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6 (レテ河攻略直後)
 思った以上に疲れていた。
 急流の途中でマッシュとはぐれたものの、なんとかレテ河を下りきったティナとエドガー、それからバナンは、標高の高い山々に囲まれ、砂漠よりも数倍早い日の入りの為に、レテ河の河原付近で野宿をすることにする。

 この先のナルシェは、地中深くに封印された氷の魔物の影響で一年中冷たい空気と雪に閉ざされている。想像以上に厳しい地に赴くのだから、休養は必要だ。
 バナンが持っていた薬缶に、川の水を汲んで戻ってきたティナは、いかだを分解して簡易テントを張るエドガーを、興味深そうに見上げた。

 ティナの思い出せる限り、国王と呼ばれる存在は、こんな器用なまねは出来なかった気がする。

 木々の向こうに紺色の闇が広がり、細い月がひっそりと浮かぶ、薄闇の中、ぼーっと突っ立っていると、振り返ったエドガーが、苦笑した。

「どうかした?マイレディ?」
「・・・・・エドガーって器用なのね・・・・・」
 柱に布を張っただけのテントを振り返り、エドガーは笑う。
「王様自らこんなことするからかな?」
 ぱんぱんと、手に付いたほこりを払い、残ったいかだを組んで、竈にしてしまう。マッチを擦って、たちまち火を起こす彼に、やっぱり感心しながら、ティナは薬缶を火に掛けた。
「そんな王様、私は知らない」
「大抵なんでも出来るように仕込まれたよ。」
 肩をすくめ、エドガーは石の上に腰を下ろすと、湿ったマントを外して広げた。乾かすように持ち上げるそのマントの裏に、なにやら色々ポケットが付いているのを見つけて、ティナは思わず彼の隣に腰を下ろした。
「秘密のポケット?」
「ん?ああ、ネジとか針金とか、あとは鑢にネジまわしに、ペンチとかナイフとか・・・・・」
 メジャーまで出てくるエドガーのマントに、ティナは呆気にとられたような表情で男を見上げた。
「凄いのね」
「これくらい持ってないと。師団の皆に示しがつかないよ」
 あと、紙とペンと定規ね。

 いつでもどこでも設計するつもりなのだろうか、感心したようにティナはエドガーの顔を見上げた。

「本当に機械が好きなのね・・・・・」
「最先端の技術の大半は、エドガーの実績だと聞いているが?」
 薪を拾ってきたバナンが、腰をおろす。袋からパンを取り出し、手渡しながら言われて、エドガーは苦笑した。
「まあ・・・・・うちも色々大変ですから」
 肩をすくめるエドガーが、少し憂えたような表情で、パンを炎にかざす。温める仕草を習いながら、ティナは考える。

 やっぱり、王様って大変なのだろう。
 こんなに一杯道具を持って歩かなくてはならないくらい。
 常に、国の事を、民の事を、第一に考えて生活している。

「よかったの?」
 そう思うと、不意にティナの口から疑問がこぼれた。真摯な眼差しが、エドガーに注がれている。
「何がかな?」
 観返す蒼い瞳に、吸い寄せられるように視線を寄せながら、ティナはぽつりとこぼした。
「帝国の機械は、フィガロのものより、もっともっとずっと・・・・・圧倒的だったと思うの」
 ずきん、と頭のずっと奥のほうが痛み、ティナの脳裏に灰色の鉄の塊がよぎる。
 いくつもの煙突。絶えず吐き出される蒸気。
 それをティナは高いところから見下ろしていた。

 どこかの、塔だろうか。四角い窓から見える世界は冷たく、金属音が響く世界だった。

「魔導アーマーとかの事かい?」
 眉間にしわを寄せて、膝の上で手を握りしめるティナの、白くて小さな拳にそっと手を乗せてエドガーがそっと尋ねた。
 ティナが顔を上げる。
「あの技術はすごいね。核になる魔導の部分の仕組みが分からない。どうなっているのか、手に入れて分解してみたいくらいだよ」
「・・・・・・・・・・なら、同盟を結んでいた方が」
 悲しそうに見上げるティナに、エドガーはにやりと笑って見せた。

 不敵な笑みだ。

「でも、俺はその技術をうらやましいとは思わない」
 炎の向こうで、バナンが柔らかく微笑む。それを横目で認めながら、エドガーはまっすぐにティナを見た。
「確かに凄いし、高度な技術の粋を集めたものだとも思う。ケド、結局それは、人を幸せにしない」
「・・・・・・・・・・」
「俺が作りたいのは、人の為になる機械だよ。」

 蒼穹の瞳が、柔らかな光を湛え、ティナは春の空の色だと感じる。
 ああ、やっぱりこの王様は凄い。

「エドガーは凄いのね」
 素直に、そんな台詞がティナの口からこぼれた。突然の賛辞に、思わず彼は首をかしげる。
「どうして?」
「王様って、そういうんじゃないと思うから」
「まさか。国を背負って立つものなら、誰だって一番に国民の事を考えるよ?」
「でも・・・・・私はそんな王様を知らないから」


