Muw&Murrue

 今日と明日の境界線
 デュランダル議長が居なくなり、世界は再び混乱に陥った。プランの是非が、今更のように巻き起こり、連日テレビはにぎやかに「賛成」「反対」を繰り返す各国の議場と、プラントの議場を映し出している。

 だが、結局は上の人間の問題で、一般人の生活はあまり変化がなかった。
 それは、オーブ軍に正式配備されたアークエンジェルでも同じことである。

 軍に戻るような形になった物の、主だった戦闘も無く、地球に戻ってきた現在、モルゲンレーテの警備をしつつ、通常の業務が執り行われている。
 艦の整備を任され、当面の作業はそれだけかな、と思っていたマリューも例外ではない。
 艦の大体の状況を把握した後、今日の仕事は終り、とマリューは伸びをしてそこを後にした。
 官舎を出て、家に向かう。ラクス暗殺未遂の時に破壊された家は、留守中に直され、今は元の形を取り戻していた。そんな家に向かいながら、ふとマリューは自分の恋人の姿を全然見なかったことに気が付いた。
 朝、一緒に出たのは確かだ。だが、いつもならお昼頃にふらっと現われて昼食に誘う彼なのに、今日はそれが無かったのである。
「・・・・・・・・・。」
 車に乗り込みながら、忙しかったから、とそう思い返すが、それでも戦闘中のときの忙しさの比ではなかったよなと首を傾げる。
(何かあった・・・・とか?)
 アカツキのことで何かトラブルでもあったのだろうか?
 でもそういうのは全部マリューの元に入ってくるのだが、凪いだような日常に、それは聞こえては来なかった。
「・・・・・・・・・・。」
 帰る時も、まったく彼の事をみなかった。
 先に帰ったのだろうか?

 つらつらと色々な事を考えながら車を走らせ、マリューは見えてきた家のガレージに車を止めた。

「ただいま〜。」
 鞄を抱えて廊下を歩き、共同スペースに出ると、ふわり、とコーヒーのいい匂いが鼻を掠めた。
 奥のテーブルで、バルトフェルドがサイフォンを覗き込んでいるのが見える。
「おかえり。」
「新しいブレンド?」
 こぽこぽと音を立てるそれを見ながら、バルトフェルドが「ああ。」と短く答えた。
 鞄を抱えたまま、辺りを見渡す。だが、つい最近増えた同居人の姿はどこにも見当たらない。
 先に帰ったのではないのだろうか。
「おかえりなさいませ。」
 どこにいったのだろう、とぼんやり佇んで考えていたマリューは、後ろから声を掛けられてはっと振り返る。
 桜色の髪の少女が、にっこりと微笑んでいた。
「あ、ただいま。」
「アークエンジェルの整備はどうですか?」
 笑顔で訊かれ、マリューはちらちらと辺りを確認しながら答える。
「大した被害を受けたわけでも無いし、のんびり直すわ。」
 システム全体の見直しも、したいしね。
「エターナルも何とかなりそうだと報告を受けてます。」
 おっとりと答える彼女に肩をすくめて、マリューは踵を返した。
「何はともあれ、少しはゆとりが出来てよかったわ。」
 議長が居たら、どんどんどんどん事態が進んで、付いていくのがやっとでしたもの。
 苦くいわれたマリューの台詞に、ラクスが悲しそうに俯いた。
「そうですわね。それがあの方の手だったのかもしれません。」
「・・・・・・・・。」

 考える間を与えず、早急に早急に事態を押し進める。

 それもたしかに一つの手だ。
「でも、考えるゆとりができたのだから、良しとしましょう。」
 階段を上がるマリューにラクスは「キラは?」と訊ねる。振り返ったマリューはキレイな笑顔を彼女に向けた。
「私が出るときには、もう直ぐ作業が終わりそうだったから、」
 マリューの言葉に被るように「ただいま。」というキラの声が響いた。
「ね?」
 くすっと笑うマリューに、ぽっと頬を染めて、ラクスがいそいそと玄関に向かう。
 それを眺めて、ふと思う。

 去年は、その後姿を見て、少しだけ胸が痛んだ。
 今年はそれが大分薄れて、微笑む事が出来るようになった。

 でも今は。

「・・・・・・・・・。」
 ふにゃっと笑うと、マリューは階段を駆け上がる。居るのが当たり前になってくれる人を探そうと、とりあえずマリューは自室に向かって廊下を歩いた。





