その四 〜コンビニにて〜


タリス区一の繁華街。そのはずれにひっそりとそのコンビニは建っていた。

夜10時を回ったが、人の出入りは結構多いようだ。それなりに繁盛しているということだろう。

だが、フッと人が絶える事がある。

レジカウンターに立つ赤毛の青年は、店内をボーっと眺めていた。

 

「やれやれ・・・やっと一息・・・。」

そう呟きかけたとき、ドアが開いて客が入ってきた。

「いらっしゃいませ!」

なるべく元気良くそう声を張り上げる。

入ってきたのは、二人組みの若い男達だ。

 

『・・・おや?』

レジに立つアルバイトの青年・ジュリアンはそのお客たちに見覚えが会った。

空色の髪の青年と、鮮やかな緑色の髪の青年。

『・・・たしか、紋章荘の。』

ジュリアンは、彼が引っ越した先の古アパートで彼らを見かけたことがあったのだ。

『お二階に住むうちの大学の学生だった・・・かな?』

 

二人組みは、おにぎりと缶ジュースをかごに入れている。

『夜食の買いだしか・・・。』

ジュリアンはなんとなく二人の姿を眼で追っていたが、ふと窓の外に目をやってギョッとした。

『・・・な・・・なんだ???』

 

そこには、身体をかがめた状態で、顔だけ乗り出して店内の様子を窺う少女の姿があったのだ。

 

『ふ・・・不審者?!』

少女は、ジュリアンの様子にはまったく気づかずに一心に何かを見つめている。

『・・・?・・・あの二人を?』

どうやら、少女はさっきの二人組みを眼で追っているようだ。

 

『・・・とりあえず、今の所はほっておくか。』

ジュリアンは特に店に害もなさそうなのでしばらくほうっておくことに決め、視線を再び店内へと転じた。

二人組みは、他にも何点かの商品をかごに入れてレジへと向かってきているところだった。

「すみません!」

「いらっしゃいませ。」

そこでようやく彼らはジュリアンに気づいたようだ。

 

「あれ?確か・・・・。」

緑の髪の青年・マリクは首をかしげる。

「この間引越していらした、ジュリアンさんですよね?」

空色の髪の青年・マルスは微笑みながら尋ねた。

「え、は、はぁ・・・。」

ジュリアンは曖昧に肯いた。

「そうでした!ジュリアンさん。」

マリクが肯く。マルスは微笑を浮かべたまま尋ねた。

「こちらでアルバイトをなさっていたんですか?」

「え・・・ええ。」

『・・・なんか・・・なんか落ち着いてるな。とても年下には見えないや。』

 

二人は、買い物を済ませると、ジュリアンに向かって軽く頭を下げると店から出て行く。

例の少女も、その後を追いかけていったようだ。

 

 

 

「最近流行のストーカー・・・ってやつか??」

ジュリアンがそう言って頭をかいていると、再びドアが開いた。

「いらっしゃいませ!」

「あら?」

入ってきたのは上品そうな物腰の少女だった。

「え?・・・れ・・・レナさん?」

優しく微笑むその少女は、ジュリアンが住む紋章荘の管理人の妹・レナだった。

ジュリアンは驚いた表情で聞いた。

「どうしたんですか、こんな遅くに。」

少女は笑顔のままで答えた。

「いえ、明日の朝食のパンを買い忘れちゃって。」

「お一人で来られたんですか。」

少女は肯いた。

「大丈夫です。道も明るいですし・・・。」

「いや!最近は物騒ですから。ほら、例の通り魔も捕まっていないみたいですし。」

ジュリアンはカウンターから身を乗り出しながら言った。

レナはクスッっと笑った。

「???」

ジュリアンが怪訝そうな顔をすると、レナはおかしそうに言った。

「ジュリアンさんって、お兄ちゃんと同じ事言うんですね。」

「へ?」

ジュリアンは面食らった。

「ごめんなさい笑ったりして。・・・でも可笑しくって。」

ジュリアンは少女の兄・紋章荘の管理人のことを思い出していた。

 

 

 

以前すんでいたボロアパートが取り壊されることになったとき、ジュリアンは知人から、奇跡的な安さのアパートがあるとの話を聞き、紋章荘への入居を決めた。

 

「アニキー、この荷物重いっス。」

その声に振り向くと、従兄弟のリカードがふらつきながらダンボールを抱えている。

「おいおい、落とすなよ。・・・無理しないでいいからもっと軽いもの運べよ。」

「な、なんの。やり遂げてみせるっス!!」

同様にダンボール箱を抱えたジュリアンが苦笑を浮かべたそのときだった。

 

「あの・・・何かお手伝いいたしましょうか?」

「へ?」

われながら情けない声だとジュリアンは思った。ジュリアンが声の方向に顔を向けると、そこにレナが立っていたのだ。

『・・・天使?』

ジュリアンは思わず見とれた。

美人・・・というわけではない。だが、美しいとジュリアンは思ったのだ。ありのままであるがゆえの美しさ。ジュリアンは魂を抜かれたかの思いだった。

 

「あ・・・あの!?」

レナが驚いたような顔で問いかけてくる。

「はい?」

「その・・・大丈夫ですか?」

「え?」

「それ・・・。」

レナはジュリアンの足元を指差した。そこには重そうなダンボールが。そう、ジュリアンの足に。

思わず見とれた際に手の力が緩んでそのまま足に直撃したのだ。・・・しかもそのダンボールには教科書や参考資料などが限界まで詰め込まれていた。

ボーっとして麻痺していた神経に激痛の情報がようやく駆け上がってくる。

 

