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 隠し味は想う気持ち
 エドガー・ロニ・フィガロは忙しい。

 どのくらい忙しいのかと言えば、ファルコンを駆っているギャンブラーを呼びつけて、書類を突きつけ「届けて来い」と命令を下すくらい、忙しい。
 それに、眉間にしわを寄せ、血管を浮き上がらせ、「俺はアンタの部下じゃねぇ!」と切れるギャンブラーに、絶対零度の眼差しで「権力者を甘く見るなよ、一介の遊び人風情が」とばっさり切って捨てるほど忙しい。

 とにかく、周りに意識が向かないくらいに忙しいのだ。

「で、何やってるの?」
「!?」
 後ろからぽん、と肩を叩かれてティナ・ブランフォードは飛び上らんばかりに驚いた。振り返ると、表の顔はメッセンジャー、裏の顔はトレジャーハンターのセリス・ルーシェがあきれ顔で彼女を見ていた。
「な、なにって・・・・・」
 場所はエドガーの執務室の前。旅装もそのまま、彼の元に駆けつけたティナは、城内の慌ただしさに戸惑い、うろうろ迷った挙句、本来はメイドさんに連れてこられる彼の執務室の前で立ち止まっていたのだ。
 ドアに手を掛けようとして、15分は固まっていた。
 それをセリスに指摘されて、ティナはうっ、と言葉に詰まった。
「なんか・・・・・忙しそうだな、と思って」
 ごにょごにょと言葉を濁すティナに、「ああ」とセリスは辺りを見渡した。
 ばたばたとメイドが廊下の奥を駆けて行くのが見えた。

「狂信者の塔の動きが怪しいから」
「え?」
 狂信者の塔?

 目を瞬くティナに、「知らないの?」とセリスは持っていた書類(おそらくエドガー宛に届いた親書だ)を丸めて、ぽん、と己の肩を叩いた。

「ケフカの再来、とか言われる魔導師が現れたのよ。」
 狂信者の塔付近にね。
 眉間にしわを寄せて言われて、ティナは目を見張った。思わず自分の掌を見つめる。

 意識を集中するが、掌に血が集まり、不可思議な力が放たれる兆候は見られない。
 目を瞬く彼女に、セリスが「魔導師ってのはおそらくガセね」と渋面で切り出した。

「本当に魔導の力が蘇ったのなら、まっさきに私たち・・・・・いいえ、ティナ、貴女が気づく筈よ」
 でも、何の兆候もない。
「偽物?」
「でしょうね。」
 でも、問題はそういうことじゃない、とセリスは真剣な顔でティナを見た。
「問題は、ケフカの再来、と呼ばれる男を担ぎあげようとしてるってことよ」
「え?」

 その時、重々しい音がして執務室のドアが開き、げっそりした様子のマッシュが出てきた。

「あ、あれ?」
 ドアのまん前に立っている二人に気付き、彼が目を瞬かせる。
「セリスと・・・・・」
 ちら、と室内に素早く目を走らせて、マッシュはぐいっと二人の肩を掴むと押しやる。
「ちょ、ちょっと!?」
 セリスはそもそも陛下に用事があったのだ。今や丸められてしまっている書類を彼に届けなくてはならないのだ。
 なのに、マッシュは力に物を言わせて、か弱い(?)女性二人を廊下の先まで押し戻していく。

「兄貴、今すっげー機嫌悪いから後にした方がいいぜ」
 青ざめた顔でマッシュが言い、二人は食堂に連れ込まれながら押し黙った。
「どうして?」
 椅子に座り、残っていたメイドがお茶とお菓子を持ってくる。ようやく解放された、と大きく伸びをするマッシュは、ティナの台詞に「え?」と眉間にしわを寄せた。

 百戦錬磨、女性を楽しませるのはお手の物、己の心の内を絶対に敵に悟らせない、老獪といってもいいような若き国王陛下と同じ血が流れているのに、マッシュは単純ストレートだ。

 明らかに、聞いてくれるな、と言っている。

「例の狂信者の塔の教祖の事?」
 紅茶を口に含むセリスの言葉に、「ああ」とマッシュは渋面で答えた。

「なっつーの?その・・・・・兄貴にしてみれば、非常に許せない相手らしくてさ」
「過去に女性の取りあいでもした事があるのかしら?」
 皮肉っぽく尋ねるセリスに、ティナが目を見張る。

 そうなんだろうか。

「いや、今現在取り合ってると言うか」
「え?」
 びっくりするセリスを余所に、ティナの目が点になった。

 どういう意味だ?
 取り合っている?
 エドガーとその男が、女性を?