「遅いですわ、キラ。」
 出迎えたラクスに、ごめん、とキラは小さく笑う。
「これでも必死でマリューさんを追いかけてきたんだから。」
 どこに居るの?と聞くキラに、ラクスが笑みのまま、二階を指差す。知らず二人は階段の下に並んで立った。
「彼女、死ぬほど驚くだろうなぁ。」
 淹れたてのコーヒーを手に、二人の後ろに立ったバルトフェルドが、笑いながら呟いた。
「そうですわね。」
 くすくす笑うラクスに、キラは肩をすくめる。
「入れ知恵したのは、ラクスだろ?」
「そうですわ。」
「手配したのも?」
「はい。」
 にこにこにこにこ、と罪無く笑うラクスに、キラは深く溜息をついた。その肩をぽん、として、バルトフェルドが笑う。
「だが、一番のものだと僕も思うのだが?」
「ですけど・・・・・・。」

 その瞬間、二階から大絶叫が響いてきた。

「ほら、やっぱり。」
 呆れたような表情をするキラの隣で、ラクスとバルトフェルドが必死に笑いを噛み殺すのだった。




「ムウ?」
 がちゃ、と自室のドアを開けて、マリューはその場に凍り付いた。
 暫く部屋の中を見詰めた後、ばん、とドアを閉める。それから、並んでいるドアを数えて、そこが間違いなく自分の部屋である事を確認すると、今度は先ほどとは打って変わって慎重に彼女は扉を開けた。
「・・・・・・・・・・・・。」
 光景は、数十秒前と何も変わっていない。

 正面から夕日が差し込み、フローリングの廊下に跳ね返ってきらきらと輝いている。白い壁は、オレンジに染め上げられ、磨き上げられた窓ガラスからは、金色に光る海が見えた。

「・・・・・・・・・・・。」

 そんな、金と橙が占める世界には何故か。

「・・・・な・・・・・・。」

 何故か。

「なあっ・・・・・・!?」

 何故か、マリューの私物が根こそぎ無かったのである。

「んなあああああああああああっ!?」

 絶叫し、マリューは自分の部屋と思しき場所に踏み込む。三百六十度ぐるっと見渡すが、そこにはやっぱり何一つ有りはしなかった。
 ベッドも、デスクも、ソファーも、本棚も、鏡も、クローゼットも何もかも何もかも。
 ご丁寧にカーテンまで外されて、窓際にあった、もう少しで花の咲きそうだった鉢植えも、忽然と姿を消している。

