FFY

 きらきら
「スイマセンっ!」
 大声で坂の上で謝られて、ティナは後ろを振り返った。サウスフィガロに買い出しに来ていた彼女は、大きな屋敷の立ち並ぶ地域での用事を済ませて、石畳の坂を、街の入口に向かって下っていた。
 その、紅いブーツの脇を、ごろごろと何かが転がり落ちて行く。

 普通、こういったシチュエーションに出くわした場合、転がって行くのはリンゴとか玉ねぎとかオレンジとか、何となくそう言った庶民的なものだろう。
 だが、彼女の足元を転がり落ちて行ったのは、なんだか訳のわからないボトルとか、転がるたびにじゃらじゃらと音を立て、蓋の隙間から怪しげな歯車を撒き散らしていく物だとか、鎖の塊だとか、訳のわからない、日の光を鈍く跳ね返すような鉄製の物体ばかりだった。

 それでもティナは律儀に、坂道を転がり落ちる油のボトルを拾い上げ、跳ね飛んでいく怪しげなゴム製品を追いかけ、坂の下に散らばりまくって行く歯車をせっせと回収した。

「あ、ありがとうございます!」
 勢いよく頭を下げたのは、ふわふわした・・・・・と表現すれば可愛いが、くるくるとあちらこちらに無造作に散らばる、麦わら色の髪をした女性だった。
 まゆ毛の下辺りで、綺麗にそろえられた前髪と、その下の碧の瞳が大きい。年の頃はティナと同じか少し年上に見えた。

 指先が、真黒に汚れているが、それを映して余りあるほど肌が白い。

 にこっと笑うと、薔薇色の頬が柔らかくくぼみ、人好きする。

 思わず見惚れるティナの手から、蓋の開いたネジの箱を受け取って、女性は持っていた紙袋をティナの前に突き出して見せた。


「破れちゃって。中、零れ落ちちゃった」
 にこっと笑う彼女につられて、ティナは破れた所ではなく、底の抜けた袋に思わず噴き出した。


 顔を見合わせて笑い合う。

 いつも、どうやって感情を表に出して良いのか困るティナにも、その女性は好ましく、そして自然に笑う事が出来るくらいにつられてしまう雰囲気が有った。










「ああ、それは武器屋の娘のアイナだろうな」
「知り合い?」
「ああ。よく武器の改造をしてもらいに立ち寄るよ」

 城に帰り、今日の出来事を話すと、意外にもエドガーは彼女を知っていた。連れ立って、一緒にお茶を飲んで、不思議に楽しい時間だったと語るティナに、エドガーは目を細める。

 最近彼女は良く笑うようになっていた。
 前は酷くはにかんだような笑みしか見せてくれた事は無かったのだが、今では何の気負いもなく笑う事が多くなった気がしている。

 それは自分のお陰で有って欲しい、と男心の果てに考えるエドガーは、すんなりと他人を受け入れて、楽しそうにお茶をしてきたという彼女に、複雑な思いを抱えた。

「エドガー?」
 ソファに座りこみクッションを抱えて、サウスフィガロでは今、花の香りがするお茶が流行っているんだって、と足をぶらぶらさせながら話すティナは、隣に腰を下ろしたエドガーを見上げた。
「何?」
「・・・・・変な顔をしてるわ」
「そう?」

 エドガーの手袋を脱いだ指先が、そっとティナの頬に触れる。目を瞬く彼女に、男は苦く笑った。
 今、彼はシャツにスラックスといういたってラフな格好をしていた。

 面倒な執務の大半は終わらせ、窓の外には濃紺の砂漠の夜が落ちている。

 二人きりの夜。

 相対しているのが普通の女性なら、甘い台詞を大量に吐いて一緒に夜を過ごしてしまえるのだが、相手がティナではそうもいかない。
 雰囲気作りをしようにも、彼女はまず、その台詞が「甘い」と認知してくれない。

 それなりの努力と、それなりの段階を踏んで来て、微妙にエドガーの態度がなんとなく普段と違うことを、ほんのちょっとだけ察してくれるようになっているとは思うが、自分が欲しい言葉をティナが呟いてくれる事もなければ、強請ってくれる事などまずない。

 そこまで発展はしていないのだ。


 手を出したいのに、出せば無体を強いる事になるのがありありと目に浮かぶ。
 だから、エドガーは彼女の心が自分の居る位置まで、先導して促して連れて来なくてはならないのだ。

(そもそも・・・・・恋人として認定してくれるまでが大変なんだよなぁ)

