第2話 初めての勝利


少年は、怪物をにらみつける。仮面の奥からの眼光は、正確に怪物を射抜いている。

 

「グゥゥ!」

苛立たしそうに唸る怪物。その複眼が危険な色合いを増していく。

 

少年・紅太は先ほどまでの恐怖感が、徐々に霧散して、逆に全身を駆け回る、昂揚感に酔いしれていた。新たなるウイングマン、『ノイエス』へと変身を遂げた事で、紅太は絶大なる力を得たように感じていたのだ。

 

「・・・いける。これならばやれるはずだ!」

ノイエスは素早く怪物に肉薄する。まるで瞬間移動したかと思えるようなその動き。たじろぐ怪物に鋭いパンチを叩き込む!

 

『フッ!・・・決まった。』

陶酔するノイエス。だが・・・。

 

「・・・フザケテイルノカ?」

「へ?」

 

驚いて怪物を見ると、身体を貫かれて絶命しているはずの怪物はピンピンしている。

ノイエスのパンチはと言うと、厚い毛皮にさえぎられ、全くダメージを与えていないようだ。

「何で?」

「・・・馬鹿。」

 

その声にノイエスがホリィの方を振り向くと、少女が頭を抱えている。

「何で?何で?何で?」

ホリィは、ノイエスにジト目を送ると答えた。

「肉体を使った攻撃なんて、鍛えてもいない素人が、いきなり効果をあげられるはずないでしょう?・・・あなたって、何から何まで、女王様から聞いた『ウイングマン』そっくりなのね。」

 

「そうなの?」

「ミカケダオシガ!!」

怪物の腕が振るわれるとノイエスの体が吹き飛ばされる。

「うわっ!?」

壁にたたきつけられるノイエス。

「痛ってー・・・。」

ノイエスはふらつきながら立ち上がった。

『・・・でも、思ったより痛みがない。・・・あいつの力がたいしたことが無いのか。・・・いや!』

 

ノイエスは叩き付けられた背後の壁を見た。

『壁に激突した痛みも無かった。・・・さっきも素早く動けたし、防御とスピードの強化はされているんだ・・・。』

ノイエスは怪物に抱えられたままの幼馴染の少女を見た。

 

『・・・まずは、さくらを助けることが最優先。・・・攻撃力がしょぼいのなら・・・。』

ノイエスは、ホリィに向かって叫んだ。

 

「ホリィ!ノートを!」

「えっ?」

 

ノイエスは手を差し出した。

「あいつの狙いはノートなんだろ?・・・だったら考えがあるんだ。そのノートを渡してくれ!」

「大丈夫なの?」

心配そうなホリィにノイエスは肯いて見せた。

「任せてくれ!!」

 

ホリィは少し躊躇った後、ノイエスにドリムノートを投渡した。

しっかりとノートを受け取ったノイエスは肯くと、怪物にむかって、これ見よがしにノートを見せ付ける。

 

「コイツが欲しいか?・・・なら捕まえてみな。」

ノイエスはそういうが早いか、庭へと飛び出し跳躍した。

瞬間、背中の翼が淡い燐光を発してノイエスの身体を飛翔させる。

『よかった。この翼は飾りじゃない!』

 

ノイエスは少しふらつきながらも大空を舞う。

背後を振り返ると怪物が彼を追って駆けて来るのが見える。その腕には相変わらずさくらを抱え込んだままだ。

 

『・・・もう少しだけ・・・もう少しだけガマンしてくれな。さくら。』

ノイエスはさらに飛行速度を上げた。

 


 

「・・・大丈夫なのかしら?」

ホリィは軽く頭を捻りながら、呟いた。

「・・・ディメンションパワーも徐々に回復してきてるし。・・・!?・・・ノイエスの動きが止まった?」

ホリィは、ノイエスの思念波をたどって、その場所を特定した。

「・・・これぐらいの距離なら、回復した分のパワーを使えばテレポートできるかも。」

ホリィは稲妻型のスティックを一振りすると、その姿を消した。

 


 

