第1話 ジョナサン・ロジエ


ルーマニアという国がある。

その一地方に、トランシルバニアが存在する。

森に囲まれたその土地には、連綿と伝わる伝説がある。

 

それは、この世ならざるものとの戦いを宿命づけられた、ある一族の物語だ。

 

ベルモンド一族・・・。

 

最強のバンパイア・ハンターとして知られるこの一族は、過去幾多の異形と戦い、そして勝利を収めてきた。

一族における、バンパイア・ハンターの始祖、ラルフ・C・ベルモンド以来、一族は歴史の闇の中で暗躍する魔の尖兵と戦い続けてきた。


 

吸血鬼というものをご存知だろうか?

人の生き血を糧とすることで、悠久の時を生きる魔物だ。

その吸血鬼の中でも、特に強力なものは、真祖と呼ばれる。

 

あなた方も一度は耳にしたことがあるであろう、あの魔王の名を。

 

ドラキュラ伯爵

 

・・・魔王は100年に一度、邪悪なる者の祈りによって蘇る

そして、蘇るたびにその力を増してゆく・・・。

 

ベルモンドの一族は、この恐怖の根源ともいえる魔人と対決しなければならない。

それは、一族に流れる複雑な血の因縁のためでもある。

 


 

さて、ベルモンド一族も初代ラルフから、クリストファー、ソレイユ、シモン・・・と代を重ねるうちに、多くの分家・傍流が生み出された。
有名なところではヴェルナンデス家・ラーネッド家・モリス家などが挙げられるが、細かい分家も含めるとその数はいちいち数えるのも馬鹿らしいほどだ。

 

現在のベルモンド本家の当主は、リヒター・ベルモンド。

一年前、100年ぶりに復活した仇敵ドラキュラ伯爵を倒し、見事使命を果たした。

一族内外での彼の評価は、初代ラルフ・ベルモンドをもしのぐ実力者とのことだ。

 


 

彼は今夜のパーティーでの主役の一人である。もう一人はアネット・ラーネッド。彼の婚約者・・・いやもう正式に彼の妻となった。

そう、つい先ごろ彼らは結婚式を終え、今は、そのパーティーの真っ最中なのだ。

 

 

私は、一族が一堂に会する、このような場が嫌いだ。

元々、騒がしいのは好きじゃない。

だが、本家の当主が結婚するとなれば、私も分家の一人として参加せざるを得ない。

下手に欠席などをして、他の連中から陰口の種にされるのも不愉快だしね。

 


私の名は、ジョナサン・ロジエ。

ロジエ家は、ベルモンド一族の末席に位置する一族だ。傍流の、その又傍流らしいがそのことはたいして気にならない。

この一族の常として、私も一応バンパイア・ハンターとして鍛錬を積み、それなりの評価を得ている。・・・まあ、今夜の主役に比べれば、・・・いや比べるのもおこがましいか。

 

私は、地酒の入ったジョッキを手に、そっと会場の隅へと移動した。

リヒター・ベルモンドは先程から常に誰かに囲まれている。・・・彼を中心として、一族の輪が形成されている。・・・対照的に隅にたたずむ私。これが、そのまま私たちの関係を表しているといっても過言ではない。

 

私は一族のものからは嫌われている。それは、私の出生に原因があるのだが、・・・まあ、いずれ話す機会もあるだろう。

私は、ジョッキに残った酒を飲み干すと、そろそろ引き上げようとした。

明日の昼には、仕事の依頼を果たさねばならない。

場所はこの街の近くなので、今夜は宿に一泊できるのが救いだ。

 


と、不意に肩を叩かれた。振り返った私の目に大柄な男が映る。

「よう!なんでこんな隅っこでちびちびやってんだ?」

「ラスティ・・・。」

ラスティ・オルグ。一族でも珍しく私に好意的な男だ。

「・・・騒がしいのは性にあわないから。」

「相変わらず、暗い奴だな・・・。」

私は苦笑を漏らした。

「こればっかりは・・・な。」

ラスティは頭をボリボリと掻くと欠伸をした。

「まあいいや。それよりな、掘り出しもんがあるんだが買わないか?」

「掘り出し物?」

ラスティは一族の中でも変り種で、ハンター家業よりも自分の趣味を商売にしている。

その商売とはズバリ発明である。

これまでにも様々な珍発明をしては、一族の者からひんしゅくを買っていた。このあたりが、私と気の合う部分かもしれない。

「あとで、宿屋にもっていくよ。・・・おっ!おい、見てみろよ。姫さんのご登場だぜ。」

ラスティの視線の先には、小奇麗なドレスを身に纏った少女の姿があった。

 

