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1 (フィガロ城にて)
 客人が一人。
 帝国の魔導師。
 グリーンゴールドの髪の、不思議な眼差しの、少女。

「エドガーさま」
「どうかしたか?」
 デスクに頬杖をついて、砂漠のかなたに沈んでいく、金色の夕陽を眺めていたエドガーは、ぼんやりしていた思考を手元に引き寄せた。
 見れば入口に畏まって立つのは、この城の生活全般を取り仕切る神官長だった。

 白髪の、エドガーにしてみればばあやも同然の存在は、神妙な顔でこちらを見ている。

 視線にちくりちくりと痛いものを感じたエドガーは、先手必勝とばかりに笑みを浮かべた。

「そんな風に眉を寄せては、ばあやの美貌もかすんでしまうよ?」
「そのような台詞は通じませんよ、陛下」
 じろっと睨まれて「そんなつもりじゃないよ」とエドガーはますます笑みを深める。
「ただ純粋に、老いても人は直、美しくあるのだという賛辞を」
「能書きは結構です。」
 足音も立てずに、執務室に入ってきた老婆は「お夕食ですがいかがいたしますか?」と背筋をしゃっきり伸ばして尋ねた。
「ん?」
 どういう意味だろうか?
 考え込むように、かすかに首をかしげるエドガーに、「お客様の事です」と神官長ははっきりと告げた。

 ああ、なるほど。そういうことか。

「彼女は私の客人だよ?ディナーを一緒にとっても問題はないだろう?」
「ただの、お客人ですか?」
 細く鋭い眼差しがエドガーを射る。彼は肩をすくめた。
「確かに、ばあやの言いたいことは分かってるつもりだ。彼女は帝国の兵士で、件の魔導師らしいし。」
「・・・・・・・・・・」
「でも、レディだ」

 はー、とため息交じりに、これ見よがしに、神官長が溜息をもらした。

 ロックが連れてきた少女は、ただの少女ではない。
 一つ間違えばこの城を陥落させてしまうかもしれない。

 彼女の意思を奪い、命令を聞くただの人形に変えてしまった「操りの輪」は、今はエドガーの手にある。これを、どうしようというつもりはない。
 ないが、一応、保険だ。

「得体が知れない存在でも、女性なら受け入れておしまいになる」
 ぽつりと漏らしたばあやの小言に、エドガーは耳をふさぐ。
 そんなことを言っていたら、美しい女性との出会いを不意にするだけではないか。

「別に形式ばったものでもないし、普段通りに。」
「彼女はいかがいたしますか?」
「そのまんまでいいよ。着飾った姿も見てみたいけど、逆に警戒されてしまいそうだからね」
 完璧な笑顔で告げるエドガーに、たまりかねた神官長が口を開いた。
「エドガーさま」
「ん?」
「彼女をどのようになさるおつもりですか?」
 きっちりと教えていただきませんと、わたくしのほうでも対応ができません。
「・・・・・・・・・・」

 淑女なら淑女として。
 帝国の兵士なら、帝国の兵士として。
 得体のしれない魔導師なら、得体rのしれない魔導師として。

 彼女と自分たちは・・・・・ひいてはこの国がどのようにつき合うべきなのかと考えているのか、教えてくれとばあやは言う。
 それに、エドガーは腕を組んで考え込んだ。

「そうだね・・・・・」
 不意に、彼は先ほどティナに言われた言葉を思い出した。

 彼女が「どうして私に優しくするの?」と尋ねた時の事だ。
 彼女は自分の力が、相手の興味になっていることを、十分に知っていた。

 だが、エドガーが、彼女に告げたのは、ティナの美しさと、タイプが気になって、魔導のことはその次だということだった。

 特に打算も他意もあったわけではない。だが、この台詞に彼女はただきょとんとするだけだった。
 苦笑するしかなかったエドガーに、ティナはぽつりと、「普通の女の人は、この台詞に何かを感じるのね・・・・・」と漏らしていた。


 帝国の兵士。
 生まれながらの魔導の力を持つ存在。
 操りの輪。
 戦闘兵器。


「ただの・・・・・普通の女の子として接してくれ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 笑って告げるエドガーに、神官長は明らかに不服を唱えるように眉間にしわを寄せた。
 それに、彼は全く構わない。
「さっきの案は却下。可愛らしく着飾ってあげてくれ。」
 そういう扱いを受けたことがないだろうから。

 囁くように告げたエドガーの台詞に、急に神官長の顔つきが変わった。

「多分、だけどね。相当ひどい扱いを受けてると思う」
 操りの輪の事を考えながら言えば、老婆は不意に悲しそうな眼差しをして溜息をもらした。
「帝国に自ら身を投じたわけではない、と?」
「おそらくは」
「・・・・・・・・・・わかりました。仰せのとおりにいたします」
「頼んだよ?」

 一礼して出ていく神官長の後ろ姿を見つめて、エドガーはデスクに視線を落とす。引き出しには、操りの輪が入っていた。
 あとで解体して、一体帝国のどんな技術が組み込まれているのか調べてやろうと考えていたのだが、急に憂鬱になった。

 彼女は一体、帝国でどんな扱いを受けていたのだろうか。

 自分が軽い気持ちで言った口説き文句に、恋に夢中になりそうな年頃の、可愛らしい少女が、意味が分からずきょとんと瞬くだけなんて。


「まさか本当に俺の口説き文句が通用しなくなっただけじゃないよ・・・・・な?」

 だとしたら、笑えないなぁ、なんて思いながら、エドガーはもう少し彼女の人となりをしる必要があるなと、一国の主らしい冷徹な部分で考えるのだった。



(2009/08/19)

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