 呆然とするティナとは対照的に、セリスが顔を真っ赤にして椅子から立ち上がる。

「ちょっと!?何考えてるのよ、エドガーは!?」
「いや、だから違うって、セリスっ!」
 ティナと言うものがありながら、と喚きそうになるセリスを、慌ててマッシュが制する。

 一体何度、エドガーの我儘でティナの元に通ったと思っているのだ。
 手紙をもらってこい、というあり得ないミッションの為に。その苦労を全部無駄にする気か、あの色ボケ国王は、と罵りそうにもなるが、それも、マッシュの「違うんだって!」という大渇の前に飲み込まれた。

「だから・・・・・な?」
 ちら、とマッシュがティナを見て、苦笑する。その様子にセリスはぴんときた。

 ああ、ナルホド。

「・・・・・・・・・・なんで?」
 納得した次に出てきたのは、疑問だ。再び椅子に座りこみ、神妙な顔でマッシュに尋ねれば、がりがりと頭を掻いた、頭脳戦が非常に苦手な大男が、渋面を作った。

「あー・・・・・ほら、なんっていうか・・・・・象徴?っていうか・・・・・」
「・・・・・・・・・・魔導の?」
「そう。それで・・・・・その・・・・・兄貴が怒っちゃって・・・・・」

 信者を扇動するのに、これ以上ない駒として捉えられたのだろう。

 そう思い当たり、セリスはちらと隣に座る少女に目をやった。
「ティナ?」
 そのセリスの声で、ほややん、と違う世界に飛んでいたティナが目を瞬く。

「あ、えと・・・・・マッシュ」
 それから酷く怖い顔でマッシュを見た。
「で、あの・・・・・エドガーが取り合ってるオンナノヒトってどんな人なの?」

 偉く真剣に言われて、マッシュとセリスは顔を合わせると、はーっと溜息をついた。




 とにかく、今の兄貴は機嫌が悪いから顔を出さないほうがいいし、ティナはなるべく部屋から出ない方がいい。

 そう言ってマッシュはよろよろしながら自室へと消えて行った。なんでも、信者たちの動向を探るように言われていて、実際探ってきたのだが、その報告書の稚拙なことに、痛烈な批判を喰らって「直してこい!」と厳命されていたのだ。

(なんで私は部屋から出たら駄目なのかしら・・・・・)
 せっかく会いに来たのだ。
 船に乗りついで、街をぬけて、チョコボを借りてここまで。驚いたメイドは従者たちの間を縫ってエドガーの部屋まで来たと言うのに、「会わないほうがいい」と言われるなんて。

(そのオンナノヒトの事よね、きっと・・・・・)

 自分には判らない。

 エドガーはティナの意思を尊重してくれて、どうやら色々「我慢」してくれているという。
 数ヶ月前に、「さじ加減がどうの」と言われたばかりだ。それがどういう意味なのか、じっくり考えて、なにやら自分はエドガーに「我慢を強いている」と思い当たったのだ。
 それならば、何を「我慢」させているのだろうかと訊きに来たのだが、どうやらそれは周知の事実だったらしい。

(マッシュでも知ってたんだ・・・・・)

 なんで会っては駄目なの?と尋ねるティナに、マッシュは「兄貴は俺と違って禁欲生活に慣れてないからさ」と複雑な顔で教えてくれた。

「多分、今の状況からするとと、会ったら最後、オオカミよろしく頭から喰われて二度と部屋から出してもらえない可能性が高いんだよな」
「???」

 全然意味が判らない。

「つまり、ティナにも兄貴にもあんまりよろしくない状況になるってことだ、うん」
 取り敢えず紳士で居たいであろう王様の気持ちを慮って言われた台詞だが、ティナは理解できない。
「会ったら・・・・・エドガーに良くないことが起きるの?」
「いや、どっちかっていうとティナになんだが・・・・・」
 がりがりと頭を掻いて、助けを求めるようにセリスを見れば、彼女は優雅に紅茶を飲んでいる。
「なあ、ティナに判るように説明」
「痛いことをされるから、部屋から出ない方がいいわよ」
「なんてストレート!?」

