その五 〜闇に潜むもの〜


夜でも明るく、いつまでも騒音と喧騒が耐える事のない一角である。

 

どぎつい原色の光が乱舞するその路地を、数人の男が騒ぎながら練り歩いている。

その集団の中心には他の男よりも一際体格の良い男が、あまり品の良くない柄のシャツにこれまた下品な金の縁取りがある紫色のスーツを着込んでいる。

どうやら、この集団のリーダー格らしく、取り巻きの男たちがしきりにおべんちゃらを述べている。この取り巻き連中がまた、ひと目でわかるチンピラ達ばかりなのだが・・・。

 

「いやぁ・・・さすがはゴメスの兄貴だ。」

「ほんとほんと。さっきの野郎、威勢のいい事を言ってた割には、てんでだらしないヤツだったな。」

「なにせ、兄貴の拳の一撃で、ひっくり返ったままピクリともしねえ。」

ゴメスと呼ばれた男は得意げに胸を反らせた。

「なあに。たいしたこたあねえさ。」

「いえいえ、そんなことありやせんって。」

「さすがは、タリスの灰色熊と恐れられたお方と、俺たちは改めて尊敬しやした。」

「ふふ。うまい事言いやがって。・・・ようし、今日は俺のおごりだ。死ぬほど飲み食いさせてやる。」

「よっ!さすが兄貴!!」

「太っ腹だ!」

「ゴチになりやす!」

「おう、任せとけ。・・・あまえら俺について来い!!」

ゴメスはホクホク顔で舎弟たちを引き連れると、騒がしい通りを大股で進んでいく。

 


 

ゴメスは、このタリスの下町で生まれ育った。

子供の頃から人並みはずれた体格で、おまけに乱暴者だった。

欲しい物は何が何でも手に入れないと気が済まず、何かというとすぐに拳を振り回し、暴力に訴えて無理にでも手に入れる。

気に食わない事があると、適当な因縁を吹っかけてはケンカを繰り返し、町の大人たちも一目置くような、そんな少年時代を過ごした。

 

義務教育である期間も、その所業はエスカレートしていくばかりで、中学を出てからは、その持ち前の豪腕で、同様のならず者たちを次々に撃ち破っては自らの勢力を拡大していった。

タリスの灰色熊と恐れられるようになったのも、丁度この頃からで、その悪行は、なかば伝説と化し、20年余りを経た現在では、その二つ名は、遠い他の町にまで伝わっているほどである。

 


 

思うままにタリス区の闇で暴れていたこの男に転機が訪れたのは、つい一月ほど前の事である。

タリス区も含む、このアカネイアと言う国には、古き時代より闇の社会を構成していた、ある暴力組織が存在する。

この組織が、ゴメスに接触を計ってきたのだ。

それは、単なるならず者でしかなかった男の背後に、多方面に影響力を持つ後ろ盾がつく事を意味していた・・・。

 


 

『暗黒組系暴力団・恕流亜会』

 

それは、幾多の国において、その暗部に巣食う『暗黒組』と言う巨大組織の中でも、その最も古き体質を今の世に伝える、いわば源流と言える組織である。

この歴史ある集団の、現組長の名は『メディウス』という。

先代の名も『メディウス』。

先々代の名もまた『メディウス』

伝統的に、組長の座に着く者が名乗るのが『メディウス』と言う名であるのだが、今のメディウスは、この名を持つ者としては47代目となる。

・・・もっとも、一部の噂では、『メディウス』は世襲ではなく、最初から一人。

つまり、『メディウス』とは数百年の長きを生きる人を超越した存在である・・・と。

 

あくまで、噂ではあるのだが・・・。

 

さて、この47代目。襲名当初から、その名に恥じぬ精力的な活動を展開し、周辺諸国の兄弟組織の掌握に乗り出したのだ。

これに負けじと、暗黒組の各会はその動きが活発化し、互いが互いを触発する形で、極道の世界に大きな変革の波を巻き起こした。

 

多くの極道は、暗黒組の傘下に組み入れられ、従わぬ組は見せしめを兼ねて皆殺しの憂き目に会った。

 

結果として、アカネイア国周辺の諸国では、暗黒組系の暴力団のみが存在する情勢となった。

 

バレンシア国には、好戦的な武闘派の組長『ドーマ』が率いる『暗黒組系暴力団・裏外留会』

 

グランベル国では、婿養子だった先代の組長が早隠居したため、その息子が跡を継いだばかりの『暗黒組系暴力団・露賦都会』

 

リーベリア国は、策謀家として知られる『グエンカオス』が取り纏める『暗黒組系暴力団・我阿是瑠会』

 


 