「イ・・・イッテェーーーーーーー!!」

「大丈夫ですか!!」

心配そうに駆け寄るレナに、ジュリアンは痛みの走る足を押さえながらも、笑って見せた。

「だ、大丈夫ですから。」

「アニキーー。」

リカードまでが心配そうに覗き込んでくる

 

「だ、大丈夫だよ。そんな顔するなって。」

「でもーーー。」

リカードに苦笑を返すと、ジュリアンはレナを見て頭を下げた。

「すみませんお騒がせして。・・・ホント、大丈夫ですから。」

「あの・・・血が。」

「えっ?」

よく見ると、右手のひらから血が滴っていた。おそらくダンボールを落とした際に切ったのだろう。

「あれ・・・どっかで切ったのかな。」

ジュリアンは、左手で頭をかきながら少女を見た。

すると、少女はジュリアンの手をとって立ち上がらせた。

「あ・・あの。」

ジュリアンの顔が真っ赤に染まる。

「こちらへ・・・手当てをしないと。」

「いや・・・ホントに大丈夫ですから。」

「いいえ、小さな怪我と油断していると思わぬことになることだってあるんですよ。」

レナはそういうとジュリアンを突き当たりの部屋へと引っ張っていった。ドアの上のプレートには、【管理人室】と書かれている。

 

「どうぞお入りになってください。すぐに救急箱を持ってまいりますから。」

「いや・・・あの・・・。」

ジュリアンが何か言うより早くレナはさっさと奥に行ってしまった。

「どうするんスか?」

心配そうな顔のリカードに肩をすくめて見せると、ジュリアンは言った。

「とりあえず上がらせてもらおうか。」

二人が靴を脱いで上がると、6畳間の部屋にレナともう一人男の姿があった。

レナが振り返って微笑む。

「どうぞお座りになってください。」

「お、お邪魔します。」

男からの微妙な視線を感じながら、ジュリアンは正座をした。リカードもその隣に座る。

レナは、テキパキと傷口を消毒すると絆創膏を貼り付ける。

「すいません。」

「気になさらないでください。それよりもお引越し、私も手伝いますから。」

「いや・・・そんな、悪いですし。」

「いいんですよ。お兄ちゃんも手伝ってくれるわよね。」

レナはジュリアンに微妙な視線を送り続けていた男に呼びかける。

「俺はパス。・・・レナも、程々にしとけよ。明日は看護実習があるんだろ?」

「大丈夫。こう見えても頑丈なんだから私。」

レナは微笑むと立ち上がった。

「とりあえず、廊下の荷物をお部屋に運びますね。」

そういうと、さっさと外に向かう。その後をリカードが追いかけていく。相変わらず絡み付いてくる視線に急き立てられるように、ジュリアンも立ち上がった。

「お、お邪魔しました。」

引きつった笑顔でそういうと部屋を後にしようとした。

「おい!」

「はい!!」

思わず直立不動になるジュリアン。男はゆらりと立ち上がって、その肩をポンと叩いた。

「いい子だろ。」

「は、はい。素晴らしい妹さんで・・・。」

「そうだろ、そうだろ。自慢の妹なんだよ。」

「そ、そうでしょうね。アハ、アハハ。」

男はニッコリと笑いながらジュリアンの肩をつかむ手に力を込めた。

「万が一、変な気起こしてみろ。・・・次の日には部屋中に納豆がブチ撒かれることになるからな。」

ジュリアンの首筋に冷たい汗が流れ落ちて行った。

 

 

 

「ジュリアンさん?」

レナの声に、ジュリアンはハッとして回想を打ち切った。

「どうなさったんですか?」

「い、いえ何でもないです。」

「そうですか。・・・お疲れになっていらっしゃるのではないですか。毎日のように、いろいろなバイトをなさっているみたいですし。」

「平気ですよ。・・・それより、もうすぐ俺、あがれるんで、一緒に帰りませんか。」

「え・・・。」

言ってからジュリアンはしまったと思った。

『・・・マズかったかな。妙な風に勘違いされるんじゃないかな。』

「あの、ほら、やっぱり女性が夜道を一人で歩くのは、その、物騒って言うか・・・えっと・・・だから。」

しどろもどろになりながらそう続けるジュリアンに、レナは微笑んだ。

「あの・・・ご迷惑でないなら、よろしくお願いします。」

「え・・・?」

ジュリアンは、心の中にお花畑が広がっていくように感じた。

「め、迷惑なんてとんでもないです。・・・あの、後5分ぐらい・・・本でも読んでてください。」

「はい。」

レナは微笑を浮かべて肯くと、マガジンコーナーへと歩いていった。

 

その時、またドアが開いた。

「いらっしゃいませ〜♪」

頭に鳴り響く祝福のマーチが口から出たかのような調子でそう言ったジュリアンは、そこに息を切らしながら立っている男を見て驚いた。

「オグマさんじゃないですか?」

ジュリアンは、やはり同じアパートの住人が現れたことに驚いたのだ。

『今日は、いやに紋章荘の住人に会う日だな。』

「まあ、オグマさんどうなさったんですか?」

レナも驚いた顔で歩み寄ってくる。

良く見ると、オグマの後ろには、さえない風貌の男もいて、こちらもオグマ以上にヘトヘトになっている。

少し息を整えたのかオグマが口を開いた。

 

「ジュ、ジュリアン。ちょうど良い所で会った。・・・少し聞きたいことがあるんだが。」

ジュリアンとレナは互いに顔を見合わせて首をかしげた。


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