 綺麗な笑みを浮かべるセリスの一言に、即効で突っ込むマッシュ。その様子にやっぱりティナは首を傾げるしか出来ない。

「・・・・・・・・・・・・・・・痛いことって?」
 見上げるティナに、マッシュは絶句した。

 いくらだって説明できる。・・・・・相手がティナじゃなければ。

「酷いこと?」
 更に詰め寄る彼女から視線を逸らし、助けを求めるようにセリスを見れば、「結構無体よね?」と真顔でセリスが切り返す。
「おま・・・・・」
「だてに、帝国で将軍なんて地位にいたわけじゃないわ」
 ふ、とどこか遠い目をする彼女が、数々のセクハラを権力と暴力で凌いできたのだろうかと更に、遠い目でマッシュは考えるのだった。



(痛いのは嫌よね・・・・・)
 ぼんやりと、自分にあてがわれている客室のベッドに座りこんで、ティナは暮れていく青空を見つめていた。
 砂漠の夕焼けは綺麗だ。
 全てが黄金色にそまり、きらきら光って目にまぶしい。

 痛いこと、で思い出したのは、散々だった日々だ。
 ずきり、と胸の奥が痛み、暗い闇が口を開けそうになる。それを押し込み、ティナは満ちる金色の光りに手を伸ばした。

 大丈夫。
 大丈夫だ。

 でも、とティナは悲しそうな顔で俯いた。

 空色と金色。エドガーの色。

(エドガーは私が好きじゃないのかな・・・・・)
 そう思うと、ぎり、と胸が締め付けられる気がして、ティナはそこから動けなくなるのだった。




「独占欲が強い男は嫌われるわよ?」
「ああ、ロックは博愛主義者だったかな?」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」

 しばらく二人の間に、冷たい空気が流れた。

 持っていた親書を渡し、二人は正面から見つめあったまま、凍った笑みを漏らす。

「どうでもいいけど、躍起になって手を回すよりティナを閉じ込めてしまった方が早くないかしら?」
 呆れた調子で言われるも、エドガーは首を振った。
「それでは、何も変わらない」
「・・・・・・・・・・どこがよ」

 持てる力を総動員し、寝る間も惜しんで、ティナを害しようとするものを排除する。
 それと、彼女を閉じ込めて囲うのと何が違うと言うのだろうか。

「違うさ。私は彼女の自由を尊重したい」
「・・・・・・・・・・自分の為に、教団を潰されました、で彼女は本当に自由と言えるのかしらね」
「言えるさ。」
 にっこりとエドガーは笑った。
「彼女が知らなければね」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 はー、とセリスが溜息をつき「ああそう頑張ってね」と平たい声で告げた。

「ああ、でもね、王様」
 汚い部分を全部請け負って、闇から闇へ葬る。そうやってロックやリターナーの面々を護っていた王様の、そんな本性を知っているセリスは皮肉をこめて告げ口した。

 もっと困ればいい。
 もっと困って、誰かを頼ればいい。

 私が、ロックに救いを求めたように。

「ティナは貴方が別の女性を教祖と取り合ってると思ってるわよ?」
「・・・・・・・・・・は?」

 眉を寄せるエドガーに、彼女は綺麗に笑った。

「マッシュの話を凄い勢いで勘違いしてたもの」
 がたん、と椅子が倒れる音がして、笑いながらセリスはドアを閉めた。
 そして、エドガーは拒まれるに決まっている。
「痛いことされる、なんて言われちゃねぇ」

 可笑しそうにしながら、セリスは廊下を急いだ。そろそろ、ロックが城に到着するころなのだ。




「ティナ・・・・・!?」
「エドガー」
 普段、彼女が使う部屋のドアを、半信半疑、にも関わらず、大急ぎでノックしたエドガーは、そこに居た少女に目を見張った。
 息を吸い込む。
「な・・・・・なんで」
 ここにいる、とか、ここにきては駄目だ、とか危ない目に会わなかったか、とか色んな感情がせめぎ合い、言葉が出ない。
 立ち尽くす彼に、ティナは警戒した。

