FFY

ウォーアイニー
「さ、これでお洗濯終了」
 腰に手を当てて、うーんと伸びをするローラにならって、ティナも両腕を空に向かって突き出した。
 振り仰いだ空は、若干赤みがかっているが、すべての人間を見下していた塔が消えてから、徐々にその異常な魔力から解放されつつある。

 風には緑と花の香りが交じり、冷たく吹きすさぶだけだったそれが、柔らかく大気を満たしている。

 気持ちよさそうに空を見上げるティナは、幸せそうに太陽の光を受けている。

 大切な恋人が居なくなって、その事実を受け止められなかった日々は終わりをつげ、ローラはマランダから、彼が最後に過ごしたモブリズへと居を移していた。

 最初の一年、ローラは足元にまとわりつく子供たちを追いかけるのに必死で周りが見えていなかった。
 二年目、ようやく周囲が見えだし、人の少ないモブリズを明るく楽しい、優しい村にしようと奔走し始めた。
 そして、三年目。ドマ城が機能し始め、海路が整うとニケアを拠点にちょっとずつ物資が入ってくるようになった。モブリズの現状をしって、心優しい人たちが集まり始めている。
 村として、機能しようとしている。

 着々とモブリズの世界が広がるその中で、のんびりと風を受けて笑う少女に、ローラは目を細めた。

「あのね、ティナ」
「なあに?」
 振り返り、一息ついてお茶でも入れようと考えていた彼女は、まっすぐに見つめてくるローラの眼差しに首をかしげた。
 意を決して、彼女はティナに切り出した。
「そろそろ・・・・・ティナも自分の幸せ、探してみない?」






「そう言われたの」
 困惑した表情で言うティナに、鞄一つで世界を飛び回る郵便屋・・・・・は仮の姿でその実、世界を股に掛けるトレジャーハンター・・・・・も自称なんだけど、なロックの恋人・セリスは眉間にしわを寄せた。
 彼女に、リルムからの絵葉書と、カイエンからのドマ名物を届けに来た矢先である。

 子供たちの住む孤児院は、外観も整い立派な二階建ての建物になっていた。出来たばかりの庭では子供たちがきゃっきゃとはしゃいで走り回っている。彼らが見える居間で、セリスにお茶を出すティナはしょんぼりしたように肩を落としていた。
「それって、要らないってことなのかしら?」
「何が?」
 紅茶をすすり、クッキーを口に放り込んだセリスは、頬杖をついて窓の外をみる。開いた窓から、ふわりと柔らかな風が吹き込んできた。
「ここに。」
 酷く不安そうに、座った椅子から身を乗り出すティナに、セリスは「うーん」と相変わらず眉間にしわを寄せたまま呻いた。
「ティナは・・・・・どうなの?」
 彼女の、色素の薄い水色の瞳が、ティナを映す。視線を落とし、スカートの裾を握りしめる彼女が口を開くより先に、「分からないはなし」とセリスが釘を刺した。
「・・・・・・・・・・セリスの意地悪」
 頬を膨らませて睨みつけるティナに、大げさに肩をすくめてセリスは「ほら、よーく考えて」と、教師のように厳粛な顔をして見せた。
「自分の幸せって・・・・・言われても・・・・・私、今までにないくらい幸せよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 情けない顔で見上げるティナに、セリスは「まあそうでしょうね」と小声で告げると、彼女の過去を思いやる。

 帝国の魔導師、という一括りで、二人は同じ境遇に居た、と考えられがちだが、実際は違う。
 人造魔導師だったセリスには、その研究の第一人者のシドが祖父のように傍に居てくれた。
 だが、生まれつき魔導の力を持つ、特殊な生まれの彼女は、だいぶ酷い扱いを受けていた。

 ぽつりぽつりと話してくれた彼女の過去を知っているだけに、彼女の今の台詞は十分に重たく、また真実であろう。

 だが。

「でも、ティナはそこでいいの?」
「え?」
 クッキーを持った指を突きつけられて、ティナはきょとんと瞬いた。

 そこ?・・・・・って、どこ?

「ティナはこのまま、ここで子供たちと一緒に年をとって、一生をここで終えていいってこと?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 一生。

 目を瞬く彼女を見つめて、セリスは「まだ見つけてないものがあるんじゃないの?」と柔らかく微笑んだ。

「見つけてないもの・・・・・」
「そー」
 それから、彼女は持っていた鞄をごそごそと探り、手紙の束を取り出す。
「ツェンからマランダ・・・・・ナルシェからアルブルグ。ニケアからフィガロにゾゾからコーリンゲン」
 宛先を読みながら、セリスはテーブルの上にばさばさと手紙の束を落としていく。

「この中にはね、ティナ。大事な人に会いたいって気持ちを込めたものがたくさんあるの」
「知ってる。ローラさんがマランダで待っていたものでしょう?」
「そう。」
 にこにこ笑うセリスに、ティナはちょっと困ったように笑いながら、「ロックとセリスを繋いでるものよね?」と自信なさそうにつぶやいた。
「そうそう」
 さらに笑みを深め、セリスは丁寧に出した手紙を鞄に戻すと、「ティナはどう?」と今度は彼女が椅子から身を乗り出した。
「まだ見つかってないんじゃない?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「手紙、出したい人居る?」
 綺麗なセリスの金髪を見つめながら、ティナはうーん、と天井を見上げた。

 手紙はちょこちょこ貰うし、返事も書く。
 今回、リルムから絵葉書をもらったし、カイエンには何かお返しをしなくては。
 そういうと、セリスは「それから?」と促す。
「それから・・・・・」
 マッシュ・・・・・はどこなのかしら?居場所が分からないんじゃセリスとロックに頼むのはちょっと・・・・・ガウはきっと獣が原だから、ここから近いし、手紙を渡すのはセリスに悪い。セッツアーは空を飛んでるから、向こうから来てくれる。シャドウとストラゴスは、リルムの手紙によると元気そうだし、リルムに手紙を書けば問題ない。
「・・・・・・・・・・エドガー、とか?」

 何故疑問形?と思わないでもないが、百面相をして色々考えて出た答えが、「もしかしたら、エドガーに手紙を出したいのかもしれない」という気持ちなのだろうと、セリスは勝手に解釈した。
「エドガーになんて手紙を出したいの?」
 手を組んで、その上に顎を乗せて尋ねるセリスに、ティナはきゅっと唇を噛んだ。

 最後に会ったのはいつだったろうか?
 ああそうだ。去年、フィガロに呼ばれてマッシュとエドガーの誕生パーティに出席したっけ。
 でも、あんまりちゃんと話が出来なかった。
 特に話すこともなかったし。
 遠くで見かけて、にっこり笑ってくれて、慌てて手を振り返した。何か話したそうなエドガーが不思議で、でも綺麗な女の人がたくさんいたから、邪魔しちゃ悪いって、早々に部屋に戻ったんだっけ。

「あの時・・・・・」
 きらきらひかるシャンデリアと、磨かれた床や銀食器。優雅な音楽と、星が綺麗な砂漠の夜。それを思い出しながら、ティナが思い出したように言葉を紡ぐ。
「エドガー、何か言いたそうだったわ」
「・・・・・・・・・・あのときって、いつ?」
 最近、あの砂漠の王様はここに来ただろうか?それともティナはフィガロまで出向いただろうか。

 セッツアーが何か二人を繋いだ?とセリスが考えていると、「一年前の」とティナが口をはさみ、「一年前!?」と彼女は素っ頓狂な声を上げた。
「え?」
「一年前の事なの!?」
 がっちゃん、とカップを置くセリスに、ティナは「ええ」と小声で答えた。
「一年前、フィガロ城に呼ばれたでしょう?その時に、エドガーが何か話したそうだったから・・・・・」
 それがなんだったのか、ちょっと知りたいかな?