ホリィは、転移した先でノイエスが何かをノートに書き込んでる姿を見つけた。

「何書いてるの?」

「うわっ!?」

ノイエスは、急に声をかけられて驚いた。

「い・・・いつの間に?」

「パワーが回復したから瞬間移動でね。・・・もっとも、又すぐ尽きそうだけど・・・。で、何を書いてたの?」

「・・・まあ、見ててよ。・・・来た!」

ノイエスの視線の先には、息を荒げながらにじり寄る怪物の姿があった。

『・・・ふう、あいつに人質をどうこうするっていう知恵がなくてよかった。』

ノイエスは少し安堵の吐息を漏らしてから小声で言った。

「ホリィ。・・・ノートを返すよ。・・・少し離れてて。」

「本当に大丈夫なの?」

ノイエスは肯いた。

「多分ね。・・・そうだ、そのパワーで少しだけあいつに隙を作れる?」

ホリィは小さく肯く。

「あまり大層な事は出来そうに無いけど・・・瞬間的に目くらましをするぐらいなら・・・。」

「充分だ。・・・合図をしたら頼む」

「解った。」

ノイエスは腰に手をやって仁王立ちになる。

「グググ・・・ドコニニゲテモ、キサマニカチメハナイゾ。」

その言葉にノイエスは人差し指を立てて左右に振る。

「チッチッチ。そいつはどうかな。・・・ここは人気のない廃墟だし、思う存分戦えるさ。さっきと違ってね。」

そしてすかさず叫ぶ。

「今だ!!」

その合図に、ホリィはスティックを振ると怪物に突きつける。その先端から放たれた電撃が怪物の眼前ではじける。

「ウッ!?」

一瞬目を閉じたその隙に、左腰に手を当てた姿勢のままノイエスが怪物に突進する。

怪物が目を開くとノイエスが間近に迫っていた。

「!!」

驚く怪物。次の瞬間!

「!!・・・ウギャーーーーー!?」

絶叫を上げてのけぞる怪物。さくらを抱えていた左腕が、付け根から斬り飛ばされ宙を舞う。その傷口から緑色の鮮血が吹き上がる。

驚くホリィの目には、怪物から奪い返したさくらを抱きとめているノイエスの姿が映る。

その右手には、赤く輝くレーザー光を放つ湾曲した刃が握られていた。

「それ・・・。」

ホリィは、ハッとしてノートをめくる。そこには新たなページに書き加えられた、一振りの剣が描かれていた。

「・・・エネルギーブレード『ムラサメ』?」

ノイエスはのたうつ怪物から離れてホリィのもとに駆け寄る。

「ホリィ。さくらを頼む。」

「どうするの?」

さくらをホリィに託したノイエスは幼馴染の頬を軽くなでてから怪物に向き直った。

「・・・奴を倒す!!」

ノイエスは腰を低くして両手を真横に伸ばす。その手をゆっくりと前に持ってくると、体の正面でクロスさせる。

「・・・何?」

ホリィが見守るなか、交差を解き、腕を引きつつ、左右の腕を両腰に固定する。

ノイエスの眼光が鋭く光る。

 

「行くぞ!必殺・『イレーズバスターーーーー!!』

叫びとともに前方に突き出される両手。そこから眩いばかりの光芒が放出され怪物の身体を直撃する。

あまりの光の奔流の凄さに、おもわずホリィがさくらの身体をギュッと抱きしめる。

「う・・・ん?」

それがきっかけとなって気がついたさくらは、まだはっきりしない視界に、戦う戦士の姿が映った。

『・・・あれは・・・。』

 

絶叫を上げる怪物から、紫色の煙が吹き上がる。光芒が収まった時、そこには怪物の姿は影も形も無く、ただ一匹のドブネズミが、周囲をキョトキョトと見渡しているだけだった。

 

「・・・?これって?」

呆気にとられるホリィたちの目の前で、ネズミは小さく鳴くと逃げ去って行った。

 

「ウグッ!?」

唐突に廃墟に響いた苦鳴でホリィとさくらがハッとすると、ノイエスが身体を丸めて蹲っている。

「ノイエス!!」

ホリィが慌てて駆け寄る。さくらもその後に続いた。

二人が駆け寄るのとほぼ同時にノイエスはその姿を紅太へと変えていった。

「い・・痛ってー。・・・体に負担のない技にしたんだけどなぁ。」

「こ・・・紅太!?」

絶句する幼馴染を見上げると紅太は少しだけ笑った。

「よかった、気がついたんだな。」

「紅太・・・今・・・。」

「怪我はないか?・・・どこも痛くないか?」

「そんな事よりも・・・あの姿・・・。」

「よかったぁ、怪我でもさせたら、お前の母さんに合わせる顔が無いもんな。」

その後も何かと矢継ぎ早に問いかけてくる紅太に、次第にさくらのこめかみに血管が浮かぶ。

「・・・・いい加減、私に話させなさーーーーい!」

さくらのビンタが紅太の頬に炸裂した。

 


 