 今だって、さしたる警戒心もなく、ティナは綺麗な瞳をまっすぐにエドガーに注いでいる。

「・・・・・・・・・・・・・・・最近、エドガーはつまらなそうね」
「え?」
 苦く笑って溜息をつく。そんな男から、ティナはふいっと視線を逸らした。それからきゅっと、クッションを抱きしめている。

 そんな事はない。
 断じてない。
 まあ、確かに日々の仕事が詰まらなくなる時もあるが、ティナと一緒に居て詰まらない事はない。

「そんな事はないが・・・・・そう見えるのかな?」
 触れていたエドガーの手が、する、とティナの髪に絡みつく。柔らかく撫でられ、そっと引き寄せられるのを感じて、ティナはエドガーの胸にもたれかかった。
「そう見えるわ」
「どうしてだろうな?」
「どうしてなの?」

 ちらり、と彼女の瞳がエドガーを見上げる。

「もしかして、お腹痛いとか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 真剣すぎるその瞳に、エドガーはなんとか笑いをこらえて、ぎゅっとティナを抱きしめた。

「強いて言うなら、胸が痛いかな」









 何の病気だろうか。
 胸の病気・・・・・と言う事は心臓の病だろうか。それとも肺病?結核は胸が痛くなると訊いた事があるが、彼は結核なのだろうか。
 だとしたら、有効な治療法は・・・・・ああ、魔法って普通の病気に利くんだっけ?擦り傷切り傷打撲裂傷ぐらいにしか使った事が無いが、もしかしたら効果があったのかもしれない。
 だったら、魔法の力を取り戻すべく、狂信者の塔に祈りに行った方がいいのだろうか。


 絶対にエドガーは病気ではないし、結核でもない。心臓病ではもちろんない。
 ないが、彼の台詞の冗談めかした部分など、ティナには理解できない。

 彼女は真剣に・・・・・物凄く真剣に、エドガーの病気について考えているのだ。


「こんにちは」
「あ」

 今日もサウスフィガロまで足をのばし、喫茶店で花茶のカップを手に、一人色々考えていたティナは、声を掛けられて後ろを振り返った。
 この間会って一緒にお茶をしたアイナが立っている。
 今日、彼女は紙袋を持っていない。

 持っていない代わりに籠を背負っていた。


 そう。
 籠を、背負っていた、のだ。


 ティナの興味がアイナの背中に注がれる。

「これ?これはね、最近私が発明したマシンが入ってるのよ」
 どっこいしょ、と石畳の通りに籠を下ろした彼女が、ティナの隣に腰を下ろす。
「マシン?」
 目を瞬くティナに、アイナは「ええ」とイタヅラっぽく片目を瞑って見せた。
「ここに、色んな種類の薬草を入れておくの。そうして、このボタンを押すだけで、その人の症状に合わせた薬を調合する事ができちゃう代物なのよ」
「え!?」

 びっくりするティナ相手に、アイナはにこにこ笑って見せる。

「でもね、まだ試作段階だから、何を調合してもポーションにしかならないのが玉に傷なんだ」
 ひょっとしたら集める薬草の種類が足りないのかもしれないわ。

 ふう、と溜息を吐いて、彼女もティナと同じ花茶を注文する。じっとティナの視線が籠の中に注がれている。

「それで、今からコルツ山方面に薬草を取りに行こうと思って」
「今はまだ、魔物が出て危ないわ」
 思わずそう言うと、「平気。ふもとを探すだけだから」とアイナは取り合わずに笑って見せた。

「だったら」

 そのマシンなら。
 もしかしたら、エドガーの胸の痛みを緩和させる薬が作れるかもしれない。

 山頂には珍しい薬草もあるのよね、とぽつりと漏らすアイナに、ティナは勢いよく立ち上がった。

「私も行くわ」






 魔法が使えなくても、ティナは戦士である。自分の力量に応じて、力を貸してくれる武器、アルテマウエポン。それを手に、襲いかかる魔物を無造作に振り払ったティナは、岩陰からはらはらしながらこちらを見ているアイナに笑顔で手を振った。
「もう大丈夫。もうちょっとで山頂よ」
「あなた・・・・・本当に強かったのね」

 恐る恐る山道に戻ってきた彼女を伴って、ティナは「そうかな?」と首を捻った。

「強さでいったら、マッシュの方が上だし、私の太刀筋は出鱈目だってセリスにはよく言われる。エドガーは武器なんか持つんじゃないって、怒るし」
「エドガー?・・・・・もしかして王陛下?」
 ぎょっとしたように目を見開くアイナに、ティナは「あれ?」と逆方向に首を捻った。
「言ってなかったかしら。私、フィガロ城でお世話になっているの」
 告げるティナに「ええええええ!?」とアイナが仰天したように声を上げた。