 自分のお茶を口に運ぶティナの言葉に、セリスは複雑な顔をして黙り込んだ。色々、胸の内で考える。
「あのね、ティナ。それは別に手紙を出さなくていいんじゃないかしら?」
「え?」
 出せ、と言ったのはセリスじゃなかったろうか。目を見開くティナに、彼女は早口で、「だってそれって、まるっきりぜんっぜんエドガーの事なんかこれっぽっちも気にならなかったってことなんでしょう?」と告げる。
「そ、そんなことないわ。ちょっとは気になってたわよ」
 セリスの口調が、どこかあきれた風だったから、ティナは思わずムキになる。だが、彼女の嘘は分かりやすい。
「駄目よ、ティナ。私に嘘なんか付けないんだから」
「・・・・・・・・・・」
「手紙は却下。大体、あの王様に『気になることがあるんだけど』なんて手紙を出す必要はどこにもないわよ」
「どうして?」

 肩をすくめるセリスの言葉に、ティナが引っ掛かる。

「あの時、確かにエドガーは私に何か話したそうだったわ」
 それを知りたいと言って何が可笑しいの?

 首をかしげるティナに、セリスはちょっと黙ると自分の長い金色の髪に指を絡めて溜息をついた。

「ねえ、ティナ。エドガーがあの性格じゃなかったら、私だって別に、去年のことで手紙を出しても構わないと思うの。でも、相手はエドガーよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何が違うの?」
「違うわよ。大違い!そんな手紙をだしたら最後、あの王様がどんな行動に出るか・・・・・ティナ、分かってないわ」
「そんなこと」
「じゃあわかる?」
 ぽい、とクッキーを口に放り込んで尋ねるセリスに、仕草がロックに似てきたな、なんて一瞬思ったティナは黙り込む。

 どうなるんだろう?

 視線を逸らし、いくらか頬を膨らませるティナに「ほらね」とセリスは紅茶を口にした。

「なら、セリスは分かるの?」
 不機嫌そうに睨みつけながら言うが、セリスは「当たり前よ」とあっさり言う。
「だてに私だってメッセンジャーやってるんじゃないのよ」
 フィガロには結構立ち寄るんだから。

 にやっと笑って言われて、ティナはどきりとした。

 そうだ。
 セリスは自分と違って、今でも世界を旅してまわっている。その度に、仲間にも街の人にも会っているのだ。
 ここが世界のティナと違って。

「あの王様、賭けてるわよ」
「え?」
 何となく、不安定な、落ち着かない気分になったティナは、ぎゅっとエプロンの裾を握りしめる。その彼女は言われた台詞に顔を上げた。
「賭けてる?」
「そー。」
 そのまま、セリスはティナの夏の海のような碧緑の瞳を覗き込んだ。
「でも、狙ってるのは大勝だから、ちょっと今は味方出来ないな」
「???」

 さっぱり分からない、と首をかしげるティナに、セリスは「また来るね」と立ち上がった。

「もういっちゃうの?」
 慌てて立ち上がり、時計を見る。セリスがここにきてから、まだ一時間しか経っていない。
「ロックと待ち合わせしてるの。狂信者の塔付近でね。」
 あの塔の地下に信者から巻き上げた色んなものが眠っているっていう噂があるのよ。

 自分の腰に剣を差しなおし、セリスはマントはいいか、と丸めて背中にしょってしまう。
 日の光がきらきらと世界中を満たし、風が気持ちいい。

「いつ来る?」
 珍しく食い下がるティナに、セリスはちょっと目を見開くと笑った。

「さあ?ティナあてに手紙がきたらね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 じゃあね、と綺麗な笑顔でモブリズの村をゆっくり歩いていくセリスを見送り、ティナは力が抜けたように椅子に腰を下ろした。

 窓の外には、変わらない景色がある。普段の日常。いつもと変わらない毎日。
 ここにあるしあわせ。

「・・・・・・・・・・私自身の幸せ」

 ローラに言われた台詞が、どうしてか、胸の内をぐるぐる回っていて、ティナは再びドアに視線を向けた。

 セリスは来てくれるだろうか?
 ティナに手紙を持って。

 それは誰からの?本当に来る?本当に・・・・・?


 急に自分の立っている場所が不安定になり、眩暈がする。心細い気持があふれて、ティナはどうしたんだろう、と肩を抱いた。









「やあ、セリス。何か月ぶりかな?」
 相変わらず綺麗だね。

 金色の髪を手にとって口づける。
「ありがとう」
 あっさり受け流せるのは、セリスの心にはちゃんと大事な人が居るからだ。にっこりわらう彼女に「ああ、恋する女性はなんて美しいんだろう」とエドガーはぼやいた。
「悲しいのは、その美しさが私の為にあるのではないことだ」
「どさくさにまぎれて何言ってんだよ」
 そのまま、彼女の手を取って握りしめるエドガーから、ロックが慌てて彼女を取りかえした。

 昼下がりの場内は、のんびりとした空気が漂い、友人の訪問により、激務からわずかな間解放されたエドガーは、執務室のソファーに座る二人に笑みを見せた。

「で、何の用かな?盗賊夫婦殿?」
「トレジャーハンター!」
 眉を吊り上げて答えるロックに笑いながら、エドガーはひらひらと手を振った。
「どっちも一緒だろ」
「同じじゃねぇ!」
「数日前に、モブリズに行ったわよ」
 噛みつくロックを無視して、セリスが笑顔でエドガーを見た。勢いよく彼が振り返った。
「で?」
「・・・・・・・・・・」

 複雑な顔をするセリスに、エドガーは「ああ、ナルホド」と微かに溜息をついた。
「じゃ、この手紙も保留だな」
 そう言って、彼は机の上に置いてあった手紙を残念そうに眺めた。
「あのね、エドガー。そろそろあきらめたら?」
「どうしてだい?」
 書きあげたばかりの手紙を、机の下から引っ張り出した銀色の箱に納める。その動作と溜まりに溜まった「保留」の手紙束にセリスが苦笑した。
「だって・・・・・ティナ、貴方のこと、一年は忘れてたわよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ひき、と彼の身体が固まるのを見つめながら、セリスは更に「私が誘導しなきゃ、彼女永遠と貴方のこと、忘れてたわよ?」とトドメを刺す。

 それに、エドガーが溜息をついた。

「分かってる。彼女の今までの経緯を考えるなら、俺から彼女に手紙を出した方がいいに決まってる」
「そうね」
「でも、それじゃ駄目だ」
「あんで?」

 出された焼き菓子を頬張るロックを、エドガーは哀れなものでも見るような眼差しで見やった。

「単細胞君はこれだから、うらやましいよ」
「お前がひねくれてんだよ」
 言い返し、ロックは「なんでもいいから手紙出しゃいいだろ」とめんどくさそうに両手を頭の後ろに組んだ。
 そのままソファーにそっくりかえるから、エドガーはお手製のリクライニングをマックスで倒してやろうかと彼を睨んだ。
「それじゃ、他の連中と同じだ」

 ティナは、己から行動を起こさない。
 手紙をもらってから初めて返事を出す、そんなタイプだ。

 常に、相手の事を考えて、考えすぎて気軽に行動が出来ない。ロックのように「ただ会いたいから会いに来ちゃった」というような衝動的な事を彼女は絶対にしないのだ。
 来たら迷惑だろうか。
 手紙をだしたら困るんじゃないだろうか。
 会いたいなんて、言えるわけがない。

