その参 〜尾行開始!〜


「はぁ・・・。」

父親と祖父と一緒に外食を終えて帰路についたシーダは、大きくため息を着いた。

「どうなさったのですかお嬢様?」

いつものごとく背後に付き従うカシムは怪訝そうに尋ねた。

「つい先ほどまで、ニコニコしながら食事を召し上がってらしたじゃありませんか。」

シーダは暗い顔で振り返った。

「昼は、マルスさんにカッコ悪いところをみせちゃったな・・・って。」

そう言って肩を落とすシーダにカシムは不思議そうに聞いた。

「さっきまで、マルスさんに肩を抱いてもらっちゃった♪・・・って言ってたのに・・・ぐあっ?」

シーダのローキックがカシムのすねを蹴り飛ばしていた。涙目になりながら足を押さえてぴょんぴょん飛び跳ねるカシムを無視して、シーダは再びため息を漏らしていた。

 


 

と、街灯に照らされた少し先の横道を、誰かが歩いていく姿が見えた。

シーダの『まるすせんさー』が敏感に反応する。

「あれは!?・・・ちょっとカシム・・・カシムってば!!」

呼んでも反応が無いので振り向くと、いまだうずくまる庭師がそこに。

「・・・あなた何やってるの?」

「何って・・・。」

自分がしたことをすっかり忘れて真顔で聞くシーダに情けない顔を向けて口を開こうとしたカシムを、首根っこを持って引っ張ると、その顔を横道の方にねじ向けた。

「痛いですってば、お嬢様。」

「我慢しなさい。それよりアレ!」

カシムが目をしばたたかせると、視線の先を歩いていく二人連れの青年の姿が見えた。

「あれ?・・・あれマルスってヤツじゃ。」

その直後シーダの肘鉄がカシムのわき腹に突き刺さった。

声も無くうずくまるカシムにシーダが怒鳴る。

「マルスさんを呼び捨てにしないでよ!・・・隣の人は友達の人ね。前に図書館で見たことがあるわ。・・・確か・・・えっとマリム・・・。」

「マリクじゃなかったですか、お嬢様?」

「そういったでしょ!」

「・・・はい。」

カシムはおとなしく引き下がった。彼なりに余計な言葉が怪我のもとであることを悟ったのだ。

シーダは角を曲がった二人の後を追い始めた。

「どうするんですかお嬢様?」

慌ててシーダを追いかけるカシムはなんとなく解りながらもそう尋ねてみた。

「決まってるじゃない。後をつけるのよ!」

「・・・それってストーカーじゃ・・・ぶっ!」

シーダのボディブローが炸裂した。

「失礼ね。これは尾行の練習なのよ。」

「ゲホゲホ・・・練習・・・ですか?」

「そうよ。・・・それに前に何かの本で書いてあったわ『不細工が付きまとう場合はストーカー。美少女が追いかける場合は可憐な乙女心』ってね。」

「そうですか・・・。」

カシムはあえてシーダに突っ込まなかった。

 


 

マルスたちの後を追いかけるシーダは、頭の中でいろいろと推理を働かせ始めた。

『・・・もう午後9時前だわ。いったいどこに行くのかしら?』

シーダは前方の二人組みをそっと観察した。

マルスともう一人は、特に会話を交わすでもなく、ただ黙々と歩いていく。

『・・・どこかに遊びに行く・・・っていう風にも見えないわね。』

そうやって、考えに没頭していた時に、シーダは急に頭をわしづかみにされた。

「キャ・・・!!」

とっさに出そうになった悲鳴を押し殺すとシーダは必殺の拳を叩き込もうとした。しかしその拳は大きな手によって簡単に受け止められていた。

ギョッとして相手の顔を見たシーダだが、そこに見慣れた顔を見て顔を引きつらせて笑った。

「な、なんだオグマじゃない。」

「なんだじゃないぜ。」

オグマと呼ばれた男は、大息をついた。

「さっきの会食の後で会長に呼ばれたんで何かと思ったら、『孫の様子が変なのでこっそりと後をつけてくれ』っていわれるんでつけて見れば・・・いったいどこに行く気だったんです?」