「知らなかったわ!エドガーさまとお知り合いだなんて!凄い!私、エドガーさまの論文を読んですんごく感動したの!!」
「・・・・・・・・・・論文?」
「そう!次世代エネルギーについての論文。魔導の力を取り入れた帝国をそれとなく批判して、時代は太陽エネルギーを求めているってやつ!」
 今は主に、動力として油を使っているでしょう?でも、太陽エネルギーを取り入れられれば、いつでもどこでも充電だけで物が動かせるようになるわ!魔導の力も凄いと思ったけど、やっぱりあれは邪道よね。三闘神の出現でバランスが崩れて、世界が崩壊した事にも原因があるけど、今は魔法の力は弱ってしまっているし、魔石の力だってもう当てにならないじゃない?油の資源は尽きてしまうかもしれないでしょう?ああ、でも砂漠の熱を応用した動力って言うのにも興味があって・・・・・


 瞳を輝かせて話をするアイナに、ティナはぽかんと口を開ける。

 じせだいえねるぎーがたいようえねるぎー?

 魔法の力が衰えてしまった、というのは判るが、彼女が理解できた単語はそれくらいだった。

「エドガーさまの、巨大な力は機械じゃない、っていうの一文が大好きで・・・・・って、あ、ごめん」
 きょとんとして自分を見上げるティナに、アイナはばつが悪そうに眉を寄せて笑った。
「こんな話ばっかりするから、私も周りから浮いちゃうのよね」
 でも、マシーナリー団に入れて良かったとも思ってるの。元帥のエドガーさまになかなか会えない下っ端だけど、この機械がテストに受かればきっと!

 力一杯語るアイナに、ティナはストレートに感想を口にした。

「あなたはエドガーが好きなのね」
 零れたその単語に、アイナがばっと顔を真っ赤にしたから、ティナは逆にびっくりする。

(あ・・・・・あれ?)

 ずきん、と胸が痛んだ。

 ティナだってエドガーが好きだ。それと同じく、エドガーに好意を持ってくれる人間を目にして嬉しく思う。

 好きな人を好きだと言ってもらえたら、それはきっと嬉しい事だとそう思う。

 なのに、何故か胸が痛くて、急に呼吸がしずらくなって、ティナは眉を寄せた。

(山頂だから?それとも、殺気の所為かしら・・・・・)

 坂を上ると、山頂の窪んだ場所に出くわす。以前、マッシュと彼の師匠から技を授けてもらえなかった兄弟子が戦った場所だ。
 そこに、珍しい薬草の花が咲いているのを見つけて、アイナが声を上げる。それにつられて、数匹の獣が岩陰から怪しい妖気を漂わせて現れるのに、ティナは剣を構えた。

 うん、そうだ。
 きっと、殺気の所為。

 きっと瞳を強くして、アイナに隠れるように指示をだしてから、ティナは無造作に刃に力を込めた。










 次に会う時は、きっと胸の薬を作って見せるね、と笑うアイナと別れ、城に戻ったのは日もとっぷりと暮れてからだった。

 何となく、心が重い。目をキラキラさせて、ティナのお陰でポーション以外が作れそうな気がする、と語るアイナに、またずきんと胸が痛んだのだ。

 ポーション以外の物が作れるようになったら、きっとアイナはそれをテストに出すのだろう。
 通れば、エドガーから直々に表彰されるらしい。

(きらきら)

 夜の中に沈んだ砂を踏みしめて、城門に向かう彼女の脳裏には、頬を薔薇色に染めて、心から嬉しそうに笑うアイナの顔が焼き付いている。
 エドガーが好きだと語った彼女は、綺麗だった。
 きらきらして、眩しかった。

 三度胸がずきんとして、ティナは唇をかむ。どうして胸が痛いのだろう。

 溜息を吐くと、「お帰り」というどこか冷やかな声が降ってきた。

「あ」

 顔を上げると、城門から入って、城に続く扉の前に、腰に手を当てたエドガーが立っていた。紺色のマントの端がふわりと風に揺れている。
「随分と、遅かったな」
「アイナに会って、ちょっと遠出してたの」
「アイナ?・・・・・ああ、彼女か」

 何となく、声に不機嫌そうなものが混じっている。他人の負の感情・・・・・とくに、自分に向けられる冷気に、無意識に敏くなってしまっているティナは、微かに怯えたようにエドガーを見上げた。

「機嫌悪いの?」
「え?」

 どきりとする。
 確かにエドガーは機嫌が悪かった。いつまでたってもティナは戻って来ないし、仕事は溜まる一方だし、彼女は自分の知らない所で色々吸収して大人になろうとしている。