 彼女の居るモブリズは、その世界を広げている。だが、ティナだけがその場に立ち止まっている。
 それも無意識に。

「自分の幸せに対して、ティナは欲が薄すぎる。そんな彼女に、俺からせっせと手紙を出してどうする?」
「いいじゃないか。ティナ、愛してる。会いたい。今すぐ君を奪いに行きたい・・・・・なーんて、お前いくらでも書けるだろ?」
「・・・・・セリス、この馬鹿を黙らせてくれ」
「残念ね。サイレス、使えなくなっちゃった」
 ジェスチャーを交えて言うロックが、「本当のことだろ!?」とムキになった。
「そうすりゃ、ティナだってまんざらじゃ」
「まんざらなんてとんでもない。俺が欲しいのは、もっと強い思いだ」
 拳を握りしめて言われ、ロックは呆れた。
「けど、だからって行動を起こさなかったら、ティナはずーっとあのまんま、モブリズで埋もれていくぞ?」
「・・・・・・・・・・まあ、そうだろうな」
「なのにお前は、ティナが『会いたい』とかって手紙を出してこない限り、コンタクトを取らない、なんてのを貫くのか?」
 馬鹿だろ、お前、馬鹿だろ!
 憤るロックをじっと見つめて、エドガーは窓枠に両手をついて、目を伏せる。
「手紙が来なければ、残念ながらそうなるな。・・・・・彼女にとって俺はその程度だったってことさ・・・・・」

 そして彼女がモブリズで新たな男に出会い、恋をして、結婚をして、子供が生まれるのならそれでよし。

 言い切るエドガーに、「男なら奪いに行けよ!?」とロックが珍しくまっとうな男らしい台詞を吐いた。
 だが、そのロックの裾を、セリスが引く。

「―――エドガー?」
 顔を俯けている彼の周りの空気が、心なしか凍っている気がする。
 ひきつった笑みを浮かべるロックに、ゆっくりとエドガーが振り返った。
「・・・・・・・・・・なんて台詞、この、俺が、言うわけないだろ?ロック・コール」
 蒼穹の瞳が、アイスブルーにまで温度を落とす。

 うわ、とロックは身を引いた。

「ティナが他の男と結婚?そして子供まで生まれて?結婚しましたって絵葉書が届くのか?リルムの挿絵で?」
 冗談じゃない。

 きっぱり言い、エドガーは「さんざん待ったが、もしかしたらもう限界かもしれないな」と顎に手を当てて考え込む。
「何が?」
 限界?とひきつった笑みを浮かべるロックに、エドガーは女性なら卒倒しそうなほど、煌びやかな笑みを浮かべた。
「こうなったら、全力でティナに手紙を書かせるしかなかろう」
「・・・・・・・・・・は?」
 お前が書きためた手紙を出すんじゃないのか?

 半眼で尋ねるロックに、「馬鹿言え」とエドガーはにやりと笑う。

「彼女から手紙をもらわない限り、俺の負けは決定してるようなものだ」

 本当にそうか?単なる意地じゃないのか!?

 遠く叫ぶロックの声を無視して、エドガーはセリスにおっかなくて逆らえない笑みを閃かせた。






「ああ、セリス。丁度良かった!入って入って!」
 彼女の元を訪ねてから、まだ二週間しか経っていない。あまり間隔の開いていないセリスの訪問を、ティナは満面の笑みで迎えた。
「あのね、セリス。あれから私、色々考えたの」
 お茶とお菓子を出して、セリスを座らせたティナが嬉しそうにエプロンのポケットから手紙を取り出した。

 本日、エドガーに言われて、「彼がどうやら病気らしい」ということを「さりげなく」ティナに伝えようとしていたセリスは、意外な事に計画を胸の内にしまい込む。
 このままティナがエドガー宛の手紙をセリスに託せば、どうでもいい茶番を演じなくて済む。

 そう思って、身を乗り出せば、「ここでの生活も落ち着いてきたし、皆にね、手紙を書いたの」とティナがにこにこ笑いながらいくつかの封筒をテーブルに並べた。

「・・・・・・・・・・皆?」
 そっけない普通の真っ白な封筒だが、ティナは顔を輝かせてセリスに語る。
「そう。いつも皆からもらってばかりだから、今度は私から。えっと、これがマッシュとセッツアー宛なんだけど、きっと二人とも捕まえるの難しそうだから、会ったときでいいわ。そして、こっちはガウとリルムとカイエン。シャドウとストラゴス宛のは、きっとリルムに渡せば届くわよね?」

 見事に全員宛の手紙がここにある。

「で、エドガーには?」
 ここにある手紙はもちろん大事だが、現在セリスが請け負っている「ものすごく面倒な」依頼はエドガー宛の手紙をゲットしてくることだ。
 なんに、その肝心の男宛のが無い。
「えっと・・・・・あのね・・・・・」
 宛名を確認するセリスに、ティナは急に歯切れが悪くなった。
「一番にエドガーに手紙を書こうと思ったんだけど・・・・・あの・・・・・」
「?」
 心底困ったような顔で、ティナはセリスを見上げた。
「何度書いても・・・・・その、うまく書けなくて」
「別にうまく書く必要はないんじゃない?」
 きょとんとして問い返され、「そうなんだけど!」とティナはしょんぼり肩を落とした。
「皆に、近況とか、どうしてますか、とかそういうのは書けたんだけど、エドガーにだけはうまく書けないの」
 どうしてかしら?

 不安げに見上げるティナを、セリスはまじまじと見つめた。

「それは・・・・・エドガーにどう思われるか気になるってこと?」
 恐る恐る切り出されたセリスの言葉に、「おかしいわよね?」とティナは眉間にしわを寄せたまま彼女を上目遣いに見た。
 困り果てた彼女の様子に、セリスはどきりとした。
 あら?これってまさか?
「他の皆には、普通に手紙が書けたの。でも、いざ、エドガーに近況のこととか色々書いて、一年前の事を訊こうとおもったら・・・・・なんとなく・・・・・呆れられるんじゃないかなって」
 いやいや、それどころか狂喜乱舞しますよ、あの王様は。
 内心で突っ込みながら、セリスは興味深そうに少女を見た。
「私・・・・・今まで全然手紙を出してなかったから・・・・・急にこんなこと訊かれたら、エドガー、困るんじゃないかな、とか色々考えたら・・・・・」
どうしても筆が重くなってしまったのだ。

 情けない顔でこちらを見るティナに、セリスは一瞬考え込むと、「あのね、ティナ」と彼女の手をとった。
「別にエドガーは去年のことを訊かれたからと言って、怒ったり呆れたりはしないと思うわよ。」
「ホント?」
 縋るように目を見開くティナに、彼女はうなづいた。
「ええ、だってエドガーよ?女の子を悲しませるようなことは絶対にしないわ」
「そうよね?」
 ぎゅっとセリスの手を握りしめるティナに、彼女はとびっきりの笑顔を見せた。
「それに、あの王様はどんな女の子にも優しいもの」
「そう・・・・・よね。」

 にこにこ笑うセリスを前に、急にティナはどきりとして声がかすれた。
 そうだった。
 忘れていた。
 彼は、この間会った時も綺麗な人に囲まれていたっけ。

「だから、何を書いても大丈夫。ちゃんと返事をくれるわよ」
「・・・・・・・・・・うん」

 なんとなくうろたえながら、ティナは急いでセリスから手を放した。落ち着かなく椅子に座りこんで考え込む彼女を見つめて、セリスは笑みを深めた。

「そうよね・・・・・なんで私、そんなこと思ったんだろう・・・・・」
「だったら、さっさと手紙、書いちゃいなさい。このセリスさんが運んであげるから」
 片肘をついた格好でほほ笑んで言われ、「そうね」とティナはのろのろと椅子から立ち上がった。それから、居間をうろうろと歩き回った揚句、ようやく決心したように自室へと取って返した。







 こんにちは、エドガー。お元気ですか?
 セリスやロックから色々お話を聞いています。王様ってやっぱり大変なのね。
 そういえば、この間会ったときにエドガーが何か話したそうにしていたのに気付いて




 そこまで書いて、ティナはぐしゃっと手紙を握りつぶすと、立ち上がる。早足で部屋を出て、居間に行くと泣きそうな顔でセリスを見た。
「やっぱりいい。エドガーには出さないわ」
「え?」

 子供たちから花冠をもらって嬉しそうにしていたセリスは、驚いて彼女を見た。

「な、なんで?」
「いいの・・・・・」
 首を振り、ティナはまっすぐにセリスを見つめる。
「エドガーには・・・・・出さない」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 なんで!?どうして!?えええ!?

