第3話 彩光の騎士


荒れ果てた山道を、一騎の騎影が駆け抜けていく。

美しい毛並みの白馬を駆るのは、いささか時代からは外れた感のある、一人の騎士だった。

 

頭をすっぽりと覆い隠すタイプの、アーメットと呼ばれるクローズヘルメット。

胴体のうち胸部とその周辺を金属板で覆う、ブレストプレートメイル。

金属製の篭手と同様のブーツ。共にところどころ銀の加工が施されているようだ。

なびかせている真紅のマント。その中央には金糸で紋章が刺繍されている。

同様の紋章は、ブレストプレートの中央と、騎士が腰に佩びている長剣の鞘にも輝いている。

 

彩光退魔騎士団。

キリスト教の宗派を越えて結成された特殊部隊である。

どの国にも属さずに、独自の組織体系を持つ武装集団である。

東西のヨーロッパを自在に行き来し、邪悪なる魔を滅してきた由緒正しき騎士団である。

 


 

魔を退治するものの中でも、ベルモンド一族に劣らぬくらいの格式が、この騎士団にはあり、その起源は、4世紀にまでさかのぼる事が出来ると言う。

退魔騎士団の活動は、歴史上に残される事は無い為、その活動等が噂として人々が口にすることは滅多に無い。・・・が、例外的に有名な活躍として、十字軍遠征での悪魔退治がある。

 

『鮮血の魔軍事件』と呼ばれたこの事件は、キリスト教圏が共通の敵として認識していた、イスラム教徒が引き起こした事件ではなく、あろうことか、同じ十字軍内部のある騎士団による大量虐殺事件だったのだ。

 

ヨーロッパのさる小国が、列強の十字軍派遣に遅れぬために、騎士団の派遣を決定した。

しかし、本国の護りを危うくするわけにはいかぬため、小規模の部隊を送ることにした。

 

この部隊を選抜するに当たって、国王とその側近は、ある男が指揮する部隊に白羽の矢を立てた。すなわちモルドース伯爵の率いる騎士団である。

 

モルドース伯爵は、敬虔なキリスト教徒であり、また、領内においては高潔なる人柄と公正なる統治で知られていた。

 

国王からの下命に、モルドース伯爵はすぐさま領地内の全騎士団員を召集し、聖地奪回の戦いへと勇んで出発した。

 

自国の勇者の活躍を信じて疑わなかった国王の下に、遠征先からの知らせが届いたのは、およそ半月の後であった。モルドース伯爵と、配下の騎士団がいかなる勇戦を行ったのかを想像し、国王は勢い込んで封を破り捨てた。

だが、そこに綴られた報告は、国王を喜ばせるどころか、逆に困惑の渦へと突き落とした。

国王は重臣にも報告書に目を通させたが、そのすべての重臣もまた、一様に困惑の表情を見合わせて首をかしげた。

 

モルドース伯爵と、その配下の騎士団が、敵味方問わずに暴虐の限りを尽くし、十字軍本隊より行方をくらませたというのだ。

 

何かの間違いなのではないか。

あるいは何者かの陰謀ではないか。

様々な憶測が飛び交う中、重臣たちは、ともかく彼の城に赴いた。

 

そこで、彼らは想像を絶する光景に遭遇した。

 

質素ながら、気品のある広間を一歩裏へと踏み出すと、そこは狂気と背徳の地獄が広がっていた。

年端もいかぬ少年達が、惨たらしい骸を晒している。

巨大な鍋の中には、数えるのもおぞましいほど、大勢の赤子が打ち捨てられている。

また、一体いかなる薬を用いたのか、完全に正気を失った娘たちが、一糸纏わぬ姿のままで、淫らに踊り狂っている。

 

思わず、目を背けそうな異常な空間の最も奥まったところに位置する祭壇には、巨大な逆さ十字架がそそり立っていた。

 

当時、モルドース伯の領地に隣接する地域では、行方不明や人攫いが横行していた。

どうやら、そのうちの大部分が、この狂気の城へと連れ去られていたようだ。

 

重心からの報告を重く受け止めた国王は、一つの決断を下す。

すなわち、魔道に堕ちたモルドース伯爵とその一党を、極秘裏に抹殺する事である。

 

単に、犯罪者を処罰するのであれば、自国の騎士団を討伐隊として派遣すればいい。

問題となるのは、モルドース一党が、名実共に魔の軍団と化していた場合だ。

この場合、通常の軍隊では有効な打撃を与える事が困難となる場合が多々ある。

 

国王は、万が一の事を考え、自国の騎士団を派遣すると共に、退魔士として名高い、彩光退魔騎士団へと書状を認め、その助力を仰ぐ事にしたのだ。

 

国王の懸念は、現実のものとなった。

十字軍から離れ、山野に潜み、周辺の住民はおろか、屈強なイスラム戦士たちをも恐怖の泥沼へと引き摺り込んでいた、モルドースの一党は、その主だった構成員全てが、暗黒神官であり、また、魔族へと転生を果たした者達だったのだ。

 