マリア・ラーネッド。花嫁の妹にして、現在一族の最年少ハンターである。

また彼女は、一年前、リヒター・ベルモンドと共に、ドラキュラを倒した少女でもある。

この一年で、少女は一段と美しくなった。以前は活発な可愛らしい少女だったのが、今は少女から女性へと変貌を遂げる過渡期特有の、不思議な美しさを垣間見せている。

 

「確か、十三歳だったか。ありゃあ、姉に劣らず美しい娘になるぜ、きっと。」

「そうだな。」

そっけない私の返事に、ラスティは肩をすくめて見せた。

「やれやれ、相変わらず女には興味ないって面だな。」

「ほっといてくれ。」

「・・・そいじゃ、後で宿屋にもっていくぜ。今回は自信作ぞろいだからな。」

「期待しているよ。」

ラスティは、満足そうに去って行った。

「・・・やあ、ジョナサン。楽しんでくれているかい?」

「!?」

私は、急に話し掛けられて驚いた。声をかけてきたのはだれあろうリヒター・ベルモンドその人である。

「ええ、充分に。・・・おめでとうございます。」

私は、素直に祝いの言葉を述べた。リヒターは爽やかな笑顔を見せた。

この少し年の離れた青年に、私は悪い印象を抱いてはいない。立居振舞や、その言動にはすがすがしさすら感じる。

 

彼もまた、一族の中で私を蔑まない数少ない人物の一人なのだ。

しばし、彼と話をしたが、その間にも周囲からの冷たい視線を感じていた。まるで、あたかも彼と会話をすることが冒涜でもあるかのように・・・。

笑顔で会場の中央に戻っていくリヒターを見ながら、私はここらが潮時だなと判断した。

 

私がいつまでもこの場にとどまることに、一族の者たちはいい感情を抱くはずもないし、私だってそのような中にいるのはいい気がしない。

 

私は、静かにその場を後にした。

 


 

古い屋敷の応接室。

そのテーブルでは、屋敷の主人たる壮年と向かい合うように、初老の男が座っている。その背後には目つきの鋭い男たちが数名つき従っている。

 

両者の間で激しい口論が続いた。

一体何時間過ぎたのだろう。永劫続くように思われた舌戦が、初老の男の連れ、目つきが鋭い・・・というよりは目つきの悪い若者の一言で新たな局面に突入した。

「・・・大体、自分の娘に禁忌の名を付けたから、今日このようなことが起こったのだ!全ての責任はルバート、お前にある!!」

その一言で、両者間の緊張が殺気の域にまで高まろうとしたとき応接室の扉が開き、細面の青年と、まだ少女といっても通用するような若い女性が入ってきた。その女性の腕には幼児が抱かれている。