 ぐるぐる、ぐるぐる、部屋の中心で辺りを見渡して回転していたマリューは、ばっとそこを飛び出すと慌てて隣のムウの部屋のドアを開いた。

「!!!!」

 だが、そこにもやっぱり何もかもなくなっていて。

 夢のように消えてしまった、ムウのいた気配。それに、どきりとマリューの胸が騒いだ。
 思い出すのは、この部屋に何も無かった二年間。

 どちらが夢と聞かれたら、ここ数日の方が夢のようだった。幸せすぎた数日間。

「や・・・・・・。」
 声が喉から漏れて、マリューはくるっと踵を返すと大慌てで階段を駆け降りた。最後の三段は飛び降りる勢いだ。
「あのっ!」
 階段の下で笑いを堪えていたラクスは、尋常じゃないマリューの様子に、おやっと首を傾げる。
「ねえ・・・・あの・・・・・ム」
 その瞬間、玄関のチャイムがなり、ぱくぱくと口を動かしていたマリューは、はっとそちらを振り返った。
 再び、呼び鈴の涼やかな音が辺りに響く。
「ムウっ!」
 まろぶように走り出し、マリューはドアを開けて、夕日を背に立つジーンズにシャツ姿のムウに大慌てで飛びついた。
「うわっ?!」
 いきなり彼女に抱き付かれるとは思ってもいなかったムウは、柔らかくて温かい彼女の身体を急いで抱きとめる。
「マリュー!?」
 予想外の反応に?マークを飛ばしながら、玄関から出てきた存在を見るが、彼らもまた、さあ、と首を傾げるばかりだ。
「どうした?」
「馬鹿っ!」
 ぎゅうう、と抱きつくマリューは、すっかりムウの胸元に顔を埋めてしまっている。くぐもった彼女の声が、身体に響いた。
「へ?」
「馬鹿馬鹿馬鹿っ!!」
「・・・・・・・・・ごめん。」
 とりあえず謝ると、眦をきつくした彼女が顔を上げた。微かに目尻に涙が滲んでいて、ムウは不謹慎にも可愛いな、なんて思ってしまう。
「突然何!?部屋、何も無かったし貴方、居ないし、私っ!!」
 すっかり錯乱して、単語ばかり吐き出す彼女に、ムウは「ああ、」と納得すると、ふわっと彼女を抱きしめた。
「や・・・・・ちょっと驚かせようかなと。」
「馬鹿っ!」
「ゴメンって。何?俺がどっかいっちまったと思った?」
 思うでしょ、普通!
 そう間髪居れずに怒鳴られて、彼女の痛いくらいの心配も、苦しみも分かるけど、それ以上にくすぐったくて嬉しくて、ムウはちゅっと彼女の頬にキスをした。
 我ながら、悪い男だと心底思う。
「ありがとう。それくらい、俺を必要としてくれて。」
「・・・・・・・・・・。」
 彼女の毅然としていた態度を、一変させることが出来るのが自分だというのが、とんでもなく嬉しかった。
「あの・・・・ムウさん?」
 二人でいちゃいちゃし始めるのを見て、たまりかねたキラが声を掛ける。それに、「ああ。」とムウがしなくてはならない事に気が付いた。
「と、そうだったそうだった!マリュー、乗って。」
「へ?」
 弾みでこぼれた涙を、ムウはそっと人差し指で拭うとニッコリ笑って、マリューの手を引く。
「え?」
 視線を転じると、門の先の道路に一台のトラックが止まっているのが見えた。
「ほら、乗って乗って。」
「あ、あの・・・・ムウ?」
 ぐいぐいと背中を押され、不審な顔をする彼女を助手席に促す。
「何?何なの、このトラック??」
 荷台にはモルゲンレーテのロゴが入っている。だが、ムウはそんな彼女の疑問に答えず、ステップを上がるマリューを助手席に押し込めると、さっさとドアを閉めてしまった。
「???」
 手を振ってバルトフェルドとラクスとキラに答えるムウは、そのままいそいそとトラックの運転席へと上って来た。
「じゃあ、出発。」
「え?」
 エンジンが唸り、トラックが動き出す。口々に「元気でな」とか「遊びに来てください〜!」とか叫びながら手を降る三人にマリューは目をまくるした。
 一体全体何なのだ?
 やがてそんな彼らを置き去りに、車は沿岸沿いの道路を走り出す。
「・・・・・・・・・・。」
 暫くその振動に身を委ねて、事態を冷静に分析していたいたマリューだが、やっぱりおかしい、と隣のムウを見やった。
「って、ムウ、何なの、これはっ!」
「え?」
 夕日を右側から受けながら、ムウは窓を開けて風を通す。塩っ辛い香りがふわりと場を占めた。
「何って?」
「で、ですからっ!一連の出来事です!」
「出来事って?」
 分かっててやってるな、とマリューはぎゅっと唇を噛んだ。にやにや笑うムウの横顔が憎たらしい。
 ふいっと彼女は視線を逸らし、怒ったような顔で前方を睨んだ。
「ロアノーク一佐っ。」
「怒るなよ〜!」
 非難の時に必ず出る名前に、ムウは慌てて言い募る。
「・・・・・・・・いつまでも、あのままって訳には行かないだろ?」
 振り返る彼女をちらっと見て、ムウはニッコリ笑った。
「あのままって・・・・・。」
「ケジメはちゃんとつけないと。」
「・・・・・・・・・。」
 ぽっと頬を染めて、マリューは俯いた。
「だからさ。」
「はい。」
「引越し。」
「引越し・・・・・・って、ええええええっ!?」
 目をまん丸にするマリューに、ムウは悪びれもせず、のんびりと告げた。
「そ、俺達の新居に。」
 し、新居だと!?
「ちょ、ちょっとムウ!?本気でいってるの!?」
 思わずハンドルを握る手を、マリューは掴んでいた。
「嘘でトラックは借りてこないだろ?」
「そうよね、ってそうじゃなくてっ!!!」

 一体全体どういうつもりだ?非常識にもほどがある。大体二人で暮らす家をなんで勝手に決めてしまうのだろう!?それも、相談も無く突然引越し!!!