 今度はセリスがうろたえるが、ティナはきっぱりと決めてしまったらしく、唇を噛んだまま動こうとしない。
 ミッション達成ならず・・・・・。

 ここではたと、エドガーに言われた姑息な手段を思い出すが、いまさら「彼は病気です」なんて言えるわけもなく、セリスは「エドガーに手紙は出せない」という返事だけを持って、フィガロに向かわざるを得ないのだった。







「何故だ!?なんで!?おかしいだろうがっ!?」
 あれから二ヶ月後。各地を回ってフィガロにやってきたセリスに、エドガーが執務机に両手をついて嘆く。
「作戦を授けただろうが、セリス将軍!」
「いえ・・・・・そうなんだけど・・・・・まあ、色々あって、結局ティナは『エドガーには手紙を出せない』って結論になったみたいよ」
「ここに病床でも必死に政務に取り組む私の心情をしたためた大作があるというのに、それをお蔵入りにしろというのか、君はっ!?」
 勝手に捏造してたのかよ、というロックの半眼の突っ込みはこの際どうでもいい。
「意中の人から手紙一本貰えないとは、なっさけないなぁ、王様」
 にやにや笑いながら言うのは、途中でセリスとロックを拾ってきたセッツアーだった。
 執務室のソファーにふんぞり返る彼を、エドガーが力いっぱい睨みつける。
「黙ってろ、住所不定無職」
「高学歴高収入が男の全てじゃねぇ!」
 つっかかって怒鳴るセッツアーを無視し、エドガーは己の何がいけないのだろうかと必死に考え込んだ。
「何故だ・・・・・なんでティナはこんなどうしようもない男に手紙が書けて、俺には書けないと言うんだ・・・・・」
 俺が一国の主だからか?遊び人になりさがればいいのか!?
「セッツアー、君のようにいい加減な人生を歩むにはどうしたらいいか、教えてくれないかな」
「殴っていいか?」

 ひきっとこわばった顔をするセッツアーに、セリスが溜息をついた。

「そういう問題じゃないと思うのよね、私が思うに」
「じゃあ、何が問題なんだよ」
 セッツアーとエドガーのにらみ合いを、やる気なくソファーにもたれ、興味無さげに見ていたロックが、後ろに立つセリスを仰ぎ見た。
「多分だけど・・・・・」








 セリスの一言が、ティナの気分をもやもやしたものにしていた。

 その夜も、いつものように今日一日の出来事を思い返し、明日の予定を考えたあと、エドガーについて一人ぼんやり考え込んでいた。
 机の上のランプの明かりを、見るともなしに見つめて考える。

 エドガーはどんな女の子にも優しい。

(そういえばそうよね・・・・・街でも女の人には凄く優しかったし・・・・・ニケアでは女の人となんだか親しそうに話してたし、この間の誕生パーティーも・・・・・)
 誰にでも優しい。

「・・・・・・・・・・・・・・・」
 溜息をついて、インク壺を見つめた。
 セリスが行ってしまってから、何度か彼に手紙を書いてみようと頑張ったが、肝心の気になることを書きだすと、どうにも苦しくなって止めてしまうのだ。

(別に気にすることじゃない・・・・・・・・・・ううん・・・・・違うわ)
 ぎゅっと、夜着の胸元を握りしめて、ティナはうつむいた。


 どうして私と話をしたそうだなんて、思ったんだろうか。


 セリスに言われるまで、ティナはあの時のエドガーの様子を、「自分と話がしたそうだ」という様子だと疑ったことなどなかった。
 だが、エドガーが女の人の誰にでも優しい、という指摘を訊いてしまってから、急にそれが根拠のない自分の思い込みだと気付いたのだ。
 気づいてしまったら、もう、ティナはそれを手紙で問いただすことが出来なくなってしまった。


 どうしてだろうと、そう思う。


 真実を知りたいと願うのは、別に悪いことじゃないだろう。
 あの時、話したそうにしてたわよね?に対する答えが、「いや、全然ちがうんだ」でも構わない筈ではないか。


 でも、そんな返事が来たら、きっと落ち込む。すごく落ち込む。それが嫌でティナはエドガーに手紙が書けないのだ。
(なんで落ち込むんだろう・・・・・)
 今の今まで、そんな出来事、すっかり忘れていたのに。
 エドガーはきっと、フィガロで国王陛下として忙しく働いているのだと、そう思っていたのに。

 それなのになんで、急にそんなことで落ち込むの?


 忘れてしまおうと、ティナはここ数日、何度も机については頭を振っていた。でも、意識すればするほどだんだん余計な事まで考えてしまい、最終的に「どうして私、そんなこと考えてるの!?」と悲鳴のような声で叫ぶはめになるのだ。

 その日も、そうやって鬱々としていると、不意にノックの音がした。
 はっと顔を上げて慌ててドアを開けると、そこに立っていたのは、ティナに「自分の幸せを探したら?」と切り出したローラだった。





「ごめんなさい。ここ数日、ティナがなんだか落ち込んでるようだったか」
 ふわりとほほ笑むローラに、ティナはちょっと困ったように笑った。
「態度に出てた・・・・・かな?」
 しゅんと落ち込むティナに、ローラが「そうね」と笑いながら告げる。
「もしかして、私の所為かなって思ったから」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 上目遣いで見上げるティナに、「自分の幸せで戸惑ってる?」とローラが楽しそうに言った。
「そう言われたから、セリスに相談したの」
 ティナはそれから、気になる人はいないのか、とセリスに言われ色々考えて、手紙を出したい人がいないかどうか、考え込んだ話をした。
「それで?」
「・・・・・・・・・・・・・・・手紙、出したわ。仲間みんなに。」
 でもね。
 泣きそうな顔で、ティナはローラを見た。
「どうしてもエドガーには出せないの」
「エドガーって、フィガロの王様よね?」
 綺麗な人。
 にっこり笑うローラに、ティナはどきりとした。

 太陽の光を集めた金糸の髪。蒼穹を映した深い色味の瞳。立ち姿はすらっとしてて、王様だけあって品があって。
 素直に「カッコいい人ってこういう人をいうんだ」とティナは思ったものだ。

「素敵よね。彼が王様ってだけで、フィガロに移住しようかなんて話す女の子、マランダにはたくさん居たわよ?」
 うっとりした表情で言われて、ティナはますます混乱した。
「それって・・・・・エドガーが女の人に優しいから・・・・・?」
「それもあるわね。それに、あの外見だもの。女の人が放っておくわけないわ。」
 言われて、初めてティナはエドガーがどういう人物で、どういう風に周りから見られているのか知ったのだ。

 エドガーって・・・・・女の人に人気があるんだ・・・・・

 自分はともかく、セリスはエドガーに対してそんなに特別な態度をとってなかったし、リルムも「色男」なんて言ってからかうだけで、特に気にしてる風ではなかった。
 だから全然気付かなかったのだが、彼は凄く、人気があるというのだ。

 ふいにまた、女性に囲まれていたあの日の夜を思い出して、ティナは落ち着かなくなる。

 一体自分はどうしてしまったのだろうか。

「そういえば、最近の新聞で知ったけど、西の地にいらっしゃった、マランダ王室の遠縁の姫君が、マランダ再興の為に、エドガーさんと婚約するかもしれないって記事が載ってたわよ?」
「え?」

 はじかれたようにティナが顔を上げる。
 セリス、そんなこと言ってたっけ?

