集中力および暗記力における定量的鍼刺激


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    集中力及び暗記力に於ける定量的鍼刺激の効果



           品川支部 村上正直



協力 佐々木敦男 並木数実 橋本修一 松永勝正 大倉美和子 斉藤千代子    
   矢倉美恵子



 目的



 現在までに鍼灸治療により記憶力が増したとか、集中力が増した、或は甚だしい所で
は頭が良くなった、という話は良く耳にする。しかし、それは被験者と鍼灸師の間で
「どうだった」「覚えられる様になった」「前より良くなった」と言う様な会話でのみ
評価され、客観性を欠き、それが第三者に分かる様な具体的な統計資料として報告され
ていなかった。そこで鍼刺激が集中力や暗記力にどの様な影響を及ぼすかを探るのが今
回の目的である。





 実験の概要



 被験者のグループ設定は同一の1グループのみを鍼刺激の刺激量を一定にして実施し
た時と、まったく刺激しない時の2回に分けて効果を測定した。効果の測定方法として
は、一定時間内に於ける無意味数字の暗記状態を測定する事による。





 方法と説明



 ・実施場所



 実験は東京都渋谷区にある日本鍼灸理療専門学校(花田学園)2年夜間専科の教室で
実施した。



 ・実施した日時



 1回目:85年11月9日、午後6時、天候曇、気温19.9℃、





 2回目:85年11月16日、午後6時、天候曇、気温12℃、





室内温度は両日とも空調設備により23℃前後と居住性が良くなっていた。



 2回の実験を実施するのに同一季節としたのは季節により環境・体調の変化が考えら
れ、同一曜日としたのは曜日により身体の疲労度が異なると報告されており、同一時間
帯としたのも一日の時間帯により身体の疲労度が異なるためである。つまり実験実施時
の環境条件を近似させたかったのである。





 ・被験者



 被験者の対象として鍼灸学校を選んだのは実験を実施するのに協力が得やすい事と、
夜間の学生は年齢層が多岐にわたるため今後の実験の指針になると思えたからである。
因みに今回の年齢層は1934〜1966年生まれであった。(表1参照)



(表1.被験者の年齢および性別)



 被験者は1回目24名、2回目14名で、1・2回とも参加している者は13名だっ
たので、その13名のみを対象とした。





 ・取穴の選定



 実験のため選択した取穴は百会・目窓・天柱・太陽・合谷・三陰交である。そして被
験者全員、同一取穴とした。なお太陽穴は奇穴である。



 この取穴は実験にベットが使用できないため坐位で施術できる範囲とし、今迄の経験
から筆者が臨床上割り出したものである。実際の臨床上では患者の状態、虚実などを考
えて個々に取穴を変えるべきものだが、今回は資料を得るための実験であるという事
と、今後取穴の組み合わせを変えて実験を続けて行くつもりなので、その変化を追うた
めにも被験者全員同一取穴とした。





 ・刺鍼の方法



 刺鍼は管鍼法により弾入のみとし、置鍼術とした。又被験者の虚実等は考えない。



 これも被験者に対し条件を等しくするため刺鍼の深さを一定にする必要から管鍼法選
んだ。この実験に於いては1回目24名、2回目13名の被験者に対し5名の施術者が
刺鍼をしたが、管鍼法はこの場合の様に同時期に複数の施術者が、複数の被験者に同程
度の刺鍼をする必要がある時は、施術者間の技術差を少なく出来る。そして鍼及び鍼管
の長さがメーカーにより微妙に異なるので、同一メーカー(医道の日本製)のステンレ
ス鍼(スーパー鍼)寸3ー2番鍼とステンレス鍼管の組み合わせとした。





 ・置鍼及び抜鍼



 2回目の実験で刺鍼に要する時間を10分間、置鍼は12分間と設定したが、各被験
者の置鍼時間を一定にするため抜鍼は刺鍼に要した時間をかけて刺鍼した順に行った。



 今回は刺鍼に一人約3分を要し、抜鍼は約30秒で済んだので、一人目の抜鍼が済ん
でから2分30秒後に二人目の被験者の抜鍼を行った。





 ・テスト方法



 資料1・2の暗記用紙を用いた。つまり無意味に並んだ100桁の数字を2分間で順
番通りに暗記し、1分後にそれを暗記用紙に書かれてあった通りに筆記してもらい、そ
の結果を判定する方法を用いた。尚、資料1を11月9日、資料2を11月16日に暗
記用紙として使用した、又どちらの暗記用紙を先に採用するかは、用紙を見えない様に
紙袋に入れ9日の当日に被験者に選択してもらった。



(資料1・2)