シーダはオグマを無視するとトコトコと歩き始めた。

「こら!お嬢!!」

オグマは慌てて追いかけると再び頭をわしづかみにした。

「痛いじゃない!放しなさいよ!」

「そうはいきません。・・・会長だけでなく、区長からも頼まれているんで『寄り道しているようならば首根っこを引っつかんでもつれて帰ってくれ』ってね」

シーダは頬を膨らした。

「何でお父様の言うことまで聞くのよ!あなたはお爺さまの会社の社員でしょ?」

「あ、もちろん会長も同意見でしたからね。」

オグマは即答した。

「むぅ。」

シーダは返す言葉も無く押し黙った。

「さ、帰りましょう。」

そういいながら、オグマはカシムの頭をはたいた。

「イテッ!?・・・なにするんですかぁオグマさあん」

「阿呆!お前が止めないでどうするんだ。お守りってのはなあ、ただ後ろでいりゃあ良いってもんじゃねえんだぜ。」

「・・・わかってますよ。」

「解ってねえじゃねえか。」

「解ってますけど、僕が止めてお嬢様が言う事聞いてくれると思いますか?」

「うっ・・・。そりゃぁ・・・。」

オグマは頭をかきながら言葉を濁した。

「と・・・ともかく帰りますよ、お嬢。・・・おろろ??」

二人が話している間に、シーダはいつの間にかちゃっかりと姿を消していた。

「あの跳ねっ返りのお転婆が。どこに行きやがった。」

「多分あっちだと思いますよ、ちょうど人を追いかけてましたから。」

「ち・・・しょうがねぇ、いくぜカシム。」

オグマはカシムが指し示した方向に向けて駆け出した。カシムもしぶしぶその後に続く。

「しっかし、お前らまだ、探偵ゴッコを続けてんのか?」

「はあ。・・・まあ。」

情けなさそうにこたえるカシム。オグマはやれやれといった様子で頭を振った。

 


 

「まったく。お爺さまも、お父様も。いつまでも子ども扱いするんだから。」

シーダはマルスたちの後をこっそりと尾行していた。・・・が、その様子が既にマルスたちにばれていたことにはまったく気づいていなかった。

 

「マルス様。・・・先ほどから尾行されています。」

小声でささやくのはマルスの親友であり相棒でもあるマリクだった。マルスは前を向いたままでクスリと笑った。

「解っているよ。・・・少し前から追いかけているようだ。」

「・・・女学生のようですが。」

「女学生とは表現が古いねマリク。」

マルスはそう言って微笑んだ。

「心配いらないよ。少し前に知り合った女の子だ。」

マリクは少し心配そうな顔をした。マルスはそんな相棒の表情に気づかずに続けた。

「あの子は、このタリス区の区長のご令嬢だよ。」

マリクは驚いた。

「というと、この区の名前の由来となったあのタリス家の!?」

「そう。」

マルスは、そう言ってマリクを見て初めて彼の表情に気づいた。

「どうしたのさマリク?なんて顔しているの。」

マリクは聞きにくそうに尋ねた。

「あの・・・ご無礼を承知でお聞きしますが。」

「なに?改まって?」

「今日、学校の帰りに一緒だったと言う女性とはあの娘ですか?」

マルスはきょとんとした。

「いや・・・それは別の子で。・・・まあ、あの子とも途中で会ったけど。」

「別の女性ですか?・・・それはどちらの女性です?こ、交際されるのですか??」

マルスは、勢い込んで聞いてくるマリクの様子にさすがに苦笑した。

「おいおい、どうしたんだ。いつもの知性派が台無しじゃないか。」

「いいえ。不肖このマリク、お父上のコーネリアス様から、マルス様のお世話を仰せつかっております。・・・なればこそ、マルス様がお付き合いなさる女性が、ふさわしい方であるかどうかを調べるのは私の務めです。悪い虫でもついたら大変ですからね。」

マルスは軽く頭をかいた。

「なるほど、ここで父上が出てくるわけなんだ。・・・でも、好きになったら誰になんと言われようが、僕は自分の意思を貫くよ?」

「マルス様・・・。」

「それはマリクが一番良くわかっているんじゃないかな。」

そういわれては、マリクも言い返せなかった。彼は代わりにため息と共にぼやきをもらした。

「・・・はあ。そうですね。・・・でも由緒あるお家柄なのですから、相手もそれ相応のお方であってほしいです。物静かで、理知的で、優しい。そう、エリス様のような。」

「はいはい。マリクの基準はいつも姉上だ。弟の僕としては姉を褒められて悪い気はしないけど、やっぱり恋人に姉とそっくりな人はいやだな。」

マルスは苦笑しながらチラリと背後に眼をやった。その一瞬で彼は背後の様子を把握する。

物陰に隠れながら必死に尾行しているつもりな様子のシーダが、微笑ましい。

「まあ、しばらくは恋人を作るつもりは無いよ。・・・僕にはやらねばならないことがあるからね。」

マルスは、そう言って表情を引き締めた。その脳裏には昼間見た口髭の紳士の姿が浮かんでいた。

 