 一番に関わりたいのに、仕事がそれをさせてくれない。

 そんな苛立ちが、一人で出掛けてしまうティナに向けられてしまっていたのかもしれない。

 いけないけない、となんとか自制して、エドガーは「悪かったけど、君を見たら治ったよ」と素直に答えた。

「・・・・・・・・・・・・・・・」
 おずおずと傍に寄るティナの背に腕をまわして、柔らかく抱きしめる。ふと、彼女の髪から、土とそれから、血の香りがして、思わずエドガーは眉を寄せた。
「どこに行ってたんだい?」
 彼女を離して、城内へと歩いていく。向かうのは自室だ。
 今日の仕事は終わって・・・・・は居ないが、もうする気がしない。食堂で食事をする気にもなれないから、メイドには二人分の夕食を持ってきてもらうように頼んである。
「アイナがね、新しい機械を発明したの」
「へえ?」

 新しい機械、と発明、という単語にエドガーの違った部分が首をもたげる。ちらりと、好奇心に光った彼の空色の瞳を見詰めて、ティナはまた、胸が痛むのを感じた。


 呼吸がし辛くなる。
 ここには魔物なんか居ないのに、どうしてだろう。

 不思議に思いながら、でもティナは見詰めてくる蒼の瞳に応えようと先を続けた。

「なんでも、ボタン一つで色んな症例に合わせた薬を調合出来るマシンなんだって」
「へえ」

 好奇に、エドガーの声が上ずった。同時に、ティナの胸がじり、と焦げ付く。

「でも薬草の種類が限られていて、ポーションしか調合できないから、もっと珍しい薬草が欲しいってなって」
 それで、コルツ山に、と言いかけると、ティナの腕をとって歩いていたエドガーが足を止めた。

「登ったのか?」
 怪訝そうに眉間にしわを寄せる彼に、ティナは「うん」とこっくり頷いた。
「だって、アイナ一人じゃ危ないでしょう?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・戦った?」
「ええ」

 あっさり答えるティナに、エドガーはしばし絶句したのち、深い溜息をもらした。
 先ほどまでの、新しい機会に対する好奇よりも、もっと別な感情が滲んでいる。

「アイナは戦力にならないし、君一人で戦ったの?」
 ぐ、と肩を掴まれて、蒼穹の眼差しがティナを映し出す。怒っているように見えるエドガーを前に、ティナは数度瞬きを繰り返すと「そうよ」と小声で答えた。
 はあ、と大仰に溜息を吐かれて、ティナは閉口する。

「君は・・・・・」
 呆れたように告げるエドガーに、ティナは視線を逸らした。なんだか怒られているような気がするが、怒られるような事をしているつもりはない。
「・・・・・・・・・まあ、いい。怪我がなくてよかったよ。でもね、ティナ。君はレディなんだから、一人で魔物と戦ったりしないように。そういう時は誰かに連絡をして来てもらうとか」
「マッシュはドマだわ」
「衛兵がいるだろ?チョコボを飛ばせばすぐ」
「みんな仕事してる」
「だったら、私が行く」
「え?」

 驚いて顔を上げると、すぐそこ・・・・・吐息が掛る位置にエドガーの顔があって、ティナはぎょっとした。
 とくん、と心臓が一拍、跳ねあがる。

「君に何かあったら、困るんだ」
 ぎゅっと手を握られて、瞳を覗きこまれ、ティナはその場に固まった。苦しそうに寄った、形のいい眉が直ぐそこにある。
「君が怪我するのを見たくない」
 掠れた低い声が耳朶を打ち、はっとティナは我に返った。

 なんだろう。
 今度はさっきとは違う感じに胸が痛い。
 それを誤魔化すように、ティナは無理に笑って見せた。

「そんな・・・・・怪我なんて、いつもの事だし、大したことじゃないわ」
 戦うのも普通よ。

 眉の寄った、はにかんだような、苦しそうな笑顔。

 するっとエドガーから離れて、再び廊下を歩きだしたティナに、男は唇を噛んだ。
 彼女の見なれた笑顔だ。
 あけっぴろげではない、どこかに痛いものを抱えたような笑み。

「君は本当に・・・・・」
「え?」

 続く言葉を、エドガーは飲み込む。

「いや。私もまだまだだな、と思っただけだよ」
「?」


 女一人幸せにしてやれない。ティナが自分を大事にしない癖はまだ直らないらしい。その事実は、彼女の成長を促し、愛情を注いでやろうと考えているエドガーには酷く痛いものだった。