 ・テスト結果の判定基準



 今回の実験に於いては、暗記用紙通り始めから連続して正確に記されている所までを
正解として採用し、誤りが出た所以降は採用しない事とした。

 具体的には、筆記されたものが1桁目で誤っていれば、その後正解が続いても正解数
は0であり、2桁目で誤りが出れば、正解数は1と言う事になる。被験者には1回目の
テストに入る前に、この判定規準を説明しておいた。





 ・実験の工程



 以下に実験の工程を説明する。(表2工程表参照)



(表2工程表)



 1回目の実験にある「説明」とは被験者に対する実験の概要の説明である。「説明」
の終りに暗記用紙と筆記用紙を配付した。そして暗記する時間は「2分」と設定した。
次の1分は暗記用紙の「回収」のためである(回収した暗記用紙は2度目の「暗記」の
前に記入用紙と共に再び配るようにした)。1回目の「筆記」の後の「休憩」とは、2
回目「刺鍼」に相当する時間である。1回目の「安静」は2回目の「置鍼」に当たる
が、その後の「休憩」は2回目の「抜鍼」後ただちには身体が覚醒しないため、その時
間を設定した。

それ以降の説明は省略する。





 テスト問題の設定について



 暗記用紙の100桁の数字は0〜9の数字を書いたカードを各4枚ずつ計40枚作
り、充分混ぜて一枚抜くという工程を100回づつ2回行い暗記用紙を2枚作成した。
この時カードを40枚作成したのは10枚で操作すると大変混ぜ難く、40枚の方が操
作が楽だという意味でしかない。ところで今回の実験で一番の問題点は、どの様な方法
により実験結果を判定するかという事であった。



 検討した幾つかのテスト方法を述べる。テストの採択基準は、有意味語又は有意味数
と無意味語又は無意味数に分けて考えた。



 まず有意味語(数)に於いては、日常使用されている漢字や外国語を、その読みや邦
訳と対照させて羅列したものを暗記し、後で漢字や外国語のみを示して、対照させてあ
った読みや邦訳を記入させる方法。また一定の長さで書かれた文章を暗記させ、後にそ
のまま筆記させる方法を考えた。しかしこれらの方法は個人の過去の経験や知識の差、
及び感にテスト結果が大きく左右されやすいという問題点があり、単純な暗記力を測定
し難い。この事は有意味数でも同様な事がいえる。



 そこで無意味語(数)によりテストする事にした。この実験では被験者の年齢層が総
て高卒以上で一定の学齢期を越えているので、図形認識によるテスト方法は必要ないと
判断した。また無意味語によるテスト方法は言葉(語)を羅列した場合、有意味な関連
が偶然起こる可能性が高い事から、この方法も採用しなかった。そして最終的に繰り返
し同様な実験を行なう場合、常に同程度の暗記用紙が作成しやすく、結果の判定も容易
で純粋な暗記力が比較しやすい無意味数の羅列によるテスト方法を選択した。





 結果及び考察



 11月9日に実施した資料1の暗記による1回目の実験で得られた結果は、表3(テ
スト1)と表4(テスト2)である。



 11月16日に実施した資料2の暗記による2回目の実験で得られた結果は、表5
(テスト3)と表6(テスト4)である。猶この中で鍼刺激をしたのはテスト4だけで
ある。



(表3 テスト1)



(表4 テスト2)



(表5 テスト3)



(表6 テスト4)



 表3、4、5、6、の説明をする。表中の正解数というのは前述した「方法と説明」
に示した「テスト結果の判定基準」により、連続して正解した桁数の事である。次に記
入数というのは、どこまで正確に覚えたと認識して記入したかを参考までにに表示した
ものである。





 ここで正解数と記入数について少し付け加えておく。今回の実験ではテスト結果の判
定基準を前記・の様に決めてあるので、表3〜表6には表示していないが、記入数から
正解数を引いたものが総て誤って記入されている訳ではない。例えば表3の被験者Bで
は、14桁記入した中で誤ったのは6桁目だけで、7桁目からは再び正しい数を記入し
ている。同様に表4の被験者Eでは33桁記入した中で誤っているのは17桁のみで、
18桁目から33桁までは正しい数が記入されている。

少し極端な例を示したが、この様なケースは幾つか散見する。しかし今回のテストの
判定基準から、これ等をデータの中に持ち込む事は実験結果に混乱が生じると思えたの
で参考程度とし、記入された数字(記入数)から連続して正解した数(正解数)のみを
データとして扱い、一ヶ所でも不正解が有ればそれ以降は総て誤りとして処理してい
る。





 先の4回のテストより得られたデータから最も重要な正解数を詳しく検討するため、
各データの平均値の差の検定を行った。



 以下に各データを示す(小数第三位四捨五入)