 頭から喰われる。
 痛い事をされる。

 この二つの不吉な単語が、ティナの警戒レベルを上げさせたのだ。

 鼻先でドアを閉められそうになり、エドガーは慌てた。誤解されているのだと思いだしたのだ。

「ま、待ってくれ、ティナ!」
「ごめんなさい、エドガー。私、ちょっと貴方には会えないわ」
「な」

 が、とドアを掴んで引き戻す。ドアノブにしがみついた彼女が怯えた眼差しでエドガーを見ている。
 それが、更にエドガーの絶望感を煽った。

「違うんだ。誤解だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・何が?」
「その・・・・・」

 言えない。
 言えば、彼女は自分の身に降りかかろうとしている、凶事に気付かざるを得ない。

 狂信者の塔の教祖が、世界を手中にするために、魔導の象徴でもあるティナを手に入れようとしていることを。

 脳内をフル回転させて、エドガーは誤魔化す為の単語を探す。

 ティナを想うがゆえに、隠さなくてはならないものがある。

「私が取り合っているのは女性じゃない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

 苦し紛れにでた台詞に、ティナがきょとんとする。それに気を良くして、エドガーは一気にまくしたてた。

「その・・・・・狂信者の塔の教祖と奪い合っているのは、女性じゃなくて」
「なくて?」
「だ・・・・・男性なんだ!」


 言いきった。
 それはもう、すがすがしいほどの勢いで。

「オトコノヒト?」
 首をかしげるティナに、エドガーは必死に語を繋いだ。
「そう!マッシュをね、入信させようと連中が企てたらしく。奴は私の弟だ。だから、色々問題があるだろう?」
「・・・・・・・・・・ストラゴスは入信したけど、戻ってきたわ?」
「入信させるわけには行かないんだよ。ストラゴスはともらく、マッシュの身体に傷がついては困るんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 ぽかんとするティナに、エドガーはますます焦る。あり得ない発言に吐き気がする。
 どうでもいいんじゃないか、という思いが首をもたげるが、ティナが悲しそうな顔をするのは絶対に見たくないのだ。
 自分が狙われていると知れば、きっとティナは戦おうとする。せっかくモブリズで仕事を見つけて、日々を楽しそうに過ごし、ちょっとずつエドガーに心を傾けてきてくれているのだ。
 そんな彼女に、また剣を取らせ、暗い過去の蓋を開かせるのはごめんだ。

 それならば、気持ち悪い発言も我慢しようというものだ。

「よく判らないけど・・・・・判ったわ。貴方は女性を取りあってるんじゃなくて、マッシュを取り合ってるのね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 激しく誤解な発言だが、女性云々よりも数段ましだ。
 ましってことにしておこう。
「じゃあ」
 そう言って、ティナはドアを閉めようとする。それに、エドガーが慌てた。

 何故?誤解は解けたのに、なんでドアを閉めようとするんだ??

「ティナ!?」
 再びドアを掴む手に力を込めて、エドガーはティナを見下ろす。間近で見る彼女は、綺麗だった。
 ストレートな表現しか出ないくらい、綺麗だ。
 そして、可愛い。

 どくん、と心臓が騒ぐ。

 そういえば、彼女にキスしたのは何時だったっけ?

 そんな邪な想いに気付いたかのように、ティナが怯えた眼差しのままエドガーを見上げる。

「近寄らないで」
 震える声で言われて、彼は唖然とした。

 え?
 俺、拒まれてる?