「マランダも、帝国によって占領されて王族は皆死んでしまったけれど、とにかく血が残っててよかったわ。あのまま統治者がいなくて、無法地帯になってしまうの、忍びなかったし。これを機に、マランダがフィガロの同盟国家になるのもあの辺一体にとっては有意義・・・・・って、どうかしたのティナ?」
「あの・・・・・」

 ぎゅっと己の腕をつよくつよく握りしめるティナは、無理に笑みを浮かべた。

「それって、エドガーが・・・・・結婚するってこと?」
「まあ、可能性はあるかもしれないってことね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ぎゅっと唇をかむ彼女に気付かず、ローラは苦笑した。

「どんなに女の人に優しくても、彼は国を背負って立つ人間なのよね。」
 なんとなく、普通の女の子をお嫁さんにしちゃいそうな気がしてたんだけど、やっぱり違うか。
 屈託なく笑うローラを前にして、ティナはうつむいて黙り込んだ。

(エドガーが・・・・・ケッコン・・・・・)

 不意に、ティナの心にふつふつと欲求が湧きおこってきた。

 知りたいと思う。
 これは本当のことなのだろうか。
 マランダの姫君はどんな人なんだろうか。
 セリスは何か知ってるのかしら。
 知っててどうして教えてくれないのかしら。
 ううん、セリスだって知らないのかも。

 だって、彼女は普通のメッセンジャーでトレジャーハンターで・・・・・



 そこまで考えて、ティナは自分とエドガーの間に、とんでもなく大きな距離があることに初めて気づいた。
 それなのに、どうして自分は今まで、エドガーがすごく身近な人だと思っていたのだろう。


 初めて会ったときに優しくしてもらって、必死で役に立とうとして、そのあとも、自分を見つけ出してくれて、足踏みしがちな自分を呆れるくらい辛抱強く引っ張ってくれて・・・・・。


「ティナ?」

 気付くとティナは、立ちあがっていた。
「私・・・・・」

 どうしようもないほど強い気持ちが、己を突き動かす。

 そんな彼女を見たローラは、泣き出しそうなティナの顔にほほ笑んだ。

「ティナ、どうかした?」


 ☆


 空は、がれきの塔から放出される神々のエネルギーで、永遠に黄昏ていた。ツェンの街で凍える風に身を浸してティナはそびえたつ塔を見つめていた。

 あの先に、ケフカが居る。

 世界が崩壊したあの日から、彼はずっとそこで、三闘神の力をとりこんで神と称して世界中を監視していた。
 歯向かう者には裁きを。許しを乞う者には狂乱を。

 見つめ、頂上を睨みつけていると身体の奥から徐々に冷えていき、自分が機械のようになるのが分かる。
 魔導の力が研ぎ澄まされて、指の先までみなぎっていく。

 アルテマウエポンと呼ばれる、己の力を刃に変える武器がある。

 そんな武器に、己が変化していく気が、ティナはしていた。

 護るために、私は刃となろう。
 何も考えない、戦闘兵器へ。
 大丈夫。

 この力は、護るために使うのだから。


 きっと大丈夫。


「風邪をひくよ?」
 はっと我に返ると、宿から姿を現したエドガーが、ほほ笑んで手を差し出した。考える間もなく己の手を取られる。
 ぎゅっと握りしめられて、じり、と痛みを覚えるほどエドガーの掌が熱い事に気づいて驚く。
「まるで氷のようだね」
 両手を包まれるようにされて、ティナは己の手が冷たすぎなのだと気付く。
「いつからここに?」
 蒼い瞳が、自分を映している。

 忘れてしまった青空が、そこにあって、吸い込まれるように見つめながら「忘れたわ・・・・・」とティナは答えた。

「駄目じゃないか。こんな薄着で」
「平気。寒くなかったから」
 答えるティナの、かろうじて薄いマントに覆われた肩に、エドガーの手が移る。
「冷たいよ」
「そう?」
「凍ってるみたいだ」
「ちゃんと動くもの」
 肩を動かして見せると、今度は彼の手は頬に伸びた。指先が、顎のラインを撫でて、ティナはどきりとした。

 なんとなく落ち着かなくて視線を逸らす彼女の、顎と首筋をさまよっていたエドガーの指と手が、ふわりとティナの耳と頬を覆った。

「だとしたら、君は望んで冷たくなっていたのかな?」
 こんなに冷え冷えになることをね。

 言い方が可笑しくて思わず笑うが、見つめるエドガーの瞳は笑っていなかった。

「そんなことない。もうちょっとしたら、戻ろうと思ってたの」
「そうかな?」
「本当よ」
 もうすぐ暗くなるし。

 そう言って顔を上げようとするティナの、碧緑の瞳を覗き込むように、エドガーが顔を寄せた。びっくりして身を引く彼女をまっすぐにエドガーが見つめた。

「俺には、君が全部を捨てようとしてるように見えたけど?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「操りの輪はどこにもないのに」

 耳元でささやかれた言葉に、はっとする。



 兵器のような感覚。
 見上げた塔の、その先を睨みつけると、ふつふつと湧きおこってくる冷たい感情。
 何もかも押し殺して戦う、そんな感触。


「どこまでも君を苦しめる男だね」
 それだけで、断罪の理由になる。

 きっぱりと言い切り、塔を睨みつけるエドガーに、ティナが慌てた。

「駄目、エドガー!裁きの光が・・・・・」
「構わない。落とせるものなら落とせばいい」
「エドガー・・・・・」


 だが、憎悪を持って睨みつけるエドガーに、冷たい刃は降り注ぐことは無かった。

「ティナ」
 知らぬ間に、その腕に引き寄せられて、抱きしめられたティナは、耳を押しあてた彼の身体から響いてくる、柔らかな声に聞きいる。
「君の体にある傷は、彼がつけたもの?」
 そっとささやかれたそれに、はっとティナが顔を上げた。無意識に、己の右胸の下あたりを押さえる。
 エドガーはまだ、塔を睨みつけていた。両腕に力が籠り、ティナは焦った。
 このまま本当に、たった一人でもエドガーが瓦礫の塔に突っ込みそうな気がして、彼女は早口で答える。
「いいえ、違うわ」
「本当に?」
 大好きな眼差しが注がれ、必死に彼を見上げて彼女はうなづいた。
「違う」
 きっぱりと言われて、心なしかエドガーの腕が緩んだ気がした。
「・・・・・じゃあ、誰に?」
 訊かずにはいれなくて、そう尋ねるエドガーに、ティナは悲しそうに笑った。
「・・・・・ケフカが殺してしまった」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 もう一度、エドガーは瓦礫の塔を見上げて、「それが嘘じゃないのなら」とぽつりと漏らす。
「いくらか、奴にも許される理由があるわけか」
 深い溜息をついて、エドガーはティナにもたれかかる。

 首に顔を埋められて、ティナは硬直した。柔らかな前髪の感触と、かすかに触れる彼の唇が熱い。

「ティナ」
 吐息がくすぐったくて、ますます固まるティナを気にせずに、エドガーが続けた。
「君を傷つけたり、悲しませたりする人間がいたら、直ぐに俺に教えるんだよ?」
「・・・・・・・・・・どうして?」
 問い返す、かすれた声に、エドガーが人の悪い笑みを浮かべた。

「俺が八つ裂きにするから」
 その為に、回転のこぎりを改造しておかないとね。

 悪い冗談なのか、本気なのか。

「そんなことしなくていい」
 慌てて答えるティナの額に、己の額を押しあてて、エドガーが目を伏せた。
「そうはいかない。」
「どう・・・・・して?」
「その理由は、君がちゃんと帰って来て、俺に訊いてくれたら答えよう」
「?」
 不思議そうな顔をするティナをぎゅっとして、それからエドガーは柔らかく笑った。
「何事も、フェアじゃなくちゃね?」








 ☆






 フェアってどういう意味?

 そんなことを考えて、違う違うとティナは首を振った。

 きっと、エドガーはティナが質問するのを忘れるだろうと、予測していたのだろう。だから、彼から瓦礫の塔に突入する前夜に交わした話の続きを、聞くことはなかった。
 ティナが尋ねなかったからだ。

 尋ねない限り、エドガーは答えない。
 フェアじゃないからと、そう言って。

「私って最低だ・・・・・」
 ドマを中継とする海路を、船は穏やかな風を受けて西に進む。甲板に立ち尽くし、船べりにもたれかかったティナはぎゅっと目を閉じた。
 塩辛い風に吹かれ、金緑の髪がふわふわと空を舞う。

 ああ、どうして今まで忘れていたのだろうか。

 そう考えると、エドガーに聞きたいことがあふれてくる。

 傷つける人間を八つ裂きにすると言ったけれど、それは他の女の人の場合もそうなのだろうか?
 結婚する相手は、やっぱりどこかの王族の方なのだろうか?
 今は誰が一番身近にいるの?
 抱きしめてる人はいるの?
 パーティーの時、女の人と何を話していたの?