「・・・パラサイト・N/Eが滅せられたのか?」

漆黒のマントを身に纏った男が、怪訝そうな表情で呟いた。

男は、何やら呪文のような言葉をつむぎだすと、男の周囲に、情報パネルが展開していく。

男は素早くそれらを操作すると、パネルのいくつかがモニタのように変化し、様々な映像が表示されていく。

 

「妙だ・・・。あの次元には、我らの『パラサイト』を倒せるようなパワーを有する存在は確認できなかったはずだが・・・?」

男が、腕を一振りすると、周囲に展開していたパネルが掻き消えた。

 

男はため息をつくと、近くにあった豪華な椅子へと腰を下ろした。

「女王の娘の捕獲とノートの奪取程度なら、汎用型のN/Eで充分と踏んだのだが・・・。」

男が指を鳴らすと、飾り気の無い軍服のような衣装を着た、数人の人影が現れた。頭部全てを覆う仮面によって、その素顔をうかがい知る事は出来ない。

 

「お呼びでしょうか?」

「ああ、・・・本国に連絡を出し、追加分の『パラサイト』カプセルを送るように伝えろ。」

「は・・・。しかし、既にこの『ポドリムス』は制圧完了いたしましたが?」

 

男は部下の言葉にニヤリと笑った。

「いや、少々気になることがあってな。・・・現在我が部隊が保有する『パラサイト』は?」

「先の制圧作戦において、ほぼ使い切りましたので、現在はタイプUCが2体ほど。うち一体は女王を幽閉した次元牢の見張りに使用しております。」

 

「つまり、使用前のカプセルは1つしかないわけだな。しかも、パワータイプのUCか・・・」

「左様です。」

「フム・・・。」

 

男はしばし考え込むと、指示を出した。

「あの男をここに呼ぶように。それから、本国には、陸戦強化型のTGを支給手配するように伝えよ。」

「は。」

「後は・・・。そうだな、念のため情報収集型U2を数体分。急がせるように。」

「畏まりました。」

男は部下たちが転移していくのを見ながら一人笑みを漏らしていた。

 


 

ややあって、男の下に一体の異形が姿を現した。

「来たか。」

そういってから、男は顔をしかめた。

「私の前では、その姿をすることは控えろと言った筈だが?」

異形は答えた。

「・・・解った。」

異形は、瞬時にその姿を変化させた。黒マント姿の男とは対照的な、真紅の軍服に身を包んだ青年へと変身を遂げたのだ。

男は満足そうに肯くと青年に話しかけた。

 

「貴様の初陣がこの『ポドリムス』制圧作戦であったことに感慨は無いのか?」

「別に。・・・単に父親の故郷と言うだけのことだ。」

青年はあまり表情を変えずに淡々と答えた。その答えに男は苦笑した。

「まあいいだろう。・・・父君は息災かね?」

その言葉に、青年の眉がいささかつりあがる。

「・・・白々しい事を。貴様らに幽閉され、喋る事以外何も出来なくされているではないか。」

「幽閉とは心外だな。治療といってくれたまえ。」

男は笑いながら言葉を継ぐ。

「何しろ、十数年前に、たまたま、私が発見した時には既に死の寸前だったのだからね。」

青年は歯噛みした。

「父と同時に発見された『あの男』は当の昔に再生されているではないか。」

「ああ、『アレ』は少し違うのさ。『アレ』は頭蓋以外粉々だったからね、脳髄のみを摘出して、アンドロイドのボディに移植した。厳密には再生とは言えんよ。」

男はそういうと可笑しそうに笑った。

「ふふ、かつては我が国と覇を競った男が、いまや我らが主の忠実なる僕なのだ。・・・げにも恐ろしきは運命ということか。」

 

無言のまま鋭い眼光を叩きつけて来る青年に、男は肯いた。

「そう、その目が見たかった。・・・遠征軍総司令官となった私に、そんな視線を向けてくる男は、いまや貴様だけだからな。貴重だよ。」

 

「・・・用が無いのならば帰らせてもらう。」

背を向けた青年に男は声をかけた。

「おいおい、たかがこれだけの為に呼びつけたりするものか。・・・貴様に新たな任務を与える。」

「任務?」

「そうだ、座標X/(φ3544678AXCV):Y/(ρ98368BBBH)に向かってくれ。」

「・・・三次元に?」

「そうだ、数ある次元空間の中でも辺境も辺境だな。」

青年は怪訝そうな顔で口を開く。

「・・・文明レベルも低い、保有する武装も『核反応兵器』程度が最強の、ランクD+の原始的な世界じゃないか。」

「その通り。」

「・・・次の遠征先がココだと?」

男はその問を聞きながら椅子から立ち上がった。

 