 しばらく脳内の思考を停止させていると、ティナがドアを閉めようと躍起になるのに気付いた。

「ま、待ってくれ、ティナ。私が何かしたか?」
「しようとしてる」
「はい?!」
 しようとしてない、とは言わない。
 言わないが、断言されるのも困る。
「どういう意味か説明してくれないかっ」
 強引にドアを引きあけ、蹈鞴を踏んだ彼女を引き寄せて、エドガーはふわりとティナを抱きしめると後ろ手でドアを閉めた。

 周囲には金色の光が満ちていて、砂漠の乾いた風が窓から吹き込んでくる。

 ぎゅうっと抱きしめると、こわばっていた彼女の身体が微かに緩むのを感じた。

「何かしようとしてる、とはどういう意味だい?」
 ようやくまともに話ができる。それなのに彼女から腕が離れてくれない。
 押さえ込んでいたものが爆発しそうで、エドガーは必死に脳内をクリアーにしようとした。
「・・・・・・・・・・そう言ったのよ。」
「誰が?」
 突き上げるような欲望から必死に逃れ、ぎこちなく彼女を放すと、海色の瞳が自分を見上げていた。微かに恐怖が滲んでいて、それがエドガーの脳天に冷水を浴びせかけた。
「マッシュ」


 ひき、とエドガーの笑顔が引きつった。だが、ティナはそれに気付かずに「あのね」と酷く言いにくそうに言葉を繋いだ。

「狼に頭から喰われるって。禁欲生活に慣れてないって。今あったら、痛いことされるって」
 思い出し思い出し、告げられた突拍子もない単語に、うんうん、と寛容を全面に押し出して頷いていたエドガーは、最終的には、それはそれは美しい笑みをティナに向けた。

「まず、ティナ。私はそんなことはしない」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 顔を上げる彼女の頬に、手を当てる。執務中、飛んできたので彼は手袋をしていた。そのさらっとした感触に、彼女は目を細めた。
 自分を見下ろす、蒼穹の瞳は透明でティナは心の中にあった恐怖が氷解するのを感じた。
「禁欲生活に慣れてようが慣れてなかろうが、私は無理強いなんてしない」
「無理強い?」
「そう。どうしても手に入らないのなら・・・・・諦めたいところだが、手を尽くしても尽くしても手に入らないのなら、その時は強硬手段に出るかもしれないけれど、まあ、それはどうでもいいとして、ティナにはしない」
 酷く曖昧且つ、自分勝手な言い分だが、ティナは気にしない。
 触れる手が優しくて、とても、言われたような「酷い目」にあわされる様子を感じないからだ。
「それに、痛くするつもりもない」
 それに、ティナがあからさまにほっとした。

 彼女は痛みに酷く鈍かった事があった。
 操りの輪を付けられていた間の事だ。

 それから解放された彼女の身に降り注いだのは、ほとんどが痛みだった筈だ。

 だから、もう、痛いことや傷つくことはさせたくないと思っている。

「そう、ちょっとずつ・・・・・ていうか、まあそれもどうでもいい話だ」
「そうなの?」
 首をかしげるティナの額に、自分の額を当てて、エドガーは柔らかく微笑んだ。
「そうだよ?」
「そう」
 言葉を紡ごうとする彼女の唇を、そっと、柔らかく塞ぐ。
 これ以上すれば、歯止めが利かなくなると判っているから、もどかしい口づけしかできないが、エドガーは彼女がここに居ることを実感しようと何度も唇を重ねた。

「エドガー」
 かすれた声が名前を呼び、腕の中で見上げる彼女の頬は赤く染まっていた。
「ん?」
 心地よさそうに、彼女の首筋に顔を埋めて深呼吸をしていた彼は、続く言葉に固まった。
「マッシュは何故、貴方をオオカミに例えたの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





 国王陛下は忙しかった。自分の暗い策略や謀略を全部、綺麗な笑みの下に秘めて、彼女への想いを全部隠して、この恋を完成させるために、色々なものを画策するのに忙しかった。
 どれくらい忙しいのかと言うと、呼び出した双子の弟に、「書類整理」と「残務整理」をいいつけるくらいに忙しい。
 それに、「なんで俺が!?」とデスクワークが大っ嫌いな大柄な弟が悲痛な表情で叫ぶのに、絶対零度の眼差しで「やれ。普通の教養があれば出来る筈だ」とばっさり切り捨てるくらい忙しい。

 それくらい忙しい彼が、やってきたグリーンゴールドの髪の少女には、必要以上に優しく甘いのを、双子の弟と、メッセンジャーとたまたま来ていたギャンブラーは遠い眼差しで見つめるのだったそうな。







(2009/10/31)

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