「どうしたら君は・・・・・私のものになってくれるんだろうな?」
「???」

 自嘲気味に笑う男が、再び彼女の手を取って歩きだす。言葉の意味を考えるティナは、触れたエドガーの掌の熱さに、くらりと眩暈を感じるのだった。










 アイナの発明が見事テストに通り(ポーションだけでなく、エーテルとハイパーエーテルを作り出す事に成功した事が主な原因らしい)可能性を見出すことが出来た所為で、このマシンはフィガロ城でお披露目されることとなった。
 もっと色々、役に立つ薬を調合出来るようになりたい、というアイナの要望で、ティナはナルシェへと続く洞窟の中に居た。モーグリのねぐら付近に咲く花と、回復の効果がある泉の水を調合すると、良い薬が作れるらしい。
 エドガーに言われた事が気になってはいたが、この洞窟には特に凶悪なモンスターは居ない。時折スパナを投げつけられるくらいで、面倒もないので、ティナはさくさく先に進んで、回復の泉の水と花を持って洞窟の入口へと戻った。

「ありがとう、ティナ!これで、エドガーさまの前で恥を掻く事もないわ!」
 抱きついてくるアイナにくすぐったいものを感じながら、それでもティナは嬉しさの中に、どこかちりっとした痛みを感じてしまう。

 胸が痛くなる。

 エドガーはアイナのマシンに興味が有るようで、ティナの話に本当に嬉しそうだった。
 それが、妙に引っ掛かるのだ。

(なんだろう・・・・・これ・・・・・)
 胸の奥がもやもやしている。自分の手の中にある、回復の泉の水。その小瓶を握りしめていると、アイナが不思議そうな顔でティナを覗き込んだ。

「どうかした?」
「あ・・・・・あの・・・・・」

 花はすでにアイナに渡してある。
「ちょっと・・・・・その、怪我をしちゃったみたいなの。だから、あの・・・・・水は当日までに用意するから貰って良い?」
「ええ!?大丈夫なの!?」

 ぎょっとするアイナに「大した事ないけど、体力が落ちちゃって」と誤魔化し、ティナは薬の瓶を握りしめる。
 良いわよ、気にしないで、と大げさに告げるアイナに、ティナの胸がどきどきと痛くなっていく。

 収まるかもしれない、と微かな期待を持って回復の水を飲むが、動悸は一向に収まってくれなかった。

 次にアイナに会うのは、城内で。
 エドガーに、師団の皆が、新しい発明品を披露する場での事だ。

 嬉しそうに己の師団の新発明の話をするアイナに適当に相槌を打ちながら、ティナはどんどん憂鬱になって行くのを抑える事が出来なかった。


 数日間、ティナはエドガーに会えない日々をすごし、結局は当日になってしまう。
 取りに行こう、取りに行こう、と思っていた泉の水はいまだ持ってきていない。
 新しい機械のお披露目まで、数時間。

 ティナは空の瓶を握ったまま途方に暮れていた。



 アイナは誇らしそうに目を輝かせ、マシンのセッティングに余念がない。着ているのはシフォンのドレスだ。機械の発表にはおおよそ似合わないが、城に来るのだから、ということでほとんど皆が正装をしている。
 伸ばし放題だった麦わら色の髪は、艶やかな金糸のようになって、頭の上でまとめられている。
 肩の出たドレスは桜色で、肌の白さが際立ち、大きな瞳は綺麗に澄んでいた。

 とても可愛らしい。

(きらきら・・・・・)

 彼女の纏う空気が眩しくて、ティナはまた胸が痛むのを感じた。晴れやかに笑う彼女が羨ましい。

(・・・・・・・・・・うらやましい?)

 どうしてだろう?
 嬉しい、ではなくて、羨ましい。彼女の最近できた友人は、話をすると楽しいし、底抜けに明るい所が好ましかった。優しいし、思いやりもある。
 その彼女が、楽しそうにしていたら、こっちも楽しくなるのではないのだろうか。

 なのに、どうして羨ましい?

 きらきらが・・・・・酷くまぶしくて、羨ましくて・・・・・疎ましい。

 ぞく、と肌が粟立ち、ティナはくるりとアイナに背を向けた。胸が苦しくて息が吸えない。舌先がしびれるような気がして、彼女はふらりとその場を立ち去ろうとした。

「ティナ!」
 それに、気付いたアイナが走り寄る。弾んだ声が耳になじまない。
 青ざめた顔で、のろのろと振り返ると、晴れやかな友人の顔がすぐそこにあった。
「もうすぐ発表なの。泉の水を貸してほしいんだけど・・・・・」
 視線を逸らすティナが、ぎゅっと己の短いスカートの裾を握りしめている。
「ティナ?」
 小首をかしげると、彼女の耳元の、銀色の耳飾りがしゃらりと楽しげな音を立てた。いつもは油と鉄の香りしかしないのに、彼女からはふわりと甘い香水の匂いがして、ティナは更に、胸が痛むのを感じた。
「ごめんなさい・・・・・その・・・・・なかなか城を出られなくて・・・・・」
「え?」