恕流亜会を含む、これら4つの暴力団は、互いに反目しあいながら、自らがその頂点にならんと抗争を繰り広げていたのである。

 

この為に、各会共に各々の地盤をゆるぎないものとすべく、常に有能な人材を欲していたのだ。

 


 

ゴメスは、恕流亜会からのスカウトがあったときに、これ幸いと、二つ返事で答えた。

腕力こそ衰えていないとはいえ、40を目前に控え、将来のことについて考えた時に、自分ひとりで全てを取り仕切る『ワンマン体制』は決して楽観視できるものではない。

 

どこかにほころびが出来て、一夜にして転落の人生を送るぐらいならば、恕流亜会という、巨大な組織の庇護の下で悠々自適な生活を送るほうが遥かにましだろう。

 


 

彼の判断は、これまでのところ、吉と出ている。

以前にも増して傍若無人に振舞っても、今は警察さえもが見て見ぬふりをするのだ。

彼は、その無敵の感覚に酔った。

だが・・・。

 

「そういえば、俺をブタ箱にぶち込んでくれたデカどもの名は解ったのか?」

数軒の飲み屋をはしごし、いい感じにほろ酔い状態になったゴメスは、ふと思い出したかのように舎弟に尋ねた。

「へい。・・・二人ともあの八曲署のヤツで・・・かなり有名なヤツらみたいですぐに解りやした。」

別の一人が、懐から手帳を取り出すとめくり始めた。

 

「えーーっと、金髪の野郎がカミュってヤツで、赤毛のロンゲがミシェイルっていうヤツらしいです。

「カミュにミシェイルか・・・。10日間も臭い飯を食わしてもらったんだ。・・・このお礼はきっちりとさせてもらわにゃ・・・な。」

 

小癪にも、無敵であるはずの自分にたて突いて、あろうことか檻の中へとぶち込むと言うけしからん行いをやってのけた二人の若造たち。

ここ数年味わった事の無い屈辱感を味あわせてくれたこの刑事どもを、どのような手段でいたぶってやろうかと考えながら、ゴメスはグラスを煽った。

熱さを伴う苦味が、喉を通過し、何とも言えない感覚がゴメスを楽しませる。

 

「さあ、・・・今夜は俺が10日ぶりに娑婆に戻ってきた祝いの宴だ。・・・遠慮せずに飲め!!・・・存分に喰らえ!!・・ハ・・・ガッハッハッハ!!」

 

次々に運ばれてくる豪勢な料理に銘酒の数々。そして、傍らにはべる美女達に、ならず者たちは時を忘れて浮かれ騒いでいた。

 


 

電話の音が鳴っている。

きっちり鳴り始めてから7度目に白く美しい手が受話器を取った。

幻想的な美しさの女性である。だが、どこか危なさを感じさせる女性でもある。

例えるならば、・・・そう、抜き身の真剣のような感じだろうか。

 

「・・・・はい。・・・・これはこれは、いつもお世話になっております。・・・はい、教授ですね。少々お待ち下さい。」

 

女性は、受話器の送話口を押さえると背後の暗がりに声をかけた。

「教授・・・いつもの方からお電話です。」

その声に、暗闇の中から枯れ木のような手が伸ばされてきて受話器を受け取った。

「・・・儂だ。・・・心配せずとも実験は順調に進んでおるとも。で、そんな事を言うためにわざわざ電話をかけてきたのか?・・・おぬしも意外と暇人よな。クックック。」

こもったような老人の声が響く。

 

「・・・ん?それは動かせぬ事も無いが・・・。随分と急なことではないか。」

老人の声に驚きの色が混じる。

 

「・・・本気でそんな風に考えておるのか?・・・まあ、儂は一向に構わんが、それでおぬしは損をせぬのか?」

受話器の向うから野太い笑い声が響く。

 

「・・・やれやれ、儂も自分のことを狂気の塊であると自負しておるが、おぬしもたいがいよな。ふふ。」

老人もまた笑みを浮かべる。

 

「・・・まあ、お主がそこまで言うなら構わぬ。すぐにでも準備させよう。まあ、30分少々で準備できるじゃろう。」

老人はそこで急に声を潜めた。

 

「ところで、最近警察方面で慌しい動きがあるのは知っていよう?・・・そう。・・・ん?・・・なんじゃ、おぬしほどの男がその程度のことしか知りえていないのか。」

老人の唇の端が吊り上る。

 

「いくつかの要因が重なって、いささか儂らには面白くない方向に事態が転がりつつあるようじゃ。・・・なに?・・・もったいぶらずに話せじゃと?・・・やれやれ。」

老人は呆れたかのような声色で語り始めた。

 