「まだ確定ではないが、その可能性がある。・・・女王の娘がノートを持って逃げたのが三次元だ。・・・最初は闇雲に逃げただけだと思ったのだが・・・。」

男は腕組みをして青年を見た。

「追跡に放った『パラサイト』を退けたところを見ると、どうも意図的にそこに逃げたのではないかとの疑念が湧いてきたのだ。」

青年は目を見張った。

「馬鹿な、最下級のパラサイトでも、軍事訓練を受けた戦士と同等の攻撃力を有する。おまけに、核反応兵器はパラサイトには無効だ、周辺空間の核反応を押さえ込むフィールドを絶えず発生しているのだから・・・。」

「どのような手段を使ったのかは知らんが、『パラサイト』が敗れたのは事実。・・・貴様は、準備が整い次第に新たな『パラサイト』カプセルを持って三次元へと赴け。・・・以上だ。」

 

青年は、腑に落ちない表情を浮かべたままで転移して行った。

 

「・・・さてと。」

男は、青年を見送ると、自らもまた何事か呪文を唱え、空間転移して行った。

 


 

青年が転移した先には、一体の異形の怪物が仁王立ちになっていた。怪物は男を見ると、恭しく頭を下げた。

「女王に会いたい。牢への回廊を開いてくれ。

「カシコマリマシタ。」

怪物がそう答えると同時に、空間に歪が生じた。男はその歪の中に滑り込むようにして姿を消した。

 

男は、しばし幻想的な光を放つ異界を歩いた。と、その視界に3メートル四方はあるかという、巨大な立方体が出現した。

その立方体の中央部分に、一人の女性がYの字に縛り付けられている。

 

年のころは20代前半といったところあろうか、整った顔立ちに、均整の取れた肢体。その身には、一切の衣服を見につけていない。

 

眩い裸身を男の前に晒しているその女性は、羞恥に顔を紅く染めながらも、男に鋭い敵意の視線を叩き付ける。

男は、肩をすくめた。

 

「やれやれ、そんなに睨まれては、せっかくの美しいお顔が台無しですよ。女王アオイ。」

「・・・侵略者の頭目が私に何の用です!」

 

男は、その問には答えずに、立方体の周囲を回り、女王の姿を仔細に観察し始めた。

「な・・・無礼な!!」

 

男は一周して正面に戻ってくると、女王に話しかけた。

「ふむ。・・・もうすでにお気づきとは思うが、その特殊牢は、牢内の生物から最低限生きるのに必要なエネルギー以外を全て奪い去るようになっている。・・・無論、あなた方ポドリムス人の有する『ディメンションパワー』も例外ではない。」

「・・・それがどうしたと言うの!?」

 

男は牢に近づくと再度女王の身体をじっくりと眺める。

女王は嫌悪に震えた。

「・・・私を・・・私を辱めるつもり?」

「ん?」

男は、女王の言葉に声を上げて笑い出した。

男の爆笑に、唖然とする女王。

やがて笑いを治めた男が口を開いた。

 

「女王、確かに貴方は美しいが、残念ながら私の好みではない。私は従順な娘が好みなのでね。」

男はそういってから問いかけた。

「何故その姿なのです?」

「姿?」

戸惑う女王に男は続けた。

「ディメンションパワーの切れた今、本来ならば、貴方はポドリムス人の姿に戻らねばおかしい。・・・だがその姿は、私たちと同種の姿だ。」

「・・・。」

女王は顔を背けた。

「このような姿をした人種は、別段珍しくも無いですが・・・。クレスト次元、ファーラル次元・・・」

男は、次々に人種を挙げていった。

「・・・そうそう、三次元人も確かその姿でしたな。」

その言葉に女王は微かに震えた。男の眼光が鋭く光る。

 

「・・・やはりな。あなたが『娘』を三次元に逃がしたのは意図的なのですね。あの次元には何か秘密があるようですな。・・・女王。あなた自身の身体すら三次元人の者へと肉体改造を施すほどの秘密が。」

 

女王は顔を背けたまま無言だった。

 

