Love2Guilty
- 警備≠恋人
- ラミロアさんから送られてきた、日本での公演のチケット。
あの事件以来のコンサートということで、プレミアが付きまくりのこのチケットを手に、みぬきと法介は会場であり、なにかと因縁の地、「県立国際ひのまるコロシアム」に来ていた。
関係者ですから、と嬉しそうな顔でみぬきが楽屋スペースへと向かう後ろか、らやや呆れ顔で付いて来た法介は、ラミロアの楽屋にすでに訪問者が居るのに目を見張った。
「あ、がりゅう検事!」
「げ・・・・・・。」
嬉しそうなみぬきの声と、法介のなんともいえない呻きを聞いて、ラミロアと和やかに話していた検事局きっての切れ者は「やあ。」と笑みを張り付かせて顔を上げた。
「オデコくんにお嬢さん。」
「検事も招待されてきたんですか?」
お招きありがとうございます、と礼儀正しく、舞台上のような挨拶をするみぬきが、目を輝かせて響也に訊ねる。
それに響也は「まあね。」とにこにこしながら答えた。
「この間の解散コンサートのお礼だって。」
「ああ、ガリューウエーブの。」
それになら、法介も招待された。
と、いっても、今回ももちろん請求書付きで、値段は破格、大負けに負けての半額だった。
「ラミロアさんには幾らふっかけたんですか?」
思わず皮肉を込めて言えば、爽やかで眩しい笑みを返された。
「もちろん、ご招待。」
「え!?」
「当たり前じゃないか。ラミロアさんは僕がコンサートに来てくださるように依頼した方だよ?」
お金なんて取れるわけ無いだろ。
「・・・・・・・・・・。」
真顔で言われ、思わず引きつった顔をする法介を他所に、響也は「今日のコンサートは目が見えるようになってから初、なんですよね?」と嬉しそうにラミロアに切り出した。
「光を得て、ようやく頂いたキャッチコピーに答えることが出来るようになったのですが・・・・。」
楽屋のソファーに腰掛けていたラミロアが、ちらと立ちすくむ法介とみぬきを見た。
「そうなると、今度はなんだか、無国籍な歌ではなくなったようですわ。」
綺麗な眼差しに見詰められて、思わず法介がどきりとする。
それと同じように、ちょっとだけ緊張した面持ちでみぬきが声を上げた。
「知ってます!最近のラミロアさんの歌は・・・えと・・・・さびしげなあいに溢れてるって!」
週刊誌に書かれてました!
「週刊誌って・・・・をい。」
思わず突っ込む法介に、みぬきが「でもオドロキさんも見たでしょう!?一緒に!」と口を尖らせて突っかかってくる。
そんな二人の様子に、きょとんと目を丸くしたラミロアが、次の瞬間花が開くような笑みを零した。
「ええ・・・・・みぬきちゃんの言うとおり。最近、わたくしの歌はある方向に向かうようになってきたようなんです。」
「ある方向?」
目を瞬く法介に、響也が身を乗り出した。
「今までは聴いた人の心にある景色を引き出すような歌だったけど、今は愛する人を思い出すような歌になってきてるんだよ。」
懐かしい、って点は変わらないけどね。
にっこり笑う響也に「そうですか?」と音楽的センスの無い法介が、最近聞いたラミロアの歌を思い出そうと天井を見上げる。
「弁護士さんには届きませんか?」
その仕草に、微かに寂しそうな顔をするラミロアに言われて、法介は慌てた。
(って、俺、検事の例のあの曲しかよく知らないんだっけ・・・・。)
たまに事務所や、ビビルバーでのみぬきのショーの時に聞くが、そういったときは大抵気が違うほうに向いているから、印象に残っていない。
「えっと・・・・・。」
大いに焦りはじめたとき、不意に携帯の着メロが楽屋に響いた。
「え?」
「あ、ごめんなさい。」
「茜さん!?」
四人が居る楽屋にやってきたのは、この辺一帯を担当する所轄の刑事、宝月茜だった。
携帯から流れたメロディー。
それに法介は聞き覚えがあった。
どこか懐かしくて、暖かくて、人の手のぬくもりを思い出させるような、そんな曲。
「これ!これ、ラミロアさんの曲ですよね!」
なにやら「警備」とか「勝手に動くな」とか物騒な単語が漏れ聞こえる茜の会話をバックに、法介が握りこぶしで叫んだ。
「えと・・・・えと・・・・邦題が『星に還る船』!」
みぬきちゃんのマジックでも使われてましたよね!この曲!!