「ヨシュア!それにソニア。奥に居ろと言っておいた筈だ。」

強い口調でそう言う壮年に青年は悲しげな表情を向けた。

「・・・お養父さん。やはり私はこの村に留まるべきではないのでしょう。」

壮年は立ち上がると思わず叫んだ。

「馬鹿を言うな、・・・お前は何も心配せずにここにいればいいんだ。」

青年は悲しげに頭を振った。

「いいえ、お養父さんのお気持ちはありがたいですが、私は旅立つべきなのです。・・・この身に呪われた血を受け継ぐ私は、人と共に生きてはいけなかった・・・。」

初老の男達は沈黙したまま両者のやり取りを冷ややかに眺めている。

「呪われた血というのなら、我々の内にも流れておる。だいいち、お前が居なくなってソニアとジョナサンはどうするのだ。」

青年は妻とその腕で不思議そうにあたりを窺う幼子に優しく微笑みかけた。

「・・・ソニアと相談したうえでなのです。」

「ソニア、お前はそれでいいのか?」

ソニアはゆっくりと肯いた。青年は初老の男達に向き直った。

「・・・あなた方のお望みどおり、私はここを出て行こう。だが一年に一度でいい。家族と再会することを許していただきたい。」

「バンパイアハーフの分際で、家族?ハッ!ふざけたことを・・・」

「口を慎め!!イルガ・ルナンド!!・・・貴公は父親と同じだな。礼儀というものを知らん。」

初老の男は鋭く背後の青年を一喝した。

「しかし長老・・・。」

「少し黙っていろ!!・・・ヨシュアは、バンパイアハーフながらも、我ら一族に協力して真祖の一人を封印するという貢献をしているのだぞ。」

「自分の父親をね。」

イルガと呼ばれた男はせせら笑った。

「黙っていろ!・・・いや、誰かその男を外へ連れて行け!!」

「ケッ!こんなところこちらから出て行きますよ。バンパイアハーフとなんぞ一秒たりとも一緒に居たくありませんからね。」

イルガは、ヨシュアに憎悪のこもった視線を叩きつけるとさっさと部屋から立ち去った。

 

部屋の中には、長老格の男と、屋敷の住人たちだけが残った。

長老は、哀れみのこもった瞳でヨシュアを見た。

「・・・よかろう。わしとて、此度の決定に心から賛同しておるわけではない。一年に一度ぐらいの再会まで禁じようとは思わん。他の長老連中はわしが抑える。」

「長老・・・。」

ヨシュアは深々と頭を下げた。長老は屋敷の主を見た。

「・・・すまぬ、ルバート。わしにはこれが精一杯なのだ。チャールズ・ルナンドを始めとする強硬派の長老たちの意見が主流でな・・・。」

ルバート・ロジエは、無念そうな表情をして押し黙っていた。代わってヨシュアが口を開いた。

「長老が、私の為に尽力してくれたことは、誰よりもこの私が知っております。・・・準備は整っておりますので、すぐにでもこの村を出るつもりです。」

ヨシュアは、ルバートに頭を下げた。

「お養父さん、私を息子同然に扱っていただき、ありがとうございます・・・。ジョナサンの事をよろしくお願いします。」

ルバートは、諦めたのか無言だった。ヨシュアは淋しげに微笑むと妻が抱く息子の頭をなでた。

「ジョナサン・・・、お母さんを頼んだよ?」

幼子はただ笑みを浮かべている。

「ヨシュア・・・気をつけてね。」

「・・・君もね、ソニア・・・。」

ヨシュアは愛する妻を抱き寄せた。そして、部屋から立ち去ろうとした。

「ヨシュア!」

ルバートの声にヨシュアは足を止める。

「お前はさっき息子同然といったな?・・・お前は息子そのものだ、それを忘れるな。」

ヨシュアはかすかに肩を震わせながら肯いた。

 

 

しばらく後、一人静かにヨシュアは村を後にした。その後ろを数人の男たちが追いかけていった。

 

・・・それから、彼は再びこの村を訪れることは無かったのである。

 

 

 