 酷くゆっくりと、苦いものを噛みしめるように、ティナが歯切れ悪く切り出す。にわかに、アイナの顔が曇った。

「本当に、ごめんなさい」
 頭を下げるティナに、アイナは何も言わず、それから溜息を一つ零した。

「しょうがない、か。ううん、平気!モーグリの花だけでも結構凄いこと出来そうだしね!」

 ぽんぽん、と頭を撫でられて、ティナは反射的に顔を上げた。にこっと笑うアイナが直ぐそこに居て、ティナの視界が揺れた。


 なんとなく、という理由だけでティナは回復の水を取りに行く気がしなかった。
 そしてどこかに・・・・・ほんの少し、アイナが失敗すればいいのに、と思ってもいた。

 それが何故なのか、まったくわからない。

 判らなくて、苦しくて、どうしてこの「きらきら」に息も吸えなくなるのか判らない。

「っ」
「ティナ!?」

 ごめんなさい、ごめんなさい、と呟きながら、ティナは大急ぎで城から飛び出した。

 バカだった。
 なんて事を願ったんだろう。

 楽しそうにしている友達に、どうして失敗すればいいなんて思ったのか判らない。
 これでは自分がどうしようもなく酷い存在のようではないか。
 いや、実際酷いのだ。
 理由も判らず、人の不幸を願うなんて。
 みんなみんな、幸せになって欲しいって、そう思っていた筈なのに。


 ぼろ、と涙がこぼれて、それでもティナは大急ぎでナルシェに続く洞窟へと走り続けた。







「こんなところにいたら、風邪をひくよ?」
 泉の縁に腰をおろして、ぼんやりと水面を見詰めていたティナは、洞窟内に響く声にはっと顔を上げた。
 思わず後ろを振り返ると、呆れたように腕を組んでこちらを見ているエドガーが立っている。
「エドガ」
 どうしてここに居るのだろう。
 彼は今、師団のみんなが披露している新作のマシンの品評をしている筈じゃなかったのだろうか。

 慌てて立ち上がるティナに、エドガーは綺麗に笑った。

「城内に君の姿が見えなかったからね」
 手を伸べて近づく彼から、ティナは一歩身を引く。縮まらない距離に、男が首を傾げた。
「ティナ?」
「どうしてここが?」
「アイナに訊いたよ。きっと、泉の水を汲みに来たんだろうって」

 途端、ぐるぐる色んな事を考えていたティナの心が波だった。ずきりと胸の奥が痛み、微かに足が震える。

 こんな事、今までなかったのに。

「訊いたの?何が有ったのか」
 掠れた声で尋ねると、エドガーは「まあね」と笑みを崩さずに肯定した。


 泉の水を、汲みに来る暇がなかった。


 それは嘘だと、ティナの行動を把握している城主は気付いただろう。
 こくん、とティナは喉を鳴らす。じわりじわりと不快な物が胸の内に広がって行くのを感じた。

「私・・・・・あの・・・・・」
 声が干からびる。心臓が不穏な音をたて、ティナは焦ってもう一歩後ろに引いた。

「ティナ?」
 微かに青ざめて、元気のない彼女に、エドガーは不思議そうな顔をした。
「彼女には、私が危ない事をしないようにティナに告げたから、一人で来るのをためらったんだろうと言っておいたよ」
「嘘って知ってるんでしょう?」

 そんなエドガーの答えに、ティナは的外れな返答をする。男の眉間にしわが寄った。

「うん?」
「嘘なの。忙しかったのも、泉の水を汲みに来れなかったのも」
「ああ、だから、一人で来るのをためらって」
「違うの!私・・・・・私っ」

 再び涙が競り上がり、ティナは言葉を必死に探した。
 こんな想い沢山だ。
 なんでこんなに胸が苦しいのか理解できない。
 そうして、嘘を吐いたままでいるのが、耐えられない。

 苦しくて苦しくて。

 ぼろっと涙が零れ落ち、ぎょっとするエドガーの前で、ティナは両手で顔を覆った。

「だって・・・・・羨ましくて・・・・・」
「ティナ!?」

 激しくしゃくりあげ、唐突に視界を閉ざしたことで彼女のバランスが崩れた。ふら、と身体が後ろに傾く。

 彼女のま後ろには、泉が広がっている。

「っ!?」

 エドガーが手を伸ばすより先に、ティナの身体が冷たい泉に吸い込まれていった。




 飛沫があがり、慌てたエドガーが大急ぎで泉に向かう。急激に深くなっている、淵のようなそこに、ティナはゆっくりと沈んで行った。
 ぎゅっと目を閉じて、口も閉じて、肌に冷たい水に何もかも沈んでしまえば良いような気になっている。
 その彼女を、力一杯手を伸ばして捕まえ、エドガーはしっかりと抱きしめると引き上げた。

