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3 (サウスフィガロにて)
「溜息なんて柄じゃないな、王様?」
 ぽんぽん、と肩を叩かれる。昼間の酒場は、軽食屋として看板を上げており、そこでコーヒーを飲んでいたエドガーは、隣に腰を下ろすロックをじろりとにらんだ。
「私だって、たまには憂えることもあるよ」
 ただ、私が憂えた顔をしていると、女性たちが悲しそうにするから、極力やらないだけでね。
 一口コーヒーをすすって言うエドガーに、「それはどうも御見それしました」と慇懃に男は答えた。
「で、何の用だ?」
 明らかに嫌そうな顔をするエドガーに、ロックは苦笑した。
「いや、あんたにしちゃあんまりなミスをしてたから、落ち込んでんじゃないかと思って」
 アイスコーヒーを頼むロックの一言に、図星を指された男は憮然として、頬杖を突く。
「君にも分かるという事は、相当、軽率な発言だったわけだ」
 それこそ、取り返しのつかないくらいね。
「どういう意味だよ?」
「女性の気持ちが読めないのはどこの誰だ?」
「読めようがよめまいが、あれは酷い。俺なら言わない」
 出てきたアイスコーヒーの氷が、からん、となる。
「――だから、落ち込んでるだろうが」
 再び視線を前にして、エドガーは渋面でうめいた。


 ケフカが城に火を放ち、フィガロ城は混乱に陥った。だが、城主、エドガー・ロニ・フィガロは、先手とばかりに、燃え盛る城を砂の中にうずめて危機を脱し、ケフカを煙に巻いて、現在、サウスフィガロまでたどり着いていた。
 当初の予定よりも、いくらか早い出発となったが、概ね計画通りと言っていいだろう。

 そんな帝国との同盟決裂を決定づける戦闘の最中、エドガーはティナに対しての評価を改めざるを得ない出来ごとに遭遇していた。

「まさか・・・・・あんなに綺麗に魔法が使えるとは思わなかった」
 ぽつりと漏らされたエドガーの一言に、アイスコーヒーをストローですすっていたロックは、「まーだ言ってるよ」とあきれたような視線を投げてよこした。
「だから、ティナは魔法が使える、俺たちは使えない、それでいいんじゃなかったのかよ?」
 ストローを咥えて言うロックに、「私はそれほど単純じゃないんでね」とまぜっかえす。
「な!?」
 一瞬、むっとするがロックは、ぼんやり遠くを見たまま、考え込むエドガーに、言葉を飲んだ。
 いくらロックでも、これくらいの空気は読める。
「・・・・・で、複雑怪奇な国王陛下殿はティナをどうしていいか分からなくて悩み中、ってか」
「警戒されてもしょうがない言いようだったからね、あれは」

 軽く・・・・・というか、どっぷりと自己嫌悪に陥って、エドガーは苛立たしそうに金髪に手を突っ込んだ。そのままぐしゃぐしゃと握りながら、目を伏せる。


 でも、生まれつき魔導の力をもった人間なんていない


 ティナの魔法を目の当たりにして、口を衝いて出た台詞は、ティナの気持ちを打ち砕くには十分すぎる台詞だった。
 自分が何者なのか、どうして優しくしてくれるのか、それはこの力の為ではないのか。
 そう考えている節のあったティナに、この台詞はどれだけ無慈悲に響いただろう。

 人間じゃない、という。
 人間じゃない、こんな力をもっている自分に、エドガー達が優しくするのは。

「帝国と一緒、だな」
 利用するためだ、と彼女が思うのも無理はないだろう。そして、ありがとう、と言いつつ、気弱にほほ笑んだ彼女の碧緑の瞳は、悲しいくらい深く深く沈んでいた。

 頭を抱えるエドガーを前に、「仕方ないだろ」とロックは気休めにもならない言葉を口にする。

「実際俺たちは、ティナの力を借りたいんだからさ」
 だから、バナン様の所に行こうっていうんだろ?
「これだから、単細胞くんはうらやましいよ」
「どういう意味だよ」
 睨みつけるロックにひらひらと手を振って、エドガーは立ち上がった。
「誰もがそうやって、楽観的に考えられないっていう意味だよ」
「俺は別に楽観視してるわけじゃない。ただ、一緒にティナが戦ってくれたらいいなっていうだけだ」
「・・・・・・・・・・それが楽観的だっていうんだよ」

 なにおう!と眉を吊り上げるロックを無視して、エドガーは背を向けた。

「とにかく、私はこれからこの街の工房を見てくる」
 一応、王様だからね。
 フィガロ王国の王、という肩書の他に、彼はこの国固有の産業である「機械」の「技術団」の元帥でもある。
 時々こうやって各地の工房を見て回り、業務の点検をしているのだ。
 酒場を出ていくエドガーに、「ティナは宿でやすんでるぞ」とロックが一言付け加える。