「おぬしが知っていたのは、おぬしの息がかかった警官が次々に摘発されている事だけじゃろう?・・・儂は、その立役者となっておる二人の刑事のことを知っておる。いやはや、なかなかに食えぬ奴らよ。・・・ん?・・・いやいや、そんなに正義感のカタマリみたいなヤツならば、かえって扱うのは容易いわい。そんな奴らの事を、わざわざおぬしに話したりするものか。儂とてこう見えて忙しいのだぞ。」

老人は低く笑った。

 

「・・・そいつらはな警察内部でも手を焼いておるほどの問題刑事らしい。組織の枠組みに捉われず、自分の思ったようなやる。・・・そういったヤツは、時に思いもかけないような奇天烈な行動をしでかす。・・・予測不可能な行動をしでかす者ほど厄介なものはあるまい?」

受話器の向うの声が黙り込んだようだ。老人は続けた。

 

「その点では、まだ『狼』の方が御しやすいな。行動力があり、切れ者ではあるが、大きく外れた行動は起こさぬからな。まだまだ、予測して迎え撃つ事も出来なくはないからの。世間で大きく取り上げられている程には手強い敵ではないじゃろうな。」

 

「まあ、予測がつかぬ奴らとはいえ、注意を怠らぬようにするにこしたことはないからの。おぬしも十分に気をつけるがよかろう。・・・ん?・・・ふふ、そうであったな。まだ、名前を言うておらなんだな。・・・まあ、そう慌てるな。」

老人は、机の上へと視線を転じた。そこには、二人の男を写した写真が置かれている。

老人は、皺だらけの手を伸ばすと、写真の男たちを指でなぞりながら話を続けた。

 

「一人は、カミュ。・・・聞いて驚くなよ、10年前に起きた連続幼児誘拐事件を、当時まだ17歳の高校生でしかなかったこの男がたった一人で解決したのだ。・・・ん、そうだ、おぬしの組織の対抗組織がひき起こした事件だった。・・・この事件が解決した事がきっかけであの組織は傾いたのだったな。・・・その意味ではこの男に感謝せねばならんだろうな。」

老人は低く笑うと、助手の女性が差し出したグラスに口をつけた。

 

「ふう。・・・やれやれ、おぬしからの電話は、いつも長電話になるから困る。・・・さて、もう一人だが・・・。」

老人は、写真に写る赤毛の青年を指で軽く叩くとニヤリと笑った。

 

「こっちも調べてみると驚きよ。アンリ、カルタスの両名と共に、三大名探偵として名高いアイオテの曾孫じゃ。」

受話器を通して伝わってくる相手の驚きの息遣いに、満足そうに肯いた老人は言葉を継いだ。

 

「驚いたようじゃな。・・・名探偵アイオテ。数々の難事件を解決に導き、アンリ、カルタスと共に、近代から現代にかけての科学的な捜査の発展に寄与し、特に行動心理学の分野の草分け的存在として名を残しておる。現在活動している、多くの探偵が目標とする、偉大な探偵の一人である。」

老人は、皮肉げな表情を浮かべつつ、写真を指で弾いた。

 

「彼もまた、お主とは浅からぬ縁があろう?・・・何やら、運命めいたものを感じるのう。・・・・そうは思わぬか?」

その時、助手が老人に何か耳打ちした。老人は軽く肯く。

 

「どうやら準備が整ったようだ、いつもの場所で落ち合う事にしよう。・・・ではな。」

老人は、受話器を置くと片手で顎をなでながら呟いた。

 

「さて、今日もデータ収集にいそしむとしよう。」

 


 

同時刻、マルスを追いかけていたシーダは、途中で見事に迷子になった挙句に、変な路地に入り込もうとしていたところをオグマたちに捕まった。

 

「あちゃーー。」

そういって舌を出すシーダには悪い事をしていると言う意識は無いようだ。

額に青筋を浮かべながら引きつった笑顔を浮かべ、シーダの頭を軽く小突いたオグマはシーダに噛んで含めるように説明し始めた。

「あのなぁ、お嬢。この路地がどんなに危ないところかわかってるか?」

「え?」

「・・・この路地はな・・・その・・・なんだ、すけべぇな事をしたい男がだな、・・・若い女の子を引き摺り込んで・・・その・・・。」

オグマは途中で言葉に詰まる。

そばで聞いているカシムはオロオロした表情でキョロキョロしている。

成り行きでついてきてしまったレナは顔を真っ赤にして俯いているし、ジュリアンも赤い顔で居心地わるそうに頭をかいている。

 

ただ一人、よくわかっていないのは当のシーダだけである。

 