 気になる。
 そして泣きそうになる。

 彼は、聞いてくれたら答えると言っていたのに、「どうして?」と尋ねた私が忘れていたなんて。
 今更ってきっと思われる。

「でも戻れないよ・・・・・」
 知りたい。
 エドガーが今、どうしているのか、すごく知りたい・・・・・


 軋む船と波の音。吹き付ける海風に身を任せて、ティナはまっすぐに水平線を見た。
 ニケアからまた船に乗りついで、そしてサウスフィガロだ。


 久々に、遠くまで来たとティナは目を見張る。

 遠くまで水平線が広がり、見上げた空は、真っ白な雲が浮かんで永遠と続いている。
 視界いっぱいに広がる、空と海。

 息をのむ。

 世界って、こんなに広かったっけ・・・・・







「兄貴も、飽きもせずによくやるよな」
 そう言ってソファーに寝っ転がる弟を見て、エドガーは笑みを浮かべた。
 書き終わった、「出す予定のまるでない」手紙を机に置く。
「何の努力もなく手紙をもらえるお前に言われたくないね」
 精一杯皮肉をこめて言えば、「なんでティナ、兄貴には書けない、なんていうんだろうなぁ」と不思議そうにマッシュが返した。
「俺が訊きたいくらいだ」
「セリスは?なんだって?」
 起き上がり尋ねるマッシュに、エドガーは何故か不満そうな顔をした。
「俺の所為らしい」
「・・・・・・・・・・だよね」
「何故そこで納得するかな、弟よ」
 思わず睨みつけると「だってよー」とマッシュが頭の後ろで腕を組んで答えた。
「女とこじれんのって、結局兄貴が悪いことが多いだろ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・心外だな」
 半眼で言えば「じゃあ、これは?」と尻の下に敷かれていた新聞を取り上げた。

 マランダの姫君、失意の帰郷

「同盟はちゃんと締結させただろ」
 ば、と新聞をひったくって、エドガーはマッシュを睨む。
「姫君がこちらに来られたのは、フィガロと同盟を結ぶ為だ。」
 いわば外交。
 腕を組んで主張するエドガーに、「縁談って書いてあるぞ?」と弟は切り返す。
「あっちの家臣が浮かれて口走ったことだ」
「どーせ兄貴も調子に乗って、姫のこと口説いたりしたんだろ?」
「綺麗な女性が居るのに、口説かないでどうするんだよ」

 真顔で言われて、マッシュは「ああ、だよな。もう日課だもんな」と遠い目で答えた。

「でもな、相手はまっさらなお姫様なんだぜ?兄貴の言葉を真に受けて、心ときめかせるのは分かってただろ?」
「まあね」
「まさかキズものにしてないよな!?」
「あのな・・・・・お前は俺を何だとおもってるんだ?」
「キスはしたのか?」
「マッシュ・・・・・いいかげんに」
「したんだな!?あのな、兄貴・・・・・姫君になんっつー事」
「言っておくが俺の所為じゃないぞ?向こうの家臣がかってにお膳立てを」
「喰ったのか!?据え膳!?」
「マッシューっ!!!」

 怒鳴るエドガーに、しかしマッシュは取り合わない。

「弟として忠告するけど、誰彼構わず手ぇ出してると、いつか必ずしっぺ返しを喰らうぞ?しかも姫君!何かあったらどうするんだよ!?身ごもったりなんか」
「やってないってのっ!!!」

 思わず叫ぶエドガーに、マッシュは「え?」と不審そうな眼差しを向ける。
 構わず、エドガーは弟を睨みつけた。

「それに、しっぺ返しならもうすでに喰らってる」
 そう言って、エドガーは深い深い溜息をつくと、執務机を振り返った。

「まっさらなお姫様っていたって、ちゃんと教育は受けてるよ。愛されて育って、人を愛することも己が愛されることも十分に理解してる。」
 それと同時に、その思いが万人にあるもので、万人がそれぞれに持っているってこともな。

「だったら、軽々しく手を出しても、それが『愛』じゃないと知ることもできるし、割り切ることもできる。傷ついて悲しんで、俺を恨むことだって出来るだろうさ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「けどな。そもそもそんな「アイ」を知らない人間に、俺が手を出していいわけないだろ?」


 手紙一つ出せない。

 出してしまって、力いっぱい本気で口説いたとしても、彼女はそれに気付かないだろう。
 気付かないのでは意味がないのだ。

 だから、エドガーは賭けたのだ。


 瓦礫の塔を目の前にして、ティナに言った言葉。
 その意味を、彼女が問い返してくれることを。

 どうして?と彼女から訊いてきてくれることを。


 なのに、その賭けは、「彼女が日常にまぎれて忘れてしまった」という最悪の事実を前に終わっていた。

「手を出して、彼女を奪っても、それじゃ何の意味もないからな・・・・・」
 つぶやきに、マッシュは「身体から始まる恋もあるぞ?」とあっけらかんと言い放った。
 それに、エドガーが切れた。
「あのな、マッシュ。そもそもお前は根本的に間違っている。大体なんだ、それは。良い大人がする恋愛じゃないだろ!?身体から始まる恋だと!?恋がなにか知ってれば始まるかもしれないが、なんにも知らないんじゃ、始まらないだろがっ!そんな意味がないこと出来るか!!」
「四の五のいってんのがウザイって言ってるんだよ、俺はー。別に良いだろ。自分のものにしてしまってから愛を育めば問題ないじゃないか」
「大ありだ!!!」

 絶叫すれば、不意に扉をノックされてエドガーは眉間にしわを寄せた。

「誰も取り次ぐなと言ってあるのに・・・・・」
 ああもう、なんだってこう、現実の世界は苛立つことばかりなんだろうか。

「どうぞ」
 やけ気味に声をかければ、申し訳なさそうな顔をしたメイドが、おずおずとドアを開けた。
「何の用だ?誰も取り次ぐなと言わなかったか?」
「はい・・・・・ですがあの・・・・・」
「?」

 ドアをふさぐようにして立っていたメイドが、一歩さがる。
 と、ふわりと弾んだ金緑の髪が見え、次に、必死な顔をした少女が一人、飛び込んできた。

「エドガー」

 耳に届いた声に、エドガーが固まった。起き上がったマッシュが、驚いたように彼女を見ている。

「あのね、エドガー、私」
 何かを言おうと、砂ぼこりにまみれたマントのまま、彼女は早足で彼に歩み寄っていく。
 視界を占める、彼女の割合が大きくなり、エドガーは自分の体に現実が浸透してくるのを感じると、いきなり彼女との距離を縮めて抱きしめた。

「エド」
 びっくりした彼女の台詞は、そこで途切れる。
 力いっぱい彼女を抱きしめたエドガーは、腕を緩めず、彼女を持ち上げるような勢いで、首筋に顔を埋めた。実際、ティナはつま先立ちだ。
「ティナ・・・・・」
 声に出して名前を呼ぶと、後から後から感情があふれてくる。

 自分はよく、我慢したものだ。
 でも、その我慢は今日、この日の為にあるのだとしたら、文句はない。

「ティナ・・・・・どうして、フィガロに・・・・・?」
「あの・・・・・訊きたいことがあって・・・・・」
「手紙じゃ駄目だった?」
「手紙じゃフェアじゃないと思ったの」

