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 下拵えに出会いを一つ
「私たちに足りないものは何だと思う?」
「え?」

 砂漠の王様に言われて、ティナはきょとんとした。数回目を瞬く。
 ティナは現在、モブリズの孤児院で働いている。そこで休暇をもらってフィガロまで遊びに来ているのだ。
 目の前に居るのは、この国の国王陛下で、彼は執務室で仕事をしていた。
 ティナは彼の部屋のソファに座って、借りてきた本を読んでいる。

 子供たちを指導するのに、まずは自分の好奇心を満たすべきだと、そう言ったのは、最近新しくやってきたドマ出身の元兵士で、現在教師の男だった。

 だから、ティナは己の知識を高めるためにと、フィガロの書庫に通って、片っ端から本を読んでいる。

 エドガーは相変わらず忙しそうで、世界再建のために色々奔走し、事業を支え、書類の整理に忙殺されている。

 だから、最初ティナは、エドガーが漏らした一言が、自分に言われたものだと気付かなかった。
 それくらい、二人の間の沈黙は心地よかったのだ。

「足りないものだよ」
 ティナの視線の先で、金髪の王様は頬杖をついてこちらを見ていた。蒼い瞳が柔らかく輝いていて、ティナは思わず吸い寄せられるようにそれを見つめた。

「さあ・・・・・何か足りていないの?」
 首をかしげるティナに、「ああ、足りていない」とエドガーは大げさに言って溜息をついた。

 足りないもの、足りないもの、足りていないもの。

 それは一体何だろう?

「ティナ。私と君はどういう関係だと思う?」
 立ち上がり、彼女の隣に腰を下ろした陛下の台詞に、ぱたん、と本を閉じたティナが顔を上げる。
 目の前に、エドガーの端正な顔があり、魅入ってしまう。
「・・・・・・・・・・どんなって・・・・・」

 好きで傍に居たいと思う関係。何ヶ月かに一度、本を借りに訪れる存在。
 頼りに思っている人。

 そういうティナに、エドガーは視線を逸らし、うう、と困ったように呻いた。

「ま、まあ、確かにそうだな。ティナからするとそうなるな」
 どこか複雑な顔をするエドガーに、ティナはみるみる困ったように眉を寄せて行く。
「エドガー・・・・・私、何か間違っている?」
 ぎゅ、とエドガーのマントを握りしめるティナに「そんなことはないよ」とエドガーはいつもの通り、優しい声で告げた。
 そっと彼女を抱き寄せて耳に唇を寄せる。
 こうされると、ティナは自分の心臓が騒ぎ出すのを知っていた。ぱっと、頬が赤くなるのだが、それを知っているのはエドガーだけだった。
 こっそり、心の中で満足そうに笑いながら、エドガーは続けた。

「ただ・・・・・世間一般に言われるような関係には、何かが足りないと思わないかな?」
「世間一般?」
「そうだよ」
 にっこり笑うエドガーに、ティナは真剣に考え込んだ。余りに真剣に考え込むので、その沈黙に、だんだんエドガーが耐えられなくなる。

「つまりだな、ティナ」
 咳払いし、眉間にしわを寄せたままの彼女に、エドガーは笑顔を作った。
「私たちは、世間一般に言われる『恋人同士』に近いが・・・・・何かが足りないと思わないか?」
 言われて、ティナはきょとんとした。

 こいびとどうし。

 それは詰まり。

「ロックやセリス見たいな関係ってこと?」
「ああそうだよ」
 にこにこ笑うエドガーに、数度瞬きを繰り返したティナが、再び難しい顔をした。
「・・・・・・・・・・確かにそうかもしれないわ」
「だろ?」

 抱き寄せる彼女に、頬を寄せて、エドガーは溜息をつく。微かに香るオレンジの香りに、ティナはうっとりと眼を閉じた。
 こうして抱きしめられると、自然と離れがたく思ってしまう。とても心地が良くて安心するのだ。

「君は・・・・・私を恋人だと思っているかな?」
 直接身体に響く言葉。抱き寄せ、触れる肌から沁み渡る声に、ティナは顔を上げた。腕の中で彼女は考える。

「・・・・・・・・・・わからないわ」

 この台詞を言うのが、最近では嫌になっていた。知識をため込み、先生として有りたいと願っているのに、判らないことがあるのは、悔しい。
 前は、判らないのが当たり前、というスタンスだったが、最近の彼女はそうじゃない。
 判らないことが悔しい。

 そんな彼女のちょっとした変化を嬉しく思いながら、でも、言われた台詞の悲しさに、エドガーはさっくり傷つく。
 傷つくが、それをおくびにも出さずに、「そうだよな」と柔らかな声で応じた。