力説する法介を、ラミロアが目を細めてじっと見詰めた。
「そう・・・・・愛する人を残してきた星に、還ろうっていう歌ね。」
「なんか・・・・この曲、俺、好きです。」
その・・・・凄くいいです!
「――――具体的な感想はないのかな、オデコくん。」
「あ・・・・・・。」
思わず苦笑する響也に言われ、思わず法介は固まった。
ぐ、具体的な感想ですか・・・・?
「オドロキさん!このままじゃがりゅう検事に追い詰められちゃいます!!」
「・・・・・・できればそれは法廷だけにしておきたいんだけど・・・・・。」
額に汗を掻く法介を他所に、電話を終えた茜が、いつもと変わらぬ(・・・・)不機嫌面で響也を見た。
「検事、裏も表も配備、完了しました。」
「ん。ありがとう、刑事クン。」
「配備?」
その茜の言葉に「事件」のにおいを嗅ぎ取ったみぬきが嬉しそうな顔をして二人を見た。
「何かあったんですか!?」
ていうか、今回ももしかして、何か起こるとか?
あからさまにわくわくした顔で言うみぬきに、法介が慌ててなだめに入った。
「駄目だよ、みぬきちゃん・・・・そんな物騒な事言っちゃ。」
「でも、じゃあ、なんでコンサートにそんな重々しい警備態勢とってるんですか?」
「え?」
そう突っ込まれてしまうと、法介には答えられない。
「・・・・・・なにか、あったんですか?」
それともあるんですか?
みぬきとかわらないじゃないですかー!と頬を膨らませる彼女を他所に、法介は恐る恐る尋ねた。
それに、茜が不機嫌な上に、迷惑そうな顔で検事をにらみつけた。
「知ってるでしょう?連日新聞を賑わせている、例の連続銀行強盗の話。」
「あ。」
テレビでも報道特集を組まれた、なんでも半月に30件近い銀行を荒らして回った連中の事件だ。
「三人組みで、犯行はかの、アルセーヌ・ルパン並みに鮮やか。ずっと警察は手を焼いていたんだけどね、それが最近になって逮捕された。」
「見ましたよ!検事さんが担当してるって、新聞に大きく載ってました!」
みぬきが目を輝かせて言うのに反比例して、茜がどんよりした視線で二人を見た。
「ところが、このギター検事さんのお陰で、大変な事になったのよ。」
「おいおい、ギターは関係ないだろ?刑事クン。」
「どっちにしろ、検事が有名すぎるのがいけないんです!」
頭を抱えて、困り果てる茜に、法介が「どうしてですか?」と素朴な疑問を投げた。
「今はまだ、極秘なんだけどね。」
それに、溜息混じりに茜が答える。
極秘なのに言っていいのか、と思わず焦って検事を見れば、「君達とラミロアさんになら別に構わないさ。」とにこにこしている。
相変わらず器が大きいんだか違うんだか、と内心溜息を付きながら、、続く茜の言葉に、法介は目を丸くした。
「実はもう一人、共犯が居るみたいなの。」
彼らのリーダー的存在がね。
「リーダー・・・・流石にずるがしこいですね!」
眉間に皺を寄せて言うみぬきに、「それだけならまだ良いんだけど」と茜が更に更にどんよりした溜息を漏らした。
「どうもなんらかの組織が絡んでるようなのよ。」
「・・・・・・組織・・・・。」
物騒な単語になんとなく法介は嫌な予感がした。
組織が絡んでる、銀行強盗のリーダー。
そして、超有名な検事。
「もしかして・・・・・。」
「今回の裁判に、何らかの物理的な圧力をかけてくるかもしれない、ってことさ。」
さらっと爆弾発言をする響也に、「えええええ!?」と法介は発声練習もばっちりな声で応えた。
「それってつまり、牙琉検事の命が危ないってことですか!?」
「それでこの騒ぎなのよ。」
頭イタイ、と呻くような声で告げる茜に、検事がにっこりと笑みを返した。
「感謝してるんだよ、刑事クンには。」
24時間態勢での警護だもんね。
「冗談じゃないですよ、まったく!!」
にじゅうよじかん、と時間を反駁していたみぬきが「それって、」と口を押さえて二人を見た。
「それって、茜さんが24時間がりゅう検事と行動を共にするって事ですか!?」
きゃあああああ、と何故か黄色い声を出すみぬきに、「それは大げさだよ!みぬきちゃん!」と法介が突っ込みを入れる。
「いくらなんでも、茜さん一人って分けじゃないんだからさ。」
それに24時間っていったって、交代制だろうし。マンションの入り口警備とかそんなんだろ?