「とにかく、帰りますよ!!・・・まったく、明日も仕事だっていうのに・・・ブツブツ。」

オグマはそう言うとシーダの首根っこを引っつかんで歩き出す。

「痛いってば!・・・こらオグマ!放しなさいよ!!」

「いーーーえ。放しませんって。」

「あんたねぇ。・・・お爺様に言いつけるわよ!」

「別にいいですよ。こちとら、会長のほうからはお嬢を止める為ならばあらゆる手段を講じるようにという『特命』を帯びてますんでね。」

オグマは澄ました顔でそう答えると、ずんずんと進んでいく。

「くぅぅ・・・。お爺様のバカ!!」

「ほらほら、さっさと歩く。」

「もーーう!痛いったら!」

とっとと歩くオグマ。

ひきずられていくシーダ。

その後を追いかけるカシム。

「オ、オグマさん・・・も少し丁重に・・・。お嬢様が怪我をなさったら・・・。」

「ふん。お嬢がそんなタマかよ。」

「タマとは何よ!!失礼ね!!」

 

大騒ぎをしながら通りを歩いていく3人の後にジュリアンとレナが続く。

「・・・なんか少し恥ずかしいです。」

「そうですか?俺はとてつもなく恥ずかしいです。」

二人は、顔を見合わせて苦笑すると、歩を早めた。

「早く、繁華街から出ちゃいましょう。」

「そうですね。すっかり遅くなってしまったし、兄さんが心配しているかも。」

 

レナの何気ないその言葉に、ジュリアンはなんとも言えない嫌な予感を感じた。

『・・・そうだよな、もしこんな場所でレナさんと一緒に居るところをマチスさんに見られたら。』

急に表情が引きつったジュリアンをレナが心配そうに覗き込む。

「どうなさったんですか?」

「え?・・・いやなんでもないですよ。」

そういって、微笑もうとしたジュリアンの肩を、何者かの手がポンと叩いた。

瞬時にジュリアンの笑顔が凍りついた。

額から冷や汗が一筋流れていく。

レナがジュリアンの背後に現れた人物を見て目を見開いた。

「あら、兄さん?」

その台詞に、ジュリアンは魂が抜かれていくかのような・・・そんな感じをおぼえた。

油の切れた機械のような音をさせながらジュリアンが振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべたマチスの姿があった。

・・・ただし、そのこめかみにはぶっとい血管が浮き出してピクピクしているのだが。

ジュリアンはどうにか声を絞り出そうとした。

「あ・・・あの。」

「・・・やあ、今晩はジュリアン君。『こんな所』で会うなんてね。」

「・・・はい・・・。」

マチスはジュリアンの肩に手をまわすと肩を組んだ。

「・・・で、君は俺の妹と一緒に、こんなところで一体何をしてるんだ?ん?」

「そ、それは・・・実はオグマさんが・・・。」

ジュリアンが、そういいながらオグマたちを指し示そうとすると・・・。

「あ・・あれ?」

そこにはオグマ達の姿は無い。マチスはにっこりと笑うと口を開いた。

「いないようだね。オグマさんは。」

「そ・・・そんなぁ。」

「さぁ、帰ろうかレナ。・・・ああ、そうだ、俺今日はジュリアン君のところに泊まるから。」

「どうしたの?急に?」

きょとんとした顔で尋ねるレナにマチスは爽やかな笑みと共に答えた。

「いやぁ、今夜はジュリアン君と徹底的に語りたい事があるんだ。・・・なあ、ジュリアン君?」

「いや・・・俺のほうは・・・別に・・・。」

「なあ!ジュリアン!!」

「・・・はい。」

「ジュリアンさんがそういうのでしたら・・・。」

レナは首をかしげながらも肯いた。

「でも、ジュリアンさんは明日も新聞配達があるんですからね。お話しするのもいいけど、あまり遅くならないようにしてくださいね、兄さん。」

「解ってるよレナ。・・・さあ行こうか!」

ジュリアンの肩を掴むマチスの手に力が入る。

痛みに顔をしかめながら歩き出した。

 

ふと、何気なく脇道に目をやると、そこには角に隠れるようにしてジュリアンたちをうかがっている、シーダたち三人の姿が!

 

「そんな!?」

「どうした、ジュリアン。早く帰って語り明かそうじゃないか!!」

「いや・・・ちょっと待って下さい・・・やっぱりあそこにオグマさんたちがぁぁぁ!!」

「いーや。待たない・・・待たないよ俺は。・・・行くぞ!」

「何で、俺がこんな目にぃぃ!」

ズルズルと引き摺られていく、ジュリアンの姿がだんだんと小さくなっていく。

その姿が、人波の中に消えてしまうまでオグマたちは手を合わせジュリアンに幸多からんことを祈るのであった。

合掌・・・。


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