 げほげほとむせる彼女を抱き上げて、全身ずぶぬれで縁まで這いあがる。彼女を座らせて、額に掛っていた前髪を払ってやると、ようやく、彼女の瞳とぶつかった。

「っ・・・・・」
 かたかたと震える彼女に、呼吸を整えていたエドガーは深く深く溜息を零すと「ティナ・・・・・」と力なく名前を呼んだ。

「余り・・・・・私を驚かせないでくれないか?」
 君が居なくなってしまうのかと肝を冷やした。

 まだ水の中に居る男が、彼女の膝の上に頭を落とす。濡れて冷たいエドガーの頬が、太ももに触れて、ずきり、とまたティナの胸が痛んだ。

「ご、ごめんなさい・・・・・」
「で?何が羨ましいのかな、レディ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 口ごもる彼女を見上げて、ようやくエドガーは水から上がった。濡れたマントのまま、彼女を両腕に抱え込む。

「・・・・・・・・・・きらきら」

 ぽつり、とティナが言葉を漏らす。そのまま、エドガーの胸に額を押し付けて、涙をこらえるようにしてティナが話し始めた。

「アイナが・・・・・機械の事を話してる時とか・・・・・エドガーのこと、話してる時とか・・・・・すっごく、きらきらしてて・・・・・それが・・・・・苦しくて、嫌で・・・・・でも、友達なのに嫌だって思うのが、もっと嫌で・・・・・だから・・・・・」
 温かい涙が、彼女の頬を濡らしていく。ぎゅっとエドガーのマントを握りしめて、ティナが顔を上げた。
「私、判らないの。エドガーに会って、認められたいって、すっごく嬉しそうに話してるアイナに・・・・・どうしてか失敗したらいいって思って・・・・・でも、そんなの・・・・・最低だから、私・・・・・苦し・・・・・」

 震える吐息で吐きだす、ティナの言葉を、エドガーは息を詰めて訊いていた。
 それから、ぎこちなく腕を動かすと、そっと彼女を抱きしめた。

「ティナ・・・・・」
「だから私・・・・・水、汲めなくて・・・・・失敗したらって・・・・・おも」
「ティナっ」

 尚も何かを告げようとする彼女の口を、そっと掌で塞いで、エドガーは彼女の耳元に唇を寄せた。

「もう良いから」
「っ・・・・・ふっ・・・・・」
 ぽろぽろと涙がこぼれる。歪んだ顔でしゃくりあげる彼女の額に、エドガーはそっとキスを落とした。

「ティナ」
「・・・・・・・・・・」
 両頬を両手で包んで持ち上げて、こつん、と額を合わせる。

「ありがとう」
「・・・・・・・・・・?」


 どうしてお礼を言われるのか、判らない。きょとんとするティナに、エドガーは目を細めた。

「きらきら、か」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「そうだね。好きな人の事を考えたり、想ったりすると、きらきらするものだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 アイナはエドガーが好きだと思う。多分だけれど。

 そう考えると、再び胸が痛み、彼女の顔がゆがむ。苦しそうなティナの、春の海のような瞳をじっと覗き込んで、エドガーは更に言葉を繋げた。

「それと同時に、胸が痛くもなる」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「嫌な事を考える事もね?」

 苦しそうな彼女の瞳が、ふっと和らぎ、エドガーを見上げる視線に「?」が混じる。

「誰だってそうだよ?ティナ。好きな人には優しくしたいし、尊重したいのに、それと同じくらいの強さで、自分に優しくして欲しいし、尊重してほしくなる」
 特別に扱って欲しくなるんだよ?