 振り返ったエドガーに、にんまり笑うロック。

 ああもう、こいつはどうしてこう、憎たらしいんだ。

 悪友に、エドガーはとびっきりに笑顔を見せた。

「ありがとう、ロック。この借りは必ず返させてもらおうかな」





 花束でも買って、機嫌を取ろうか。
 工房を訪ねた帰りに、宿に戻ろうとしたエドガーは、近くの花屋を覗き込む。
 暗い顔をしていたティナの姿を思い出すと、胸の奥が塞がれるような思いに駆られた。

 二人で食事をした後、残っていた仕事を片付けて、寝室に下がったエドガーを、ばあやが訪ねてきた。
 その時、彼女は唇をかみしめ、沈痛そうな顔でティナに関する事実を話してくれた。

「彼女の着替えを手伝わせていただいたのですが・・・・・見るも無残な斬り跡が、胸の下から腹にかけて残っておりました。あとは、背中の真ん中に・・・・・帝国の紋章が、焼き印として押されておりました」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 歳は18だと、ばあやは会話の中に聞いていた。

 焼き印のことも、斬られた跡の事も、何も覚えていないらしく、ただ悲しそうな眼差しで傷を観ていたという。

「エドガーさま・・・・・あのような年若い娘の体に、どうしてあのような傷跡がなければならないのでしょうか」
 絞り出すようなばあやの台詞が、エドガーの脳裏によみがえった。

「何があったのか・・・・・考えたくもないな」
 ぽつりと漏らし、エドガーは午後の光があふれるサウスフィガロの花屋の前で、重い溜息をもらした。
 もしかしたら、ティナが忘れている記憶は、取り戻さないほうがいいのではないかと、そう思う。

 それと同時に、力を借りたいと願う自分たちもまた、ティナの「利用」していた連中となんら変わらないのではないかとも思ってしまう。

 それでも、自分たちはティナに無理強いはしない。
 したくない。

 そこまで強く思いながら、ふと、エドガーの思考はそれとは別の方向に流れていく。
 操りの輪の事を思い出し、いまだ、それを持っているエドガーは、再び自己嫌悪に陥った。

 無理強いはしないが、帝国に渡すわけにはいかない。
 当然だ。
 魔法が使える人間、など、危険すぎる。

 ああ、堂々巡りだ。

 彼女をその気にさせて、リターナーに協力してもらわなければ。
 その為にはやはり、機嫌を取っておくことが必要だと、重い気持ちで考え、やっぱり花束でも贈ろうかと、気合を入れて店先のバケツを覗いたエドガーは、ふと視線の端に、例の神秘的なグリーンゴールドの髪を見つけて、そちらを見やった。

 ふわふわと、淡い緑の影を落とす金緑の髪を揺らしたティナが、熱心に何かを覗き込んでいた。

「ティナ」
 何も考えず、エドガーは彼女に声をかけていた。金糸で装飾が施された、緋色の衣装を身にまとった彼女は、むき出しの肩と腕に巻きつけるように、薄く、向こうが透けて見えるショールを羽織りなおして顔を上げた。胸元には、緑色の石のペンダントが光っている。
「エドガー」
 こちらを見つめる瞳には、特に警戒の色は浮かんでいない。いくらかほっとしながら、彼はティナの元に歩み寄った。
「何をみてるんだい?」
 彼女が覗きこんでいたのは、小さな雑貨屋のショーウィンドーだった。小さな置物がきらきらと光りながら置かれている。
 水晶や、瑪瑙など、天然石で出来たものから、装飾が施されたガラス細工の美しいものまで。
 その中の、深い青色をした、ガラス細工のモーグリをティナは目を細めて眺めている。
「可愛いなと思って」
「これが?」
 目が針金見たいだし、モーグリの特徴でもあるふわふわふかふかした感じが特にない。
 全身真っ青だし、エドガーは首をひねった。
「可愛いかな」
「可愛いわよ」
 むきになって言うティナに、エドガーは小さく笑う。
「なら、私が買ってあげようか?」
「え?」
 目を瞬くティナを、エドガーはまっすぐに見た。
「さっきの失言のお詫びに」
「・・・・・・・・・・」

 人間じゃない、という台詞を思い出したのか、ティナの顔が曇った。困ったように眉を寄せるティナの肩に、エドガーは両手を置いた。
 そのまま、彼女を覗き込む。
「こんなことで、君を傷つけた罪が消えるとは思わないけれど、消そうとする努力くらいはさせてもらってもいいだろう?」
「そんな・・・・・ことは」
 視線を泳がせて、ティナは言う。それから、そっと手を持ち上げて、彼女はエドガーの手に、自分の手を重ねた。
 ふわり、と視線が上がり、エドガーの視線と交わる。
「それに、王様がいうのだから、本当に私は人間ではないのかも」
 笑うティナの姿に、エドガーは、胸が痛む。斬られたように軋んだ心を抱えて、「そんなことはない」とかすれた声で告げた。
「こう見えても、私も結構いっぱいいっぱいでね。いい加減な所もある。こんな国王でいいのだろうかと、周りはどう思っているのだろうかと、しばし考えることもあるくらいだ。だから、なんでも私の言う事はただしというのは間違いだよ」
 静かに告げられたエドガーの台詞と、ちょっと苦笑する姿を、ティナはまじまじと見上げた。
「でも、貴方は随分、城の皆から尊敬されていたわ」
「・・・・・・・・・・」
「ばあやさんも、客間の侍女の皆さんも、衛兵さんも、皆貴方が王様で良かったみたい。」
 そして、こんなに、皆から受け入れられている人を、私は見たこと無かったから。
「だから、貴方の言う事もすることも正しいのだと思ったのだけれど・・・・・違うの?」