「そうなんですか?」
法介のそんな台詞を聞きながらも、みぬきはしっかりと茜を見た。それに対して、茜は無言で持っていたかりんとうを噛み砕いている。
その噛み砕くペースは、今までに無かったほど・・・・速い。
「あの・・・・・もしかして・・・・・・。」
半眼になる法介に、響也が爽やかな笑みを見せた。
「もちろん、刑事クンには僕の部屋に泊まってもらうことになってる。」
ええええええええええええ!?
「だから冗談じゃないっていうのよ!!!」
絶叫する法介を他所に、茜が噛み付くように声を張り上げた。
「普通交代制でしょ!?ていうか、常識的に考えたら、この弁護士くんが言うとおり検事のマンションを見張るとか、入り口に立ち番を立てるとか、そんな感じでしょ!?」
なんであたしが泊り込みしなくちゃならないわけ!?
「それは、僕が命令したから。」
悲痛な茜の叫びなど、何処吹く風で、響也が笑いながら一刀両断した。
「命令!?」
みぬきが「そんな命令出せるんですか!?」と驚くのを他所に、法介が「一体なんで・・・・。」と呆れたような顔で問いただした。
「刑事クンが優秀なことに、僕は君達との事件を通してよーく理解したからね。」
けど、刑事クン、全然仕事にやる気がないからさ。
ソファーから立ち上がった響也が、ずいっと茜に顔を寄せる。面白そうな色がよぎる綺麗な瞳を前に、茜が「う」と言葉に詰まった。
こういうときの、「検事」としての響也の怖さは、法介が良く知っている。
反論を予定した上で、なおかつそれを砕く証言を持っている場合に、彼が良くする顔だ。
(うあー・・・・茜さん、ご愁傷様・・・・・。)
早々に手が無いことを知っている法介が見物を決めこむ前で、響也が淡々と言葉を繋いだ。
「そんな優秀な人間を遊ばせておくほど、僕は仕事をおろそかにしてるわけじゃない。」
それに、今回の裁判は色々厄介だからね。
「こんな状況になった以上、僕は表立って動けない。だから、助手がほしかったわけ。」
それに、刑事クンはうってつけだったからさ。
「助手、ですか。」
法介の言葉に、茜が「ご飯のしたくからなにからなにまで。」とうんざりした調子で訴えた。
「外で食べようにも、外出には色々面倒が生まれるからね。」
今回のコンサートが良い例だろ?
警官の配備と、入場者の厳しいチェック。
それを考えると、確かに、検事には家に篭っていていただけたほうがどれだけありがたいか。
ぐっと言葉に詰まる茜と、行動を制限されて鬱陶しさを感じているかもしれないのに、何故か笑顔の響也。
この二人を交互に眺めていたラミロアが「そんな事情がおありでしたのね。」と小さな声で切り出した。
「それなのに・・・・わたくしったら考えもせずお二人を・・・・・。」
「いえいえ、気にしないで下さい、ラミロアさん。」
困ったように目を伏せる彼女に、響也が大人の笑みを浮かべた。
法介には逆立ちしても出来そうもない、笑みだ。
「もちろん、パパにもできませんね、あの笑顔は。」
「俺の心の中みぬくのやめてくれない?」
つーか、あんな笑顔の成歩堂さんなんて見たくないよ。
想像して寒気を感じる法介を他所に、響也がその笑みのまま、ラミロアに「今回のコンサートは僕も楽しみにしてましたから。」としみじみと告げた。
「あの、ガリューウエーブの事件以来・・・・光を取り戻したラミロアさんの歌・・・・これを聞かずに何を聴くって言うんです?」
「検事には逆立ちしても作れないバラードの世界ですからね。」
そっぽを向いて告げる茜に、響也が眉を吊り上げた。
「僕はまだ若いからね。人生経験が少ないんだよ。」
「へー。じゃあ積んだら歌えるようになるんですね?」
ふふん、と斜め45度で響也を見下ろす茜に、男は不敵に笑って見せた。
「もちろん。出来上がったら刑事クンに一番に聞かせてあげるよ。」
「楽しみに待ってます。」
(相変わらず仲悪いな・・・・・。)
こんなんで、24時間一緒って大丈夫なんだろうか・・・・・。
「大丈夫ですよ、オドロキさん!みぬきも、オドロキさんと24時間一緒に居ることもあるじゃないですか!」
「・・・・・・・・・・・。」
それってどういう意味だろう。