「恋人同士だと、はっきり断言できない」
 何故だと思う?
 必死に考え、先ほどエドガーが言った台詞を思い出した。

「何かが・・・・・足りない?」
「そう。足りない。」

 それは何?と身を乗り出すティナに、エドガーは面白そうな笑みを浮かべた。この食えない王様は、何かトンデモナイ事を思いついたのではないだろうか。
 ここにセリスが居れば、有無を言わさず彼女を引きはがしただろうが、あいにく、彼女の姐はいない。

「思うんだがね、私たちは出会いで一度失敗している」
「失敗?」

 出会いに失敗もへったくれもあるか、というセッツアーのもっともな台詞が聞こえてきそうだが、無視する。

「そうだよ。私たちが恋人になるには、ちょっと足りない出会い方だった」
「・・・・・・・・・・・・・・・そうかも」

 二人の出会い方は、劇的と言えば劇的だが、殺伐としすぎていた気もする。

 エドガーは彼女をあわよくば利用できないかと考え、帝国への切り札にしようかと考えていた。
 ティナは何も分からず、知り合いも居ないここで、自分というものを探して迷走していた。

 恋し合うには、程遠い感情の位置での出会いだったのだ。

「だったら、もう一度、きちんと恋人同士の出会い方をすべきだと思うんだが・・・・・どうだろう?」
 柔らかな声音で言われ、ティナは「どんな?」と可愛らしく上目遣いでエドガーを見た。
 「恋人同士の出会い方ってどんなんだよ」というマッシュのあきれ果てた声が、やっぱりどこかから聞こえてくるがさっくり無視し、エドガーは「そうだな」と具体例を考え出した。

「もう一度ちゃんと、口説かせてほしい」
「ちゃんと?」
「君に言った台詞に偽りはないけどね。君はそれの意味が判らなかっただろ?」

 初めて声を掛けられた時に言われた台詞。その意味をティナはきちんと理解できなかった。

 今なら、出来るだろうか。

「今なら判る保証はないわ?」
 心配そうにエドガーを見上げるティナに、「でも試してみる価値はある」と王様は楽しそうに笑う。

 抱き寄せるティナを放して、エドガーは彼女の柔らかな右手を取った。
 持ち上げて、そっと手の甲に口づけを落とす。

「はじめまして、綺麗なお嬢さん。私はエドガー・ロニ・フィガロと申します」
 口付けたまま、こちらを見上げる蒼い瞳に、ティナは地面が揺れるのを感じた。

 くらり、と眩暈がする。

「出来れば君の今日の予定が知りたいのですが・・・・・お教えいただけますか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 固まったままのティナに、エドガーは手を放して、そっと頬に添えた。

「真っ赤になって・・・・・熱でもあるのかな?具合が悪いのなら、私が介抱してあげますが、どうします?」
「・・・・・・・・・・こ、このままでケッコウです」
 ぎこちなく応じ、ティナは恨めしそうにエドガーを見た。
「そう。では、紅茶でも・・・・・」
「あ、あの」
 立ち上がりかけるエドガーの裾を握り、ティナはくすぐったいものを感じながら、おずおずと告げた。
「良ければ・・・・・このままお話をしません?」
 精一杯の誘い文句だ。

 耳まで赤い彼女を、ちょっと驚いたように見下ろして、エドガーは嬉しそうに笑った。

「では、貴女が飽きるまでお相手いたしましょう」
 ああ、でも、私の方が貴女を放したくなくなる可能性のほうが高いかな?

 くすりと笑うエドガーの仕草に、ティナはぎゅっと唇をかんだ。

 ちょっとだけ悔しい。

「お嬢さん?」
 瞳を覗きこまれて、ティナはいつぞや、カタリーナやセリスから聞いた台詞を告げる。
「私を楽しませてくれるのでしたら、いつまでもお付き合いいたします」

 つん、と顎を上げる仕草が、おずおずとしていて可愛らしい。
 笑いをかみ殺して、「それは失礼しました」と大仰に答えると、エドガーは、彼女の美しいグリーンゴールドの髪の毛に指を滑らせた。
「そんなに可愛い反応をされると、ますます帰したくなくなる」
 甘い甘い、ぞっとするほど甘い台詞。びくり、と身を震わせるティナの、逃げる視線を追って、エドガーは楽しそうに笑った。



 これが正しい出会いなのだろうかと、ふと思い立ったティナが、ロックに話し、そこからセリスに伝わった瞬間から、エドガーの災難が始まるのだが、この時の甘い甘い二人には関係のない事実なのだった。





(2009/10/09)

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