 そう言って、ああ違うな、とティナは温かい腕の中で目を閉じた。

 どうしてだか、涙があふれてくる。
 縋りつくように、彼のマントに爪を立てて、ティナはあふれる感情のまま言葉を発した。

「会いたかったの・・・・・凄く・・・・・ああ、どうしよう?私・・・・・なんか、変・・・・・」
 涙、とまんないよ・・・・・

 ふにゃ、と泣きそうな声で言うティナの、涙にぬれた頬を首筋に感じて、エドガーは言葉を無くす。
 ああ、何という殺し文句だろう。

「・・・・・・・・・・マッシュ」
 唖然として二人の抱擁を見ていた弟に、兄は静かに問うた。
「これは夢か?」
 それに、弟は咄嗟に拳を固めた。
「一発殴ればわかるかも」
「10歳の時の発想を実行しようとするな!」
 殺す気か!?
「悔いはないだろ?」
「―――ここを人生の頂点にする気はないよ」

 ああ、どうしよう。
 俺もなきそうだ。

「ティナ」
 名残惜しいが、このままだと顔も見れない。ゆっくり腕を解いて、エドガーは一年ぶりに・・・・・いや、もう三年は見つめていない、彼女の碧緑の瞳を、間近で覗きこんだ。
 そして、驚く。

 彼女の目じりに、朱が走る。
 ほころんだ唇は嬉しそうで、己のマントを掴む手は、離すまいと真っ白になっていた。

「会いたかった・・・・・」
 こぼれた台詞が信じられない。
「・・・・・・・・・・・・・・・マッシュ」

 振り返ったエドガーが、真面目な顔で弟を見た。

「軽めに殴ってくれないか?」













「なんであんな事言ったのっ!」
 怒って言うティナが、ソファーに並んで座って、濡れたタオルをエドガーの頬に押し当てていた。

 執務室に思いっきり響いた破裂音は、破裂音と呼ぶには相応しくない、重々しいもので。

 軽く吹っ飛んだ王陛下に、「ああ、どうしてケアルが使えないの!」と泣きながら抱きついたティナが、思いっきりマッシュを睨んで「部屋に連れてって!」と子供を叱るように叫んだ結果、二人でエドガーの私室へと落ち着いていた。

「いや・・・・・夢だったら、目覚めた時の絶望に耐えられる自信がなかったからつい・・・・・」
「馬鹿」
 頬を膨らませるティナに、痛む自身の頬を、男は緩めた。
「ティナは随分変わったね」
 思わず自分の頬に添えられた細い指に、手を乗せた。冷たいタオルの所為で、指先が冷えている。きゅっと握りしめると、彼女が困ったようにうつむいた。
 耳が、赤い。
「三年経ったもの」
「去年、会ったのに気付かなかった」
「・・・・・話、出来なかったから」
 視線を逸らす彼女が、なんとなく拗ねているように見えて、エドガーはくすぐったくなった。
「謝らなくちゃいけないね。招待しておいて、抜け出す暇がなかった」
 不意に、あの夜の様子を思い出し、ティナは不安げにエドガーを見上げた。
「あの・・・・・エドガー、あの時・・・・・」

 訊きたくて、でも否定されるのが嫌で、ためていた質問。
 なかなか口をついて出ないそれを、どうにかして舌に乗せようとしていると、不意にエドガーがタオルを持っていた彼女の手を取って口付けた。

「なんども君の行動を確認してたつもりだったんだけど、君はマッシュと楽しそうに話をしていたし」

 え?

 きょとんと眼を丸くするティナに、エドガーは口元に意地の悪い笑みを浮かべると続けた。

「セッツアーに誘われて、カードゲームに熱中してたし、ロックの後ろをくっついて回ってたし。セリスと楽しそうに話をして、リルムの話に興味深そうにしてて、なんとなく、俺が入る隙が無いうちに、君は部屋に下がってしまった」
「見てたの?」
「まあね」

 酷いとか、なんで、とかそんな台詞の前に、恥ずかしさが押し寄せてきて、ティナは上目遣いに彼を睨んだ。

「貴方だって、楽しそうに女の人と話をしてたわ」
 しかも綺麗な人。

 思い出すと、胸の内がもやもやする。
 最近まで気にしたこともなかったのに、セリスやローラの話を聞いて、気になって仕方なくなった。

 それだけ、ティナの世界が広がったのだと、彼女は気付いていない。

「君より綺麗な人はいないよ?」
 はぐらかすように言うと、驚いたことに、彼女の頬が赤くなった。
「嘘!あの時居た女のひと、みんな綺麗だったし、セリスは私なんかよりもっともっと綺麗よ!」
「そんなことはない。ティナが綺麗じゃないなんて、誰が言ったの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・それは・・・・・」
 言われたとかじゃなくて、私が自分でそう思うの。

 かすれた声で言うと、「それは間違いだ」とエドガーの手が顎に触れる。

「初めて会った時、言わなかったかな?」
「え?」
「まず最初に、君の美しさが気になるって」
「あ」




 次に君のタイプ。最後に魔導の力。


 思い出して、ティナは真っ赤になった。
 真っ赤になった自分に、気付かないが、それでもティナはあの時の自分はどうかしてたと思う。

「ち、違うのエドガー!そうじゃない!えと・・・・・だから、あの・・・・・」
「なにかな?」
 覗きこまれて、ティナは動けなくなった。蒼穹の瞳。空の色。それを見つめていると、天地がひっくりかえるような気がして、ふわりふわりと足元がおぼつかなくなる。
 それと同時に、どうしようもない衝動が胸の奥から突き上げてきて、ティナは己の手を、無意識のうちにエドガーに伸ばしていた。
「その・・・・・綺麗っていうのは・・・・・私みたいなのじゃなくて・・・・・もっと・・・・・貴方みたいな・・・・・」
「俺にしてみれば、君が一番だよ?ティナ」
 エドガーの頬に触れる、冷たい指先を、彼は握りしめる。そのまま引き寄せると、彼女はすんなりとエドガーに身を寄せてきた。
 瞳は交差したまま。
 動けない彼女に、目を細める。

 このまま口付けたら、どうなるだろう。

「あのね、エドガー。どうして、八つ裂きにするの?」
 飛び出た物騒な台詞に、真剣にキス出来るタイミングかどうか図っていた男が噴き出した。
「それって・・・・・?」
「貴方は言ったわ。私を傷つける者は八つ裂きにするって」
 それは、他の女の人にもそうするの?
「まさか。セリスが誰かに傷つけられたら、相手を八つ裂きにするのはロックだろう?」
 俺の出る幕じゃないよ。
「・・・・・・・・・・」
 呆気にとられて見つめるティナに、エドガーは笑みを深めた。

「ティナ。そういう役割を俺にくれないか?」



 ロックとセリスを繋いでいるもの。
 ティナが見つけていないもの。


 遊んでと手を伸ばす、大事なものを教えてくれた子供たち。
 彼らを守りたいとそう思う。

 そのどこかで、安心しきった彼らの笑顔を見て、ふとティナは後ろを振り返った事がある。


 ティナの後ろには誰もいない。


 自分の立っている場所が、酷く不安定で、背後に何もない感触に、初めてひやりとした。


「あのね、エドガー」
 一生懸命、男を見上げて、ティナは泣きそうな顔をした。
「私ね・・・・・」
 涙が溜まっていく。
 ああどうしよう。この腕を放したくない。
「うん。」
「貴方を思い出したらね」
「うん」
「会いたくて会いたくてしょうがなくなったの」
「うん」

 瞳一杯に、エドガーの端正な顔が映る。吐息が触れるほど近くに、彼が居る。
 必死に、ティナは言葉を探して、どういっていいか分からない感情を伝えようとする。

「私・・・・・きっと・・・・・」
「ティナ」
「貴方の傍に」


 居たいんだと思う。



 その台詞は、言葉として伝わらなかった。
 だが、触れた唇の温かさと柔らかさから、十分すぎるほど、エドガーに伝わったのだった。










「こりゃまた、動きそうな・・・・・」
「何かとりついてんじゃねぇの?」
 一枚の絵を前にして、ロックが感心したように言えば、セッツアーがまぜっかえす。
 その大人二人の脛を、リルムは力いっぱい蹴飛ばした。

「痛っってぇええ!?」
 なにしやがるくそガキャアアア!!!!