 人を不幸にする機械。
 魔導アーマー。

 それに、意思を奪われて乗せられた。
 殺戮の道具とされた。

 急に背筋に冷たいものを感じて、ティナは震える。両手で肩を抱くようにすると、「ああ、風が出てきたね」と周囲を見渡したエドガーが、膝の上で広げていたマントを、ふわりとティナの肩から掛ける。

「色々入ってるから重たいけど、多少は温かいだろう?」
 顔を寄せて言われて、ティナは驚いたように目を見張る。
「駄目。これは貴方のよ?」
「でも、ティナのほうが寒そうだから」
 薄いヴェールのようなマントしか、肩から羽織っていない。腰から下には、厚手の生地を何枚か巻いているが丈が短く、膝上のブーツではカバーできていない、白い肌が見えていた。
「駄目よ。こんなことしてもらっては駄目なの」
 温かなマントは、正直手放したくなかった。でも、ティナはムキになって言う。それに、炎の向こうで、バナンが静かにティナをみた。
「どうして、そんなことをしてもらうわけにはいかないんじゃ?」
「どうしてって・・・・・だって、そう決まってるから」

 決まっている?

 今にも羽織っているそれを脱ぎそうなティナの両手を、己の手で包んで、エドガーは厳しい眼差しで彼女を見下ろした。

「誰に決められた?」
 強い光のにじむ眼差しを、ティナがうろたえながら、不安そうに見つめ返す。

「分からない・・・・・でも、そう決まっているの。誰かから、物を受け取ってはいけないって。」
 じゃないと。
「じゃないと?」
「ぶたれるわ」

 きっぱり告げる彼女に、エドガーは苦しそうに眉を寄せた。

「じゃが、ここには君をぶつような人間はいないとおもうがね?」
 静かに言われて、ティナはバナンを見やる。
「私じゃないわ、ぶたれるのは・・・・・でも、ぶたれるのなら、それでいいの。それで許されるのなら。でも、そうじゃなかった人は、皆、次の日に・・・・・」
「ティナ」
 ぐい、と彼女の頬に両手をあてて、エドガーは彼女の碧緑の瞳を覗き込んだ。
 不安げに揺れる瞳が、虚ろな光を宿している。
 何かを思い出すようなそこに、エドガーは映っていない。
「それは君の所為じゃない」
 彼女を取り戻すように、きっぱりと言われるも、ティナは瞳を大きく見開き、エドガーを写さないままうわごとのようにかすれた声で答えた。
「ちがうわ・・・・・私が受け取ったから・・・・・」
 皆・・・・・
「いいや、違わない。それは全部君を酷く扱った人間が悪いんだ」
 強い口調に、ティナが泣きそうな顔をする。
「エドガーは知らないのよ・・・・・私が・・・・・人を不幸にしてる」
 虚ろな瞳は、直も、暗い場所にさまよいだしそうで、エドガーはバナンが居るのを十分に理解しながら、それでも彼女をきつく、己の腕の中に閉じ込めた。
「いいよ。それは。思い出さなくて」
 耳に口を付けるくらいに寄せて、エドガーが囁く。甘く柔らかな声音に、閉ざされ、霞がかった意識の果ての扉を開けようとしていたティナは思いとどまった。
「そんな記憶は必要ない。」
「エドガー・・・・・」
 ぎゅ、とティナの手がエドガーの袖を握りしめる。身体を放すと、普段の色を浮かべた彼女の眼差しに、彼が映っていた。
「大丈夫。ここには、君の所為で不幸になる人間なんて存在しない。それに、私も意地が悪い人間でね。君にマントを貸しただけで、危害を受けるのなら、返り討ちにしてくれる」
 それで、君が安心できるのなら。
 さら、と自然な動作で結いあげた髪をなでられ、すっと首筋を指が掠めていく。
 くすぐったく、でも何故かほっとするような彼の仕草に、ティナは目を細めた。
「ほんと?」
 不安げな声音。それに、エドガーは片目を瞑って見せた。
「言ったろ?大概なんでも出来るように仕込まれたって」

 砂漠のど真ん中の城だ。
 遭難した時に、生きていけるようにと、随分サバイバルな訓練を受けたものだ。

「返り討ち、も?」
「王族の基礎だよ」
 澄まして言うエドガーに、バナンが噴き出す。そのまま、楽しそうに二人で笑うから、エドガーの腕につかまっていたティナは、そろそろと彼から身を放した。
 ぬくもりが離れて、ちょっとさびしいが、彼女はいくらか困ったようにほほ笑んで、エドガーのマントを羽織ったまま、袷をぎゅっと握っている。