「とくべつ?」

 きょとんとする彼女に、エドガーは目を細めた。

「そう。特別。他の人にしないことを、して欲しくなる」
 そして、自分にしないことを、他の人にしないで欲しくもなる。


「ティナは私とアイナの間に『特別』があると気付いたんだろう?」
 だから、嫌な事を考えるようになった。

「・・・・・・・・・・・・・・・」
「それはつまり、私の事が好きだって事だろう?」

 やや強引かもしれないが、ティナにはこれくらいがちょうどいい。心の内でそんな事を考えながら、エドガーは更に彼女に顔を寄せた。

 唇が、触れそうな距離。

「好き・・・・・」
「違うの?」

 囁かれて、ティナはぎゅっとエドガーのマントを握りしめた。

「私は、君の特別じゃないかな?」
「とくべつ・・・・・」
「そう。他の誰かと、私が仲良くしていると、嫌じゃないか?」
「いや・・・・・」

 反芻する彼女を辛抱強く待って、エドガーは彼女から決定的な何かをもらえたら、このまま口付けてしまおうと心に決める。

 触れるだけのキスではなくて。
 もっともっと、深くて甘いキスを、したい。

「ティナ?」

 促されて、彼女は蒼穹の瞳を覗き込んだ。

「私は・・・・・貴方の特別?」

 見詰め返される。小さく笑って、エドガーは「もちろん」と囁いた。

「君は特別だよ、ティナ。」

 その甘い声に、ティナはそっと目を閉じると彼に身を持たせかけた。柔らかく抱きしめて、それから、彼女の答えを聞こうとするが。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 帰ってきたのは、心地よさげな吐息ばかりで、エドガーはちらと嫌な予感がして、慌てて彼女を覗き込んだ。

「・・・・・・・・・・やられた」

 自分の気持ちの振り幅についていけなかった、ティナがかくん、と落ちるようにして眠っている。
 しばらく、濡れた前髪の下で疲れて眠る彼女を見詰めてから、エドガーは小さく笑うと、彼女を抱き上げた。

「やれやれ・・・・・本当に君は可愛くて困るよ」




 そして、どこか甘い気持ちで思う。
 嫉妬してくれて、ありがとう、と。










 きらきらして、眩しくて、羨ましい。
 大成功した、アイナのマシンを前にして、ティナはエドガーに腕を取られて寄り添うようにして立っている。

 何となく、恥ずかしくて顔を上げられない。
 どうして恥ずかしく感じるのか、不思議でたまらない。

 堪らないが、羨ましそうなアイナの視線にさらされると、どうしても居たたまれなくなるのだ。

「凄くいい機械だね。ティナが興味を持つわけだよ」
 ありがとうございます、と優雅に礼をするアイナを見詰めた後、そっとティナに促す。彼女はエドガーの腕にしがみついたまま、ちょっと顔を上げると、「あのね」と口を開いた。

「エドガーが・・・・・その、いつも私と居ると、どこか痛そうな顔をするでしょう?それで・・・・・胸が痛いって言っていたから・・・・・薬を調合してもらったいいんじゃないかと思って・・・・・」
「え?」
 ぎょっとするエドガーを余所に、アイナがぽかんと口を開けてティナを見ている。そのアイナに、ティナは真剣な顔で迫った。

「エドガー、胸が痛いんですって。今も、痛そうな顔をしているでしょう?だから胸の薬が・・・・・って、なんで笑うの?」

 必死に笑いをこらえるアイナと、同じように顔を俯けるエドガーに、ティナは更に首をかしげる。

「ティナ・・・・・これは多分、胸の薬を調合するのでは駄目な気がするわ」

 アイナの台詞に「そうなの?」と彼女は反対方向に首を傾げた。
 困ったようなティナを余所に、アイナは「怖れながら、陛下」と恭しく頭を垂れた。

「ご消耗でしたら、未来の奥方さまをその気にさせる薬の調合に専念いたしますが、いかがいたしますか?」

 ちらりと瞳に可笑しげな色を滲ませて告げるアイナに、エドガーは「いいよ」と肩をすくめた。



「そういうところを含めて、私は彼女を気に入っているんだから、ね?」

 未来の奥方ってどういうこと???

 何となく気になる単語に、眉間にしわを寄せていたティナを抱き寄せて、エドガーは片目を瞑って見せた。

「きらきらに胸が苦しくなるのは、君だけじゃないってことだよ?」








































 一周年記念リクエスト企画作品です!!

 ぽぷーんさんからの

『ぜひエドティナのリクエストをお願いしたいです。。。あまあま希望ですw私は陛下に嫉妬してぐちゃぐちゃになったティナとか好きです←
そして陛下に抱きしめてもらっちゃったりなんかしたらもうたまらんです。。。
いろいろすみません・・・かのんさんに任せます。出来たら、よろしくお願いいたします!!』

 ということだったので、こんな感じになりましたが・・・・・

 寸 止 め で す い ま せ ん orz

 ちゅーさせちゃおっかなぁ、とか思ったのに陛下に無体を強いてしまいました(笑)

 エドティナって、ティナの天然炸裂具合と、それに振り回される陛下が美味しいなぁ、と常々思っているのでこんな感じとなってしまったのですが・・・・・楽しんでいただけましたら幸いですvv


 リクエスト、ありがとうございましたvv

(2010/04/10)

designed by SPICA