 振り返って怒鳴るセッツアーに「あたしの絵にケチつけるなんて、300年早いんだよ!」とリルムが怒鳴り返した。

「ケチじゃねえだろ・・・・・何か本当にとり憑いてんじゃねぇかと」
「大丈夫だよ。じーちゃんに呪いかけてもらったし」
「それを先に言えよ」
 脛をさするセッツアーと、リルムのやりとりを見ながら、「俺は普通にほめただけだよな!?」と蹴られ損のロックがわめいた。
「だってロックだし」
「・・・・・意味が分からない」
 眉を吊り上げるロックに、リルムが、「で、王様はまだ来ないの?」と立てかけてあった絵に布を被せて持ち上げた。

 エドガーに頼まれた絵を持ってきたのだが、フィガロまでリルムを送ってきたセッツアーとロックが、どうしても先に見せろ見せろとうるさいから、待っている間に見せてしまったのだ。

「先にあんたらに見せたって言ったら、怒るよね、きっと」
 ぶつぶつ文句を言いながら梱包しなおすリルムを横目に、「そーいや、遅いなエドガー」とロックが時計を振り仰いだ。

 お待ちくださいね、と応接室に通され、出された紅茶はすっかり飲みほしてない。
 山のように積まれていた焼き菓子も、きれいさっぱり無くなっている。
 特に甘党、というわけでもない男二人と、甘いものに目のない少女一人。そんな三人の前に出されたお菓子は、食べきるのにかなりの時間を要するくらいだった。

 それが無いということは、だいぶ経つ。

「なにやってんだか、あの王様」
 機械仕掛けの城の為、全面禁煙をうたう場内で、「口が寂しい」とぼやく愛煙家のセッツアーは、ソファーに背を持たせてふんぞり返る。
「公務が忙しいとかか」
 首をひねりながらロックがつぶやく。

「ま、そのうち出てくんじゃないの。なんたってこの絵、リルム様が超力を入れて書いた、あのティナの絵なんだから」
 色男が来ないはずがないっての。

 笑うリルムの台詞が終わる直前に、唐突にドアが開き、マッシュがなだれ込んできた。

「あれ、どうかしたのか?」
 青ざめて応接室を見渡すマッシュに、ロックがのんびりした声をかけた。
「おいおい、一文無しにでもなったような顔色だな」
 そんなんじゃ運はむかねぇよ。
 ははは、と笑うセッツアーを見て、マッシュが「運よりも俺は隠れる場所が欲しい」ときっぱりと言い切った。
「どうかしたの?」
 リルムが言えば「お前、今すぐ俺をスケッチしてくれ!」とマッシュが悲鳴を上げた。
「早く!俺二号を作ってくれ!!じゃないと」


 その瞬間、凄い音を立ててドアが倒れた。

 開いたのではなく、倒れたのだ。中に向かって。


「ぎゃあああああああ」
 マッシュが悲鳴を上げて窓に飛びつく。唖然とする客人三人は、ドアのあった場所に立ち尽くす、粉塵除けの仮面を付けた男が、凄いエンジン音を響かせるチェーンソーを持っている姿を見た。見てしまった。

「いくら寛大な国王様でも・・・・・時と場合によっては許せない事もあるのだよ、マッシュ」
 低すぎる声で放たれた台詞に、咄嗟に窓ガラスをオーラキャノンで吹っ飛ばした弟が、飛び降りようと窓枠に足をかけた。
「逃がすかあああああ!!!」
 エドガーの絶叫が響き、チェーンソーからオートボウガンに持ち替えた兄が、弟に向かって発射した。

「え、エドガ」
 破砕音が響き、窓ガラスが粉々に砕け散る。硬直するマッシュの前に、何故かリルムとセッツアーによって押し出されたロックが両手を上げた。
 振り返れば、ロックを盾にしたセッツアーとリルムが「お前、親友!あいつ、親友!!」とガウのような口調で言っている。
(時と場合によるだろがっ!!!)

「ロック・・・・・そこをどけ」
 目が据わっている。
「な、何があったか知らないが、エドガー。俺たちもいい大人何だし、武器はいけないだろ、武器は。ここは紳士らしく話し合おう!」

 王様からボウガンぶんどってこい!お前なら出来る!!

 口ぐちにはやし立てる三人を無視して、ロックはなんとかエドガーを説き伏せようとした。

「話し合う?誰と誰が?何のために?」
 だが、そんなロックにエドガーは冷やかな声で応じた。
「なんだか知らないが、暴力は駄目だ!争いは争いしか生まない!」
「ロック・・・・・なら、お前は許せると言うのか?」
「な、何が?」

 絶対零度の眼差しで、エドガーは弟を見やり、指を差した。

「ドマに居た若い兵士の怪我が全快。彼はもう、兵隊は無理だからと、再就職先をカイエンが探していてな。とってもいい青年だからと、マッシュに相談して、あろうことかっ!」

 金属音がして、陛下が、己で最近開発したレーザー砲を構えた。

「ティナの居るっ!孤児院のっ!!教師をあっせんしやがったっ!!!!」


 一つ屋根の下に、妙齢の男女が二人。

「じ、実際にはローラもいるし、隣の家にはカタリーナとディーンの夫婦もいるから問題は」
 カイエンだって、良い男だってお墨付きを・・・・・

 必死に言い募るマッシュに、兄は恐ろしすぎて凍るしかない、それはそれは美しい笑みを浮かべた。


「マッシュ。お前のオーラキャノンとどっちが勝るか、試し撃ちをしようじゃないか」



 引き金に指が掛る。エネルギーが充てんされる砲塔を眺めて、リルムが必死にロックを押した。

「盗んでこい!お前なら出来る!!!」
「じ、冗談」
「ぶんどれ、ロック!!!ここがお前の運命の分かれ道だ!」
 セッツアーが自分だけ助かろうと、ロックのジャケットの裾を引っ張って隠れようとする。
「マッシュ!!!!」
「いや、無理。オーラキャノンじゃ無理」
 わりぃなロック。

「爽やかな笑顔でいうなあああああああ」



 その瞬間、フィガロ城の応接室は、裁きの光に負けず劣らずな白光に包まれたのだった。










「ティナ―、何してるの?」
 噴水のほとりに腰をおろしてペンを握っていたティナに、息子の手を引いたカタリーナが声をかけた。
「手紙を書いてるの」
「だれにー?」
 覗きこむ、カタリーナの息子に笑いかけ、ティナはうふふ、と嬉しそうな笑みを彼女に向けた。
「エドガーに。次のお休みに会いに行きますっていうのと、ドマから来た先生が凄くいい人で頼りになって好きになっちゃったって書いてるところ」

 カイエンからの紹介だもの、良い人に決まってるわよね。

 嬉しそうに笑うティナは、彼が一目で好きになった。そして、その彼がちょっと緊張した面持ちでローラと話をするのを見るのも大好きだった。

「二人が仲良くしてくれるといいなぁ」


 空を振り仰ぐ。


 昨日よりもまた、広がった気がする。
 澄んで柔らかい空の色。エドガーの瞳の色。

 ペンを握ったまま、ティナは嬉しそうに目を閉じた。


 いいなぁ。私も早くエドガーに会いたい。



 そんな、やっと自分の幸せを見つけかけたティナの、手元にある手紙を覗き込んで、カタリーナは複雑な顔をした。

「多分だけど、ティナ」
「なあに?」
「この手紙読んだら、エドガー陛下、何をおいても飛んでくると思うわよ?」
「まさか。」


 自分の書いた手紙の内容が、とんでもないものだと気付かないティナはあっさり笑った。


「そんなことになったら嬉しいけど、まずないわよ」





 ティナはまだ知らない。
 手紙がセリスの手に渡り、エドガーの元について三日と開けずに彼がセッツアーを脅して飛んでくることを。







(2008/09/04)

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