これといって、自らの痕跡を消そうとはしていなかった、モルドースの騎士団は、すぐに発見された。

だが、勢い込んで討伐隊が攻勢をかけたものの、半日と持たずに全滅の憂き目を見る。

モルドース側の被害は、雑兵が半減したのみで、その半減した雑兵も、生ける屍や、スケルトンとして再び陣列に加わった。

 

討伐隊に遅れること3日。200名ほどからなる彩光退魔騎士団が現地に到着し、たちまちモルドースの一党との戦いが開始された。

 

討伐隊と戦ったときとは異なり、モルドース一党は急速に追い立てられていった。

数の上では、圧倒的に勝るはずのモルドースの軍勢は、退魔騎士団の振るう、剣や斧、槍や弓によって次々に倒されていった。

 

敗走に次ぐ敗走を重ねた彼らは、やがて砂漠の只中へと追い詰められた。

生き残ったのは、モルドースと7人の腹心のみ。

対する、退魔騎士団は、唯の一人も死者を出すことなく、200の騎士たちがモルドース達を包囲した。

 

短時間ながらも苛烈なる戦闘が終わった後、モルドース伯爵は聖なる槍の一撃を心臓に受け、灰となって崩れ落ちた。

 

彩光騎士団は、モルドースの故国、犠牲になった他国の騎士団、何よりも多くの犠牲者を出したイスラムの民からも感謝され、語り継がれることとなったのだ。

 


 

この事件から100年ぐらいが、騎士団が一番華やかだったころと言えるだろう

一時は、1000人を越える退魔騎士を擁した彩光退魔騎士団であったが、重火器の発達による重騎士の衰退と共に、徐々にその規模を縮小し、現在ではヨーロッパ各地に100名ほどの騎士たちが点在してこれといって集団行動をとることなく、それぞれがそれぞれのやり方で、退魔士として戦っているのだ。

 


 

この騎士は、彩光退魔騎士団の数少ない生き残りの一人なのだろう。

やがて、騎士の進む先に、古びた館がその姿を現した。

騎士は、馬の速度を落とすと、注意深くその館へと近づいていった。

 

館の門は開け放たれ、門の脇には一頭の馬が佇んでいる。

 

「・・・先客がいるのか?」

音楽的な美しい声が厳つい兜の内から発せられる。

騎士は、兜の留め金を外すと、静かにアーメットを脱いだ。

短く刈られた赤い髪。

意志の強そうな瞳。

だが、その柔らかい顎のラインから、この騎士が女性であることがわかる。

 

女性騎士は、馬から音を立てずに飛び降りると、腰の長剣を引き抜いた。

 


 

アニス・ジェスター

・・・それが、この女性騎士の名前である。

 

彼女は、つい数ヶ月前に、伝統ある彩光退魔騎士の叙勲を受けた。

同時に、退魔の力が込められた長剣と、対魔法処理が施された防具一式を与えられた。

与えたのは、ジェレイント・ジェスター卿。彼女の実の父親である。

 

母を早くに亡くしたアニスは、父親が男手一つで育ててきた。

ジェレイントは、娘が騎士となることを望んでいなかったが、娘の内に類稀なる退魔士としての素質があることに気づいてからは、積極的に退魔の術を教えた。

まるで、それだけが娘を守る唯一の方法であるかのように・・・。

 


 

その父が、彩光退魔騎士としての最後の任務に赴いたのが、この屋敷だった。

この屋敷周辺で頻発する、行方不明事件の陰に、魔の跳梁を感じたこの地の領主が、調査隊の隊長になって欲しいと依頼してきたのだ。

 

ジェレイントは、快く承諾し、いま一人の退魔騎士と共に屋敷へと向かった。

しかし・・・。

 

アニスは唇をかんだ。

ジェレイントは、変わり果てた姿となって帰ってきた。

呻き声を上げながら、手当たり次第に人々を襲う生ける屍として・・・。

貴族の末裔としての、気品溢れるかつての面影は、腐り果てたその顔からはうかがうことが出来なかった。

 

領主の部下達によって、再生不可能なまでに破壊しつくされた父の姿を見て、アニスは魂が抜け出るかのような絶望を感じた。

その絶望は、日を重ねるうちに、激しい怒りへと転じていった。

 

『・・・自らの手で、父の仇を討つ。』

彼女は、決意と共に愛馬に飛び乗り、一路、山中の館へと向かったのだ。

 


 

アニスは、注意深く門を潜った。

一面を、薬草・毒草で覆われた庭を、注意深く進む。

 

その緑の絨毯の中に、時折白い人骨が混じる。

文字通り粉砕されたその人骨の中には、微かに蠢いているものが、いくつか存在していた。

 

「・・・やはり間違いない。先に誰か退魔士が入り込んでいるようだ。」

アニスは、長剣を握る指に力を込めた。

「先を越されてたまるものか。・・・父の死を辱めた奴等は・・・私が一人残らず切り裂いてやるんだ!」

アニスは、歩調を速め庭を渡りきると、正面の扉を開けて、館の中へと足を踏み入れた。


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