「・・・・・・・・・・・。」
 むくれる彼女を確認して、それでもムウはきっぱりと告げる。
「謝らないからな、俺。」
「・・・・・・・・・・・。」
 力いっぱい恋人を睨んでいると、ムウは前を見たまま続けた。
「決めたんだ。陽電子方の前に立ったとき。」
「・・・・・・・・・。」
「もう絶対に振り返らないし、後悔したく無いし、決めた事は絶対にやり遂げようって。」
「・・・・・・・・・・それがこれ?」
 振り返ると、恐い顔をして自分を睨むマリューが見えた。ムウは肩をすくめる。
「確かに強引で悪かったけどさ。」
「悪すぎますっ。」
「だから怒るなっての。」
 可愛い顔が台無しだぜ?
「・・・・・・・・・・・・。」
「悪い。でも譲れなかったから。」
 それに、はあ、とマリューは深くため息を付いた。それから、窓側に肘をつくと遠くを見ながら告げる。
「私は別に・・・・反対はしません。」
「うん。」
「貴方が決めたことなら、私はそれでいいと思うわ。」
「ありがとう。」
「でもね、こういうことはちゃんと相談してよ!」
 それに、ムウはくすっと笑うと、ちょっとだけハンドルから手を離して、そっとマリューの頬に触れた。
「膨れてる。」
「膨れたくもなります。」
 くすくす笑って、ムウはちらっとマリューを見た。空色の瞳が自分を映すのが見えて、どきりとマリューの鼓動が騒いだ。
「悪かった。けど、どうしても今日が良くてさ。」
「え?」
 それに、ムウはただ意味深に笑って見せた。



 車は順調に進み、太陽が水平線に沈むギリギリで目的地に到着した。先まで住んでいた家からさほど離れていない、海が見下ろせる小さな丘のようなところに、その家は立っていた。
 こじんまりとした二階建ての家である。
「・・・・・・・・・・・。」
 車の中では、二人で暮らす、という事に対してあまり実感が無かったマリューだが、実際に家を目の前にして、急にどきどきしてきた。

 今まで「二人っきり」と言ったって、アークエンジェルの中だったり、先まで住んでいた家での共同生活だったりで、純粋に一晩中二人っきりの空間を持てた事は無かった。
 どこにいても人の目が気になったし。
「マリュー?」
 トラックの後ろの観音扉を開いていたムウが、ただ呆然と佇むマリューに声を掛ける。それではっと彼女は我に帰った。
「荷物は大体運んじまったけどさ、まだあと少し残ってるんだ。」
「・・・・・・今日全然見かけないと思ったら、仕事サボってこんなことしてたんですか?」
 眉を吊り上げて聞けば、彼は悪びれもせずにトラックの荷台に顔を突っ込んだまま答える。
「でも、俺ら結局身一つだったろ?荷物少なかったからさ。大してサボってないって。」
「そういう問題じゃ」
「ほい。」
 つかつかと近寄ったマリューの手に、ムウは何かを手渡した。夕日はとっくに沈んでしまい、薄い青が占める世界で、マリューはきょとんと首をかしげた。
「何?」
「ん?」
 マリューは綺麗にラッピングされた包みに目を丸くした。顔を上げると、まばらに輝きだした星の下で、ムウがニッコリ笑っている。
「門、鍵かかってんだよね。」
「ええ。」
「それ、鍵。」
「ああ。」
 肩をすくめて、でもマリューはなんでこんなにきれいにラッピングされているのかと首を傾げる。
 そんな彼女に、ムウはそれを開けるように促した。