半眼でみぬきを見下ろしていると、不意に時計を見たラミロアさんが「そろそろ開演時間ね。」とゆっくり立ち上がった。
「なんだかんだで、オドロキさんの感想が中途半端です!」
そろそろ行かなくちゃ、と告げるラミロアに、みぬきが慌てて声を上げる。「忘れてたのに!」と悲鳴のような声で応対する法介を、ラミロアの視線が捕らえた。
「あなたは・・・・私の歌はあまり好きではありませんか?」
「とんでもない!!!」
それに、間髪入れずに法介が声を上げた。
「ただ・・・・・俺、よく分からなくて・・・・・。」
言葉を必死に探し、法介は眉を寄せたまま首を傾げた。
「なんっていうか・・・・・俺・・・・・・。」
知らない、会った事もない両親を思い出す。
そんな単語が喉をついて出そうになるが、法介はそれを無理やり飲み込んだ。
そんな事を言えば、この隣にいる少女が心配するに決まっている。
「凄い、小さい頃を思い出して、懐かしくなります。」
具体例具体例、と頭の中で唱えながら、ひねり出したこの台詞に、ラミロアが微かに目を見張った。
口元を覆う薄い布の所為で、表情は読み取り辛いが、確かにそこに、何かの感情がよぎった。
「あの・・・・なんか幼稚な意見なんですけどね。」
あははははは、と照れたように笑う法介にラミロアは、すっと目を細めると、「そうですか。」と柔らかな声で応えた。
「ありがとう、弁護士さん・・・・・いえ、法介くん。」
「いえ・・・・・・・・。」
たはは、と頭を掻く法介と、「みぬきは春の陽だまりを思い出します!あとパパと猫!」と具体例を挙げだすみぬきをみて、響也は目を細めた。
彼女とは色々話をする機会が多かった。
ボルジニアしかり、コンサートのゲストしかり。
だから、紺色の、夜空の星座を模したローブに隠れている彼女の腕に、くすんだ光を放つ金の腕輪があることを、彼は知っていた。
(成歩堂龍一・・・・・・彼も大概人が悪いよね。)
その腕輪が重要な意味を持つことに気付いたのは、つい最近のことだ。
つまり、例の響也の兄が断罪された或真敷一座の殺人と贋作師の死の事件の時には、響也自信、それに気付いていなかった。
後から知ったが、あの陪審員制度のシミュレーション現場に、ラミロアさんが居たらしい。
それを考えると、一つの答えが見えてくる。
成歩堂が辿り着いた結論に、響也も辿り着くことが出来たのだ。
さ、行きますよ、オドロキさん!と彼を引っ張っていくみぬきと、その彼女に「はいはい。」と苦笑交じりに付き従う法介を見て、響也はちいさく笑みを漏らした。
「ラミロアさん。」
「はい。」
検事もそろそろ行かないと、と急かす茜を楽屋の入り口に待たせて、響也は彼女を見下ろした。
「帰りに、もう一度彼らを連れてきます。」
三人で、お写真でも撮ったらどうですか?
「記念に、ね?」
片目をつぶってみせる響也の仕草に、ラミロアははっと目を見張った。
それから、ゆっくりと微笑むと、微かに涙の滲んだ瞳のまま、こくりと一つ頷いた。
「これでチャラにしてください。僕の仲間が貴女にした仕打ちを。」
手を振り、背を向ける響也の一言に、思わずラミロアは目を瞬く。
そして、何も告げず何も言わない響也の優しさに、ただ感心するのだった。
「なんの話をしてたんですか?」
前を行く茜が、仏頂面で訊ねる。それに、響也は「うん?」とおかしそうに目を細めた。
「ちょっとね。」
「・・・・・・・・・へー。」
「刑事クン。」
面白くなさそうにする茜の顔を後ろから覗き込み、響也は唐突に彼女の手をとった。
「え!?」
そのままあっさり指を絡めて握り締める。
「検事!?」
「24時間一緒なんだからさ。恋人の振りでもしないとやってられないだろ?」
「なんですか!?それ!?」
「仕事とプライベートは分けたいって事さ。」
「私はわけたくな」
「ほうら、始まる始まる。席、何番だっけ、刑事クン・・・・じゃない、茜クン?」
確信犯のように、笑みを見せる大嫌いな男を前に、茜は「名前で呼ぶな!」とかりんとうをぶつけることしか出来ないのだった。
こうして、二人の第一日目が幕を切って落とされた。
(2008/07/24)
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