私は、ハッと目がさめた。

どうやら、ラスティを待つうちに眠ってしまっていたらしい。盛大ないびきにギョッとして振り向くと、床の上で当のラスティが大の字になっている。

私は苦笑すると、ラスティの額を小突いた。

「んあ?・・・いらっしゃい。何を差し上げましょうか?」

寝ぼけ眼で起き上がったラスティは、そう言って再び横になった。

私はあきれながら額をはたき続けた。

「おい!ラスティ。起きろよ!」

しばらくそうしているうちに、ようやくこの男は目を覚ましてくれた。その額には、くっきりと私の手形がついている。

「・・・わりぃ、お前が寝ちまってたもんだから、俺もつられて寝ちまったようだな。」

笑いながら頭を掻く男に呆れながら尋ねた。

「で、掘り出し物って?」

「ん?・・・おお!そうそう、まあ、これを見てくれよ。」

ラスティは、持参した荷物の中から、いくつかの物を取り出すと床に広げた。

ほとんどが、ガラクタといっていいものだったが、その中の二つが私の目にとまった。

「・・・これは?」

私が手にとったのは、ショートソードのようだった。・・・ようだったと言うのは、その鍔があきらかに通常の剣とは異なっていたからだ。

「この鍔は・・・もしかして銃?」

ラスティはニヤリと笑った。

「流石だな。そいつが俺の最新作にして、近年まれに見る傑作さ。」

「・・・フリントロック・ショートソード・・・というやつか?」

ラスティは立てた人差し指を左右に振った。

「チッチッチ。ただのフリントロック・ショートソードじゃあ芸が無いだろう?こいつはな、特殊なカラクリを利用して、連射が利くようになってんのサ!」

「連射?」

私は呆れた。通常、銃は一発一発、撃つ前に弾を込めるものだ。

「その通り!!握りの部分に12発の弾を込められる。これによってだいぶ隙が少なくなるはずさ。」

「しかし、フリントロック・ショートソードは、本来弾を撃った後の無防備さを無くすために銃に刃をつけたものだろう?これなら、刃は必要ないじゃないか。」

ラスティは肩をすくめた。

「やれやれ、普通に作っちゃ面白く無いだろ?・・・ようは使い方さ。」

「使い方ねェ・・・。」

と、口では言いながらも私はその発明品を気に入ってしまった。

もう一つは、美しい片刃の長剣だった。微妙に湾曲したその剣は、武器というよりもまるで、美術品のようである。

「この剣は?」

ラスティは得意げに微笑んだ。

「すげぇだろ!ニホントウと言うんだぜ。」

「ニホントウ?」

「ああ。遥か東方に、ニホンと言う国があるらしい。そこで作られた剣さ。」

私はその剣を手にとってみた。薄い刃のように見えるのにずしりとした手ごたえがある。その鍔元には何かの文様が彫りこまれていた。

「これは?」

「ん?・・・ああ、この剣の名前さ。」

「名前・・・。」

「こいつを売ってくれた商人が言っていたな。・・・ニホンの言葉で『ムラサメ』と言うらしい。」

「ムラサメ?」

「その剣を作った男の名前らしい。生涯で数本しか作ってなかったそうだがな。・・・何でも邪を祓う力が込められているそうだぜ?」

「ムラサメ・・・か。」

私は、一目でこの剣が気に入ってしまった。少々値がはったものの、私はこの二振りの剣を買い求めた。


ラスティがホクホク顔で帰ったあと、私は今日の戦いに向けて準備を開始した。

丈夫な皮製の胴着を着け、武器を取り付けるためのベルトを巻きつける。そのベルトに投擲用の小型ナイフを何本か刺す。腰のベルトには購入したばかりの『ムラサメ』と、フリントロック・ショートソードを装着する。

その上から上着を身につけると、最後の武器を手にした。

 

それは、一族独自の製法で作られた退魔の鞭だ。本家に代々伝わる最強の鞭「バンパイアキラー」には劣るものの、闇の者どもには絶大な威力を発揮する。

 

正直、一族を象徴するこの鞭はあまり好きではない。だが、体内に流れる血の故なのか、例外に漏れず私もその技に長けている。

私は、上着の内ポケットに鞭をしまい込むと、ゆっくりと立ち上がった。

 


 

今日、私が向かうのは、この街から、少し離れた山中にある、古びた屋敷である。

ここ数ヶ月前から、近隣の村々で娘達が神隠しにあうという事件が頻発していた。

様々な調査の結果、その屋敷が怪しいと言うことが判明し、領主の調査団が送り込まれたものの、誰一人として帰ってくる者はいなかった。

 

・・・いなかったというのは、いささか語弊があるかもしれない。なぜなら、調査団の隊長は帰ってきたからだ。ただし、人ではなくなっていたが。

 

強烈な腐臭を放ちながら、人々に襲い掛かったその男は、かつての仲間の手によって葬り去られた。

ゾンビ。中程度の黒魔術をかじった人間なら容易に創造できる下級のアンデッドだ。

死霊魔術士・ネクロマンサーが関与しているとなれば、一般の人間には対処の仕様が無い。

 

そこで、私たちバンパイアハンターの出番だ。

その名から誤解されることも多いが、私たちは、何も吸血鬼のみをターゲットにしているわけではない。魔物、悪魔、死霊・・・。そして、人の道を踏み外し、闇に身を沈めた邪悪な人間も狩りの対象となる。