 きゅ、とティナの手に力が籠り、不安そうな眼差しに、エドガーが映り込む。

「そう・・・・・か。」
 何と答えていいのかわからないまま、エドガーは苦笑した。
「確かに、皆に慕われるように努力はしているし、それが実っているのなら嬉しい事はない。でもね、ティナ。私だって間違えることもあるし、感情的になることもある。」
「・・・・・・・・・・かんじょうてき?」
「気持ちに素直になるってことだ」

 気持ちに素直になる。

 その単語の意味が分からず、ティナは考え込むように目を伏せた。気持ちに素直になるっていうことは・・・・・どういうことだろう。

「だから、少し考えなしな台詞だったと、今では後悔してるんだ。そして、それを埋め合わせるためにも、私の力で君に笑顔をとりもどさせてくれないだろうか。」
 ふと眼差しを上げると、エドガーの蒼穹がそこにあり、ティナはうろたえる。
 こんなに間近で見つめられたら、その蒼の瞳に吸い込まれそうだと、彼女は思い、実際軽い眩暈を覚えて、微かに足元がふらついた。
「ティナ?」
 くらくらする。
 エドガーの眼差しを覗き込んでいると、天地が狂って自分の足元が無くなる気がする。
 こんなこと、初めてで、相手が王様だからこうなるのだろうかと、ぼんやり考える。

「ティナ!」
 ぼーっとしていたらしく、軽く抱えられたまま、はっと彼女は我に返った。
「ご・・・・・ごめんなさい」
 思わず握りしめていた彼の腕から、慌てて手を放して、ティナはしゃんと石畳の上に立った。
 深呼吸をしながら、エドガーを見る。
 心配そうな顔がそこにあり、ティナは焦ったような気持ちになった。

 彼にこんな顔をさせてはいけない。

「あの・・・・・私がそこのモーグリを受け取ったら、貴方は嬉しい?」
 考えた上で、切り出されたティナの台詞に、エドガーは数秒間思考が停止した。

 ええっと・・・・・?

「貴方が嬉しいのなら、私は欲しいわ」
 勢いよく言われた台詞に、エドガーは思わず噴き出した。

 きらきらと、金色の髪が日の光に揺れる。

「あの・・・・・エドガー?」
 何か変な事を言ったのだろうか?

 不安そうに眉を寄せるティナに、エドガーは「すまない」と笑いながら答えると、そっと手を持ち上げた。
 彼女の肩に落ちている髪の毛を、ふわりと握って口付けた。

「ああそうだよ、ティナ。君が欲しいと思っているものを、私に贈らせてくれないか?」
 それを受け取って笑ってくれたら、私も満足だから。
 不意に、自分を見つめるエドガーの瞳に、熱がこもったように感じるが、それが何なのか分からないティナは、こっくりとうなづいた。

「それなら、私にあのモーグリを買ってください」



 なんという奇妙な贈り物だろう。

 笑いながら、小さな箱に入ったモーグリを手渡し、エドガーは笑う。受け取り、嬉しそうに目を細めてほほ笑むティナの手を、エドガーは取った。
「君は、まぎれもなく女の子だ」
「?」
 目を瞬くティナに、エドガーは静かに続けた。
「ちょっと魔法が使えるだけの」

 彼女の、傷痕と焼き印。それが、彼女の上に重くのしかからないでくれと、願いながらエドガーは続けた。

「ただの・・・・・普通の女の子だ」

 囁くような声音の台詞だったが、自分の手を包んでいるエドガーの掌が暖かくて、心地よくて、ティナは屈託なく笑えた。
 ずきりと、小さな痛みを伴って残っている、「私は何者なのだろうか」という疑問にふたをする。
 彼が・・・・・この、国王様の言う事はきっと正しい。

 正しいから、きっと私は普通の女の子で居られる。


「ありがとう、エドガー」
 顔を上げる彼女の台詞に、エドガーは、彼女をなんとしても、リターナーの一員としようと考えていた自分を押し殺した。
 いま、この賛辞だけは、そんな打算的なものの産物ではないと思いたい。

 ただ、フィガロの国王陛下である、自分に寄せられた、ありがとうだと思いたい。

 だから、彼はいつものように笑って見せた。

「君のように美しい女性に言われるのは、この上もなく嬉しいことだよ」


(2008/08/21)

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