男は畳み掛けるように言葉を放つ。

「貴方が未婚であるのは調査済みだった。・・・故に、『娘』と呼ばれているあの少女は、あなた方の生み出す人造生命体・ゾウジンゲンだとばかり思っていたのだが・・・。」

男は女王の顔色の変化を楽しげに見やった。

「今のあなたの姿を見て、その間違いに気づきましたよ。・・・おそらくはあの娘、あなたが自らの胎内・・・。」

「やめて!!」

女王の叫びに、男はニヤリと笑った。

「・・・そういえば、あなたの亡きお父上、ドクター・ラークは、あらゆる学問に通じた万能の科学者だった。・・・あなたをその身体に改造したのは、お父上ですか。」

 

女王は噛み締めた唇を震わせながら俯く。

「三次元人の体が・・・おそらくはその生殖器官が必要だったという事は、あの娘の父親は三次元の・・・。」

「・・・お願い・・・もう・・・言わないで。」

女王の双眸からは涙が溢れていた。

男はその様子に満足そうに肯くと。踵を返した。

数歩ほど歩いた後で男は口を開いた。

「そうそう、当初はノートの回収のみを目的に三次元を襲撃するつもりでしたが、あなたの様子を見て考えを変えました。」

 

男は邪悪な笑みを浮かべて宣言した。

「次の侵略地。三次元にしますよ。・・・とても興味が湧いたのでね。」

 


 

『ごめんなさい・・・。』

男が消え去った後、ただ一人残された牢内で、女王は心に浮かぶ二人の人物に、ただひたすら詫びていた。

 


 

同時刻、真紅の軍服に身を包んだ青年は、病室と呼ぶにはあまりにも殺風景な部屋で、一人の人物と対面していた。

 

半透明のカプセルの中には、人物のシルエットがかろうじてわかる程度だった。

カプセルの側面に取り付けられたスピーカーを使って、その人物が青年に語りかけた。

 

「ドウダッタ・・・ウイジンハ?」

青年は先ほどまでの無表情とは打って変わって、沈痛な表情を浮かべた。

「・・・無事に戦果をあげることが出来ました。・・・しかし、・・・父上の祖国を蹂躙する手助けをすることで挙げた戦果ではありますが。」

 

「キニスルコトハ無い、・・・私はポドリムスにはそれほどの愛着は持っていないのだ。」

スピーカーから聞こえる声が、徐々に明瞭になってきた。

 

「で、今日はどうしたのだ?」

人物の問に、青年は答えた。

「新たな戦地に赴く事になりました。・・・その挨拶にと。」

「ホウ。・・・今度はどこに?」

「三次元です。」

「三次元・・・。」

人物の声に微妙に懐かしさが篭る。

青年はその声の変化にいささか驚きながら話を続ける。

「未確認の敵が存在するようなのです。・・・・我が軍の生体兵器『パラサイト』を倒せるような敵が。」

 

「・・・そうか。・・・まさかな。」

青年は問いかけた。

「何かご存知なのですか?・・・一体あのような文明レベルも低い辺境の次元空間に何があると言うのです。」

 

しばし静寂が訪れた。

人物はしばし考えてからゆっくりと口を開いた。

 

「あれから随分時が経つ。・・・あくまで想像でしかないのだが・・・。」

青年はカプセルに近づくとそっと触れた。

「それでも構いません。・・・三次元に居る敵とは?」

「・・・その者の名は・・・。」

 

人物は呟くように言った。

 

「『ウイングマン』だ。」

その声は、様々な感情が入り混じった不思議な声色だった。

 

闘志。親愛。懐旧。・・・だが、敵意はこもっていない。

青年にはそれが不思議だった。

 

「『ウイングマン』・・・。」

 

人物の言葉を繰り返す青年に、カプセルからの声は響く。

「もし、私の推測が当たっているならば、慎重に行動するのだ。『ウイングマン』は軍にとっては敵だろう。・・・だが、お前にとって敵であるかは別問題だ。」

 

「別・・・問題?」

「そうだ、慎重に見極めるのだ。お前にとって『ウイングマン』が何なのかを・・・。」

 

青年は肯いてから、ふと気になって尋ねてみた。

「一つだけ最後に教えていただきたいのです。」

「言ってみなさい。」

「・・・父上にとって、『ウイングマン』とは何なのです?」

 

人物は即座に答えた。

「ライバルだ。」

その声は淀みが無かった。

「ライバル?」

「そうだ。強敵であり、・・・友だな。」

 

人物は、退出しようとする青年に語りかけた。

 

「『ウイングマン』・・・あるいは、その類する何者かが、お前にとってよき『ライバル』となるように祈っている。」

「父上・・・。」

「いざとなったら、私の身の事など気にするな。・・・自分の思うままに行動するのだ。・・・かつて私がそうであったように。」

 

青年はその言葉に力強く肯いていた。


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