「受け取ってくれる?」
 顔を覗き込むようにして尋ねる。
 こっくりとティナがうなづいた。









「どんな生活だったんでしょうか、帝国で」
 先にティナを休ませ、焚き火を挟んで向かい合わせに座ったバナンに、エドガーが重い口調で切り出した。城から持ってきた操りの輪を、バナンに手渡す。
 祈ることで、神々の加護を得られるバナンは、普通の人間よりも、奇跡や魔導に近い感覚を持っている。

 輪を手にした瞬間、じわりと掌から熱く禍々しいものを感じて、うめいた。

「人に良くしてもらった記憶が少ないのじゃろう。そして、良くしてくれた数少ない人間は、片っ端から消されたのかもしれん。」
「魔導の力、故ですか」
「・・・・・・・・・・おそらくはな」

 心を持てば、感情を持てば、思想を持てば、誰かに影響を受ければ、いつか、帝国を裏切るかもしれない。
 魔導の力をもつ少女の価値を、帝国もまた、エドガーと同じように試算したのだろう。


 味方であれば心強い。だが、敵の手に落ちたら脅威になる。


 ならばと、連中はエドガー達とは180度違う手段を取った。
 説得し、懇願し、自分たちの傍に繋ぎとめるのではなく、徹頭徹尾、彼女の意思を剥奪するという方法で。

「彼女の体には、帝国の焼き印と、酷い斬り跡が付いています」
「見たのかね?」
 微かに驚いたように言われて、エドガーはあきれたようにバナンを見た。
「バナン様」
 いくら私でも、そこまで軽率じゃありません。

 眉を寄せて言うエドガーに、「すまんすまん」と冗談めかしてバナンは笑った。

「彼女の着替えを手伝った神官長から聞きました。当の本人は、何故身体にそんな傷があるのか、分かってないようです」
「・・・・・・・・・・さっき、思い出しかけた、彼女の暗い過去のどこかに、あるのかもしれんな」
 溜息をつき、バナンは重い体を持ち上げた。
「彼女が帝国に確固たる意志で反乱を願い、我々と共に闘う意思を形作るのに、その暗い記憶は十分すぎるほどの動機となろうな。だが、それを彼女に強いるのは酷か」
「・・・・・・・・・・・・・・・そうですね」
「エドガー」
 苦しそうに言う彼に、バナンは静かに言う。
「もう少し、肩の力をぬけ。ロックならきっとうまくやるはずじゃ」
「・・・・・・・・・・」
 顔を上げる年若い王は、年相応の、いくらか不安げな様子でバナンを見上げていた。
「私・・・・・俺の不安と焦りは顔に出てますか?」
「そなたらしくない言動があったからな」

 フィガロ城は火を放たれ、サウスフィガロは占領された。
 着々と、帝国の魔の手が迫っている。
 城に居て、応戦すべきだったのか。自分だけここに居ていいのだろうか。
 サウスフィガロの民たちは無事だろうか。
 城に残してきた皆は・・・・・


 大丈夫だと、確信しているし、そうなることも全て見越して計画を立てた。
 驚くほど順調に進んでいる。
 だが。

「分かってます。サウスフィガロが占領されるのも、城を沈めるのも、納得していたことです。でも・・・・・」
 不安になる。
 一人でも血が流れるのは、もういやだと・・・・・犠牲は仕方がないと分かっていながら、もういやだと思うのは、矛盾しているだろうか。
「そう気負うな。そなたが信頼し、託した相手を信じればよい」
「・・・・・・・・・・」

 ゆるゆると歩を運び、簡易テントに消えるバナンの後ろ姿を眺めたまま、エドガーは溜息をついた。


「俺らしくない言動、か」

 ティナとの関係を指摘された時、エドガーは反射的に「軽率なまね」と答えていた。
 何が、軽率なのだろうか。

 ただ単に、知り合ったばかりの女性と深い関係になることを差しているのなら、自分の過去を振り返ってみて、軽率は割とたくさんあった気がする。
 では、何を差していった事なのか。



 魔導アーマー一機で、同機体に乗っていた兵士50人を、3分で皆殺しにした娘。


「確かに、俺らしくない言動だったな・・・・・」
 彼女を普通の女の子として扱おうとしながら、そんな観念から、「軽率に」手を出せるわけがないと、冷静な部分が断じている。

「矛盾と嘘ばかりか・・・・・」

 それでも、エドガーのマントを、大事そうに抱えていた彼女の細い肩と、細い首と、憂いを秘めた眼差しに柔らかな愛情を感じる。

 それは、何と呼ばれるものなのか。

 親愛だろうか。同情だろうか。憐みだろうか。

「世の中は思った以上に複雑だな」
 今更そんなことを痛感するなんて、と、燃える炎に薪をくべて、エドガーはぼんやり、浮かんだ気持ちは何という名のものなのか、考えるのだった。















 ナルシェに雪が降ってる理由は捏造です☆

(2008/08/24)

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