女の手を、両手で握り締めて持ち上げ、手の甲に口付けを贈った。

「この手だけは、もう二度と、絶対に離さない。」
 離れてしまうほど、遠くには行かない。

 傷の残るその顔で、ムウは真っ直ぐにマリューを見た。

 二年前よりももっと、沢山の物を背負ってしまった自分。
 この傷を消すことの出来ない自分。

 そんな俺で、良ければ。

「・・・・・・・・・・・・バカ。」
 真っ直ぐにムウを見たまま、泣きそうな声でマリューはぽつんと呟いた。
「こんなドレスやらなにやら用意しておいてから、プロポーズするなんて、信じられない!」
 手を伸ばし、マリューはムウの頬を掴んで、みよーんと横に引っ張った。
「しかも!なんですか、そのプロポーズは!」
 私の幸せ、無視ですか!?
 つねるマリューの手に、自分の手を添えて、ムウは笑う。
「そうだよ。」
「迷惑かけると分かってて、結婚しようって言うんですか?」
「その通り。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「駄目かな?」
「お断りします。」
「じゃあ、力ずくで掻っ攫ってく。」
「ちょっ!?」
 そのまま彼女を抱き上げて、ムウは隣で遠くを見詰めていたキラに、小型艇のドアを開けるように促した。
「ちょ・・・・いや!誰が貴方のお嫁さんになんかなるもんですか!」
「暴れる花嫁もみたことねぇなぁ。」
「は、放して!いやあっ!」
 そのままさっさと後部シートに乗り込むと、暴れるマリューのスカートを持ち上げて、ラクスが押し込めるように乗り込んできた。
「さあ、キラ。いざ教会へ。」
「知りませんからね、僕は。」
「ラクスさん!どいて!!降りるーっ!」
「黙ってないと、」
 微かにエンジン音がこだまし、軽やかに飛行艇がターンする。
「舌噛むぞ!!」
「いやああああああああ!」


 そのまま、ふわりと浮かんだ飛行艇の中で、ただしっかりとムウはマリューを抱きしめるのだった。


 夕日の中を、銀色の翼を閃かせて勢い良く飛ぶ飛行艇。空を切り裂き、薄紅色の雲の間を抜け、上下するその乗り物は、金色に染まる海の真ん中に、ぽつりと浮かぶ島へと降りて行った。

 太陽は水平線に沈み、空はオレンジと緑と紺のグラデーションを描く。真っ白な星が光る空をバックに、静かに波間に飛行艇が着水した。
 ドアが開き、まだ叫んでいるマリューを抱えたムウが桟橋に降りた。
「も〜!何なんですかーっ!!」
「あ、ホラ、マリュー。」
 砂浜を少し行った所に、マルキオの伝道所がある。白い小さな教会がひっそりと立っていた。
 夕闇の青さが占めるそこの、教会のドアまでの木立に囲まれた短い砂利道に、手に手にキャンドルを持ったアークエンジェルのクルーや、孤児院の子供たちが立っていた。
「・・・・・・・・・・・・・。」
「さあ、どうするマリュー。」
 唖然とする花嫁を抱え、ムウはゆっくりと歩き出した。先ほどの夕日とは違う、オレンジ色の柔らかい灯が辺りを占め、ゆらゆらと白い教会の壁に影を作っていた。
 誰もが、おかしくて仕方ない笑いを、噛み殺しているようで、マリューはぽかぽかとムウの胸をたたく。
 だが、恋人は一切聞かず、彼女を抱えたまま、ドアへと近づいていった。
 ミリアリアとノイマンが、うやうやしく扉を引き開け、内部のきらめく蝋燭の灯がふうわりとマリューを押し包んだ。

 押し迫ってくる、教会のステンドグラスと、きらめく床や高い天井。オルガンの音にマリューは泣きそうな顔でムウを見た。
「これ・・・・・・・。」
「ん?」
「ほ・・・・・本気なの!?」
「本気だよ。」
 すとん、と彼女を教会の間口に下ろし、ムウはすっとマリューを見た。
「冗談や軽口や、嘘の気持ちでここまでしない。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「本気も本気。マジも大マジ。」
 それを君に伝えるには、これが一番手っ取り早いでしょ?
「・・・・・・・・・・・。」
「これが。」
 教会の中に一歩踏み込み、ムウは振り返ると手を差し伸べた。
「俺のプロポーズ。」
「・・・・・・・・・・・。」


「結婚しよう。今すぐ、ここで。」


 ああもうまったく。

「・・・・・・とんでもない人、好きになっちゃったわ・・・・・。」
 観念したように天を仰いで、マリューは溜息をついた。

 全部全部、彼にはばれているのだ。

 ムウと結婚する道しか、マリューは選べないのだと言う事を。

 そう知っているからこそ、こんなことまでしてしまうのだ。

 そして悔しいかな、マリューは、そうするしか出来なくて。

 一歩踏み出し、教会の赤い絨毯を踏む。差し出される手に、そっと自分の手を重ねた。
 躊躇うように顔を俯け、ぎゅうっと目を閉じた後、マリューは誰もが見惚れるくらい綺麗で幸せそうな笑顔をムウに返した。
「その申し出・・・・・お受けします。」



 夕暮れ時に鐘が鳴り、暖かい炎の色が満ち溢れる。
 小さな島の小さな教会で、プロポーズをされたその日に、結婚するなんてとマリューは吹きだすが、でも。
 指輪を嵌め、誓いの口付けを、と促されて、ヴェールをまくるムウに、彼女はそっと告げた。
「よく考えたら私、二年も待たされてるのよね?」

 直ぐに帰ってくると、そう言った貴方に。

「だから、」
 そっと顔を近づけて、目を閉じるマリューに囁く。
「これ以上待たせるわけにはいかないだろ?」


 二人は時間を分ける。

 一生に一度しかない、あなたとの、最高に幸せな口付けの時間を。


 沢山の笑顔と拍手と祝福とが、津波のように押し寄せて溢れるそこで、二人は、なくしたものに誇れる人生を歩もうと、心から思うのだった。


 道は、険しいかもしれない。

 でも。


 案外、どうとでもなるものだから。



 りーんごーんと響く鐘の音が、宇宙を突き抜けて行った。




(2005/12/30)

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