 中には、小さな箱が入っていた。

「・・・・・・・・・。」
 顔を上げると、ムウの柔らかい眼差しにぶつかる。
「これ・・・・・・。」
 ビロードが張ってあるその箱は、貰った事はないが、明らかに指輪とかそういうのが入っていそうな箱だった。
「・・・・・・・・・・ねえ。」
 あけるのが恐くて、マリューは情けない顔でムウを見上げる。だが、ムウは意地が悪く、視線を逸らしてしまう。
「ほら、はやくあけてくれないと。」
 中に荷物運べないでしょ?
 数個しかない段ボール箱は既に下ろされて、門へと続くレンガ敷きの小道に置かれている。
「・・・・・・・・・・・。」
 どきどきする。
 箱の形式が形式だけに、なんだかくすぐったいような違うような、そんな気持ちを抱えて、彼女は恐る恐る箱を開けた。それと同時に、門灯が点く。センサーが、沈んでしまった太陽を察知したのだろう。
 柔らかい門灯のオレンジ色の光の中で、箱の中に鎮座しているそれは柔らかい光りを放っていた。

 キレイな銀色の輪に、豪華な装飾を施した、小さなモチーフが付いている。どうやら城の形をしているらしい。

 そして、その城全体が、鍵の形をしているのだ。

「これ・・・・・・・・・。」
「ある地方の古い習慣に、結婚相手の女性に鍵型の指輪を贈るっていうのがあるんだ。」
 ちょっと変わってるだろ?
「・・・・・・・。」
 彼女の手を引いて、ムウは門へと連れて行く。そこにはマリューの指輪と同じように、オレンジのライトを跳ね返す、小さな南京錠が掛かっていた。
「わざわざ作ってもらっちゃった。」
「・・・・・・・・・・・・。」
 彼女の手を取って、ムウは薬指にそれを押し込める。
「結婚指輪・・・・はちゃんと用意する。これは、婚約指輪ってことで。」
 家付きですが、どうですか?
「・・・・・・・・・・・・・・。」
「あ〜も〜、また泣く〜。」
「だってっ・・・・ムウが悪いんだからっ!」
 しがみ付く彼女の後ろ頭をぽんぽんと叩きながら、腕に収まる存在をぎゅっと強く抱きしめる。
「この態度は泣くほど嫌ってことなんでしょうか?艦長?」
「違いますっ!」
 ぼん、と男の胸を叩いて、それからマリューは真っ直ぐにムウを見た。
「ありがとう。でも・・・・・どうして急に?」
 それに、ムウはそっと背をかがめるとマリューの耳元に唇を寄せた。
「誕生日、おめでとう。」
「へ・・・・・・?」
 目を丸くするマリューに、ムウは今度こそ吹き出した。笑いながら、自分の時計をマリューに見せる。アナログのそれの、よこっちょに日付が入っていた。12としめされているそれに、ぱっとマリューの頬が赤くなった。
「嘘・・・・・・・。」
「何が嘘なのさ?」
 くく、と声を漏らし、ムウはしっかりとマリューを抱きしめる。そのまま左手を持ち上げると薬指の少し飾りの大きい指輪に口付けた。
「これが俺からのプレゼント。」
「でも・・・・・・。」
「あ、家はアスハのお嬢ちゃんから買ったんだけどさ。ローン返済。」
「もう!」
 でも嬉しくて、マリューはぎゅっとムウの胸に頬を押し当てた。
「ケーキも買ってきたんだ。」
「うん。」
「お姫さんと、キラの母さんが料理、作ってくれてさ。」
「ええ。」
「アークエンジェルの連中から酒貰っちゃったし。」
「はい。」
「引っ越し祝いとマリューの誕生日祝い。」
 だから。
 身体を離して、ムウはマリューの肩を押して、門の前に立たせる。
「鍵、開けて。」
「はい。」
 後ろから自分を抱きしめるムウの腕。絶対に今日のこの日は忘れないと、そう誓いながら、マリューは自分の指輪についている、豪華なつくりの鍵を、南京錠に差し込んだ。

 かちゃん、と鍵の外れる音がして、腰くらいの高さの門が開く。

 ここをくぐった瞬間から、新しい何かが始まる。

「ムウ。」
 振り返ると、マリューは自分を抱きしめるムウの手を取った。それからしっかりと握り締める。
 意図に気付いたムウが、くすっと笑うと、彼女の隣に立つ。
「じゃ、せ〜のでな。」
「ええ。」

 手を繋いで。

「せ〜〜〜〜のっ!」

 二人は同時に、違う明日への境界線を踏み越えるのだった。




(2005/10/14)

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