 テスト1は平均値11.00桁、標準偏差8.41、標準誤差2.33。



 テスト2は平均値16.23桁、標準偏差7.84、標準誤差2.18。



 テスト3は平均値 9.77桁、標準偏差5.97、標準誤差1.66。



 テスト4は平均値17.54桁、標準偏差9.40、標準誤差2.61。となった。





 この各データの分散には差が無いので各テストの平均値について、t検定を行なった
結果、テスト1とテスト2では有意差は無かった。内容的にはテスト2では反復して暗
記しているので、正解数の平均が上がる傾向には有るが、明らかな有意差は認められな
い。又テスト1は被験者が未経験なテストなので要領が解らず、かなり悪い結果になる
事を予測したが、他のテストと比べてもその様な事は無かった。此の事は実験そのもの
が単純で解りやすく、又事前の説明が充分理解された為と思われる。



 テスト2とテスト3の間でも有意差は無かった。ここでは資料1を反復して暗記した
テスト2と、一週間後資料2を初めて暗記したテスト3とを検定したが、正解数の平均
値に有意差は認められない。



 次にテスト3とテスト4に於て、危険率5%で有意に正解数の上昇が見られた。即ち
テスト3から4の間に行なわれた鍼刺激により、この様な現象が起こったものと推測さ
れる。



 以上の事は何を意味するかと言うと、実際に覚え難い事を暗記する場合、一般的には
暗記しようとする対象を反復して暗記するが、今回のテストは極めて日常的に起こる其
の様な状況に近い実験を意図して行なったが。以上の様な結果から今迄「鍼をすると良
く覚えられる様になった」と言われて来た事は、経験から来た事実と推察できる。





 終わりに



 今回の実験の反省点は、鍼刺激の効果を短時間にしか測定せず時間的経過を追ってい
ないと言う事である。又一度にテストするには5〜6名ぐらいの人数で何回にも分けて
行なう方が、被験者の管理がしやすい様である。



 今回の実験では確かに鍼をした時の方が、しない時より正解数の増加に有意差が有る
という結論を得たが、被験者例も少ない事や適合度検定法による効果測定も出来ていな
いので、今後も実験を重ねて慎重に結論を出さなければならないと思う。



 しかし2分という短い時間に集中力を精一杯使い、無意味数を詰め込んで比較した結
果を考えると、集中力や暗記力に対する鍼刺激の効果は無視できないと思われる。だが
これは、やはり集中力や暗記力であって頭が良くなる事とは関係ない事は確かである。
頭が良いとは、入ってきた情報から処理・判断するという横の関係が重要なのであっ
て、与えられた物を唯暗記するという縦の仕事とは異なると思えるからである。ただ応
用できると思われるのは、小・中・高校生等の受験や、一般人で短期間に知識を詰め込
む必要のあるとき、身体や頭脳の疲労を短時間内に回復させたい時等には、かなり有効
な手段であると思う。

 これは代田文誌氏も「鍼灸臨床ノート」(医道の日本社刊)に「鍼の速効性」という
欄で書いておられる、以下に抜粋する。「自分でよく経験する事だが、患者がたてこん
で治療がせわしく、疲れて気分が重くなり、頭の働きがにぶって来たときなど、2番か
3番の細針を、百会又は天柱に1〜2分間置鍼しておくと、急に頭が軽くなり、疲労が
取れて来て、治療の能率があがる様になる。」



 此の事は受験準備期間が限定された受験生等では、規則正しい反復練習(学習)が重
要とされ、試験が近づくにつれ緊張と疲労が増す中で、集中力の必要性は非常に重要と
なる。その様な場合に於ける鍼刺激の影響は大であろう。それは単に疲労を取り、緊張
をほぐすに留まらず、今一歩進んで集中力を増加させると言う事は注目すべき点であろ
う。





 今回は被験者も少なく、資料とするには不足する部分もあったが、効果測定の方法と
して一つの方向を示せる物であると思う。今後もこのテストを年齢別・性別に行なう事
や、時間的経過を追う事、無意味綴りだけで無く有意味語で行なう事、刺鍼時に脳波が
速やかにα波になると言われているので、脳波計を付けて行なう事等、継続施行して行
くつもりである。





 最後に誌面を借りて恐縮ですが、今回この実験を行なうのに、多大な御協力と御助言
をいただいた、今は他界された日本鍼灸理療専門学校の本田先生と、貴重な時間を御協
力頂いた、当時専科2年の方々に、そして河野臨床医学研究所の川島先生に、又忙しい
中この実験に立ち会って頂いた医道の日本社の森田さんに心より御礼申し上げます。