 

タリス港の間近に建つ、タリス八曲署。

その第3会議室のドア横に見事な毛筆で次のように書かれている。

「タリス区連続通り魔事件対策本部」

その中では本庁から派遣されてきた数名の刑事と、この八曲署の捜査一課の刑事が事件についての会議の真っ最中だった。

 

前方の長机には、本庁の刑事と、八曲署の捜査一課長・ロレンスが座っていた。

「・・・以上だ。・・・何か質問はあるか。」

眼光の鋭い口髭の刑事がそういいつつ視線をめぐらす。だが、取り立てて何かを質問しようとしたものはいなかった。

「では、解散する。各自の任務に戻ってくれたまえ。」

刑事たちはめいめいに立ち上がると会議室から出ていった。その中で、最後まで会議室に残っていた二人の刑事がいた。カミュとミシェイルである。

 

「どうだ、ミシェイル。狼殿の指揮ぶりは?」

そう尋ねるカミュにミシェイルは人の悪い笑みを浮かべた。

「まだ解らんさ。・・・今日、来たばかりでまだ会議しかしてないぜ。」

「・・・少なくとも指示は教本どおりだな。模範的で隙が無い。」

「ふふん。・・・模範的ね。」

ミシェイルは立ち上がると、大きく伸びをした。

「ま、お手並み拝見といこうや。昔の人はこんなことをいっていたじゃないかカミュ。」

「なんだい?」

「『事件は会議室で起こってるんじゃない。現場で起こってるんだ!!』ってな?」

 


 

廊下を歩いていた本庁組は、途中で課長と話があるといってハーディン警部だけが分かれた。

「・・・いいのかなぁ。」

若手の刑事の一人ロシェの呟きに、その隣を歩いていたビラク刑事が怪訝そうな顔を見せた。

「何がだ?」

「今日の会議だけど、警部の言葉に妙に棘を感じなかったかい?」

「気のせいじゃないか?」

「いや、やっぱり言い方のキツイ所があったよ。・・・あんなにわざと敵を作るような言い方をしなくても・・・。」

「ロシェ。・・・お前、ハーディン警部のやり方に文句があるのか?」

眉を吊り上げる相棒に苦笑を返すとロシェは謝った。

「ゴメン。・・・別に文句と言うほどのもんでもないんだ。ただ、もっと友好的なほうが良いかなって、そう思っただけだよ。」

 


 

喫煙所前の自販機でコーヒーを買ったロレンスは一つをハーディンに差し出した。

「ありがとうございます。・・・いただきます。」

礼を言って受け取ったハーディンはコーヒーを口にした。

「活躍の程は聞いてるよ。・・・警部昇進以来、未解決事件を解決に導いていっている凄腕の男がいるってな。」

「・・・周りが言うほど、たいしたことはしてませんよ。・・・捜査の見落としなんかを偶然に発見したり。・・・そんなことばかりです。」

そう言って謙遜するハーディンにロレンスは微笑みかけた。

「やれやれ、昔以上に無愛想になったな。・・・さっきの会議でも・・・。」

「愛想で事件が解決するなら、いくらでも愛想を振りまいてみせますがね。」

それから二人は、しばし無言でコーヒーを啜っていた。

コーヒーを飲み干すと、ハーディンは立ち上がった。

「ご馳走様です。・・・では。」

立ち去ろうとするハーディンの背中に、ロレンスが呼びかけた。

「このヤマが解決したら。一杯行くか?・・・あの店に。」

ハーディンは一瞬立ち止まってから、再び歩き出した。

その背が廊下の角に消えると、ロレンスは腰を上げ、空き缶をゴミ箱へと捨てた。

「『本庁の狼』・・・か。・・・望まぬ名など重いだけだなハーディン。」

ロレンスの呟きは喫煙所の空気に溶け、拡散して行った。


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