 


 

馬を走らせることしばし。私は、その屋敷の前に立っていた。周囲は、鬱蒼と茂る森。

真昼だと言うのに薄暗い。

 

私は、腰からフリントロック・ショートソードを引き抜くと、懐から弾丸を取り出し、素早く弾を込めた。

 

大きく息をつくと、ゆっくりと門扉を開ける。

そこには、静まり返った前庭が広がっていた。驚くべきことには、その大部分が薬草・毒草で埋め尽くされていることだろうか。

 

私は、注意深くその緑の絨毯の中へと足を踏み入れた。

静かだ。

・・・静か過ぎる。

 

草を踏む足音だけが静寂の中で唯一聞こえる音である。

しかし、私の中で何かが警鐘を鳴らしている。

私は、咄嗟に後ろに向かって跳躍した。

 

つい一瞬前まで私がいた場所で、何か白いものが蠢く。私が油断なく剣を構えるうちに、それは、草の中から姿を現していた。

驚くほど白い人骨。それが、ゆっくりと上体を起こした。それに触発されるかのように、周囲の草むらからも軋む様な音に乗って数体の白骨が立ち上がっていた。

 

ゾンビと共にアンデッドの代名詞ともいえる『スケルトン』だ。

一斉に襲い掛かってくるスケルトンをやり過ごすと、私は近くの一体に向かって、手にした剣を一閃させた。

 

乾いた音を立てて砕け散る頭蓋骨。その粉砕と同時に、まるで糸の切れたマリオネットのように残りの骨も地面へと崩れ落ちて行く。

 

短い戦闘が終わると、私の周囲には、数体分の人骨が散らばっていた。

私は溜め息をつくと、駆け足で屋敷の玄関へと向かった。

屋敷の玄関。そのひさしには、おびただしい数の蝙蝠がぶら下がり、不気味に光る眼で私を見ている。

殺気が高まる。・・・私は、この小動物との戦闘を煩わしく思った。蝙蝠たちが今まさに羽ばたこうとしたとき、私は鋭い眼光で蝙蝠を射た。

 

蝙蝠達は、私の眼光に畏怖したかのようにそのまま森の方へと去っていった。

 

バンパイアのクォーターである私には、弱いながらも不思議な能力が宿っている。あまり喜べたものではないが、こういうときには便利なものだ。

 


軋むような音を立てながら扉が開く。

そこは、なかなかの広さがあるロビーとなっていた。

吹き抜けの天井。

二階へと続く、左右二本の階段。正面には柱時計が時を刻み、左右の壁には次の間につながっているであろう無数の扉があった。

 

中でも、私の目を引いたのが、左側の階段脇に立つ見事な装飾の施された鎧である。

ロングスピアを携えたその鎧を見て私は笑みをもらした。

別に細工が見事だったからではない。その鎧からは、薄汚い気配が漂ってきていたからだ。

「・・・かくれんぼは終わりにしようじゃないか?」

声をかけても鎧は何の反応も見せない。

私は懐から鞭を取り出すと、素早く振りかざし鎧の兜を弾き飛ばした。

兜は勢いよく吹き飛び派手な音を立てて転がる。鎧の中身はがらんどうだ。しかし、私は油断無く鞭を構えた。

 

唐突に床に転がっていた兜が元の位置に戻っていく。元通りの姿になった途端に、鎧は錆付いたような、そう、耳障りな音を立てて動き出した。

左手で、兜の位置を整えると、右手に持ったロングスピアをゆっくりと構える。

 

動く鎧・リビングメイル。

術者により、かりそめの命を与えられた擬似生物か、あるいは死霊が乗り移ったアンデッドか。

 

それは、実際に戦ってみるまではわからない。だが、その見極めを誤ると、命取りにもなりかねないのだ。

 

私は、猛獣使いのように、二、三度鞭で地面を打った。台座から飛び降りた鎧がわずかにひるんだ様子を見せた。

 

「・・・さあ、ショーを始めようじゃないか!」

私はそう高らかに言い放つと、裂帛の気合と共に鞭を繰り出した。


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